―――ヒュゥゥゥ・・・
とても・・・。
とても寒い風が吹いている。
当然ではある。
ここは雪原なのだから・・・。
ここは見渡す限り白一色の世界・・・と言いたいところだが、灰色の世界。
辺り一面にどす黒い雪が積もっている。
本来の雪も混じっていた為、遠目から見ると灰色、近くから見ると斑。
気温は軽く氷点下を超えるだろう。
只でさえこの世界は異常に寒いのだし、その中でもこの地は極に位置しているのだから。
そんな大地に4つの人影がある。
そのうちの2つと1つが対峙して、残り1つがそれを眺めていた。
1つはすぐ誰だかわかるだろう。
巫女服に右手に小剣、左手に何枚かの呪符を扇状に広げて持ち、前方の2人と向かい合っている。
その2人、片方は巨人。
名の通りに巨人であり、でかいだけの人ではない。
時深と比べ3倍以上の背丈、それに見合った巨大な両手剣を持ち、腰に布を巻いているだけの姿。
もう1人は女戦士。
長剣を構えているその姿は堂に入っていて、歴戦の戦いを生き抜いた剣士だとも思われる。
女性用の紅いブレストプレートを身につけ、短めの赤い髪、赤い瞳をした期の強そうな女性である。女にしては大柄で頬には大きな傷すらある。
共に第三位の永遠神剣を所持するロウエターナルの戦士。
そしてもう1人・・・空中に浮く鞠のような形をした巨大な物体の上に胡坐をかいて座っている青年がいる。
顔は二枚目といっていいだろう・・・その、顔に浮かぶいたずらっ子のような顔を除けば・・・だが。
麻で作られた上下に毛皮で作られたコートを背中に羽織っている。腰には曲刀らしきものを下げている。武器はそれだけのようだ。
敵なのか味方なのか・・・?
と、再び睨み合っていた3人が戦いを始めた。
流石に2対1では時深のが若干不利か。
そんな時、鞠に乗っかっていた青年が声を掛けてくる・・・時深へと。
「がんばれ〜、とっきみちゃぁ〜ん」
・・・酷くまの抜けるようなその声が雪原に響き渡る。
巨人の剣を舞うように回避して、女戦士からもある程度の距離をとった時深は手に持っている呪符のうち3枚ほどを空中へと浮かべると・・・呪言と共に投げ放つ!―――青年へと。
『火術・爆炎符』
時深は昔エターナルとなる前に習っていた術をこうして使うことが出来る。
その投げ放った呪符は途中で火をつけて青年へと向う。
当然避ける青年。
「こら時深、危ねぇじゃねぇか!味方を焼く気かよ、おい!」
地面に転がって避けた青年がそういうと時深は。
「あら?ごめんなさいね〜。・・・ふっ。まさか只観戦しているだけの人が味方だなんて思えませんでしたから〜。・・・はっ!」
戦いながらで返事を返す、その所々に嫌味が混じっているのを青年は・・・。
「まったく時深のお守りについてんだぜ、俺は」
「だったら少しくらい動きなさい!」
そろそろ限界っぽい時深。・・・堪忍袋の尾が。
「そんなにいつもいつも怒ってたら・・・しわ増えるぞ?」
―――ぷちっ
「だったらあんたが戦いなさい!私はもう知りません!」
「ぇー」
時深は・・・ダッと青年の傍まで行くと、青年を敵に向って投げつけた。
「死んでこーい」
唖然とそれを見つめている敵の2人。
まさか味方を投げる奴がいるとは思えなかったのだろう。
投げつけられている当人はというと。
(ん〜、しわ増えるってのが効いたか)
などとのんびり考えつつ飛ばされて・・・。
「さてっと、いっちょいきますか。神剣よ、俺が命じてやる『幻想』幻結界・式の40でいくぜ。巨人へと放て」
慌てず騒がず・・・彼は腰の剣を抜いてそれに命じる・・・彼の得意技である、幻術を。
巨人は突然暴れだす、何を見たのだろうか?恐怖に歪むその顔からは読み取れない。
その巨人を蹴り反動で体勢を立て直した青年は。
「続いて・・・招来・朱龍、招来・蒼龍、招来・哭龍」
虚空に叫ぶ青年の声と共に・・・前方の空間から何かが現れる、それは巨大な生き物。
3体の龍、それが現れる。
怯む女戦士。
流石にこれほど巨大な龍は見たことがないのだろう。
異世界、色々な世界には龍と呼ばれる生物は探すとかなりいる。
それでもこの3匹に勝る物はそうはいないだろう。
「ちっ、神剣よ神剣の主として命ずる―――」
女戦士は何かを詠唱し、それと共に巨大な氷の槍が龍めがけて降り注ぐ。
『アイシクルランス』青の属性に位置する神剣魔法。
恐るべき部分はこの大地が雪原であり、気温が低いということであろうか。
青系統の術は本来の威力の数十倍となって迫る。
・・・しかし。
「無理だって、大人しくやられちゃいなよ」
青年は余裕そうにいう。いや、余裕なのである。
龍へ降り注いだ氷の雨は全て貫通した。
まったくダメージを与えていない。
「まさか・・・只のこけおどし!?」
女戦士はそういうと龍を無視して青年へと向う。
馬鹿にされたと思ったのであろう、只の幻覚に本気になって襲った自分自身に腹が立っていたのかもしれない。
だが、龍の体をぬけていくことは出来なかった。
実体があるためである。
「なっ?さっきは・・・全然効かなかったのに!?」
ぶつかってよろける女戦士を龍は・・・口に咥えて空たかくへと持ち上げる。
そして・・・青年はにぃ〜っと笑うと。
「君にはこれで行こうかな?幻結界・式の24・・・『遊々迷路』」
「え・・・、なにこれ・・・きゃぁ!」
なんか女の子らしい悲鳴を上げている女戦士。
・・・まぁこんなあっさりと戦闘は終わった。
全て青年の幻術で終わったようなものである。
・・・今まで必至で戦っていた時深はなんなのだろうか?
と、時深があるいてきて、険のある声で。
「ご苦労様、ティーレ。これで調査に移れます」
肩をすくめたティーレと言われた青年は。
「へいへい、にしても時深、こんな雑魚相手に苦戦してるんじゃまだまだだなぁ」
といって時深の頭をくしゃっと撫でる・・・というより掻き毟る。
「っ・・・、やめなさい!只でさえさっきのでイライラしているんですからね、私は!」
「ん?さっきのって・・・ああ、さっき俺の言った皴だらけになっちゃうよーってやつか―――」
―――ヴォン・・・
「―――おお、あぶなっ」
「殺す」
目の据わっている時深がそういって神剣をティーレ目掛けて振りまくる。
それをひょいひょいと避ける。
―――10分後
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
そこには息を切らせた時深の姿と全然平気なティーレの姿。
「なぁ、時深。1つ聞いていいか?」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・な、なんですか!」
「いやな・・・疑問なんだが―――お前なに1人で疲れてんの?」
また再び10数分斬りあい(というよりも時深が一方的に斬りかかる)が10分ほど続いた。
「それで、目当ての神剣は違っていたみたいですが、この2人はどうします?」
平静を取り戻した時深がそう尋ねる。
「ん〜、レベル低めの幻術だからな。3日間ぐらいで抜けられるとは思うが」
「いえ、止めを刺さないのか・・・ということですが」
すると不思議な顔で。
「なんで止め刺さないといけないんだ?」
「まさかまた・・・」
すると、ふふんっといって。
「ああ、復讐に現れる奴らの相手ってのも、暇つぶしとしちゃ楽しいからな〜」
(またこの病気ですか)
「ではとりあえずこのまま放置して街へと戻りましょう」
「あ、ちょとまて」
といってその場を動かないティーレに。
「どうかしましたか?」
「ああ、ちょっとな。さっき爆炎符投げられた借りを―――時深も迷路へいってこ〜い」
がしっと襟首を掴んで、時深を女戦士のいる迷路へ投げ込む。
「へっ?わっ、きゃぁ」
―――ひゅ〜〜〜どすん
見事に結界内部へと飛ばされた時深は、すぐ脱出しようとオーラフォトンを高めて結界を内部から破壊しようとするが。
「ああ、1つ言い忘れた。その結界はな、ズルで力押しで抜けようとすると―――」
―――パカッ・・・
「へっ?」
足元に落とし穴が・・・。
「―――トラップ発動するから気をつけろよな〜」
「先に言え〜〜〜〜・・・・・・」
そして地下から。
「だから・・・」
震える声で1度・・・さらに。
「だからティーレと一緒の任務なんて・・・嫌だったのに――――――!!」
という声が、雪原に鳴り響いた。
響くその地は北極。
彼女の故郷でもある地球である。
彼女の故郷、地球での任務、それは苦難の連続であるということをはっきりと教えてもらった時であった。
発端は突然である。
数日前、ローガスから呼ばれた時深は彼の部屋へと向う。
現在カオスの宮殿には殆どのエターナルがいない。
いろいろな事情が重なり、ローガスが親衛隊として扱う四神のエターナルも、新人である悠人達ですらいない。
キールは相変わらず眠りについている。
同時に多数のロウエターナルが活動を起こすことは珍しくもない。
そういう時はこうして皆別任務へと旅立つ。
こんな中で呼ばれた時深は、人手が足りないから1人任務だろうと思っていた。
扉の前に来て、こほんっ・・・と軽く一息をついた後とびらを開く。
「失礼します、「時詠の時深」参りました」
彼女はそういって優雅に礼をしておもてを上げローガスを見ようとする・・・だが、その真横にいる人物を見て、時深らしくもない「うげっ・・・」という声を上げてしまった。
そこに立つのは、意地の悪そうな顔をした男、時深の天敵でもある男である。
その態度をしたのを無視して話をするローガス。
彼と彼女の仲が良くて悪いのは重々承知だという顔。
「やぁ、すまないね。実は大事な任務があってそれが時深向きと思ったのでわざわざ呼んだのだよ」
という。
よくみれば四神のうち3人もいる、これなら通常任務なら呼ばれなかったのかもしれない。
でも私向きっていうのはいったい・・・そう思う時深へローガスは告げる。
「君の故郷である地球。そこで消失した永遠神剣の探索を頼みたい」
内容はこうである。
時深のいた世界、地球。
そこには神話にもでてくるほどの名剣が多数ある。
それは殆どが四位以下の神剣である。
そして、その元となる上位永遠神剣は4つある・・・いやあった。
1本は日本に収められた古代日本神話で活躍する天叢雲剣。その名を持つ剣第一位永遠神剣『叢雲』
1本は西洋で有名なアーサー王が所持せし西洋剣、エクスカリバーの名を冠する・・・そしてそれいがいにも多数の神話で出てきた第二位永遠神剣『円卓』
1本は時深の所持せし神剣、時を操り時を駆ける剣『時果』『時逆』『時詠』3種1対の剣。
第三位の剣でありながら3つ全てを所持する時第二位に匹敵する力を持つ永遠神剣。
しかしこの剣は既に時深が所持する為、現在地球にある剣は3振りとなるのである。
そして最後の1本、現在行方不明となっている槍型の永遠神剣。北欧の神話に出てくるクーフーリンが所持せし魔槍ゲイ・ボルクの名を冠する第3位永遠神剣『破天』
かつてこの地球であるエターナル同士の戦い、その時に持ち主の死とともにこの大地へと堕ちた剣・・・いや槍というべきだろう。
形状は槍以外にはならない、ただしこの槍は特別なる槍。
そのエターナル同士の戦いを見たものはそれを戦神オーディンと炎の神スルトとの戦いに例えたという。
その時の名はグングニールと呼ばれた。
投擲すれば必ず突き刺さる神の槍。
ゲイ・ボルクと同じである。
両方の槍、名前が違えど絶対の貫きの槍・・・それだけは共通する。
投げれば天をも貫く・・・破壊の槍。
今回の任務はこの槍、カオスに属する神剣『破天』の探索、そして保護である。
どうもここ数周期において、持ち主のいない永遠神剣の破壊を行なう者達がいるらしい。
それから守るのが任務である。
カオスに属するといえば『叢雲』もなのだが、こちらは出雲の組織において保護している。
『円卓』はといえば、これは秩序の神剣。ロウエターナルの剣の為、向こうで保護するだろう・・・ということになっていた。
今現在の問題は『破天』の探索から保護である。
当初は北極の永久凍土の奥深く、人間では取り出せないほどの深さに眠っていたらしい。
だが先日それを破壊にきたある集団がその神剣の監視を担当するカオスエターナルに手傷を負わせ・・・その戦いの際持ち出そうとした所、神剣が自らの意思によって逃げたらしい。
ただし持ち主のない神剣である。
たとえあるとしても場所は北極付近と予測された。
「・・・なるほど、詳細はわかりました」
時深はそういう。
落ち着いた雰囲気である―――この瞬間までは。
「そうだ、だから君はこのグリフォンと共に―――」
「だからって何で私がこんなアホ男と組ませられないといけないんですか!」
相手はローガスであるにもかかわらず、怒鳴る。
そして指を向ける、ローガスの横の男へと。
それを受けても相変わらずにやにやしている。
この男、第三位永遠神剣『幻想』の所持者であるグリフォン=ティーレ。
彼の持つ神剣は上位永遠神剣、三位以上の剣がそれを指すのだが、その中で最弱の力の神剣である。
幻術を用いて敵を惑わす・・・只それだけの剣。
だが、持ち主が半端ではなかった。
ティーレは天才。
それもエターナルとして・・・勇者や英雄などがなれるエターナルの中において、天才と呼ばれるもの。
生まれは未だに狩猟が中心の世界であり、機械文明などもまだ全然生まれてない世界。
そして彼はその狩猟民族の1人。
でもその中では天才ではなかった。
彼はひたすらに自由を愛し、上からの命令には一切応じなかった。
エターナルとなっている今ですらそうである。
彼はカオスエターナルでありながら、ローガスの部下ではなく1人の自由人として、面白そうな戦いには参加するという、傭兵のような者であった。
神剣『幻想』も彼のそういう心に引かれたのだろうか、強い意志のない・・・でも自由な彼を主と認めた。
そして彼が天才といわれる所以・・・それはあらゆる技の習得能力である。
彼が本来使えるのは只の幻術系のみのはずではある・・・神剣が『幻想』なのだから。
でも違う、かれは他のエターナルが10数周期でようやく1つの技を極めるのに反して、たった数百年で幻術をマスター。
そして似た力である召還術・・・それも同様に覚えた。
さらに天才といわれる理由はそれではない。
その極めた術をさらに自由に弄り、自分特有の技も作り出す。
そして時深の使う時間にかかわる術・・・そういうのも片手間で覚えたりしていた。
そして時深が一番嫌いな理由は彼の趣味である・・・それは。
「私は前回言ったはずです。その男とは組ませないでほしいと・・・ローガス様おねがいたします」
そう願う時深。それを見つめローガスは。
「時深、これはね要請ではない―――命令だ」
くらっ、とわざとらしくよろけながら。
「そ、そんな・・・な、ならもう1人付けてください。この男とのペアは・・・」
なおも意見する時深へティーレがいう。
「安心しろ時深ちゃん」
・・・ちゃん付けのときは馬鹿にしている時だ。
むっ、とした顔で視線を向ける。
「今回はそんなに苛めないから安心しろ。先生様が信用できないの―――」
「出来ません、したくありません、むしろ消えてください!」
・・・・・
「俺ってそんなに酷いことしたか?精々時々からかうぐらいだろ?」
時深は無視した。
そして再びローガスへと話を戻す。と・・・。
「一応、ティーレは君の先生だろう?何でそんなに嫌がるのか・・・」
そう尋ねてきた。
「とにかく嫌なんです!」
聞く耳持たない時深。
「ふむ・・・まぁ、とりあえず・・・だ」
と、空間の軋む音と共に・・・時深の真後ろに門が現れた。
「へっ?」
間の抜けた声を上げる時深。
それを無視して会話が・・・。
「ティーレ、お姫様をよろしくな」
「了解だぜローガス」
そういってティーレは時深の手を引っ張り門へと強制連行。
初めから時深の意見は無駄だったのである。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
時深が完全にここから消えるまで悲鳴が轟いた。
ちなみにティーレが先生という理由は今の時深と悠人の間柄の時深の立場だったからである。そして、地球で『時詠』を授けたのもティーレであるが・・・とりあえずこの章はここで終わる。