「啓太ぁ」
「ん?なんだアエリア?」
アエリアがトトトッと走ってくる。
「あのねっ、買い物いこう?」
「・・・その手に持っている物はなんだ?」
ピクッ・・・
素直に反応してくれるアエリア。
「こ、これは・・・なんでもないよ!」
「えーっと」
すでに俺の手にはアエリアの手にあった紙がある。
「あーっ!!!」
「・・・夕飯の買い出しか。しかも、すごい量だ。とても一人では持ちきれないだろうなぁ」
「うー・・・」
「さぁ、言いたいことはなんだ?」
「えと・・・付き合ってくれない?ね?いいでしょー?」
「・・・」
はぁ、俺もとんだ甘ちゃんだな。
その笑顔にコロッと騙される。
「よし、いくか」
「決まり〜!そうと決まればレッツゴーッ!!」
俺の手を両手で引っ張っていくアエリア。
「後ろ向いてると危ないぞ?」
「へーきへーき!」
無邪気なその姿につい頬が弛む。
(ま・・・たまにはいっか)・・・
「・・・」
「ふんふんふ〜ん」
相当機嫌が良いのか、鼻歌まで歌いだす。
・・・それに比べて俺はすごく居心地が悪かった。
原因は、アエリアに向けられる周囲の視線。
軽蔑、畏怖、嫌厭・・・
全て、とてもじゃないが良いものではない。
(アエリアがどれだけがんばって戦ってるのは知らないのかよ・・・っ!!)
俺はつい怒鳴り散らしたくなる。
その変わりに睨み付けるとすぐに目線を逸らした。
(アエリアがいちばん辛いはずなのに・・・)
それなのに、アエリアは気付かないようにしている。
「・・・強いな」
「え?なに?」
「いや、なんでもない」
俺は軽く笑った・・・。
「おじさん、これとこれとこれください」
「・・・」
黙ってそれを取って突き出す。
とてもじゃないが客に対する態度ではない。
「ありがとう、おじさん!」
アエリアは無垢な笑顔でそれに答える。
気付いていないはずがない・・・おじさんが見ている目は・・・とても憎いものだということに。
でも、笑顔を崩さないアエリア。
「・・・」
「いこっ?」
「あ、あぁ・・・」・・・
「お兄さん、これとこれ」
「ほらよっ」
バスッと突き出す。
どこの店も同じだ・・・。
さすがに、俺は耐え切れなくなって男に言う。
「アンタさぁ、もうちょっと愛想よくできないの?」
「ふん、エクステルの肩もつのかよ。随分変り者だな」
さも自分が当然だと言う風に言い切る男。
「・・・変り者でもかまわないが、アエリアが何かしたのかよ?なんでアンタが嫌うんだよ?答えてみろよ」
「エクステルだからだろ?この国に居る自体間違ってるんだよ」
「・・・てめぇっ!!」
俺は男を掴む。
許せない・・・なんだコイツは!?
(たった・・・たったそれだけで!?)
「啓太っ!!」
「止めんなアエリアッ!!」
「啓太ッ!!そこで殴ってなんになるの!?ならないよ!!」
「でも・・・っ!!」
「その人に罪はないでしょ!?殴るなら、ボクを殴ってからにして!!」
「っ・・・!」
あまりに強いアエリアの態度に、俺は悪い事をしたと感じる・・・。
アエリアが耐えていたのを無駄にしてしまった・・・。
俺は男を掴んだ手を離す・・・。
「すまなかったな」
「ふん・・・!」
何を勘違いしたのか知らないが、決して男に言った言葉ではない。
アエリアにだ・・・。
「はぁ・・・ゴメンな」
「いいの。仕方ないよ」
アエリアはそれでも笑顔を崩さない。
だけど、今はその笑顔さえ悲しく見える。
ガツッ!
「あれ?」
「あ・・・」
「ご、ごめんなさい!」
男の子がアイスクリームみたいなのをアエリアにくっつけてしまったようだ。
「大丈夫だから、気にしないでね」
「で、でも・・・」
男の子はとても恐縮していた。
それは決してアエリアがエクステルだからではない。
「服は洗えば綺麗になるから、ね?」
「・・・うん!」
男の子の頭を撫でるアエリア。
(・・・)
俺はそれを温かく見守っていた。
こういうアエリアだからこそ、懸け橋になれるのかもしれない・・・。
「う、ウチの子に何してるんですか!?」
「え?」
気が付くと、その男の子の母親が駆け寄ってきていた。
「えっと・・・」
アエリアも急な事に言葉が出ないようだ。
「エクステルがなんでこんなところにいるんです!?早く消えてください!」
「っ・・・!」
今の言葉はさすがにキツかったようで、アエリアが顔を強ばらせる。
「お、お母さん!ボクがお姉ちゃんに・・・」
「ここは人間の国なんですから!」
「オバン!!このやろぉぉぉぉ!!」
「・・・」
「っ!?」
俺がキレて殴りかかろうとすると、アエリアが俺を押さえた。
背中ごしでも、アエリアが震えているのがわかる。
「悔しいんだろ!?なんで・・・!!」
「・・・」
アエリアは何も言わないで男の子にほほえんだ。
「ゴメンね?お姉ちゃんのせいで」
「絶対違うよ!今のはお母さんが悪いよ!!」
「何を言ってるの!?ホラ、いくわよ!?」
「あっ・・・お母さん!お姉ちゃんに謝って!!」
そのまま引きずられていく男の子。
「・・・アエリア、なんで・・・!!」
「今は耐えるの。ね?」
「・・・そんなの・・・悲しすぎる」
「・・・啓太はやさしいんだね」
俺はそんなアエリアの顔が見たくないだけだ!
「やさしいとか、そんなの関係ない!なんだよ!?この国おかしいじゃんか!!!なんでアエリアが・・・」
「啓太は、自分が正しいと思っている事をひっくり返されて、はいそうですか、と受け入れられる?」
「それは・・・」
「受け入れられないでしょ?時間がかかるんだから・・・」
「・・・でも」
それでも、俺は納得できない。
・・・周囲がヒソヒソ話している。今のやりとりを見ていたのだろう・・・。
カーンカーンカーンカーンッ!!!!
「!?」
「敵襲!?」
四回・・・それは、すでに内部に侵入された鐘だ。
西の方で人々の叫び声が聞こえる。
「いこう!」
「ああ・・・」
今回ばかりは気乗りがしなかった。
俺の心の中には・・・
(みんな、死ねばいいのに)
こういう気持ちが、少しだけ存在したから・・・。
「はぁぁぁっ!!」
「サンダーブレイクッ!!」
おれ達二人はなんとか敵の猛攻を凌いでいた。
「てやっ!!」
バキィィッ!!
スピリットの神剣が砕ける。
それと同時にヘナヘナと座り込んでしまうスピリット。
多少荒々しいが、蹴り飛ばして道の端へ飛ばす。
そうでもしないととばっちりを食らって消えてしまうかもしれないからだ。
「きゃぁぁっ!!」
「!?」
スピリットが一体親子に向かっていった。
その親子は、さっきアエリアを・・・。
「ちっ・・・!」
一瞬助けるか迷ったせいで、間に合わない・・・っ!!
親は子を抱いて目を閉じる。
ブシャァァァッ!!!
「・・・え?」
「だ、大丈夫・・・ですか?」
「あ、アンタは・・・」
アエリアが親子とスピリットの間に入っていた。
剣は右肩を刺し貫き止まっている。
「アエリア!」
俺はすかさずスピリットを斬った!
(悪いなっ!!)
スピリットはマナへと還っていく・・・。
(カノン、どうだ?)
{もうけはいはない。今ので最後だな}
その言葉を聞いて一安心。
急いでアエリアに駆け寄る。
「アエリア、大丈夫か!?」
「えへへ・・・なんとかね」
力なく笑うアエリア。
でも、致命傷ではないようだ。
「よし、治してやるからな」
俺はカノンを向けた。光がアエリアを包み、あっという間に傷を治した。
「ふえぇ・・・相変わらず、啓太の治療はすごいね」
「まったく・・・ムチャするなよ」
「でも、敵もいなくなったし・・・ね?」
「ね?じゃないっつーの!」
余裕が戻ったアエリアに、つい笑ってしまう。
「んじゃ、帰るか」
「そうだね、荷物放ってきちゃったし」
おれ達は歩きだす・・・。
「あの・・・!」
すると、親の声に止められた。
「なんですか?」
俺は少し不機嫌に返した。
さっきまでの所業を忘れたつもりはない。
今回だって、俺は助けたくなかった。
正直、アエリアが助けなければ見殺しにしていただろう。助ける価値さえないと思っていた。
「わ、私・・・勘違いしてました。だから・・・ごめんなさい!!」
親が深く礼をした。
すると、あちこちからおれ達の戦いを見ていたのか、湧き出てくる人々。
「本当にすまなかった!」
「エクステルってだけで判断してたのがいけなかったんだ・・・!」
「本当にごめんなさいね」
「アンタたち・・・!」
つぎつぎ現れては、アエリアの手を取って謝る。
俺はあまりの変わり身の早さに再びキレそうになる。
だけど・・・
「いいんですよ。お互い・・・過去に辛いことがあったんですから」
アエリアは明るい・・・おそらく、さっきまでよりもずっと明るい笑顔で、そう言った。
「でも・・・」
「だったら・・・これからは仲良くしてくれませんか?今までの事は、お互い水に流すってことで・・・ね?」
「・・・そんなのでいいのか?」
「うん!」
アエリアは輝くような笑顔でそう答えた。
それを見ると・・・俺の怒りはどこかへ消えてしまった。
(そうだよな・・・これがアエリアだもんな・・・)
数時間前までのお互いの壁は、もう取り壊されたようだ。
(長サン・・・アエリアはやってくれるかもしれない)
俺はひそかにそう思った。
アエリアなら・・・
「あはは!」
「だからさー」
すっかり打ち解けているアエリアを見て・・・そう思えた。
そして・・・この人は、絶対に死んではいけないんだ・・・そう思った。
「アエリア・・・あれでよかったのか?」
「うん」
気が付けば、俺の腕に抱きついている。
さっきはあれだけ大人っぽかったのに、そのギャップについ笑ってしまう。
「・・・」
「なぁに?まだ怒ってるの?」
「別に怒ってはないんだけどさ・・・アエリアはすごいなって。俺、一瞬助けるか迷ったから・・・」
あの場面の事だ。アエリアは迷わず助けにいったから、間に合ったのだろう。
「だって・・・死んだら、そこで終わりでしょ?もしかしたらわかりあえるかもしれないって人と、そこで終わりになっちゃったらイヤだもん。それだけだよ」
そう言って俺に笑うアエリア。
その輝くような笑顔が、とってもすてきだった・・・。
「・・・はぁ、適わないな、アエリアには」
俺はアエリアの頭をくしゃっと撫でて、ため息をついた。
「?」
当の本人はよくわかっていないようだったが。
こんな小さいのに、その決意や意志はどこにしまってあるのだろう?
不思議に思って、笑ってしまった・・・。
「はぁ・・・そうなんですか」
「というわけで、おぬしとレイナの二人で、エレキクルまでの護衛を頼みたい」
どうやら、エレキクルと合併の話があるようで、その会議に出席するために護衛がほしいようだ。
俺としては道端で死んでくれても構わないが・・・それではアレスティナに隙を作ることになる。
「わかりました。引き受けます」
「出発は明朝だ。よろしく頼む」・・・
「レイナ、いる?」
俺はレイナの部屋を訪ねた。
「はい、あいてます」
返事がきたので、部屋に入る。
「・・・あ」
「はい?」
レイナは髪を綺麗に結っていて、普段とは違う綺麗さを感じる。
「とと。明朝に仕事が入った。エレキクルまでの護衛だってさ」
「エレキクルですか・・・なつかしいですね」
レイナは遠い表情をする。
故郷だから、いろいろ思い入れもあるのは当然だ。
「んじゃ、よろしくね」
俺は気分を壊さないように、部屋を出る。
「あ、啓太さん」
「ん・・・?」
「がんばりましょうね!」
「・・・ああ!」
いつも、仕事の前に見せてくれる、レイナのその笑顔を見ると、俺はどうしてもやる気が出てきてしまう。
「では、出発しよう」
馬車に乗る王。
おれ達はその馬車に乗り込み、護衛をする・・・。
行きは何もなく、無事にエレキクルについた。
「さてと・・・どうするかなぁ・・・」
「そうですねぇ・・・」
おれ達は少しだけ自由時間をもらえた。
エレキクルの街をまわる。
前にきたときより、少し発展した気がする。
これも、あの時の策のおかげなのだろうか・・・?
だとしたら、ちょっとだけうれしかった。
俺等に気付く人もいないし、快適に街をまわれそうだった・・・。
「あ、見てくださいコレ」
「ん?」
レイナが指した物は、ワッフルだった。
「ワッフル・・・?」
「違いますって。ヨフアルですよ、エレキクル名物の」
「ヨフアル?ふぅん・・・食べるか?」
「はい!」
妙に明るいレイナの笑顔に後押しされて、俺はヨフアルとかいうワッフルもどきを買う。
「はい」
「ありがとうございます!」
俺が渡すヨフアルを両手で受けとるレイナ。
そういうところは、メシフィアと大違いだ。アイツなら俺の手ごと食べかねない・・・。
んで、こう言うんだ。
『もう一個』
ありえそうで、つい笑ってしまった。
「楽しそうですね?」
「え?あ、あぁ・・・そういえば、気晴らし最近してなかったからな」
「とかなんとか言って、本当はメシフィアさんのこと考えていたんでしょう?」
「なっ・・・!すごい!当たり!どうしてわかったの!?」
俺はすごく驚いてしまう。
まさか、レイナにあてられるとは・・・。
「啓太さんが笑ってる時は、たいていメシフィアさんが絡んでますからね。よく見てるからわかるんですよ」
「ま、マジ?」
ちょっと照れる・・・まさか、そこまでメシフィアの事が・・・恥ずかしい!
俺はつい顔を両手で隠す・・・。
だから、俺は気付かなかった・・・その言葉の『裏』の意味に。
レイナが寂しい表情をしていたことに・・・。
「ん・・・うまい」
俺はヨフアルをかじる。
でも、やっぱり・・・
(ワッフルだよなぁ)
「啓太さん」
「ん?」
レイナがやたら真剣な表情で俺を見ていた。
「・・・メシフィアさん、好きですか?」
「そりゃもちろん」
即答した。
さんざんみんなに知られているのだから、いまさら恥ずかしがる事もない。
「・・・ふふっ」
レイナはふっと顔を崩した。
「やっぱり、かないませんね・・・」
「ん?」
「メシフィアさんの事、大事にしてあげてくださいね?」
「もちろんさ」
よくわからないが、そう答えた。
そして、王を迎えに行って、カオストロに帰ってきた・・・。
「・・・」
レイナはただ空を見上げていた。
夜空に輝く満点の星空・・・それを見ていると、悩み事がちんけなものに見えてくる。
レイナのエレキクルにいた時からのクセだった。
「・・・はぁ」
ため息をつく。
「どうしたの?らしくないわね?」
「叶さん・・・」
いつのまにか、レイナの隣には叶さんがいた。
「悩み事?」
「・・・まぁ、そうですね」
「啓太君の事でしょ?」
「!!」
カッと目を見開くレイナ。
そして、観念したかのように呟く。
「・・・わかりますか?」
「まぁね」
そう言って軽く笑いながら、てすりに腰掛ける叶さん。
髪が月光を反射して綺麗だった。
「ま・・・仕方ないんじゃない?」
「わかってます・・・間に入れないってこと・・・くらい」
レイナがまたため息をつく。
「・・・無理しないの」
優しく諭すようにレイナに言う。
「レイナのため込むクセ、よくないわよ?うれしいときに笑う、悲しいときに泣く。レイナが倒れると、悲しむ人がいないとでも思う?」
「だって・・・言えないじゃないですか・・・っ!泣けないですよ・・・っ!あの人を困らせるだけだって・・・」
レイナの体が震える。
ため込んでいた物が、叶によって溢れ出てきているのだろう・・・。
「大丈夫。今は泣きなさい?落ち着くまで・・・傍にいてあげるから。ね?」
「うっ・・・ふあっ・・・うわぁぁぁっ!!!」
夜の闇にレイナの泣き声が響く・・・。
叶さんをドンドン、と叩くレイナ。
目から大粒の涙が溢れ出てきていた・・・。
「大丈夫・・・それでいいんだから」
叶は優しくレイナの背中を撫でていた。
「その涙は、絶対に無駄にはならないもの。だから・・・今は精一杯泣きなさい?」
叶さんの目は、今までに見せたことのない程の慈愛に満ちていた・・・。
「うわぁぁぁぁっ!!!」
その叶さんに全ての想いをぶつけるかのように、レイナはいつまでも泣いていた・・・。
「啓太く〜ん」
「ん?」
あからさまに怪しい叶さんの声に、俺が振り向くと・・・
ドガァァッ!!!
「ぐああぁぁ!!」
いきなり叶さんのトールハンマーを食らった・・・。
「な・・・っ、げほっ!!」
俺は苦しくて咳き込んだ。
「な、何するんですか!?」
「なんでもな〜い」
そう言って走り去っていく叶さん・・・。
「一体なんだ・・・?」
「大丈夫ですか?」
「あ、レイナ・・・」
俺はレイナの手を取って立ち上がる。
「啓太さん」
「ん?」
「これからも・・・よろしくお願いします!」
そう言って深々と礼をすると、去っていってしまった・・・。
「・・・よくわかんないけど、よろしくな、レイナ」
俺は聞こえないだろうが、そう言っておいた・・・。
彼女のおかげで、随分と助かっている・・・たまには、こうやって素直にお礼を言うのも悪くないのかもしれない。
今度・・・ちゃんと言ってみよう。
彼女の走り去った時のとびっきりの笑顔を見て、そう思った・・・。
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