マロリガン。

戦争に敗北しながらも、ラキオス統治を認めない議会。

戦争など国民には関係ない・・・それがこの世界の戦争だった。

だが明らかに勝ち目がないのに抵抗を続ける議会に、国民もとうとう重い腰をあげた。

連日議会に国民が押しかけ、戦争反対を訴える。





そんな中、沈み込む施設があった。

マロリガンのある孤児院。

そう、【彼女】が育った、その場所だ。



今朝、ここに一通の手紙が届く。

そこには簡潔に、一文だけ書かれていた。

内容は・・・そう、【彼女】の死亡通達。

監視していた兵士たちは引きあげ、後には涙を流す女性と、泣いている理由がわからない子供たちだけが残された。









【ねー、どうして泣いてるのー?】



【・・・っ。なんでもないの・・・なんでも・・・っ】



【どこか痛いの? おなか?】









手紙を握り泣き続ける院長。

心配そうに子供たちが駆け寄ってくるが、何もできない。

その無力さを痛感したのか、泣き出す子供まで出てきた。

ここには必要なのだ、【彼女】が。

ここで生まれ育ち、ここに仕送りを続け、子供たちに慕われる【彼女】が。

だが、その【彼女】は死んだ。









「・・・すいませ〜ん」



【へっ・・・あ、はいっ! ただいまっ!】









玄関から呼ぶ声が聞こえ、涙を拭って迎える院長。









【・・・へっ】



「実は〜、お話がありまして〜・・・」









そこに立っていたのは、柔らかい物腰をした女性だった。

眼鏡をはずし、誰もが見惚れるような笑顔をする。

院長にはそれが誰だかわかっていた。

わからないはずがない。









【あなたは・・・】



「しっ・・・あまり時間がありません。・・・ペイバックタイムですよ」



【え・・・】









駆け寄ってきた子供を抱き上げて、その女性は小悪魔のように微笑んだ。

得意げで、自信満々で。

どこか面白そうで。











































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【あっ・・・はっ!】









道行く人々が頭を下げる。

それは歩くたくさんのスピリット達にではない。

その後ろを歩く、議会の最高権力者、議長に、だ。



メシフィアとメルフィーを失い、現場指揮官が消えた今、士気を上げるために議長自ら出陣となった。

この前代未聞の状態が、どれだけ自分たちが不利な状況下なのか知らしめることになっているが。

それでもこの作戦になった。

もうなりふりを構う余裕すらない、今のマロリガンには。









【それにしても・・・あれだけいた味方が・・・】









議長はいまさら痛感していた。

たくさんいると思っていた、駒のように扱ってきたスピリット。

それを目の前にすると、もう数えるくらいしかいない。

そしてそのスピリット達も、極めて士気が低かった。



絶対的な信頼先のメシフィアとメルフィーを失い、彼女らの心は宙ぶらり。

彼女らは本当に人間のようだな・・・そう、議長は思った。





そして、議長たちは街の外へ出る。

数々の戦闘で傷ついた土地、戦闘によるマナの変化で異常を起こした木々。









【これが・・・我らのやったことなのか・・・】









自分の足で歩き、自分の目で確認し、自分の肌で感じ取る。

そうして人は生きていく、成長していく。

それを怠り、部屋でふんぞり返り、人を顎で使って、命すら数学の計算ではかってきた。



しばらく歩くと、人が歩いてきた。

スピリット達が歩みを止める。









【どうした?】



「・・・あれは」



【ん?】









傍に控えていたグリーンスピリットの視線の先。

灰色のフード付マントの人。

腰には身の丈ぐらいの長剣が、これでもかというほど存在感を醸し出す。









【・・・】









スピリット達の反応からでもわかった。

マロリガン史上最高の剣士にして、スピリット教育最大の功労者。

【彼女】に育てられればどんなスピリットも、強くたくましく、そして挫けない妖精に育った。









「議長・・・ここで終わりです。マロリガンは・・・もう、終わりです」









フードがめくられ、その輝くような蒼く繊細な髪がなびいた。

整った顔立ち、気高く強い瞳、透けるような透明感のある肌、そして隙のない立ち振る舞い。

そこにいたのは紛れもなく【彼女】だった。









【メシフィア・・・か】









そう呟くと同時に、議長の背後に気配。

議長が振り向くと、二人のスピリットと一人のエトランジェ。

議長は目を細め、そのエトランジェを見た。

その姿は眩しい・・・それは白銀の魔方陣のせいではなく。

その清々しいまでのまっすぐな目と、迷いのない意思。









【思えば、お前が来てから・・・か。変わり始めたのは】



「・・・俺が来なくても、結局なるようになったでしょうよ」









啓太が笑った。

そう、啓太が来なくても結局マロリガンは滅んだだろう、と。

絶対的な意思を持つ悠人たちが、負けるはずはないと。









【・・・さぁ。お前たちも行くといい。・・・仲間を失わせて、すまなかったな・・・】









議長の傍にいたグリーンスピリットの背中を、議長が押した。

迷いながら、そのスピリットは議長から離れる。









【ここにメルフィーがいないということは・・・】



「孤児院に行っています」



【そうか・・・。あの戦いは監視を欺くために・・・】



「・・・」









議長がそう言うと、メシフィアは少し頬を赤らめた。

人差し指でポリポリと頬をかく。









「メシフィアがそーんなこと気づくわけないでしょー」



【・・・え】









啓太が呆れたように言った。









「本気だった、いやマジで。気づいてなかった、メシフィアだけ」



【・・・なっ】



「も、もういいだろっ! さんざん謝っただろうが!」



「おまっ、もし俺が負けていたらどーすんだよ!」









恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして食って掛かるメシフィア。



そういえば、彼女のそんな人間らしい顔を見るのも・・・









【ふっ・・・】









そんな二人のやりとりを見ていて、議長は脱力した。

完全に負けた、爽快なくらいに。

その場に座り込む議長。









【さて・・・どうする?】



「・・・」









言い合っていたメシフィアが真面目な顔になった。

ゆっくりと歩いてきて、その長剣を抜く。









【殺す、か・・・】



「・・・私も妖精を戦場に送り出した身。誰かを裁けるわけではない。だけれど・・・」



【皆まで言うな・・・。わかっている】



「・・・ケイタ、止めるなよ?」



「止めないさ。これで終わる」









啓太に念を押し、メシフィアが長剣を振りかぶった。

せめて痛みを感じる前に、と頭を狙う。

アエリアも、シルビアも、啓太も。

誰も動かず叫ばず、ただその様子を眺めていた。









【・・・】









そして長剣が振り下ろされ・・・

































































































長剣は、その頭を砕くことなく止まった。









【・・・なぜ】



「・・・知るか」









メシフィアはふてくされたように後ろを向いた。

長剣は先ほど議長の傍にいたグリーンスピリットが止めたのだった。

啓太もアエリアもシルビアも、そうなることがわかっていたのか微笑んだ。









「ケイタ・・・わかっていたな?」



「スピリットだって人間だからね。一時の感情に押し流されることだってあるよ」



「・・・ふんっ」









メシフィアはそっぽをむいた。

グリーンスピリットが議長に手を差し出す。

しばらく議長はその手を眺め、手を取って立ちあがった。









【なぜ・・・助けた?】



【・・・生きていてほしいと思ったから・・・私の背中を押したその手が、とても優しかったから・・・】



「そーゆーことですよ議長。みんなが一人の幸せを、一人がみんなの幸せを願えば、こうなっていく・・・そう思いませんか?」



【・・・理想、だな】



「でも・・・」









俺はそれに命をかける価値があると思いました・・・



























そして、戦力を失ったマロリガンはとうとう、ラキオスに投降した。

これから旧マロリガン領として、再スタートをきる。

そこの統治を任されたのは、マロリガンの議長。



そしてこれから、その領地は更なる発展を遂げることになる・・・。





それはまた、別のお話・・・。