【ふむ・・・エトランジェらはラキオスに降ったか】
「はい」
メシフィアにとって、何度訪れても慣れない場所。
大統領がいなくなった今、実質的に全権力がこの議会に集中している。
(大統領の遺言で全権を任された人を認めず・・・な)
メシフィアは心の中でそう愚痴をこぼす。
大統領の遺言で全権を任された、と公言する人を、そんな口約束で、と認めない議会。
そんな人たちに従わねばならない自分を、メシフィアは嗤った。
「もはや戦争の決着はつきました。敗者は勝者に従うべきです」
【口を慎めメシフィア。そなたがどうしてもというから、全軍の指揮をお前に任せているのだぞ】
「・・・はっ」
それも自分の本意ではない、と口で止めるメシフィア。
議会に任せていたら、負け戦に全スピリットを赴かせ、せっかく残った命を散らせかねない。
訓練担当として、守る義務がある・・・そう思っていた。
「ですが、このまま抵抗することを国民も望んでおりませんが」
【それは誰に聞いた? 本当に国民の意思か? アンケートでもとったのか?】
普段逆に聞いてやりたいことを、ここで返してくる議員。
呆れてものも言えない、とメシフィアは黙った。
それを容認と勘違いしたのか、議員は声を高らかに言う。
【メシフィア。いい加減全力でもって攻めたまえ!】
「そう迂闊に身動きは取れません。浅はかな考えで動けば、今度こそ抵抗する術を失います」
【そう言い続けて、未だ結果が出ないではないか】
「でしたら、ラキオスを倒せる効果的な作戦の一つでも提案してください」
【夜襲や火計など、いくらでもあろう】
「ラキオスのスピリットたちが対応能力に優れていることは先の戦いで実証済み。そのような手段は通じぬでしょう」
実際、本国まで攻められてレスティーナ女王を助けられたことで認知済み。
それをわかっているのか、議員も少し詰まった。
【だが・・・わかっておるだろうな? メシフィア】
「・・・っ」
議長の目がギラリと動いた。
飼い猫を眺める悦の入った目と、獲物を逃がさんとする獣の目。
思わずメシフィアは体を固めた。
【もしやる気がないのであれば・・・】
「報告は以上です!」
それ以上聞かず、深くお辞儀をしてメシフィアは退席した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「くそっ!!くそぉ・・・っ!!!」
テーブルを何度も叩くメシフィア。
それから、椅子に座り突っ伏した。
「メシフィア、入りますよ?」
「ああ」
部屋に入ってきたのは、メルフィーだった。
メシフィアに負けず、その顔は暗い。
「孤児院には常に兵士が駐留しています。交代の時までぬかりがありません」
「やはりか・・・! 私がもう少し早く議会の動きに気づいていれば・・・!!」
「自分を責めないで・・・。今日はシルビアが帰ってくる日です」
「シルビアか・・・」
椅子から立ち上がり、窓枠に手をかけて、外を眺める。
まもなく日が沈もうとしていた。
「ケイタさん・・・来てくれるといいですね」
「来てくれるさ・・・きっと」
「私は・・・来てくれないと思います」
「え・・・?」
メルフィーの言葉に、ハッとして振り返るメシフィア。
そこには、いつのまにかお茶を淹れてくつろいでいるメルフィーがいた。
「メシフィアもケイタさんも、似てます」
「え?」
「たぶんケイタさんも、メシフィアに来て欲しいって思ってますよ」
「私が・・・?」
「メシフィアは、孤児院もスピリットたちも私たちも、みんな守りたい。ケイタさんも、エトランジェたちと私たちを守りたい」
「・・・」
「さーて、私はどっちの傍にいようかなぁ・・・なんてね」
笑いながらカップを片付けて、部屋を出て行くメルフィー。
呆然と、それをメシフィアは見ているだけだった・・・。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・ここかな」
「はい」
到着した啓太とシルビア。
シルビアに担がれたまま飛んできた啓太が地面に降りる。
それと同時に、ゆっくりと近づいてくる人影があった。
「・・・」
夜。
やっとその人影が、誰だか視認できる。
「・・・久しぶりだな」
「・・・うん」
メシフィア。
その後ろに、アエリアとメルフィーがいた。
お互い、なんとなく考えていることがわかって、ぎこちない挨拶を交わした。
「メシフィア、一緒に行こう」
「・・・」
啓太がその言葉を発すると同時に、メシフィアの顔は暗くなった。
それだけで、啓太も返ってくるであろう答えがわかってしまった。
「それはできない」
「・・・なんで?」
「私はこの国に残って守らなければいけない。ケイタ、お前のほうこそ来い。ラキオスにいる理由などない」
「・・・何度も考えた。メシフィアの傍にいって、卑怯だけどどこか奥に引っ込んでて、戦わなければ全てうまくいくかもって」
言い終えて、ゆっくり深呼吸して。
それから、啓太は続けた。
「でもそれじゃダメだって。みんなは命かけているのに、俺だけ安全な場所にいたらさ・・・」
「・・・なんだ?」
「いざメシフィアたちが大変な時、ただの足手まといにしかならないでしょ。それじゃダメなんだ」
「・・・」
「もうマロリガンの時みたいなのは嫌だ。メシフィアだって死に掛けて、なんか知らないけど俺は逃げることしかできなくて」
あまりそのあたりのことを覚えていない。
気づいたらマロリガンにいたのだから、必死で逃げたのだろう。
なんとなく、自分も死に掛けた気がするけど・・・と呟く啓太。
「俺は欲張りだから。みんなと一緒がいいから」
「・・・ありがとう。ケイタ」
「え?」
メシフィアはゆっくり目を閉じ、少しうつむいた。
「・・・だが、私の孤児院が議会の手中にある。裏切るわけにはいかないんだ」
「・・・!」
「だが・・・お前も私と同じで、安心した」
「メシフィア・・・?」
ゆっくりと開かれたメシフィアの瞳。
そこにはどんな宝石よりも綺麗な瞳と、気高い意思があった。
だが、そこに友好はない。
敵意ではなく、ただ純粋に殺意。
それを証明するかのように、メシフィアはその長剣を抜いた。
「成長したな、ケイタ。お前は・・・討つに相応しい相手だ」
「・・・ウソだろ」
そう言った啓太自身、メシフィアが本気かどうかなどとっくにわかっていた。
頭で否定しても、体が反応している。
震えている、圧倒的な殺意を前に。
「抜け、ケイタ。私たちはそれでしかわかりあえないのだから」
「・・・」
ゆっくり、啓太はカノンに手をかけた。
そして鞘から引き抜く。
悟ってしまった、この人を言葉だけで説得するのは無理なのだと。
啓太がカノンを引き抜く。
それと同時にメシフィアが踏み込んできた。
「っ!」
「油断しないでください!」
「ほぅ・・・っ!」
そのメシフィアの長剣は、間違いなく啓太に刺さった。
シルビアが間に入り、剣を止めなければ
「シルビア、お前もか」
「某は、生きます。でも一人ではなく。二人でもなく。三人でもない」
「それは理想・・・。そう、理想。理想の意味がわかるか?」
理想。
それは、現実ではないこと。
現実にはありえないこと、だけれど望まずにはいられないことが理想。
「お前らを選べば私は家族を失う。家族を選べばお前らを失う。それが現実だ・・・。両方を選ぶことはできない」
「メシフィア、でも・・・」
啓太は息を吸い込んだ。
そして、ゆっくり吐き出す。
そう、啓太はここに来た。
その両方を選びたくて、絶望の先にあるものを掴みたくて。
「メシフィア・・・いや、師匠。俺は師匠を負かします」
「・・・っ!」
地面に展開する魔方陣。
それはマナを使って展開するものではなかった。
展開できるはずがない、カノンにマナは残っていないのだから。
だが、今啓太の足元にはオーラフォトンが存在する。
神剣の力が、空間に介入してあふれ出している。
「これは・・・っ!」
「師匠を負かして、連れて帰る。それだけ・・・っ!」
見つけたのだ、とうとう。
啓太が、戦う理由を。
命をかけるものを。
何かを傷つけても、独善的だと罵られても、それでも得たいものを。
戦う理由も、守りたいものも、何もなかった啓太が。
とうとう見つけた。
「行くぞ、カノン。守り抜く時間だ」
【・・・何もないお前が、何を守り抜く?】
「・・・!? カノンが反応した・・・!?」
控えるアエリアとシルビアが息を呑む。
死んだように反応のなかったカノンが、急に存在感を増す。
存在感だけではない、威圧感・・・その神剣が、この空間を支配する。
啓太の足元に展開されたオーラフォトンに、次々とマナが集まっていく。
白銀のオーラフォトンが、啓太の体とカノンを包みだした。
「自分が迎えたい未来を。そのために努力しようとする意志を。守り抜くよ、絶対に」
【・・・】
「わかったんだ。この世界で俺がどうやって生きていくべきか」
戦いに慣れたくない。
誰かを殺したくない。
死にたくない。
今まで、それを怖がって何もできなかった啓太。
平和な世界で生まれ、その手を血に染めることを拒否した。
それがこの世界でも正しいと思った、他のエトランジェもそうだと思った。
でも、似ているけれど違うことに気がついた。
この世界で、殺さないことが重要じゃない。
戦いに慣れないことが重要じゃない。
そう・・・
いつでも、自分が自分であり続けるよう強く思うこと。
流されてはいけない、変化してはいけない。
これが自分だと思える一本を、誰にも挫かせないこと。
それを守り抜くこと。
メシフィアに助けられ、メルフィーから学び、シルビアと鍛え、アエリアと笑い、戦場でわがままを貫いて。
その一つ一つが、啓太を成長させた。
もう彼は迷わない。
「行くよ師匠。師匠から学んだ戦いの術、心の解放、全てはこの時のために!」
「いい気迫だ。・・・正直、ここまで成長するとは思わなかった。相手にとって不足なし!」
白銀のオーラフォトンが、小さな爆発音と共に弾け飛んだ。
それは粉雪のように舞い散り、その空間を明るく照らす。
啓太が一歩踏み込む・・・それが合図。
シルビアがハイロゥを展開し、メルフィーは弓を構え、アエリアは杖を掲げた。
アエリアの杖から、電撃がほとばしる。
絶縁体である空気を切り裂き、啓太とシルビアの足元に電撃が走る。
「そんな程度・・・っ!」
シルビアが剣を地面と水平に構え、横に薙いだ。
あまりの速度に生まれた剣圧が地面を抉り、電撃を防ぐ。
その土が宙に舞う中、鋭い矢がシルビアの頬を掠めた。
メルフィーの矢が空に打ち上げられる。
それはまるで雨のように隙間なく地面に降り注ぐ。
「シルビア!」
「はっ!」
啓太が両手でカノンを持ち、祈るように構えた。
シルビアが傍に寄ると同時に、オーラフォトンを展開。
白銀のバリアが矢を弾き返す。
矢を弾き返し終えると、すぐさまシルビアは離れた。
啓太もすぐさま後ろへ飛びすさる。
直後、啓太のいた場所に真っ直ぐ長剣が振り下ろされた。
地面を叩き割り、地割れが起こる。
「でやっ!!」
「甘い・・・!」
剣と剣が奏でる金属音。
不規則で、とても間隙がない。
啓太とメシフィアの体は流れを殺さず、次々と相手の急所を狙っていく。
だがどれも掠ることすらせず、受け流して攻撃、受け流して攻撃。
メシフィアが大きく振りかぶり、啓太の頭を狙って振り下ろされる。
啓太はわずかに左にそれて、神剣を地面と水平にして、体の横に構えた。
その長剣がカノンを捉える瞬間、啓太は力を抜く。
長剣はそのまま地面に振り下ろされ、地面に深く刺さった。
カノンは、メシフィアの腰下と長剣、そして地面の3辺に囲まれた三角形の中に入る。
そのままカノンを思いっきり切り上げた。
すると刃に沿ってせりあがり、鍔を捕らえる。
「もらった・・・っ!!」
「っ!!」
鍔を捕らえられて、せりあがる力にメシフィアは耐え切れなかった。
手が柄から離れ、そのメシフィアを象徴する長剣は宙を舞う。
打ち上げた勢いを殺さず、右横から左横へカノンの位置をかえて、深く踏み込んだ。
そのがら空きになったボディに、柄頭を打ち込もうと啓太が懐に入る。
「・・・終わりだ」
「・・・え」
啓太には、何が起こったかわからなかった。
気づくと体は横たわっていて、右わき腹に鈍痛を感じる。
内臓がやられたのか、口から血を吐き出してしまう。
刹那、頭が急にぐらぐらと揺れる。
視界がぶれ、焦点が定まらない状態というのを初めて経験する。
「忘れたのか。私にはこれがある」
「・・・は、かは・・・っ」
メシフィアの右手には、鞘におさまっている片手剣が握られていた。
宙に舞った長剣が降りてきて、メシフィアの左手に戻る。
この時啓太はすっかり忘れていた、メシフィアの腰には二本の剣があることを。
長剣を打ち上げられ、両手が上がってボディが空いたように見えたのはフェイク。
すかさず力を抜いて長剣を打ち上げさせ、上がっていた両手はとっくに自由だったのだ。
右手を下ろし、腰から片手剣を抜いて、懐に入ってきた啓太の右わき腹に打ち込む。
体勢が崩れた啓太に、脳天を柄頭で打ち込む。
「・・・あ、くぁ・・・」
「・・・くっ」
だが、しばらくしてメシフィアは左肩を押さえる。
左手から血が垂れていた。
右わき腹に打ち込むのが間に合わなかったか、左肩にカノンの剣圧をくらった。
「いや、違う・・・な・・・」
予想以上だったのだ、啓太の速さが。
対応しきれなかった。
それは思った以上にメシフィアに衝撃を与えていたようだ。
あのメシフィアが、1対1で膝をついた。
そしてゆっくりうつ伏せに倒れていく・・・。
「シル・・・ビア・・・?」
啓太がシルビアを追いかけると、アエリアの魔法を打ち返すという離れ業をやっている彼女が見えた。
「アエリア・・・強いな、やはり」
「シルビアもね・・・っ!」
シルビアにはわかっていた。
アエリアが只者ではないこと、ただのスピリットではないこと。
スピリットですらないであろうこと・・・
防御のきかない魔法、不思議な支援。
そのどれもが、極限まで手加減されていた。
それでも、普通のスピリットでは到底出せない威力を誇っていたのだ。
「・・・っ!!」
アエリアの雷と炎をその神剣で打ち返す。
だが、打ち返すタイミングにわずかな痺れが出る。
シルビアは魔法の威力が強すぎるせいだと考えていたが、神剣を振るだけで痺れることがわかってきた。
そのせいか、なかなか一歩踏み込むことができない。
反対にアエリアも、常に走りながら魔法を詠唱していた。
メルフィーは既に消え、攻撃型の相手との1対1に苦戦している。
「アエリア・・・なんのために戦っている?」
「ボクはボクのため。それだけだよ・・・っ!」
「っ・・・!?」
シルビアが片膝をついた。
好機、とアエリアが詠唱をはじめる。
急激にアエリアに渦巻くマナの嵐。
その魔法の大きさに、空気が痺れ、風が啼く。
その痺れは雷となり、風の声はかまいたちとなる。
「サンダーストームッ!!!」
それは雷を得意とする今日子の専売特許。
だが、それを苦もなく放つアエリア。
けたたましい爆音と共に、雷が濁流のようにシルビアを、大地を呑み込んでいく。
「・・・」
しばらくして雷は消え、静寂が耳に痛い。
焼け焦げた土地、そこにアエリアは立っていた。
喉に神剣を突きつけられ、立っていた・・・
「・・・某の、勝ち・・・だな」
「・・・うん」
ゆっくり、ゆっくりと・・・アエリアの体が倒れていく。
倒れると同時に、シルビアも両膝をついた。
ハイロゥは焼け焦げ、左腕からマナが流れ出していた。
【・・・全滅か。まぁいい・・・】
誰も動かなくなった小さく大きい戦場に、一人の男が現れた。
動かないメシフィアの頭を蹴ると、満足げに唸る。
【これで邪魔者はいなくなった・・・。戦争はここからだ・・・!】
男はきびすを返して、マロリガンへと向かっていった。
その体から自信を滲ませながら・・・。