「え〜っとですね、つまりそういうわけでマナとエーテルがサイクルするわけです」

 

「先生、全然わかりません」

 

 

 

 

授業は、マナサイクルについて。

そして説明は、その一文のみ。

 

―――――それでわかれと?

 

温かい日差しに照らされ、机に日光が反射して眩しかったりする。

 

 

 

神剣の主になって、かれこれ・・・・・・わからないくらい経った。

異世界に来た、という感覚も薄れ始め、聖ヨト語にも慣れた今日この頃。

 

――――ええ、そりゃ来た時は驚きばかりでしたよ。

 

――――でもね? 人間ってのは適応能力が高いナマモノなわけですよ

 

――――ね? つまり今は、こんな授業は俺の大嫌いな学校の授業を思い出させるわけで・・・・・・

 

――――ほら、思い出しただけで瞼が重く・・・・・・・おも・・・・・・・・く・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「寝るんですか?」

 

「ふおっ!?」

 

 

 

 

 

机に立っている、尖った針。

刺さってくれよと言わんばかりに自己主張している。

先生ことメルフィーが、俺が寝そうになるとすかさずセットする。

 

 

 

 

 

「先生、やっぱりこれは危ないと思います」

 

「なら、寝ないでくださいね〜」

 

「でも、こんな陽気の時に部屋に篭って勉強なんて、不健康だと思わないはずがないでしょう?ええ、ホント」

 

「黙って理解しやがれ?」

 

「・・・・・・・・ハイ」

 

 

 

 

 

その笑顔が怖い。

とは言っても、やはり眠いものは眠いわけで・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「刺さりますよ?」

 

「ほぉっっと!?」

 

 

 

 

 

押し潰してくれよと言わんばかりのマゾが、日光に照らされて光っている。

その鋭い先端は、きっと俺の頭蓋骨を貫くにたやすいだろう。

気をつけろ俺、石化を解いてくれる針じゃないんだから。

 

 

 

 

 

「では、マナサイクルを発展させてみますね〜」

 

「待てぃ!あの一文しかないものを発展させんな」

 

「グダグダ言わずについてきやがれ?」

 

「すみません、Oh!人事ですか?・・・・・ぇぇ、最近職場の扱いが酷くて・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ここはマロリガン

国土のほとんどが砂漠地帯であり、その砂漠にはマナ障壁なるものがある。

大統領制の国家であり、議会と折り合いをつけながら政治をしているようだ。

建物なんかも見たことのないものばかり。

 

 

 

 

 

 

 

「以上、退屈説明的台詞、終了」

 

「ケイタぁあぁッッ!!!」

 

 

 

 

 

この声、言わずもがな。

恥も外聞もないこの無邪気な声は、一人だけ。

声の方を振り返ってみれば、そこにはツインテールを流して走る少女。

その名もアエリア。

 

 

 

 

 

「おっはよ〜〜〜っ☆」

 

 

 

 

 

そして飛んだ。

鋭い人はわかると思うが、アイツはスピリットだ。

走ると言えば、どうなる?

一瞬で景色は遥か後方へ。

お前はジェット機か、と思わず突っ込まずにはいられない速度で走る。

そんな物体が、今まさに俺の目の前に来ているワケだ。

 

――――受け止める? バカを言うな、俺を殺す気か、お前は

 

 

 

 

 

「華麗なステップでぐぼぁあぁッッ!!!!

 

「あ」

 

 

 

 

 

避けようと体を捻ると、アエリアの頭がちょうどわき腹に入った。

痛い、痛いぞ、どのくらい痛いかって言えば、麻酔をかけずに歯を抜かれた時の痛さに近い。

あれは痛かった。

しかもその歯医者、抜くはずの隣の歯を抜きやがった。

幸い乳歯が並んでいたから良かったものの・・・・・って余裕あるな俺

 

 

 

 

 

「ぐはぁ・・・・・・・・痛い」

 

「・・・・・・もう、朝の挨拶はオハヨ☆だぞ♪」

 

「てめぇわき腹にジェット機突っ込んできてパイロットにオハヨ☆ってなんだよそりゃ!?」

 

「・・・・・?じぇっとき・・・・・・ってなぁに?」

 

「・・・・・・・よせ、やめるんだ俺。その笑顔には負けるよ、とか考えちゃダメだ。粘れ、嫌味をタラタラ言う昼ドラになれ」

 

「・・・・・・もしかして、頭も打った?」

 

「いや、わき腹以外は正常だ」

 

 

 

 

 

わき腹を押さえながら立ち上がる。

目の前にいるのは、悪びれた様子もない笑顔の少女。

なんでそんなに笑顔なんだ、突っ込んでいいか?

 

 

 

 

 

「あ、もうダメだなぁケイタは〜。寝癖ついてるぞ☆」

 

「いちいち☆つけんな鬱陶しい。えーっと?」

 

 

 

 

 

頭で手を撫でる。

だが、寝癖はいまいちわからない。

 

 

 

 

 

「ねぇ? なんで頭を手にこすりつけてるの?」

 

「頭で手を撫でると書いてあるだろうが」

 

「・・・・・・ボク的には、逆にしたほうが楽だと思うな〜」

 

「それじゃギャグは生まれないでしょ」

 

「ギャグ?」

 

「冗談ってコトだ」

 

「ケイタがいれば十分だよ」

 

 

 

 

 

それはどういう意味だい?

 

 

 

 

 

「まぁいいや。朝のおべんきょうは終わったんでしょ? 朝ゴハンにしよう?」

 

「・・・・・・っつうかわき腹に謝れよ」

 

「ごめんね、わき腹さん」

 

「バカかお前。普通俺に謝るだろ」

 

「・・・・・・・ケイタっていじわる・・・・・・・・」

 

「なんだろうねぇ、目覚めたかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「さて、じゃぁ朝ゴハンにしょうか」

 

「今日の挨拶は誰だ?」

 

「ハイハイ!!俺でぇっすっ!!!」

 

 

 

 

 

大食堂に集まったのは、メシフィアにメルフィー、光陰に空虚、以下多数。

そして、光陰に習ったのか、食べる前に【いただきます】の挨拶をするのが行事。

さらに言うなら、今日は俺の当番である。

 

 

 

 

 

「じゃぁ、オッホン!!」

 

「起立、着席、礼っ!!!!」

 

 

 

 

 

ゴンッ!!!

 

 

 

 

 

大食堂に鈍い音が響いた。

唯一やらなかったのは、空虚だけだ。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・難儀なヤツらだ」

 

「空虚ノリ悪〜い」

 

「・・・・・・・」

 

 

 

 

 

ゴンッ!!!

 

 

 

 

 

少し遅れて、さっきよりも小さな音が大食堂に響いた。

ノリのいい仲間と神剣に囲まれて、俺は幸せだよ。

 

 

 

 

 

「では、いただきます!」

 

【いただきます!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「なぁ光陰」

 

「ん?なんだ」

 

「・・・・・・男二人でたそがれるのって、俺好きじゃないんだけど」

 

 

 

 

 

ここは切り立つ崖。

俺と光陰の他に人影はない。

ただ、黙って二人、並んで座っているだけ。

 

 

 

 

 

「ん、ちょっと感謝かな」

 

「感謝?」

 

「お前がきてくれて、空虚の雰囲気が和らいだからさ」

 

「え?」

 

「前はもうちょいトゲトゲしてたんだけどな。今日の朝飯の時なんて、お前の冗談に乗ってくれたし」

 

「へ〜」

 

「お前を誘って正解だったよ」

 

 

 

 

 

そう言いながら、遠い目をする光陰。

こいつの考えてることはいまいちわからない。

唯一わかってることと言えば、あの今日子って女の子のために、頑張ってるってことだけ。

不思議な男だと、心から思う。

 

 

 

 

 

「でも、悪いな。戦うことになって・・・・・・」

 

「いや、うらんでないよ」

 

 

 

 

 

この余裕も、きっと戦争が始まれば消えるのだろう。

だから、今だけはこの人の心を軽くしよう。

 

 

 

 

 

「・・・・・・なぁ啓太。どっちが正解だ?」

 

「え?」

 

「悠人を殺すのと、今日子を殺すの。親友と彼女、どっちかしか選べないとしたら、どっちを選ぶのが正解だ?」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

言葉に詰まった。

おそらく、こいつは俺の答えなんてアテにしてない。

仮に俺がどちらかを選んでも、こいつはきっと、影響されない。

ただ、呟いただけ。

自嘲気味に、でも重苦しい心を吐き出すように。

 

 

 

 

 

「・・・・・・俺はさ」

 

 

 

 

 

だから、俺は当たり障りのない自分の不幸話をする。

度が過ぎれば不快以外のなにものでもないが、同じような不幸を話せば人は心を軽くできる。

まぁ、バカなヤツはいかに不幸かを自慢したがるのだが。

 

 

 

 

 

「大好きな人がいたんだ。小さい頃」

 

「・・・・・・・」

 

「でもね、死んじゃった」

 

「・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

光陰は何も言わない。

お互いに、顔を合わせない。

ただ、言葉にするだけ。

 

 

 

 

 

「屋上から飛び降り自殺。ぐちゃぐちゃのひき肉になってた」

 

「・・・・・・・・」

 

「そこにね、一人の少年が駆け寄っていくわけよ。雨の中、冷たくなって原型もない肉に、語りかけるわけだ」

 

「・・・・・・・」

 

「どうして? どうして動かないの? どうして喋らないの? どうして笑ってくれないの? どうして・・・・・・・・・ってね」

 

「・・・・・・・・」

 

「大人に抱え上げられて、その少年は処理されていく肉を見つめているんだ」

 

「・・・・・・・・」

 

「体は震えて、歯がガクガク鳴って、目の奥がカァっ!って熱くなって」

 

「・・・・・・・」

 

「何もできない自分に、無性に腹が立って。何もする気がおきなくて、ただ歩いて、俯いて」

 

 

 

 

 

熱くなった目頭を、誤魔化すようにこする。

 

 

 

 

 

「たぶん、悠人を殺しても、今日子を殺しても、ソレくらい苦しいと思う」

 

「・・・・・・そうか」

 

「・・・・・・・・・どうして、光陰がそんな苦しまなくちゃいけないんだろうな」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

この男が何をした?

 

腐った世界に訴える

もう一度、何度でも

 

 

―――――この男が何をした?

 

 

 

いきなり異世界に飛ばされた少年少女が、なんでそんな苦しまなくちゃいけない?

それを強要する世界を、腐っていると呼ばずになんと呼ぼうか。

 

 

 

 

 

 

「どうしようもないことは、どうしようもないってことだろ」

 

「・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

光陰・・・・・・なら、なんであんたは、そんな辛い顔をしてるんだ

 

 

 

 

 

「そういう世界なんだから、しょうがない。だから、俺は自分の手のひらに乗るだけの幸せを守れれば、それでいい・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

言葉に詰まった。

そう、しょうがないのだ。

世界がそうなのだから、頑張ったって何も変わらない。

だから、自分の守れる幸せだけを守るしかない。

 

そうやって、妥協していくしかない。

そうしなければ、苦しみ、身を滅ぼすから。

 

 

 

 

 

「レスティーナは、クェド・ギンは、サーギオスは」

 

「・・・・・啓太?」

 

「なんで戦うんだろう? なんで壊そうとするんだろう? 戦ったって世界が変わらないのなら、戦わなければいいのに」

 

「・・・・・・もっともだな」

 

「なんで戦うなんてこと、人は覚えちまったんだろう。覚えなければ良かったのに」

 

「・・・・・・・」

 

 

 

 

 

わからない。

平和ボケした俺にはわからない。

何もかもわからない。

 

―――――なぜ光陰が苦しむんだろう?

 

―――――苦しむべきは、指導者達ではないのか?

 

―――――世界の底辺までわかったつもりのヤツらではないのか?

 

 

 

 

 

 

「悩むか、少年」

 

「あ、空虚」

 

 

 

 

 

隣に座る空虚。

静かに、遠くを見る。

こっちもまた、何を考えてるのか、いまいちわからない。

 

 

 

 

 

「世界を恨んで、愚かな指導者達を恨んで、お前は救われるか?」

 

「え・・・・・・」

 

「お前を救うのは、お前自身の信念、信条、そして大切な物だ」

 

「・・・・・・・・」

 

「恨む世界がお前を救うか? 違う。愚かな指導者達がお前を救うか? 違う」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「そして、お前の信念、信条、大切な物すら守れなくなりそうな時は、必死であがけ。みっともなく生きろ。全てがうまくいくように」

 

「空虚・・・・・・・」

 

「留まっているものなどない。時間は流れているのだ。不変な物を守ろうとしていると、いつのまにかそれは変わっている」

 

「・・・・・・・・」

 

「変化を恐れるな。・・・・・・・・・・・・・・・・あがいているお前を見捨てたりはしない」

 

「え・・・・・・・・」

 

「食らいついてくることだな」

 

 

 

 

 

そして、空虚は立ち上がる。

それ以上何も言わず、立ち去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

「待った!!」

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・どうして?」

 

「・・・・・・・・・お前を見ていると、昔の・・・・・・・・・・・・・・・・・いや」

 

「え?」

 

「・・・・・・・つまらん話をした。さらばだ」

 

 

 

 

 

結局、去っていく空虚。

その場には、唖然とした俺と光陰が取り残された。

お互いに呆然とした顔を見つめあう。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・あがく、か」

 

「・・・・・・・あがく、ねぇ・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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世界が理不尽な選択を迫ってきて

 

自分がどちらを選んでも不幸になると言うのなら

 

 

 

 

その時、どうすればいいんだろう

 

その答えは、見つからない

 

 

 

 

空虚に言わせれば

 

信念、信条、大切な物

 

それが、今の俺に足りてないからなのだろう

 

 

 

 

全てがうまくいくなんて、無理なのかもしれない

 

でも、空虚はあがけと言った

 

全てがうまくいくように、必死にあがく

 

 

 

 

この世界ならできるかもしれない

 

この神剣があれば、できるかもしれない

 

何も力がないわけじゃない

 

必死であがいてみれば、全てうまくいくかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとなく、そう思った