「っつぅ・・・・・・・」

 

 

 

 

体の節々が痛む。

目を開けると、そこは砂が世界を支配する、砂漠と呼ばれる場所だった。

草木はなく、汗が滝のように流れ出る。

 

 

 

 

「ここは・・・・・・・・・砂漠?」

 

{起きたか}

 

「だ、誰だ!?」

 

 

 

 

どこからか声が聞こえた。

俺はあたりを見回すが、誰かがいる気配はない。

ただ、視界が揺れるほどの暑さだけが存在する。

 

 

 

 

{こちらだ}

 

「どちらだ?」

 

{手に持っている剣だ}

 

「・・・・・・・」

 

 

 

 

剣を持ち上げて、顔面に持ってきた。

刀身を、電話を使うように耳に合わせてみる。

 

 

 

 

{そうしなくても聞こえる}

 

「ま、マジか・・・・・・」

 

 

 

 

剣が喋っている・・・・・・らしい。

声色からして、成人男性と言ったところか。

言葉遣いや重みが、どうにももっと年寄りくさく思わせる。

 

 

 

 

「剣が喋ってるのか・・・・・・・・」

 

{お前が新しい契約者か?}

 

「契約者・・・・・・?」

 

{神剣がただの剣だと思っているのか?}

 

「・・・・・・普通じゃねぇのはわかるけど」

 

 

 

 

世界の常識が覆ってない限り、普通の剣は喋らないはずだから。

 

 

 

 

{お前はこの世界で戦うことを了承して、私を握ったのだろう?}

 

「そうだけど・・・・・実際、よくわかんねんだ。一体、何と戦うってんだ?」

 

{とにかく、まずは契約をしよう。こちらにスピリットが2体向かってきている。このままだと連行されてしまう}

 

「れ、連行される?」

 

{スピリットは、ただの人間と同じお前では相手にもならん。それに、通訳も必要なのだろう?}

 

「通訳・・・・・・って、そういえばここどこ?」

 

 

 

 

ついさっきまでは、林の中にいたはずだった。

文字にまとわりつかれ、光に包まれたはず・・・・・・。

 

 

 

 

「ここが・・・・・・異世界?」

 

{契約するかしないのか!もうすぐそこまで敵がきているぞ!}

 

「敵・・・・・・って」

 

{ダーツィなどに連れて行かれたら、お前はすぐに殺されるぞ!あそこはエトランジェに理解が薄いからな}

 

「だ、だいたい、契約ってなんだよ?説明してくれよ」

 

{そんな暇はない!ちっ・・・・・・もう手遅れだな}

 

「は・・・・・?」

 

{この腐れ契約者がっ!!お前の父親はすぐに決断できたというのに!!!}

 

「な、なに怒ってるんだよ!?・・・・・・・!?」

 

 

 

 

突然、二人の女性が現れた。

真っ赤な髪を持ち、瞳は鋭く、無駄な動きは一切しない。

 

じりじりと、歩み寄ってくる。

言いようのない警戒心が膨れ上がり、後ずさりする。

 

 

 

 

【――――、――――?】

 

「・・・・・・?なんか言ってる・・・・・・?」

 

{契約すればある程度は聞き取れたものを・・・・・・・愚か者が}

 

「うるさいよお前はっ!!」

 

 

 

 

剣に向かって怒鳴りつける。

はっとして二人の女性を見ると、その瞳が鋭さを増していた。

身の危険を感じるほどの、鋭い目。

 

 

 

 

「・・・・・・・どうすればいいんだ、剣」

 

{自分で考えろ。私はお前に失望した。失望したヤツの世話など、焼けるものか}

 

「拗ねるなよ!あ〜、もうむかつくなぁ!!」

 

【――――?――――!!】

 

「・・・・・だめだ。全然わかんねぇ・・・・・・」

 

 

 

 

聞き覚えのない言語。

おまけに相手の表情もかわらない。

ジェスチャーもしないため、何を伝えようとしているのか、見当もつかない。

 

 

 

 

【――――ッ!!】

 

 

 

 

いきなり、腰から剣を抜く女性二人。

刀身をギラギラと光らせて、何かを言っている。

 

ようやく言いたいことがわかった。

さっきのこの剣の会話と合わせると、ついてこい、と言っているのだ。

今まで友好的だったが、実力行使に出た、というわけだ。

 

 

 

 

「剣、ついていっちゃダメなのか?」

 

{骨までしゃぶりつくされて、ボロボロになって死んでいきたいのならついていけ}

 

「・・・・・・」

 

{もう一つ反応がある。おそらく、マロリガンのヤツだろう}

 

「マロリガン・・・・・・・?」

 

{大国の一つだ。私としてはそちらを強く推すがな}

 

「なら、決まり。・・・・・・・契約、しようぜ」

 

 

 

 

本当にわからないことだらけだ。

ただ、少しだけわかったこともある。

 

この女性二人についていけば、大変な思いをすることになること。

拒否すれば、あの剣で斬られてしまうこと。

それを凌いで、マロリガンという国に行くなら、契約をしなくてはいけないこと。

 

まだ、この剣のことは信用できない。

しかし、勘はいつも当たってきた。

今回も、自分の勘を信じることが、唯一正しい道に思える。

 

 

 

 

{決断するのが遅すぎる。・・・・・・・・行くぞっ!}

 

「ああっ!」

 

 

 

 

白銀の剣を強く握る。

その瞬間、電撃のようなものが体を駆け巡った。

 

一瞬で体が光に包まれ、地面にあの時と同じような円陣が描かれる。

真っ白な色で光る円陣は、まさに魔法陣と呼ぶに相応しい。

 

 

 

 

「これは・・・・・・・?」

 

{これから、お前の力となるものだ}

 

「体がすっげー軽い・・・・・・・。これが、契約・・・・・・?」

 

{だが、今のお前では力を十分に操ることはできん。今は、殺されないことだけを考えろ}

 

「わかった・・・・・・・」

 

{一つだけ教えるぞ。お前は右利きだから・・・・・・・左手がフリーだな}

 

「ああ。今の状態なら片手で剣を使えそうだ」

 

{左手の甲に力を込めろ。頭の中で、盾をイメージするんだ}

 

「イメージ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こう、か・・・・・・・!?」

 

 

 

 

地面の魔法陣が回転し、光を放つ!

それと同時に、白い光の盾が左手の甲から現れた。

盾は次第に大きくなり、左腕をカバーできる大きさまで大きくなって、魔法陣の回転が止まった。

 

 

 

 

「こ、これは・・・・・・・・?」

 

{熟練すれば、どんなものでも受け止めることができる盾・・・・・・オーラフォトンシールド}

 

「え〜・・・・・・・っと。そのまんま・・・・・・・だね」

 

 

 

 

あまりにそのままのネーミングセンスに、苦笑してしまう。

 

 

 

 

{今の状態でも、あの二人程度の者の攻撃なら受け止められるはずだ}

 

「良かった・・・・・・。剣だけで防げって言われたらどうしようかって思ってた」

 

{さぁ来るぞ。絶対に反撃するなよ!}

 

「避けて防ぐだけだろ?ってか、剣を振るうなんて剣道以外でやったこともねぇよ・・・・・・・!」

 

 

 

 

剣を下段に構えた。

左手のシールドを体の前に出して、すぐに防げるよう腰を低くする。

素人の考えじゃ、これが限界だ。

 

あとは、とにかく避けて守る。

 

 

 

 

【なんとしてもついてきてもらうっ!!】

 

「ッ!!」

 

 

 

 

言葉が理解できるようになったのに驚く暇もなく、赤い髪の女性が斬りかかってきた。

シールドで受け止めると、足が砂に沈み込んだ。

 

 

 

 

「お、重い・・・・・・ッ!!」

 

{真正面から受けるな!剣は防げても勢いはおまえ自身に伝わってくる!}

 

「言うのが遅い・・・・・・っ!」

 

 

 

 

シールドを左に流すと、赤い髪の女性の剣は、砂の地面に叩きつけられた。

あまりの勢いに、砂が舞い上がる!

すぐに後ろに剣を振るい、背後から迫ってきていたもう一人の女性の剣を受け止める。

 

剣と剣がぶつかっている場所を支点に、バック転をして女性の後ろを取る。

そのまま、もう一人の女性の上に蹴り倒した。

 

すぐに体を翻して、走り出す。

相手と距離を取り、舞い上がった砂の中から脱出。

視界が悪い中で二人に襲われたら、勝ち目はない。

 

 

 

 

{なかなかやるな、啓太}

 

「そりゃどうも!マロリガンってとこの人はまだ!?」

 

{あと少しだ。まぁ・・・・・・たった一人のようだから、もしかしたらあの二人を止められないかもしれないが}

 

「なっ・・・・・・・そうだったら・・・・・・・・!?」

 

{私もお前も、ここまで・・・・・・ということだろう}

 

「そんな・・・・・・・いや!まだそうと決まったわけじゃねぇ・・・・・・!諦めないぜ俺はッ!!死んでたまるかっ!!」

 

{!?}

 

 

 

 

急に、剣が白い光を纏った。

気にしている余裕はない。

 

女性二人が舞い上がる砂から出てきた!

 

 

 

 

「くそっ・・・・・・なんとか粘ってみせる・・・・・・!!」

 

 

 

 

女性が斬りかかってきた。

真正面から、またさっきと同じパターン。

今度は受けることはせず、横に転がりすぐに立ち上がる。

女性の剣が横薙ぎされ、それを刀身を横にして、左手も使って受け止める。

 

多少勢いに押されたが、片手で受けるより衝撃は少なかった。

至近距離で、相手とにらみ合う。

 

 

 

 

「・・・・・・・ッ」

 

【エトランジェが粋がる・・・・・・・!】

 

 

 

 

相手と目があった瞬間、足が震えだした。

圧倒的な殺意。

初めて感じる、命の危険を目の当たりにした。

 

震えが止まらず、相手の勢いを受け止め切れなくなってきた。

 

 

 

 

{啓太!気張れ!気圧されるな!!}

 

「く、くそっ・・・・・・・だ、だって・・・・・・・怖ぇ・・・・・・・っ!こ、この剣で斬られたら死んじまう・・・・・・・!?」

 

{落ち着け!くっ・・・・・・・!!マズイ・・・・・・・!}

 

「なんだ・・・・・・・・?熱い・・・・・・・?」

 

 

 

 

最初は日差しが強くなったのかと思った。

だが、熱さを感じた時には、もう遅かった。

ふともう一人の女性を見ると、人の頭ほどもある火球があった。

それが、2個、3個と現れる。

 

 

 

 

【ファイアボールッ!!!】

 

「っ!!?」

 

 

 

 

まるで弾丸のような速度で向かってくる火球。

思わず左手のシールドをかざす。

 

 

 

 

{っ!ダメだ啓太ッ!!!}

 

「がぁ・・・・・・・っ!?」

 

 

 

 

右手一本で支えられていた剣が、両手持ちの剣の勢いを止められるはずがなかった。

女性の剣がわき腹を抉る!

 

 

 

 

「ぐあ・・・・・・っ!?」

 

 

 

 

初めて剣で斬られた。

傷口が、熱を持ったように熱い。

 

必死に痛みをこらえ、左手を右手で支えた。

次々とぶつかり、左腕に衝撃を与える火球群。

 

シールド越しに熱さが伝わってきて、左腕が熱を持ち始めた。

 

 

 

 

「た、耐え切った・・・・・・・!?」

 

{後ろだッ!!}

 

「ッ!!」

 

 

 

 

火球が消えたかと思うと、さっきわき腹を斬った女性が、剣を構えていた。

素早く振り上げられたはずの剣が、ゆっくりと見える・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だめ・・・・・・なのか・・・・・・)

 

 

 

 

女性二人は、随分と戦いなれていた。

ここまで戦えたのは奇蹟に近い。

 

 

 

――――よくやったよ

 

そう思い、目を閉じた。

できるなら、一瞬で楽に・・・・・・

剣が振り下ろされる音が聞こえる。

その鋭さなら・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、軽い金属音が耳元で響く。

斬られるはずの首に、いつまでたっても感触がない。

 

不思議に思って目を開いた。

 

 

 

 

【最後を潔くする暇があったら・・・・・・・もう少し粘れ、少年】

 

「誰・・・・・・・・」

 

 

 

 

太陽を背にしているのか、黒いシルエットでしか見えない。

手を太陽にかざすと、わずかに姿が見えてきた。

 

蒼く長い髪。

細く、しなやかで、繊細。

光が反射し、キラキラと光る様は、今まで見たどんな宝石よりも美しかった。

 

一本だけ跳ねたクセ毛や、キメ細やかな肌。

鋭いようで、どこか優しい蒼い瞳。

すらっと伸びた足に、凛々しい顔立ち。

 

 

 

 

「いったい・・・・・・・」

 

【私の言葉がわかるか?これからお前をマロリガンに連れて行く】

 

 

 

 

そう言って、彼女は赤い髪の女性に振り向いた。

赤い髪の女性の剣は、はるか遠い地面に刺さっている。

 

 

 

 

【手を引け。命は落とすためにあるものじゃない】

 

【人間・・・・・・蒼い髪・・・・・まさか!】

 

【おめおめと帰っても、私と出会ったと報告すれば刑罰は免れるはずだ。もしそれでも命の危険を感じたら、マロリガンに来い】

 

【好き勝手なことを・・・・・・・!】

 

【無理に手を引けとも言わないが・・・・・・・命を落とすことになるぞ】

 

【やってみないとわからない!!】

 

「あ・・・・・・・危ない!」

 

 

 

 

蒼い髪の女性に斬りかかっていく、二人の女性。

それに動じることもなく、剣を抜いた。

 

 

 

 

【危ない・・・・・・?】

 

「ッ!?」

 

 

 

 

見えなかった。

蒼い髪の女性が振りぬいた剣は、いつのまにか鞘に・・・・・・。

二人の女性は、剣を弾かれ胴体で切断されていた。

 

あまりの出来事

あまりに短すぎて・・・・・・・華麗な・・・・・・・

 

 

 

 

【それは、もっと弱いヤツに言う言葉だな。スピリット二人程度では、相手にもならない】

 

 

 

 

そう言って歩み寄ってくる女性。

身の危険を感じて逃げようとするが、わき腹から血が流れすぎたようだ。

意識が朦朧として、立ち上がることすらできない。

 

 

 

 

【歩くこともかなわぬのに、逃げようとするか】

 

 

 

 

そっと女性が座り込んで、何かを嗅がせてきた。

それと同時に、意識が消え始める。

 

 

 

 

【アエリア、運ぶぞ】

 

【りょ〜かいっ♪】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に聞こえたのは、そんなやりとりだった――――――――