それは、真っ暗な空間。

目の前に掲げたはずの手も腕も、目視することのできない深い闇。

 

いや、もうこれを闇としていいのかさえわからない。

視線を動かしたはずなのに、見える景色は変わらない。

 

どこまでも、どこまでも真っ暗な空間………

 

 

 

 

 

 

 

そんな闇に、突然白い光が降り始めた。

強いて言えば、それは雪に近い。

 

でも、雪より儚く幻想的で………

 

 

 

 

 

 

 

 

【お願……わた……願い……くれ……か?】

 

 

 

 

 

 

どこからか、俺に向かって声がする。

綺麗で澄んだ、女性の声。

 

 

 

 

 

 

 

【わた………こ……かいを……りたい……】

【よろ……お……ラン……なりま……う】

【……とう……】

 

 

 

 

 

 

 

どうやらこれは夢のようだ。

俺が勝手に喋った。

 

なんて言ったか、なぜかハッキリ聞こえない。

でも、強く大切な何か……そんな気持ちだけが伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

【みちび……は……ヴァル……とあな……かっ……で】

【はい……生様………】

(…生………?)

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな声だけが聞き取れた刹那………

 

 

 

 

 

俺の意識は急に覚醒へと向かっていった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛〜……頭いてぇ………」

 

 

 

 

 

 

どうも頭が重たい。

まるで髪の毛が3倍に増えたかのようだ。

それよりなにより、今朝の夢のためか頭痛までする。

 

こんな日は気晴らしに出かけるのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

「メシフィア〜、俺出かけてくるわ」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

エプロンをつけて洗濯をするメシフィアに挨拶して、俺は通り過ぎ―――――――

 

 

 

戻った。

 

 

 

 

 

 

 

「メシフィア、何してんの?」

「見て分からないか?洗濯だ」

「………そのエプロンは?それに、現実世界から持ってきた、俺があげた服まで着て」

「鎧姿では重たいからな。おかしいか?」

「………まるで」

「まるで?」

「はっ………な、なんでもねぇよ」

 

 

 

 

 

 

危うく爆弾発言をするところだった。

口をおさえて言葉を呑みこむ。

 

 

 

 

 

 

「なんでもない。それじゃな」

「夕飯までには帰って来い。今日当番だぞ」

「ハイハイ、お前は俺の母さんかよ!」

 

 

 

 

 

 

軽口を叩いて屋敷を出た―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、ソスラスの街を歩き回っています。

な〜んにもすることない。

 

今更珍しいものはないし、そもそもあまり金がない。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

非常に暇だ。

このままだと暇だ暇だと言ってるウチによぼよぼの爺さんになりそうだ。

それでいいのか16歳の俺!!

 

 

 

 

 

 

 

「いや、よくなぁい!!――――――ん?」

 

 

 

 

 

ふわっと、一本の赤いリボンが落ちてきた。

ぱしっと掴んで、目の前の家を見上げる。

女の子が落ちてきた。

白くて澄んだ綺麗な、ウェーブのかかった髪。

 

まだ12,3歳だろうか?

肌もすごく白くて、病弱な感じが…………

 

 

 

 

 

 

 

――――落ちてきた!?

 

 

 

 

 

 

 

「のわっ!!危ない……俺が危ない!!!」

「きゃぁあぁあぁっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズブシュッ…………

 

 

 

なんとも奇妙な音がして、俺は雪の中へ突っ込んだ。

真上から落ちてきた少女に潰されて―――――

 

 

 

 

 

 

 

「……んがぁ!!」

「きゃっ!!」

 

 

 

 

 

 

俺は飛び起きた。

少女がころん、と回ってしまう。

随分軽い子だな、と思いながら、その子をお姫様抱っこで起こす。

 

 

 

 

 

 

「平気か?」

「………………」

「?」

 

 

 

 

 

 

その子はしっかり目を開けている。

ちゃんと、俺が見えているはずだ。

 

でも、なぜか返事をしない。

声が出ないのか……?

いや、でもさっき叫んでたしな……。

 

 

 

 

 

「い……」

「い?」

「いやぁあぁあぁッッ!!!」

「は!?な、なっ!?」

 

 

 

 

 

大声で叫ばれた。

こんな街のど真ん中で叫ぶもんだから、一瞬にして人だかりができる。

 

 

 

 

 

 

 

「だ、だれか助けてぇえぇっっ!!!」

「えぇ!?」

【おい、みろ!またあのエトランジェだ!!】

【今度は子供を誘拐!?】

【きっとどこかに売り飛ばすつもりよ!!急いで団体に連絡して!!!】

「ちょ、ちょい待った!!俺は……っ!!」

 

 

 

 

 

誰一人、俺の弁明は聞いてくれない。

それどころか、この少女はさらに泣き喚くし、みんなで俺のことを蔑んだ目で見る。

 

 

 

 

―――泣きたいのはこっちだよ〜〜ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、俺は捕まった。

住民たちに縄をかけられ、団体の人が引き取りにくるのを待つハメに。

 

俺が助けた少女は母親らしき人物の後ろに隠れて、俺のほうを向いている。

 

 

 

――――なんか万引きして捕まった少年の気分だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「啓太!!」

「アエリア!良かった……アエリアで」

 

 

 

 

ホッとしたのも束の間………

 

 

 

 

 

ズゴォッ!!!

 

 

 

右ストレートがモロに左頬に入って、俺は吹き飛ばされた。

そのままのしかかられ、往復ビンタをかまされる。

 

 

 

 

 

 

「あなたって人は!なんてことを、なんてことをォ!!お姉ちゃんは悲しい!!!」

「あが、あが!ビン、タ……やめ、ろ!!」

「痴漢やシスコンならまだしも、よりにもよって誘拐だなんて!!!」

「痴漢はいい、のか!ってか、俺、は、シスコンじゃ、ない!……えぇい!!ビンタやめろって!!!言葉が途切れ、る!!」

「啓太のばかぁっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後

 

ようやく、弁解の時間がもらえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――俺の誘拐に関する裁判で

 

 

 

 

 

 

 

「エトランジェケイタ、全ての罪を認めますね?」

「違う!ってかノリよすぎだ!なんだこの裁判セットは!?」

 

 

 

 

 

ガンッ!!

 

小槌が撃たれて、場が静まる。

 

 

 

 

 

 

「静粛に……では、全ての過程をすっ飛ばして判決を言い渡します」

「待てよ!弁解の時間をくれ!!」

「……3秒です」

「あの子が落ちてきたから俺が下敷きになって助けて、抱き上げて起こした!!それだけ!!!」

「………本当ですか?それを示す証拠は?」

「ぐっ……メシフィアうざいぞ、この上なく……証拠はコレだぁっ!!!」

 

 

 

 

 

俺はバッ!と一本の赤いリボンを取り出す。

 

 

 

 

 

 

「それは?」

「そこの少女が落ちてくる寸前に、俺のトコへ落ちてきたんだ。きっとその子のだろ?」

「……なるほど」

「これを取ろうとして、窓から落ちた。それを俺が助けた。ふっ………真実はいつも一つ!!!」

「……ナルシスト法抵触により、死刑とします」

「んだその法律は!?聞いたことない!!!」

「これにて閉廷」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごく無駄な時間を過ごしたと思うけど、とりあえず無罪か……」

「すみません、勘違いでこんなことに……」

「いえ、いいんですよ……ノリの良すぎるウチの連中がいけないんですから。―――――――夕飯一服盛ってやる

「はい?」

「いーえ、なんでも。それにしても、娘さん……何か病気っすか?」

「え?」

「その年齢のわりに異様に軽いし、なんだか俺の声に反応しなかったし」

「……この子、実は目が見えないんです」

「え?」

 

 

 

 

 

ずっと、俺を向いている少女。

瞳はしっかりと輝きを持っているのに、見えてない……?

 

 

 

 

 

 

「今、お茶淹れてきますね」

「あ、はい……」

 

 

 

 

 

 

母親さんが消えて、その子と2人きりになる。

……気まずい。

 

 

 

 

 

「あ、あの」

「ん?」

「さっきは、ごめんなさい………」

「あ、あぁ……俺も事情も知らないで、勝手に抱き上げたりしてごめん。見えなくちゃ、そりゃ怖いよな……」

「本当にごめんなさい………」

「……ね、名前は?」

「名前……ですか?」

「そう。キミの名前」

「ウィリナっていいます……」

「ウィリナね。俺は知ってると思うけど、エトランジェのケイタ」

「ケイタさんですか……?」

「そうそう。一つ聞いてもいいかな?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

ちょっと、ぶしつけで失礼な質問。

ならするな!といいたくなってしまうような、かなりえぐい質問でもある。

 

 

 

 

 

 

「いつも、どうやって過ごしてるの?」

「………聞いてます」

「聞く?」

「私、目で見えないですから……音を、声を聞いて……想像するんです。どんな風景なのか」

「………」

「それしか、私は見れないですから………」

「………そっか。なら今度、別の国にいこっか」

「え?」

「すぐには無理だけど、ラキオスだとか、マロリ……はちと厳しいか。とにかく、いろんな所」

「………」

「な?」

「……うん」

「約束だ」

「でも、私歩けないよ……?」

「歩ける方法なんていくらでもあるよ」

「……約束」

「そ。俺とウィリナのね」

 

 

 

 

 

 

俺はウィリナの髪を撫でた。

艶やかで美しい白い髪。

 

そっと、その手を握ってくるウィリナ。

 

 

 

 

 

 

「……優しい手」

「え?」

「でも……心の中に、ぎらぎらした刃が見える………」

「ウィリナ……?」

「ケイタお兄さん……負けないでください……」

「!………ありがと」

「お茶が入りましたよ」

 

 

 

 

 

 

その後、ウィリナと取り留めのない話をして、俺は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カノン」

{言いたいことはわかる。だが、それは今すべきことではない}

「わかってる……だけど、否定しなかったってことは、可能性はあるのか?」

{……俺の全てを使えるようになればな。実際に見られるようになるわけではないが}

「そっか」

{………あまり感心しないぞ啓太}

「なにが?」

{あまり大切なものを増やしすぎるな。大切なものの数だけ、お前の弱点があるということだ}

「………」

{人一人では、護れる数に限界がある。今のお前に、全てを護ることができるか?}

「まだ1人の気分なのか?カノン」

{なに……?}

「例えばアエリア。アエリアは俺の姉さんだけど、この街全体にとっても大切な人なんだ。俺1人だけが、彼女を護ってるわけじゃない」

{………}

「仲間を信じて、背中を任せるってそういうことじゃないの?」

{………ふっ、神剣の俺がお前に教わるとはな}

 

 

 

 

 

カノンが笑った。

でも、心では俺の成長を嬉しく思ってるのがわかる。

 

かくいう俺も、カノンの指摘で初めて気がついた。

どうすればいいのだろう?

 

大切なものを増やしすぎれば、護りきれなくなる。

 

なら、人と浅く付き合うしかないのだろうか?

それとも、全てを護れるように力をつけなくちゃいけないのだろうか?

 

 

 

 

 

――――わからない

 

 

 

 

 

 

「……」

{……悩め少年。それがお前の糧となる}

「うるせぇ。人の気も知らないで」

{………お前の気持ちはよくわかるさ}

「??」

 

 

 

 

 

カノンが一瞬寂しい気持ちをしまった気がする。

もしかしたら、カノンは昔、大切な何かを失ったことがあるんじゃないか?

あり得ないな。

 

 

 

 

 

 

 

そんな取り留めのない思いを馳せながら、俺は屋敷へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――この地に敵が迫っているとも知らずに