「んあ〜………」
何もかも身に入らない。
さすがにフラれたショックは大きかったらしく、なんだかボーッとしてしまう。
気づけば空を眺めている。
「ケイタ、ホットケーキだ」
「お、うまそ♪」
あれから、俺はちょっとだけメシフィアに甘えていた。
あれだけ派手に、メシフィアの胸で泣いてしまった身としては、もう恥ずかしがることがない。
まいったものだ。
「でも、これじゃいけないな」
「ん?どうしたケイタ?」
「誰だってフラれることぐらい経験するんだ。いつまでもメシフィアに甘えてちゃいけないよな」
「別に、甘えられてるつもりはないんだが…」
「よっし!まずは今出来ることからしないと。まずは、イオとセリア、ヨーティア、アエリアにおみやげだな……」
「そんな約束したのか?」
「ああ……ほいっと」
棚を開けて、乾電池を数本を取り出した。
種類はマンガンから充電までだ。
別の棚をあけ、親父とっておきの酒を奪う。
「それは?」
「電池に酒。あ〜、ヨーティアへのおみやげタダ、なんて経済的なんだ」
「……そんなもの、どうやって持っていくつもりだ?」
「俺にはカバンがあるから」
四次元バッグに、酒一本と電池をブチ込む。
ちっとも膨れず、するりと入った。
メシフィアの、納得できないという顔は無視だ。
「イオとセリアか……あの2人に似合うおみやげなんて、こんな家にあるわけないな……なけなしの貯金をはたいて買うか」
「ん……そういえば、こんなものみつけたんだが」
「え?」
茶色い封筒を見せてくる。
中身を見ると、7000円入っていた。
―――?
「これ、どこで?」
「キッチンの奥にあった、フライパンのフタに貼り付けてあった」
「……ヘソクリか」
誰のかは言うまでもない。
全く、なんて性格してやがる。
息子は汗水垂らしてバイトして、トレジャーハントで宝探ししてるっていうのに。
「ま、軍資金も手に入ったことだし……『LEFT』に買い物に行くか」
「食べ物はあるか?」
「すっかり食いしん坊……」
「この世界の食事はうまい。特に寿司というのは絶品だ」
「……寿司か。アレの良さがわかれば50%は日本人だと思っていいんじゃないかな」
「?」
俺は財布を持って、ポケットに突っ込む。
「待て!私も行く!」
「メシフィア、俺を犯罪者にさせないでくれ」
「え?」
現在メシフィアの着ているものは、男物の薄いシャツとズボン。
ズボンだけならまだしも……上が薄いシャツってのは。
透けてるし。
――――だから、メシフィアのことが直視できないんだけどね。
「そうか……メシフィアのサイズはわかってるし、代わりの服を買ってくる。大人しくしててくれ、な」
「む……わかった」
「父さんがおきてきたら、メシは冷凍庫にあるヤツチンしてって言っておいて」
「了解だ……待て、私は言葉が……」
「あ……じゃぁメシフィアが作ってあげてくれないかな?んじゃ」
俺は店に向かって歩き出す。
駅を一つまたいで、その駅前にあるはず。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「んあ……」
「おはようございます」
「んあ……きっとおはようって言ってるんだよな?おはよう」
私は一応挨拶した。
起きてきたケイタの父親は、寝ぼけ眼ながら頭はしっかり働いているみたいだ。
そして、私は冷凍庫にあった食事を電子レンジにかける。
なんて便利な世界なのだろうか。
「俺のメシ?」
「……」
ケイタの父は自分を指差す。
私は一応、翻訳機で言葉が聞こえるから意味が理解できる。
でも、伝えるときが意外と厄介。
とりあえず、私は頷いておいた。
「そっか。あ、そうだ。ちょっと大事な話があるから、座ってくれないか?」
「……?」
まだ起きて間もないというのに、鋭い目をするケイタの父。
そこらは、ケイタが遺伝で受け継いだものだとわかる。
だがどうして、このぐうたらな体たらくは受け継がなかったのだろう?
――――謎だ
チーン☆
電子レンジから食事を取り出し、テーブルに乗せた。
それを自分の前に引き寄せて、ケイタの父は私に座るよう促す。
それにのって、私は対面の椅子に座った。
「うーん……」
「?」
私の顔を見て唸る。
一体、何を考えてるのかわからない人だ。
「君、啓太のことは好きか?」
「ぶっ……!え、え!?」
「はは、悪い悪い。いきなりすぎたか」
私が戸惑ったのを見て笑う。
からかったのか?
「だけど、嫌いだとは言わなかった……少しは、気に入ってくれてるのかな?」
「……」
い、一応頷いたほうがいいのだろうか?
でも、なんか認めるのは………
うぅ……一体、どうしてそんなこと………
「いや、な………アイツ、憧れの人にフラれてしまったみたいだからな」
「!!」
なんでそのことを知ってる?
私はもちろん、ケイタだってそんなことは一言も言ってない。
それが約束だから。
「アイツの顔を見ればわかるよ。これでも15年アイツの親をやってるんだから」
「………」
それが……人の親。
今のケイタの父は、すごく誇らしげで……カッコよく見える。
「なぁ、メシフィア君。啓太の母親がエクステルという人種で、寿命が30年しかなかったことは覚えてるね?」
「………」
頷いた。
さすがに、ここ以外にも更に異世界があるとは思わなかったが。
「……啓太には、人の何倍も笑ってほしい。何倍も幸せになってほしいんだ」
「??」
随分と、暗い顔で話す。
それが、イヤな予感をつのらせていく――――
「啓太は、人であって人でない人種と、人間の間に生まれた子だ。体のあちこちに果てしないゆがみを抱えている」
「え?!」
「……啓太には、2枚の翼があるんだ」
「………」
「生まれたばかりのときは、それが栄養を奪い続けてね……このままでは命が危ない、と封印したんだが……」
「………」
「それが、最近になって現れるようになった。……もし、また栄養を奪い始めたら?」
「……」
まさか、とは思う。
でも、冗談に聞こえない。
「それらも含めて……あの子は、長くて20年程度しか生きられないんだ」
「!!それじゃぁ……」
あと5年足らず……
いや、もう彼は16になるはずだ。
4年………
「君さえ良ければ……啓太のことを、頼まれてくれないか?」
「………」
「アイツは、俺と妻の絆で……アイツの笑顔が、妻と被るんだ……あいつ、灰色の瞳をしてるだろ?それに、女顔だ」
「確かに……」
もちろん、それは常識の範囲でだが。
肌は綺麗だし、髪もナチュラルヘアーだがツヤがある。
それに、灰色の瞳は………
「灰色の瞳は、妻のを受け継いだんだ。日本人に灰色を持つ人なんて、そうそういるもんじゃないしね……」
「………」
「無理にとは言わない。ただ、同情でもいいから……あいつの命が果てる時、あいつを孤独にしないでほしい」
「………」
私は首を振った。
同情なんかで、誰かを愛したくなんかない。
そんなのが許されるなら、誰だって幸せになれる。
―――幸せは、努力したから幸せだと感じられるもの。
―――それを、誰かの力で与えようなんて、間違ってる。
「……そうか」
「………」
私は、彼と私は似ていると思っていた。
だから、彼は私のことがわかるのだと思っていた。
でも、違った。
彼は孤独の辛さを知っているけど、正反対の人生を送っていた。
――――私は私がイヤになった。
今、私は嫉妬したのだ。
あまりに羨ましい父親の姿。
私には父親がいない。
本当の父も知らないし、義父も孤児院を出て行ってからしばらく会っていない。
それが悔しくて、彼を妬んだ。
それに、すごく嫌悪感を覚えた。
だけど、私はうろ覚えの、ひらがなという文字を書いてみる。
ハッキリ言って、読めたものではない『わ』という言葉が書けた。
それを覗いて、ケイタの父は理解してくれたようだ。
続きを書き始める。
わ
た
し
は
ど
う
じ
よ
う
で
ひ
と
を
す
き
に
は
な
ら
な
い
だ
け
ど
か
れ
を
ひ
と
り
に
は
し
な
い
か
れ
が
い
な
く
な
る
と
き
え
る
え
が
お
が
た
く
さ
ん
あ
る
ま
だ
す
き
だ
と
は
い
え
な
い
け
ど
わ
た
し
は
か
れ
を
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最後の一文を見た後、ケイタの父は涙をながした。
それが、どんな涙なのか、人の親ではない私にはわからなかった。
でも、きっと嬉しい気持ちと、悔しい気持ちがあるんだと思う。
―――たった20年しか生きられない彼を、助けられない悔しさ
―――私や、みんなのような、彼を大切に想ってくれる仲間と、彼が出会えた嬉しさ
久しく忘れていた気持ち………
お母さんが私が大怪我した時に、泣きながら駆けつけてくれた時の、あの安心できる気持ち。
―――泣かないで?私は平気だよ?
自然にそう言える気持ちになる、人としての気持ち。
それだけ大切に想われている自分が、もっと自分を大切にしなきゃいけないと思い出させてくれる。
彼の父親を見て、初めて………家族とはいいものだ、と思った。
こんな温かい絆が……この世界にはある………。
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「う〜ん……イオには、これだろうな」
商品を手に取る。
え?描写を書けって?
ダメだよ、プレゼントするときに驚かすんだから。
「3450円……ちょい高いけど、あとはセリアのとアエリアのイチゴ大福だけだし、いいよな?普段お世話になってるんだしな!」
あとは、セリアのなんだけど………
………
…
考えて考えて、気がついた。
――――セリアって、何が好きなの?
「つまんねーもの持って行くと『なんですかこれは。こんなもの邪魔になるだけです。だったらくれないほうが良かったですよ』とか……ありえる」
参った。
そういえば、彼女ができたこともないんだよな………
こういう時は、困った時の親友に!!
【もしもし?】
「あ、梢か?暇か?」
【私、学校にいるんだけど……あんたもでしょ?】
「俺、サボったから。頼みがあるんだけど……」
【サボったって……んで?頼みってなに?】
「ツンツンしてる女が喜ぶプレゼントって、なんだ?」
【……え?なに?女の子にプレゼントでもあげるの?ヴァ〜レンタインのお〜返しとか?】
「ち、違うよ!ちょっと旅行するから、おみやげ的なものを……」
【隠すな隠すな。啓太が女の子にプレゼントなんて、初めてだもんね♪あ、でも私にも忘れないでよ?】
「………あ、あぁ」
【タメがあったけど……まぁいいわ。今から学校エスケープして行くからね。何階?】
「え?あぁ……3階だけど?」
【わかった。じゃね♪】
「あ、おいマテ!」
……切れた。
店を教えてない気がするんだけど……
でも、来るんだよ。
この女は。
「やっほ♪」
「なんでこの店だってわかった?」
「啓太が来そうな店って言ったら、ここしかないでしょ?」
「うむむ……」
「それで、どんな女の子なの?」
「それが……」
なるべくセリアのことを教える。
性格は冷静で大人。
美人だが、どこか冷たく感じる言葉を使う。
「こんなもん」
「また厄介な子を好きになったもんね、このツンデレキラー」
「ツンデレキラー?」
「う〜ん……趣味とかは?」
「知らない。ってか、あるのかな?料理はできるみたい」
「なんだか曖昧ねぇ……あれ?その手に持ってるのは?」
「これは、別の人へのおみやげ。これはセンスいいだろ」
「ありきたりねぇ……」
「いいんだよ!あっちではこういうのが珍しいんだから」
「なに?外国でもいくの?」
「あ、えと……そんな感じ」
「ふ〜ん……」
なんだか怪しまれながら、ある商品に決めて店を出る。
今日イチゴ大福買ってしまうと、もつか心配だが買うしかない。
二度も忘れると、本気で泣かれて、ソーン・リーム住民を全て敵にまわしかねない。
「イチゴ大福?それもおみやげ?」
「あ、あぁ……」
「………ふ〜ん」
かなり怪しまれながら、別れの路地についた。
じっと、俺を睨むような伺うような目で見てくる梢。
「ねぇ啓太」
「うん?」
「………どっか行っちゃったりする?」
「え?」
「もう、二度と会えないなんてことないよね?」
「………」
感づいてる。
もう、隠せない……。
昔から、俺のことに関してはやたら敏感だった梢。
全くもって、やりにくい。
「………わかんね」
「……そっか。きっと、どこへ行くかなんて聞いても無駄よね?」
「……うん」
「そっか。でも……待ってるから」
「え?」
「【俺は梢の居場所になりたいんだ】……子供の頃、そういってくれたよね」
「……う、うわっ!唐突に恥ずかしい発言するなよ!!」
「今にして思えば、このマセガキ〜、って思った。でも、さ…………」
――――すごく、嬉しかったよ
「梢……」
「ま〜、だからって恋人になりたいとか、そんなんじゃないんだけどね。啓太と友達でいると、すごく心地いいって言うかさ」
「………」
「そのお土産渡す子も、そう思ってるんじゃないかな?」
「………だといいな」
「それと、度を越してプレイボーイにならないよにね?」
「ならないよ。当たり前だろ?」
「じゃ、本命でもいるのかな〜?」
「……ば〜か、フラれたばっかだよ。じゃ……梢、またな」
「うん、またね!」
そんな……また明日も会える、っていう挨拶。
その明日は、俺と梢に二度と訪れないかもしれないような、遠い明日。
それでも、俺たちは笑って別れた。
それが、俺たち流なんだろう。
――――また、いつか………さよなら………