「天使……?」

「そう……天使」

 

 

 

 

 

父さんが語りだす。

その話はきっと、メシフィアには聞こえないのだろう。

そう思って、ヨーティアに作らせた超簡単な翻訳機を渡す。

 

全部が全部聖ヨト語になるわけじゃないが、話の大筋はそれでつかめるはず。

 

 

 

 

 

 

 

「母さんがエトランジェだったことは知ってるな?」

「あぁ。俺たちの世界じゃなく、幻想世界でもない世界から来たエトランジェ……」

「そう。その世界は、この世界の人間が想像できないくらい発展していたそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母さんの故郷。

それは、地球と似て非なる、完全な別世界。

 

移動手段はテレポート。

いたるところに立体映像が溢れていて、コミュニケーションは全て機械が相手。

 

 

そんな世界で問題になったのが、人口の急激な減少。

機械を相手にして、人間同士の交流がないため、結婚、出産率が激しく低下。

数十年のうちに世界の人口は1000人以下になると予言された。

 

 

 

その対策として考えられたのが、人工生命体の創造。

今まで、様々な批判的意見があり、実現できる技術を持ちながら実現しなかった分野。

 

だが、人はとうとうそれを実現させてしまった。

それが、人としての最後の心を捨てることになる―――

 

 

 

 

そして、産まれたのがエクステル。

4枚の翼は、手っ取り早く人間と見分けるため。

だがそれが、結果として人間が上、エクステルが下、という構図を生み出してしまう。

 

 

生まれながらにして、人間として生きるために生きる、人間にはなれない存在。

そんな矛盾した目的が、エクステルを自滅に追い込んでいった。

 

 

 

いざという時に人間を護れるように作られたエクステルは、人間より遥かに優れた能力を持つ。

ゆえに、人間はさらに出産、結婚率を低下させ、最後にはエクステルが人間の人口を上回った。

 

そして、とうとう人間が滅びる時。

エクステルの一斉蜂起により、世界は壊滅……緩やかに、全てを終わらせようとしていた。

 

 

そして、そんな時に生まれた母さんが、異世界へと飛ばされる………。

 

 

 

 

 

 

 

「エクステルの寿命は30年……人間が滅びれば、エクステルは増えない……たぶん、もう……」

「……それが、人間の果て……」

「だからって、人間に見切りをつけないでほしい」

「え?」

「ちょっと人を思いやる気持ちを忘れちゃっただけ……いつも、そう言ってたさ」

「母さんが………」

「そのバッグ、母さんの形見だ」

「え!?」

「大切にしろよ?」

「……うん」

 

 

 

 

だから四次元なのか。

これが……母さんの………

 

 

 

 

「あ、それと……アエリア、って知ってる?」

「!!会ったのか!?」

「……やっぱり、何か知ってるんだね?」

「………アイツが、生きているのか?」

「ああ。今、俺と組んでる」

「……そうか」

 

 

 

 

 

何もかも話さないといけないようだな、とため息をつく父さん。

 

 

 

 

 

「アエリアは、父さんの娘……つまり、お前の姉さんだ」

「は………」

 

 

 

 

 

は?

姉さん?

あの天真爛漫で、いっつも抱きついてくるアイツが?

 

 

 

 

 

 

「父さんと母さんが、あの世界で産んだんだ」

「………ちょ、ちょっと待てよ。なんでアエリアはあの世界にいるんだよ?」

「……やられたんだ」

「え?」

「白い少女に襲われて、アエリアと離れ離れになったまま……この世界に」

「……じゃ、じゃぁ、アエリアは本当に俺の……?」

「ああ。アエリアにも翼があっただろう?」

「うん……4枚」

「え?4枚……?」

「え?なんか変なの?だって母さんだって4枚だったんでしょ?」

「……お前の翼は?」

「俺のは2枚……アレ?」

「……きっと、何かアイツなりの意思だろうな……そうか、アエリアが生きて……」

「………」

 

 

 

 

父さんは嬉しさを目を閉じてかみ締める。

そこには初めて見る、人の親としての優しさが感じられた。

 

 

 

 

 

「父さん、じゃぁ出雲ってわかる?」

「出雲?なんだそれ?」

「俺のこと狙ってくるんだ。兄貴もそこにいてさ……」

「なに……?和也は死んだはずじゃ!?」

「生きてたんだよ。あ、それと父さん!なんで兄貴は血がつながってないんだ……!?」

「……養子、だからな。アエリアを置いてきてしまったことで、母さんが精神の限界だったため、息子をもらったんだ」

「……」

「そのあと、お前が生まれて……もしかしたら、実の息子がいれば俺はいらないんじゃないか……って、そう、思ってたのかもな……」

 

 

 

 

 

 

今わかったことをまとめると、母さんはエクステルという人種。

そして、今はその第3世界にいること。

 

俺とアエリアが姉弟(コレ未だに半信半疑)で、兄貴は養子だった。

俺とアエリアはハーフなため2枚の翼を持つ……う〜ん

 

出雲に関しては進展なし。

 

 

 

 

 

「少し、疲れたろ?お前はもう休め」

「あ、父さん……俺……」

「わかってる。それは明日にしておけ。風呂に入って寝ろ」

「う、うん……じゃぁメシフィア、風呂先入ってくる」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったくも〜……」

 

 

 

 

 

俺は翌日、家を追い出された。

手がかりを探すついでに学校へ行って来いとのことだ。

 

 

 

 

 

「朝からため息、ど〜しったの?」

「あ〜……梢か」

「なぁに?その不満そうな顔」

「お前にゃわからんよ」

「へ〜ん、どうせ、今日もらえるかな〜?とか心配してんでしょ」

「あ?」

「ま〜たまたとぼけちゃって。ま、いいや。それじゃ教室でね〜」

 

 

 

 

 

 

1人勝手に納得して、元気良く教室へ走り出す梢。

クラス……違うんだけどな。

 

 

 

 

 

「よぉ啓太ぁ……朝からお盛んだねぇ」

「広樹か……くっつくな」

 

 

 

 

肩に手を回された。

ばしっ、と弾いて歩き出す。

 

 

 

 

「やっぱお前には梢がお似合いだよ、うんうん」

「おはよー!啓太君!」

「あぁ、おはよー」

「おっはよー、啓太!今日は勝負だぜ!!」

「ああ?何の話だ?」

 

 

 

 

 

通りすがるクラスメートは、男子女子どちらもいそいそとしていた。

まったく、落ち着いて登校できんかね。

 

 

 

 

 

「お前、何ぼーっとしてんだ?」

「普通だ。それと、梢はどうでもいい」

「ちゃんと聞いていたのか。ま、それは置いておいて……啓太、お前はいいよなぁ」

「あん?」

「お前はチョコいっぱいもらえるもんなぁ……」

「………あぁ、今日は血みどろの日か」

「……そういう言い方は良くない。なぁ、お前どうした?いつもなら、【残念だなぁ広樹、今年ビリ確定だろ】とか言うくせに」

 

 

 

 

まぁ……状況が状況ですから。

それに、家に置いてきたメシフィアのことも気になる。

何かあればすぐ携帯に電話しろと言ったし、電話方法もぬかりはないはず……。

 

 

 

 

「今やバレンタインは女子が女子にあげる時代。あ〜ぁ、そのチョコを俺に恵んでほしいもんだな」

「おっはよう啓太!何個もらった?」

「お、お前のライバル登場だ」

「ライバルじゃねーよ」

 

 

 

 

また肩を組んでくる広樹を弾いて、すたすた歩く。

隣に、チョコをみせびらかす野郎がいるが……

 

 

 

 

「おいおい、無視はないだろぉ?」

「うるせーな朝っぱらから。栄介は」

「へへ……お前、で、何個?」

「……ねーよ」

「え?」

「もらってねーよ、まだ、一個も」

「ウソぉ!?お前、だって去年は確か……」

「義理で18個。うち初対面が13個だ。暖房やなにやらで財政が厳しいのに、お返しで完全に家計が火だるまになったチョコを食わずに苦い思い出さ」

「はぁ……どうしたの広樹コイツ?なんか今日機嫌悪いな」

「さぁな?そうだ、今日ゲーセンいかねぇか?」

「お前のもらえないむなしさ鬱憤晴らしにか?」

「う、うるせーな!どうせ俺は万年0個だよ。ふんだ、いいよ。俺には可愛い妹からもらえるから」

「でたよシスコン」

 

 

 

 

 

広樹の妹は今年受験生。

メッチャ可愛いとの評判だが、あいにくこの工業高校にくることはないだろう。

 

そんな友人たちとの会話。

久しぶりに見た、俺の学校。

 

本当に……帰ってきたんだ。

 

 

 

 

 

「おい、何ぼーっとしてんだ?」

「今さら校舎眺めたって、面白くもねーぞ」

「そんなことはない。ほら、四階の壁に大きなヒビが。あ、それに時計までグラグラして………ボロくなったな、ちょっと見ない間に」

「あれは入学してきた頃からだ。お前頭の細胞、いい加減分裂させたらどうだ」

「まーまー、栄介もそこまで言うことはないでしょ。な、啓太」

「広樹………」

 

 

 

 

 

 

 

気遣ってくれてるのか、俺のことを庇う広樹。

滅多にないどころか、今まであっただろうか?

ちょっとだけ感動しちゃったり……

 

 

 

 

 

「だからチョコ分けろ」

「何様だよお前」

「強いて言うなら……あからさま?」

「ウマいこと言ってんじゃねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

結局広樹の細胞もその程度だ。

今日の男どもは、みんな脳がチョコを要求してるに違いないきっとそうだ。

 

下駄箱を開けて、靴を取りだ……し、て………

 

 

 

 

 

「お、今日の一個目じゃん」

「下駄箱に入れるとはまた古典的な……」

「こういうの困るんだけどね。お返しできないから」

「い〜まどき、本気でくれるヤツなんて滅多いねーって。その気がないなら返さなければいいんだし」

「ま、そうだけど……」

 

 

 

 

 

俺はカバンにチョコを入れて、教室に向かう。

教室に入って、広樹と栄介は前で俺は後ろの方。

席について、机の中身を確認……よし、教科書が限界まで詰まってる。

これなら忘れ物はないはずだ。

 

 

 

 

 

「啓太君、はいこれ」

「お、サンキュ。これ、梨恵の手作りか?」

「もっちろん。たまにはね」

「へ〜、ありがたくもらうよ」

「お返し期待してるから〜」

「ぅ……」

 

 

 

 

 

 

梨恵はそう言って別の男にあげている。

ま、そんなもんだろ?

 

 

 

その後授業があり、ちょびちょびもらいながら、2時間目休み。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――キタ

 

 

 

 

 

「啓太啓太!!いやぁ、なんか久しぶりだなぁ!!」

「そうだな御影………」

「……なぜそんな引く?」

「だって……な」

 

 

 

 

 

本気でホ○疑惑浮上中の注目株だ。

しかも、その相手は俺という…………

 

 

いやぁあぁあぁっ!!な展開なわけで

 

 

 

 

 

 

「ふっ……受験の時、一緒に女子トイレに駆け込んだ仲じゃないか。その中であんなことやそんなことをしたじゃないか」

「NoOooooooッッ!!!!誤解を招くこと言うな!はっ……やべ!」

 

 

 

 

 

廊下を、4組のヤツらが通る。

すかさず御影を盾にして隠れた。

 

 

 

 

 

「どした?俺と触れ合いたいのはわかるが」

「キモいこと言うな。ちょっと、4組の小川って女がな……」

「その子に何かしたのか?この浮気者め!」

「浮気ってのは本命がいないとできないんだぞ。いや、実はな……女子トイレに入って、出たところを見られた」

「………」

 

 

 

 

 

あぁ、急激に心の距離がひらいた気がする。

御影に引かれると、なんか無性に悲しくなるなぁ………

 

 

 

 

 

 

「突っ込みどころはたくさんあるが、それ以前になぜ女子トイレに入ったんだ……まぁ俺も同じ過ちを犯したが」

「例えばだ、便意で猛烈に焦ってるとき、目の前に二つのドアがある。となれば、確率は五分五分。半分は女子トイレってわけだろ?」

「………」

「なら入ってもおかしくないわけだ」

「それはイカンと思う。誰も通用しないだろーよ」

「そう言うお前は窓から飛び出した所を見られたんだってな」

「その後2教科は受けられなかった。よく受かったと思うぞ俺は」

 

 

 

 

 

ぐぎゅるるる〜………

 

 

 

腹の虫が鳴った。

まだ2時間目休みだというに。

 

待ちきれないか俺の腹よ

 

 

 

 

 

「しゃーない。ちょいとトイレでチョコ食ってくる」

「なに!?ダメだダメだ!!」

「なんでさ?」

「俺以外からもらったチョコを食うなんて言語道断!俺の気持ちを知ってるくせに!!!」

「…………お前、一つだけ、非常に聞きたくないことを聞いていいか?」

「お前に隠し事はしない。どうした?」

「俺が文化祭で女装してミスコン出て、優勝したよな?その時なくしたパンツはまさか………」

「………ふっ」

「真性だ……真性ホ○結合遺伝子生物がここにいる………」

 

 

 

 

 

 

目を合わせないようにカバンをもって教室を出た。

ちょっとだけ、寒気がする………

だから、俺は気づかなかった………御影が何かを机に入れたことに。

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜……チョコチョコっと」

 

 

 

 

 

俺は個室に入って、カバンからチョコを取り出す。

 

 

 

 

 

 

「お〜、茶色でいい感じのツヤ。うまそ〜」

【×××がか?】

「なんか食べるのもったいないくらい綺麗だな……」

【食べるのか!?流すのがもったいないじゃないのか!?】

「ん……ちょいとビターな感じでうまいぞ」

【既に食ってるのか!!!】

「う〜ん……まだまだ出てきそうだな……何個あるんだろ?」

【そんなに出るのか×××!!!】

「あ〜、やべ。クセになりそうだな。こりゃ虫歯に気をつけないと」

【そんなにウマいのか×××は!?】

「うあ、これドロドロだ………んあ!!紙がねぇっ!!!紙くらい補充しとけよ掃除当番め……まあいっか、指なんて舐めれば」

【舐める……×××のついた指を……それだけじゃダメだと思うぞ………しかもドロドロを】

「残りはちゃんと家で食うか。残しておこうっと」

【家までテイクアウト!?流せよ!!!】

「きっとこういうことが原因で食生活が偏るんだろうな」

【かなりイヤな方向に傾いてるぞ……しかも完全にサイクルしてるじゃねぇか………!】

「やべ、チャイムなりそうだ。急いで戻ろうっと」

 

 

 

 

 

 

個室を出て、廊下を歩き教室に戻る。

すると、俺を見た瞬間、みんなが一斉にドドド!と音を立てて引いた。

 

 

 

 

 

「な、なんだ?どうしたんだよ?」

「ォ、お前……受験の時女子トイレで【大】したってホントか?」

(ぎくぅッッ!!!!)

「そ、それに今……トイレで、その【大】を食ってきたって……マジかよ」

「え、そ、それは違う!」

「それはってことは、女子トイレは本当だったのか……やっぱり」

「やっぱりってなんだよ栄介!!」

「だが、今だって、お前が入った個室から【まだまだ出てくるな】だとか【茶色くてツヤがあって、うまそうだ】って聞こえたって言ってたぞ」

「そ、それは誤解だぁ……!」

「しかも、拭いてないんだろ」

「え゛?」

「紙がねぇえぇっ!!って叫んでたんだってな」

「………」

 

 

 

 

 

誰だ……こんな話を厄介にしたヤツは。

収拾のつかない所まできてるじゃないか。

 

しかも、シモネタばかりで。

 

 

 

神様、やっぱお前俺の敵だよ。

一度降りて来い、勝負つけてやる。

 

 

 

 

 

 

 

「それに、お前の机から発見された手帳だ」

「え?それ……俺んじゃねぇぞ」

 

 

 

 

 

真っ黒な本革の手帳。

貧乏な俺がそんなものを持つとでも思ってるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

【嗚呼、今日も御影を邪険にしてしまった。そのおかげで、御影は保健室へ。彼が気になってしょうがない。死ぬな御影死ぬな御影死ぬな御影】

(えぇえぇ!?)

【彼を思うだけで胸が苦しい。まさか、これは恋……?いや、でもそんなの許されない……】

(オポォオォオォッッ!!!?)

【今日、御影を家に誘ってみようと思う……怖いけど、この気持ちを確かめるために……俺は上を……】

(あがががが…………………)

 

 

 

 

 

 

開いた口が閉まらない。

一体誰だこんな手の込んだイタズラをするなんて……!

 

 

って1人しかいねぇ………

 

 

 

 

 

 

「女子トイレ侵入、【大】を食らって、挙句に……お前はここまで……くぅっ!俺は情けないぞ!!」

「え、栄介!お前ならわかるだろ!?俺がそんな本革持ってると思うか!?」

「いやいいんだ……お前が上でも別に構わないさ」

「御影は黙ってろ!!ってかあんたが原因だろが!!!」

「ま、一代限りの大恋愛をしてくれたまえ」

「広樹!!俺を見捨てるなぁ……!」

 

 

 

 

 

 

 

ホ○疑惑を晴らすために、自習の時間を全て使った。

やっとのことで御影がシメられて、またいつもの日常に戻っていく――――

 

 

その後も、途切れ途切れにチョコをもらって、現在17個。

やば……カバンが限界きてるぞ。

 

 

 

 

「くっ……なんでお前はそんなモテるんだ!」

「本命は一つもないけどな」

「もらえないよかマシだ!!今日はせっかく決めてきたのに」

「一つ教えてやる。当日だけ決めたって、チョコをもらう確率高めたいなら一週間前くらいから決めておけ」

「はぅぁっ!!そうか……!!」

「ま、決めても広樹にくれるかどうかは愚問だけど」

「この余裕がむかつく……!!」

 

 

 

 

ピロロロロ………

 

 

 

 

 

「ん?電話か?」

「あ、あぁ……もしもし?」

【あ、ケイタか?】

「どしたメシフィア」

【すまない……昼ごはんはどうすればいい?】

「父さん言ってかなかった?」

【ああ】

「ったくもー……ご飯が入ってるお釜はわかるな?」

【ああ】

「冷蔵庫にさんまの缶詰が入ってるから、それを開けて食べて」

【わかった。すまないな】

「いいよ。じゃ、切るぞ」

【ありがとうな、ケイタ】

 

 

 

 

 

プツッ!

 

 

 

 

 

「……お前、今の何語?」

「え?あぁ、いや……気にするな。それよか、次はサッカーだろ?はやく外出ようぜ」

「待て啓太ぁ!!」

「……この声、もしかして」

「もしかしなくても栄介だ!!チョコは圧倒的に負けているが、サッカーでは負けん!!勝負だ!」

「……あぁもう勝手にしてくれ。頭痛いわ……」

「よっ、啓太。期待してるぜ」

「うるせーよ良平」

 

 

 

 

このクラス唯一のサッカー部まで冷やかしてくる。

まったく……本当に平和だ………。

 

結局サッカーは、俺と栄介が同じチームになったため、得点の多いほうが勝ち、ということになった。

もち、勝ったのは……栄介だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……終わった……」

 

 

 

 

俺はため息と共に疲れを吐き出す。

チョコは最高記録更新で、21個……3月14日までには幻想世界に戻らないと。

 

それにしても、俺もいきなりモテるようになったもんだ。

ここはなぜか偏差値が60近いという不思議な工業高校。

 

工業ってのは辛いもので、1学年に20人いるかいないか程度の女子しかいない。

中学の時は普通の学校だったのにもかかわらず、男子の半分しか女子がいないという驚異的な数値をたたき出した。

 

おかげで、どうも女子と話すどころか見かけることさえない時期が長く、イマイチ女子というものがわからない。

 

 

 

 

俺は席を立って、教室を出る。

 

 

 

 

「はいそこの人待ったぁ!」

「……なんだ梢か」

「なんだとはあんまりじゃん。あれ?どうしてそんな疲れてるの?」

「いや……なんでだろな」

「じゃぁ元気になる秘薬をあげる!」

「ん……」

 

 

 

 

ばっ!と差し出されたのは、案の定チョコ。

毎年毎年、飽きずにちゃんとくれる。

 

 

 

 

「……ありがと」

「?どうしたの?本当に調子悪いみたい」

「……梢、今までサンキューな」

「え?突然どうしたの?キモ」

「そこでキモいはないよ……とにかくありがとう、そう思ったから」

「変なの……ま、いいや。明日は元気になってなさいよ?」

「……うん」

 

 

 

 

たぶん、二度と学校には来ないだろうけど。

梢の後ろ姿を見送って、そう思った。

 

やっぱり、この世界は違う。

俺のいたい場所じゃない。

 

 

 

 

 

「……あ」

「おかえり、ケイタ」

「ここ、校門だぞ。なんでここにいるんだよメシフィア」

「手がかり探すんだろ?一緒に行くぞ」

「……そうだな!」

 

 

 

 

俺たちは手がかりを求めて、まずはあの神社へ行く。

すると、そこにはおおよそ神社には似合わない、黒服たちが大勢いた。

 

 

 

 

「な、なんだ……?」

【隠すと身のためにならんと言っているだろ!】

【ですから、そのような少年は知りませぬ】

【貴様……私の息子……いや、秋月家の跡取りの息子と知って誘拐したんだろう!?】

「あきつき……秋月?」

「それって?」

「メシフィアはここで待ってろ。行ってくる」

 

 

 

 

 

俺は神主さんのところへ歩いていく。

すると、黒服に囲まれた。

 

や、やべ……丸腰だ俺!!

 

 

 

 

 

「なんだ貴様は!」

「瞬さんなら、ここにはいませんよ?」

「!!」

 

 

 

 

瞬の父親と見られる男性が、目をカッ!と開いた。

俺にツカツカ寄ってきて、襟首を締め上げる。

 

 

 

 

「どこだ!どこへやった!?」

「異世界ですよ。そこで、剣を持って戦ってます」

「はっ……何をバカなことを!!」

「瞬さんは高嶺悠人という人物を憎んでますね?」

「……」

「高嶺悠人も、その異世界で戦ってます。今頃、もしかしたらどちらかが死んでるかもしれません」

「ウソを言うと承知せんぞ!本当はどこだ!?」

 

 

 

 

全く……

さて、どうやって信じてもらえばいいか……

 

 

 

 

「なら、世界中探しますか?この世界のどこにもいませんよ?」

「貴様……!」

「別に信じてもらわなくても結構です。どうせ、俺が言っても確かめることなんてできませんから」

「……」

「それより、聞きたいのは俺のほうです。なんで瞬さんはあそこまで……まるで暴走じゃないですか」

「それは……!」

「……中へ入られてはどうでしょうか?」

 

 

 

 

神主さんの提案に従い、俺と秋月父は中へと入った。

その場で正座し、父親の鋭い眼光と向き合う。

 

 

 

 

「瞬があんな性格になったのは、私のせいなんだ……」

「え?」

「あいつは、まだ幼い頃から私とは全然会わなかった。いや……私が、会おうとしなかったんだ」

「……」

「瞬が生まれてすぐ、妻が死んでね……悲しみにくれた私は、瞬に当たることで自分を保っていたのだよ……」

「そうですか……」

「仕事として接してくる人たちに、愛情のかけらもなく育てられた瞬だから……」

「それだけですか?」

「え?」

 

 

 

 

話を聞いた限り、それだけではあんな性格になるとは思えない。

俺なんて、あんなアルバイトばかりの父さんでも、こんなしっかり育った。

 

 

 

―――それだけで、親のことを本気で憎むでしょうか?

 

 

 

親父さんは黙ってしまった。

たぶん、言おうか言うまいか迷っているのだろう。

かなり、苦しい顔をしている。

 

 

 

 

 

「お茶です」

「あ、どうも」

 

 

 

 

神主さんがお茶を入れてくれた。

それをすすり、俺も気持ちを落ち着ける。

ちくちくと、胸のあたりが痛む。

 

 

 

 

「ふ〜………」

 

 

 

 

じっくり、ゆっくり親父さんの言葉を待つ。

焦っても、何も解決しない。

 

 

 

 

「一つ、いいか?」

「はい?」

「君と瞬……異世界の話が本当だとしたら、君と瞬はどういう関係なんだ?」

「敵ですよ」

「な……」

「今の瞬は、敵としか思えません。やらなければ、俺が死にます」

「じゃぁ……なんで、こんなことを?」

「………ダメなんです」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――自分だけ幸せならいいって、それじゃぁもうダメなんですよ

 

―――もう、そんなこと思えないんです

 

―――瞬にだって、生きる権利と幸せになる権利があるんです

 

―――1人でも多くの人が、生きて幸せにならなきゃ意味がないんですよ……!戦って勝っても!!

 

 

 

 

 

「……」

「そのための道は俺が作ります。でも、その後は責任持てませんけどね」

「……できないことはできない、やれないことはやれない……素直だな、君は」

「無責任とも言いますけど」

「……どんなことを言っても、瞬を見捨てないでくれるか?」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは、瞬がまだ幼い頃だった。

あの時の私は……今思えば、なんて酷い人間だったんだろうな。

 

 

あの時は妻の財閥が世代交代で、妻にその権力がいくはずだった。

当然、妻が死んだら私に来ることになる。

 

 

 

だが、妻の遺書には全財産は瞬に託す、と書かれていた。

それからだ……

 

 

 

 

瞬とはほとんど会わなくなり、瞬の周りでは不可思議な事故が起こるようになった。

もちろん……私も、その事故を起こしたウチの一人だ。

 

 

 

 

 

 

 

―――それから、瞬は友達らに『疫病神』と言われるようになったらしい。

 

 

『お前がいると迷惑なんだよ』

『お前のせいでケガした!!』

 

 

 

 

 

 

 

そんなイジメにあい、瞬はどんどん内気になっていった。

そして、とうとう……やってしまったんだ。

 

 

 

その頃の瞬の親友が、事故で死んだ。

名はなんといったかな……

 

 

 

 

 

身内に問い詰めたが、誰もが知らない、と首を振った。

もしかしたら、本当にただの事故だったのかもしれない。

 

だが、幼心にも私たちが瞬を憎んでいて、財産を奪おうと事故を起こしていることはわかっていただろう。

 

 

 

だから、幼い頃の瞬は……きっと思ったはずだ。

 

『お前たちが……!お前たちが!!』

 

 

 

とな。

それから、瞬とまともに口を聞いたことはないよ。

 

 

 

 

 

その親友の子の葬式に行った時……

はじめて、瞬がどれだけ苦しい環境にいたか知ったよ。

瞬が姿を見せると、その子の家族はこう言ったんだ。

 

 

 

 

『あの子だけじゃなく、まだ不幸を呼ぶつもり!?ふざけないで……っ!!あの子を返してよっ!!あんたなんか……あんたなんかっ!!』

 

 

 

 

ってね。

その子の姉だったが、まだ十何歳の子供。

両親が止めに入っていたが、その両親の目は明らかに瞬を恨んでいたよ。

 

結局、瞬はその子の亡骸を見ることもできず、その場から逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 

 

―――その数週間後だったよ。瞬が全ての財産を私に譲ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜あ………やっちゃいましたね」

「あぁ……瞬はお母さん子だったからな……滅多に会わないのに、会うと必ず、お母さんに会いたいと言ってきたよ……」

「………」

 

 

 

 

幼い頃に、それだけのことを背負わされたら、俺だって父親を憎んだだろう。

お前のせいで、俺は全てを失ったんだ!

 

 

それは、年齢を重ねるごとに、大きくなると思う。

そうなると、心の支えは、母親と……佳織ちゃんのような存在。

 

 

 

やっと、瞬が理解できてきた。

これだけのことがあればこそ、今の瞬がいる。

 

 

 

―――俺は、心から、このことを聞けてよかったと思える。

 

 

 

 

 

 

「なぁ啓太君。私はどうするべきだ?」

「………」

「どうすれば瞬は私を許してくれるだろう?」

「……俺は母親ってのがよくわかりませんけど」

 

 

 

 

正座で足がしびれてきたので、立ち上がる。

柱によりかかって、足の痺れを取る。

 

 

 

 

 

「あなたが本当にその出来事を悔やんでいるのだとしたら」

「したら……?」

「変わらぬ愛の証ってのを、瞬に見せてあげたらいいんではないでしょうか?」

「愛の証……」

「そもそも、あなたは瞬のことを、胸を張って【これが私の息子だ!!】っていえるんですか?」

「………」

「言えないんですか?」

「言えるさ……瞬は、私の息子だ!」

「ししし♪その調子ですよ♪でも、今の瞬の中で大きいのは、やっぱ母親だと思うんですよね」

「そうだろうな……」

「母親とは、子供の心を包み込み、栄養を与え続けて大きくしていくもの……」

 

 

 

 

神主さんが、呟くように言った。

ずずず、とお茶を吸って、一息入れる。

 

 

 

 

「まだ、瞬という子は、種のままです。必死に殻を破ろうと、もがいて苦しんでいるのでしょう」

「……」

「栄養が与えられなくても、殻を破る手伝いをすることはできます。友達、父親、親戚……彼を取り巻くその環境が」

「神主さん……」

「母親が栄養なら、父親は太陽の役割をすれば良いのです。彼を常に温かく照らし、成長させていく陽の光に」

「……」

「人の成長など、人それぞれでよいのです。20歳だろうと、6歳だろうと、その人がその人であることに変わりはありませんから」

「そうですね………」

「啓太君……また、ここで会えるか?」

「え?」

「探してみる。変わらぬ愛の証を……私に、今更陽の光になる資格などないのかもしれないが……」

「それは違いますよ。地球に太陽が一つしかないように、瞬の太陽だって、代わりはいないはずです」

「……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「メシフィア、おまたせ」

「どうだ?瞬を倒す手がかりでも見つけたのか?」

「バカ、違うよ。倒してどうすんだっての」

「冗談だ。それより……道行く人が、私を見るのだが」

「……」

「それに、さっきは声をかけられた。言葉がうまく理解できなかったが」

 

 

 

 

そりゃそうだ。

その翻訳機に入っている言語や文章は、2000程度しかない。

 

 

 

 

「ったく、いっちょまえにナンパされてんじゃねーっての」

「ナンパ?なんだそれは」

「男が女にお茶に誘うことだ。アバウトに言えばな」

「そんな文化があるのか」

「いや、文化って……浮気は〜〜〜じゃないんだから」

「?」

「ま、いいや。なんか食い物買って帰るか。今日は何食べたい?」

「私に言えると思うか?」

「じゃぁカレーな」

「うまいのか?」

「ああ、うまい。しかも、翌日の朝の分まで作れるからもっとイイ」

「……そういえば、やたらカバンが膨れているようだが」

 

 

 

 

あ………

そういえば、今日もらったチョコ………

 

う〜ん、溶けてないよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんま気にするな」

「気になるが………まぁいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とメシフィアはおどけながら、夕暮れの道を走る。

その遥か後方に、怪しい影がいるとは思わず…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――とうとう……来てしまったのね……啓太君