「これが、その計測器?」
「そうだ。いい出来だろう?」
手のひらサイズの、まるで携帯のような機械。
画面にはコンパスのようなものと、メーターがついていて、それが距離と方角を表すようだ。
裏には、レーダーのようなものがある。
……ちょっと、オーバーテクノロジーじゃないか?
「詳しい原理は話してもわからんだろう。裏のレーダーは、揺れれば揺れるほど干渉度が大きい」
「ってことは、レーダーが揺れたら注意しろってことか?」
「そうだ。それから、距離はお前に教わった単位でメートルで表してある」
「サンキュー、助かるよ………」
俺はこの機械を眺めて、ふと思う。
これで、運よく、向こうの世界へ行けたとして………
運よく、戻ってこれたとして………
「どうした?何か質問したいみたいじゃないか」
「……いいよ。ちょっと緊張してるだけ」
「………ウソをつけ。伊達にお前より長く生きているわけじゃない。話してみろ」
「……俺、帰ってこないかもしれない」
「な……!?」
さすがのヨーティアも驚いたようだ。
まさか、お前の口からそんな言葉が……と、呟いている。
「なるべく帰ってきたいと思う。でも……わかるだろヨーティア?」
「……イズモ、という組織か?」
「そうだよ。俺がこの世界にいると、新しい敵まで来てしまう。みんなに、そこまで迷惑かけるわけにはいかないよ」
「……」
「本当なら、あの囮作戦も……メシフィアじゃなくて、キュリアとやるつもりだったんだ」
「あわよくば、そのまま敵を引き連れて現実世界に戻ろうか……ってか?」
「……」
「それだけじゃないな。お前の目には、それ以外のものもある」
「……俺の探してるヒトのことを言ってるなら見当違いだ。そこまで俺は軽薄じゃない」
「違うな……たぶん、戦いが怖い……といったところだろう」
「…!!」
ビンゴ。
さすがヨーティア。
「お前、今までスピリットを斬ったことがないらしいじゃないか」
「ない」
「一度だけ発奮して、戦ったことがあると聞いたぞ」
「兄貴がいたから。でも、結局兄貴は連れ去られた……もう、ダメなんだよ」
「……」
「出雲が狙ってきて、また誰かがいなくなるのが怖い。だったら、さっさと逃げ出したい……」
「……ケイタ、情けないな」
「あぁ……本当に………」
泣きたいくらいだ。
俺が、この期に及んでまで、こんな腰抜けだと思い知るとは……
「だが、偉い」
「え……?」
「お前は、自分が弱いと認めたじゃないか」
「……」
「その上で、何かをしようと考えたんだろ?徹夜で」
「……クマ、隠したつもりだったんだけどな」
「ごまかせんよ、この大天才は」
「………」
「ケイタ、1人で強くなくていいんだ」
「え?」
「2人で、3人で……そうやって、集まって、結果的に強ければそれでいいじゃないか」
「………」
「待ってるとも言わないし、ゆっくりでいいとも言わない。お前が進んだ道なら、誰も止めないさ」
「………」
「だから、どういう道であろうとも、真っ直ぐ進め少年。それ相応の応援はしてやる。それだけだ」
「……ヨーティア」
「なんだ?」
「お前、なんか欲しいものないか?」
「なにぃ?」
「いいから」
「……ユートの言っていた、原子力発電だな」
「そいつぁちっと無理だ。他は?」
「そうだな……この世界にないエネルギーと、うまい酒だ」
「了解、覚えておくよ」
手をひらひら振って、部屋を出た………。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ドアがあいてる。
借りてた部屋に戻ってみると、来客だ。
「どなた……ってなんだ、セリアか」
「なんだとは失礼ね」
「だ、大体くんなよな。昨日あんなこと言ったから、どうも恥ずかしいっつーか……」
「私の勝手よ」
「だ、大体何の用だよ?挨拶なら昨日済ませただろ」
「……用がなきゃ、エトランジェの部屋には入るな、ってわけ?」
「は?!なんでそうなるんだ」
ぷいっと、鏡の前に立って俺に背を向けるセリア。
いきなり何ケンカ売って来てんだコイツ……
さっきから、ちっとも俺のほう向かないし。
「そうじゃなくて、いきなり部屋にいるなんて用無しとは思えないだろ」
「……あれが挨拶のつもり?」
「へ?」
「あんなので、私たちと別れるつもりだったの?」
「だ、だってよ……そんな別に、永遠じゃないんだから……」
「そうよ……あなたはいつもそう、自分にとっては……で考える」
「……で、でも、そんな簡単に相手のことを考えるなんて、できないよ」
「私にとっては!!!」
「っ!!」
ビクッ!!
突然の大声に、体が跳ね上がった。
心臓がバクバクして、体が急に動かなくなる。
「私にとっては……っ!最後かもしれないのに……」
「は?なんで?」
「今は戦争中。いつ誰が死んだっておかしくないのよ?当然、私も……」
「……そんなこと言うなよ。そういうこと言うセリアは、あんまり好きじゃないよ。自分が死んでしまうかも、なんて」
「貴方は何もわかってないわ!!それがこの世界なのよ!?」
「……そりゃ、お前らに比べりゃ、すっげー短い時間だけどさ……でも、俺だってちょっとは……」
「なのに……っ!なんでよっ!?なんで私の前に出てきたのよ!?」
「え?えぇ?」
そんなこと言われても……
ってか、ってことは…………
「セリアは、俺と会いたくなかった……ってことか?」
「っ!だから貴方は何もわかってない…っ!!」
「そ、そんな……わかってないわかってない、って言われても、セリア何も言ってくれないだろ」
「言わなきゃわからないの!?」
「わかってたらお前泣かしたりなんかしねーよっ!!!」
「っ!!」
鏡越しに、セリアの涙が光る。
それが、一体なんの涙か未だにわからない。
「なぁ、俺なんか悪いことしたのか?昨日の挨拶が気に食わなかったのか?違うよな?」
「……」
「………なぁ、教えてくれよ。どうして泣いてるんだ?」
「言わなきゃわからないなら、言ってあげるわよ」
―――私たちは、もう二度と会えないかもしれないのよ?
―――この世界で生きている限り、死はいつも隣にいるの。
―――それなのに、あんな簡単な挨拶で、また会いましょう?
「ふざけないでよ……!」
「セリア……」
「そんなに私を悩ませるのが楽しい!?」
「ちが……」
「もういいわよ……エトランジェ様なんか、どうせスピリットが1人いなくなったって……」
「っ!!」
バチッ!!
神様仏様セリアファン様お許しください。
俺は今、この世界の半分以上を敵にまわそうとしています。
ですが、腐ってもどうやら俺の芯は折れないみたいです。
「いなくなったって……なんだよ?」
「……」
殴られた頬を押さえて、俺を睨むセリア。
その目には、涙が溢れんばかりとたまっていた。
「どうせ!私がいなくなったってあなたは悲しまないんでしょうね!!」
「!!」
「あんな軽い挨拶程度なんですから!どうせその程度よ!!」
「ざけんなっ!!」
俺は叫んでしまった。
あぁ……一体何年ぶりだか………
「お前が死んだら俺、すっげー泣くぞ!めちゃくちゃ泣くぞ!!涙が枯れても目がつぶれても泣くぞ!!!
三日三晩泣き続けて!何も食わなくってクマで目がどよんってなって!!泣き喚いてカノンに乗っ取られちまうぞ!!!
それでもいいのか!俺が泣きまくってもいいってのか!!俺の悲しみってお前の中でそんなもんか!!!答えろセリアっ!!!」
「っ!!」
「………」
セリアと真正面から向かいあう。
もしかしたら、これが初めてなのかもしれない。
……俺と同じくらいじゃん、身長。
「みっともないこと言わせるなよ……生きてくれよ、少なくとも俺が戻ってくるまでは」
「その後は死んでもいいってわけ……?」
「死なせないよ。俺もセリアも、絶対死なない。それからも、ずっと生きていくさ。それに、俺は勇者様だろ」
「……ぷっ」
「あ、笑うな!こ、こっちだって恥ずかしかったんだぞ!!」
「あはは……っ……はは……はは、は……」
「……セリア?」
途中から、笑いが泣き笑いへと変わっていく。
そして、笑いが消えて……泣きだけが残った……。
「バカじゃないの………」
「な……」
「私なんかに優しくしたって……返ってくるものなんて、何もないのに………」
「まーた、そういうどーでもいいことにこだわる。俺だけじゃない、みんな、セリアと一緒にいるだけで幸せな時間があるんだよ。それで十分さ」
「……」
「ま、いてくれるだけでいいっていう言葉は、何もできない人にとっちゃこれ以上ない傷つく言葉だけど、セリアは違うでしょ」
「そうね……私には、この剣がある」
「そう。未来を掴むための力ってヤツ。じゃ、改めまして………」
俺は荷物を詰め込んだカバンを持った。
そのまま、背中に背負う。
廊下に出ると、キュリアが壁によりかかって待っていた。
聞いてたな……コノヤロ。
「いってくるよ、セリア。おみやげ楽しみにしててな~。もしかしたら現実世界にいけないかもしれないけど」
「じゃぁ、楽しみにしないで待ってるわ」
「ほどほどに期待しててくれ。じゃ、キュリア、帰るか」
「愛の語らいは十分?」
「冷やかしはお腹いっぱい。できれば熱いのが」
「じゃぁ言わせてもらうのよね。おっそいのよっ!!あんた何時間待たせるつもりなのよ!!!!」
「うひゃぁ……悪かったって……」
「ラキオスが常春だから良かったものの、ソーン・リームでこんなことしたら、ムードぶち壊してでも連れて行くから覚悟しなさいよね!!!」
「あ~、もう。愚痴は囮が成功したらな」
俺たちはいつものケンカをしながら、ラキオスを出て行く。
今出て行くことを知ってるのは……ま、あとはヨーティアたちぐらいだろう。
そう思っていたら、城門の前でイオとヨーティアに出会う。
「無事を祈ってやる」
「門出にその言い草はないんじゃないのヨーティア」
ふと見ると、キュリアは気を遣ってか、それとももう待ってられんと思ったのかわからないが、スタスタ先に歩いていく。
「ケイタさん」
「ん?なに?イオ」
「どうかご無事で……」
「もっちろん。おみやげ期待してな。ビックリするようなの持ってくっからよ♪」
「はい……」
「ん?どしたの?元気なさげじゃん」
「いえ、私はいたって健康です」
「ふ~ん……ま、ヨーティアにこき使われすぎて疲れたんだよ。少し休んでみたら?」
「はい、考慮させていただきます」
「それじゃ」
「あ………」
「ん?」
イオが俯いていた。
????、としばらく待っていると、ぱっと顔を上げた。
「また、ラキオスに来て下さい。私はここにいますから……」
「もちろん♪その時はまたお茶でも飲んで、2人でなんか読むか。あ、でも俺字読めないんだ」
「私が読みますから、大丈夫です」
「それもそうか」
「おい、私は入れてくれないのか?」
「大天才様はお邪魔だよ。じゃ!」
俺は小走りでキュリアに追いかけた―――――
「イオ、戻るぞ」
「……」
ヨーティアが動いても、呆然と立ち尽くすイオ。
はぁ、とため息をついてヨーティアはまた、2人の歩く方向を見つめる。
「泣くな、イオ。もう会えないわけじゃない」
「……」
「イオ、お前……今のその気持ちが何か、ケイタに聞いたそうだな」
「……マスターはわかるのですか?」
「あぁ、もちろん。それはな――――」
―――――ヨーティアの言葉が、イオの耳に届く。
すると、イオの涙が地面に落ち、染みを作る。
静かな風が吹き、イオのフードを外した………。
「これが……ですか?」
「そうだ。まーったく……ボンクラーニョめ……厄介な奇跡を起こしてくれたもんだ。ほら、イオ。帰るぞ」
「はい……マスター」
2人は研究室へと戻っていく。
2人は白の大地へと戻っていく。
それぞれが別れ、歩む道。
そのどの道にも、幸福がありますように―――――
そう願う女性は、空を見上げたのだった………。