「………」

 

 

 

あぁ、これは夢か。

たまにある、自覚のある夢。

 

これはたぶん………おふくろと会った最後の日だ。

おふくろが1人でどこか行ってしまう、ということに反発して、土手にいたんだっけ。

 

 

俺がいなくなって、迷子になればお母さんはいなくならない………そう思って。

 

 

 

 

 

 

―――でも、実際おふくろは来てくれなかったんだっけ……

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

幼い俺が、川に石を投げ込む。

水面に浮かぶ月が揺れて消えた。

 

 

 

 

「家出?」

「あ………」

 

 

 

 

―――!!

 

いた……あの人だ!!

 

 

 

 

「違うよ……お母さんが出て行くって」

「迷子になれば、探してどこかに行かないんじゃないか?とか思ってるんだ?」

「うん………」

 

 

 

 

その人は、俺の隣に座る。

幼い俺の視点だと、その女性がかなり高く見えた。

 

 

 

 

「でも……お母さんは、生きるために出かけるのよ?」

「え?」

「お母さんは、そのままだと30年しか生きられないの。そして……今、あなたのお母さんは、29歳」

「………」

「わかる?ギリギリまで、息子であるあなたと、あなたのお父さんと一緒にいたいって、そう思ってたの」

「……でも、やだよ……お母さんと一緒にいたい」

「お母さん、死んじゃうよ?」

「それもやだ………」

 

 

 

 

このとき、俺はひきつけを起こしたかのように嫌がったんだっけ……。

幼心にも、もう二度と会えなくなるとわかっていたから。

 

 

 

 

 

「お母さんも、きっと啓太君と別れるのはイヤだと思う。でも……死ぬのは、もっとイヤだと思うの」

「………」

「だから、少しでも長く、お母さんの傍にいてあげて?」

「……うん」

「啓太君が、お母さんに勇気を与えるの。ね?」

「……ねぇ、叶さんは……」

「うん?」

「消えない?いなくならない?」

「……もちろんよ」

「じゃぁ、これ」

「これは?」

 

 

 

 

 

俺が両親にもらったシルバーリング。

大切な人にあげなさい?といわれていたものだ。

 

 

 

 

「これがあると、絶対再会できるんだって」

「そう……ありがとう。大切にするわね?」

「うん!それじゃ、お母さんのところへいってくるよ!!」

「いってらっしゃい」

 

 

 

 

そう………

 

彼女の名前は叶………

 

 

兄貴が死んで、俺まで殺されそうになった時助けてくれた人物で――――

 

 

 

俺の――――

 

 

 

 

 

 

俺の――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤだよ、離せ!」

「そうはいきません。将来のためにも、あなたにはしっかり訓練を積んでもらわないといけないんですから」

「俺は自治区のエトランジェなんだから、別にいーだろ?ってか、セリアが訓練してくれる必要は全くないんだけど」

 

 

 

 

 

俺はセリアに手を引かれ、訓練場に引きずり出された。

そこには、イオの姿もある。

 

 

 

 

「イオまで……」

「私の訓練のついでです。一緒に受けなさい。命令よ」

「なんで命令なんだ。大体、一緒に訓練やろうって言っても………イオも大変だろ?」

「私は平気です。心配しないでください」

「……わかったよ、イオもそう言うことだし………」

 

 

 

 

 

そろそろ、オーラフォトンってヤツもマスターしないといけない。

たぶん、俺の実力は別のエトランジェ含めて最低だろう。

 

今まで呑気に訓練なんてする暇なかったけど。

 

 

 

 

 

「センスはあります。以前の戦闘でも、オーラフォトンは使えていたようですから」

「とはいっても、頭が焼けるほど集中しないとダメなんだ。それを戦闘中にやれってのは………」

「いえ、一度展開してしまえば維持は簡単です。戦闘の始めに展開したほうが、味方も有利に進められます」

「は〜……そうなの?セリア」

「えぇ、まぁ」

 

 

 

 

セリアはウォーミングアップに、素振りを始めた。

その真剣なまなざしを見ると、俺も頑張るか、という気になった。

 

ったく、罪な女だ、セリアは。

 

 

 

 

 

「短い間でしょうが、精一杯指導させていただきたいと思います」

「ビシバシお願いするよ。あ、でもムチだけじゃなく愛も希望………」

「……?」

「わかんなかったか。ま、いいや。早速教えてくれ」

「はい。ではまず………」

 

 

 

 

 

 

オーラフォトン。

エトランジェの使える、神剣魔法。

 

この不思議な力を使うのに、非常に苦労する。

だが、イオに言わせれば【訓練もなしに展開できたのだから、かなりの素質があると思います】だそうだ。

でも、実際はすぐに息があがるし、こんなんで戦闘やったら自殺行為だ。

 

 

それでもイオは笑顔で教えてくれたけど……。

 

 

 

 

 

「イオはすごいな」

 

 

 

 

休憩の途中でそう言った。

セリアはタオルを忘れた、とか言って部屋に戻った。

まったく、俺を連れてくるのに必死になるから。

 

 

 

 

「なにがでしょう?」

「建築技術、治療技術、家事に訓練、戦闘までできるんだろ?完璧鉄人っていうんだよそれ」

「鉄人……?」

「イオにもできないことはないかな〜。そしたら面白いのに」

「面白いのですか?」

「努力して、なんでもできるようになったイオはすごくて尊敬しちゃうけど、何かできなくて困ってるイオも見たいなぁ、なんて」

「……そしたら、マスターが困ります」

「ヨーティア?いんだよあんなの。イオはイオで、何か好きなことないの?」

「そうですね……知識を増やしたりするのは好きですが」

「勉強かぁ……そういえば、この世界ってどんな勉強すんの?あ、国語以外ね」

 

 

 

 

試しに聞いてみた。

すると、イオが懐から本を取り出す。

 

―――いつも持ってるのか?

 

 

 

 

「これは……数学?」

「えぇ。数字を文字と仮定して、この三角形の辺の長さを求める公式です」

「じゃぁこれって、三平方の定理なのかな」

「三平方?」

「ま、それは置いておいて……お、これは科学かな?」

 

 

 

 

パラパラとめくると科学のページになった。

見たところ、現実世界とは全く別のものもあれば、小学校で習うようなのもある。

 

 

 

 

「あ〜、懐かしいな。コレ……えーっとなんだっけ?」

「知っているのですか?」

「まーね……はい、ありがと」

「はい」

 

 

 

 

 

本を返して、タオルを持ってくつろぐ。

イオは綺麗に正座して、俺の返した本を読んでいた。

 

 

 

 

「そーいやーさー、イオとヨーティアっていつから一緒なの?」

「かなり昔からです……あの、こちらからも一つ、質問よろしいでしょうか?」

「いいよいいよ。一つといわずいくつでもどうぞ」

「……なぜ、私と話してくれるのですか?」

「……はぁ?」

「私と話していて、有益なことはないと思うのですが……」

「?」

「マスターにも、もっといろんな知識を持ったほうがいい、と言われました。どうしてですか?」

「………ん゛〜」

 

 

 

 

 

なんていうか、ヘタな答えはできない質問だ。

難しく考えず、シンプルに………シンプルに………。

 

凡人だからこそ、難しく考えない。

 

 

 

 

 

「話したいから話す。話したいことがあるから話す。それじゃダメ?」

「……」

「大体さ〜、友達と話すとき、いちいちどうしてあなたは話してくれるの?なんて考えないっしょ」

「友達……ですか?」

「1人で知識を溜め込むのもいいけど、俺はそんなのより、友達と話して笑ってたほうが、よっぽど将来のためになると思うんだけどな〜」

「それは、どうしてでしょうか?」

「え?だって楽しいじゃん。俺寂しがりやだから、話してないとつまんないんだよ」

「……」

「ま〜……その、イオがあなたみたいな頭の悪い人と話しても楽しくない!って言うなら、俺も努力するけどな」

「い、いえ……そんなことは」

「本当に?無理してイオに話し相手になってもらうのもイヤだからさ」

「そんなことはないと思います。その……私も、楽しい、です……から……」

「だろ〜?ししし、やっぱ喋ったほうが楽しいんだよ♪」

 

 

 

 

タッタッタッ、という足音が聞こえる。

セリアが戻ってきたようだ。

 

 

 

 

「お〜、随分タオル探したみたいだな」

「えぇ、まぁ……ハリオンがほとんど洗濯してたから」

「そっか。じゃぁしばらく休んだら、また始めるか〜っと。俺、外の空気吸ってくるわ〜」

 

 

 

 

 

俺は訓練場から出る。

カノンを持って、裏の林へと入った。

 

ある一角を凝視して、小さく呟く。

 

 

 

 

「………光陰、なんのつもりだ」

「あ、あはは!バレた?」

「覗くなんて、随分とまぁ……」

「いやぁ、両手に花でいいなぁ、と思ってたんだよ」

「ウソぶっこけ。お前ロリペドだって悠人から聞いたぞ。それを、ネリシア姉妹をほったらかしてまで覗くっていうんだから……」

「悠人め……言いふらしてるな」

「覗いてたのは、さしずめ俺を見張るってところかな?」

「……そこまでバレてるか。さすがだな」

「クォーリンの報告聞いてないのか?俺、そんなに信用ない?」

 

 

 

 

はは、と笑いながら地面に座った。

光陰も向かいに座る。

 

 

 

 

「いんや、そうじゃない」

「じゃ、どして?」

「お前が無理してるんじゃないかな?ってな」

「は?」

「俺の思い違いだったようだ」

「平気だよ。ちゃんと休息は取ってるし、それ以前に、ここでまったりしてること自体がもう心休まるって感じ」

「そっか。ならいいんだ」

 

 

 

 

俺は立ち上がり、カノンを持って訓練場に戻る。

 

 

 

 

「光陰、悠人と今日子、じゃじゃ馬しっかり護ってやれよ?」

「ば〜か、言われるまでもねーよ」

「今日子が死ぬとお前がなにやらかすかわかんねーし、悠人が死んだら佳織ちゃんが悲しむしな〜」

「へっ」

 

 

 

 

 

悪態をついて、光陰もどこかへ消えた。

俺も訓練場の中に入る。

 

 

 

 

 

「さ〜て、続きをしよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………な〜、みんな」

「なんでしょうか?」

「ヒミカ、なんで俺のメシはこんなに……多いんだ?」

 

 

 

 

 

隣に座ってるキュリアも、呆然としていた。

俺の目の前に広がる、豪華料理のパレード。

 

 

――――あの有名な中華料理さえ超えそうな感じだ。

 

 

 

 

 

「そういえば、今日の料理当番は?」

「確か……ナナルゥとセリアよね?」

「はい……」

「そうよ」

 

 

 

 

う……セリアに睨まれた。

そういうことか……!

 

結局、光陰と話した後訓練サボったから………!!

 

 

 

 

「いや、いいよヒミカ。俺、すっげー腹減ってるし」

「は、はぁ……」

「……モテモテやねぇ、啓太」

「なにいってんねん!黙らんかいアバズ……んぎゃっ!!!」

 

 

 

ガッ!!

 

足の甲にクリティカルヒット。

誰の足が……かは言うまでもない。

 

隣から、言ったら殺す光線が放たれてる。

太ももにはあの電磁ムチがおしつけられて………最悪。

 

 

 

 

「ケイタ様?すごい汗ですが……」

「き、気にせんといて!!」

「は、はぁ……」

「あり?……そういえばクォーリンどした?」

「マロリガンに戻ったそうですよ?定時報告だとか」

「あぁ……電気通信がないって不便やね」

 

 

 

 

手紙じゃさすがに報告できねーだろうし。

政治家が大事な連絡は外でするのと一緒だな。

 

 

 

 

 

「でも、マロリガンの一体誰に?」

「レイナではないでしょうか?」

「アイツ?アイツはだって自治区に……戻ったんかいな?」

「さぁ……あの派閥の動きはよくわかりませんから」

「まぁええわ。それよかメシやメシ」

 

 

 

 

今日はビーフシチュー?だ。

とろけるような肉に、濃厚な味わい。

 

まさに絶品だった。

 

 

 

 

「ナナルゥもセリアも、料理上手だな、ホント。隣のサバイバル料理しか作れへん女に見習わせたいもんやね」

「それを言うなら……不思議オタクのあなたこそ、得意料理の一つでも作ってあげたらいいんやないの?」

「男料理ってのは=ありあわせ料理や。ちゃーんと食材が揃うとるときにやるのはちょっとな」

「随分な言い訳……見苦しゅうてかなわんわ〜」

「はは、少しは勉強したみたいやね〜?」

「フフフ……」

「ハハハ………」

 

 

 

 

 

 

 

――――はぁ………

 

 

と、またみんなにため息をつかれた。

だって、しょうがないじゃん。

 

 

 

 

 

「今日いないのは、ネリシア姉妹にヘリオンとファーレーン、ニムントールか……まだヘリオンとファーレーン、ニムントールには会うてへんなぁ」

「また口説くつもり?いい加減にしたらええんちゃうの?」

「誰がッ!」

「あら、すでに餌食になってしもた人もいるんちゃいますか?」

「そんなバカな」

 

 

 

 

その時、1人だけ俯いていたのは知る由もない。

っていうか、さっきからみんなが変な顔してこっちを見ている。

 

 

 

 

「あの……先ほどから、妙になまった聖ヨト語をお使いですが……」

「あぁ、ちょっとね。なまりっていう、独特の言い方だよ。わかりにくかった?」

「少し違和感が……」

「しょうがない、戻すかキュリア」

「そうね、困ってるみたいだし」

 

 

 

 

俺たちはオホンとセキをした。

 

 

 

 

「んで……その人たちって、どうしていないの?」

「交代で、警備に行ってるんです。明日のこの時間なら会えますよ」

「そっか。それは楽しみ♪ラキオスのみんなはサーギオスと違って活き活きしてるしなぁ」

「そういえば、ケイタ様はサーギオスにいたことがあるんですよね?」

「まーね」

「どんなところでしたか?」

「一言で言えば、むなしい国だな」

「空しい?」

 

 

 

 

俺はサーギオスを思い出す。

生気を宿してない人々の目、ソーマの毒牙にかかったスピリットたち。

そして、存在しない皇帝と、歪んだ愛をもつ瞬。

 

 

 

 

「なんだか、あってもなくても変わらないって感じだ」

「え?」

「帝国って名乗ってなくて、国じゃなくっても別にいいや、平気だよ、みたいな雰囲気があった」

「そうですか………」

「そういえばさぁ、サーギオスに皇帝がいなかったんだよ」

「……え?」

 

 

 

 

みんなが一瞬唖然とする。

それだけの威力がある発言だったらしい。

 

 

 

 

「皇帝なんてものは存在しません、まぁいると言えばいますけどねぇ、だってさ」

「一体それはどういうこと……?」

「……もしかして、だけどさ」

「はい?」

「あの国って……何か大きな力で操られてるんじゃないのか?」

「え?」

「そう……例えば、悠人の求め、みたいな。その気になれば契約者を呑み込めるほどの、瞬の神剣とかが」

「……」

「んで、その瞬の神剣も何かに操られてる……だって、なんでいつの間にか悠人と瞬は殺しあってるんだ?」

「え?」

「まさか、現実世界の時から殺しあおうって関係じゃなかったんだろうし。あ………ヤメヤメ!!」

 

 

 

 

 

メシのときにする話じゃない。

打ち切って、ビーフシチューをかきこんだ。

ちっと熱かったが、一心不乱に考えをかき消す。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――どうも、最初ほどのおいしさは感じなかった。