「ふ〜、やっとついたな。ニーハスだっけ？」

ソーン・リーム自治区への入り口である町ニーハス。

だが、なんだか騒がしい。

それもそのはずで、ここは思い切り戦場になったようだ。

「ってことは、もうマロリガンとラキオスの戦争も終結すんのかな？」

｛……ケイタよ｝

「ん？珍しいな、カノン。どした？」

カノンから話しかけてくることは、案外少ない。

それも、日常会話となったらなおさらだ。

｛空が……変だ｝

「あん？」

空を見上げた。

別に、綺麗な夕暮れ……あれ？夕暮れ？

ってか、夕暮れっていうよりどんよりっていう感じ？

「なんだこれ？」

｛……我々は生かされているのではない。生きているのだ｝

「は？」

｛覚えておけ。それが……ヤツを支えた言葉だ｝

「ヤツ？」

｛………｝

またカノンの秘密主義だ。

力は貸してくれてるし、ちっとは信頼してくれてんだろうけど………

ことあるごとに

【お前はまだ知らなくていい】

【いつか話す】

【いや……なんでもない】

って言う。

こんなんじゃ、パートナーやってんのも億劫になってくる。

―――そこらへんに捨てよっかな

｛捨ててみろ。お前は同時に命を捨てたことになる｝

「だから人の心を読むんじゃねぇよ！！」

｛繋がってるからわかってしまうだけだ。いい加減慣れろ｝

「ならいちいち言うんじゃねぇ！」

｛言いたいことを言って何が悪い？｝

「お前には思いやりってもんがないのか！あ〜、もう兄さんは悲しい」

｛誰が兄さんだ！？｝

そのやり取りを眺めるシオンとキュリア。

「全く……なにやってんだか」

｛でも、珍しいね｝

「え？」

｛カノン様、そうとう啓君のこと気に入ってるみたいだ……｝

「そ、そうなの？あれで？」

｛啓君の心が、シルビアのことで深く傷ついているのを知ってるから、気遣われると余計苦しむとわかっているから、ああやって元気づけているんだろうね……｝

「シオン……あなた、何歳？」

｛ふふ……女性に年齢を聞くなんて、失礼だよ？｝

「はぁ……なんだか啓太の気持ちが分かった気がするわ」

｛でも、覚えておいてキュリア。啓君とどう接するか……それが、あなたの運命を大きく変えること｝

「占いか何か？」

｛運命だよ、それがキュリアの｝

「はぁ……考えておくわ」

そして、未だに言い合いをやめない２人を眺めて、二人で笑った。

それと同時に、宿を取りに行っていたメルフィーが戻ってくる。

「すいません……宿、取れそうにないです」

「え、本当？」

「はい。どこも、戦争で休業しているらしくて……」

「困ったわね……あ、そうだ。啓太！」

「あん！？ちょっと黙ってろ！」

声をかけられたが、未だにカノンを言い合い中。

今なら、たとえＳＰみたいなゴッツイヤツに追い出されそうになっても、勝てる気がする。

「け・い・た・君！？」

「うぎゃっ！」

ヘッドロックをかまされ、すぐにギブ、ギブと腕を叩く。

ぱっと離されて、しりもちをついた。

「いたた………なんだよ？」

「宿が取れないらしいのよ」

「ごめんなさい啓太さん……」

「メルフィーのせいじゃねぇよ。じゃぁ野宿すりゃいいじゃん」

イッツサバイバル！！

ここでこそ、俺の本領が発揮されるところだ！！

「あ、そうなの！？ありがとう啓太！」

「……ちょっと待て。なんでそんな笑顔なんだ？」

テントはウェストポーチに入っているから問題ない。

だが、野宿で喜ぶヤツなんて、俺くらいのもんだ。

やたら笑顔で、しかも何か裏のあるものだったから、余計に不安になる。

「え？１人外で寝てくれるんでしょ？」

「は！？なんで！？」

「え〜？だって、ねぇ？メルフィー」

「あ、い、そ、その……私は別に……」

「……頬を染めて俯かない。そこのバカが勘違いするわ」

「バカって俺か？」

まぁ、メルフィーは確かに頬を染めて俯いている。

可愛いんだけど、勘違いってなに？

「そういうわけで、１人テントの外で寝てくれるわよね？」

「え、なんで？」

「レディー２人と一緒に寝ようっていうつもり？」

「……い、いや、でも、さ。だって冷えるじゃん」

「はい決定！じゃ、テント貸して」

貸して、と言いながら、勝手に漁ってテントを取り出すキュリア。

お、おい………まさか………！！！

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「グスン……」

―――結局、外へ追い出された

こういう時ってさぁ！

―――し、仕方ないわね！外で凍死されても困るし、しょ、しょうがないから入れてあげるわよ！！

とかってさぁ、うれし恥ずかしく、俺を一緒の布団に入れてくれるもんじゃねぇの！？

―――酷いよ父さん。ツンデレってなんですか？

「……寒い」

寒さで体が震えた。

ウェストポーチから寝袋を取り出し、さらに予備の上着を重ね着して、横になる。

地面がゴツゴツして、痛い。

―――こりゃ、明日の朝は体が痛くて地獄だな

「……啓太さん」

「んあ？メルフィー？」

「あんまり物理法則に逆らってばかりいると、学者さんたちに拉致られて、追い剥ぎされてしまいますよ？」

「さりげなく怖いことを言うな。それで、こんな寒いのになんだってんだ？」

俺は寝袋に入ったまま、体を起こした。

イモムシみたいになってるが、ここで貯めた温かさを逃がすほど俺はバカじゃない。

「少し、お話しませんか？」

「はぁ……物好きだね。しょうがない……ほれ」

腕だけ寝袋から出して、隣をポンポンと叩いた。

目の前に、湖がある。

ちょっと、ロマンティックな雰囲気だが……正直、俺は苦手。

でも、今日は……なんだか、嫌いどころかずっと見ていたい、と感じた。

「失礼しますね」

「ほら」

「ぁ………」

俺は大きめの上着をメルフィーの肩にかけた。

俺の肩にもかけて、体をくっつける。

ちょっと恥ずかしいが、サバイバルにそれは無意味なもの。

「ありがとうございます」

「いえいえ……寒かったから、ちょうどいいや」

「……変、ですね」

「え？」

メルフィーは湖を眺めながら呟いた。

その瞳にうつる湖の姿は、とても幻想的で吸い込まれそうだった。

「なんで泣かないんですか？」

「え？俺？」

「……なんで貯めちゃうんですか？」

「俺は……別に………」

そっぽを向いて、何か気になるものを探す。

「もう、私は繰り返しません」

「え？」

「誰かに重荷を背負わせたりはしません。重荷を背負わせたくありません」

「………」

「私を信じてるって、言ってくれましたよね？だから……私も、この人なら信じていいのかも？って思いました」

「はは……」

「あれ、ウソですね？」

「え？そんなことない」

「ウソです。出会って間もない人を、心から信じるなんて無理です。あの時は、私を思って言ってくれた……違いますか？」

「………」

参ったな。

気になるものが何もない。

「証拠に、今あなたは私に本当の気持ちを話してくれない」

「………」

「私は、あなたを知りたい」

「………ちっ」

なんていうか、苦手なタイプだ。

こう……包み込んでくれる優しさというか、そういうの。

自分で、そういうのに甘えたくなるクセがあるのはわかってる。

でも、どうもうまく制御できない。

たぶん……あの人も、そうだったから………

「俺が泣く？バカいうなって」

「え？」

笑った。

でも、それはひどく薄い笑い。

きっと、メルフィーにもバレてる。

「アイツは言った。【私を置いていかないで】って」

「……でもそれは」

「俺は悠人ってヤツに言ったんだ。【お前は相手のことを思ったフリして、本当は何もわかってない】って。そのまま今の俺に返ってきた感じだよ」

「………」

「そうだよ、シルビアだって、俺と来たかったんだ。しかも、俺はそれをわかってたんだよ……」

「啓太さん………」

そうだよ……。

わかってたんだ。

シルビアなら、きっと来て俺たちの助けになるって、俺はわかってたんだ。

それを、俺はまんまと利用したんだ。

「その俺が泣く？泣いていい権利なんてないんだよ」

「………」

「ただ、アイツが悲劇のヒロイン……それだけならよかったんだ。でも、その悲劇を生み出したのが俺自身なんだよ」

「………」

「だからシルビアが浮かばれない。だから、悪役は泣かないんだよ」

俺はふっと笑いを止めた。

正面に存在する、水のたまり場を眺めて……

「………でも、啓太さんは泣いてるじゃないですか」

「泣いてないって」

「泣いてない人は、そんなこと言いません。誰かのために泣ける人が言う言葉です、それ」

「………」

「死んだ人は戻ってきません。でも、死んだ人は生きている人が覚えている限り、永遠に生きられます」

「………」

「……詩、聞いてくれますか？」

すっと立ち上がり、湖をバックにして俺の前に立つメルフィー。

リボンを解いて、自分の手首に巻きつけた。

そして、両手を胸の前で合わせた。

「……それを聞く権利が俺にあるなら」

「あります。だって、私があなたのために歌う詩ですから……♪」

―――あぁ、どうして消えてしまうの

―――なんであなたは何も言ってくれないの

―――私はずっとあなたを見ていた

―――だからわかる、あなたは隠してる

―――私はわかる、あなたのことは

―――だってあなたが一番大切だから

―――だってあなたが奇跡を起こしてくれるから

―――あなたはどうして泣かないの？

―――泣けない？違う、私はわかる。

―――あなたは人のために泣ける人、だって私のために泣いてくれた

―――だってあなたは人の痛みを、悲しみを知ってる

―――泣いちゃいけないなんて悲しいこと言わないで

―――私のために泣いてほしい

―――私があなたの心に永遠に残ってほしいから

―――あなたの中に私が存在していてほしいから

――――立派な誰かと比べる必要も、責任や肩書きなんて、泣くのにはいらないの………

――――あなたはあなたでいい、だから私のためだけに泣いて………

「………」

気づけば、涙が流れていた。

嗚咽もない、静かな涙。

初めて出た、こんな涙。

「啓太さん、たとえどうであろうとも、いなくなったその人のことが大切なら、泣いていいんじゃないですか……？」

「……泣かしておいて……よく言うよ………」

「ふふ……もう、隠し事はなしですよ？」

「……」

鼻をつん、と叩かれた。

そのままメルフィーは、テントの中へ戻っていった。

たぶん、気を使ってくれたのだろう。

俺が、彼女に浸る時間をくれた………。

「……ぇっ……ッ！！……そぉッ……！！シ……ア……！！」

必死に声を押し殺して泣いた。

もうダメだ、留まることを知らない。

「ち……しょぉ……！！！！」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……再びやってきましたか」

「………」

「緊張すんなよメルフィー。きっとわかってくれる」

「と、いうより、危ないのは私と啓太よ。わかってるでしょうね？」

「わかってるよ。敵前逃亡をかました挙句俺は寝返った。今でも、きっと………うひゃぁ、殺意を感じるね」

再び戻ってきた、ソスラス。

ここで、メシフィアと出会い、ソーマと出会った。

ここで起こした事件は、今でも鮮明に頭に残っている。

「少なくとも【わぁ、お帰り２人とも〜！】っていう出迎えはないわ」

「いや、あるかもしれないぞ？ただそのあと、一服盛られて煮られるかもしれないけど」

「もしかしたら黒魔術の生け贄にされるかもしれないわ」

「いやいや、もっとひどくて爪を一枚一枚剥がされて、その上指を一本ずつ切り落とされるかも……！」

あまりに恐ろしい想像に寒気が………！！

「あ、あの〜……お二人さん？」

「なんだよメルフィー？」

「そうよ、今私たちは、人生最後の妄想にふけっているところ」

「もう、囲まれてます」

「「え？？」」

俺たちを囲むようにして、スピリットと兵士が円陣を作っていた。

どの目にも、俺に対する殺意が……

「どうやら、やっぱここで即死？」

「冗談じゃない。一発ブチかましましょうよ」

「アホ。そんなことしたらメルフィーがここに住めなくなるだろ」

なんのために命からがらここまで来たって言うんだ。

メルフィーだけは気づいてないだろうが、実際マロリガン出るまでは誰かにつけられていたし。

どうやらスピリットっぽかったけど。

「さて、と……告白とかしてくれる雰囲気じゃないね、メシフィア」

「当たり前だ。このときをずっと待っていた」

また、ご大層な鎧をつけて現れた。

長い黒髪を持つ、美しい戦士。

腰に、キラリと光る剣を持って、すでにいつでも抜くつもりらしい。

「！！メルフィー！？」

「メシフィア！」

俺たちを見回していて、やっと気づいたようだ。

メルフィーを見る目だけが、すごく輝いて見えた。

たぶん、それが彼女の本当の瞳なのだろう。

「い、一体どういうことなんだ？」

「この２人に、サーギオス脱出するの手伝ってもらったのよ」

「な……」

「あと……ごめんね？私……家族が人質にとられた、なんてウソついて………」

「……わかっていたさ」

「え？」

「お前の出身はラキオスだからな。どうも変だと思って調べさせたら、平和に暮らしてることがわかったから」

「………」

「それよりも、無事でよかった……本当に」

「うん………」

メシフィアとメルフィーが強く抱きしめあう。

その２人の安心した顔を見ると、本当につれてきて良かったと思う。

なんだか鼻がかゆくなって、ポリポリ掻いた。

「それでね、メシフィア」

「なんだ？」

「……あの２人も、ここに置いてくれない？」

「え………それは………」

やっぱり、メシフィアも戸惑っている。

それはそうだ、裏切った俺たちがまた戻りたい、というのだから。

当然、俺たちを囲んでいる兵士たちもどよめきだした。

「………よし、いいだろう」

「え！？」

俺とキュリアだけでなく、その場にいる全員が驚いた。

どよめきが一層大きくなる。

「しかし、条件がある！」

「え？」

「大川啓太……お前に、だ」

「俺に？」

「そう……お前が前に起こした事件は、ソスラスで誰一人知らない人はいない」

「……」

「お前がまた戻ってくれば、暴動さえ起きかけない。そこで、だ」

「………」

―――お前に、１人残さず全住民に土下座で許してもらって、認めてもらえ

「………」

「なっ……！ちょっとメシフィア！それはあんまりでしょ！？」

「ソスラスには幸か不幸か、一日で回りきれる程度の住民しかいない」

「だからって！そんなことしたら、思い切り晒し者じゃない！」

「メルフィーの願いだから、最大限の譲歩をしただけ。それ以上は譲れない」

「メシフィア……あなたって……ッ！！！」

―――メルフィー！！！

「え………？」

「いいよ、その条件で」

「ふん……」

「啓太！？それでいいの！？」

「いいんだ……俺がやったことは、それだけのことなんだ」

「でも啓太さん！！」

「でもじゃない！！！！」

「「！！！」」

――キュリア、メルフィー……もう、怒らないでくれよ、メシフィアのこと………

―――今、２人が怒ったら………俺、本当に……居場所なくなっちゃうんだよ………

――――だから……お願い。もう、メシフィアのこと………怒らないでくれ………

たぶん、俺の顔は無表情だろう。

ヘタに感情を揺らしたら、きっと壊れてしまう。

２人のためにも……ここで俺が折れるわけにはいかない……！

土下座がなんだよ……そうすりゃみんなで安心して住めるんだぞ！！

「啓太さん……！！」

「早速行ってくる……キュリア、カノンは頼んだ。それと、メシフィア、街の地図ないか？」

「ないな。歩いて残さずちゃんと行って来い」

「ああ。夜になっちゃうだろうから、２人はちゃんと………」

「わかってる」

「うん」

そうして、俺はソスラスの街を歩き始めた。

これで、みんなの命の保障ができるなら……

きっと、あの人だってそうするはずだ。

頭を下げれば、取り返しのつかないことをしなくて済むんだ。

平気……やれる。

そう言い聞かせて、俺は家を回り始めた。