「ん〜……」
俺は部屋を右へ左へと落ち着きなく歩いていた。
ベッドの上にはメルフィーが瞑想中。
「そろそろだな……」
「はい……ケイタさん」
「でも、いーんだな?無事な保障はないぜ?」
「……ここで一生を暮らすより、遥かにいいですよ」
「よし」
やっぱり、俺の人を見る目は間違ってなかった。
絶対に、この人は死んじゃいけない。
―――後の世のためにも
スパンスパァアァンッ!!
合図の花火が打ち上げられた。
それが、一世一代の賭けの始まりの合図。
「よっしゃいくぜメルフィー!どうせソーマとかが張ってるんだ!一気に抜けるぜ!!」
「はいっ!!」
俺はドアを蹴り開けて、バッグからスモークボムを取り出して放った。
ぷしゅん、と音がして大量の煙が吐き出される。
だが、俺たちはあえて、窓を突き破って外へ出る。
空中でメルフィーを抱っこし、地面に着地すると同時に降ろして、2人で走り出す。
「リレルラエルへ行ってもどうせ法皇の壁で待ち伏せされる!樹海近くに、わずかな山脈の切れ目がある!そこを突っ切って砂漠に出るぞ!!」
「はい!でも、砂漠に出たあとはどうするんですか?」
「そこで仲間が待ってるんだ!合流して、マロリガンに隠れる」
「わかりました!」
俺たちは足を速めて逃げ出す。
ソーマたちに知られれば、おそらく30分程度で準備は整うだろう。
それまでに、キュリアと合流したい。
「でも、どうしてパニックを起こしてしまったんです?」
「え?」
「黙って出て行った方が、バレないんじゃ?」
「バ〜カ、俺はずっと見張られてたんだよ。黙って出て行っても、逆に冷静に対処される」
「見張られてた?」
「そ。全く、信用ないぜ」
「でも」
「?」
クスクス笑うメルフィーを見た。
その笑顔がすごく可愛くて、つい息を呑んでしまった。
「実際、2人で逃げてるじゃないですか」
「……はは、確かにね!」
俺たちは城を囲む壁を越え、町を越え、樹海へと足を踏み入れた。
鬱蒼とした木々が、昼だというのに真夜中のような景色を魅せる。
まるで、不思議の国に迷い込んだ感じだ。
「ここが樹海……えっと」
「あの、適当に進んでいたら迷ってしまうんじゃ……?」
「あぁ、平気。仲間に目印つけてもらってあるから」
「え?」
木々に、赤い丸が描かれていた。
たぶん、木の実を潰して作った絵の具だろう。
さすがはキュリア。
プロだね、やることが。
「……あの、ケイタさんのお仲間って、一体………」
「敵だと非常に困るけど、味方だとすっげー心強い」
なんたってプロ。
怖いくらい冷静だし、頼りになる。
それに、今は俺が死なれるとなんか困るらしいし。
「はぁ……男性ですか?」
「ん?あぁ、女、女。ま〜、ちょびっと問題あっけどな。綺麗な子だよ」
あの電磁ムチさえなければ、ね。
まー、この世界にいたら、そのうち電源切れるんだろうけど。
そんなこんなで、目印を頼りに樹海を抜ける。
「ふ〜……陽の光だぜ〜」
「はい……あ、あれ……あの人じゃないですか?」
「ん?」
【お〜い!ケイタ〜!こっちだよ〜!!】
キュリアが大手を振ってこっちに走ってきた。
メルフィーがほっとした表情を見せる。
「……」
カノンに手をかけたまま、動かない。
なんだか……妙だ。
キュリアって……こんなヤツじゃない。
あと一歩で間合い、そこでキュリアの顔が変わった。
「伏せろメルフィー!!」
「え!?」
ダバッ!!
俺たちは砂へと突っ込んだ。
突然キュリアが剣を取り出し、俺たちを切り裂こうとした。
「……ソーマ!出て来い!!わかってんだよ!!」
【……全く、バカなエトランジェですねぇ……】
案外早く返事がきた。
キュリアだったヤツは、姿を戻して青スピリットになっている。
相変わらず、気配も生気もない。
「あれほど警告したのでしょう?バカなことは考えるな、とねぇ」
「ふっ……そいつは悪かったな。するな、といわれればしたくなる性分なんだ」
ソーマとにらみ合う。
キュリアの姿を真似できたということは、キュリアを知っていた……つまりは、捕まった可能性が高い。
だけど、まぁ……アイツのことだ、すぐに戻ってきてくれる。
「お行きなさい我が妖精たち。愚かな醜いエトランジェを殺すのです」
「チッ……!メルフィー!援護頼む!!」
「え!?わ、私魔法なんて……!」
「メルフィーならできる!!お互い、まだここで死ぬわけにはいかないだろ!メシフィアに会うために!!!」
「……!はい!!我が宝剣よ、求めに答えてその力を――――」
俺はカノンを抜いた。
今度は、悠人に言ったことを俺が実践する番!!
この力で、俺は何ができる!?
―――考えろ!!
―――あの人なら………どうする!?
「おや……考え事ですか。随分と余裕がおありなのですねぇ、エトランジェは」
「黙ってろソーマ!!」
性格はともかく、軍師としてはソーマは一流だ。
実際、強い戦力を築き上げているし、それをまとめ、指揮する能力もある。
だが、そこにこそ……穴があるはず!
「はぁあぁッ!!!下がれ妖精!!タイブレイク・フィールド!!!」
頭のイメージをそのままカノンに流す。
それで、あとはカノンが現実に起こしてくれる!
イメージをなるべく明確に、正確にカノンへと流し込む!!
ズバァッ!!!
低い音がその場に響き渡り、地面に紫に光る魔法陣が展開された。
その光は、その場の特定の相手の時を壊し、止めてしまう―――タイムブレイク・フィールド。
その光が妖精たちに絡み、動きを停止させた。
「な、なんだこれは!?」
「はぁッ!はぁ……っ!!!」
慣れないオーラフォトン展開で、あっという間に息が上がる。
だが、今はこれくらいしかできない。
殺さず、どうやって切り抜ける!?
この、悲しい妖精たちを相手に!
「はぁっ!!はぁっ………!!」
顔から汗が吹き出る。
あっというまに血が頭にのぼって、ボーッとしてきた。
カノンを握る力が弱まる。
「ふふ……あなたにしてはよくやりました。でもねぇ……奥の手は最後まで隠しておくものですよ」
「なに……っ?」
ザパンッ!!
カノンを地面から引き抜いて、敵の攻撃をかわす!
その攻撃は、真後ろからやってきた。
一体、誰が!?
全員スピリットは止めたはずなのに!!
「………!!」
「さぁ、いきなさい……【シルビア】」
「ハイ……ソーマサマ」
「!!シルビア!!」
ザッ!
ザッ!!
勢い良く踏み込まれ、勢いに押されて後退する。
その勢い、太刀に迷いがない。
いつか出会った……あのシルビアだ。
「シルビア!やめろ!!」
「コロス……ケス……ケイタ!」
「くっ、クソッ!!!」
「ケイタさん!援護します!!」
「やめろ!!シルビアには手を出すな!!あっちの止まってるヤツらを狙え!!」
「はい!!」
未だにタイムブレイク・フィールドは形成されたままだ。
このままでは、シルビアを止めるどころか、殺されてしまう。
あっちの妖精たちをなんとかしてもらわないと、一気に数で押されて負けてしまう。
―――命を燃やす業火
―――今ここで燃え上がれ!!
「リオリスフレイムッ!!」
爆炎が巻き起こり、周囲の空は真っ赤に燃える。
轟音と共に衝撃波が起こり、タイムブレイク・フィールドが破壊され、そこにいた妖精たちはみんな倒れていた。
「あとはシルビア……!」
「シネ」
「くっ!!」
絶え間なく続く金属音。
それだけシルビアの剣劇が早く、かわしきれないで傷も増えていく。
このままでは、いずれやられてしまうだろう。
「シルビア!どうしてだよ!?なんでソーマの言うとおりにするんだ!?」
「メイレイ……ソレダケ!!」
「ウソだ!!笑って、冗談言って、そのときのお前は今より生き生きしてただろ!?本当は戦いたくないんだろ!?その気持ちを、なんで忘れるんだよ!?」
「キエロ……」
「俺は覚えてるぞ!!お前がどういうヤツだったか!!ソーマみてーなクズの言うこと聞いて、お前何が楽しいんだよ!?」
「タノシイ………」
「お前生きてんだろ!?だったら!!もっと自分が楽しいことをしなよ!!その権利がお前にはあるのに!!」
「ふっ……何をバカなことを。彼女は妖精、それだけですよ」
「黙れソーマ!!妖精だからって!なんで楽しくしてちゃいけない!?そんなの、誰が決めた!?」
「だから言ったでしょう?それが常識なのだ、と」
「うるせぇ!!だったらそんな常識いらねぇよ!!みんなが楽しく生きられねぇ世界の常識なんて!!」
「1人でそれを叫んで何かできますかねぇ?」
ソーマはあくまで余裕の顔を崩さない。
それを見て、俺も余裕の顔になれた。
あんな弱虫が強気でいられるなら、俺だってやってやれないことはない!
「俺を空想家だとか思うかもしれねーよ。でも、言い出さなきゃ何も変わらないんだ。それが考えとして世の中に広がるためには、言わなくちゃいけねーんだよ」
「誰も賛同してはくれませんよ?」
「やってみせるさ」
「なに……?」
「どうせお前みたいな小さい人にはわかんないかもしれないけど、人は【やれます、やります、やってみせます】を言えなくちゃいけない時があるんだ」
「………」
「賛同してくれないなら、賛同させてみせる!そのためにも、まずはお前みたいな人を屈服させなきゃな、ソーマ!」
「ふっ……シルビア相手に手こずる貴方が、私を?笑わしてくれますねぇ」
シルビアは、最初ほどの勢いを失っていた。
それに気づかないソーマは、よほど今動揺しているらしい。
「シルビア……」
「コロス……てった?シネ……」
「え……今なんて言った?」
「なんで私を置いていった……?」
「!!」
その声だけは、あのシルビアだった。
笑って、冗談言って、そんな時のシルビア。
「!危ないケイタさん!!」
「え!?」
「!!」
【シネェ!!】
もう動けないはずの妖精たちが、一斉に襲い掛かってきた。
背後を突かれ、顔だけ振り向いた時には、もう剣先が喉元にまで迫っていて――――!!
「………?」
「う…あ………」
「!!シルビア!?」
顔を両腕で庇った俺が見たのは、槍、剣、双剣の突き抜けたシルビアの姿。
あまりにむざんな光景に、一瞬目を疑う。
「お、い……シルビア!?」
「ケイタ……置いて………ないで………」
「!!」
「どこ……?キエタ……?ケイタ………」
シルビアの手が、俺を求めて宙を彷徨い続ける。
俺が、一瞬手を触れただけ………その瞬間だった。
「いた………」
「シルビア!」
「いた……ケイタが……」
「だ、だめだ……消えるな………」
どんどん軽くなっていくシルビアの体。
髪、指、体の先端からどんどん金色のマナへと変わっていく………。
「なんで俺なんか庇ったんだよ!?お前は……っ!お前は生きてくれていればよかったのに!!!」
「私の……ため、に……泣くのか……?」
「っ!」
「――――ありがとう………」
「ぅ、ぁ……!?」
シルビアの顔が、金色のマナへと変わって宙へ浮かび、まるで存在しなかったかのように消える。
持っていた神剣は地面に落ち、むなしいぱさっ!という音を立てた。
手には血もなく、今の一瞬が現実だったかさえ疑う時間………
シルビアは目の前にいて、俺を庇って、それを認めたくない。
だから、余計妄想に思えた。
だけど、砂の上に横たわる、主を失った神剣と……カノンの悲しい感情が、現実のものだと認めざるを得ない。
「くそっ……くそぉッ!!!」
「だから言ったんですよ……結局、それがあなたの限界でしたね」
「ソーマぁッ!!!」
「行きなさいようせ……うがぁあぁっ!!!」
「!?」
突然ソーマが倒れた。
倒れた背後から、見知った顔が現れる………。
「なにやってるの!?逃げるわよ!!」
「………」
「ケイタさん!!逃げましょう!?」
「………」
「ケイタ!!腐ってんじゃないわよ!!」
ガッ!と乱暴につかまれ、キュリアに引きずられる形で俺はその場を去った。
いつまでも、軽くなった両手を見ながら、シルビアの顔を思いながら………