「まずは、あの方にお目通りしましょうか」

「あの方?」

 

 

 

 

 

ソーマについていき、皇帝の間に入った。

重鎮たちが一斉にソーマ、従者みたいにくっついてる俺を睨む。

もしかして、ソーマってあんま信用ない?

 

 

 

 

 

「ソーマ、新しいスピリットでも手に入れたのか?」

「いえいえ。その代わり、面白い素材を見つけましたよ」

「なに……?」

 

 

 

 

 

皇帝の椅子の脇から出てきた男。

その綺麗な髪に、黒い陣羽織、赤い瞳が印象的な……どこか、壊れたような人だ。

 

 

 

 

 

「貴様か?」

「はい。エトランジェ啓太です」

「……ふ、はは!そうかなるほど!確かにこれはいい素材だなソーマ」

「ええそうでしょう。そこで、彼の育成は私が担当してもよろしいでしょうかね?」

「……ふむ、そうだな。だが、お前のスピリットみたいにはするな」

「なぜでしょう?」

「ソイツがお前1人におさまる器じゃないからだ。スピリットではなくエトランジェだと覚えておけ」

「わかってますよ。それでは、幕舎に連れて行きますが、問題ないでしょうね?」

「ああ。それと啓太」

「あ、な、なに!?」

 

 

 

 

すっかり蚊帳の外だったが、いきなり話しかけられた。

 

 

 

 

 

「つまらんことは考えないほうが、身のためだ」

「それって、どういう意味」

「わかるだろう?」

「……わかっちゃうんだよね、わかりたくないんだけど」

「ははは!それじゃ、ボクは佳織のところへ行ってくる」

「佳織……家族っすか?」

「貴様!!勝手に呼び捨てにするんじゃないッ!!!」

「う、は、はい。佳織さん、ですよ」

「ふ……家族なんてちんけなもんじゃないさ。ボクの佳織は……」

「……」

 

 

 

 

 

どうやら、こいつが戦う理由にはその佳織、という人が関わっているみたいだ。

それも、激しく歪んだ愛を向けるようだから……女性。

 

 

 

 

 

「貴様ら!後は勝手にやっておけ。ミスをしたら死刑だということを忘れるな!お前らみたいなクズの代わりなんていくらでもいる!!」

 

 

 

 

とんでもないことを言い放って、皇帝の間から去っていく。

 

 

 

 

 

「そういえば、彼の名前って?」

「エトランジェ……シュン。全く、優雅のかけらもないヤツですよ。その愛情は純粋かつ美しいですけどね」

「………あれ?そういえば、帝国っつーんだから皇帝とかは?」

「そんなヤツいませんよ。まぁ……いると言えばいますがね」

「??」

 

 

 

 

 

皇帝がいない?

なのに、帝国と名乗ってる?

 

なんで?

 

 

 

 

 

 

「さぁ、幕舎へいきますよ」

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここが、今日からあなたの部屋」

「ここですか。案外いい部屋っすね」

 

 

 

 

家具は一通り揃っている。

トイレや洗面所まである……ホテルみたいだ。

 

 

 

 

「それと、この子が今日からあなたの世話をしてくれますよ」

「へ?」

「ヨロシクオネガイシマス」

「………」

 

 

 

 

開いた口が塞がらなかった。

さっき、戦っていたスピリット……綺麗な青い髪を、ポニーテールにしてまとめている。

だが、その体は微動だにせず直立して、口調まで機械的だった。

 

 

 

 

「雑用は全て彼女に任せなさい」

「え、でも………」

「まぁ、あれこれ言いませんが……一言で言うなら、好きにしなさい。ただし、第一に考えるのは私、ですからね。限度がありますが」

「………」

「私はこれから用事があるので、それでは」

 

 

 

 

 

ソーマはそのまま俺の部屋から去っていった。

残っているのは、未だにドアに立ったまま動かないブルースピリット。

つい、頭を掻いてしまう。

 

 

 

 

「とりあえず、入って」

「ハイ」

 

 

 

 

ブルースピリットを中に招きいれ、扉を閉める。

やっぱり……と、思ったとおり、部屋の真ん中で直立していた。

 

 

 

 

 

「……えと、自己紹介しよっか。俺は大川啓太」

「……」

「お〜い?キミは?」

「……ナマエハアリマセン」

「え!?」

「スキニオヨビクダサイ」

「う、う〜んと……それじゃぁねぇ………シルビア、うんこれでいこう。シルビアな」

「ハイ、シルビアトオヨビクダサイ」

「……あのさ、もうちょい俺みたいに、言葉に強弱とかつけてごらん?」

「ハイ?」

「これくらいの命令、いいでしょ?」

「……わかりました。これでいいでしょうか?」

「そうそう!うまいじゃない!さて……それで、何をしようか」

 

 

 

 

 

 

部屋に通されたのはいいが、何をしていいかわからない。

そういえば、この世界の規則や常識を、何も知らない。

 

 

 

 

 

「ま、いっか。ね、シルビア」

「なんでしょう?」

「そこ、その椅子に座っていいよ」

「失礼します」

 

 

 

 

ゆっくりと腰を下ろすシルビア。

初めて彼女と向き合い……めちゃくちゃ美人だということに気づく。

 

 

 

 

 

「うわ、美人……てか、この世界は美人多いな」

「……美人とは?」

「綺麗な人の、最上級の表現。要は、褒め言葉」

「では、ありがとうございます……でいいのでしょうか?」

 

 

 

 

妙な言い方をするシルビア。

どうやら、そういったことをスピリットには言わないらしい。

 

 

 

 

「シルビアは今、どう感じてる?」

「え?」

「ちょっと嬉しいな、とか。うわ、口説いてるよ、とか」

「……前者、に近い……と思います」

「だから、そのまま【ありがとう、嬉しい】って言えばいいんだよ。シャコジって場合もあるけどな……はは」

「ありがとう、嬉しいです………」

「……え、やべ」

 

 

 

 

 

ちょっぴり俯いて、頬を染めて呟くように言うシルビア。

それがすごく可愛い。

 

 

―――ひょっとして、強制的にこんな目にあってる俺ってラッキー!?

 

 

 

 

 

「どうかされましたか?」

「い、いや……可愛いな、と」

「……それも、褒め言葉でしょうか」

「あ、あぁ……そうだよ……(照)」

「そうですか。嬉しいです」

「……だ、ダメだ。このままだと……溶けてしまいそう」

「?溶けて……熱があるのですか?」

「ああ……まぁな。ちょっとした熱だ。これは【お熱】的な熱だ」

「布団でお休みください。氷と水を用意します」

「あ、ちょい……ってもういねぇし」

 

 

 

 

照れ隠しにシルビアに背を向けていたら、すでに消えていた。

主の言うことが絶対……主の言うことが全て………。

 

その塊が彼女なのだろう。

 

 

 

 

「……ま、どうせ…………」

 

 

(短い付き合いだからな………)

 

 

 

 

 

 

絶対に、それを口にはしない。

誰かに聞かれる可能性もあるし、さっきから妙な気配を感じる。

たぶん、誰かが見張っているのだろう。

 

 

 

 

 

 

「氷と水をお持ちしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……」

 

 

 

 

カノンを使って見張りをかいくぐり、俺は林に来ていた。

ここに、おそらくいるはずだ Byカノン。

 

耳を澄ますと、綺麗な歌声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あぁ、どうして消えてしまうの

 

―――なんであなたは何も言ってくれないの

 

―――私はずっとあなたを見ていた

 

―――だからわかるあなたは隠してる

 

―――私はわかるあなたのことは

 

―――だってあなたが一番大切だから

 

―――だってあなたが奇跡を起こしてくれるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい詩だね」

「!誰!?」

「俺だよ俺。えと、啓太」

「……あなた、昼のエトランジェ」

「そうそう」

 

 

 

 

メルフィーは警戒しているようなので、あまり近づかず話す。

 

 

 

 

「毎日、謳ってるの?」

「……はい。ずっと……約束しましたから」

「誰と……は、聞かなくてもわかる。メシフィアだろ」

「はい。彼女と約束したんです。彼女が戦い続ける限り、私は謳い続けると」

「……」

「でも……もう、やめます」

「なんで?」

「……敵、ですから」

「……あのねぇ、それでいいの?」

「あなたに何がわかるんですか!!!」

「………」

「ぁ………」

 

 

 

 

大声で叫んだ後、はっと気づくメルフィー。

俺は、きっと今冷たい目をしてると思う。

 

 

 

 

「俺が嫌いか」

「!!」

「なんでエトランジェなのに、こっちにきたの」

「……」

「メシフィアをなんで護ってくれなかったの」

「……て」

「なんであの場所で戦わなかったの」

「……めて」

「なんでソーマたちを殺してくれなかったの!?そうすれば私はメシフィアの所にいけたのに!!!」

「やめてっ!!!」

 

 

 

 

 

お互いの声が林に木霊する。

しばらく、お互い無言の時間が続いて…………

 

 

 

 

 

「甘えるなよメルフィー」

「え……?」

「メシフィアは頭領で、本当は寂しくてしょうがないのに、それを知られるとみんなに不安を与えるからって、一人でキリッと平気な顔してる」

「………」

「それを自治団体のヤツらは何一つ理解していなくて、ずっとアイツ1人に重荷を背負わせて……親友のあんたまで荷物背負わせるつもりかよ!?」

「……っ!」

「そんなんが親友って言えるのかよ!?一方的によっかかって!アイツ苦しめてるだけじゃないか!!」

「じゃぁなんで!?そこまでメシフィアのことわかってるのに!!なんで戦ってくれなかったの!?」

 

 

 

 

 

また、お互いの声が林に響き渡る。

お互いをにらみ合い、メルフィーが涙をながしていることに気づく。

 

 

 

 

 

「メシフィアが嫌いだから」

「え?」

1人だけ生き残ればいい、なんてくだらない前置きして、自分にウソつき続けて、勝手にただでさえ重たい荷物にさらにおもりを置いて」

「………」

「俺の好みと正反対なんだよ。自分に素直で、絶対の自信を持ってて、真っ直ぐ前を見て、どんな障害でも笑って乗り越えて……」

 

 

 

 

 

心の中に、影が浮かぶ。

ハッキリとは出てこない、遥か昔の彼女の姿。

 

 

 

 

 

「人と関わるってのは、命がけなんだよ。それをウソで固めて完全に壁作って。そんなヤツのために命をかけるなんてバカげてる」

「……」

「逆に聞くけど、なんで親友のお前は何もしないんだ?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

パシュッ!!

 

俺のすぐ横にある木に、矢が刺さった。

矢文がついてる。

 

 

 

 

 

「敵!?」

「違うよ。仲間。んで、ホラやっぱり」

「え?」

 

 

 

 

 

矢文には、メルフィーの家族が捕まっていないことが書かれていた。

実際は、今もラキオスという王国でみんな平和に暮らしているらしい。

まぁ、戦争中だから平和っちゅーこともねーんだろうが。

 

 

 

 

 

「なんでウソついてまで、アイツにくっついてるんだ」

「………」

「………」

「なんでウソだって気づいたの?」

「別に……人質に捕らえられてるってことで、メシフィアの敵になった」

「……」

「なのに、お前は言ったじゃないか。ソーマに逆らうようなこと、大声で。こりゃ変だなってことで、調べてもらったんだ」

「………」

「どうしたんだよ?」

「……私、ダメなの」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ハーフなの

 

 

 

「は?そんなこと―――」

「スピリットと人間の……」

「!!!!!!」

 

 

 

 

彼女の父親は元訓練士だったらしい。

そこで、ホワイトスピリットと出会い、恋に落ちる。

彼は相当な信頼を得ていたが、それが発覚し、彼女が私のせいで……と思う前に、自分から訓練士をやめた。

そして、今はラキオスの微妙にはずれた場所で住んでいるそうだ。

 

 

―――キュリア、そんなこと矢文に書いてなかったぞ………!!

 

 

 

 

 

「普通、スピリットは子供なんて産まない。だけど、生まれてしまった……私がね」

「……」

「それを初めて打ち明けたのがメシフィア。そして、打ち明けても変わらずいてくれたのもメシフィア」

「………」

 

 

 

 

どうりで絆が堅いわけだ。

 

 

 

 

「でも、スピリットじゃない私はスピリットほど戦えない。でも、人間じゃない私は………」

「……」

 

 

 

 

参った。

こういう問題が、実際にあるとは思わなかった。

完全に思考がぶっ飛び、気の聞いた言葉も出てこない。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

そういうとき、俺は一度考えるのを止める。

目を閉じて、深呼吸。

 

そして、単純に考える―――。

 

すると、すぐ答えは出た。

 

 

 

 

 

 

「ソーマか」

「!!」

「そりゃそうだ。ソーマも、ハーフだって打ち明けても態度変えないだろうよ」

「………」

「だから、ソーマを愛してしまった……だから、私は出て行くことができない」

「………!!」

「たとえソーマが善人じゃなくても、私にとっては唯一の存在なの、ってとこだろ」

「……そう。私は彼を愛してる……今でも」

 

 

 

 

苦虫を噛んだような顔をして、吐き出すように紡ぎだされた言葉。

それが、あまりに痛々しい。

 

 

 

 

 

「………そろそろ、目、覚まそうぜ」

「え?」

「自分の境遇を嘆いて、それで何が変わった?同情された?一緒にいてくれた?それがお前を思ってのことだって、本気で思ってるのか?」

「……」

「違うだろ?お前が求めてる人は、たった一人しかいないだろ?」

「……怖い」

 

 

 

 

 

彼から離れて、メシフィアだけ信じて生きるのが怖い。

そしたら、彼女の重荷になってしまう。

それこそ、抱えきれないほどで……

 

 

 

 

 

「………あきれた。今でも十分メシフィアの重荷になってるくせに」

「……ねぇ啓太」

「ん?」

「どうしたらいいの……?もう、わかんないよっ……!!」

 

 

 

 

 

泣き崩れ、座り込んでしまうメルフィー。

顔は手で覆われていて見えないが……

 

きっと、止められない涙でぬれている。

 

 

 

 

 

 

「……悩めばいいんじゃないの?」

「え……?」

「俺が言ったとおりにしたら、小さな障害で挫けるよ?自分で悩みぬいて出した答えなら、それが自分の自信になって、小さな障害じゃ挫けない」

「………」

「そういうモンじゃねぇの?人間って……メルフィーっていうヤツはさ」

「………啓太」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――嘆いたって何も変わらない

 

 

―――だから、自分で変えてみようよ、一歩勇気を出して

 

 

―――君なら、できる

 

 

―――辛くて、どうしようもなくなったら、君が休める居場所を、俺が作る

 

 

 

 

「逃げる人なんかにこんなことしねーけど、自分から歩いて、頑張る人は……俺は、心から応援したいと思う」

「啓太……」

「あとさ」

「え?」

「メシフィアの次でいいから、俺も信じてくれよ。信じられないってんならしょうがないけど、俺はメルフィーを信じてるから」

「……」

「なんつーのかな……俺個人の感情だと、メシフィアと君が本当に敵同士になるのは、どうもイヤなんだ。もったいないじゃないか」

「え?もったいない?」

 

 

 

「これだけ信じあってる親友なんて………そうそういるもんじゃないから、そういう2人って。俺は好きだな、そういう関係が」

「……あのさ」

「ん?」

「ありがと……少し、考えてみます。あなたを信じて」

「………照れるから、もう少しひねくれてほしいもんだ」

 

 

 

 

 

照れ隠しにそう言って、俺は林から出た。

急いで戻らないと、見張りにバレてしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

{ケイタ}

「あん?なんだよ?」

{最初からこのつもりでサーギオスに?}

「違うわボケ。何勘違いしてんだよカノン」

{違うのか}

「サーギオスが一番つよそうだから、生き残れるかな?って思っただけだ」

 

 

 

 

そう言うと、カノンはくっくっ、と笑った。

むっとして、むかつく感情をカノンに流し込む。

 

 

 

 

{……本心ではないことがわかるぞ}

「人の心を読むんじゃない」

{繋がってるから勝手にわかるんだ}

「くそ……」

{でも、ソーン・リームのヤツらは理解してくれるのか?}

「いいよしてくれなくて。俺の世界じゃないから、ここは」

{……お前も壁作ってるじゃないか}

「そのうち取るさ。まだ、始まったばかりだ。この世界は」

{……そうだな}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その翌日………

 

 

林で、矢文を受け取った。

そこには、準備OKの文字。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、メルフィーの訪問を受けた。

 

彼女の顔をみて、すぐにわかる。

迷いのない、本当に苦しい悩みに決着をつけた人物だけが得られる、すごく魅力的な笑顔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、全ての歯車がそろい、動き出す―――

 

 

 

 

 

 

 

回天という名の時計が………