「なー、キュリア」
「なにかしら?」
メシフィアとアエリアという女性を確認してから数十分後。
その白い大地に囲まれた町を探して俺とキュリアは歩いていた。
「なんでお前、そんな落ち着いてるんだ?ここ異世界だぜ?俺は未だに半信半疑だけどさ」
「……知ってたから」
「へ?」
「出雲にいた時、いろんな世界があるって聞いてたから。別に、驚くことじゃないわ」
「……なー、気になってるんだけどさ、出雲って……何?」
「……知らないままのほうが幸せよ」
「俺を殺そうとしてる組織なんだろ?」
「それは間違いね。周囲に被害を出そうとも、あなたを組織に引き入れる。それが、狙い」
「……なんで?って聞いても無駄?」
「無駄よ。ついでに無駄口も終わり。着いたわ」
「………ここか」
あの2人の女性が誘導してきた町。
ソスラス……?
「なんて読むのここ?」
「わからないわよ。あなたに分からなくて私がわかるはずないでしょ」
「そりゃそうだ」
アハハ、と笑ってしまう。
ここが異世界……少なくとも、自分の知ってる土地じゃないことが確かになり、笑ってしまう。
{ソスラスであってる……}
「え?だ、誰!?」
突然後ろから声がした。
しかし、声の主はいない。
さっきから妙な気配がするが……
それとは違う、何か。
というか……声は後ろからというより……直接響いたような。
そう、カノンと会話してるときのように。
「でもカノンは女の声じゃないし……」
{1人で何をブツブツ言ってるんだ?}
「カノン、今声しなかった?」
{あぁ、詩音のことか?}
「……シオン?なにそれ?」
「あぁ、それなら……これよ」
{驚かしてしまったようだね……すまない}
「……?この弓?」
キュリアが弓を突き出してきた。
確かに、この矢に意識を集中させると声が聞こえやすくなる。
{私が詩音。シオンと呼んでくれてかまわないよ}
「は、はぁ……じゃぁ俺も好きに呼んでいいよ」
{そうだね……じゃぁ、啓君にしよう}
「け、ケイクン……。と、とりあえずよろしくな、シオン」
{こちらこそ}
なんだかミステリアスな雰囲気の女性の声。
何を考えているかわからないというか……綺麗な声なんだけど……。
神剣ってみんなこうなのかもしれない。
「それで、どうする?町入る?」
「……もう遅いわよ」
「へ?」
ババッ!!
一斉に町から飛び出してきて、俺とキュリアは囲まれた。
まさに、あっ!という間で、開いた口が塞がらない。
「……」
「どうする?あなたが暴れるなら私も……」
「……いや、抵抗しないほうがいい。殺されかけない。それに、コイツら……相当強いぞ」
「……」
「なんだよ?人の顔じっと見て」
「……随分性格変わるのね。ピンチになると」
「なんだ?逃げるつもりか?逃げたいなら手を貸すぜ?」
俺はバッグから鎖を取り出す。
それを使えば、いくら10人に囲まれていようと二人で逃げることはできる。
でも、ここを凌いだら次は?
居場所なんてない。
「でも、異文化よ?どうやって戦う意思がないことを示すの?」
「簡単だよ。ホレ」
{あ、コラ!!}
俺はカノンを放り投げた。
ブンブンと風を切って、10人の囲いの向こうへ落ちていく………。
ザクッ!!
10人に囲まれて見えなかった、メシフィアという女性の寸前に刺さる。
「……案内よろしく」
「ああ。度胸が良く頭もキレるエトランジェ……」
俺が笑うと、メシフィアという女性も笑った……。
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「もてなしはないが、我慢してほしい」
「温かければそれでOK。それで?」
俺とキュリアは椅子に座る。
向かいにはメシフィアが座り、出口には衛兵が立った。
「まずは自己紹介。私がソーン・リーム自治団体頭領、メシフィア・プルーストだ」
「俺は大川啓太。メシフィアと呼ばせてもらっていいのかな?」
「ああ。では、私はケイタと呼ばせてもらおう」
「……くはっ!こそばゆっ!」
「は?」
下の名前で呼ばれると、こう……背中がくすぐったい。
俺を名前で呼ぶやつは男女問わず多かったが、発音というかイントネーションが違うので新鮮――――んぎゃぁっ!!
「い、いてェ……」
「デレデレしてる場合じゃない」
「きゅ、キュリアケツ抓るのやめて……」
「??話を戻すが、そちらは?」
「私はキュリア・リフレイン。私もメシフィアって呼ばせてもらうわ」
「ああ。私もキュリアと呼ばせてもらう。早速だが……」
「……」
メシフィアが真面目な顔で、両肘をテーブルについて喋る。
「ゲンさんルック」
「は?」
「いや、その態勢が……んぎゃぁっ!!わ、わかったから!わかったから抓らないで!」
抓られた手に力が入る。
思わずのけぞり、手を払って抓られた場所をさする。
「メシフィア、単刀直入に聞くわ。私たちに何を求めるつもり?」
「……自治団体に入らないか?」
「へ?」
「エトランジェならば、衣食住の保障が欲しい。私たちも、いざという時の戦力が欲しい」
「………つまり?」
「この世界は今、混乱を極めている。ラキオスが北方五国を統一し、今度はマロリガンとの大国同士の戦いが起ころうとしている」
「……」
「要はアレだろメシフィア?場所を提供するから、俺たちに戦え、と」
「そうだ」
とは言え、なぜ俺たちの力が必要なのだろう?
ここへ連れてこられる限り、とても戦争の渦中の町とは思えないほど穏やかだ。
それに、エトランジェという存在がどういうものなのか知っているなら、戦えないこともわかるはずだ。
「俺たちをエトランジェって呼ぶけど、エトランジェってカノン……神剣から聞いた話だと、異世界から来りゃ、みんなそうなんだろ?」
「そうだが……」
「前のエトランジェが凄かったんだろうし、悪いけど俺、戦えない。だから、この話はパーってことで」
「……啓太、それでいいのね?」
「ああ。キュリアは残りたければ残っていいぞ。俺は、見ず知らずのヤツらのために誰かを殺せなんて、イヤだね」
「いいえ、私も行く。あなたを護らないといけないから」
「好きにして。そういうわけで、メシフィア」
「……行かせると思うか?」
衛兵がその手に持っている剣を構えた気配がした。
背後は囲まれ……たぶん、出口のドアの向こうにも、何十人と待機してる。
それだけの殺気がひしひしと感じられた。
「もしどこかの国に渡ることになるのだとしたら」
「したら?」
「………」
グバッ!!!
一瞬で間合いを詰められた。
テーブルの上の食事がはじけとび、皿が次々と割れる。
そして、腹部に衝撃と共に熱源………
「……」
「残念だ、エトランジェ。ここで朽ちろ」
「メシフィア、残念だったな」
「なに?」
ドダダダッ!!!
あわててこの部屋に向かってくる足音。
勢いを殺さず、そのままドアが開いた。
「メシフィア!大変だよ!!フェアリー隊が来たの!!」
「なに!?ソーマか!!」
「ど、どうするの!?」
「アエリア!すぐに兵を集めろ!全戦力だ!ヤツの部隊に惜しみは死を意味する……!!」
「わ、わかった!!」
4枚の翼を持った少女は急いで戻っていく。
そして、メシフィアの目がこっちに向いた。
「知っていたのか……!!」
グイッ!と襟首を掴まれた。
俺はにたっと笑う。
「ずっと尾けてくる気配がしたからね。妙に気配が薄いヤツらだったから、不気味で相手しなかったんだ」
「くっ……!」
「そのあわてよう、随分と強敵みたいだ」
「貴様……ッ!!」
「俺にかまってる暇ないだろ?仲間が死んじゃうぜ?」
「………私は、自分さえ生き残ればそれでいい。他人なんて助けない」
メシフィアは悔しそうに顔をゆがめて、乱暴にドアから出て行った。
「やるじゃない、啓太」
「キュリア、なんで助けてくれないんだよ?電磁ムチ使えただろ」
「何言ってるの。腹、刺されてないじゃない」
「あ、バレた?」
ナハハ、と笑って腹から血のりパックを取り出す。
彼女の剣がかするようにして、パンパンにしてあった血のりだけを破裂させた。
あとは腹を見られないようにすぐ倒れれば偽装はOK。
「さ、逃げるわよ」
「……なぁ、フェアリー隊ってなんだ?」
「さぁね。どこかの国の部隊なんじゃない?」
「……そっか。じゃ、出ますか」
俺とキュリアは部屋を出た………。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ソーマ……!!」
「おやおや、美しさに欠けるメシフィアではないですか」
「何をしにきた!!」
「そう構えないでください。事を荒立てようとするのはあなたの悪い癖ですよ」
「で!?」
「……全く。用件とはコレです。まぁ単刀直入に言えば、全スピリットを【断る!!】……」
ソーマの顔がゆがんだ。
それは、強いて言えば笑みに近かったかもしれない。
ソーマが指を鳴らすと、ツカツカと女性が歩いてくる。
綺麗な銀の髪をさらりと後ろに流し、大き目のリボンで止めたおおよそ戦場には似合わない女性。
その締まったウエストに見事な脚線美、綺麗でまとまった小顔。
優しそうで、どこか遠くを見透かしているような水色の瞳。
「!!」
「お久しぶり………メシフィア」
「メルフィー!!お前、どうして……!!」
「私がスカウトしたのですよ。裏切り者のメシフィアの大親友、だから、ね?」
「ソーマ貴様ァ……!!!」
「メシフィア、大人しくスピリットたちを投降させて」
「……できない」
「メシフィア!!お願いだから……っ!!そうじゃないとあなたが!!」
バッ!とメシフィアを囲むスピリットたち。
どれも動きは洗練されていて、無駄なことは何もしない。
まるで、操られ同じことを繰り返すマシンのように……不気味なほど綺麗だった。
「フェアリー……貴様スピリットに何をした!!」
「正しい道に導いただけですよ……そう、正しい道にね……」
「メルフィー!!お前なんでこんなヤツの言いなりになるんだ!?」
「……私の家族、人質にとられてるの……」
「なっ……!!」
「そういうことですよメシフィア。大人しくスピリットを渡しなさい」
「………」
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「おうおう、なんかヤベーんじゃねェの?」
「だからさっさと去ろうって言ったのよ。見てしまったら逃げたくなくなるって」
俺たちはずっと茂みに隠れてみていた。
どうやらカノンが何かしてくれてるらしくて、気配が察知されることはない。
「ほら、見ず知らずの人のために誰かを殺したくないんでしょ?」
「……」
「……啓太、まさか」
「悪いなキュリア。……見ちまったから」
「何を?」
「……メシフィアのこと、アエリアのこと、そして親友っていうメルフィーのことも」
「ま、まさか……本当にいくつもり?」
「そこで、頼みあんだけどさ……ゴニョゴニョ」
「……それを私にやれ?」
「そうそう。お前もエトランジェなんだろ?ピンチになったら俺が助けにいってやっから」
「……はぁ、とんだ貧乏くじね。それじゃ、頑張りなさいよ」
「ああ」
キュリアは神剣シオンを持って去っていく―――。
(さて、あとは俺が出て行くタイミングなんだけど………)
「メシフィア!!」
「すまないメルフィー……それでも、それでも……っ!!あそこにいるスピリットみたいなヤツは……もうふやしたくない!!」
「メシフィア………」
「交渉決裂……そういえば、ここにエトランジェが来ましたね?」
「!!」
「しかも2人……エトランジェを渡せば、スピリットはとりあえず、というのはどうでしょう?」
「……あの2人は………」
(よっしゃ、ここだここ!!)
俺は茂みから姿を現した。
「オウ、呼んだ?」
「!!お前!どうしてここに!?」
驚いたメシフィアの質問に答えず、俺はソーマに近寄った。
剣に手を置かず、まるで部下が上司に向かって歩くように………。
「ほほぅ……あなたが」
「エトランジェ啓太です。ソーマさん、俺を部下にしてくれませんか?」
「!!啓太!!お前なにを!!」
「だって、お前らみたいな弱いヤツについたって、長生きできねーだろ?」
「ふむ………」
「メシフィア、お前さ、さっき【自分さえ生き残れればそれでいい】って言わなかった?」
「!!」
「そんなことを言うやつが、あんな行動取るなんてね。ビックリだった。お前の言うとおりだ」
「なに……?」
「俺も自分さえ生き残れればそれでいいさ。だから、自分から重荷を背負うなんてやってらんないね」
「……」
「もう少し、素直になったら?それでソーマさん」
「……いいでしょう」
しばらく考えた後、ソーマはそう言った。
どこか、まだ俺を疑う眼を向けているが、それもすぐ終わるだろう。
「ホントですか!?」
「今戦っているエトランジェ……ユウトとコウインと言いましたか……あの人たちと違って、あなたは随分見込みがありますよ」
「ありがとうございます!」
「そう……他人を庇うなんてあり得ない。だから、私は私だけを護り、自分さえなくした妖精たちを育てた」
「……」
(ケッ!ヘドが出るぜ……おっと)
ソーマの言い分に腹が立つが、顔には見せない。
少し嬉しそうな顔をしておく。
「彼女たちこそ、主のために働き、主のために動く……なんて美しい妖精」
「……おっしゃるとおり」
「啓太、と言いましたね。あなたにもその覚悟があるかどうか、見定めさせてもらう」
「へ?」
「あなたがエトランジェというなら……彼女を刺しなさい」
「え?」
メシフィアに指を向けるソーマ。
「さすがに殺すことは、今のあなたでは無理でしょう」
「……やってやれないことはないと思いますが、無理はしたくないですね」
「ですから、彼女を倒す……それでいいです。そしたら、入隊を認めましょう。そしたら、フェアリー隊の部隊長にしてさしあげましょうか」
「ありがとうございます。………メシフィア」
俺はカノンを抜いた。
そして、メシフィアに真っ直ぐ向ける。
「ふん……その程度の男だったのか」
「悪いな。俺は自分さえ生き残れれば、それでいい」
「!」
「行くぜ」
「ケガしたお前に何ができる!!」
バッ!!
一瞬で間合いを詰めた。
まるで、自分の体じゃないように軽く動く。
これが、カノンの力……!!
そして、構えたまままだ動かないメシフィアに、剣を突き刺した!
「がはぁ……ッ!!な、なぜ………!!!」
「安心しろ……傷は重症にならないように狙った」
「なに……?」
「重荷を一度置いて、周りをよく見るんだ。そこには、何がうつってる?」
「………」
「その重荷……俺にも少し背負わせてくれ。しばらく、おやすみ……」
「う………」
そのままカノンをビュッ!と引き抜いた。
メシフィアの体から血が吹き出す!!
「メシフィア!!啓太君……!!」
「アエリアだっけ……お前な、もう少ししっかりしろ」
「なにをっ!!?」
「そんなだから、メシフィアが1人で重荷抱えこんじまうんだよ……」
「え………」
「ソーマさん!!こんなもんでいいっすか?!」
「いいでしょう。力量も十分。さて、帰りますよ」
「はい!!」
俺はソーマさんにくっついて、白い大地を後にした。
背中に突き刺さる、数え切れない憎悪と怒りの目を避けながら………。
そして、俺はある国へつく。
まるで生気を失ったかのような、毎日がつまらなくてたまらなそうな顔をした住民。
そして、よくわからない世界の【常識】をありのままに受け入れている兵士たち。
そんな、サーギオス帝国という国へ…………