そう……それはケンカ。
曲がったことにどうしても納得できず、相手に詰め寄るドラマの主人公……みたいなものではなく
ただ……相手のことがむかついて、相手もこっちをむかついていて……
そんな、単純なケンカだった…………。
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「え?なに?優菜とケンカしてんの?」
「うっせーぞ光陰、黙ってろ」
「珍しい、を通り越して有り得ないわね。どうしたのよ?」
「原因はなんだよ?」
「うるさい今日子も悠人も。ほっといてくれ」
「原因くらい話せ」
「優菜は俺をむかついて、俺は優菜にむかつく。それで十分」
「……そうじゃなくて」
「もういいだろ、こんな話」
マトモに話そうともせず、そのまま部屋に戻っていく祐樹。
朝食はまだ半分以上残っていた。
「優菜?どうしたの?」
「なんでもありません。気にしないで」
「……優菜も怒ってるぞ」
「怒ってないです。みんな勝手な想像しないでください。それでは」
祐樹の真向かいに座っていた優菜も腰を上げ、朝食を残して部屋に戻る。
―――祐樹と同じ部屋なんだから、こっちにいればいいのに。
だが、ケンカとは冷静さを見失わせるもの。
そんなことを考えるのなら、相手のことでも考えているというもの。
そして、しばらくして――――
「………」
「………」
部屋は緊迫感で破裂寸前だった。
いくら心臓に毛が生えた人間でも、この空間には耐えられないだろう。
「……ゆ」
ガチャン。
優菜が何か話そうとすると、こうして俺は逃げる。
何も聞きたくない、話したくない。
俺がなにしたってんだ?
なんでそんなに怒るんだよ?
そう考えるとイラついてイラついてしょうがない。
「あ〜ぁ……なんか荷物放り出したくなっちまったなぁ………」
――――その後
ずっと、俺は優菜を無視し続けた。
何が原因でケンカしたかなんて、とっくに忘れた。
今あるのは、優菜が面倒な存在と思っている心だけ。
―――話しかけられそうになれば顔を逸らして逃げ
―――手を振ってきたらわざと道を変えて移動したり
―――隣に座ってきたら、さっと逃げる
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「……なぁ祐樹、いい加減仲直りしたらどうだよ?」
「うるせぇ」
「お前な、見てるこっちの方が胃が痛くなるってーの。ケンカは勝手だけど、周囲に迷惑かけんなよ」
「かけてない」
「ウソつけ。ソフィちゃんだとか、すごく辛そうな顔してるじゃないか」
「ぅ………」
光陰もズバズバ言って、心に突き刺さる。
確かに、ソフィとかキアラとかには迷惑かけてる……けど………さ。
でも、だからって言って……くっそ。
「優菜は仲直りしたいから、お前に話しかけてきてるんじゃないのか?」
「………」
「それをお前、逃げて避けて……優菜、寂しいんじゃないのか?」
「悠人、お前言いたいこと言いすぎ。黙れ」
そんなこたぁ……わかって………るよ………
「黙らない。わかるか?俺たちじゃダメなんだよ。俺たちがいくら優菜と話しても、アイツは全然笑ってくれないんだよ」
「表面的には平気な顔してるけどな。でも、すごく弱々しい顔を隠してるのがわかる」
「………」
「アイツの心の支えはお前なんだよ。この、いきなりワケのわからん異世界に飛ばされて、そこで生きていけるのはお前がいたからなんだよ」
「それを、お前が彼女を支えなかったら、人は弱いからすぐ折れる。そんな思いさせていいのか?」
「うるさいな!放っておいてくれ!!!」
俺は怒鳴り散らして部屋に戻る。
幸い、優菜はいなかった。
ベッドに寝転がる………。
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「………」
公園でブラブラする。
部屋にいても、彼は帰ってこない。
あの、温かくてほっとする笑顔を向けてくれる、彼はもういない。
私が消してしまったんだ。
「……祐樹君」
「あらあら、独り言ですか?」
「っ!!あなたは……っ!」
白き法皇……
杖を持ち、プカプカと浮かんで薄い笑顔を向けてきた。
きっと睨み返すも、私にはどうしようもない。
「そう構えないでくださいな。戦いにきたわけではありませんから」
そう言いながら、だんだんと近寄ってくる法皇。
そのプレッシャーが警戒心を呼び覚ます。
「ゆう【彼を呼ぶつもりですか?彼の心はもうあなたに向いてないのに?】………っ!!」
テムオリンが私の声に重ねた。
その言葉が、重く喉にのしかかって、声が出なくなる。
「可哀想に……見捨てられてしまったんですね」
「み、見捨てられてなんか……!!」
「甘い幻想を抱くのはやめることですわ。現に彼はあなたを護ってないではないですか」
「…っ!」
「人の心とはそういうものでしょう?彼の心は今、あなたへの憎しみで溢れている」
「………」
「今まで押さえつけていた、重責が一気に流れ出てきたのでしょうね。なんで俺がお前を護ってやらなくちゃいけないんだ―――」
「!!!」
――――や、やめて
――――その言葉だけは………っ!!
――――聞きたくないっ!!!
「お前なんか、いなくなっちまえばいいんだ――――」
「っ!!!!」
「今の彼の本心ですわ。信じられないなら、彼に聞いて御覧なさい?それができれば……の話ですけどね?フフフ………」
「い、いや………」
「あなたも彼を信じなければいい、それだけの話ですわ。ふふ、これがタキオスを長年苦しめたエターナルだというのだから、笑えますわね」
「私……私は………っ!」
「さらばですわ。軟弱エターナルさん………」
「っ!!」
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「なに?優菜がいなくなった?」
その一報が届いたのは、早朝だった。
「祐樹!なんで気づかなかったんだよ!!」
「は?」
「お前一緒の部屋だろうが!!」
「うるせぇよ光陰。昨日は早く寝ちまったんだ」
「ぉ、お前……っ!そんな言い方ねぇだろ!!」
「落ち着け光陰!今の祐樹に何言ったって無駄だ!」
「そうよ。それより探すわよ」
「ちっ……!祐樹、オメー最低だよ」
「………」
光陰はいらだったように地団駄を踏んだ。
「お前の目は腐ってる!!優菜がどれだけお前を信じて、ずっとあの部屋に1人でいたのか、気持ち考えたことあんのか!!」
「………」
「お前がどれだけ辛い思いをしてるか知ってたから!どれだけ自分のために戦ってくれているか知ってたから!!」
「………」
「だからお前に不安を与えないようにっ!って笑顔でいつもお前を迎えてたっ!!本当は、寂しいよって!そう言いたかっただろうよ!!!」
「………」
「優菜はそれを我慢して!ずっと寂しさと戦って!!お前の顔を見ると本当に幸せそうな顔をして……それなのにっ!!それなのによぉっ!!」
「………」
「それなのにテメーって野郎はっ!テメーって野郎は………っ!!!くそっ!!いくぞ悠人!今日子!!」
最後には言葉に詰まって、悪態をついて部屋を出て行く光陰。
それを見送る………。
「すき放題言いやがって………」
俺はぼそっと呟き、部屋に戻った。
ふと、優菜がいつも座っていた机が目に入る。
―――あっ、お帰りなさいっ。平気?どこも怪我は……ない……?
「っ!!」
机から歩み寄ってくる優菜の幻影が見える。
頭から振り払い、その机を拝見させてもらう。
「?これは………日記?」
素朴な手帳。
そこには、綺麗で繊細な字が並んでいた。
初日は……俺が初めてラキオスのエトランジェとして戦った時からだ。
悪いとも思わず、俺はそのまま読み進める―――。
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「………」
ソーン・リーム自治区をゆっくりと歩く―――。
雪を踏むシャリッという音しか聞こえないこの場所。
「………はぁ、はぁ」
息を吐いて、凍える手を温める。
いきなりテムオリンにここへ飛ばされた。
何が狙いか……たぶん、凍死。
「絶対に……帰る……んだから………」
―――どこへ?
そう、自問する自分がいた。
だって、私の帰る所は………
―――あの人のトコ?
そう自問する。
だって、私にはあの人の傍しかない………。
たとえ嫌われても……心が私を向いていないとしても………
「……寒い………」
空が曇っている。
あ、と思うと、雪がしんしんと降り始めた。
たまに首筋に触れ、ひやっとする。
それほどに、大粒の雪。
「………あ」
白いウサギ……もとい、ハクゥテ。
本当はもっと別の呼び方があるのかもしれないけど、祐樹君が前にそう呼んでじゃれついていた。
「………」
じっとこっちを見つめて動かない。
少しずつ、ゆっくり近寄っていく………。
「独りなの……?」
低く唸って、私の伸ばした手を見つめる。
警戒してるようだ。
「おいで……怖くないから………」
ぐっと手を伸ばした。
そっと……包み込むように………
そいつは、ビシッ!と私の手を引っかいて逃げていった。
「いたっ……!血が………」
真っ赤な血が、一面銀色の地面に落ちてシミを作る………。
「………うっ、だめ……っ、泣かない……っ!」
止めようとしても、止まらない。
目から、次々と温かい雫が地面へと落ちる。
「さび……しい……よ……っゆ……くんっ……!」
小さな声で、初めて言ってしまった。
今まで、ずっと彼に迷惑かけないように、と押し込めた気持ち。
言ってしまうと、もう涙を止められなかった。
誰もいない、この場所で、温かさを知って………失った。
誰にも聞かれないのに、声を押し殺して泣いた。
ただ、ずっと手で顔を隠して………
気がつくと、雪が降ってこない。
いや、雪は降り続けている。
私のところだけ………?
そうして上を見ると、大きな赤い傘があった。
「傘………?」
「………」
人の気配がして、振り向いた。
―――いた。
私の最も大切な人が。
「……帰るぞ。みんな、心配してっから、な……」
「……うん。でも、どうしてここが……?」
「……わりィ。日記読んじまった」
「え?」
「雪景色、綺麗だよな」
「ぁ………」
ふっと、私の肩に彼の手が回された。
すごく温かくて、彼の体に抱き寄せてくれた。
「そ、その……イヤじゃないなら、しばらく、みてこうか?ここ」
「……」
「あ、さ、寒いなら別にいいんだぞ?」
「私……日記に一緒に見たい、って書いてないよ?」
「お、俺はお前のサンタじゃないっての。一緒に見たいから見ようか?って聞いただけ……ってわかってて言わせたな!?笑ってんじゃねぇ!!」
「無視してた……だから、仕返し」
「ぅ……わ、悪かったよ………」
彼はバツが悪そうに頭を掻いた。
そして、私を見て、微笑んでくれる。
「その……さ」
「?」
「寂しかったら、寂しいって……言いづらいかもしれないけど、言ってくれないかな?」
「え?」
「護るって……戦って、ってだけじゃないと思う。だって、優菜だって俺を護ってくれてるし」
「え?そ、そうなの……?」
「俺、お前がいなかったら、とっくに戦うのやめてたってば……。そんで、逃げて逃げて……だから、今の俺を護ってくれてるのは、優菜だろ?」
「う、うん………」
「だから、その……俺も、優菜のそーいう存在になれたらいーなー、とか。そ、そういうこと!う〜恥ずい………」
「祐樹君…………」
「優菜が寂しいときは、俺が一緒にいたいって思うし、そんな辛い思いさせるために、俺は優菜と一緒にいるんじゃないって言うか…」
「………」
「俺に関しては、そういう遠慮しないでくれよ、な?今更そんな遠慮されると、俺もちょっと……その、悲しいっつーか……わ、わかるだろ?」
「うん……すごく……わかるよ、祐樹君の気持ち………」
彼の服を掴んで、抱きつく。
その温かさが、身に染みて…………涙がまた溢れてくる。
「う………落ち着かないんですけど………」
「しばらく……このままでいさせて………」
「う、うん………」
彼の腕が行き場を彷徨って、ぶらぶらしてるのがわかる。
ふっと抱きしめてくるのかと思えば、止まって引いたり………
「祐樹君……」
「は、はいっ!?」
「少しだけでいいから……温めてくれないかな……?」
「ど、どうすれば?」
「……もぅ……言わせるの……?」
「あ、あ、すんません!」
(ふふ……ここまでしないと……抱きしめてくれもしないんだから………)
彼の腕が私の背中に回される。
しばらく、雪降る中で、そうしていた時間が………すごく、幸せだった。
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「ったく……それなのに」
こんないいムードなのに、ぶち壊そうとする輩がいる。
「……」
それは、スピリットというにはあまりに痛々しく、エターナルというにはあまりに薄い存在。
見た目はスピリットと何一つ変わらないのに、その存在から放たれるオーラは半端ではない。
「テムオリンが置いてったか……やべ……5体もいる………」
「祐樹君………」
隣で、優菜が不安そうに見上げてくる。
だから、俺はあえて思い切り笑った。
「優菜、手、握ってくれない?」
「え?こう……?」
優菜の手が、暖かい。
とても繊細で、小さく、温かい手………。
これがあるから、俺は戦える。
これがあるから、俺は真っ直ぐ歩ける。
「祐樹君……逃げていいよ……?」
「……」
「私を庇いながら戦うなんて………」
「……信じてよ」
「え?」
「俺が勝つって。そう、信じて欲しい。そう信じてくれたら、俺はどんなヤツにだって勝てる。絶対に負けねェ」
「………なぜ?なんでそんなに私を護ってくれるの……?」
「………」
神剣を抜いた。
真っ直ぐ、下段の構え。
「気づいてくれてないんだ?あんなに恥ずかしいこと言ったのに」
「え?」
「好きだから」
「………!!」
「優菜の笑った顔、泣いた顔、怒った顔、困った顔……悲しんでる時、喜んでる時、そんな優菜が、全部好きだから。だから、だよ」
「……」
「好きでもないヤツに、命張るほどバカじゃないって、俺だって」
「うん………」
「そういうワケでさ……信じてくれって」
「……はい!私も……大好きなあなたを、信じます……」
「うん、ありがと。じゃ……行こうか!解放サン!」
{ええ}
永遠神剣に呼びかけ、最初から最大出力でいく。
5体のよくわからない相手に、手加減してたら命取りになる。
「祐樹………あなたは、勝てる……っ!」
「ああ!生きて帰るんだ!」
「はい!2人で、一緒に!!」
「そう!!俺と、優菜でッ!!2人でラキオスにっ!!!」
「「帰るッッ!!!」」
――――二つの心が重なる時
――――人は新たな光と道を生み出す
――――それが世界、それが命
―――――切り拓け、2人の未来
―――――――セレスティアルチェリオ
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「え〜……ただいま帰りましたぁ………ハックシュッ!!」
「平気?祐樹君……?」
「平気じゃない……やべェ、かなりクラクラするわ………」
「このボンクラが、ほら、薬だ」
「サンキューヨーティア……」
「ユウキ様、部屋にすぐ戻られてお休みください」
「わかった……イオの言うとおりにするわ………みんなに連絡よろしく……ぐべェ………」
言っておくが、未だインフラ整わないこの世界で、唯一のショートカットはエーテルジャンプ。
だけど、自治区直結の装置はなかった。
それなのに、どうしてあんな早く自治区にいけたのかというと………ジャンプした後、まぁ、走ったから。
んで、だくだくの汗を軽く拭いて、優菜と会ったわけ。
当然、そう簡単に体が順応できるわけもなく………風邪を引いた。
「うはぁ……ベッド……」
だぱーんとダイブして、布団にもぐりこむ。
「ねぇ祐樹君、何か食べたい?」
「いらねー……」
「じゃぁ飲み物は?」
「二ツ矢サイダーかD・Dレモン」
「?」
「俺の70パーセントは二ツ矢サイダーとD・Dレモンでできてるんだよ……知らんかった?」
「し、知るも何も……」
「まぁ、今は平気………それよか、風邪うつっから近くにいないほうがいいぞ………」
「うぅん、一緒にいるよ。祐樹君は、私が護る。なんちゃってね」
「……性格変わってんぞ……あ、ダメだ、頭が重い……寝るわ……」
「おやすみ、私の………」
「……私の?」
「な、なんで寝ないの!?」
「き、気になるだろ……」
「いいから寝て!」
「わ、わーったよ……んじゃ……おやすみィ………」
その後、光陰たちに怒鳴り込まれて病状が悪化。
仕返しにせきで追い払うと、エトランジェ全員が寝込んでしまうという緊急事態に。
幸いサーギオスがこの状況を嗅ぎつけることはなく、ラキオスはその間だけ平和だったという―――。
そのあと、俺は――――
彼女を追いかけて、エターナルになった――――
おわり