「………」
「どうしたの?ボーッとしちゃって」
「アイビスかぁ……いや、なんでも……」
「水臭い。悩みか?」
「エリスだよ。こう……やっぱ遠慮されてるっつーか」
「あぁ、男性恐怖症な。ありゃ、仕方ないんだよ」
「そういや、どうして恐怖症に?」
「……聞きたいか?」
急に真剣な顔をするアイビス。
ごくっと息を呑み込んで、俺は頷いた―――。
「実はよ、アイツ一度人間に惚れたんだ」
「………え?」
「結構お似合いだったんだけどよ………あ、そいつ技術者な」
「なるほど………」
「エリスはよく手伝いにいって、将来は助手になるんだとか言ってたっけ」
「……」
「でも、よ。その男、エリスを売り飛ばそうとしたわけ」
「へ?」
「スパイだったんだ。確か……ソーマとか言ったっけか。ソーマ?とつるんでたヤツで、その時抵抗したら、その技術者に斬られた」
「は!?」
「今でも傷残ってるんじゃねェか?こう……右胸あたりから、へそにかけて」
「………」
「ま、それで、それ以来男に近寄れなくなっちまったんだ。それがエトランジェであろうと、ね」
「……なるへそ」
「んで、これを聞いたお前はどうするんだ?」
試すような笑顔を見せてくるアイビス。
綺麗だが、ちょっと見透かされているようでむかついたりする。
でも―――
「なぁ、要は、俺が危険じゃないって心から思えるようになれば、克服できるよな?」
「……さぁな。心ってのはそう簡単にはいかないだろうけど」
「………試してみるか。作戦名は……【冷静と情熱の中心で1リットルの涙をながしにいきます】って感じで」
「?なんだそれ」
「そうと決まれば実行だ!アイビス、ちょっくら手伝ってくれ」
「??」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「え〜、仕事もらってきたぞ」
「ほいきた!アイビス読み上げて!」
俺たちは城の食糧庫にいた。
そりゃもう、城のだから目の前にすごい量がある。
ここにいれば、1年間外に出なくてもいけそうなくらい。
「その肉を20キロ、そのあとそこにつんである木箱を3個、食堂へ」
「了解ッ!ふんせっ!!」
鼻息荒く、肉20キロを持ち上げる。
もちろん、神剣の力なんて使わない。
今は、魔法による身体能力アップも解いている。
「重い……でもアイビスに比べたら………」
「お前は本当に、ケンカ売るの得意だな。ほら、オマケに小箱追加」
「んぎゃっ!!」
肉の上に小箱を乗せられた。
う………
「くせェっ!!なんだこの箱!?」
「ん?……………………………………………………………………………………………………………………調味料だ」
「わかりやすすぎるウソつくな。背を向けてんじゃねェぞ!」
倉庫リストを見て青ざめるアイビス。
一体……この箱には何が……ってか臭い。
「ユウキ様……?何をしてるんですか?」
「あ、エリス。今、ちょっと食糧運んでるから、話は後で」
「?」
俺はゆっくりと、確実に肉を食堂へと運んでいく…………。
「ねぇアイビス、あれは?」
「【冷静と情熱の中心で1リットルの涙をながしにいきます】だそうだ」
「??」
「要は、体を鍛えてお前の攻撃に耐えられるようになろうってことだろ?」
「名前から全然連想できない……っていうか、私の攻撃………?」
「ほら、お前がポカスカ投げるから。だから、それに耐えられれば何か変わるんじゃないか?っていうハナシ」
「……」
「アイツもバカだけど、これを見てウダウダ言うほどお前もバカじゃないだろ?」
「………」
そして、食堂から戻ってくる。
「はぁ、はぁ………次は?」
「そこの箱」
「あ、あぁ……そだっけ」
よっこらせ、とかがんで箱を持ち上げて―――――
ボギャッ!!!
「………」
「ゆ、ユウキ?今すごい音がしたけど……」
「ユウキ様、顔が真っ青です。もうお止めになられては………」
「は、はは、haha、HAHAHA!!ま、まだまだ………で、でもさ」
「?」
―――カート使わせて………(泣
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「体力と言えば、マラソン!!つーわけで、内偵がわりに、イースペリア⇔ラキオス往復いってきまーす!!」
「夕飯までには帰ってこいよ」
「………ダメだったらジャンプする」
「OK。じゃ、スタート!!」
アイビスの声にあわせて、ゆっくり走り出す。
イースペリアまで………先はまだまだ長い………ってか、長すぎ………?
「うおー……1人で走るのって、こえ〜……今は神剣もねーし、襲われたら死んじゃうな………」
独り言をブツクサ言いながら走る。
まわりの景色を楽しめたのは………最初だけ。
「はぁ、はぁ………中継地点はまだかぁ………」
途中の町で、ジャンプして先回りしてたソフィたちに出会うはず……。
だが、もう2時間は走っただろうに、町が見えない。
「……2時間じゃまだまだってことかい……はぁ、はぁ………」
―――結局、イースペリアどころか最初の町で果てて、ソフィ達に担がれてエーテルジャンプした………。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なぁユウキ、言っちゃ悪いんだけど、勝算あるのか?」
「……へ?」
食卓で、アイビスと俺が最後に残った。
ま、俺は筋肉痛で食うのが遅かったけど、アイビスは俺を待っていたのだろう。
「お前が攻撃に耐えられて、それでエリスの恐怖って、直るか?」
「……う〜ん、ダメ?」
「なんていうか、根本的解決にはなってない気がする」
「……むぅ〜」
スプーンを加えたまま頭を掻く。
やはり、そうだよな………。
「このままだと、お前が痛い目みるだけじゃないか?」
「……うむむ」
「今までどおり、あまり触れ合わないって暗黙のルールじゃ、なんでいけないんだ?」
「………絶対に秘密だぞ?」
俺はヒソヒソ声でアイビスに話す。
確かに、俺が攻撃に耐えられたからって、エリスの恐怖症が治るか?って言われたら、唸っちゃうね。
そんな希望的観測で、エリスの心の大きな傷が癒えるかって、そりゃ無理かもしれない。
でも――――
―――でも
もし俺が、怪我もしないで、笑ってエリスの攻撃を受け止めたらどうだろ?
お前の力はこんなものか!とか言って、お互い笑えたらどうだろ?
たぶん、触れられない恐怖で一番傷ついてるのは本人なんだよ。
ずっと心にそれを抱えて生きなきゃいけない。
もし、新しい好きな人ができたとして、それで触れられないって、辛いだろ?
だから、まずは俺が、触れられても全然へっちゃら!みたいな男になれば、エリスだって、少しは心が軽くなるんじゃないかな?
そうすりゃ、何か変化があるかもしれないし。
「……なるほどな」
「だから、それを試してみようって思ったわけ」
「……ったく。そうならそうと最初から言えよな」
「あはは、悪い。照れくさくって。そこまで考えてたか!みたいな」
「そこまで考えてやってるなら、全力で協力するよ。エリスの新しい恋の応援もしたいしな」
「!?もうアイツ恋してんの!?そりゃ、俺も気合いれて頑張らないと!」
「……そうだな、はは」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「………いよいよだ」
「……なんでもいいけど、なんで試合みたくなってんだ?」
訓練場で、腕を組んで待つ。
それは、戦いの礼儀でありセオリー。
「ノリだよノリ。世界を回してるのはノリって知らないのか?かの有名なガリレオン・ガリパルト2世もノリが世界を回しているって名言を残した」
「なんだそのミックスな名前は。ガリレオだろ?」
「なんでお前がガリ君を……」
「ガリ君って随分フランクだな、オイ。まぁとにかく、ならノリでこの世界も解決してくれ」
「そりゃダメだ。ノリノリで瞬とか倒しちゃったら、なんだか瞬が可哀想じゃん」
「……来たぞ」
「あ」
扉をあけて、その青い妖精がやってくる。
長い髪を後ろに流し、今日は紐で止めていた。
優しく、強い瞳はガラスのように繊細で、唇はきゅっとしまっている。
「………本当にやるんですか?」
「ああ!モチロン毛!」
「う〜、寒。ま、エリス、今はユウキの言うとおりにしてやってくれ。バカはバカ見ないと直らないからな」
「……わかりました。でも、怪我したら……」
「ふわっはっは!ブワァカめ!!そうならないために俺は鍛えてたんだっつーの!んじゃ、目標を決めるか」
「そんなの決まってるだろ?エリスを抱きしめるまでだ」
「………え!?そ、そこまで!?聞いてないッスよ」
「お前……まさか、手繋ぐだけとか?」
「///」
「………ま、そういうわけだ。頑張れ」
「オウ」
俺は深呼吸した。
この一瞬のために、体を鍛えて……臭い小箱を運んだ。
あの決意から一週間………頑張れ、俺!
「エリス!」
「っ!!」
エリスの肩に手をかけた。
ぱしっ!と払われ、そのまま背負われる。
「ぬおっ!?」
「いやぁあぁあぁッッ!!!!!!!」
その衝撃たるや、土俵から落ちてきた勢いのある力士に潰された感じだ。
床に強く叩きつけられ、一発KO――――うーわっうーわっうーわっ………
「〜〜っ!今のはモロだった……ユウキ、立てるか……?」
「……へ、へへ……体が思ったより痛くない……」
ちょっと体がフラフラするが、全然平気だ。
どっちかって言うと………エリスのほうが心配だ。
「エリス、もういっちょ!」
「ひゃっ……!だ、ダメ………っ!!」
「ぐあっ!?」
今度は手を取った。
すると、足が浮いて俺は振り回される。
「ぬあああっ!!!」
「いやぁあぁあぁっっ!!!!」
……きた。
今度は、ハッキリ言ってヤバイ。
足から壁に激突。
まるで、足と胴体が潰れてカー○ィになっちゃうんじゃないかと心配したくらいだ。
足が痙攣して、プルプルと震える。
「お、ぉおぉおぉ………」
「ユ、ユウキ!平気か!?」
「ユウキ様…っ!ごめんなさい……やっぱり、私には………」
「ま、まだ平気……OK、まだいける………」
足を殴って、壁を頼りに立ち上がる。
気づけば、エリスの瞳には涙がたまっていた。
―――やばい……限界が近いか………?
「もう……もういいです……立たないでくださいよ………」
「へへ………まだまだ。エリスの力ってのは、そんなもんか……?」
「なんで……こんなに頑張るんですか………もういいじゃないですか!私が男性に触れられなくったって!」
「良くない。ってか、エリスが良くても俺が良くない」
「え………?」
「イヤなんだよね。遠慮されてるのがわかっちゃうから。仕方ないってわかってっけど、やっぱ我慢できないね」
「……」
「そういうわけで、もういっちょ……っ!!」
バッ!
今度は一気にエリスを抱きしめた。
ふるふると、エリスの体が震える。
「ユウキ!離れろ!!」
アイビスの声が遠く聞こえる。
エリスの耳元で囁く………悪いけど、愛の言葉じゃない。
「怖くない」
「!!」
「もう一度だけ……信じてみないか」
「………」
「ゆっくりでいい……少しずつでいい。俺は、ずっと隣を歩くから」
「………」
「転んだら一緒に転んで、立ち上がったら俺も立ち上がって、走り出したら俺も走る」
「ユ……様………」
「俺を、心から信じてほしい。俺は、君を裏切らない。もし裏切ったら……なんて言わない。絶対に裏切らない」
「………」
「キミ1人じゃ何も変わらないかもしれない。でも、今からは俺もアイビスも、みんないる。な……?」
「……メ」
「今ここにある俺とキミ。それを大切にして、生きたい……隣にいるだけでも幸せになれるけど、手を繋げたらもっと幸せになれる、そう、思うよ……」
「ダメーーーーーーーッッ!!!!」
一瞬、何が起こったかわからなかった。
気づけば、俺は宙に舞っていて………落ちた。
「うぐ………ダメ、だったか………」
「ユウキ!!しっかりしろ!!」
「………ユウキ様っ!!しっかりして!!」
「へ?」
「あれ?」
俺とアイビスは違和感に気づく。
俺の手は……しっかりと、エリスと繋がっていた。
「ユウキ様!!」
「あ、え………エリス」
「な、なんです!?遺言は聞きませんよ!?」
「……はー、気づいてない……」
「?何がですか?」
「………ま、これでよかったんじゃねェの?」
「かも……あ、結構クラクラしてきた………」
一気に顔から血の気が引いた。
目の前があぜ道にかわり、平衡感覚を失う。
「エリス、膝枕だ」
「え、えぇ!?」
「手握ってんだ。それくらいできるだろ?」
「でもアイビス……って、え?」
エリスが自分の手を凝視した。
そこにある、冷たくなっていく俺の手。
「……ユウキ様」
「あ゛〜……アイビス?それともエリス?ダメだ……わかんね……」
「少し、休んでください……それと」
エリスは正座して、自分の膝に俺の頭を乗せた。
というのは、俺の想像の中だけだったか、それはわからない。
でも、確かに聞こえた。
――――ありがとう
この一言だけは………しっかりと…………
おわり