今イースペリアではちょっとした問題が起こっている。
まぁ、一言で要約するなら……跡継ぎ問題だ。
「ふむ・・・」
俺と部屋に二人きりの王様。
みっともなく頬杖をついて、考え込んでいる。
「シワ、増えるよ?」
「なら、お前はどちらにすべきだと思う?」
「そーですねー……」
俺も答えに詰まった。
現在、第一子にワルキュリアという女性。
第二子にヴァルードという男性。
その、どちらに継がせるかが問題となっていた。
「フツーなら、ワルキュリアなんだろうね」
「だが……あの子は優しすぎる」
「そうだね」
美人で聡明。
知的でボインの超鉄人。
だけど、いかんせん彼女は優しすぎる。
王になったならばそれこそ、時には辛い選択をしなければならない。
それを、彼女ができるとは思えなかった。
「だけど、ヴァルードは第二子だしなぁ……」
「うむ・・・」
ヴァルードもワルキュリアに負けず劣らずの聡明な人物ではある。
それに、戦争というものを理解していて、辛い選択をする覚悟もあるだろう。
でも、第二子なのだ。
「そうだ、ワルキュリアといえば」
「?」
「お前と話したがっていたぞ」
「俺と?」
「随分優しくしてあげたそうじゃないか?」
「・・・」
「娘は、そう簡単にはやらぬ」
「いらん。じゃぁ会ってくるよ」
「いらんとはなんだ!私の自慢の娘だぞ!!」
背中に王の罵倒を受けながら、俺は部屋を出た。
歩きながら、初めて会った時のことを思い出す。
確かワルキュリアと出会ったのは、確か植物園。
そこで怪植物とたわむれていたような……。
「はい、今そちらにも水をあげますから待っててください」
「そうそう。あんな感じ・・・ってワルキュリア?」
「あ、ユウキ様!」
俺に深々と頭を下げるワルキュリア。
手には銀色のじょうろがあった。
「水あげてるの?」
「はい。ユウキ様はどうしてここへ?」
優しく、知性を感じさせる静かな声。
でも、遠くまで響き、まさに歌のために生まれてきた声、といったかんじだ。
「君と、話すために」
「え?」
「話したいって言ってたんじゃないの?それできたんだけど」
「あ、はい。でも、すぐに来てくださるなんて、思ってもみなかったもので・・・」
頬を赤く染め、恥ずかしげに俯きながら答えるワルキュリア。
だぁから・・・そういうのヤメレ。
くすぐったいねん。
「さて、それじゃ俺も水あげ手伝おうかな!」
「え?いえ、そんな・・・ユウキ様のお手を煩わせるわけには」
「いいのいいの。ワルキュリアの楽しみを半分俺に分けてくれ。暇なんだ」
「あ・・・はい。それでは、お願いします。ふふ・・・」
「どうしたの?急に笑って」
ジョー………
じょうろから、水が植物たちへと降り注ぐ。
「いえ、こうしていると、本当に楽しいと思いまして」
「そう?」
「はい。ユウキ様と一緒……だから、ですね。きっと」
「……ワルキュリア、頼むから」
「え?」
「頬を染めながら言うのやめて。男はみんなバカだから、勘違いしちゃうよ」
「勘違い、ですか?」
「それさえなければ、世界にあるミステリーの半分くらいはなくなっちゃう真理さ」
「はぁ……。つまりそれは、私がユウキ様を好きだ、とユウキ様が思う、ということですか?」
「……超直球で言うと、そうなるね」
なんて子だ。
そんなことを口にするなんて。
「思ってくれても結構ですよ?」
「へ?」
「い、いえ・・・なんでも・・・」
「・・・」
なんなんだ。
「あ、そういえば私、クッキーを焼いたんです」
「え?」
「食べますか?」
「クッキー作れるのか……」
「え?」
「い、いや。どこどこ?」
「あ、今持ってきますね。そこにかけてお待ちください、ユウキ様」
「は〜い」
俺はじょうろを置いて、テーブルに座った。
随分と手入れのされた植物園。
きっと、全てワルキュリアがやっていたんだろう。
――王様になったら、ここともお別れ、だよな……。
と、ふと思うとワルキュリアが満面の笑みで走ってきた。
その長い金色の髪を、先端で二つに分けて結んでいるため、その束ねた二本が走るたびに跳ねる。
「ユウキ様、どうぞ」
「おっ、おいしそうじゃん」
俺はおてふきで手を拭いて、一枚クッキーを手に取った。
じーっとワルキュリアがみつめてくる。
その無言のプレッシャーと、純粋無垢な綺麗な瞳でみつめるのはやめてください。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
バギャッ・・・!
一つ言っておきたいのは、今俺が口に運んだものがクッキーだということだ。
それが、バギャッ!と音を立てるのだろうか?
いや、立てるんだよそれが。
だって、立てたんだから。
「うまい・・・けど、30点」
「え、なんでですか?」
「堅い、堅すぎる!ワルキュリア、これ噛めるか?」
「えっと……」
バギャッ!!
――あ、口を押さえた。
「す、すいませんユウキ様」
「いや、失敗は成功のもと。だから、次を期待してるよ」
「あ、はい・・・!次こそ、満点とってみます」
「それで、話ってのは?」
「あ・・・えと、その・・・」
急にモジモジしはじめるワルキュリア。
彼女にしては珍しい態度。
「ユウキ様は、趣味とかございますか?」
「趣味?今は・・・ないね。そんな暇がないんだ。あ、でもあれがいい」
「あれ?」
「仕事が終わったあとの、発泡酒とかビールとか、枝豆」
「お酒、ですか?」
「まぁね。秘密だよ?最近ソフィとエリスを筆頭に止められてるんだ。キアラに飲ませたら泣いちゃったから」
「・・・(汗)」
「ワルキュリアは?」
「植物園の手入れです」
「即答だね。ま、見ればわかるけど」
俺はぐるっと植物園を見回した。
細かいところまで手入れが行き届き、まるで天国のような幻想さを持っている。
「ユウキ様」
「え?」
「これから、ずっと私のことを見ていてくださいますか?」
「え?」
「ユウキ様がいるなら・・・私、頑張れる気がするんです」
「・・・」
何を、とは聞かなくてもわかる。
彼女の顔が、すごく大人びて見えた。
「でも、君がもし・・・そしたら、ここにはかなりの間これなくなるよ?」
「・・・はい」
「それでもいいの?」
「私は王女です。王女としての務めを、果たさなくてはいけません」
「・・・強いね」
「いえ・・・あなたがいるからです」
「俺?」
彼女の強さに、俺がどう関係してるんだ?
「ユウキ様は、最初から私を【ワルキュリア】としてみてくれました」
「・・・」
「それが、私にはすごく新鮮で・・・嬉しかったです」
「・・・そっか」
「私のギャップに、少なからず驚かれたのでは?」
「まぁ・・・ね」
会議とかでは、凛として堂々と発言するワルキュリア。
それが、こんなに優しくて儚げで、繊細な人だとは思わなかった。
「そんなあなただから……」
「・・・」
――大好きです。ユウキ様……。
「・・・ワルキュリア」
「答えはいりません。わかっています」
「・・・なら、俺の言うことは一つだよ」
「え?」
――俺は、両方の君と、出会えて良かった……。
「・・・はい」
「うん」
「ユウキ様」
「なに?」
「最後に・・・お願いをしても良いですか?」
「なんでも」
「私に……最後に、勇気をください……」
「・・・いくらでも」
そうして、彼女が正式に王位につく1週間前……。
白い服を着た少女と、黒い服を着た大男に俺は負けた。
その後、イースペリアは壊滅。
彼女が、王位につくことはなかった。
彼女の行方を知る者は・・・いない。