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 ※注意 今回のお話は聖ヨト語と日本語の二ヶ国語で展開します。特に会話文では聖ヨト語は白色、日本語はレモン色で色分けされますので気に留めていただければ幸いです。



 年の暮れも暮れ、今年も残す所一週間を切るといったこの時期、ハイペリアは異様な華やかさを見せる。
 そう、クリスマスである。
 イエス・キリストの誕生日を祝う祭はキリスト教の本場から極東の島国に至る過程において意味を曲解され、この国ではこの日をバカ騒ぎする日だと勘違いしている輩もちらほら。
 キリスト教に入信したと思いきや、数日後の大晦日に仏教、さらに新年には神道にまで宗旨替えをする始末。
 信仰も何もあったものではないが、それはそれ、これはこれ。
 色んな事の良いとこ取りってやつですね、それがこの国の人々の人間性なのだ。
 そんな浮かれている街の雰囲気がここ、スピリットの館ハイペリア出張所まで伝わってきていた。

「ユートさま、これは何でしょうか?」
「ああ、これは“クリスマスツリー”っていうものだよ。この時期ハイペリアはこれを飾る習慣があるんだ」
「はぇ〜、キラキラ光ってて……綺麗ですねぇ〜」

 情報の伝達源は朝食の時に見ていたテレビ――プラズマテレビや液晶テレビではなく、この家に置いてあった古めかしいがちゃがちゃ手でチャンネルを回して変えるやつだ。
 多少色あせたブラウン管の中には夜の闇の中を切り裂く七色の光を発する大きな塔――街中に置かれた巨大なクリスマスツリーが映っていた。
 ちなみにこのテレビ、初めて使った時には中に人が入ってるのではないか――当然家の中に居るのだから不法侵入だ――という事でウルカが一刀の元に斬り捨てそうになったが、悠人の説明で一命を取り留めている。

「……ハリオン、テレビを見るか、ソレを混ぜるかどっちかになさい」
「でもぉ、あれも綺麗ですしぃ、これも美味しそうですし〜」
「ああ! こぼれちゃうからちゃんと手元見て!!」

 心なしか青い顔で隣のセリアが注意するが、ハリオンの目は今なおクリスマスツリーに釘付けだ。
 ハリオンがぐりぐりとかき混ぜているのは――日本人の朝食のお供、納豆。
 混ぜれば混ぜるほどあの独特の臭いが充満する金の粒だ。
 セリアの反対側に座っているネリーなどはあからさまに鼻をつまみ、ギリギリまでシアー側に寄っている。
 この納豆様、好き嫌いの無いアセリアにさえ少し臭いをかいだだけで「……これはいい。食べない」と言わしめた逸材であり、洋食圏からやってきた彼らへのダメージは推して知るべし。
 悠人と佳織ですら敬遠する食べ物に唯一適正があったのがハリオンだった。

「うふふ、やっぱり日本人の朝食は納豆ですね。エスペリアも後学のために食べてみてはどうですか?」
「い、いいえ結構です。時深さまひとりでお召し上がりください(そして出来れば私の方に寄って来ないで)」
「そうですか……。じゃあオルファちゃんは?」
「オ、オルファにはこの“のり”があるから!(……うぇっぷ。朝ごはんがお口から出ちゃうよぉ……)」
「こんなに美味しいのに残念です……」

 口ではそう言っているが大して気にした様子もなく、豪快にどんぶりで納豆ご飯をかっ食らう。
 その姿はまさに日本のお父さんを彷彿とさせる光景だ。
 両側を納豆に挟まれたセリアは吐き気を堪えるのに必死で朝食に殆ど手を付けられない有様だったが。
 そんなセリア――ではなくその前に置かれた無傷の玉子焼きを心配したアセリアが声をかける。
 きゅぴーん、その時の目は獲物を狙う鷹のそれだった。

「……セリア、食べないのか?」
「え、ええ。今朝は少し食欲が無くて……」
「そうか。ならわたしが食べる」
「あ、ちょっと……」

 一瞬にして三切れあった玉子焼きがかっさらわれる。
 目にも留まらぬ早業でそれはアセリアの口の中に消えていた。
 綺麗に巻かれた至高の一品だっただけにそれだけは食べたかった、そう思っても後の祭りである。
 気づけば他にも味付け海苔、ゆで卵が姿を消していた。
 誰が食べたのか、それを追求する余力はセリアには無かった。

「セリアさん、体調が悪いなら何か消化に良いものでも作りますか?」
「……カオリさま。私は大丈夫ですからどうぞ朝食を召し上がってください」
「それじゃあ、そうさせてもらっちゃいます。それからネリーにオルファ、セリアさんの朝ごはんを勝手に取っちゃダメだよ。まだ作ればあるんだから」
「だってこれ美味しいんだも〜ん」
「セリア〜、ごめ〜ん」

 台所から炊飯器を手に現れた佳織に注意される二人だが、取ったものは既に腹の中だ。
 未来ある育ち盛りの二人には栄養が必要なのだ。
 佳織は炊飯器を横に置き、コタツに足を入れる。
 これでこの家の住人が全員揃った事になる。

「それでお兄ちゃん、クリスマスパーティやるの?」
「……先ほどから気になっておりましたのですが、そのくりすますとは何なのですか? 手前には皆目見当もつきませぬ」
「私もハイペリアの習慣には興味ありますね。話してくれませんか? あとカオリ、お代わりをお願いします」

 佳織はレスティーナの茶碗にご飯をよそいながらクリスマスについて説明する。
 スピリット達、そしてレスティーナは真剣にその話を聞いていたが、悠人は朝からよく食べるレスティーナは何処に栄養が行き渡っているのか――胸は絶対に無いな――とか全く関係ないことを考えていた。
 全く失礼千万なヤツである。
 佳織の話がクリスマスに何をやるか――特にケーキのくだりに入った辺りで反応した者がいる。
 ハリオンと――意外なことにヒミカだ。
 いや、ここに居るのは悠人を除いて全員が女の子なのだから多かれ少なかれ甘いものには反応を示すのだが、この二人はその度合いが違った。
 特にハリオンは 普段の間延びした口調すら忘れて佳織に掴みかからんばかりの勢いだ。

「本当ですかカオリさん!? 本当にケーキ食べ放題なんですか!?」
「いや、別に食べ放題とは……」
「本当なんですね!? ウソついたらメッメッメッてしちゃいますよ!!」
「ああ! そんなに暴れたら……!!」

 ぽーん、手に持った納豆ご飯が中に舞う。
 綺麗な放物線を描いたそれはべちょ、という粘着質特有の音を出してモノにぶつかる。
 落下地点を中心にして皆が一歩引いた。
 直撃を被ったのは――セリアだ。

「*@¥$(゜д゜;)%&♂∇〜〜ッッッ!!!!??」

 声無き顔面納豆まみれセリアの悲鳴。
 救うにはあまりにもその場の人間は無力だった。
 皆が示し合わせたようにコタツから這い出し部屋の隅に退避していく。
 手探りで迫ってくるセリアというか納豆に、その進行方向にいるファーレーンとニムントールは恐怖した。

「せ、セリア、お、落ち着いて! 無闇に動き回っても良い事などありませんよ!」
「そ、そんな事言ったって……い、痛っ! 目に入った! うぇゴホゴホッ! 口にもぉ……」
「……セリア、臭い」
「――!! ……もういやぁ……。誰か助けてください……お願いですからぁ……」

 容赦の無いニムントールの一言にセリアの心は深く傷付いた。
 顔を覆ってその場で泣き崩れてしまう。
 年頃の女の子に臭いは禁句。

「……ナナルゥ、洗面所から濡れタオル持ってきてくれるか? ヘリオンは風呂の準備をしてくれ」
「……了解しました」
「は、はい! 急いで準備します!」

 悠人は冷静に二人に指示を出しているが、泣き崩れているセリアの後姿を見て、「セリアって意外と可愛い所あるんだなぁ……」とか思っていたのは秘密である。
 ちなみにアセリアはコタツから逃げるどさくさに紛れて他人のおかずをギッていた。







ハイペリアにやってきました

written by DU-JO






 と、いうことで朝方多少の混乱はあったものの、今日はクリスマスということでその準備である。
 仕事の内容はクリスマスのごちそうを作るグループ、ケーキを作るグループ、飾り付けをするグループ、そして買出しに行くグループに分担して行うことになった。
 まずはごちそうを作るグループ――エスペリア、佳織、アセリア、ウルカ、レスティーナを見てみよう。

 この役割分担は基本的に挙手制である。
 各々が一番自分の力を発揮できる所で働いてもらおうという意図だ。
 エスペリア、佳織……は当然だろう。
 むしろこの二人がいればごちそうなどあっという間にできあがってしまうに違いない。
 問題は後の三人だった。

「アセリア、ウルカ、その……大丈夫なのですか?」

 台所に立つエスペリアは不安でいっぱいだった。
 アセリアの凄まじい料理の腕は既に体験済みだったし、材料に一切の手を加えず新鮮そのままに調理という過程をすっ飛ばして人に食べさせようとしたウルカのそれも身に染みて味わったからだ。
 そんな姉貴分の心配を他所に包丁を持った当人達は自信満々。

「任せろ。わたしたちは今までこっそり料理の練習をしてきた」
「進化した手前の実力、皆に是非見ていただきたく挙手したのです」
「ふたりとも元が器用だからきっと大丈夫ですよ」
「カオリの言う通り。エスペリアは少し心配性」
「簡単な調理は我々に任せて、エスペリア殿は主菜の仕込みに取り掛かってくだされ」

 材料を切る、皮を剥くといった刃物を扱う作業は初めから出来ていた二人である、ヘルパーとしては十分な役に立つだろう。
 今朝の見事な朝ごはんを作った佳織だっている、この強力布陣の何処に不安材料があろうか、そうエスペリアは思うことにした。

「さあエスペリア、私の仕事は何ですか? 味付けだろうと揚げ物だろうとかつら剥きだろうと見事やり切ってみせます!」

 あ、不安材料いた。
 それも特大の爆弾が。

「あのレスティーナさま? 大変失礼な質問だとは思うのですが、その……料理の経験は?」
「ええ、エスペリアの疑問はもっともです。何せ私はガロ・リキュアの女王、普通は調理などからっきしと思われても仕方ないでしょう。だがしかぁーし! 私は以前殿方にお弁当を作った事があるのです!!」

 どうだまいったかとふんぞり返るレスティーナ。
 佳織、アセリア、ウルカからどよめきが聞こえてきた。

「そ、そうなんですか? それでその殿方は何とおっしゃったのです?」
「天にも昇るほど美味しかったとおっしゃってくれましたわ。到底ひとりでは食べ切れる量ではありませんでしたがペロリと平らげていただいた時は流石の私も感激してしまいました」

 そりゃ感激するだろう、食べたヤツの胃腸の強さに。
 ちなみにその殿方が言った言葉は「天にも召される気持ち」だ、間違えてはイケナイ。
 アセリアとウルカは“料理を作った事が無い”だけなのだ。
 エスペリアなどにしっかりと教えてもらえばきっと大成するだろう。
 それに対してレスティーナは“致命的に料理のセンスに欠けている”のだ、この差は大きい。
 特に彼女の化学変化料理ケミストリー・クッキングの直撃を受けていながらレスティーナ=レムリアと見切れなかった悠人の罪は重い。
 その罰を身を以って受けることだろう。
 そんなトラップが仕掛けられているとはつゆほども思わない佳織とエスペリアは、レスティーナを主力の一人として数えてしまったのだった……。




 次はケーキ組――時深、ヒミカ、ハリオン、ナナルゥ、ヘリオン。
 このメンバーに死角は無いだろう。
 何せヒミカ、ハリオンはファンタズマゴリアでケーキ屋に修行に行っていた身である。
 ファンタズマゴリア、ハイペリアで材料の違いはあれど、ケーキの作り方は変わらない。
 時深は和菓子を作って振舞った事もある身だし、料理を勉強中のヘリオン、言われた事はキッチリこなす――こなす技量を持っているナナルゥも十分な戦力となる。
 これで失敗しろと言う方が難しい。
 加えてハリオン、ヒミカのモチベーションは極めて高い。
 ハリオンのケーキ好きは言うに及ばず、ヒミカも実は隠れ甘党だったりする。
 平時密かに鍛えた腕を皆に示す機会がようやくやってきたのだった。

「それでは今からケーキを作りたいと思いますが、何か意見のある人?」
「クリスマスに食べるハイペリアのケーキと言えばブッシュ・ド・ノエルですね。でもスタンダードないちごのケーキも外せませんし……あ! 意表を突いてモンブランなんかも良いですね。どうしましょう? 迷ってしまいますね」
「それならぁ、全部作っちゃいましょう〜。ひとり丸々一個ぐらい食べても余ってしまうぐらい作るんです〜」
「わたしもそれが良いと思います! ハイペリアのケーキをたっくさん作るんです!」

 甘いものの話題になると女の子は途端に輝きだす。
 ケーキの話題で盛り上がる彼女たちは本当に楽しそうだ。
 
「……それだけ食べては一日の摂取熱量を軽く越えてしまいますが。それに、カオリさまたちが作っている食事が食べられなくなってしまいます」

 そんな熱気に水を差すナナルゥの的確な指摘。
 たらーりといった擬音が最も似合う特大の汗が四人の額から流れていた。
 熱量=カロリー=脂肪=体重増加の等式が脳内を乱舞する。
 ちょっと前は戦争戦争で体型なんか気にする時間は無かったし、気にする必要も無かった。
 むしろ食べなくては戦闘時にスタミナが続かなかった。
 翻って最近はどうだろう?
 戦争が終結し、戦う必要が無くなっても食事量は今までと変化ナシ、むしろハイペリアに来てから増加傾向。

「(そ、そう言えば最近ごはんが特に美味しく感じられるようになってきましたねぇ……)」
「(袴の帯がちょっとずつですが短くなってきた気も……)」
「(この服、ウエストがちょっとキツイのよね。胸とお尻の所にはまだまだ余裕があるのに……!!(泣)」
「(わ、わたしは成長期なんです! 取った栄養分だけおっきくなるんです!! ……多分)」

 当然のごとく身体に溜め込まれるわけで。

「ハイペリアにはこういう言葉があります。『甘いものは別腹』と。すなわちたくさん食べても甘いものは入る所が違うんです!!」
「す、素晴らしい言葉ですねトキミさま!」
「そうですよぉ。ナナルゥもおねぇさんを驚かしちゃメッ、ですよぉ」
「さぁ、では早速作り始めましょう!!」
「……摂取熱量の問題は解決されていませんが……」
「……ナナルゥ、ハイペリアには『死なばもろとも』って言葉もあるんですよ?
「…………」

 ちなみに時深たち四人の事を『臭い物に蓋をする』と言う。




 飾り付け組――オルファ、ネリー、シアー、ファーレーン、ニムントールは居間に集まっていた。
 このグループにはハイペリア出身者が居ないので、朝食の時に聞いた佳織の話と、テレビに映っていたクリスマスツリーの姿だけで飾り付けをしなければならない。
 さすがにそれだけでは情報が少なすぎるのでハイペリアを知る最も手っ取り早い手段――テレビを使って情報を集める事にしたのだった。

「シアー、綺麗だねぇ……」
「きれ〜……」
「ずぅ〜っと見てたいね……」

 しかしオルファ、ネリー、シアーの年少組にとって訳の分からない言葉がだらだらと流れるテレビより、悠人が高嶺家のマンションから持ってきた家庭用サイズのクリスマスツリーの方に興味は移っていた。

「三人とも、ユートさまに仰せつかった任務をこなす方が先でしょうが……」
「……お姉ちゃんは綺麗だと思わないの?」
「いや、綺麗とか綺麗じゃないとかの問題じゃなくてわたしたちにはこなすべき任務が……」
「お姉ちゃんも一緒に見よ」

 ニムントールに促されファーレーンもツリーを見てみる。
 確かに綺麗だ。
 ファンタズマゴリアにはこんな色とりどりの光なんて無かった。
 襖を全部閉めて明かりを消し、コンセントにプラグを差し込むと光り出す七色の電飾。
 ちかちかと点滅する人工の光は星空が地上まで降りて来たみたいだった。

「……ってわたしまで見入ってしまってどうするんですか……」

 いかんいかんと、少し後ろ髪引かれる思いでテレビに視線を移す。
 画面には一組の男女が映っている。
 ちらちらと雪が舞い降り、地面を白く染める広場で男の方が何か喋り――女の手を握って――二人の距離は段々と狭くなっていって……。

「……しょうがない。お姉ちゃんが頑張ってるならニムも手伝ってあげる」
「――!!」

 ビクリと身体を震わせたファーレーンは飛び上がり、黒スピリット特有の素早い動きでテレビの前に陣取る。

「お姉ちゃん? そこに居たらテレビが見れないんだけど……?」
「あは、あははは! い、いいからニムはツリーを見てなさい。ハイペリアの研究は私がやっておきますから!」

 ファーレーンの後ろから僅か聞こえる甘いメロディー。
 お昼下がりのこの時間帯、奥様方が喜ぶようテレビ番組はラブロマンスを放映していたりする。

「ニム、どうしたの?」
「たの〜?」
「お姉ちゃんが意地悪してテレビ見せてくれないの」
「ファーレーンだけテレビ独り占めなんて酷いよ! オルファたちにも見せてよ!」

 ネリー、シアー、ニムントール、オルファの四人が怪訝そうな顔でファーレーンに近づいてくる。

「だ、ダメです! 他は良いですけど今だけは!!」

 真っ赤になってファーレーンが叫ぶ。
 耳には先ほどから聞こえる衣擦れの音とかいやーんうっふーんな声とか。
 見てはないけど何となくファーレーンにも想像は付く。
 知っての通りお昼のメロドラマには時々こうやって過激なシーンが挿入される。
 家族で見ていてこういう場面に遭遇するとどうしようもなく気まずいのだ!
 不自然にうろたえるファーレーンの姿を見て年少組の好奇心に火が点いてしまった。

「シアー行くよ! ファーレーンを引っぺがせ!!」
「や〜♪」
「オルファ、突撃しまぁ〜す♪」
「ああ! だからダメですってっ!!」

 いくら身長が大きくても三人がかりで飛び掛られては防ぎようもない。
 引っぺがされる瞬間、ファーレーンは最後の手段として苦し紛れにチャンネルのスイッチを捻った――はずだった。
 しかし後ろ手だったのと使い慣れて無いのとで違うスイッチを捻ってしまった。
 ←音量→ と書かれたスイッチだった。

「ふぁは! あはぁ! はっ! はぁ! あぁ―――ッッッ!!」
「「「「―――――ッッ!!?」」」」

 テレビから聞こえる大音量の嬌声。
 画面の中で躍る男と女の裸体。
 番組は一番良い場面に差し掛かっていた。

「……ネリー、見た?」
「み、見ちゃった……」
「……(コクコク)」
「あああああ!!」

 慌てて音量を下げ、チャンネルを何処か別の――無害な所に変えようとするファーレーンをニムントールが押し留める。

「……お姉ちゃん、見たくないの?」
「……う」
「ここにはニムたちしかいない。見るなら今しかない」

 それから暫くの間、五人はハイペリアの恋愛模様を研究するのだった。




 その頃、買出し組――悠人とセリアの組は。

「……セリア、どうしてそうやって微妙な距離を空けてるのかな?」
「いえ別に。ただ納豆臭い私なんかが隣に居ると迷惑だと思いまして、こうやって距離を取っているだけです」
「いやだからそんな事無いって……。セリアもしっかり風呂に入っただろ?」
納豆臭い私なんかに気を使ってくれなくて結構です。ユートさまはご自分のお仕事をなさってください」
「そのつもりだけど……そっちの道は違うぞ。そっちに店は無い」
「わ、私はこちらの道が近道だと判断しただけです! きっとこっちの方が早いんです!」
「お、おい! 待てったら!」

 朝の納豆事件が未だに糸を……じゃなかった、尾を引いているセリアを宥めるのに必死だった。




 さて、準備も終わり、さぁ今からパーティするぞといった所で屋敷の前に二人の来客が現れた。
 ひとりは岬今日子、そしてもうひとりは佳織の親友であり悠人たちの後輩である夏小鳥。
 小脇に抱えられたビニール袋の中には満載されたお菓子、そして聖夜の無礼講に合わせた少しだけ度の強いシャンパン。

「それでそれでそれで! 酔った勢いでこのポッキーでポッキーゲームなんかしたりして、悠人先輩の唇ゲットしちゃうんです! どうですかこの小鳥のナイスアイディア! 他にも他にもこうやって王様ゲームの割り箸持ってきたりビンゴゲームの用意してきたりして小鳥的にはフル装備なんですが解説の岬先輩どうでしょう? 勝算はアリですかナシですか!?」
「あははは……ナシだと思うな……

 今日の小鳥はいつもよりテンション二割増し、マシンガントークに至っては五割増しだった。
 今日子ですら裁ききれず愛想笑いでお茶を濁すぐらいの。
 もっとも小鳥は全くそんな事気にしないが。
 ただ黙って聞いて適当に相槌を打ってくれればそれで満足なのだ。

「それにしても碧先輩はどうしたんでしょうね? せっかくのクリスマスにいないなんてすっごく残念だと思います」
「……確かにね。ま、アイツの事だからちっちゃい子のお尻を追っかけてんでしょうけど」
「それで見つかり次第岬先輩の天誅が炸裂するんですね♪」
「そうよ、よく分かってんじゃない。さっすがアタシの一番弟子。いつか小鳥にもハリセンの奥義、伝授してあげるからね」
「それだけは謹んでお断りしまぁ〜す。悠人先輩にガサツな女だと思われたくないんで
「ん? 何か言った?」
「いいえ何も。さ、そろそろ中に入りましょう。それで悠人先輩と聖夜を過ごすんです♪」

 門を開けて中に入っていく二人。
 ちなみに光陰、昨夜から家にも帰ってないようだ。
 携帯も電源が切られている以上、二人に光陰の行方を知る術は無い。
 居る場所は――おろらくコンビニだろう。

 今どき呼び鈴も無いこの家の戸を叩いて来客を知らせる。
 すぐにバタバタという足音がしてエスペリアが戸を開けてくれた。

「キョウコさま、ようこそいらっしゃいました。どうぞお上がりください」
「ノンノン。エスペリア、今日はクリスマスなんだからそんな挨拶じゃダメ。こういう時は「メリークリスマス! キョウコ」ぐらいじゃなきゃ」
「は、はぁ。では……メリークリスマス! キョウコさま」
「メリークリスマス! エスペリア。じゃあ上がらせてもらうわよ」
「……あら? キョウコさま、そちらの方は?」
「あ、そう言えば初対面だったわね。この子は夏小鳥。悠人の後輩で佳織の親友よ」
「まぁそうですか。初めましてコトリさま。私はエスペリアです」

 深々と頭を下げるエスペリアを、小鳥は呆然と眺めていた。
 そりゃそうだろう、今日子とエスペリアの会話は全て聖ヨト語で行われていたのだ。
 英語ぐらいしか分からない小鳥に解読しろという方が酷だ。

「……あはは〜。ちょっと岬先輩をお借りしますね♪」
「?」

 その小柄な身体の何処にそんな力があったのか、きゅっと肩を掴んで玄関の外まで今日子を引っ張っていく。
 反対に日本語が分からないエスペリアは首をかしげていた。

「ちょっとちょっとちょっとこれってもしかしてひょっとすると同棲ってやつですかぁ!? 若い男女が一つ屋根の下で暮らすっていうあれですかぁ!? 悠人先輩は実はラブでコメってる真っ最中ですかぁ!? それでもしかして私ってサブなヒロインで攻略対象外ってやつですかぁ!!?」
「……小鳥、もっと先にツッコむべき所があるんじゃない?」

 小鳥的な衝撃は自分がサブヒロイン≫悠人とエスペリアが一つ屋根の下で暮らしている≫エスペリアが話した謎の言語らしい。
 今日子は今更ながら小鳥に何も話して無い事に気が付いた。

「小鳥、落ち着いて聞いてね」
「おお落ち着いてます! 小鳥はいつも冷静だとご近所で評判だったりなかったりしてます!!」
「この家にはね、今外国から悠を頼ってホームステイの子がたくさん来ててね」
「た、たくさんってどのくらいですか!? 3人ですか? それとも4人ですか? その内女の子は何人ですか!?」
「佳織ちゃん含めると16人の女の子といっしょに暮らしてるの。しかも全員が美少女」


 こきん、と常に動いている、動かなければ死んでしまうイルカのような小鳥の動きがこの時ばかりは止まった。

「お〜い、小鳥? 大丈夫?」

 顔の前で手を振っても反応無し。
 目をいっぱいに見開き完全に静止している。
 と、思ったら目をぱちぱち瞬かせ始めた。
 再起動は近いぞ。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!? 佳織かおりかおり〜〜〜、どういう事なのぉ〜〜〜!!?」

 再起動を果たした小鳥は佳織を探してずだだだだーっと廊下を走り去っていく。
 エスペリアが止めに入る暇もなかった。

「……キョウコさま、あの子はどうなされたのでしょうか? 心が病んでらっしゃるのでは?」
「あれはフツーの反応だと思うわよ……」

 何気にエスペリアは毒舌だった。




「メリークリスマーーーース!!!」

 全員の持ったクラッカーから破裂音と共に紙テープが飛び出す。
 おっかなびっくり紐を引く者、堂々と引く者、紐が千切れて音が鳴らなかった者と様々だ。
 小鳥突貫で一時は大混乱のパーティだったが、こうして予定通り始める事ができた。
 その小鳥だが、言葉の壁など何のその、佳織の通訳とボディランゲージで早くもオルファたち年少組と意気投合していた。

 ちゃぶ台の上に次々と置かれるポテトのベーコン巻き、スープ、ピラフ、七面鳥、ミートパイ、野菜サラダといった料理の数々。
 各人はバイキング方式で料理を小皿に取って味わうのだ。
 ごちそう組が腕によりをかけて作った料理だ、不味いはずがない。
 どれを取ろうか悠人が迷っていると、にゅっと脇から出される料理。

「……ユート、これはわたしが作った。食べて欲しい」

 そう言ってアセリアが手渡したのはカレーピラフ。
 口の中に入れるとほどよい感じでご飯がばらけていく。
 所々焦げていたりするが十分美味しい。

「……ん。うまい。上達したなアセリア」
「……そうか。よかった……」
「アセリアも食べてみろよ。マジで美味しいぞ」
「……ん……?」

 スプーンを口元に持っていくとスプーンごとぱくりとピラフを咥えた。
 そしてそのままもしゃもしゃと咀嚼する。

「……美味しい……」

 作った本人が驚いているようだった。
 その証拠に、テーブルの上にある大皿に盛られたピラフは既に半分近くが無くなっていた。

「ちゃんと教えてくれたエスペリアとか佳織にお礼言っとくんだぞ」
「ん。まかせろ」

 ピラフ片手にとててててーといった軽快な足取りで佳織の所へ走っていく。
 本当に嬉しそうな笑顔だった。

「ユート殿。手前の作った料理の味を見て頂きたく参上いたしました」
「あ、あぁ……」

 額にたすき巻き、エプロン装着といった出で立ちでやってきたのはウルカ。
 雰囲気は今から死合うかのごとくである。
 渡されたのはサラダ……なんだろうな、多分。
 ミニトマトからレタスに至るまで綺麗に斬り刻まれているので一瞬判別に困ったのだ。

「それじゃあ、頂くよ……」
「嘘偽りない感想をお聞かせくだされ」

 穴があくほど見つめられて悠人としては非常に食べづらいのだがまずはひと口。
 ウルカは息を止めて感想を待っていた。
 何となくこれで不味いとか言ったら切腹しそうな勢いである。
 結果はと言うと、これが意外と美味しかった。
 1センチ角に斬られたニンジンとキュウリ、レタスがウルカ特製のドレッシングとよく絡む。
 ドレッシングに香り付けのため入っているハーブはエスペリアの入れ知恵だろう。

「心配しなくてもすげー美味いよウルカ。よく頑張ったな」
「ま、真ですか?」
「お、おいウルカ、どうした……?」
「……ユートどのぉ……」

 何故かウルカは泣きそうになっていた。
 今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだ。
 慌てた悠人は咄嗟にウルカの頭を撫でる。
 ごわごわした硬い髪の感触がした。
 悠人はウルカが落ち着くまでしばらくそうしていた。

 その後エスペリアの作ったミートパイを食べたり、佳織の七面鳥を食べたりした。
 両方とも絶品、そのまま店に出しても売れそうな味だった。
 そうやって少しずつ料理を摘んでいる時、レスティーナがやってきた。
 大いなる災厄をひっさげて。

「さぁユート私の料理を食べてください! そして私を褒めちぎりなさいっていうか食え」
「…………」

 レスティーナが鍋ごと掴んで持ってきたのは――何と言うか魔女の釜? 良く言って原初の地球?
 煮立ってもいないのにポコポコと泡を吐き出し続ける液体は既にこの世の物ではなかった。
 見る角度によって色の変わる玉虫色のスープは前衛芸術の域に達していた。
 時折中から「キシャー」とか「グベベ」とか聞こえるのは悠人の気のせいだろうか。

「……レスティーナ、この鍋、何処と繋がってるんだ?
「何処と……? ああ、そういう事ですか。きっと天国へと続く道ですわ
「……そうか。戻って来れるかなぁ……」

 これはどのぐらい美味しいか、そういう質問だと思ったレスティーナは自信満々にそう答える。
 既に悠人に退路は無い。
 大往生した人生とは言いがたいがこれもまた運命。
 グリーンスピリットの≪リヴァイヴ≫頼みでおもむろに箸を鍋に投入する。
 気づけば周りの視線は悠人達に注がれていた。
 全てに共通するのは同情の視線ということだ。

「―――ッッッ!!」

 比較的安全な具だけを取ろうとしたのが間違いだった。
 木の箸は液体に漬け込まれた瞬間、謎の気体を放出しながら跡形も無く溶けてしまった。

「……あれ? おかしいですわね。箸が腐ってたのかしら?」

 腐ってるのはお前の脳みそだよとは決して言わない。
 なぜなら悠人はヘタレだから。
 ステンレス製のスプーンに持ち替えて再度トライ。
 悠人は前やったように胸の前で十字を切る。
 今日はイエス・キリストの誕生日、全ての人を愛してくれるのならば僕にも愛を、そして力を。

「やぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!! あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!! うぉぉぉぉおぉぉぉっ!!!」
「気合ばかり入れてないで早く食べてください」
「あ」 

 大口を開けた所を見計らって液体の満載されたスプーンが投入される。

「………………」
「……ど、どうですか?」
「……………………」
「ユート? 黙ってないで何か感想をおっしゃってください」

「バフゥッッッッ!!!」

 悠人が爆ぜた、比喩でも何でもなく本当に。
 顔中の穴という穴から汁を吹き出してそのままゆっくりと崩れ落ちていく。
 脳裏には何故かラキオス王の姿があった。
 クソ腹の立つオヤジだったが今なら少しだけこの人物に同情する事が出来る。
 アンタ、トンデモねぇ娘を子供に持っちまったんだな……。
 何時か向こうで酒でも飲み交わして腹割って話したら分かり合えるかもしれない。
 気絶していた数秒間でそんな境地に辿り着いていた。

「ユート、どうでしたか? 気絶するほど美味しかったでしょう?」
「……ああ、マジで天国行ってきたぜ……。カハッ……」
「……それだけですか? その……あーんとかなでなでとかは無しですか?」

 顔を赤らめながらもじもじと訊いてくるレスティーナは文句無しに可愛い、可愛いが少しお灸を据えてやる必要がある。
 己の現状を把握する事こそが上達の第一歩なのだ。
 心を鬼にして悠人は鍋の液体をスプーンで掬い取る。

「いくぞレスティーナ、あーんしろ」
「あーん……」

 周りから文句の一つでも出そうなシチュエーションだが誰もそんな事は言わない。
 恐いもの見たさというやつだ。

「……どうだ?」
「……………………」
「お、おい、レスティーナ?」
「……少し塩気が足りないかもしれませんね。それからとろみも。塩と煮込む時間が足りませんでしたか」

 ずっこける周りと悠人を他所にレスティーナはぶつぶつと何かを呟きながら台所へ戻っていく。

「(も、もしかしてレスティーナって味オンチなのか?)」

 確かにそんな兆候はあった。
 以前悠人とお忍び中のレスティーナがデートしたとき、調理をしてる最中味見を繰り返しながら作った弁当もあの味だったのだ。

 料理を一通り堪能した所で続いてはクリスマスの主役――ケーキの登場である。
 いちごのケーキに始まり丸太の上に積もった雪の風景を再現したフランスの代表的クリスマスケーキ――ブッシュ・ド・ノエル、シュークリームでクリスマスツリーを作ったシューツリー、もみの木の形のチョコレートケーキ……本当にひとり一個ありそうな量だった。
 男の悠人はこの光景とさっきのスープで胸焼けと食欲減退を引き起こしていたが、女性陣は色めき立ってケーキに飛びついて行く。

「ユートさまぁ、これわたしたちが作ったんですけど、よろしかったら食べてください!」
「ヘリオン、よろしかったらなんて弱気じゃ駄目ですよ。悠人さんみたいなタイプには「黙ってこれを食いやがれ!」ぐらいの強気でいかないと。さ、ナナルゥ、ちょっとの間悠人さんを抑えててくださいね」
「……了解。ユートさまを拘束します」
「ほ、ホントにやるんですかトキミさま?」
「だってぇ、一生懸命作ったケーキならいっぱい食べてもらいたいじゃないですかぁ〜。ヒミカはフォークを持ってくださいねぇ」
「さぁ、食べさせろーーーー!!」
「がもがもがも……!!」

 時深の合図を始まりに、ヒミカの持つフォークが矢継ぎ早にケーキを悠人の口の中に押し込む。
 確かに甘すぎずあっさりしていて男の悠人でも食べられる、食べられるけどこの量は流石に多い。
 しかしヘタレと言えども高嶺悠人は男の子、無理を通せば道理が引っ込む。
 精神力で突っ込まれる各種ケーキ計8切れ、量にして直径18センチ大ケーキ一個を完食したのだった。

 嵐のようなケーキ組が去って行き、グロッキーになっている悠人の元にやって来たのは飾り付け組。

「ねぇパパ! オルファたちの飾り付けはどう? しっかり出来てる?」
「……ああ、上手いよ。うん、綺麗だ……」
「……心が篭ってない。もっとしっかり褒めろ」

 畳の上に横たわり、虚空を見つめて投げやりに答える悠人にニムントールのすね蹴りが炸裂。
 痛い、痛いが腹がいっぱいで動けない。
 ああ、なんかジングルベルとか星とかサンタとかトナカイが天井から吊り下げられてるな……。
 でもトナカイの足は6本じゃなくて4本だ、それからサンタはあんな凶悪な顔つきしてないぞ……。

「ユートさま、大丈夫?」
「ぶ〜?」
「……ぐ、ぐふ……。だ、大丈夫、大丈夫だから……退いてくれ……」

 死んだ魚のような目をしている悠人を純粋に心配するネリー、シアー。
 しかし真に身体の心配をしてくれるなら腹の上にどんどんと乗るのは止めて欲しいものだ。
 そして何故かそんな様子を一歩引いた所から見ているファーレーン。

「……ファーレーン? どうした?」
「い、いえ! どうぞお構いなく! (お昼のテレビにはこ、こんなシーンもありましたね……)」

 寝転がっている悠人、その上に乗るネリー、シアーを見てあらぬ事を想像するお年頃なファーレーンだった。




「輝け! 第一回ザッツチキチキ聖夜は無礼講、何でもアリバーリ・トゥードで行きましょう王様ゲ〜〜〜〜ムッッ!!」
「いぇーーーーーいっ!!」

 宴もたけなわ、今日子たちの持ち込んだシャンパンの酔いが程よく回った頃、パーティは小鳥司会の元ゲーム大会に突入していた。
 日本語が分かろうと分かるまいと関係ない、とりあえず騒げばいいのだ。
 言葉の壁を打ち払うぐらい全員が陽気に、饒舌になっていた。
 それでもやっぱり細かいニュアンスが伝わらないので佳織が小鳥の通訳を買って出ていたが。

「ルールを説明しまぁーっす! 悠人せんぱーい、ちょっと来てくださーい」
「……ああ、分かった」

 非常に嫌な予感がしたが場の空気が辞退を認めない。
 小鳥は二本の割り箸を握っていて、一本を悠人に引かせる。
 先には『1』と書かれていて、残った方の割り箸には王冠のマークが記されていた。

「このように私が割り箸を握ってますからー、皆さんは一本ずつ取っていってくださーい! この場合は私が王様で〜す。王様になった人は何でも一つだけお願いを言えるんです。例えば〜……1番の人が王様の肩を10回揉む〜。悠人先輩、肩もんでくださぁ〜い」
「まぁそのぐらいなら……」


 ほっと胸を撫で下ろして小鳥の後ろに回って肩を揉む。
 小鳥はうなじを見せ付けるが悠人は特に反応無し、さすが鈍感。

「……と、このようにやっていきま〜す。ちなみに、王様の命令は絶対服従ですからねぇ〜。それじゃぁすたーとぉ!」

 18人もの人間が一斉に割り箸に向かって殺到する。
 狂乱の宴は今から始まった。

 ※以下しばらく音声でお楽しみください。

ヘリオン「え? え? え? わ、わたしが王様ですか? え〜っと……それじゃあ、12番の人、シャンパン一気飲みでお願いします」
今日子「参ったわねぇ……アタシこれでもお酒には弱いのよ……。ゴクッゴクッゴクッ……、プハァーッ! もう一杯っ!

ハリオン「うふふ〜、今度はわたしが王様みたいです〜。それじゃあ……王様がケーキ独り占め♪」
ヒミカ「……もう既にハリオンしか食べてないわよ……。うぷっ……」

エスペリア「私が王様ですか……。でも、お願いする事なんて……」
佳織「何でも良いから今やって欲しいと思うことを言えば良いんですよ」
エスペリア「今やって欲しいこと……あ! それでは、6番、10番、18番の人、パーティの後片付けを手伝ってください」
ネリー「あ〜……ネリーだぁ……」
セリア「私もそうみたいです」
ニムントール「……簡単な罰ゲームで良かった」
エスペリア「あ、それから残飯は食べて処理して下さいね。捨ててしまうのはもったいないですから」
「「「―――!!」」」
悠人「(鬼だ……。特にレスティーナの料理の辺りが……)」

オルファ「9番が王様の≪おるふぁあたっく≫を受けるぅ! てりぁ〜〜〜♪」
悠人「ちぃっ、当たったか! でもまだ逝けるっ!」

ウルカ「手前が王様のようです。ならば……5番の方、手前の試し斬り相手に……」
レスティーナ「そういう危ないのは却下っ!」
シアー「(5番はシアーだったの……)」

時深「ふふ、王様ですか。何となく良い気分です。では8番の人、17番の人にこっそり恥ずかしい過去を暴露してください」
ファーレーン「8番は私です……。17番の人は?」
ナナルゥ「……私です」
ファーレーン「絶対、絶対他人には言わないでくださいね! (ごにょごにょ)」
ナナルゥ「……それのどこが恥ずかしいのでしょうか? 私には理解できません」
ファーレーン「いや、ですからハクゥテが鼻の穴に突き刺していたハーブの葉っぱを……」
ナナルゥ「それぐらい頻繁にある事ではありませんか?」
ファーレーン「え? そ、そうなんですか?」
悠人「(ど、どんな過去だったんだろう? すげー気になる……)」

 そんな感じで10回りほど繰り返した時だろうか、面白おかしい王様ゲームの方向性が少しづつずれてきたのは。
 きっかけは小鳥が二回目の王様になった時だった。

「私が王様でぇ〜〜〜っす。じゃあじゃあ、14番が1番の顔にケーキを投げつけて3番がそれを舐め取る〜〜〜!!」

 軽い気持ちでそう告げた後しまったと思った。
 この夏小鳥、外見と行動からは想像もつかないが、他人の気持ちを第一に考える、嫌がることは絶対にしない、そういう少女なのだ。
 こういうパーティの場面では、場を弁えない無遠慮な一言が場を白けさせてしまうことが多々ある。
 やっぱり訂正します、そう言おうと思ったが時既に遅し。
 伝達係の佳織はそれを通訳し終えていた。
 そして場はその命令をノリノリで実行していた。

「1番って俺かよ!」
「ふっふ〜♪ 悠、覚悟しなさい!」

 ぐでんぐでんに酔った今日子が悠人の顔目掛けてパイ投げよろしくケーキをぶつけていた。
 悠人の顔はクリームまみれだ。

「ん。じゃあ舐め取る」
「あああーーーーーっ!?」

 間髪入れずアセリアが悠人の顔に舌を付ける。
 数人の悲鳴が聞こえるが構わず舐め続ける。
 ちろちろとアセリアが見せる赤い舌はアルコールの入った頭には酷く官能的に思えた。

「ん。きれいになった」
「あ、悪いアセリア……」
「ん。気にするな」

 頭がぼーっとする。
 脳が正常に働かない。
 そろそろお開きにしなきゃいけないって分かっているのに止めようとは言えない。
 それはこんな展開を望んでいるからなのか、それとも聖夜の魔力なのか。
 悠人が理性と本能の狭間でもがいている時、これだぁ! と目をらんらんと輝かせているヤツ等多数。
 これなら人前で堂々といちゃつける。
 他人より一歩でも二歩でもリードできる。
 そんな彼女たちを炊き付ける確信犯的なネリー、シアーのネタ振り。
 振る方角は簡単に口を割りそうな今日子。

「ねぇシアー、そう言えば今日見たテレビ、どうして男の人と女の人がキスしてたのかなぁ」
「ん〜〜〜、わかんない。キョウコさま、どうして?」
「そりゃあクリスマスだからに決まってんでしょ。クリスマスはねぇ、恋人達の夜なのよ」
「今日子さんその話題は――!!」
「聖夜の夜に恋人とするキス、女なら誰でも一度は憧れるシチュエーションよねぇ……」

 時深が苦虫を噛み潰した表情になって頭を抱える。
 炊き付けた火はこれで完全な焔になってしまった。
 もう簡単には消せはしない。
 次の割り箸争奪はかつてない勢いだった。
 王様の座を射止めたのは――最後の一本を引いた悠人だった。

「え? お、俺?」
「さぁユート、誰とキスするのです?」
「いやレスティーナ、まだキスすると決まった訳では……」
「ユートさまが誰を選んでも私たちは一切不平不満を言いませんから」
「と、言いつつ懇願するような目で見るのは止めてくれエスペリア……」
「あ、あのユートさまが困っておられるのですし、こういう話はナシにしませんか?」
「……とか言いつつ一番期待してるのはヘリオンだったりして」
「へぇ……ヘリオンが悠の事をねぇ。そりゃ初耳だわ」
「ニムもキョウコさまもあまりヘリオンをからかわないでやってください。この子は思っている事でもなかなか言い出せませんから」
「ファーレーンもそう思っているんですねぇ〜」
「はぁ、ヘタレの悠人さんじゃ決められそうにありませんね。なら私たちで決めるしかありませんか」
「同感です、トキミさま。……進歩ありませんね、私たち」
「ヒミカもぼやかない。変わらないって事も悪くないと思いますよ」

 セリアの言葉を皮切りに、全員が和室の隅々に散らばり、戦闘――と言うには穏やかな追いかけっこが始まる。
 これによって宴は強制終了した。




「ま、アルコールが入った状態で暴れまわればこうなるわな」

 勝負の決着はあっさりと付いた。
 酔いが回った状態で30分もぐるぐると部屋の中を駆け回れば立っていられなくなり、そのうち眠ってしまうのも当然だろう。
 最後まで立っていた者を勝者とするならば、悠人のひとり勝ちか。
 全員に風邪を引かないよう押入れから布団を取り出し、ひとりひとり被せていく。
 後片付けが全然終わっていなかったが――これは明日の仕事にしておこう。

「あの、悠人先輩……」
「小鳥か。まだ起きてたのか」
「あの、悠人先輩、その、ごめんなさい。私が余計な事言ったせいで、パーティが無茶苦茶になっちゃって……」


 深々と頭を下げる小鳥。
 彼女はあの騒ぎが自分のせいで起こったと、そう本気で思っているのだ。

「何を言うかと思えば……そんな事か」
「そんな事って……」
「少しでも悪いと思ってるならちょっと手伝ってくれるか? まだ最後の仕上げが残ってる」
「最後の仕上げ?」
「ああ、クリスマスのメインイベントがまだ終わってないだろ?」


 悠人が別の押入れから取り出したのは真っ赤な服と大きな布の袋。
 あらかじめバイト先から借りてきた衣装だ。
 小鳥には大きな角が付いたヘアバンドを渡す。
 ついでに赤くて丸い付け鼻も。

「夏小鳥には自家製サンタのトナカイを命じる。いいな?」
「……はい!」


 よいしょっと若いサンタが袋を担いで、二歩足で歩くトナカイがその袋を支える。
 一人ひとりの枕元に昼間苦心して買い歩いたプレゼントを置いていく。

「悠人先輩、そのプレゼント、ちゃんと自分のお金で買いました?」
「あ、当たり前だ。そのぐらい分かってたよ!」


 まさかレスティーナたちの軍資金で買おうとして佳織に怒られたとは口が裂けても言えない。
 全員に配り終えても袋の底にはまだ一つプレゼントが残っていた。
 長靴の形をした入れ物にお菓子が詰め合わせてある定番のプレゼントだ。

「で、みんなの寝顔を見て回った感想は?」
「え? それは……みんな笑顔でしたね」
「だろ? だから今回のパーティは大成功だった。だから小鳥が気にする事じゃない」
「は、はい!」


 何だろう、ここ一週間の間に急に悠人が大人になったように見える。
 今まで小鳥の悠人に対する想いは――はっきり言って親友の兄、年上の男に対する憧れだった、好きとは少し違う。
 でも、そんな気持ちがちょっとだけ変化した気がする。
 だってこんなに心臓がドキドキしてるから。
 今宵は聖夜、思い切って想いを打ち明けるには絶好のシチュエーションだ。
 小鳥は口を開きかけて――やっぱり止めた。
 抜け駆けはフェアじゃないし、今ここで眠っている親友やこの人たちに悪い。
 だから、今年はサンタさんに――好きな人に手渡しでプレゼントを貰えただけで良しとしよう。

「小鳥、メリークリスマス!!」

「はい! メリークリスマスです悠人先輩!」





 後書いた

 って事で何とか間に合いました第二話、ここまで読んで頂きありがとうございました。
 ちょっと良い話を書こうとして失敗した感が漂ってます……。
 しかもラストは小鳥のひとり勝ちという、序章を飛ばした人&ゲームをやってない人には(゜д゜)ハァ?な展開に……。
 いや、でも小鳥は嫌いじゃないんですよ。むしろキャラとしてはヘリオン、時深、レスティーナ、ウルカに次ぐぐらい好きでして。
 だ、誰か賛同してくれる人、居ませんかね? 居ませんか、はぁ……。
 そんなサブヒロイン好きマニアックなDU-JOですが、広い心で許してやってください。
 技術面での今後の課題はどうやってこの大人数を動かしていくか。
 一部のキャラにスポットを当てるか、均等に全員に話を散らすか、難しいところです。
 次話はおそらく新年ネタになると思います。
 家の中から一気に行動範囲が広がって、果たして上手く書けるのか?
 そしてこのSSはオールヒロインものなのか?
 根本的にギャグが書きたいのか、ちょっと良い話も混ぜたいのか?
 そんな事を心配しつつ、次回にまた会いましょう。
 では皆様、良いお年を。




(ってか笑いを取るためとはいえレスティーナをいじめ過ぎ。いつかメインに据えてお話書くからレスティーナファンのお怒りは勘弁……)