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「なぁ悠人、これからどうするんだ? 俺はすぐにでも不動産屋か何処かに行くべきだと思うが」
「俺もそのつもりだよ。でも、その前に寄る所があるんだ」

 心配していた換金作業だが、意外とスムーズに成功した。
 正規の方法に乗っ取って換金するのならば、最寄のゴールドショップに行き金貨の金の含有量を調べ、その日の相場に従って換金するのだが、近くにそんな店が無かったのと金貨の出所を怪しまれて面倒が起きるのを嫌って質屋に持って行った。
 どこか遠い外国の金貨だと言ったらすんなり信用されて、驚くほどあっさりと換金は成功したのだ。
 もちろん袋に入っていた金貨全てを換えるのではなく、当面の生活に支障をきたさない範囲の枚数だったが。
 悠人と光陰は日が暮れ、寒くなり始めた街中を足早に駆けて行く。
 着いた所は通りに面した小さなコンビニ。

「ここって悠人のバイト先じゃないか」
「ああ、しばらくバイトに出れそうに無いからな。一言謝っておこうと思って」
「良い事じゃないか。久しぶりに年末年始はゆっくりできるんだろ」
「別の意味で忙しくなりそうだけどな」
「違いない」

 二人は自動ドアの前に立ち、店内に入っていく。

「いらっしゃ―――高嶺か」

 入り口の方に向かって決まりの挨拶をしかけた女性は、それが自分の雇った従業員だと分かると営業スマイルを止めて普段の表情に戻る。
 店内に居るのはシャギーの入ったショートへヤーで切れ長の目の――明らかに接客業には向いてない女性が一人、そして品出し作業中のバイトが一人だった。

「こんばんわっす、店長」
「確かお前は今日は休みだったはずだが……」
「実は店長にお願いがあって……」
「なるほど、休日出勤というやつか。感心な心がけだな。よしすぐに着替えろ。後はお前に任せて私は帰る」
「違います。今日は店長にお願いがあって来たんです」
「……なんだ違うのか。私も忙しい身だ、さっさと用件を言え」

 ち、と小さく舌打ちし、あからさまに落胆した表情で悠人の方を見て、その後ろに居た光陰に気付く。

「そうかそうか、新しい人足を連れてきた訳だな。……うん、なかなか良い面構えだ、採用。じゃあ高嶺、お前は新人に仕事を仕込んでくれ。私は帰る」
「勝手に納得して一人で帰らないでください」
「(人足!?)」

 ぱっと見で光陰の採用を決め、そのまま店から出て行こうとする店長の肩をむぎゅっと掴む悠人。
 ちなみに人足とは重い物の運搬など、力仕事で生計を立てる人の意で、用法としては間違っている。

「冗談だ。聞いてやるよ」

 店長はレジの横に置いてある加温機から三本のコーヒーを取り出し、一本ずつを悠人と光陰に投げる。
 悠人はコーヒーに口を付けながら事のあらましを説明した。







ハイペリアにやってきました

written by DU-JO






「……なるほど、外国から15人もの女の子が高嶺に誑かされてやって来たって訳か」
「誑かしたって……人聞きの悪い事言わんでください」

 説明を聞いた店長はさも可笑しそうに喉を鳴らす。
 当然内容にはレスティーナ達が異世界からやって来たとは言わず、外国から悠人を頼って旅行に来た、という事になっている。

「どちらにしてもお前は暫く働けんと、そう言いたい訳だな?」
「はい、すみません。この忙しい時期に……」

 たまたまこの時間に人は入っていないが、立地条件が良いだけにこのコンビニはいつも忙しい。
 特に悠人は今までほぼ毎日シフトに入っていた主戦力だけに、抜けた時の被害は甚大だ。

「まぁ、お前が休む事に関しては他の労働力たちを刈り出せば穴は埋まるだろう」
「はい、ありがとうございます。じゃあ俺は急いでるんでこれで……」
「お前、その娘たちの寝床はどうするつもりなんだ?」

 悠人が立ち上がるタイミングを見計らったようにかかる店長の的を射た指摘。

「図星みたいだな」

 話すべきか少し迷ったが、店長は悠人が信用している数少ない大人だったので、思い切って相談してみることにした。

「ちょっと今探している最中なんです。お金の方は何とか工面できたんですけど……」
「見つかりそうにないと。……ふむ、ちょっと待ってろ」

 そのまま店長は奥へ引っ込んでしまう。
 レジの前には悠人が一人残された。
 店内を見渡せば外から見える雑誌コーナーの窓には電飾が飾られ、レジの上に置かれた小さなもみの木がクリスマスが近いことを伝えている。
 時計を見ればもう7時、みんなはお腹を空かせてないだろうかと思う悠人に、今まで他人顔で雑誌を立ち読みしていた光陰が近づいてきた。

「お前、もうちょっとバイト先は選んだ方が良いと思うぞ」
「店長の事か? あの人はああ見えても良い人だよ。廃棄の食べ物とかくれるし」
「怪しいとか思わないのか? 何だよ店長って」

 コンビニの店員に着用が義務付けられているエプロン、それに付けられた名札の名前が書かれるべき場所にはでかでかと『店長』とだけ書いてある。
 悠人も本名は知らない。

「……俺も不思議に思って聞いてみたさ。そしたらさ、「女にはいくつか謎がある。それが女の魅力でもある。私の場合は名前と歳だ」って言い切られちゃってさ……」
「なんだそりゃ……」

 そんな話をしているうちに、奥のスタッフルームから店長が戻ってくる。
 手には小さな紙切れとキーホルダー付きの鍵が握られていた。

「少々古いが一ヶ月やそこら生活するには支障無いはずだ」
「……え?」
「え、じゃない。娘たちの寝床の事だ。条件に合って即日借りれる物件など滅多に無いぞ」
「でもどうしてそんな都合よく店長が……」
「女の謎ってやつだ」

 それで全てを解決するのが店長なのだ。
 詮索しても無駄だと判断した悠人は鍵と紙を貰――おうとしたが直前で手を引っ込められてしまう。

「ただし条件がある。そこのデカブツを置いていけ」
「は? デカブツ?」

 店長の目線の先には確かにデカブツ――光陰がいた。
 何か嫌な予感がしたのだろう、じりじりと後ずさりする光陰は――いつの間にか後ろに回った店長に羽交い絞めにされていた。
 耳に掛かる吐息やら背中の柔らかな感触を楽しむ余裕は無いし、彼の性癖からして楽しめるとも思えない。
 彼の射程は最低限十代前半(もちろん見た目が)なのだ。

「高嶺が居ない間の代役を探す手間が省けた。高嶺、コイツをしばらく借りるぞ」
「で、でも俺なんかは接客業に向いてないですよ、は、はははは……」
「心配するな。高嶺の奴だって最初は二コリともしなかったんだ。それが今では」

 ちょうどその時、自動ドアが開く音がして客が店内に入ってくる。
 その瞬間、悠人の身体が物凄い勢いで半回転し、入り口の方へと固定される。
 光陰にでさえ無愛想と言わしめる鉄面皮の頬と眉が持ち上がり、今まで親友にさえ見せた事の無い表情を作る。
 満面の笑顔というやつだ。

「「いらっしゃいませこんばんわぁ♪」」

 普段より一オクターブは高い声で完璧にユニゾンする悠人と品出し中のバイト。
 お辞儀の角度は50度で二人とも統一されている。
 客が本のスペースへ進んでいくとパッと元の作業に戻るバイト。
 悠人は頭を下げた体勢のまま固まっている。
 背中には哀愁が漂っていた。

「悠人……」
「……何も言わないでくれ」
「私がこのようにきっちり躾けてやろう」

 誇らしげに胸を張る店長。
 光陰は悠人が口の中に劇薬を突っ込まれたような苦い顔で自分を見るのでそれ以上何も言えなかった。
 働くヘタレの生き様ここに見たり、といった感じである。

「と、言うわけだ高嶺。暫くコイツを借りるぞ」
「お、おい悠人! 助けてくれ! 俺たち親友だろ!?」
「光陰……」

 悠人はふっと目を伏せ、一瞬悲しげな表情をした後、

「すまん! みんなの為に死んでくれっ!!」

 店長の手から紙切れと鍵を引っつかんで一目散に出入り口から飛び出していった。

「高嶺は承諾したようだな。では始めるとしよう。……その前に、その髭は接客業に向いていないな。抜くか
「いや、抜くって……。普通剃るだろってイテテテテッッ!! 千切れる! 顎が千切れるって!!

 とばっちりを受ける前に退散した悠人の判断は正しい。
 コンビニから聞こえる絶叫を振り切ってマンションへ戻るのだった。




 ここは高嶺家のマンションからほどなく離れた郊外の閑静な住宅地。
 悠人、今日子、そして途中で合流した佳織(歓迎は悠人に比べれば穏やかなものだった)の三人は道すがら、目に留まる物全てに興味を示すファンタズマゴリアからの旅行者達に簡単な説明をしながら歩いていくと、一軒の家の前に着いた。
 周りにコンクリートの家が目立つ中、漆喰で固められた塀で囲まれているこの家は、その大きさと相まって奇異に見えた。
 古めかしい両開きの門に掛かった鍵を外して中に入ると、そこに広がるのは黄土色に色を変えた芝生。
 テニスコートが二面ほど取れる芝生の向こう側には立派な日本家屋がそびえている。
 悠人達の後ろではレスティーナや時深、スピリット達が感嘆の声を上げていた。

「お兄ちゃん、ホントにここで合ってるの……?」
「……ああ、店長に教えられた住所はここで合ってるはずだけど……」

 佳織の念押しの言葉に悠人は自信なさげに答えるしかなかった。
 悠人自身こんな立派な家だとは思っていなかった。
 半信半疑のまま紙に書かれた住所を頼りに来てみればこんな大邸宅が待っていたのだ。

「(こりゃ、一生店長に頭上がらないぞ……)」

 悠人としては近いうちにもっと稼ぎの良いバイトに変えるつもりだったのだが、この分だとあのコンビニに永久就職も考えた方が良いのかもしれない。
 むしろあの店長が馬車馬のごとく働く悠人をそう簡単に手放すとは思えないが。
 全員が庭に散って屋敷を眺めたり、庭を見たりしていると、悠人の傍にウルカが近づいてくる。

「ユート殿……、手前は感服いたしました……。これがハイペリアの伝統的家屋なのですか?」
「う〜ん、まぁ、そう思ってくれて良いよ」

 ハイペリアという言葉はこちらで言う地球全体の事を指すので厳密には間違っているが、説明が難しいのでそういう事にした。
 そのそもファンタズマゴリアの人々にとっては海の向こうに別の大陸が存在していて、自分達と同じように国を作って暮らしているなど想像も出来ないだろう。

「(しかし……日本家屋にウルカ、凄く似合っているのかもしれない)」
「?」

 武士がそうするように後ろ髪を束ね、戦闘の時には刃のような鋭い表情を見せるウルカ、持つ永遠神剣が日本刀のような形状をしていることもありそう思う。
 ウルカは悠人が自分の顔を見ているので不思議そうに、ほんの少し顔を赤らめているのだった。

「ねぇ! そろそろ中に入らない?」
「そうだな。今行く」

 今日子に促され庭全体に散っていた全員が玄関の前の引き戸に集まってくる。
 緊張しつつ戸を開けてみてまたびっくり。
 廊下や壁は手入れが行き届いていて、空き家とは思えないほどだった。  
 沸き上がる好奇心を押さえられないのか、靴を脱ぎ捨てたオルファ、ネリーの二人は佳織の両腕を取り、半ば引きずるような形で廊下を駆けて行く。
 佳織は靴のまま上がらないよう脱ぎ捨てるのが精一杯だった。

「オルファいっちば〜ん! カオリも行こっ!」
「え? え?」
「先に全部の部屋を回った方が勝ちだからね〜!」
「あ! 三人とも待ちなさい!!」

 エスペリア静止の声を上げた時にはもう遅い。
 けたたましい足音と共に三人の姿は見えなくなっていた。
 三人の消えた方向を目で追っていた悠人は袖を引っ張られて横を向く。
 シアーが何か言いたげな目で悠人を見ていた。

「……行ってこい」
「〜〜〜♪」

 顎をしゃくって三人が消えていった方向を指すと、靴を脱いでちゃんと三人の分といっしょに並べてから(ここがオルファ、ネリーと違う所)、嬉しそうに廊下の奥に消えていく。
 微笑ましい気分になった悠人たちも四人の後を追って一通り部屋を見て回るのだった。




 ぐつぐつと、食欲をそそる匂いが鍋から立ち込めてくる。
 総勢18人がこたつに入り、鍋を囲んでいる姿はある種爽快な光景であった。
 驚くべきは庭の蔵を少し探したらビッグサイズのこたつが出てきたこの家だろう。
 食器や調理器具の類は一通り揃っていたし、電気や水道、ガスも既に通っていた。
 この家を貸してくれた店長への不思議はつのるばかりであった。
 まぁ、そんな細かい事は置いておいて、夕食である。
 部屋を一通り見終わった頃には八時をとうに過ぎ、もうすぐ九時に差し掛かろうとしていた為、簡単に早く出来る、さらに大人数でも食べれる料理と言う事で鍋に決まった。 
 鍋と言えば必要な役職がある。
 そう、鍋奉行である。
 鍋の食材全てをコントロールする鍋奉行の良し悪しで鍋の味が決まると言っても過言ではないのだ。
 その点で言えば、鍋奉行、高嶺悠人は優秀であった。
 カセットコンロをちゃぶ台の上に置き、食材を綺麗に並べた鍋が煮立つまでの間、腹を空かせたアセリアがこっそりフォーク(ファンタズマゴリアは基本的に洋食風であり、ナイフとフォーク、それにスプーンが主であった。その為アセリア達は上手く箸が使えない)を伸ばせば。

「……まだだ。まだ手を付けるな」
「……ん。そうか」

 がっちり腕を掴んで阻止し。
 セリアが白菜を鶏肉のエリアに入れようとすれば。

「何やってんだよ!! 白菜はこっち!!」
「は、はい! すみませんでした!」

 目を剥いて怒り。
 独特の苦味と青臭さがあって好き嫌いのはっきり分かれる春菊をこっそり鍋の中に戻そうとしたニムントールがいれば。

「一度鍋から取った食材は責任持って食べろよ」
「だって苦い……」
「食べろよ?」
「……うん」

 凄みのある笑顔で普段何かと悠人に毒を吐くニムントールを黙らせ、さらに取り皿に大量の春菊を入れてやった。
 もはや奉行では無い、将軍だ。
 鍋将軍、高嶺悠人だ。
 そんなこんなでワイワイガヤガヤ、残りの汁まで雑炊にして美味しく頂き、みんなお腹も一杯に膨れた所で時計の針が午後十時を指し、今日子は家に帰っていった。
 そして今はみんなで食後のお茶を満喫しているところである。
 スピリット達がハイペリアに来てからこっち、慌しく過ぎていく時間の流れがようやく通常に戻ったようだった。
 湯のみに入った日本茶の味を確認するように飲んでいたエスペリアが、思い出したように口を開いた。

「そういえばユートさま、そろそろ部屋割りを決めた方がよろしいのでは?」
「ああ、その事なんだけど。ちょっと暖房器具の数が心もとないんだよな……」

 家の中から蔵の中まで一通り探してみたが、暖房器具と言えるものは今全員が入っている大型のコタツ、そして古めかしい石油ストーブが一つきりだった。
 夜に冷え込むと冬用の厚い布団とはいえ少し寒いかもしれない。

「だったらオルファにおまかせ♪ すぐに暖かくしてあげるから」
「ファイヤーボールとか、神剣魔法だったら却下よ」
「……うぐ……」

 ヒミカのツッコミに声を詰まらせるオルファ。
 どうやら本気で木造住宅に火を点ける気だったようだ。

「俺の家から持ってきてもぜんぜん足りないしなぁ」
「あ、そうだ! どうせなら修学旅行みたいにみんないっしょに寝ようよ。みんなでお話できてきっと楽しいと思うよ」

 この屋敷は大きく分けて悠人達が居る和室、増築によって後から付け加えられた洋室、渡り廊下の突き当たりにある離れの三つに分かれている。
 和室だけでも間にある襖を取り払えば大部屋になるので十分に全員が寝られるスペースがあるのだ。
 全く佳織らしい子供っぽい発想だが、誰の口からも不満の声は上がらない。
 ついでに入浴の順番もさっさと決め、順番に風呂に入っていく。
 この屋敷の浴場はファンタズマゴリアにあったものほど大きくは無かったが、それでも大人2、3人が余裕で浴槽に浸かれるほどの広さはあった。
 スムーズに入浴できたのはファンタズマゴリア自体に入浴の習慣があった事と、日本式の浴場があった事が理由として挙げられる。
 初めに入った佳織が、シャンプーやボディーソープに分かりやすいよう聖ヨト語で張り紙をする気配りも忘れない。
 しかし総勢16名もの女性が入浴するので、最後の悠人が風呂に入る頃には12時を過ぎていた。

 さて、悠人が風呂に入っている間、大広間には浴衣姿の少女16人が17枚の布団を並べる作業を行っていた。
 あらかじめ浴衣が用意されていてこれだけの布団が押し入れに入っていたこの屋敷は、元は民宿か旅館だったのかもしれない。
 しかし今重要なのはこの家の正体ではなくて。

「オルファここ取〜った!」
「オルファ殿! 抜け駆けはせぬ取り決めではありませぬか!」
「うんしょ、うんしょ……」
「……シアー、ちゃっかりユートさまの左取らないで。そこはネリーが引いたんだからネリーの」
「二人とも、みんなで協力しないと悠人さんが出てきてしまいますよ」
「ならトキミさま、そこの布団から退いていただけませんか? ハッキリ言って邪魔ですよ」
「……レスティーナさまもです。後ろで指揮を取るのは結構ですから布団を運んでください」

 誰が何処に寝るかということである。
 たかが寝る場所と侮るなかれ、これがけっこう重要で深刻なのだ。
 例えば出入口付近の場合、人通りが多くて安眠できない。
 夜中に顔を踏まれる可能性だってある。
 だから普通こういった時は窓際に人気が集中するのだが、この旅行者たちは少々状況が違っていた。
 その原因は悠人の存在である。
 悠人の布団は真っ先に真ん中に引かれたのだが(勿論本人の意向関係なし)、その周りに誰が寝るか全く決まらなかった。
 全員が嫌がった、という事ではない。
 その逆、全員の希望が悠人の左右に集中したのだ。

「カオリはいつもユートと一つ屋根の下で寝ているではないですか。こういう時ぐらいは私たちに譲るべきです」
「そ、それとこれとは話が別です! それを言うんだったらアセリアさんたちだって向こうの世界では毎日同じ屋敷で寝てました!」

 尊敬するレスティーナの言葉だが佳織だってこれだけは譲れない。
 佳織だって妹ではなく一人の恋する女の子なのだ。
 朝のドタバタでゆっくり見れない好きな人の寝顔をたまには心行くまで見たい!

「ユートさんの寝顔って可愛いんですよねぇ〜。一晩中見てても飽きませんよ〜」
「は、ハリオンさんどうしてそんな事知ってるんですか!? ズルイです!!」
「うふふ、おねぇさんは何でも知ってるんですよぉ♪」

 そんな純粋な佳織、ヘリオン、ハリオンとは裏腹に、不純な事を考えている輩もいるようだが。

「(皆が寝静まった頃を見計らって潜り込みますか。欲を言えば悠人さんには一人で寝て欲しかったのですが仕方ありませんね)」

 例えば既成事実を作ろうと企む時深とか。

「(恐らく誰かが抜け駆けをするはず。一番近くで見張ってなければユートさまの貞操が危ない)」

 それを阻止せんとするファーレーンとか。

 わたしが私が手前がと、それぞれが自己主張するので話し合いでは決まりそうに無い。
 このままなし崩し的に腕力に物を言わせたガチンコ勝負に持ち込まれる寸前。

「じゃあ、じゃんけんで決めようよ。これなら公平だよ」

 佳織から平和的解決方法が示された。

「じゃんけん?」

 しかしファンタズマゴリア出身者は知る訳が無い。
 佳織と時深以外は首をかしげるばかりだった。
 そんな彼らに丁寧にルールを教える佳織。
 初めて聞く遊びにアセリア達はしきりに感心していた。

「そういう事で、二人一組を作ってじゃんけんしてください。最後まで残った二人が自由に場所を決めれるんです」

 じゃあと言う事で、隣同士組を作ってじゃんけんしていく。
 全員顔はマジである。
 力いっぱい手を握り締めるグー、指が反り返るほど伸ばされたパー、筋よ切れよと言わんばかりのチョキを駆使した勝負を行い、うぎゃーとかやったーといった嬌声が部屋のあちこちから聞こえる。

「……アセリア、勝負しますか?」
「ん。まかせろ」

 その中にあって、アセリアとナナルゥは普段と変わらないように見えた。
 深く考える事をしない二人だけに出す手は始めから決めていた。

「「さいしょはグー、じゃんけん……」」
「ぽん」
「ぽん」

 出した手はアセリアがグー、ナナルゥがパー。
 
「……負けた」

 自分の手を見つめるアセリア。
 表情は心なしか残念そうだ。

「……待って下さい。石が紙に負けるというのはおかしくありませんか?」
「どうしてだ? カオリはパーはグーに勝つって言ってた」
「カオリさまは紙は石を包み込めるからパーの勝ちとおっしゃいました。しかしその理屈ならば石は紙を突き破れるからグーの勝ちとも取れます」

 確かに、とアセリアは思う。
 投石という攻撃手段が戦争で用いられる事もあるように、石は大きさ如何で城壁をも破壊する事ができる。
 文字通り紙の盾で防げるのだろうか。

「ハイペリアの紙は特別硬いのでしょうか?」
「……確かめてみる」

 襖を開けて縁側から外へ出て、手ごろな大きさの石を掴んで戻ってくる。
 中ではナナルゥが手ごろな紙という事で襖を立てて待っていた。

「……どうぞ」
「ん。……いく……!」
「――!! そこ! 何やってやがるんですかッ!!?」

 セリアの声が虚しく木霊する。
 永遠神剣の加護を得、ハイロウを展開したスピリットの運動神経は人のそれを遥かに凌駕する。
 一瞬早くアセリアの一投は綺麗に襖の真ん中を突き破り、塀の漆喰に深々とめり込んでいた。
 その時ばかりは部屋中のざわめきが静まり返り、各々が破れた襖か破砕した塀の欠片を痴呆のごとく見つめていた。

「……あああ……おうちが……ユートさまに何と弁解すれば良いのか……」
「エスペリア、気にするな。わたしは気にしてない
「アセリアが気にしなくてどうするんですか!?」
「紙より石の方が強いと証明されました。次ははさみです」
「……止めときなさい。エスペリアが身をていしても襖を守るつもりだから」

 何処から持ってきたのか、はさみを両手に構えるナナルゥにヒミカが諭す。
 止めなければ恐らく普通に投げていただろう。




「まさかじゃんけんで決まらないとは……」
「あはは……」

 半分以上はお前のせいだよ、とは言わない。
 なぜなら佳織は良い子だから。
 アセリア、ナナルゥ両名が器物破損ペナルティで失格になった後も一応じゃんけんは進んでいた。
 そして勝ち残ったのがハリオン、時深、佳織、ウルカの4人になり、決勝を行おうとした時だった。

「トキミさ〜ん、出してくださぁ〜い」
「は? 何をですか?」
「何って、『時詠』に決まってるじゃないですかぁ〜。おねえさんにズルしたらメッ、しちゃいますよぉ〜」

 ハリオンの一言で『時詠』の力を使わずに時が止まった。
 『時詠』の能力は結果を知る事が出来る、当然相手の手の内も。
 結果全試合は無効、じゃんけん以外の方法を採用する事になった。

「どうやって決めましょうか?」
「心配しないで佳織ちゃん。こんな事もあろうかと、私は代替案を考えていたのです!」

 拳をグッと握って力説する時深だが、元はと言えば彼女がイカサマしなければさっさと決まっていたのだ。

「それは……まくら投げです!!

 時深は近くにあった枕をおもむろに掴み、レスティーナに向かって投げつける。
 ぺち、という音を立てて枕が顔面に直撃する。

「……と、このようにルールは単純明快、投げて当てる、ただそれだけです。もっとも神剣とハイロウだけは使用禁止ですが」
「ええ、そうですね。それならばか弱い私にも勝ち目がありそう……ですッ!!

 負けじとレスティーナも枕を時深に投げ返す。
 べち、という二割増しの音を立てて時深の顔面に当たる枕。

「うふふふ……」
「あははは……」

 二人とも一応の笑顔を見せてはいるが目は全く笑ってない。
 お互いに相手が一番邪魔な存在だと、本能的に察知したのだ。
 まさに昨日の味方は今日の敵。

「あ、あのレスティーナさまトキミさま、流石にその勝負で決めるのには無理があるのでは……」
「今から始め、でよろしいですか?」
「はい。どうぞ遠慮なく……。私も本気でいきます」

 二人の耳にはもう何も入らない。
 次の瞬間には最寄の枕に飛びつき、相手に投げつけるのだ。

「ですからお二人とも、もっと平和的な解決法が……」

 二人の枕は間に入ったヒミカに向かってぽんぽんと飛んでいく。

「あるのではないかと……」

 何時の間にやら二方向からの枕が三方向、四方向、五方向へと増えていく。
 面白がってオルファ、ネリー、シアーの年少組が参加し始めたのだ。
 ヒミカのこめかみにぴきりと青筋が現れる。

「私は思う訳で……」

 ぺちだった音がベチッ! に代わり、いつしかビシッ! に変わっていた。
 気性が激しいのが赤スピリットの特徴。
 「誰を敵に回したのか、きっちり教えてあげないとね!」とは本人の談。
 ぷちんと、何かが切れる音がした。

「……いい加減に……しろォ―――ッ!!」

 周りに溜まった枕を全方位に見境無く投げつけるヒミカ。
 豪快なマサカリ投法から放たれる一投一投がまさにメジャー級の威力であった。

「い、痛い痛い! ちょっとヒミカ! 仮にも女王である私に向かって……」
「レスティーナ殿、貴女は権力に縋らないと何も出来ないんですか?」
「――な! トキミさま……トキミは私を謀るのですかッ!? 上等です! 今から女王もスピリットもエターナルも関係ありません! 私以外は全員敵ですッ! 地べたに這いつくばりなさいッ!!」

 それが大乱戦の合図だった。
 女王自らの無礼講宣言を良い事に、日ごろ溜まりに溜まった鬱憤を枕と共にぶつける少女たち。

「前々から言おうと思ってたんだけどねぇ、ニムは口悪すぎなのよッ!!」
「……事実言ってるだけなのに、器の小さいネリー。ついでに背も胸もお尻も。どっちが前で後ろなの? って感じ」
「キ―――ッ!! ムカつくムカつくムカつくッ!! ニムだってネリーとそんなに変わらないくせに!!」
「そんな事無い。ネリーよりだいぶ大きいもん」
「こ、こらニム、事実でも口に出して良い事と悪い事が……」
「ファーレーンもそう思ってたんだぁ!! いくよシアー! ニムのついでにこのヘンなマスクもやっつけるんだからッ!」
「(コクコク)」
「――!! ヘ、ヘンなマスクとか言うなぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「み、皆さん暴れないでください! すとーぶさんが倒れちゃいますよぉ!」
「ヘリオン隙あり! え〜い♪」
「あぁぁぁっ! だからオルファ危ないです! 枕が燃えちゃいます!」
「キャハハ! ヘリオンの動きおもしろ〜い♪ ナナルゥも手伝って」
「……了解。ヘリオンへの攻撃を開始します」
「ああっ!? ナナルゥまで!? 何でわたしばっかり狙うんですかぁ!」
「だってヘリオンって弱いんだもん。力の無いオルファでも勝てちゃうよ」
「……弱い所を突くのは戦術の基本ですから」
「わ、わたしだって怒ると恐いんですよ! ほ、ほんとなんですからね!」
「だってヘリオンの怒った所なんか見たことないんだもん」
「……考慮するに値しない問題だと、そう判断します」
「(ここですとーぶさん守り切ったら、ユートさま褒めてくれるかなぁ? 褒めてくれるよね? むしろ褒めてください!)
 ……よし! この不肖、『失望』のヘリオン、ユートさまの為にここは絶対死守しますッ!! どっからでもかかってこーい!

「な、なにハリオン? そ、そんなににじり寄って来ないで……」
「うふふ〜、セリアさぁ〜ん、わたしに何か言うべき事、ありませんかぁ〜?」
「え? 多分無いと思うけど……」
「ちょっと前のお話ですけどぉ〜、わたしの部屋から楽しみにしてたケーキが全部無くなってたんですが〜、何か知りませんかぁ〜?」
「え!? (だってあれ明らかに古くなってたじゃない! 何日置いてあったか知らないけど、クリームが発酵してヨーグルト状になってたから捨てたんだけど……まさかハリオン、あれ食べる気だったの!?)」
「食べちゃったって顔〜、してますねぇ〜」
「た、食べてない……。食べられる訳ない……」
「お姉さんの楽しみを取っちゃう人はぁ〜、メッ、じゃ済みませんよぉ〜」

「そういえばアセリア殿、いつぞやの勝負の決着、まだ付いてはいませんでしたな」
「……ん」
「ひとつ手合わせ願いたい」
「ん。任せろ」

「ヒミカ、落ち着いて!! レスティーナさまもトキミさまも少し頭を冷やしてください!」
「離してエスペリア! こうなった私はもう止められないのよッ!! ……って」
「……どうなさいました?」
「……エスペリアさん、その浴衣の絶妙なはだけ具合はわたし達に対するイヤミですか? えぐりますよ?」
「――!! い、いやトキミさま、これは決してそんな意味では……」
「う、うふふふ……、そうだったわ。何を私は同類同士で戦っていたのかしら? 真に倒すべきは目の前に居るじゃないの……」
「ど、同類って……私もですかレスティーナさま?」
「ええ、そうよ。だって目の前の乳に比べたら私たちなんて無いも等しいじゃないの。……何その嫌そうな顔は?」
「い、いえ! 何もありません……」
「ヒミカ、この際ですからハッキリ言ってしまいなさい。「レスティーナと私たちでは天と地ほどの違いがある!!」と」
「トキミさま! 私はそんな事思ってませんよぉ!!」
「あ、アはハハは……そこになおりなさい! ひとりずつ胸を平らにしてあげますからッッ!!!
「レスティーナさま! 枕は鈍器ではありませんっ!! 直接ひとを叩いてはっ!!」

 ルールなど存在しない。
 ただ最後まで立っていた者が勝者なのだ。
 既に目的と手段がごっちゃになっていた。

「なんだよこれは……」

 風呂から上がってさっぱりした悠人が見たのは、年頃の女の子が集団で浴衣を振り乱して暴れまわる地獄絵図。
 何やら浴衣から大事なものがぽろりしている気がしないでもないが色気は皆無、むしろ目を背けたい。
 中に一歩踏み出そうか迷っていると、襖の近くで巻き添えを食らわないよう丸まっていた佳織に気がついた。

「あ、お兄ちゃん……」

 よほど恐かったのか、佳織はカタカタと小刻みに震えていた。

「とりあえず、他の部屋に行くか……」
「うん……」

 誰にも気づかれぬよう、そっと襖を閉める。
 心配せずとも二人に気づいた者は誰も居なかった。

 向かった先の洋室にはシングルサイズのベットが一つとソファー。
 悠人が家の中を回っていた時に自分の部屋にしようと密かに思っていた場所だ。
 和室とこの部屋だけは布団が用意されていた。

「佳織はベットで寝ろよ。俺はソファーで寝るから」
「え? ちょ、ちょっとお兄ちゃん……」

 言うが早いかソファーに横になって毛布を被ってしまう。
 疲れていたのか、すぐに寝息が聞こえてきた。
 洋室は寒々としていて、悠人は毛布にくるまるようにして寝ていた。
 佳織はベットとソファーを交互に見比べてから、何か決意した表情でベットから布団を引きずり出し、悠人に被せた。
 そして悠人の背中にしがみつくような形で布団に潜り込む。
 毛布一枚隔ててだけど、悠人の温かみが感じられた。
 潜り込むときは早かった鼓動が、温もりに包まれるにつれてゆっくりと静まっていく。
 どこか安心できる温かさだった。
 今日は良い夢が見られそうだと、佳織はそう思って目を閉じた。

 こうしてハイペリアでのスピリット達との共同生活が始まったのである。
 ちなみに和室では屍散々の状態であったが、それについては言及しない。
 終わりが良ければ全て良いのだ。





 後書け

 まずはこんなお話をここまで読んでいただいた方にお礼を。
 こんなのアセリアじゃないといったツッコミ、ごもっともです。
 アセリア達をハイペリアに持って来るために原作すら歪んでます。
 悠人はエターナルにならずにどうやって瞬たちロウ・エターナルを倒したのか? 誰のルートを進んだのか? といった粗は気にせず苦笑い気味に読んでくれれば幸いです。
 とりあえずの目標は季節ネタをタイムリーに出す事(できるかわからんけど)。
 と、一日一話で収める事(こっちの方が実は問題)。
 これからもこんな感じで悠人たち一行はファンタジー要素皆無な現代劇を繰り広げていくと思いますので、気が向いたら読んでやってください。
 では次回でまた会いましょう。




 しかし――どうしてレスティーナの性格があそこまで壊れるのだ? レスティーナ編やってない弊害か?
 ま、いいか。ギャグだし。