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 ふわふわと翼――ウイング・ハイロウを使って浮遊していたアセリアだが、悠人の姿を見つけて満足したのか、くるりと背を向けてそのまま飛び去っていく。
 アセリアの姿が見えなくなった事で硬直していた悠人の呪縛が解け、慌てて窓から外を見回そうとした所で。

「はわわわわっ! 鉄の! 鉄のイノシシです! しかもこんなにたくさん走ってます!」
「目が光ってて何だかカッコいいかも」
「きれい♪」
「イノシシ……ということは食べられるのでしょうか?」
「斬鉄ならば手前の特技の一つ。任せてはもらえぬだろうか」


 見回すまでも無くマンションの前の通りで大騒ぎする聞きなれぬ――悠人にとっては懐かしい――言葉を使う大勢の異邦人たち。
 先ほど窓の外に居たアセリアもそこに降り立つ姿が見えた。
 その姿を認めた瞬間、悠人は居ても立っても居られず部屋から飛び出し、廊下を走り抜ける。

「お、おい悠人! 何処行くんだ!?」
「ん? 光陰、悠がどうかしたの?」
「分からん……。血相変えて表に飛び出して行きやがった」

 呼び止めの声など耳に入らない。
 エレベーターの昇降ボタンを連打するが、やってくるまでの時間がもどかしくて隣の階段を二段飛ばしで駆け下りる。
 他の住人がけたたましい音に顔を顰めるが構うものか。
 息が上がって肺が苦しくても一秒でも早く辿り着きたい。
 マンションの入り口を抜け、表通りに出て、久しく使う事の無かった聖ヨト語でそこに居る者達に声をかける。
 頭が一杯になっていて、気の効いた台詞ひとつ言えなかった。







ハイペリアにやってきました

written by DU-JO






「みんな……!!」

 悠人の方へ振り返り、驚きの表情を見せるが、すぐにそれは満面の笑顔へと変わり。

「ユート(様)(殿)(さん)っ!!」

 我先に悠人の方へ駆け寄ってくる。
 あの世界から旅立ってまだ一週間も経っていないのに全ての顔が懐かしく感じられる。
 思わず涙腺が潤んでどうすることも出来ない悠人を取り囲み、口と体で再会の喜びを伝える総勢17名の少女たち(一部少女と言うには歳が逝ってる人物も居るが)。

「パパ! オルファねオルファね! パパが居なくてずっと寂しかったんだよ!」
「あ! オルファずる〜い! ネリーもネリーも!」
「シアーも〜」

 まず第一陣。
 オルファリルを筆頭にネリー、シアーが己の持ち得る最大限のスピードを以って悠人のそれぞれ首、右腕、左腕に飛び掛かる。
 この三人は体重が軽い事もあって多少よろめきながらも受け止める事ができた。
 何よりファンタズマゴリアの頃を思い出すこの三人のスキンシップが懐かしくてたまらない。
 油断すれば涙がこぼれてしまいそうだ。

 次、第一陣より僅か遅れる事2、3秒の第二陣。
 この第二陣の特徴は第一陣よりも分別があった事。
 今飛びついたらユートさまが危ないだろうな〜とか悠人を思いやる気持ちがあったりだとか、公衆の面前で人に抱きつく事に抵抗がある者達。
 そんな僅かな理性の抵抗も、悠人に会えたという喜びで打ち消されてしまう。
 しかし少しの葛藤で出遅れてしまった。
 もう飛びつくに最適な三点は占有されてしまっている。
 ならばどうするか。
 ――簡単だ、空いている場所に飛びつけば良い。

「ユートさまユートさまユートさま! ゆ、夢じゃないんですね? 本当に、本物のユートさまなんですね!?」

 まず一番飛びつきやすい胴体に子犬のごとくじゃれつく……というか肩からぶつかって行くヘリオン。
 このヘリオン、先ほど車をイノシシと勘違いするベタベタのタイムスリッパーをやっていたドジッ娘である。
 そんなドジッ娘属性が今回も発揮されてちょうどいい具合に肩が悠人の鳩尾にめり込む。
 悠人悶絶。

「ユート殿……。手前は……、手前は……、手前は!」
「ユートさま……。ユートさまはお怒りになるかもしれませんが、私はユートさまにもう一度お会いしたくて……」

 上半身は既に占有されてしまった。
 残るは下半身のみ。
 第一陣を受け止める為に大きく広げた足に向かって突撃するウルカとエスペリア。
 またの名を超低空のサブマリンタックル部隊。
 しかもこの二人、先の四人と比べて上背もあり体重もある(主に胸とかの差で)。
 さらに言えば悠人はヘリオンのタックルで意識が朦朧としている。
 踏ん張りが利くはずもなく物凄い勢いで地面に叩きつけられる。
 またその際、後頭部を強打。朦朧とした意識はここに来て一気にブラックアウトへと向かっていた。
 それでも細胞一つ一つに刻まれた天性のジゴロDNAが六人が怪我をしないよう庇っているのは流石というべきか。

 さらについに城門は開いたぞ、者ども今が攻め時だ! な追撃部隊。
 何となく楽しそうだから、みんながやってるからという何とも自己主張の無いステレオタイプ的な少女たち。
 いや、むしろ自身から溢れる喜びをどう表現したら良いか戸惑っていて、先の六人の手本で我が意を得たりといった所か。
 前の二部隊に比べれば遥かにゆっくりと倒れている悠人達に近づき、上から覆いかぶさるように乗る四人の少女。

「……ん。ユート、嬉しい時にはそうするのか?」

 純粋に嬉しい時はこうするものだと思っているアセリア。

「おしくら饅頭ですかぁ? いいですね〜。わたしも混ぜてください〜」

 再会の喜びというよりこの状態を楽しんでいる節のハリオン。

「……はぁ、みんなユートなんかに抱き付いて、子供なんだから」

 口ではそう言っているものの頬は緩み、やはり嬉しいニムントール。

「集団戦闘は多数で少数を取り囲み、殲滅するのが基本です。私もお手伝いします」

 何かが根本的に間違っているナナルゥ。

 合計10人、これがホントの女体盛り状態。
 悠人にとって不幸だったのは、意識を失っている為に少女達の柔らかさだとか甘い匂いを楽しめないことだ。
 それどころか三途の川の向こうで実の両親と義理の両親が手を振って呼んでいる。

 しんがりを務めるは本命中の本命、言葉で今の気持ちを伝えようとするガロ・リキュアの女王、レスティーナ。
 彼女は父であるラキオス王が暗殺されて以来、突然王の座を受け継いでそれでも立派に役目を果たした逸材。
 急遽人民の心を掴む演説を考え出す事など造作もない。
 ……本当の事を言えば再会のシチュエーションに合わせて数パターンの台詞を考えてきたのだが、この場において脳内から吹き飛んでしまっただけなのだが。

「ユート……、私は……この度の再会を大変嬉しく思います。ハイペリアとファンタズマゴリア、二つの世界を生きる人の運命が再び交わる事など本来あり得ない事なのですから。しかしそんな理屈を差し置いても今私と貴方はこうして再び出会い、言葉を交わす事が出来るのです。さぁ、もっと近くに寄って私にその顔をよく見せてください。この再会が夢で無いと確信するために……」

 ふ、決まった。
 レスティーナは即興で考えた自分の台詞に目を閉じて酔った。
 女王という自分の立場を損なわないよう気品と気高さを保ちつつも、今の気持ちを上手く言葉に乗せることが出来た。
 これで目を開けた時には悠人が目の前に傅き、この差し出した右手を取って口付けるだろう。
 立ち上がった時には間近に悠人の顔がある。
 周りの景色も音も気にならない、お互いの顔しか見れない。
 「レスティーナ、俺の顔を一番近くで見せてあげるよ」そう呟いて悠人はレスティーナに顔を寄せていく。
 レスティーナは金縛りにあったように悠人から瞳を逸らせない。
 3センチ、2センチ、1センチ……。
 お互いの間にあった距離が、ついにゼロになる。
 悠人の顔が最も間近で見れる瞬間、レスティーナは目を瞑ってしまっていた。
 唇に僅かな温かみが感じられた。

「ゆ、ユート! だ、駄目です! いけません! 私たちはまだお付き合いもしていないのですよ! それに私はファンタズマゴリアの女王、貴方はハイペリアの人間、身分も、住む世界も違いすぎます! それでも……それでも貴方が私が必要だとおっしゃるなら、私はこの身分を捨てましょう! 私はこの時点からガロ・リキュアの女王、レスティーナではありません! ヨフアルをこよなく愛する町娘レムリアです! ユート、私を何処へでも連れて行ってくださいませ! 地の果てまでも!」

 両手を頬に当てていやんいやんと身体をくねらせるレスティーナには悪いが、現実は厳しい。
 悠人は気絶中の圧殺寸前で聞いちゃいねーし悠人の上に乗っかっているスピリットも「重いからどいて」だの「退きたいけど足が抜けない」だの「ひゃぁ! 誰かがお尻触りました!」だのひどく姦しい。
 ただレスティーナの少し後ろでセリア、ヒミカ、ファーレーンの三人はそれぞれ複雑な表情を浮かべている。

「女王は妄想癖が強くなられたようです……」
「統一王国の激務をお一人でこなしていたご様子でしたから……。無理もありません……」
「王女がこんな状態だからこそ、わたし達がしっかりしなければなりませんね」

 こんもりと盛り上がった黒山のスピリット、未だに妄想特急状態のレスティーナを見て、行くタイミングを逸した三人はため息を付いた。

「さて、そろそろ退かないと本当に悠人さんが死んでしまいますよ」

 この状況を予測していたのか、ころころとこの状況を眺めて笑っている巫女装束姿のオバハン見た目は少女――倉橋時深。
 彼女にとってはこの再会は思いのほか感動に欠けるようだ。
 それもそのはず、時深の神剣の能力を駆使すれば四六時中悠人を観察する事も可能!
 現に彼女はファンタズマゴリアから悠人をしょっちゅう覗き見ていたのだ!
 そりゃあ新鮮味にも欠けるだろうさ!
 まさに世界最古、平安のストーカー!恋は盲目といったところか。
 しかし時深を始めとして、その恋が本当に想い人を殺しかけているとは誰も気づいていないようだが。




「ユートさま、大丈夫ですか……?」
「……あぁ、平気だ。心配かけた」

 調子を見るように首をこきこきと鳴らす悠人に申し訳なさそうな様子でエスペリアが頭を下げる。
 他のスピリット達もバツが悪そうに目を伏せている。
 結論から言うと、悠人の状態はかなりヤバかった。
 圧殺とはいかないまでも、全く受身の取れない体勢で硬いコンクリートにしたたか頭を打ち付けたのだ。
 上に圧し掛かっているスピリット達が順に退いていくと白目剥いている悠人が現れて一同騒然となったのだが、グリーンスピリット達の必死の神剣魔法で今ではすっかり良くなっていた。
 ただ、この世界はファンタズマゴリアに比べてマナが希薄のようで回復魔法の効き目が薄く、今でも悠人の後頭部には大きなタンコブが残っている。
 一つ咳払いをして悠人は総勢15名のファンタズマゴリアからの旅人に向き直る。
 怪我をさせてしまった者達は恐る恐る悠人の顔を見ていた。

「みんな、久しぶりだな……。またみんなに会えて俺も嬉しいよ」

 ふ、と微笑みを浮かべて話しかける悠人の様子に嬉しさがこみ上げてきて再び駆け寄ろうとするスピリット達。

「それはそれとして、どうしてアセリア達がこっちの世界にいるんだ?」

 しかしその歩みは悠人の当然の疑問を以って止まる事になる。

「アセリア、どうしてだ?」
「……よく分からない」
「エスペリアは知ってるか?」
「……え? あの、その、私より説明するのに適任の方がおられるのではないかと……」
「そっか。オルファは?」
「え〜? オルファに分かる訳無いよ〜。ウルカお姉ちゃんにでも聞いてみたら?」
「ウルカ、そうなのか?」
「て、手前はなにぶん付いて来いと言われただけなもので……。その辺の事情はよく存じませぬ」

 他のスピリット達に聞いても知らぬ存ぜぬパス1パス2の一点張り。
 残るはレスティーナ、そして時深のみ。
 じろりと、疑いの眼差しを向けると二人は乾いた笑いを浮かべている。
 間違いない、この二人だ。
 追求しようとする悠人だがそれはマンションから出てきた光陰と今日子の言葉で遮られる事になる。

「ちょっと悠! マズイわよ。マンション中羽根の生えた少女が窓から覗いてたって話で持ちきりよ!」
「積もる話もあるだろうけどまずは部屋に入ってきてもらおうぜ!」

 羽根の生えた少女――当然アセリアの事だ。
 悠人が何処にいるか探し回った結果だろう。
 ふと辺りを見回してみればひそひそと声を潜めて何やら話をしているご近所の奥様がた。
 少し考えればマンション前の通りで日本語ではない言語を使って大騒ぎする総勢15名の異邦人達と、妹と二人きりで暮らしている近所の苦学生。
 良からぬ事を言われているのは想像に難くない。
 さらに言えば天下の往来を歩いている人が皆無のはずは無く、行き交う人々はこの集団に奇異の視線を投げかけている。
 悠人は慌ててみんなを先導してマンションの中へ入っていくのであった。




「まずはどこからお話すればよろしいでしょうか?」
「とりあえずは俺たちが居なくなった後のあらましと、どうしてこの世界にやってきたか、その二点を説明して欲しい」
「そうですね。まずはそこから話しましょうか」

「うぅ、せまいです……」
「ヘリオン、我慢なさい。狭いのはみんな同じなのですから」
「ユート〜、喉渇いた〜」
「こ、こらニム。今からユートさま達は大事なお話をするのです。口を挟んではいけません」
「……これは何なのでしょう? ボタンが沢山付いているようですが。……あ、取れてしまいました」
「あ〜! ヒミカが何か壊した〜! いけないんだ〜!」
「こ、壊してなんかないわよ! ほら! これで元通り!」
「手前には直ったようには見えませぬが……」


 悠人一行はマンション前の通りから、高嶺家のリビング兼ダイニングに場所を移動していた。
 この高嶺家のマンション、アメリカの大邸宅のようにホームパーティが出来るような広さはもちろん無く、ウサギ小屋と称されるような代表的な日本の家なので一部屋に18人も入れるスペースは無い。
 よって中央にあるテーブルと四つある椅子には話の中心となるレスティーナ、時深、悠人、そして最後の一つには光陰が座っていた。
 今日子他スピリット達は全員床に直に座ってもらっている。
 それでも無理やり座った感は否めない。
 押し合い圧し合いざわざわわいわい。
 珍しいハイペリアの物を色々こねくり回して思わず壊してしまう者が居る始末。
 椅子に座っている4人はなるべく雑音を気にしないようにしながら話を進めていく。
 ちなみにこの席順、当初は最後の椅子に今日子が座って光陰が地べたに座る予定だったが、鼻息も荒くオルファ、ヘリオン、ネリー、シアーの間に突貫しようとした光陰を今日子がハリセンで仕留めた為このようになっている。

「我が父の領地拡大という野心から端を発した此度の戦争は、大地に根付くマナの争奪戦から全てを無に返しマナを回収せんとするロウ・エターナル達との戦いに発展し、ユート、コウイン、キョウコを始めとするエトランジェ、我が国の誇りであるスピリット達、そして永遠神剣第三位『時詠』の使い手であるトキミさまの活躍により私たちの世界はマナ消失の危機から救われました。ここまではよろしいですね?」
「ああ。だから俺たちはこっちの世界へ帰って来て、ファンタズマゴリアは統一国家としての道を歩みだした、そういう話だったはずだ」
「その上でファンタズマゴリアへロウ・エターナル達が再び現れないよう他の世界との道である『門』を塞ぐ。そうする事によってファンタズマゴリアは今後何千年単位で外の世界から侵攻の脅威に晒されなくなる。わたしはそのお手伝いをするためにしばらくの間あちらの世界に留まる、そのはずでした」

 レスティーナの話に悠人が相槌を打ち、その言葉に時深が補足を加える。
 ファンタズマゴリアは今回の教訓を生かし、他の世界とを繋ぐ次元の狭間に『蓋』をする。
 そうすることによってロウ・エターナルの侵攻を防ぐ事が出来る。
 言い換えればファンタズマゴリアからの出入りを禁止する事によって平和を維持しようとしたのだった。

「でも実際にはレスティーナ達はこっちの世界に来てしまっている。って事はつまり『蓋』はされてないって事か」
「ええ、コウインの言う通りです。もっとも正確に言うと“まだ『蓋』をする必要が無い”と言う事ですが」
「“『蓋』をする必要が無い”? どういう事だ?」
「今回の戦いでロウ・エターナル側もかなりの痛手を被りましたからね。彼らが再び力を蓄え、ファンタズマゴリアに攻め入るに十分なマナを得るには少なくとも数百年の時間が必要なんです」
「なるほど、慌てて作った出来合わせのシールドを使うより、より強力で長持ちするものを作ろうってか」

 納得したという顔で光陰が頷く。
 それならばこの場にヨーティアや彼女の助手であるイオ・ホワイトスピリットが居ないのも説明が付く。
 しかしあのずぼらで高圧的でタカビーなマッドサイエンティストが居ないのは少し寂しいような。

「光陰さんは物分りが早くて助かりますわ」
「いや、こんなの少し考えれば誰でも分かる事さ」
「さて、これで一件落着ですね」
「……待てコラ。今のじゃどうしてこっちの世界に来たのかって説明にはならんだろ」

 はっはっはっはと笑う時深、光陰、レスティーナを遮る悠人のツッコミ。
 ち、この朴念仁が。大人しく誤魔化されれば良いものを、とか、普段はニブチンなのにこういう時だけ妙に鋭いですね、等々心の中で悪態を付きながらも時深、レスティーナの順で悠人に説明していく。

「ですから悠人さん要するに」
「うん、要するに?」
「私もスピリット隊も此度の戦いでは非常によく働きました」
「ああ、それは俺も賛成だ。今回の戦いはスピリットのみんなが頑張ったからこそ勝てたんだ。もちろんレスティーナもよくやってたと思う」
「ガロ・リキュアも出来上がったばかりでまだまだ問題は山積みですがきっと良い国になるでしょうね。いくつもの世界でたくさんの国を見てきた私が保証します」
「スピリットと人が手を取り合えるって分かったんだ、俺も良い国になると思う。それで?」
「此度の戦いの疲れを癒す為に私とスピリット達、そしてトキミさまで行く慰安旅行を計画しました」
「慰安旅行? 良い事じゃないか。スピリットのみんなもきっと喜んだだろ」
「それでですね、みんなにアンケートを取ったんです。どこへ行きたいか」
「確かにそれは必要だよな。みんなが行きたくない所なんて行っても意味無いからな」
「そうしたら全員一致で」
「やっぱりスピリット隊のみんなは連帯感バツグンだな」
「希望の行き先はハイペリアでした」

 ピシリと、悠人の動きが止まる。
 脳裏を全く分かりやすい想像が駆け抜けたからだ。
 頭を振って嫌な予感を吹き飛ばす。
 いや、ここから思わぬ展開に飛んでいくに違いない。
 ひょっとしたら時深の予想に反してして突如ロウ・エターナル達がまた攻めてきたのかも。
 だから俺の――エトランジェ、高嶺悠人の力が必要だ、力を貸して欲しいと。
 その為にみんながハイペリアにやってきたのだ。
 そうだ、そうに違いない。
 自分の予想が当たっている事を祈りつつ先を促してみる。

「……だから?」
「ハイペリアに慰安旅行に来ました」

 ドカン、四人掛けのテーブルに重いものがぶつかった音がする。
 悠人が力なくうな垂れてテーブルに頭を打ち付けた音だ。
 痛みなどあるものか。
 それ以上の脱力感が悠人を包み込んでいたからだ。

「あの……、レスティーナさん」
「なんですかユート?」
「マジっすか?」
「ええ、大マジです

 ず〜んという擬音がぴったりな様子で落ち込む悠人。
 それとは反対にスピリット、そして時深から謎のレスティーナコールが起こる。
 民衆からの歓声に慣れているレスティーナはそれに手を挙げて答える。
 光陰は腹を抱えて笑い転げ、今日子は苦笑いを浮かべている。

「……おい光陰、笑い事じゃないだろ? 何処の世界に次元超えて慰安旅行に来るやつが居るんだよ……」
「だから今、お前の目の前に居るだろ? ファンタズマゴリアって世界のレスティーナ女王御一行様ってやつらがさ」

 光陰に尋ねる方がバカなのだ。
 初めから奴はあっち側、そして小さい子の味方なのだ。

「今日子も何か言ってやれよ……」
「え? 別にアタシは良いと思うわよ。それにレスティーナたちの気持ちも分かるし
「ん? 何か言ったか?」
「あっはは! 何でも無いわよ! とにかくアタシは賛成だから」

 これで賛成は二人。
 民主主義が浸透しているこの世界では本件は可決したことになる。

「それにだ、あんなに嬉しそうな彼女たちに、今更帰れなんて言えるか?」

 光陰のその言葉がトドメだった。
 悠人も初めから反対する気は全く無かったのだ。
 ただ、色々と問題が浮かんできて素直に賛成できなかっただけだ。

「みんながこっちに旅行に来たのは分かった。期間はどれぐらいなんだ?」
「えぇ〜! 今日来たばっかりなのにもう帰る時の話するの〜?」
「今日来たばかりだからよ。日数が分かっていれば予定も立てやすいわ」

 悠人の質問に地べたのネリーが立ち上がって不満の声を上げるが、セリアの説明に納得すると窮屈そうに腰を降ろした。
 光陰はレスティーナに尋ねる。

「そういうこったな。で、その辺はどうなってるんだ?」
「さぁ?」
「さぁって……レスティーナ、その辺全く考えて無かったのか……?」
「ええ、ハイペリア行きが決まってからすぐに『門』が開きましたから。こういうのをこの世界では『思い立ったが吉日』と言うのでしょう?」

 ガロ・リキュア女王としての激務から解放されリラックスしているレスティーナは機嫌良く笑みを浮かべるが、悠人はその言葉に軽い眩暈を覚えていた。
 なんつー行き当たりばったりな旅行だよ……。

「って事は必然的に次の『門』が開く時って訳か」
「そうですね。でもエターナルではないスピリットと生身の人間であるレスティーナ殿が潜れるほどの大きな穴ですから……」

 そこで言葉を濁す時深。

「何か都合の悪い事でもあるのか?」
「その、次の『門』がいつ開くか分からないんです……」

 ホントの行き当たりばったり旅行じゃないか……。
 悠人は思わず天井を仰ぎ見るしかなかった。
 その事で思いついた疑問を今日子が口に出す。

「ちょっと待って。って事は明日『門』が開くかもしれないし10年後かもしれないの?」
「そういう事になりますね。しかし確率的に言えば一ヵ月後辺りで開くと思います。もっとも10年後でも問題無いです。いざとなればファンタズマゴリアに着いてから私の≪タイムシフト≫で時を戻せば良いだけですから」

 どっちにしても≪タイムシフト≫は使うことになるんですけどね、と時深は付け加える。
 確かに女王レスティーナとその補佐官エスペリア、その他王国戦力の要であるスピリット隊が忽然と姿を消したのだ、今頃ファンタズマゴリアは大騒ぎだろう。
 何より今回の旅行は普段なら反対する立場のエスペリアやレスティーナといった良識人がノリノリで、尚且つ時深が味方に付いているのが大きい。
 上位永遠神剣の力をそんな事に使うのってどうよ? と悠人は思ったが決して口にはしなかった。

「それでですね、大変申し上げ難いことなんですけど……」
「宿の宛が無いってことだろ? そのぐらい分かってたよ」
「期間は一ヶ月前後か。ならある程度長く住める寝床を確保しないとな」
「そうなるな……。流石に全員俺の家に泊まってもらう訳にはいかないし」

 地べたに座るスピリット達を見て光陰と悠人はため息を付く。
 リビングに座るだけでもこの窮屈さなのだ。
 とてもではないが寝泊り出来るわけが無い。
 そもそも狭さに耐えても人数分の布団すら無い。
 西部に常冬の雪原、南部に灼熱の砂漠があるといっても大陸全体の気候は常春であるファンタズマゴリアとは違い、こっちの世界は今は冬。
 今は石油ファンヒーターという文明の利器を使っているので部屋の中は温かいが、まさか一晩中点けっぱなしという訳にはいかない。
 何よりスピリット達がフローリングの上に寝るなど悠人が許すはずも無かった。
 彼女達は戦うだけの奴隷ではなく一人の女の子なのだ。

「ま、妥当に考えて俺と悠人と今日子の家で分担するべきだろうな。俺はオルファちゃんとヘリオンちゃんとネリーちゃんとシアーちゃんキーーープってふごぉーーーーっっ!!
「言うと思ったわこの真性のペドっ!!」

 嬉々として自分好みのスピリット達の名前を挙げていく光陰の首を刈る鋭利な足という名の刃。
 陸上部ホープの脚力は伊達じゃない!
 なんか嫌な方向に曲がった首のまま一直線に飛んで行った光陰(その直線上にいたオルファ、ヘリオン、ネリー、シアーは身を引いて避けた)が壁に突き刺さるのを満足げに見届けてから今日子はこっち側に向き直る。

「三人の家で分担って案は却下」
「どうしてだよ? 最適な案だと思うけど」
「……悠のせいで死者が出ても知らないからね」
「……へ?」

 その時になってようやく場の空気が先ほどと違う事に気づいた。
 コールタールの中に漬け込まれているような重苦しい空気。
 喉はカラカラに渇き、適温に保たれているはずなのに止め処無く汗が流れる。
 ビリビリと肌を刺す殺気。
 この気配の発信源は――スピリット達とレスティーナ、さらに時深。
 全員が実戦さながらの顔つきで油断無く隣の様子を伺っている。
 腰の辺りに左手を置き、右手を添える動作で、だ。
 この動作の意味は――要するに相手より一秒でも、刹那でも早く戦闘態勢に移るためだ。
 隣が神剣を取り出したならば仲間であろうとも容赦なく斬る――そんな決意が全員の顔にみなぎっていた。
 剣を抜く理由はただ一つ――高嶺家で悠人と一つ屋根の下で暮らす為。
 たかがそんな事と言う無かれ、彼女たちにとっては十二分に命を張るに足る理由なのだ。

「……ごめん。みんなが一緒に住めるように努力するからその手を収めてくれ……」

 しかしそんな彼女たちの悲壮なまでの決意とは裏腹に、悠人はこの冷戦の理由を「いくら光陰や今日子の家といっても、全く知らない家に上がるのは不安なのだろう」と結論付けていた。
 嗚呼、素晴らしき哉朴念仁。

 はてさて、困った事になったぞ。
 彼女たちの数、実に15人。
 時深は神木神社に戻ってもらうにしても14人……やっぱり15人(何故か時深に物凄い表情で睨まれたので訂正)。
 野宿とかキャンプなどの阿呆な意見は頭の中から既に削除されている。
 大人数住める場所となると――まず挙がるのはホテル。
 しかしこれは直ぐに却下された。
 長期に住むとなると費用がかさむから。
 次に挙がるのはウィークリィ・マンション。
 これは単身赴任のサラリーマンを対象に作られたマンションで、数週間から一ヶ月単位での滞在に向いている。
 ただのマンションとの違いは家具付きだという事。
 値段もホテルに長く住むより安く上がる。
 しかしそれでもとてもじゃないが複数の部屋を借りるとなると一介の高校生が払えるような金額では無い。
 他にも色々なアイデアが挙がるが全ての案が費用という点で引っ掛かってしまう。
 そう、金である。
 高嶺家の収入は悠人のバイト、そして亡くなった悠人、佳織の両親の保険金、そして貯金。
 保険金と貯金はなるべく手を付けないようにしているので実質高嶺家の生活費は全て悠人のバイトによって賄われている。
 そんな訳だから日々の生活は決して楽ではない。
 なるべく安い食材を纏め買いして、余計な物を買わないようにしての繰り返し。
 余分がこの家にあるはずが無い。
 バイト先で無理を承知で給料の数か月分を前借しても焼け石に水だろう。

「パパ、お金の事で困ってるの?」
「あ……、ま、まぁな」

 オルファの質問にバツが悪そうに頭を掻く悠人。
 気分的には俺にどーんと任せとけと胸を張って言いたいのだが、経済面という物理的な問題なだけに隠しても意味が無い。
 ここでどうにか取り繕っても、後々苦労するのは彼女達なのだ。

「だったら心配いらないよ。だってほら」

 テーブルに一番近い位置で座っていたオルファが腰に吊り下げていた布の袋を机の上に置く。
 ラキオスの記章――リクディウスの龍が描かれた重そうな袋は置いた時にじゃらりという音を立てた。
 その袋に何か見覚えがあるのかレスティーナがはっと息を呑む。

「それはラキオス城の軍資金……!」

 慌てて開けて中を確認してみると、先ほどの音の正体、金貨がたっぷりと詰まっていた。
 軽く見ただけでも百枚以上はありそうである。

「オルファ、何て事を……」

 そのままエスペリアは卒倒してしまいそうだった。
 ファンタズマゴリアではスピリットが貨幣に触る事は無い。
 食料品などの必要な物資の購入は全て書類での取引となっているし、戦う対価として賃金が支払われる事は無いためである。
 それよりもまずこの場合はオルファが勝手にラキオス城の金庫から持ち出したものだろう。
 レスティーナの肩がわなわなと震えている。
 盗みを働いたスピリットは死刑、旧ラキオス王国の法律にあった項目をエスペリアは思い出した。
 人とスピリットを平等に扱うレスティーナならばそんな事はないだろうが、それでも罰は免れないだろう。

「レスティーナさま! オルファはまだ子供です! それに免じてどうか今回だけはお許しを! 全ては監督不行き届きである私の責任です!」

 どん! とレスティーナがその拳をテーブルに叩き付けると、場が静まり返った。

「オルファ……」
「は、はい。レスティーナさま……」
「よく……」
「あ、あの、その、ごめんなさい……」
「良くやりました! 褒めてさしあげます!」
「……え?」

 満面の笑みを浮かべてオルファの頭を乱暴に撫で付けるレスティーナ。
 撫でられている方はハニワ顔である。

「あ、あの、レスティーナさま?」
「オルファはこのような事態を見越して資金を調達してくれたのです。それを女王である私が使う、何か問題がありますか?」
「は、はぁ……」

 ちなみにガロ・リキュアの出納管理は全て補佐官であるエスペリアの管轄。
 しわ寄せが来るのはレスティーナではなくエスペリアだ。
 今年度の収支報告をどうやって誤魔化そうか、人知れずガロ・リキュア一の苦労人は頭を悩ませるのだった。

「ユート! 今すぐこのお金で宿を探しなさい! 最優先事項よ!」
「はっ! お任せください」

 ビシッ! と女王然とした態度で悠人に命令するレスティーナに、エトランジェだった頃の癖で思わず悠人もかしこまってしまう。
 これでとりあえず最大の障害である金銭面の問題が解決されたのだ。
 しかし悠人は知らない。
 金貨の換金は銀行ではできない事に。