守るべき白き人

第二章       旅立ち・後編

 

「なにが……何が起きた?」

海徒は周りを見回した。

さっきまで走っていた森は見る影もなく消し炭に変わっていた。

誰かいる気配もなく、そこには静寂があった。

「確か……ドレスを止めようとして……」

 

『落ち着け! 落ち着けドレス!』

『いや! いやあああああ!』

海徒は落ち着けようとドレスを強く抱きしめた。

『冷静になれ! 今のままじゃ!』

その時だった。

戦っていたスピリットが急に静まったのだ。

『なに……あれ……』

アヤヤが空を見上げて言った。

海徒も釣られるように空を見上げた。

『な…………』

『なんですの……なんですのあれは!?

頭上にあったのは金色の月。今にも地上に落ちてやると言わんばかりの大きな金色の月がそこにあったのだ。

『でかい……なんだよこれ……』

海徒が言うのと同時に、金色の月が地上に落下した。

 

「そうか……あの月が落ちてきて……みんな!」

海徒は皆の事を思い出し、走り出した。

走るごとに体中に激痛が走る。吹き飛ばされたとき何処か打ったのだろうと海徒は思った。

それでも、皆のことが心配で海徒は走った。

「みんな〜! みんな、何所だ〜!」

海徒は立ち止まり叫ぶ。しかし声が返ってくる事はなかった。

「う、うそだよな。そうだ、皆かくれんぼ上手だったっけ。みんな〜! もうかくれんぼは終わりだ〜! もう出てこいよ!」

海徒は再び叫んだ。しかし返事が返ってくる事はなく、辺りは沈黙した。

「……うそ……だろ……みんな……みんな死んじゃったのか……」

海徒は悲しみのあまりその場に座りこんだ。

「なんでだよ……どうしてだよ……なんでなんだよ!」

海徒は悔しさの余り地面を思いっきり殴る。流れ出る涙を気にする事もなく殴り続けた。

「くそ……くそ……くそぉっ!」

力がないのが悔しかった。皆が必死で戦っているのに自分は何も出来ず、何が起きたかすら分からぬまま皆死んでしまった。

「俺のせいで……俺のせいで!」

海徒には何も残っていなかった。絶望しかなかった。

悲しみを持ったまま海徒は立ち上がり、歩き出す。

頭の中は真っ白のまま、考える事すらできない。

一歩ずつのその歩みにさえ力がなかった。

そして、

 

バタン!

 

海徒は何かに躓き転び倒れた。

『これは……神剣か……』

海徒が躓いたのは、刀の形をした永遠神剣である。

「ドレスだけいなくなって……神剣だけが残ったのか……」

拾いあげて、海徒は神剣を眺めた。

あの凄まじい衝撃にも関わらず、神剣は傷一つない。

更に修道院にいた時に、皆で作った貝のからのアクセサリーがついていた。そのアクセサリーがドレスの神剣である事を証明していた。

「ドレスが……俺に残してくれたのか、この神剣を」

本来は違うのかもしれない。しかし海徒にはそう思えた。

この神剣はドレスが俺の為に残してくれたもの。この世界では右も左も分からない俺を心配して残してくれたもの。

この神剣にもっと別の意味があったとしても、海徒はそう思うことにした。

 

海徒はアルテリン修道院に戻っていた。

特に目的があったわけではない。ただ気になったのだ。

皆との思い出の場所はどうなってしまったのか。楽しいときを過ごしたあの家は無事なのか。

海徒は小さな希望を膨らませた。しかし、運命は残酷だった。

「……あれだけの衝撃だ。残っていたほうが軌跡か」

修道院は全壊だった。瓦礫がいろんな場所に突き刺さっていたり転がっていたりして、もはや修道院のあった場所は瓦礫の森になっていた。

海徒はそんな状態の修道院を見たくはなく、振り返りここから離れようとした。

その時だった。

 

コロンッ

 

石ころが転がる音がした。

「誰かいるのか!」

海徒はとっさに振り向いて叫んだ。

「安心しろ! 殺さない! だから出てきてくれ!」

ひたすら海徒が叫んだ。

「……殺さない? 本当に殺さない?」

誰かが海徒に向かって大声で返事を返した。

海徒は返事が帰ってきたことに喜び、叫んだ。

「ああ殺さない! 出てきてくれ!」

海徒が叫んでしばらくした後、返事の主が岩陰から出てきた。

「女……の子……」

海徒は驚いて思わず呟いた。

岩陰から出てきたのは長髪の女の子だった。

先程の衝撃の被害にあった様子はなく、しかし、抱くようにして四本の神剣が抱えていた。

スピリットである

「えっと……君、名前は?」

海徒が訪ねると少女は首を横に振って答えた。

「……わからない。気付いたらここにいた」

「ここにいたって、君の事だろ? どこから来たのか分からないのか?」

再び少女は首を横に振って答えた。

「わからない。自分が何者なのかも、ここがどこなのかも」

「そうか……困ったな」

海徒は頭を抱えて考え込んだ。

『名前もどこから来たのかも分からないなんて、記憶喪失か? でも俺スピリットの事は詳しくないし』

物々と考え込んでいると少女が海徒の事をツンツンと突いてきた。

「ん、何?」

「貴方の……名前は?」

少女が海徒の顔を覗きこみながら言った。

「あ、そういえば言ってなかったな。俺は海徒。神無月・海徒って言うんだ」

「かいと?」

「そう、海徒っていうんだ」

「海徒!」

少女は言いながら笑った。そんなに名前が分かったのが嬉しかったのか、と海徒は思った。

「なんだよ? 俺の名前が分かってそんなに嬉しいのか?」

「うん! 嬉しい!」

少女は大声で言った。

『意外と素直で純粋な子なんだな、この子』

海徒にはこの少女がとても素直で純粋に見えた。自分と違って、こんなに暖かく笑える少女が可愛くも思えた。

「ねえ、海徒。私の名前付けて」

「え、名前ってお前のか?」

「うん」

少女は笑顔で大きく頷いた。

「名前かぁ、名前って一生もんだしな〜」

海徒は深く考え込んだ。

やがて、海徒は口を開いた。

「よし、じゃあお前の名前はレンだ。しかも四本の神剣を持っている。全部の属性の神剣を持っているんだ。だから、レン・エレメンタルスピリットだ」

「れん……えれめんたるすぴりっと?」

「ああ、レン・エレメンタルスピリット。だからお前の事をレンって呼ばせてもらうよ」

「うん!」

レンは笑顔で大きく頷いた。

海徒はレンと分かりあえた事を嬉しく思った。

この世界で親しくなった人たちは皆死んでしまった。その悲しみがレンのおかげで少しだけ軽くなったのだ。

「それじゃ行こうかレン。何時までも此処にいたってしょうがない」

「うん。行こう行こう」

海徒とレンは共に歩き出した。

今までの記憶がないレンにとって、海徒について行くのは必然だった。レンと言う名前をつけたのは海徒なのである。また信用できるのも海徒だけなのである。

海徒にとっても、レンはこの世界で出会った大切な仲間なのである。出会ってから大した時間は経っていないものの、素直で純粋なレンを海徒は信用できると思ったのだ。

「ねえ、所でこれからどこに行くの?」

「そうだな……何所行こうか」

海徒は何所に行くのか考えていなかった。

レンは何も知らないので、行く宛を考えるのは当然海徒の役目である。

「そうだな……とりあえず最寄の街に行って」

「あ、そう言えばね」

レンが海徒の言葉を遮った。

「海徒に会う前にね。反対側に向かって歩いていく人見たよ」

「歩いていく人? どんな様子だった?」

「どんな様子って……ただ普通に歩いていたけど」

海徒は少し疑問に思ったが、あまり気にはしなかった。

レンの言葉を聞くまでは。

「そう言えば、神剣持ってたような気がする」

「神剣って……本当か!?

海徒はレンに詰め寄った。

「うん、話しかけようとしたけど、怖くて出来なかったんだ」

海徒はそうかと呟いた。

レンを持っている神剣を持っている人物。海徒は素直に会って見たいと思った。

この世界で神剣を持っているのはレンのようなスピリットと俺のようなエトランジェだけだ。どこかの国のスピリットと言う可能性はあるがそれでいても単独で動いているのは不自然である。これはエトランジェにも言える事である。

『もしかしたら皆が生きているのか……いや、それはないか』

海徒は生まれた可能性を否定した。

あの衝撃で海徒が生き残っている事自体が軌跡の中の軌跡である。

皆が生きている可能性は皆無である。

「レン、俺その人追ってみたいんだけど」

海徒はその人物の事が気になってしょうがなかった。

「追ってみたいの? 私はいいけど」

「ありがとう。じゃあ、行こうか」

レンの許可を取り、海徒とレンは歩き出した。

 

ブオーンブオーンブオーン。

二人が歩き出して数分後だった。

「帝国! もう来たのか!?

あれほどのマナの衝撃だ。ラキオスだってマロリガンだって、もちろん帝国だって気付いたはずだ。しかも帝国はスピリット隊が派遣しているのだ。動かない訳がない。

「な、何? どうするの海徒?」

レンは明らかに混乱していた。

「レン、逃げよう。此処は危険だ」

海徒はレンの腕を掴み、戻ろうとした。

しかし、轟音が聞え振り返った。

「海徒! あれ!」

レンは海徒の名前を叫び、指を指した。

「……あれは!?

レンが指差したのは戦場だった。

帝国のスピリットが数人で一人のスピリットを囲んでいた。

「あ、あの人だ!?

「レン?」

「あの人だよ、さっき見たの」

「そうなのか?」

レンはコクリと頷き、言った。

「海徒! 助けないと!」

「助けるって……そりゃ助けたいけど……」

海徒は口を塞いだ。

海徒には力がない。皆のように神剣魔法を使えないし、神剣を振り回して戦った事もない。

今持っている神剣もドレスの者で海徒本人の神剣ではない。だから神剣の声も聞えないし、話すことも出来ない。

「どうしたの海徒? 助けに行こうよ!?

「ごめんレン。俺には無理だ」

「なんで……何でよ海徒! 助けに行こうよ!」

「俺はお前みたいに戦えないんだ。神剣を持っているわけじゃないし、戦う訓錬をしていないんだ。帝国のスピリットと戦っても死ぬだけだ」

「海徒……」

レンは海徒に失望した。海徒は助けようすると思っていたからである。

「レン、俺には力がないんだ。神剣魔法は使えないし、神剣の声も聞えない。この神剣も俺の物ではない。だから……」

「もういいよ」

レンは海徒を見て冷たく言った。

「海徒がそんな弱虫だったなんて知らなかったよ。海徒なんか大嫌い!」

レンは戦場となっている草原を一瞥して海徒に叫んだ。

「海徒が助けないなら、私が助けるもん!?

「おいレン!」

レンは海徒の静止を振り切って走っていった。

「レン……」

海徒は悔しかった。力がないのが悔しかった。エトランジェだと言うのに、勇者だと言われているのに力がないのが悔しかった。

「何が勇者だ! 何がエトランジェだ! 結局は何も出来ないじゃないか!」

悔しかった。悔しかった。悔しかった。力がないのが悔しかった。

「誰でもいい。誰でもいいから俺に力をくれ! 皆を守る力を!」

海徒は叫んだ。しかし叫んだ所で力は手に入らない。叫んだ所でどうにもならない。

「お願いだ! 誰でもいいから! 誰でもいいから力を!」

『そんなに力が欲しい?』

何所からが声が聞こえできた。

どこかで聞いた事のある声。そして懐かしい感じの声だった。

「誰だ! 誰がいるのか!」

『力が欲しい?』

会話が矛盾していた。しかし海徒は気にしなかった。

「力を……力をくれるのか?」

『ええ、貴方が望むなら』

貴方が望むなら、海徒にはこの言葉は魅力的に聞えた。魅力的な誘いに聞えた。

「俺が……望むなら……」

海徒が呟くと頭の中に何かが浮かんだ。

「ドレス……」

『えっ』

辺りを見回した。誰もいないが海徒は気配を感じた。

「ドレス……いるのかドレス……」

『お〜い、聞えてる?』

海徒は呟いた。ドレスがいるような気がして。

「ドレス! 何所だドレス!」

『お〜い、カイト〜、聞えてますか〜』

海徒は何となく立ち上がった。

「ドレス……俺は……どうすればいいんだ……」

『いや、だから力が欲しいならって、お〜い海徒、私の話を聞いて〜』

海徒は大きな木に寄りかかった。力を抜いていたのか、何かを落とした。

海徒は落としたものを拾おうとした。しかし、予想外にその何かは大きかったので手を滑られてしまい、もう一度拾った。

そして海徒は驚いた。

「……これは……ドレスの」

海徒が落としたもの。それはドレスの神剣だった。

「いた……」

『ああ、その神剣。たまたまこの世界に残った物ね。そんな事よりも』

「あははは……」

海徒はおかしくなって笑ってしまった。

『海徒?』

「なんだよ……いたじゃないか……此処にいたじゃないか……」

海徒の瞳から涙が溢れ出した。

「此処にいたんだ……ドレスは此処に」

海徒はドレスの神剣を抱きしめた。

『あの〜海徒、聞えてる?』

「ドレス……力を貸してくれ……戦うための……守るための力を」

『あれ? 私もしかしたら無視られてる? 無視しないで〜おね〜さん寂しいよ〜』

「ドレス……」

海徒は目を閉じ、必死に祈った。

戦うための力が欲しい、守るための力が欲しい、だから……

『ドレス……力を貸してくれ……』

『お〜い、ウサギは寂しいと死んじゃうよ〜、だから無視しないで〜』

海徒が祈ったその時だった。

『エトランジェよ』

「神剣が……神剣の、神剣の声が……」

海徒は神剣の声を聞いた。

「……ドレス……ドレスなのか?」

『え、ちょっと何これ? 時深から聞いたのと違うじゃない』

海徒は両手で神剣を持ち、ドレスの神剣を見つめ、そして問う。

『私の名前は【黒姫】。ドレスは私の神剣の主だった者の名』

「そんな事はどうでもいい! 【黒姫】、力を貸してくれ!」

海徒は【黒姫】に向かって叫んだ。

向こうではレンが戦っている。自分はこんな所で油を売っている場合ではない。そう思いながら海徒は叫んだ。

しかし【黒姫】は残酷だった。

『お前に何が出来る?』

「えっ」

『アルノスや他のスピリット、さらにはお前に好意を持っていた我が主さえも死んでしまった。残るはお前のみ。しかし、お前に何が出来る? 皆も我が主をも死なせてなおノウノウ生きている力のないお前に』

【黒姫】は海徒に現実をつきつけた。

海徒は言い返せなかった。真実だからである。

アルノスやドレス、皆を死なせてしまった。

力もないのに俺だけが生き残っている。

しかもレンは今戦っているのに、自らはこんな場所で一人でいる。

だから海徒は言い返せない。言い返せる立場ではなかった。

「……確かにそうだ。皆を見殺しにして、俺だけノウノウと生きて、それでまたレンを見殺しにしようとしてる。……なんだよ、何が力だよ……力がないってのを理由に逃げてるだけじゃないか俺は!」

無差別にそこにあった木を殴りつけた。

力がないのが悔しい。しかし、それは守れなかった者の台詞だ。守らなかった者の言う台詞ではない。

『やっと気付いたか、それに気付かなければ力を持っていても同じことだ』

「【黒姫】……お前、それを気付かせるために……」

『話は後だ。あの娘を助けるのだろう。ならば走れ、私がドレスの代わりに力を貸してやる』

「【黒姫】……そうだな、もう迷ったり考えたりするのはやめだ、今は」

海徒は【黒姫】を腰に掛け、

「走るだけだぁぁぁ!」

海徒は走り出した。

 

 

「きゃぁぁぁ!」

レンは帝国のスピリットに弾き飛ばされ倒れた。

「そんな……こんなに強いなんて……」

レンは敵の実力な愕然とした。

実力差があり過ぎた。簡単に攻撃も神剣魔法も防がれてしまう。

『私……此処で死ぬの……』

レンの目の前にブラックスピリットが近づいてきた。

無表情のまま、鞘から神剣を抜く。

そしてそのまま振り上げた。

『此処で死ぬんだ。……だったら、海徒と喧嘩しなきゃよかった』

レンは海徒と喧嘩して分かれた事を後悔し、死を覚悟した。

「ふふふ……」

ブラックスピリットは不気味に笑い、

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」

神剣を振り下げた。

レンはゆっくりと目を閉じた。

すぐに天国に行けるだろう、そんな事を思い死を待った。

しかし、待っていた死は訪れなかった。

「全く、世話掛けさせやがって」

「えっ……」

レンは閉じていた目を開け、そして見上げた。

「かい……と……」

「なんだよ、俺の事忘れちまったのか?」

「でも……海徒なんで」

「迷ったり考えたりするのはやめた、それだけさ」

それだけさ、と言うと同時に海徒は走り出した。

目標はレンの言っていた少女を取り囲んでいるスピリットの集団。一番後ろにいたスピリットを背後から切りかかる。

「!!!!!」

少女も帝国のスピリットも一斉に海徒を見つめた。

『自分が囮になる気か? 全く無謀な奴だ』

「悪いな【黒姫】。俺のやっている事は無謀じゃなくて無茶だ!」

帝国のスピリットは一斉の海徒を標的にして向かっていった。

それが海徒の狙いだった。

「あらよっと」

海徒は後ろに大きく跳躍した。

それに釣られて帝国のスピリットも大きく跳躍した。

「狙い道理だ!」

海徒はそういって、ポケットからおもむろに何かを取り出し、スピリットたちに向かって投げつけた。

スピリットたちは投げつけられた物に気を取られている内に、その何かは激しく爆炎と衝撃をたてて爆発した。

爆発に巻き込まれた帝国のスピリットは激しい爆炎にもがきながらも、やがてマナの霧になって消えていった。

「すごい……」

レンが海徒の後ろで呟いた。

「すごいよ! 何時の間にそんな事できるようになったの?」

極端に言えばレンはかなり驚いていた。当たり前と言えば当たり前だ。俺はさっき戦う事はできないと言いながら、今は帝国のスピリットの大半を一撃で倒してしまったんだから。

『私も驚いた。木の枝にマナを送り込んで溜め、相手に投げつけ溜めたマナを爆発させる。バカらしい考えだが思いもしない事をするなお前は』

「褒め言葉と受け取っておくよ【黒姫】」

【黒姫】もレンと同じく驚いていた。そしてレンの言っていた少女も同じように目を見開き驚いていた。

「えっと……あの子がレンの言っていた子?」

海徒は少女を見てレンに尋ねた。

レンはコクリと頷くのを見て、海徒は少女に歩み寄ろうとした。

『後ろだ、海徒!』

【黒姫】が叫ぶと同時に海徒は鞘から【黒姫】を抜き、斬撃を防ぐ。

そして本来は次に反撃を加える所。しかし、それをしなかった。いや、させてくれなかった。

『こいつ……』

『気を付けろ。このスピリット、今までの輩とは全く違うぞ』

背後から襲ってきたのはブラックスピリットだった。しかし、今まで戦っていたスピリットよりも遥かに一枚も二枚も上手だった。

「ほう……手前の斬撃を防ぐとは」

「ちっ……」

海徒は襲ってきたスピリットを弾き飛ばし、体勢を立て直す。

「レン、下がってろ……」

「えっ……でも……」

「こいつは今までの奴らとは違う。今のお前じゃマナの霧になるのがおちだ」

レンは海徒に従い、後ろに下がった。

「それでいい、それじゃあ行くぜ!」

海徒はレンが下がるのを見ると同時にスピリットに向かって走り出した。

それを見たスピリットも同時に走り出す。

「速い……」

「速いな……」

スピードは互角だった。

互角なために、二人には相手がよく見えた。

『ここだっ!』

海徒はタイミングをはかり、スピリットに斬撃を放った。

スピリットは海徒の斬撃を弾き、距離を取った。

「なるほど、さすがはエトランジェ。よい腕をしている」

「ありがとさん。そのついでにあんたの名前も知りたいもんだ」

「手前はウルカ。ウルカ・ブラックスピリット」

「神無月・海徒。見ての通りエトランジェだ」

「海徒殿。貴殿ほどの手練れと戦える事を感謝する」

ウルカはそう言って、神剣魔法を唱え始める。

「マナよ、敵に恐怖を刻め。テラー!」

ウルカの神剣魔法が海徒を襲う。

しかし海徒は気にせず走り出した。

海徒ほどのスピードならば神剣魔法は当たらない。それを利用してウルカが神剣魔法を使っている間に一気に間合いを詰めた。

「はあああああ!」

海徒はウルカに切りかかる。ウルカはそれを弾き、更に反撃を加える。海徒は更にその反撃を弾き、反撃を加える。

目にも留まらぬ攻防。しかし、海徒は少しづつ押されてきた。

海徒とウルカの戦い方には違いがある。

ウルカは目にも留まらぬ居合い抜きで敵を高速で切りつける。一々鞘に戻すものの、的確に斬撃を放つ事のできる効率のいい戦い方である。

それに比べて海徒は左手に鞘、右手に刀と極端な戦闘スタイルをしている。持ち方を順手と逆手にいろいろ持ち替えて、斬撃と打撃を変幻自在に使い分ける戦い方をしている。

その差がこの戦闘で現れてきている。

ウルカは正確に攻撃を防げるが、海徒は変幻自在に攻撃するため決まった姿勢で取れず、その結果、体力の消耗が激しいのである。

「ちっ……」

海徒は状況が不利だと判断し、ウルカを弾き飛ばそうとした。

だがその為に、無理をして隙が生まれてしまった。

その隙をウルカは見逃さなかった。

「星火燎原の太刀!」

ウルカの星火燎原の太刀が海徒を襲った。

「海徒!」

レンは叫び海徒に駆け寄ろうとした。

しかし、

「甘い!」

海徒は間一髪ウルカの攻撃を防ぎ、距離を取った。

「ほう……今のを防ぐとは。さすがと言ったものでしょう」

「褒めてくれてありがと。でも完璧とはいかなかったよ」

海徒の脇腹には微かに斬られた後があった。痛みは少ないものの、このままではウルカにやられてしまう。

「そろそろ決着をつけましょうか、海徒殿」

ウルカは再び神剣魔法を唱え始める。

「混沌の衝撃。呑まれる恐怖に」

「ライトバースト!」

何者かの叫びと同時に、光るマナの嵐がウルカを襲った。

「今だ!」

海徒はポケットに残っている全ての木の枝にマナを溜め、マナの嵐に向かって投げつけた。

マナの嵐と共鳴したのがすぐに爆発し、ウルカを吹き飛ばす。

「ぐっ!」

さすがはウルカと言った所だろうか、並みのスピリットなら完璧にマナの霧になっていただろう威力が、傷を負いながらも立ちあがった。

「ここまでか……悪いが引かせてもらいましょう」

「ああ引け、俺もこれ以上あんたと戦いたくはない」

「感謝します、海徒殿。また合いまみえる日まで……」

ウルカはそういい残し、暗黒の中に消えていった。

「……全く。ウルカ、お前には絶対に会いたくないよ」

 

 

「海徒、大丈夫?」

「ああ、何とかね……レン、あの子は?」

海徒はウルカにやられた傷を抑えながら、レンに尋ねた。

レンはちょっと待っててと言って、座り込んでいた少女の下に向かおうとした。

しかし、その必要はなかった。

「……私のことですか?」

少女は自ら海徒たちのもとに近づいてきた。

「大丈夫か? 結構やられていた様に見えたけど」

「……今の貴方に言えた事ですか?」

「あはは、そりゃそうだ」

「全く……見せてください。大した事ないだろうけど手当てぐらいしないと」

そう言って少女は海徒の傷を手当てし始める。

『白い髪の毛……て事はホワイトスピリットって事か』

海徒は前にアルノスに聞いた事があった。ホワイトスピリットと言うのは、四種類のスピリットとは別の極めて珍しいスピリットである事を。

『珍しいスピリットか……レンもその中に入るのか?』

レンは感じは無理やり言えば、ブルースピリットに近い。しかし、一番の違いは神剣を四本持っていると言うことである。

『う〜ん、考えても無駄か』

海徒はこの世界のことすら全く知らない。そんな自分がこんな不思議な事を考えても、答えが出ないのは分かりきっている。

「いいですよ。一応傷の手当てはしました」

「ああ、ありがとう。助かったよ」

「……助かったのはこちらです。スピリットたちから助けていだだき、ありがとうございます」

少女は深く海徒に頭を下げた。

「別にいいって。それより君の名前は?」

「名前ですか……ありません」

少女がレンと同じ反応をする事に海徒は少し驚いた。

「え、名前ないの?」

レンが横から勢いよく話に割り込んできた。

レンの迫力に少女オドオドしながらもコクリと頷いてしまった。

「そうなんだ、だったら海徒につけて貰えば?」

「……海徒さんにですか?」

「てか、何でまた俺なんだ?」

海徒と少女はそれぞれ違った反応をした。

「だって、私の名前は海徒がつけたじゃない。だったらこの子の名前も海徒がつけなよ」

「お前の時は状況が状況だろ。第一、本人が望んでないんだから」

「……あの」

少女が少し控えめに言った。

「よければ名前をつけてもらえませんか」

「……………」

「……………」

少女の言った事が理解できず、海徒とレンが一斉に沈黙した。

「あの、すまないがもう一度言ってくれ」

「だから海徒さんさえよければ、私の名前を決めてください」

「ええええええ!」

レンは驚きのあまり声をあげた。

レンとしては冗談で言ったつもりだった。しかしその冗談が現実になってしまって驚いているのである。

「あ、あの、冗談で言ったつもりだから別に本気にしなくても」

「いえ、会ったばかりで失礼かもしれませんが、海徒さんは信頼できる人です。私としては一番信頼している人につけて頂きたい」

少女は真顔で言ったのを見て、レンは何も言えなくなってしまった。

そしてその一部始終を見ていた海徒は、

「そんな簡単に信用していいのか? もしかしたら悪い人間、じゃなかった、悪いエトランジェかもしれないぞ」

海徒は真剣な表情をして少女に言った。

そんな海徒に、少女は優しく微笑んだ。

「貴方は悪い人なんですか?」

「……悪い人だよ。平気で人を傷つけてきたからね」

そう言って海徒の頭に浮かんだのは、この世界に来る前に喧嘩した幼なじみの都子の姿である。

悪気はなかった。しょうがなかった。言い訳なら幾らでも言えるが傷つけてしまった事にかわりはないのである。

それに都子だけではない。ほかにも沢山の人を傷つけ苦しめてきた。

「でも」

少女は優しい微笑みを崩す事無く海徒に言った。

「貴方は優しい目をしている。貴方は本当は優しい人。しかし、貴方の境遇がその優しさを認めなかった。それだけの事です。目を見れば分かります。目は口ほどに物言いですから」

「……ばか。そんな事を真顔で言うな。恥ずかしいだろうか」

海徒は恥ずかしくなって呟いた。

その呟きを少女は聞き逃さなかった。

「でも本当の事ですよ」

少女は平然と言ってのけた。

海徒は育ての親がなくなってから、優しいと言われたことがない。優しいと言われる事に慣れていないのだ。

だから少女に言われた事が余計恥ずかしいのだ。

「……アルナ」

「え……」

少女は海徒が何を言ったのか聞えず、小さく呟いた。

すると海徒は急に立ち上がり、少女に言った。

「ああもう、何度も言わすな。アルナだ、アルナ」

「……アル……ナ?」

「そうアルナだ。アルナ・ホワイトスピリット。……お前の名前、これでいいだろ?」

海徒の問いにアルナは微笑み、そして頷きで答えた。

 

アルナの名前が決まって数分が経った。

「ねえねえ海徒。これからどうする?」

「これからかぁ……そうだよな、これからどうするか」

三人は再び目的地と言う壁にぶつかっていた。

アルナが仲間に加わったとしても、結局目的地を決めるのは海徒である。

と言っても海徒も詳しいわけではなく、何所に行けばいいのか分からないのだ。

「こうなったら仕方ないか」

そういって、海徒は地面に【黒姫】を突き立てる。

『あえて言うが私の倒れた方に行こうと言う事ではあるまいな?』

『そこまでは分かっているならあえて言う必要はないんじゃないか?』

『もし過去に戻れるなら、我が主が貴様に出会う前に切り刻んで殺してやる!』

【黒姫】はキレていたが、海徒は気にする事なく手を離した。

ゆっくりと【黒姫】は倒れていき、やがてガランッと地面に着く。

「よし、あっちだ。あっちに歩くぞ!」

「よ〜し、あっちだ、あっち〜」

海徒とレンは歩き出そうとした。

しかし、

「ちょっと待ってください」

アルナが二人を止めた。

「あの、あっちは帝国ですよ」

「……………」

「……………」

海徒たち三人は沈黙した。

『【黒姫】、お前って意外とやくに立たないんだな』

『貴様いつか絶対に殺してやる!』

【黒姫】は鉄拳制裁の代わりに、頭痛一時間+αで海徒を痛めつけた。

 

 

「全く、どうゆう事よ。時深の言ってたのと違うじゃない」

金髪の女性が遠くの海徒を見ながら呟いた。

「【黒姫】って神剣もそうだけどあのレンって言う子、時深には聞いていない。イレギュラーって事か。はあ、どうしようかな〜、計画かなり狂っちゃったよ」

女性は少し考え込んだ後、再び呟いた。

「考えても仕方ないか。どうせ頭は良い方じゃないし。はあ、時深に相談しなくっちゃ」

女性は振り向くと共にそのまま姿を消していった。

 

                                         続く