守るべき白き人

第二章       旅立ち・前編

 

海徒がアルテリン修道院で暮らす事になって、二ヶ月が経った。

「かいと〜、一緒に遊ぼう」

「遊ぼう、遊ぼう!」

「遊びましょう!」

「遊びますわよ!」

「遊ぶわよ!」

「さあ、遊び合おう!」

「なんか、一人分多くなかったか? しかも最後だけ異様におかしいし」

そう言いながらも、海徒は五人のスピリットにせがまれて外に出る。

アルテリン修道院で生活を始めて二ヶ月たったが、海徒はその二ヶ月でこの世界の言葉を完璧にマスターした。

初めは苦労したスピリットとのコミュニケーションもようやく取れるようになった。その為、毎日こうやって、スピリットの皆と元気に遊んでいた。

スピリットの年齢差はさまざまで、一番下で幼稚園生ぐらい、最高で海徒よりも一つ上位だ。

「だらだらしない! もう、本当にのろまなんだから」

スピリットの中で一番年上のスピリット、アヤヤ・ブルースピリットが強引に海徒の手を引っ張る。

「はいはい、そう急かすなって」

海徒はアヤヤに手を引っ張られながら、みんなの所に向かう。

「かいと〜、ドッジボールしよ〜」

そう言ったのは一番年下のスピリット、アリア・グリーンスピリットである。

「え〜、お前ら相手だと絶対骨が折れるんだけど」

「そんなもの、貴方の鍛え方が柔なんですわ」

ドレス・ブラックスピリットがお嬢様口調言った。

「でも毎日ドッジボールであきた」

そう言って否定したのは、リルム・ブルースピリットである。

「でもでも、他にやる事ある?」

ティータ・レットスピリットが海徒に聞いた。

「そうだな〜、ボールを使った遊びねえ〜」

「もう、他にないんですの? せっかく遊んであげましょうと思いましたのに」

「そんなこと言うならやんなくていい」

「な、誰もやらないとは言っていませんわ!」

「はあ〜、ほらほら喧嘩はやめろ」

海徒はリルムとドレスの喧嘩を止めに入る。

「そんないつもいつも喧嘩してよく疲れないな」

「喧嘩ではありませんわ、ただリルムが反論してくるだけですもの」

「人に責任を擦り付けるのは大人気ない」

「なんですって〜!」

そう言いながら、ドレスはリルムを睨む。

ただ、リルムはそれを相手にしない。

「全く、仲がいいんだか悪いんだか」

「そんな事より海徒。何して遊ぶ?」

「そうだな〜」

海徒が考え込んだその時、

 

ブオーンブオーンブオーン。

 

何処かで、不思議な音がなった。

「なんだ? この音?」

「まずいわね」

「えっ?」

アヤヤが小さく呟いた。

「アヤヤ、この音知っているのか?」

「海徒君! みんな! すぐに家の中に入って!」

アルノスが家の窓から叫んだ。

海徒は何が起きたのか理解できないものの、アルノスの表情からして、緊急事態だと理解した。

「みんな、とりあえず家の中に入ろう」

海徒はそういってみんなを誘導する。

家の中に入るとアルノスがすごい表情で言った。

「みんな、一旦物置の地下に隠れて!」

「え〜、なんで〜?」

「え、でもでも、なんでですか?」

海徒はもちろんの事、アリアもティータもドレスもリルムも何が起きているのか理解していないらしい。

ただ唯一、アヤヤだけが理解しているように海徒には見えた。

「ごめん、事情は後で説明する。とりあえず今は隠れて」

アルノスが言うなり、みんなは一斉に移動を開始する。

「アルノスさん、俺もみんなと一緒に行った方がいい?」

「おねがいします。出来れば彼女たちが勝手な事をしないようにお願いしたいのですか」

「分かりました。任せてください」

海徒はそういって、みんなと一緒に物置に向かった。

 

「なあ、アヤヤ」

物置に向かう途中、海徒はアヤヤにある事を聞いた。

「さっきの音について何か知っているのか?」

「……前に聞いたことがあるの」

海徒の考えたとおりアヤヤはこの音を知っていた。

だが、海徒はそれ以上の事を聞かなかった。

「……聞かないの?」

「何を?」

「さっきの音の事よ」

「ああ、今はいいよ。移動するのが先だ」

「……………」

それっきり話すことはなく、海徒たちは物置に向かった。

 

物置に着いた海徒たちは、すぐに地下室に身を隠した。

「こんな所に地下室があったなんて……」

海徒は物置に来たものの地下室がある事など全く知らなかった。

「にしても狭いな」

「貴方がいるからでしょ! 外に出なさい!」

「お前が太ったんだろ!」

「なんですって!」

「し〜! 静かにして!」

アヤヤが叱りつけ、皆を静めた。

「良い? みんなちゃんと聞いてね」

「なんですの? 急に改まって?」

「帝国が来たの」

「!!!!!!」

皆が驚き沈黙した。海徒も例外ではない。

「どうしてそんな事が分かる?」

リルムが疑問を投げ掛けた。

「実はね、帝国がラキオスに行くのに一番近い道なの」

海徒はその言葉で理解した。

帝国が正規のリートでラキオスに行くには危険すぎる。さらには時間もかかる。しかし、海徒たちの住んでいるアルテリン修道院を通れば、補給はないものの四、五倍は早くラキオスに着くだろう。

「で、でもでも、今まで帝国なんて通らなかったよ」

「休戦状態だったからだよ。ティータ」

ティータの疑問にアヤヤではなく、海徒が答えた。

「今までは休戦状態を保っていたけど、ラキオスがイースペリアとサルドバルトを取り込んだから、恐らくそれで帝国も動き出したんだと思う」

「う〜、かいと〜、言ってることがよく分かんないよ〜」

海徒は、ごめんごめん、と笑いながら言った。

「だとしたら大人しくしていた方がいい」

「なんでですの、リルム?」

「分からないか? ばれたら大変な事になるだろう」

「大変な事?」

海徒は少し驚いた。リルムは思った以上に頭の回転が速いのだ。アヤヤやドレスも理解していないのにリルムだけは理解していた。

「わかった!」

アリアが大きく手を上げ叫んだ。

「私たちがスピリットだから〜、連れてかれちゃうんだ」

「半分正解」

『半分?』

海徒とリルム以外が口をそろえて言った。

「半分ってどうゆう事?」

「半分はお前たち。もう半分は俺さ」

リルムの変わりに海徒が答えた。

「今まで気にはしていなかったけど、俺も一応エトランジュだからさ」

「あ、そうか……」

海徒の一言で皆黙り込んでしまった。

海徒は思った。恐らく彼女たち自身もそれには触れないようにしていたのだろうと。

「とりあえず、今は大人しくしていよう。しばらくすれば、帝国もいなくなるだろうし」

海徒がそういった矢先、

『ほう、ここなら人一人位なら簡単に隠せそうだな』

『だから誰もいませんって』

外から会話が聞えてきた。

「……みんな……静かにして」

とっさに人差し指で静かにするよう合図をした。

皆は一斉に静かになり、外の会話を聞く。

『第一、        貴方たちに隠してもこちらには利益がないでしょう』

『そんなことは私たちが判断する。よし、探せ!』

海徒は小さく舌打ちをした。

『アルノスさん、隠し切れなかったか……まずいな』

海徒は必死に頭を回転させる。

しかし、この状態では言い逃れはできない状況である。

幾ら頭を回転させても無意味である。

「どうしよう……どんどん近づいて来てるよ……」

アリアの言うとおり、どんどん帝国の兵士が近づいている。

「どうするんですの……このままでは見つかってしまいますわ……」

皆はどんどん弱音を吐くようになってきた。

『どうする……どうすればいい……』

海徒は必死に考える。狭くて暗いので地下室に何があるのかしっかり確認できない。唯一確認できるものは、みんなとみんなの神剣である。

『神剣……そうだ神剣だ!』

海徒は何かを閃き、アヤヤに小声で言った。

「アヤヤ、お前の神剣かしてくれ……」

「え、神剣? こんな時に何でよ?」

「いいから、上手くすればこの場は何とかなるかもしれない」

「海徒……分かったわよ」

アヤヤは自らの神剣を海徒に手渡した。

その時、

『おい! この地下室への入り口は何だ!』

ついに海徒たちの隠れている地下室が兵士にばれてしまった。

「ちっ、仕方ない!」

「え、ちょっと、何をする気ですの!?

ドレスの静止を無視して、海徒は入り口を思いっきり蹴って破壊した。

「うわっ、な、なんだ!?

兵士たちは何か起きたか分からずにいた。

海徒はアヤヤの神剣を持ったまま、地下室を出て、兵士の前に姿を現した。

「な、なんだ貴様は!」

兵士の一人が叫びだす。

海徒はそれを気にする事なく言った。

「おい、さっさとここから立ち去れ」

「な、なんだと、貴様誰に向かって」

シュン。

一瞬の内にして、兵士の首に冷たく光る神剣を当てた。

「言っただろ、さっさと立ち去れと!」

海徒は殺意を込めて兵士を睨みつける。

「ひぃぃ!」

睨まれた兵士は尻餅をつく。

すると、別の兵士が叫んだ。

「し、神剣! え、エトランジュだと!」

「だったらなんだ!」

海徒は殺意を込めて兵士たちを見回す。

「て、撤退だ、撤退しろ!」

兵士の一人が叫びだすと釣られるように全ての兵士が逃げだした。

 

夜、海徒たちは広間に集まっていた。

『明日、すぐにここを出るよ』

アルノスが言った言葉に皆が激しく反論した。

しかし、納得せざるおえなかった。

ただでさえ五体もスピリットがいたのだ。それに加えてエトランジュ。帝国が見逃すわけがない。

それからすぐに荷物の整理がおこなわれ、皆は就寝した。海徒以外は……。

「ふう……」

海徒は溜息をつきながら、星の光る空を見る。

「……こんな綺麗な星空生まれて初めてだな」

海徒は引き取られてから満足に星空を見ることがなかった。ただでさえ東京ではあまり見れないのに、毎日勉強のせいで余計に見る暇がなかった。

それだけではなかった。自分の時間がなく、その内人間事態が嫌いになって、周りにいる人間全てを遠ざけていた。

でも、今は違った。回りには大切な皆がいて、それを守らなければと思っている。本当の世界では全ての事から逃げようとしていたのだ。

『ひどいよ!』

都子の言葉が海徒によぎる。

確かに血も涙もないと思っていた。しかし、この世界で人の優しさを知った。

「……帰ったら都子に謝らないとな」

海徒は小さく呟いた。それと同時に、

ギイィィィィン。

扉が開く音がした。

「ん、誰か起きたのか?」

「あら、こんな夜遅くに何をしておりますの?」

出てきたのはドレスだった。

「眠れないんでね、空を見て時間を潰してた」

「海徒、夜更かしはいけませんわよ。明日は速いのですから」

「そうだな。でももうちょっとだけ」

「もう、仕方ないですわね」

ドレスはそういいながら、海徒の隣に座った。

「綺麗ですわね……海徒のいた世界の空はどんな感じですの?」

「どんな感じかぁ……あんまり綺麗じゃないな。星も全然見えないし。まあ、昔はよく見えたらしいけど」

「そうですの? 一回でいいから見てみたいですわね」

ドレスはそう言いながら空を見上げる。

星の一つ一つが明るく輝き、自分が一番だと言いたいばかりに二人には見えた。

それからしばらくの間、二人はずっと星空に見入っていた。

 

「ねえ、海徒……」

ドレスが急に海徒に話しかけた。

「ん、何?」

「……いつか、元の世界に帰るんですの?」

「うん、まあ、いつかは帰るつもりだけど。それがどうした?」

「……ずっと、ずっとこの世界にいて欲しいですの」

ドレスは海徒に振り向きながら言った。

「それは無理だよ。あまり未練はないとは言っても、心配してくれてる人がいるんだもの」

「じゃ、じゃあ、帰ってしまうのですの……」

「今すぐにとはいかないけどね」

「……そんな……嫌ですわ」

「……ドレス?」

海徒はドレスの顔を覗きこんだ。

「え、ど、ドレス!? ご、ごめん! 俺なんか嫌なこと言った?」

「ここにいて」

「えっ……」

「ここにいて!」

ドレスは立ち上がり叫んだ。

ドレスの頬には眩しく光る涙が流れていた。目頭が赤くなり、涙ぐんだ瞳が海徒を真っ直ぐに見つめていた。

「お願いだから……ずっとここにいてよ……」

「ドレス……」

海徒は迷った。目の前の少女はずっといて欲しいと言っている。しかし、海徒の中には帰りたいと言う思いがあった。

「無理だよドレス。確かにここは楽しい。でも元の世界に帰りたいんだ」

「だめですの!」

ドレスは皆が寝ているのを忘れているかのように叫んだ。

「私……海徒のことが好きですの!」

「えっ、えぇぇぇぇぇぇ!」

海徒は正直に驚いた。ドレスがそんなふうに自分を見ているとは海徒は思わなかった。無論、海徒はドレスをそんなふうに見ていなかった。

海徒は困惑した。告白など生まれて初めてで、どうすればいいのか分からない。

「え、えっと、そんな事いきなり言われたって」

「でも大好きですの! 好きで好きでしょうがありませんの!」

ドレスは海徒に抱きついた。

アリアやティータには毎日のように抱きつかれているが、ドレスに抱きつかれるのは始めてだった。

そのため、

 

ボインッ!

 

ドレスの胸が海徒にあたった。

『い、意外と大きい……って違う違う!』

海徒はドレスの胸の大きさに緩んだものの、すぐに自分を持ち直した。

「え、えっと……」

海徒はドレスの目を見て、

「ありがとう。嬉しいよ」

そう言って海徒はドレスを強く抱きしめた。

海徒にはこれ以外のことは浮かばなかった。ただ、抱きしめてあげようと思ったのだ。

「海徒……」

ドレスも再び海徒を強く抱きしめた。

二人は強く抱きしめあった。

海徒はこの時間が一秒でも長く続いて欲しいと思った。

 

ブオーンブオーンブオーン。

 

「なっ、もう帝国が来たのか!」

海徒はドレスを抱くてを離し、周りの様子を伺った。

「海徒君!」

アルノスが家の中から飛び出してきた。

「アルノスさん! もう帝国が」

「分かってる。二人とも、荷物を用意して!」

アルノスの言われるとおりに海徒とドレスは家の中に入り荷物をとる。

「ドレス、大丈夫か!?

「ええ、私は大丈夫ですわ」

海徒はドレスを気遣いながら外に出る。

二人が外に出ると、全員がすでに集まっていた。

「海徒君、用意は大丈夫?」

海徒はコクリと頷くと、皆が一斉に走り出す。

しかし、

「ていややややややや!」

帝国のスピリットがすでに追いついていたのだ。

「ちっ!」

アヤヤが帝国のスピリットの神剣を弾き飛ばしそのまま走る。

「どうするんですの! もう追いつかれてしまいましたわよ!」

「いいから走って!」

アルノスが叫ぶと同時に、

「はうっ!」

ティータが躓いて転んでしまった。

「大丈夫か、ティータ!」

海徒はティータの抱きかかえて走る。

しかし、後ろから、

「フレイムシャワー!」

頭上から火の雨が降り注いできた。

「アイスバニッシャー!」

アヤヤが神剣魔法を打ち消し、俺は安心してしまった。

それが俺にとって最大の後悔だった。

「やあああああああ!」

帝国のブルースピリットが俺に襲い掛かってきた。

『な、しまった!』

海徒はとっさに目をつぶり、死を覚悟した。

その時だった。

「あぶない!」

ザパンッ!

グチョリ!

生きているものを切る音と血が吹き出る気持ち悪い音がした。

俺は振り向いた。

そこには血だらけのアルノスが倒れていた。

「アルノスさん!」

海徒はとっさの事で、抱えていたティータを落としてしまった。

「い、いや、いやああああああ!」

ドレスが混乱のあまり、神剣魔法を唱え出した。

無差別にテラーが発動し、帝国のスピリットと戦っていたリルムと後ろにいたティータに直撃した。

「リルム! ティータ!」

海徒が叫ぶ。

リルムは無事だったものの、ティータにとっては致命傷だった。

「ティータ、大丈夫か!」

「う、うう……」

状況は最悪だった。

ドレスとアリアは混乱のあまり神剣魔法を無差別に唱え、アヤヤは一人で必死に帝国のスピリットと戦っていた。

『どうしよう……どうすれば……』

海徒は考えるのをやめ、とにかく動き出した。

「ドレス、落ち着け!」

「いや、いや、いやあああああ!」

「くそっ!」

海徒は必死にドレスを止めようとした。

その時だった。