守るべき白き人
第一章 アルテリン修道院
「ん……ここは……」
海徒は目を覚まし、すぐに異変の気付いた。
『家……じゃない!?』
部屋を見回してみると、明らかに自分の部屋とは異なっていた。
タンスや本棚などの家具はあるものの、テレビなどの電気機器などは一切ない。コンセントすら見つからない。
「ここは……どこなんだ?」
海徒は立ち上がり、そのまま外を覗いた。
「綺麗な景色だな〜」
呟いた海徒はある事に気付いた。
『東京じゃない、いや恐らく日本ですらない!』
見渡す限りの森林を見ながら、海徒は何があったか思い出そうとした。
その時、
「(ああ、もう起きていましたか)」
何者かが、海徒のいる部屋に入ってきた。
「(どうですか、気分はいいですか?)」
海徒は驚いた。部屋に入ってきた細身の男性はもちろんのこと、その男性の衣装、更には言語にすら驚いた。
『日本じゃない事は確定したな』
だからどうなる、と海徒は考えた。
今までに聞いた事のない言語のため、どうコミュニケーションをとればいいのかわからないのだ。
「しまったな〜、どうすればいいんだ?」
海徒が呟くと、男性も海徒が喋れないことに気付いた。
「(そっか、エトランジュだから話せないんだっけ。ちょっと待ってて)」
男性が何か言ったものの、海徒には何を言ってるのかサッパリだった。
「う〜、しまったな〜、困ったぞ」
ここが日本でないことは海徒も気付いていた。しかし、コミュニケーションが取れないのではどうしようもない。
海徒はどうするべきか考える。
『どうしたものか。名前さえ分からないんじゃどうしようもないぞ』
考えている内に、先程の細身の男性が戻ってきた。
「(やあ、ごめん。待たせてしまったね)」
海徒には何を言っているのか分からなかったが、なんとなく謝っている気がした。
男性は手に持っている本らしきものを開いた。
「(え〜っと)わ、た、し、の、な、ま、え、は、」
『な、喋った!!!!!』
海徒は驚いた。本を持ちながらとはいえ、日本語を喋ったのだ。
「ア、ル、ノ、ス、と、い、い、ま、す」
「アルノス……」
「あ、な、た、の、な、ま、え、は?」
「海徒、神無月・海徒って言うんだ」
アルノスはゆっくりと復唱する。
「か、い、と?」
海徒は笑いながらコクリと頷いた。
初めはどうしようかと考えていたが、名前だけでも分かったのは海徒にとって嬉しかった。
根本的な解決にはなっていないが、今はそれだけで十分だった。
「か、い、と、く、ん、か、ら、だ、は、う、ご、か、せ、る?」
「あ、はい、大丈夫です」
海徒はアルノスに自分は元気だと言い張るように体を動かす。
「よ、かっ、た」
そう言うとアルノスは部屋にある椅子に座る。
「こ、ん、な、じょ、う、た、い、わ、る、い、け、ど、は、な、し、が、あ、る」
「話?」
「こ、こ、は、き、み、の、い、た、せ、か、い、じゃ、な、い」
「……そうですか」
ある程度は海徒も予想していた。ここ日本でないことも周りの景色をみれば一目で分かる。
しかし、世界が違うと言うのは海徒にとっても予想外だった。
「でも、世界が違うならここは何処なんですか?」
「き、み、は、エ、ト、ラ、ン、ジュ、と、い、う、ゆ、う、しゃ、な、ん、だ」
「勇者?」
わけが分からない。
いきなり別の世界にいて、言語の違う人がいて、おまけに勇者扱いなのだ。海徒にとってわけが分からないのも無理もない。
「お、ど、ろ、い、て、い、る、か、も、し、れ、な、い。し、ん、じ、ら、れ、な、い、か、も、し、れ、な、い。だ、け、ど、しっ、か、り、き、い、て、ほ、し、い」
数分後、アルノスの話が終わった。
「普通に聞いたら……信じられないな」
アルノスから聞いた事は海徒には常識はずれの内容だった。
この世界にはマナと言うのもがあり、そのマナを巡って国同士で戦争して、スピリットと言う女の子たちを戦わせている。そしてエトランジュはスピリットよりも遥かに強い力を持った存在で、この世界の人間はさまざまな方法でエトランジュを戦わせようとする。
だとしたら、
『俺も戦わなくちゃいけないのか……』
海徒は不安になった。
体術や剣術なら社長になるために必要だと言われて習ったことので自信はある。しかし、海徒は不安でしょうがなかった。
『そんな精神力、俺にはないな……』
仮にも人を殺すのだ。それでもって平気でいられるはずもない。ましてや平和ボケしている日本で育ったのだ。どう考えても心が壊れてしまう。
そんな事ばかりを考えている海徒にアルノスは言った。
「心配する事はありません」
アルノスは優しく微笑みながら言った。
ずっと日本語を言っていたせいで、アルノスはもう普通に日本語を話すことが出来るようになっていた。
「戦わされるといっても、神剣がないと意味がありません」
「……そっか。神剣がないとエトランジュも戦う事が出来ないんだっけ?」
アルノスはコクリと頷いた。
「それに私は貴方を何処かの国に売るような事はしません」
「……なんでですか?」
神剣がないと言っても、今までの話からエトランジュの存在は大きいと海徒は思った。
アルノスが何処かの国に売れば、アルノスは膨大な金額の金をもらえるはずなのだ。
優しく接してくれたアルノスに悪いとは思いながらも海徒は言った。
「神剣がないとはいえ、エトランジュである俺を売れば大金が手に入るんですよ」
「ええ、たしかにお金は手に入ります。しかしそれで手に入らないものもあるでしょう?」
アルノスは言いながら立ち上がり、窓を見る。
「あの子達を見てください」
アルノスの言葉に海徒は釣られて外を見る。
外には女の子が二人。ボールのようなものを蹴って遊んでいた。
「元気な子どもたちですね。アルノスさんの娘さんですか?」
「スピリットですよ」
「スピリット!」
海徒は驚いた。活発な二人の女の子。あの子達が戦争で殺し合うスピリットなのだ。
「ええ、二人だけではありません。ここには五人のスピリットがいます。皆それぞれここでは自由に暮らしています」
「なんでですか? アルノスさんにも家族はいるでしょう? 貴方はともかく他の家族が嫌がるんじゃないんですか?」
そう、聞いた限り、スピリットは虐げられた存在のはずだ。アルノスのような優しい人間ならともかく、他の家族は嫌がるんじゃないかと思えるのだ。
少なくとも海徒にはそう思えた。
しかしアルノスは笑いながら言った。
「実は家族はもういないんです。戦争に巻き込まれてなくなってしまい、運良く私だけが生き残ったんですよ」
「あ、そうだったんですか。すみません、嫌な事を思い出させてしまって」
海徒は後悔した。こんなに親切にしてくれているアルノスに大変なことを思い出させてしまったと。
しかしアルノスは気にしないでくださいと笑った。
「確かに本当の家族はもういません。ですが、いまはとっても大切な家族が五人もいます。寂しくなんかありませんよ」
「……ふ、ふふふ、はははは」
海徒が笑った。
「な、なんですか、私そんなに恥ずかしい事言いました?」
「いえ、違うんです。アルノスさんが羨ましいなって」
「羨ましいですか?」
アルノスは疑問を投げ掛けた。
「俺、本当の世界にアルノスさんみたいに、大切なものがないんです。だから、」
海徒は外で遊んでいる二人の女の子を見ながら言った。
「大切なものを誇って言える、アルノスさんが羨ましいなって思ったんです」
「はは、いつかきっと海徒君にも大切なものが見つかりますよ」
「ありがとう、アルノスさん」
アルノスの優しい微笑みが海徒には素直に嬉しかった。
「そうだ海徒君。君もここに住まないかい?」
「住まないかいって……ここにですか!?」
アルノスは笑いながら、ああ、と言った。
「何処にも行く宛がないんだろう? だったらここに住むといい」
「それは嬉しいんですか……本当にいいんですか?」
「ああ、君が喜んでくれるなら」
海徒は考えた。
ここまで親切にしてもらって、家にまで泊まるのは失礼なんじゃないかと。しかし、行く宛もない。この世界では海徒は右も左も分からないのだ。
海徒は考え込んで答えた。
「え〜〜と、よ、よろしくお願いします」
海徒は頭を下げる。するとアルノスは右手を差し出してきた。
「ようこそ、アルテリン修道院へ!」
かくして海徒はアルテリン修道院にお世話になることになった。
すぐそこに悲劇が待っているとも知らずに。