守るべき白き人
序章 月蝕との出会い
キーンコーンカーンコーン。
授業が終わった。
今日も一日見せかけの一日が終わった。
一体いつまでこんな事をしているつもりなのだろう、と海徒は心の中で思った。
「海徒、一緒に帰ろう」
幼なじみの都子に言われるがまま、海徒は家まで帰る事にした。
「毎日勉強忙しい?」
「ああ、毎日毎日勉強勉強。嫌になってくるよ」
「文句言っちゃダメだよ。神無月コーポレーションの次期社長なんだから」
海徒は大企業の家の息子である。しかし、実際に血の繋がりはない。
彼の家族は強盗に襲われて殺された。
一人身になった海徒は親戚に引き取られる事になったが、そこにこの大企業、神無月家が引き取ると言い出したのだ。
関係があったわけではない。ただ優秀だからと言うだけで、引き取ると言い出したのだ。
海徒にその気はなかった。しかし親戚は違った。お金のない家よりここに言ったほうがいいと、親戚全員が言い出した。もちろん狙いは神無月家の金。親戚である俺を通じて、お金を手に入れようと言う魂胆だ。
結局、俺は神無月家に引き取られる事になり、それから毎日社長になるために猛勉強させられている。
「別になりたいわけじゃない」
「あ、なにそれ〜、自慢のつもり? それとも同情でもしてもらいたい?」
「…………………」
海徒はポケットから財布を取り出し、おもむろに札束を取り出す。
「これでいいだろ?」
海徒は札束を都子に押し付けた。
「えっ?」
「どうせ目的は金だろ? やるからもう俺に関わらないでくれ」
「そ、そんな、別に私そうゆうつもりじゃ」
「だとしても、いちいち迷惑なんだよ。やるからもう関わらないでくれ」
「そんな…………」
悲しげな都子を無視して海徒は歩きだした。
「ちょ、ちょっと待って」
都子が海徒の前に立ち、海徒を止める。
「ねえ、どうしてそんなふうに嫌うの? 昔は毎日一緒に遊んだのに……」
そう、昔は毎日のように遊んでいた。しかしそれは昔の話でしかない。
「昔は昔で今は今。それだけの話だろう」
海徒は都子の隣を抜けて歩き出す。
「ひどいよ……」
都子は言った。
「ひどいよ!」
都子は叫んで廊下を走っていった。
『ひどいよ!』
都子に言われたことが心の中に残っている。
海徒自身ひどい事をしたと思っている。
しかし、海徒の心が痛くなることはなかった。
「血も涙もないな、俺」
海徒は呟きながら、家までの道を歩いていた。
途中公園にある自動販売機でジュースを買い、ブランコに座って飲むのが海徒のいつもの日課である。
海徒は小銭を入れて、メロンソーダのボタンを押す。
ガタンッ、と言う音と共に海徒はメロンソーダを手にする。
「あれ……取られてる……」
海徒がいつも座っているブランコには、先客がいた。金色の髪、血のように赤い瞳、妖艶な女性が座っていたのだ。
海徒は気にすることなく、女性の隣のブランコに座った。
すると、
「こんにちは」
女性がゆっくりした口調で挨拶してきた。
「あ、ど〜も……」
何を言い返せばいいのか分からず、適当に返事をしてしまった。
女性の事が少し気になったものの、変に聞くのも失礼なのでそのままメロンソーダを飲む。
すると、女性が海徒に向かって言った。
「ねえ、こことは違う世界に行ってみたいと思わない?」
「……?」
海徒には言っていることがよく分からなかった。
「ねえ、どう思う?」
海徒は女性の勢いに思わず返事をした。
「ま、まあ、今のこの世界よりは楽しそうだし、行ってみたいとも思うよ」
「本当?」
女性が催促してくる。海徒はコクリと頷いた。
「そう……」
「……?」
女性が黙り込むのを見て、海徒は不思議に思った。
「決めた!」
女性が言うなり立ち上がり、海徒に振り向いた。
「あなたに決めたわ」
「……何を?」
「あなたを連れて行くわ」
女性が言うと同時に海徒は激しい頭痛に襲われた。
「ぐあああ! 俺に……なにをした……」
激しい頭痛と目眩に海徒の意識は沈んだ。
「がんばってね、全て貴方次第よ」
海徒の姿が消えるのを見届けると、女性は振り向いた。
「悪いわね。私は私なりの責任があるんでね」
女性の目の前には巫女服の女性が立っていた。
「なるほど、【月蝕】の力は相当のものですね」
「貴方の本気に比べたら大したことはないわ、時深。それにこれは私の責任でもある。この子が一番適任なのよ」
「……まっ、いいでしょう。それでは私はこれで。扉を開かなければいけないので」
「そうね、貴方も頑張りなさい。今回の事、貴方にも大きく関わるのだから」