始まってしまう。
愚かな指導者が、その愚かな欲求を満たすための戦いが。
ただ、悲しいことは、その戦いが愚かだとわかる人間が、愚かな指導者を止める立場にいないということだ。
愚かな指導者の周りには、それが愚かだと思わない人間しかいなかった。
だからこそ、悲しかった。
戦いを止められないから。
それが愚かだとわかる人間は、その愚かな戦いをやらされる立場だったから。
この時、彼らは知らなかった。
知っているのは、愚かな指導者とその腹心だけだった。
だからこそ、起こってしまった。
多くの人間を、妖精を巻き込んだ愚行が。
後々にも遺恨が残った愚行が。
多くの者が悲しみにくれることも気づかずに、その愚行は行われる。
それを愚行と気づかない指導者の命令によって。
もし、その事実をその行為を愚かだと思っているある男性が知っていたら、その愚行は起きなかっただろう。
男性は自分の命をかけ、その命令を止めるだろうから。
その指導者を暗殺することによって。
だが、それは起きなかった。
男性はその事実を知らなかったから。
事実に気づいたとき――――それは行われてしまったから。
禍根のファルス 第六話
ファルスとロイは街にいた。
目的は買出しだ。
補給部隊として、食料品の買出しは一番の仕事である。
だが、ファルスはその仕事をすることを誰よりも望んでいなかった。
それは、その仕事を行うということは、同盟国に遠征をする場合ともう一つ―――ー戦争が起きるということを意味していたからだ。
そして、今回は後者だった。
スピリットを人間扱いしているファルスにとって、身を切られるような思いである。
「……これから、戦争ですね」
不安そうにロイが話しかけてきた。
ロイは配属後、初めての仕事がこの仕事――――戦争のための食料の買出しである。
言葉の部分に、これから起こるであろう戦争の不安を抱いているのがわかる。
ファルスは、荷物を片手で持ち、ロイの頭を撫でてあげた。
「怖いなのはわかる。でも、俺たちが不安な顔をしていたら、戦場に出る皆にも影響が出ちまう。――――無理に笑えとは言わないけど、出来るだけ、そんな顔はするなよ」
「………はい!」
ロイは頷く。
事実、これから戦うのはスピリットたちだ。
彼女たちの指揮のためにも、不安を与えることは出来ない。
補給部隊はスピリットがいいコンディションで戦えるよう、サポートを行わなくてはならない。
そのため、ファルスはいつも、スピリットたちの前では明るく振る舞っていた。
「それにしても、王はいったい何を考えているんだろうな……」
ファルスの独り言は、幸か不幸か、ロイには聞こえなかった。
数十分が経ち、街で食料品などのあらかたの買い物を行った。
ロイは台車に荷物を載せて運び、ファルスは台車に乗っているほどの荷物を両手で持っている。
「それにしても、ファルスさんは有名人ですね」
街で買い物をしていると、多くの店主がファルスの買い物にサービスを加える。
ファルスは気づいていないようだが、女性陣はファルスに熱い視線を向けている。
「まあ、こっちでも色々とやっているから。国の兵士がやることを、俺が先に済ませちまうことがあるんだよ」
兵学校や王城内ではあまり噂にならないことだが、ファルスは自身の訓練のためにも街で起こっている厄介ごとに首を出すことがある。盗賊が出る場所や、獰猛な動物などの噂を耳に挟んだとき、一人で噂の場所に赴き、退治をするのだ。
理由は実践による訓練を積むことなのだが、そのようなことを何度かやるうちに、ファルスは街の人間に好かれるようになっていた。
だからこそ、街の人間は疑問に思っている部分がある。
「何故、彼は妖精趣味なのか?」ということだ。
ロイは知らないが、ある時、店の店主にそのことを訊かれたことがある。
その時、ファルスはいつも通りに「スピリットと人間を差別する理由はない」と答えていた。
それでも、ファルスという人間の評価が大きく下がることはなく、もしろ、スピリットにさえも慈悲を与える優しい人間というイメージがついている。
だが、王城の兵士たちは逆に、ファルスが活躍するたびに、ファルスの人気を妬むやからもいる。
その代表といってもいいのが、兵学校からの因縁のアナムスである。
そして、アナムスの一派がファルスのことを妖精趣味だと噂を流したのではないかという話もある。
ファルスはその真相を追求しようとも、否定しようともしない。
彼にとって、自身の風評など気にならないのだ。
それがファルスを嫌う連中にとって、逆効果になっているのだが………。
買い物を済んだ二人は、一旦荷物を寄宿舎に置いた。
その後、ファルスは数本のナイフと数枚の包み袋を用意し。ロイと共にでリュケレイムの森へ向かった。
森の中は道が舗装されていなく、歩くのに適していない。
そんな状況では、ロイはファルスの後ろを付いていくのがやっとだった。
――――早、走るのとか苦手じゃないけど、これは普通じゃないよ。
ロイは気づいていないが、移動のスピード自体は変わらない――――むしろ、ロイの方が上である。
だが、追いつけない。
その理由は、ファルスの移動の方法にあった。
ファルスは自然に逆らわずに歩いているため、スピードが変わらない。逆に、ロイは木の根っこなどの自然のものに足をとられ、そのスピードに大きな幅がある。
ファルスの行動は自然を利用した行動である。
その技術を、ファルスがどのような理由で手に入れようと考えたかは、ロイは知らない。
ザ、ザ、草を踏む音しか聞こえない。
数十分歩いたところで、ファルスは止まった。
「どうしました?」
ファルスは答えず、指で前方を指差す。
その先には、一匹のエヒグゥが罠にかかっていた。
「可愛そうに、誰がこんなことを――――」
「俺がやった」
「――――」
驚きの自白。
ロイは目を白黒して言葉を発することが出来なかった。
ファルスはロイがショックを受けている間に、よりショックを受ける行動に移った。
シュッ、ナイフがエヒグゥの首を切った。
血が出る。
むしろ、ファルスは血を絞り出している。
「えっ、えっ、ふぁ、ファルスさん? いったい何をやっているんですか?」
ロイの思考は今の状況についていかないようだ。
ファルスは血抜きを続けながら、
「何って、詰め所のお土産の用意。…この大きさだと、第二詰め所のぶんしかないな」
冷静にエヒグゥの大きさから、どれくらいの肉になるか思考しているファルス。
続いて、ナイフを使って皮を剥ぎ、間接ごとに肉を切り分ける。
――――しばらく、肉が食えないよ……。
ロイはファルスの華麗な肉の捌きを見ながら、そう感じた。
しかし、彼もファルスの部下を続けるうちにこの程度のことを何とも思わなくなる。
それは、また後の話ではあるが。
ファルスは血抜きをし、水筒に入れておいた水で肉についた血を洗い流した。
そして、それを包み紙で包む。
「第二詰め所の分はこれで――――」
言い切らないうちに、ファルスはナイフを二本投擲した。
シュ、シュ、と二本のナイフが茂みの向こうに消えた。
「何かあったんですか?」
「獲物だ」
ロイは泣きそうになった。
また、可愛らしいエヒグゥの解体ショーが始まるのかと。
しかし、それだけではなかったことを彼は知ることになる。
ファルスのナイフは、一本はエヒグゥ。
もう一本はエヒグゥを追っていたであろう蛇に。
「大量だな」
ファルスの言葉をロイは認識したくなかった。
その反面、「これなら、サバイバル実習で合格できるな」と感じていた。
三匹の肉を包み紙に包んだファルス。
ロイは可愛らしいエヒグゥに対して申し訳ない気持ちになっている。
寄宿舎の近くまで歩いていると、ファルスはロイに包んだ肉(一匹目のエヒグゥの肉)を渡した。
「ここから、第二詰め所の道ってわかるだろ?」
「え、ええ」
ロイは頷いた。
ここから、少し離れた方にある。
森からならともかく、ここからなら道筋はわかる。
「それじゃあ、第二詰め所に持っていってくれ。顔も、朝のような顔をはするなよ」
「はい。……ファルスさんは?」
「俺か。俺は、ユートさんに用があるから、第一詰め所に行く」
ユートという名前と、第一詰め所の関連性を考える。
そこで、ユートというのは、エトランジェのことであることを思い出した。
――――もう、エトランジェを名前で呼んでいるのか。流石、ファルスさんだ。
「あ、一つ言い忘れていた」
「ん、何ですか?」
「今日の夜、買った荷物を馬車に入れるから、夕食食ったら、俺の部屋に来てくれ」
「はい、わかりました」
ファルスという人間の凄さを再確認しながら、ロイはファルスを見送った。
第二詰め所に到着したロイ。
大きなドアをトン、トン、とノックする。
「はぁ」と声がする。
ドアが開けられ、その先には不機嫌そうにロイを見る緑色の髪をした少女――――ニムンストール・グリーンスピリットが居た。
「何のよう?」
開口一番に、不機嫌さをアピールされてロイの頬が引きつる。
ロイはニムンストールに自分が持っている包みを見せた。
「これ、お肉?」
「ああ。ファルスさんが皆にって。新鮮なお肉だから、おいしいはずだ」
新鮮さは嘘ではない。
数十分前に動いていた生物のお肉だ。
新鮮でないはずはなかった。
「ニムー! 誰が来たのー!?」
奥の方からファーレーンの声がする。
どうやら、明日から行われる戦争のための準備のようであった。
「お姉ちゃん、ロイがお肉持ってきたよ」
「えぇ、ニム、御礼をするから上がっててもらいなさい」
「いや、いいですよ」
「うんうん、帰れ」
「ニム! 何てこと言うの! ロイ様に謝りなさい!!」
しゅんとするニムンストール。
ロイはこれ以上断ると、ニムが怒られるのではないかと感じたので、「それじゃあ」お邪魔することにした。
現在、居間にロイとニムンストール、ファーレーンが座っている。
勿論、ファーレーンはいつもの仮面を被っている。
「お邪魔しちゃってすいません」
「うん、そう」
「こら、ニム! すいません、ロイ様」
「いいえ、いいですよ」
手を振りながら、気にしていないのをアピールする。
先日、セラスから「いい男というのは、女の発言にいちいち腹を立てないことだ」とアドバイスを受けていたことが役に立っている。
ロイは部屋の中を見渡す。
やはり、詰め所の中には、ニムンストールとファーレーンしか居なかった。
「ヘリオンは第一詰め所の方へ。セリアとナナルゥは一足先にラセリオに防衛に向かったわ。ネリーとシアーは二人で遊びに、ヒミカとハリオンは洗濯の最中」
「それで、私はお姉ちゃんと一緒に居たの」
二人っきりで居たのを邪魔されたためか、それともロイとは相性があわないのか、その両方だ。――――おそらく、ロイもそう答えるのだろうが――――ニムンストールはロイを睨んでいた。
「こら、ニム」
「いえ、いいですよ。俺も、ファルスさんと一緒にいるのを誰かに邪魔されるのって嫌ですから」
「わかっているなら―――ー」
「ニム!」
ファーレーンに叱られ、しゅんとなるニムンストール。
それを見て、頬が緩むロイだった。
――――血は繋がっていないけど、本当の姉妹みたいだな。
ロイはそう思った。
そして、その笑顔が無くならないようにとも。
ロイが第二詰め所でお茶をしている数分前に遡る。
ファルスは第一詰め所に居た。
エスペリアに本日狩ったエヒグゥの肉を渡すと、悠人の部屋に向かった。
部屋の前には、黒のツインテールの少女――――ヘリオン・ブラックスピリットが夢うつつのような顔をしていた。
フンフフーン、と鼻歌が聞こえそうなほどの満面な笑みを見せている。
「よう」
「…………」
聞こえていないようだ。
目の前で手を振る。
………気づかない。
「ヘリオン!」
「あっ、ファルス様」
ペコリ、と頭を下げるヘリオン。
ヘリオンの様子を見て「ハァ」と溜息を漏らす。
「ユートさんは部屋にいるのか?」
「ハイ、ユート様はお部屋にいます。それで――――」
「ありがとう」
ヘリオンの妄想トークが始まるのではないかと危惧したファルスは、ヘリオンの話を遮って部屋に入った。
部屋の中では、悠人が一生懸命書類に目を通している。
「ファルスか」
「お邪魔します」
「いや、来てくれてありがとう」
悠人は来客によって、書類から一時解放されたことが嬉しいようだった。
机に置かれている書類をチラっと見る。
書類の内容は今後の作戦や施設の建設計画についてだ。
「順調ですか?」
悠人はファルスの問いに手を振って答える。
「正直、こっちの字はまだ全然だ。どういう意味かわからないものが多い」
悠人はウンザリした表情を見せる。
別の世界から来たということは、元の世界とは文明が異なる。
会話は出来るようになったものの、文字の読み書きが困難な悠人にとって、書類作業は酷なものである。
「ファルス、すまないけど書類を読み上げてくれないか?」
「ええ、いいですよ」
ファルスは悠人の持っている書類を読み上げる。その際には、その内容の説明とどのようにすればいいという指導を加えながら。
しばらくすると、机に置かれた書類の大半は終了した。
悠人の口から「ふぅ」と溜息が漏れる。
「お疲れ様」
「ファルスこそ、サンキュな」
悠人は疲れたのか、ベッドに寝転ぶ。
ファルスの方は、トントン、と終わった書類と終わっていない書類を整理している。
悠人は「あっ」、と思い出したかのように、声を出す。
「そういえば、ファルスはどうしてここに来たんだ? 何か用事があったんじゃないか?」
「ああ、それはですね」
書類をクリップで留め、ファルスは悠人に振り向く。
「手伝いとか、相談したいことがあったらいつでも言ってください。って伝えようと思ったんですよ」
「そうか。それは順番が逆になったな」
「そうですね」
二人はワハハと笑いあう。
その笑い声は、部屋にいるアセリアの耳に入った。
調理場でファルスから貰ったお肉で夕食を作っているエスペリアとオルファにも。
そして、ずっとトリップして、いまだに悠人の部屋の前にいるヘリオンにも。
悠人は感じた。
ファルスに心を許していることを。
夜、ファルスとロイは二人で馬車に食料品や衣服といった荷物を積んでいた。
「えーと、これはスピリットたちの代えの衣服に、数日分の食料っと……」
「ロイ、食料の隣にこれを置いといてくれ」
ファルスはロイに大きな箱を渡す。
ロイは荷物を受け取ると、その荷物が予想以上に軽いことに気づいた。
「ファルスさん、これは?」
「お菓子だよ。バトランドが作ってくれたんだ。あいつ曰く『保存が利くように作るのは、普通に作るよりも工夫が必要だって言っていた」
「へぇー、そうなんですか。………このお菓子ってスピリットの皆用のやつですね」
ロイは荷物が保存が利きやすいお菓子ということで、ファルスが誰のために用意したのかがわかった。
ファルスがスピリットの皆の為に頼んだのであろうお菓子を、ロイは形が崩れないように安定するように置いた。
「ハイ、これで………最後ですね」
「よし、お疲れさん」
ロイに手渡された空樽を馬車につめたファルス。
お互いに重労働をこなし、汗だらけになっている。
「こんなに汗かいちゃいますと、風呂にでも入りたいですね」
「明日の集合時間に遅れなきゃいいよ。俺も一回入ろうかな」
「じゃあ、一緒に」
「――――誰ですか?」
ロイの言葉を遮って、柱の陰に目を向けるファルス。
柱の陰から、「ふふふ」と笑い声と共に、一人の中年ぐらいの男性が現れる。
「これは、これはドルフ大臣ではないですか、いったい、このような所にいかがなされたのですか?」
ファルスの皮肉を込めた態度に対し、中年の大臣――――ドルフ・トラーはオーバーなアクションを取り、
「いやいや、優秀な君の所に来たという部下を見に来たというのだよ。うん、彼は君に相応しそうな人材だねぇ」
「それは、それは私を過大評価してくれるだけでなく、部下のロイまで良い評価を与えてくれるとは感謝させていただきます」
「過大評価? いやいや、そんなことはないよ。私は、君という人間をとても評価している。そして、君の部下は君という人間を慕って部下になった。正直、見る目があると思っている」
自分だけでなく、ファルスを評価されたこともあり、少し照れた表情を見せるロイ。
だが、ファルスは強い表情を崩さなかった。
それに気づいているのかわからないが、ドルフ大臣は言葉を続ける。
「君の実力はとても高い。しかし、それに気づかない人間が多すぎる。――――とても残念なことにね」
「それは買いかぶりと言うものですよ。私よりも有能なものはいくらでもおります」
「いいや、君は全体的にも、部分的にも優秀だ。特に、その戦闘能力はね」
ドルフ大臣の目が怪しい感じを見せる。
それは、まるで狂気を潜ませるような目であった。
「そうですか。それほどの大したものではありませんよ」
「確かに。君が目標とする相手――――スピリットとの戦闘に比べたら、まだまだかもしれないね」
ファルスの表情に動揺が走る。
何故、そのことを知っている?
彼の中でその事実を知っているのは、彼の剣の先生か親友のセラスぐらいである。
だが、この男はその事実を知っていた。
先ほどとは変わり、敵意を秘めた目つきをするファルス。
「なあに、簡単だ。君の事を調べさせてもらった。君には腹違いの兄がいて、その兄が死亡したこととかね」
ファルスの表情に警戒の色は消えない。
だが、先ほどのように動揺はない。
ただ、射抜くような目で、大臣を見ている。
「……なるほど。それなら、知っている理由もわかる」
「えっ、ファルスさん。本当に、スピリットと戦うなんてこと考えているんですか!? それに、お兄さんって、どういうことですか?」
「おやおや、何も知らなかったのですか?」
あからさまに驚いたような動きをする大臣。
それと違い、動揺しているロイは、大臣の言葉に大きく反応している。
ファルスはロイに軽く微笑んで、
「後で話すから、今は待っていてくれ」
と、話しかけた。
ロイは「はい」と頷いた。
ファルスは大臣の方に顔を向け、先ほどと同じように射抜くような目で大臣を見つめる。
「それで、ドルフ大臣はいったい何をおっしゃりたいのでしょうか?」
凛としたファルスの態度。
大臣はフフフと笑い、
「――――君の一個人としての戦闘能力は、スピリットには及ばないものの、人間としては一部隊に匹敵するほど能力だ。それを眠らしておくのは勿体無い。………そう思うのはおかしいかな?」
「ええ」
はっきりと、ファルスは答えた。
自身の能力を活用することは価値がないと答えた。
「それは、俺が望んでいるものと違うから、欲しいとは思いません」」
大臣はやっと驚愕の表情をする。
当然だろう、手に入るであろう名誉をいらないと答えるのだ。
大臣は驚いたまま、「そうか」と答えて去っていった。
先のことだが、しばらくして、ファルスはその戦闘能力をラキオスで知らしめることになる。
それは、彼にとって大きな決断を迫らせるものでもあった。
そのような出来事が起きることを、誰もこの時点では知らなかった。
おそらく、この世界の戦いを操っているロウ・エターナルでさえも。
大臣は去り、その場にはファルスとロイだけが残った。
ロイはファルスから、兄のことを聞きたいという思いがあった。
その反面、ファルスが感情をあらわにしたことから、触れてはいけないものだということも感じている。
「あの……」
「俺には腹違いの兄がいた」
ファルスはロイに背を向けたまま話を始めた。
ロイはそれが、ファルスにとって精一杯できることなのだと感じた。
「兄はスピリットと関わる職業に就いていて、ある夜、一人のスピリットが心配になって見に行ったら……帰ってこなかった」
ファルスの手から血が流れる。
拳をキツク握り締めているからだ。
「兄の同僚からの話で、兄はスピリットに殺されたが、そのスピリットに命令をした人間がいることを知った。――――そいつに復讐をするためには、命令を受けるスピリット以上の力が必要だ」
「――――だから、スピリット以上の力が欲しいんですか?
「ああ」
ファルスはそういうと、一度も振り向くことなく去っていった。
ロイはそんなファルスを見送るしか出来なかった。
後書き
次回から、とうとう戦争が開始します。
でも、ファルスはスピリットとは戦いません(笑)
あくまで、傍観者です。
ここで一つ、物語の中で、スピリットと訓練しているファルスは、かなり強いように表現されていますが、それはあくまで剣の技術です。
実際の戦いでは、年少組みにさえ勝てません。
神剣の有無はそれほど能力の差となります。事実、アセリアルートで剣の加護のない悠人は、神剣によって心を奪われた敵スピリットから時間を稼ぐのでさえ精一杯でした。
考え方に違いはあるでしょうが、柔軟な思考を欠いた相手に対し、時間を稼ぐということは(勝つのではなく、あくまで時間稼ぎです)難しいものではないと思います。
ですが、それは能力に圧倒的な差が無い場合です。
どのような手段を講じても、蟻では象の動きを止められないと思います。
ですから、ファルスの能力はあくまで人間レベルの強さであり、スピリットのレベルには遠く及びません。
頑張れファルス。
第四章まで。