高嶺佳織の部屋の窓からは、門から出て行く人の姿が見える。
朝、自分の義兄と友人のオルファリルたちが門を出て行った。
伝説の龍を退治しに。
そして、今、また一人自分の知り合いが門を出て行った。
その人物は――――ファルスだ。
「速いですね。もう見えなくなりそうですよ」
同じように窓から外を見ていたレスティーナだ。
義兄や友人が戦場に向かうということで、不安になっているだろう佳織を心配して、朝から一緒にいたのだ。
窓から見えるファルスは、もう姿が見えなくなっている。
「ファルスさん、どうしたんでしょうか?」
「おそらく……ユートたちを迎えに行ったのでしょう」
それは、確信に近いものだった。
ファルスというスピリットやエトランジェを差別しない人間は、この作戦を嫌った。
だからこそ、自分で出来る範囲のことをしたいと思っているはずだ。
彼にできること――――それが、迎えに行くことだ。
もし、誰か負傷していれば、王国まで連れて行くのに男手は多い方がいいからだ。
なにより、皆の無事を誰よりも早く確認したいはずだからだ。
そのようなことを考えていると、ドアをトン、トンとノックする音が聞こえた。
「ハイ、開いていますよ」
返事が聞こえると、ドアが開かれた。
開かれた時、佳織は気づかなかった。
レスティーナの目の色が変わったことに。
ドアからはヨフアルの匂いがしたのを、彼女は見逃さなかった。
三人の男性が部屋に入って来た。
三人の顔を見るなり、レスティーナの表情が、いつもの凛々しい顔に戻る。
「あら、あなた方は<女好き訓練士のセラス>に<賢者に匹敵する天才バトランド>………すいません、最後のあなたは?」
「妖精補給部隊の隊員、ロイ・です! レスティーナ様!」
「それで、貴方がたが、いったい何の用ですか?」
厳しく言い放つレスティーナ。
その様子にすっかり萎縮してしまうバトランドとロイ。
だが、セラスは気づいていた。
レスティーナの目がバトランドの持っているバスケットに向けられていることを。
「レスティーナ王女、私たちはファルスの友人です。エトランジェであるカオリ・タカミネと話をするために、ここにいます」
「…確かに、ファルスとあなたたちの交友関係は知っています。…ですが」
言葉を濁らすレスティーナ。
だが、相変わらずレスティーナの目はバスケットだ。
セラスはバトランドのバスケットを指差し、
「今日は二人のために、このバトランドがヨフアルを作ってきました」
「…ヨフアルですか」
レスティーナの表情が変わる。
明らかにヨフアルという言葉に影響されている。
「では、どうしますか? 我々を追い出しますか、それともヨフアルを頂きますか?」
セラスの脅迫に近い選択。
というか、選択肢が追い出すかヨフアルを食べるかの二つって………。
「そうですね。ファルスの友人である貴方がたなら信頼できますね」
凛々しく言い放つが、目はヨフアル!
それからヨフアルを食べながら五人で様々な話をした。
佳織の世界の話。
ファルスたちの学生時代の頃の話。
これにはロイが尾ひれのついたファルスの自慢話を、自分のことのように話していた。
佳織やレスティーナの顔に笑顔が見える。
「やはり、王女やカオリさんには笑顔が似合いますね」
「えっ、そ、そうですか…?」
「ええ。とても可愛らしいと思いますよ。まるで、芸術作品のようですよ」
セラスの歯が浮くような台詞に顔を赤らめる佳織。
だが、レスティーナはセラスの台詞に訝しげな表情をする。
「カオリ、気を付けなさい。このセラスという男は、多くの女性に色目を使っているのですよ。何人の女性が泣かされているのか、両手の指では数え切れません」
「そ、そうなんですか!?」
「…確かにな」
レスティーナの発言を肯定するバトランド。
皆の視線が痛くなるセラス。
どうすればこの状況を打破できるか考えたとき、彼には親友の顔が頭に浮かんだ。
「女性を泣かせているっていうなら、ファルスの方が上ですよ」
「ええっ?」
「……そういえば、ここの女官もファルスに好意を抱いているのが多いですね……」
「流石、ファルスさんだな」
「…一番の問題は、あいつはその好意に一切気づいていないことだ。それによって、泣く人が多いんだよ」
ハハハ、と笑い声が響く。
佳織にとっても、レスティーナにとっても楽しい時間だった。
これから、一気に気まずい流れになるとは知らずに……。
「そういえば、どうしてヨフアルを作ってきたのですか?」
レスティーナの発言である。
この言葉が、分かれ目であることを誰も知らなかった。
「ファルスに聞いたところ、王女が町にお忍びするとき、買っているそうですから」
時間が止まる。
レスティーナの体から冷や汗が流れ始めた。
「…ばれているんですか?」
「気づいているのはファルスだけですよ」
「そう…ですか」
ならば安心という様に、胸を下ろすレスティーナ。
だが、次の発言が世界を変える。
「まるで、ヨフアルを食べていればそれだけで幸せって感じらしいですね」
「それなのに栄養分は胸にいかない」
セラスとバトランドの失言。
レスティーナの方から、空気が冷たくなるのを四人は感じた。
「………それ、ファルスが言ったんですか?」
圧倒的な冷たさを感じる。
ここで選択肢を間違えれば、自分たちは真っ先に死刑執行ルートにルート確定することを男性陣は感じていた。
――――セラス、どうする? このままではヤバイ。
――――お前が、禁句を言うからだろ!
――――責任の押し付け合いはいいですから、どうするか考えましょうよ。
――――そうだな。どうする?
――――どうしましょう? こうなるんだったら、ファルスさんから禁句を言った場合のことを教えてもらうんだった。
――――よし、俺にいい考えがある。
三人がわずか数秒でアイコンタクトを取る中、セラスが覚悟を決めた。
「酒の席で泥酔していますが、確かにファルスの言葉です」
セラスは迷わず友を売った。
バトランドとロイも条件反射で頷く。
「あと、あんな変装しても胸でバレるとか」
バトランドの裏切り。
この時、ファルスがいた場合、ある意味人間不信に陥っていた可能性もある。
サード・ガラハムに匹敵する威圧感を発し始めるレスティーナ。
佳織とロイは既に恐怖で震えている。
ロイは震えながら、あることに気づいた。
それは、神――――彼はそんな存在を信じてはいないが――――からの助けともいえるものだった。
「あっ」
ロイは窓の方を指差した。
他の四人も窓の方を見る。
窓から見えるのは、夕焼けになった空と街に住んでいる住民しか見えなかった。
「いったい、どうしたんですの? 特に何もありませんが」
「いいえ、もう夕方ということですレスティーナ王女。今日はここら辺でお開きにしてはいかがでしょうか?」
楽しい時間は早く過ぎる。
夕焼けになってしまい、一般の人間は帰宅して食事の用意をする時間である。
そして、この状態での帰宅は三人にとって有難いものであった。
「……そうですね。詳しい話は、あとでゆっっっくりと本人に聞けばいいんですから」
まるで、絶対零度のような冷たさの殺気を放つレスティーナ。
正直、ここにいる三人はすぐにでも逃げ出したかった。
――――ファルスさんだったら、何とかなるでしょう。
状況を最悪なものになったが、尊敬するファルスならば、何とかなるだろうロイは自分勝手に考えていた。
「じゃあ、カオリさん。また来ますね」
「また会うときは、今日以上の笑顔で会いましょう」
「……今度は、ヨフアルじゃあなく、ネネの実のパイを持ってきます」
三人の別れ、佳織はそれを廊下から見えなくなるまで見送っていた。
「………パイよりも、ヨフアル」
レスティーナの呟きを、佳織はあえて聞かなかったことにした。
後書き
今回の話は、五話の時の裏話です。
セラスが言っていた用事とは、このことだったんです。
四話でセラスたちは、ファルスを酔わせることによってレスティーナの頼みを知ります。
勿論、その時にNGワードは何なのか、っていうことも教えられているんですが……。
堂々と、ワード言っちゃってますね(笑)
しかし、それを全てファルスのせいにしているので問題はありません(おいっ!)
五話の兄妹再開のシーンで、ファルスを見たレスティーナが眉をひそめた理由はそこにありました。
ちなみに、ファルスはセラスたちがレスティーナたちと話をしたことも、NGワードを言ってしまい、それを自分に押し付けたことを知りません。