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 ブン、ブン、ブン。
 剣を振り回す音がする。
 アセリアの太刀だ。
 アセリアの怒涛の剣撃をファルスは木刀で払う、もしくは躱していた。
 もう、何撃になったかはわからない。
 ただ、ファルスは相手の攻撃を避け、隙を窺っていた。
「はぁ!」
 アセリアの鋭い振り下ろし、ファルスはそれをバックステップで避ける。
 次の瞬間、アセリアは後転した。
 ビュン、とアセリアがいた場所を木刀が風を斬った。
 アセリアはファルスの居合いが来ることを読んだのだ。
 バックステップと同時に納刀――――木刀なので鞘がなく、形だけであるが――――をし、アセリアに居合いを行った。
「あれを避けるとはねぇ」
 ファルスは感嘆を抑え切れなかった。
 今の一撃でファルスは勝利を確信していた。
 そのため、次の居合いに備えて納刀をするのを怠っていた。
「………ファルスも流石だ」
「それは、ありがとうございます……ねぇ!」
 納刀をし、アセリアに迫るファルス。
 アセリアはファルスの右手――――抜刀する瞬間をつかもうと、木刀に添えた右手に意識を集中した。
 居合いを紙一重で躱し、納刀する前に一撃をいれる。
 それがアセリアの考えであった。
 だが、ファルスはアセリアの考えを読んでいた。
 ガシッ、アセリアは左手で服を掴まれた。
「――――!」
 右手に意識を集中していたため、左手の動きに気づかなかった。
 ファルスはそのまま、左手だけでアセリアを力任せに持ち上げ、
 どん! と地面に叩きつけた。
 アセリアは何とか受身を取ったが、次の行動に移すまで数秒、時間がかかった。
 次の行動を移すことが頭によぎった時、目の前にファルスの木刀の切っ先が向けられる。
「俺の勝ちですね、アセリア」
「ん、あたしの負けだ」
 ファルスは決着がつくと、床に座り込み、肩で大きく呼吸を始めた。
「それでは、今日の訓練をこれで終了とする!」
 訓練士リリアナ・ヨギンの終了を命じ、別の場所で素振りなどの訓練をしていた悠人やオルファも床に座り込んだ
 訓練が終わり、エスペリアがアセリアとファルスに濡れタオルと水筒を渡す。


 禍根のファルス   第四話

 
 ファルスが疲れて座り込んでいると、リリアナがファルスの前に立ち、見下ろしている。
「おいおい、だらしないぞファルス」
「だらしないって、第一詰め所のメンバーと連続2セットの実践訓練ですよ。体力が足りるわけないじゃないですか」
 リリアナ・ヨギンに文句を言うファルス。
 リリアナは、「ハッハッハ」と笑い、
「あのファルス・ロンドならば、それぐらい簡単だと思ったんだがな」
「もしかして、いまだにあのこと恨んでいます?」
「あのことってなぁに、リリアナさん?」
 オルファが興味津々といった表情で訊ねた。
 リリアナはオルファを持ち上げて、
「オルファは、訓練士になるためにはどうすればいいか知っているかな?」
「……わからない」
「訓練士になるためには、兵学校の卒業認定が第一の条件」
 ファルスが座りながら、話し始めた。
「第二は訓練士と模擬戦をし、訓練士から5戦中2勝する。そうすれば、訓練士になれる」
「それで、この男は私から5戦中5勝という偉業を成し遂げておきながら、訓練士にならなかった」
 ファルスを指差して、忌々しそうに見た。
 いまだに根に持っているのかとわかり、ファルスはため息をついた。
「確かに、訓練士試験に合格しておきながら辞退したのは悪いと思っていますよ。でも、リリアナさんと本気でやれるのは、あの時しかないじゃないですか」
 リリアナは抱えていたオルファを下ろすと、険しい顔で、
「自分よりも才能がある人間が、才能を活かせない場所に進むのを喜べると思うのか?」
「……買い被りですよ。俺は、ひとつの目的のために進んでいるだけですから」
「まだ、兄貴のことを引きずっているのか?」
「………」
 肯定を意味する沈黙が流れる。
 オルファは二人の顔を心配そうに眺める。
 重苦しい空気を打破したのは、第三者の存在だった。
「まあまあ、そんなことはいいじゃないですかリリアナさん、ファルス」
 セラス・セッカが笑顔でやってきたのだ。
「あれ、お前第二詰め所の方の訓練じゃなかったのか? 終わったのか」
「ああ、一足先に終了した。今日は用事があって来たんだ」
「用事?」
 ファルスはセラスの笑顔にとてつもない嫌な予感を感じた。
 この幼さじみとの経験上、この笑顔をするのは何か馬鹿なことを言う前触れだということを理解していた。 
 そして、その予感は的中する。
「エスペリアの巨乳を見に来たんだ」

 後にリリアナは語った。
『あの時のセラスを殴ったファルスのパンチは、スピリットが真剣の力で強化したときと同じくらいのスピードだった』と。

 現在、セラスはファルスの一撃でぴく、ぴく、と動きが緩慢になっている。
「ファルス様〜、セラス様はあのままでいいの?」
「オルファ、何の問題もないよ」
 セラスを心配そうに見つめるオルファの頭を撫でてあげ、悠人たちの方に向かった。

 王宮で、ラキオス王が書類をつまらなそうに眺めている。
「つまり、これはどういうことを意味している?」
 書類を提出した研究者はゴクリ、と唾を飲み込み、
「……ラキオスにあるマナが限界をむかえようとしています」
「対応策はないのか?」
「方法は二つ。一つはスピリットを殺すことです。それだけで、そのスピリットの持つマナがラキオスの資源になりますから。ですが、この方法で手に入るマナの量は多くないのでお勧めはできません」
「ならば、もう一つは?」
 研究者は額に流れる汗をハンカチで拭きながら、
「危険ですが…魔龍サード・ガラハムを倒すということです。一度に多くのマナが入手できますが、うちにいるスピリットではおそらく歯が立たないでしょう」
 失敗したときのことを考えてしまい、怯える研究者。
 だが、ラキオス王は不適に笑い、
「確かにスピリットでは無理であろう。だが、わが国にはエトランジェがいる! 何を恐れる必要があるというのだ。国に対して何もせぬ守り神など、ただのゴミにしかすぎん!! エトランジェの力で退治してくれようぞ!!! ガッハハハハハ!」
 王の高笑いが城に響いた。

 その夜、自室でファルスが書類仕事をしていると、セラスとバトランドが酒を持って入ってきた。
「どうした?」
「なあに、バトランドがいい酒を手に入れたから皆で飲もうと思ったのさ」
「…それに、お前には祝うこともある」
「祝い? 何かあったか」
 ファルスは自分の身の回りのことを考えた。
 誕生日はもっと後だ――――剣の稽古に夢中で、気づいたら誕生日を迎えていたというのは一度や二度ではないが――――自分の祝うことでは特にないはずだ。
「いや、身に覚えがない。祝うことなんて何もないはずだぞ」
 ファルスの返答に、セラスたちは不適な笑みを浮かべ、
「ほうら、入って来い」
 ドアの死角のほうを手招きした。
 手招きした先には、黒い髪をした少年が立っていた。
 ファルスはその少年に見覚えがあった。
――――近いうちに見ているんだよな、あれは確か………。
「……確か、兵学校の子だよね」
 少年は顔を赤くして、「ハイ!」と夜なのに大きな声で答えた。
 ファルスはセラスたちの方を向き、
「それで、この子がどうしたの?」
 ファルスにとっては、祝いと言われて兵学校で会った少年を紹介されても意味がわからなかった。
 少年はファルスを見て目を輝かせている。
「お前の部下」
「は」
「だから、お前の部下」
 もう一度同じ答えが返ってきた。
 ファルスは考える。
 自分が所属しているのは、補給部隊だ。
 補給部隊は兵学校の成績が悪い人間が、組織に空きがある場合配置される。
 特に、スピリットの補給部隊で働くことは最も恥とされることであった。
 ファルスのように能力がありながら補給部隊に配属されるのはありえない。
「部下ってスピリットの補給部隊の?」
「…お前は自分の所属を忘れたのか? そりゃあ、スピリットの連中と剣の稽古をしたり親書の届出をしたりと、補給部隊の仕事をしてはいなかったが……」
――――そこが問題じゃないよ。
 問題なのは、自分の所属する補給部隊に入るということだ。
 理由は一つしか考えられなかった。
「………つかぬことを聞くけど、君ってそんなに成績が悪かったのかい?」
「いいえ、そんなことはありません!!」
 元気よく返ってきた返事。
 ファルスの問いに、セラスは一枚の紙を取り出し読み上げた。
「ロイの成績は中の中ってとこだね。特に得意なものもなければ、不得意もないって成績だ」
 ファルスはより混乱した。
 セラスとバトランドはニヤニヤしながら、種明かしをすることにした。
「この子は憧れているんだって」
「誰に?」
「…お前しかいないだろう」
「何で?」
 二人はハァと呆れ果てる。
 本人は自分がどういうことをやったのか理解できてないことがわかったからだ。
「…第一に兵学校三位卒業」
「次にリリアナ訓練士に圧勝事件」
「兵学校初のサバイバル実習を二週間やり遂げたっていう記録もありますね」
 三人はファルスが兵学校時代の記録を挙げていく。
 それでようやくファルスも気づいた。
「つまり、俺が色々な記録を打ち立てたから、憧れて補給部隊に希望入隊したってことか?」
「そうです!」
 またも元気な返答。
 あまりにも純粋なので、頭痛を感じてしまうファルスであった。
「でも、部下が出来るなんて聞いていないぞ」
「今日伝えようとしたんだが、誰かさんがぶん殴ったからなぁ」
 殴られた箇所を痛そうにさするセラス。
「あんなことを先に言うからだ。それと、日頃の行いの問題だ」
「あんなことって何ですか?」
 ロイの問い。
 まだセラスと付き合いの短い彼にはわからないのだろう。
 ファルスはセラスを指差し、
「こいつは巨乳好きなんだ。それで、エスペリア――――第一詰め所のグリーンスピリットの巨乳を見に来たって言ったんだぞ。普通、ぶん殴るだろ?」
 ロイはきょとんとした表情をし、少し考え込んだ。
 何かわかったのか、手をポンっと叩く。
「ファルスさんは優しいんですね」
「何がだ?」
「だってそうでしょう? スピリットなんかに気を遣うだなんて」
 ファルスは飲もうとしたコップを置いた。
 ファルスはロイの顔をしっかり見て、口を開いた。
「ロイ、言っておくが俺はスピリットを差別していない。もし、スピリットを差別したまま妖精補給部隊に入るのなら、今すぐやめろ」
 言いたいことをハッキリ言ったファルスは先ほど置いたコップを口に運ぶ。
「えっ、それはどうし――――」
 バタン、とファルスが倒れた。
 ロイが言うより先に、ファルスはコップに入った酒を飲んで倒れてしまった。
「ファルスさん! どっ、どうしましょう!?」
 慌てふためるロイ。
 それに対してセラスとバトランドは至って冷静だった。
 まるでこの状況がわかっているようだった。
「本当に酒弱いなぁー」
「確かにな」
「……いつものことなんですか?」
「ああ、酒一杯で潰れる」
「奇跡的に酒に弱い体質なんだよな」 
 二人は酒に酔い潰れたファルスを介抱せず、軽く揺らす。
 二、三度揺らしてみて酔い潰れていることを確認する。
「おーい、起きてるか?」
「…んにゃあ、なんだ?」
 虚ろな意識で対応している。
 二人の顔にニヤっと笑みが浮かんだのをロイは見逃さなかった。
「じゃあ、聞きたいことがあるんだが――――」
 そして、夜は更けていった。

 翌日、悠人たちに魔龍サード・ガラハムの討伐が命じられた。
 その決定に不服をあげるものが一人、ファルスである。
「魔龍を倒しに行くなんて無理ですよ。いくら、エトランジェや『ラキオスの蒼い牙』と呼ばれるアセリアでも今回は分が悪すぎます」
「…私もそう思いますが、既に決定してしまったこと。何の力もない私には…何も出来ません」
 レスティーナが悔しそうな顔をする。
 レスティーナ自身、このようなことになってしまい歯がゆいのだろう。
「それに、ユートさんは神剣の位が高いといっても、剣術は全然ですから…」
 あれから、ファルスは悠人と何度か剣の相手をしている。
 悠人も一生懸命に練習をしているのだが、まだ実践に出れるレベルではない。
 それはレスティーナもファルスから聞いて知っていた。
「…信じることしか私にはできません。皆が無事に帰ってこれるようにと」
 祈りが何の力になるかわからないが、彼女にはそれしか出来なかった。

 ファルスは街を歩いていた。
 魔龍討伐の件にはファルスが補給部隊として活動することはない。
 日帰りで帰ってこれる距離だからだ。
 今街を歩いてるのはただの散歩だ。
――――それにしても、いつもどおりの光景だな。
 市場には活気があふれている。
 走っている街の子供。
 近所話に花を咲かせる奥様方。
 ヨフアルをおいしそうに食べているレス――――見なかったことにする。
 巨乳ウォッチングをしているセラス――――これも見なかったことにする。。
 大きな荷物を二つ持っている長い赤い髪の少女。
 楽しめるものを見つけたような、あきらかに定職についていないチンピラたち。
 チンピラたちは下卑た笑いをしながら、大きな荷物を持っている赤い髪の少女の先回りをした。
「さーて、今日はいい天気だなぁ」
「ええ、そうですよねぇ兄貴」
 わざとらしい会話。
 チンピラたちは少女が転ぶように足を引っ掛けようと、偶然を装って足を伸ばす。
「――――!」
 荷物で前が見えなかったため、少女は足がひっかかり、転びそうになる。
 バサバサ、荷物は落としてしまった。
 だが、少女が転ぶことはなかった。
「大丈夫かナナルゥ?」
 赤い髪の少女――――ナナルゥの転倒を、ファルスは背後から支えて止めたのだ。
「ハイ、大丈夫です。ファルス様のお陰で助かりました」
「そうか、それなら良かった。……すいませんが、荷物を落としてしまったので、拾うのを手伝ってくれませんか?」
 チンピラに対し、笑顔で頼むファルス。
 チンピラたちはそのファルスの笑顔の奥にあるプレッシャーを感じ、怯えてしまった。
「ひっ、ひぃ」
 クモの子を散らすように逃げていってしまった。
 その様子を不思議そうに眺めるナナルゥと「まったく」という表情で見るファルスであった。

「本当にすいません」
「いや、いいよ。そっちに用があったんだし」
 二つある荷物をファルスとナナルゥで分け、第二詰め所まで歩いていた。
 ファルスは用があったというが、それは嘘で、先ほどのチンピラがまたナナルゥに絡むのではないかと危惧していたのだ。
 少しすると、二人っきりで歩いていても、お互いに無言になる。
 もともとあまり話をしない二人だから、話のネタは少ない。
 そのため、お互い無言となるのは当然なのだが、ファルスはそれに危機感を抱いていた。
――――ナナルゥは他の皆と比べると、本当に口数が少ないんだよな。
 同じように口数が少ないアセリアのことを忘れたのかわからないが、ナナルゥの状態はあまり良くないことをファルスは気づいていた。
 何か話すことがないかと周りを見てみると、道の端に一輪の青い花が咲いているのを見つけた。
 ファルスはその花を摘み取って、
「ナナルゥ、ちょっと待って」
「?」
 ナナルゥはファルスの行動が理解できなかった。
 今、ナナルゥの髪には、先ほどファルスが摘んだ花が付けられている。
 ナナルゥはファルスを不思議そうに見つめた。
 ファルスはにっこりと笑って、
「ナナルゥに似合いそうだと思ったんだ。……うん、やっぱり似合っているね」
 その笑顔と言葉でつい顔を赤らめるナナルゥ。
「そう…ですか……」
「ああ、とっても可愛いよ」
 ファルスはナナルゥの顔が赤くなっていることに気づいていない。
 天然故にできる行動、故にその行動がもたらす意味をファルスは知らない。
 それから、ナナルゥはどこか上の空だったが、それをファルスが気づくことはなかった。

「今日はありがとうございます」
「ああ、ナナルゥも元気でね」
「ハイ」
 ナナルゥに荷物を渡してファルスは玄関で別れた。
 今日買った荷物を台所に持って行くと、今日の食事当番のハリオンがエプロン姿で待っていた。
「あらあら〜、ナナルゥさん、その頭のお花はどうしたんですか〜?」
「…ファルス様から頂きました。……そして、似合っているとも言われました」
「うわぁ〜、ファルスさんてそういう人だったんですか〜」
 ハリオンの言葉にナナルゥは違和感を感じる。
 特におかしなことはなかったはずである。
 それなのに、どこかハリオンは怒っているようであった。
「そういう人とは?」
「秘密で〜す」
――――何もないなら、いいですね。
 ナナルゥは使っていないコップを食器棚から取り出す。
「喉が渇きましたか〜?」
「いいえ」
 コップに頭に付いている花を入れる。
「水をあげていれば長持ちすると聞いたので」
「ふふふ、そうですか〜」
 ナナルゥはハリオンの違和感を頭のどこかに置いて、コップに水を注いで自室に入った。

「ファルス様はいったい、ヘリオンとナナルゥのどっちに気があるんでしょうか〜〜」
 その呟きは誰にも聞き取れなっかった。

 翌日、悠人たちはサード・ガラハムの討伐に向かった。




 後書き
 
 第一章、終わらず!
 前回の予告で書いたはずですが、今回で第一章が終了する予定でしたが、無理でした。
 すいません。
 書いている中でロイが出ていないことに気づき、出しておかないといけないと思って書きました。
 ロイはファルスと行動を共にすることが多いので、一章のうちに出しました。
 今回では、ファルスとナナルゥのフラグが発生!(笑)
 ハリオンではないですが、どっちを選ぶのでしょうか?
 その点も今後の楽しみにしておいてください。

 最後に、兵学校の説明を。
 ラキオスでは、兵士になりたい方はいくつでもいいので、兵学校に一年半通うことが条件となります。
 卒業前に配属先を希望しますが、近衛隊などは難問です。卒業生の多くは城内の警備兵となります。
 ランク付けをすると
 近衛隊隊長>訓練士>近衛隊隊員>一般兵>警備兵>人間補給部隊>妖精補給部隊となっています。
 ちなみに、技術者はこのランクには入っておりません。

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