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 ファルスが自分の剣の師と別れた翌日、サルドバルドを経由した。その二日後、彼は無事、アキラィスに到着した。
 無事といっても、それは肉体と精神の話だった。
 無事ではないもの、それは彼の衣服だった。
 あれから二度、夜盗に襲われた。だが、結果はファルスの圧勝に終わった。
 そのときの返り血によってファルスの衣服は真っ赤に染まっていた。
 ファルスは宿にでも泊まって、着ている衣服の洗濯をしようか考えながら、町に入った。

「なんだよ、これ……」
 ファルスが町に入ると驚くべきものが視界にはいった。
 町は家屋が数件、ボロボロに壊されているのだ。そして、その周りには数人の兵士――――格好からするにサルドバルド兵がいた。
 おそらく、スピリット同士の戦いであろう。このように破壊ができるのは、スピリットぐらいだからだ。
 ファルスは兵士の中で人の良さそうな人物を見つけ、声をかけた。情報を仕入れるためだ。
「ちょっと、いいかい?」
 声をかけられた兵士はファルスを見て驚愕の表情をする。
 ファルスにとって、そのような表情をされる理由はわからない。まあ、学生時代のサルドバルドとの交流会での試合で戦った相手なら話は別である。全ての対戦相手を秒殺した記憶があるからだ。
「だ、大丈夫なんですか!? そんな出血で」
 その言葉で、ファルスはこの兵士が自分の衣服の返り血に驚いているのがわかった。
 実際、元の服の色が赤色ではないかと思うぐらい返り血を浴びている。
 ファルスは動揺する兵士の肩を掴み、微笑を見せた。
「大丈夫だから、この血は返り血だから、とりあえず落ち着いてくれ」
「はい、返り血ですね。返り血ですか…………返り血! もしや、あなたはここら辺を騒がしている夜盗ですね! 何人の人間を襲ったんですか!? 誰かー、助けて」
「その夜盗の返り血です。夜盗という悪者です。襲われたので、逆に殺しました。もう一度いいます、落ち着いてください」

 それから数分、二人のやりとりは他の兵士が異変に気づいて、やってくるまで続いた。
 他の兵士も含めた話では、ラキオス王国にエーテル技術のスパイを行ったスピリットを追った結果、この場所での戦闘が起こったらしい。
 この先の町でも同じような状況だと説明された。
 その戦闘では、召喚されたエトランジュが戦闘に参加していたという話も聞けた。
「どうも。エトランジュたちは昨日のうちに出て行ったんですね」
「ええ、そうですね。まあ、スピリットたちがずっとこの辺に居られても正直、困りますから」
 人のいい兵士は笑いながら話している。
 だが、ファルスは違った。
 この兵士は話してみて、自分が思ったとおりの人物だとわかった。だが、この人物もスピリットに対する差別意識を持っている。
 それが少し悲しかった。
 ファルスは話が終わると、荷物を持って立ち上がった。
「お兄さん、宿でしたらあちらですよ」
 兵士は東側を指差した。その方向は、この町に二箇所ある宿のうちの一つだ。
 もう一箇所のこの周辺にある宿は戦いで潰れてしまった。
 ファルスは首を横に振り、町の出口の方に向かい始めた。
「行く場所ができたんでね! ありがとう」
 ファルスの足はラキオスへと向いていた。

禍根のファルス   第二話

 街道を通らずにアキラィスから、一直線でラキオス王国に行く場合、かなりの時間短縮になる。
 本来なら、街道で一日半でつく道も、半日で着くからだ。
 道なき道を進み、数時間が経つと街道にまで出た。
 ここからなら、後は歩いて帰っても今日中に王国に到着することができる。
 ファルスが歩きながら街道を進んでいると、背後からどたどた、と足音がする。
「ファルス様だー」
 少女の声。
 ファルスの頭の中で赤い髪の少女――――レッドスピリットの少女の顔が頭に浮かんだ。
 ファルスは「はぁ」とため息をつくと、腹筋に力をいれて振り向いた。
 次の瞬間、腹部にものすごい衝撃が来る。腹筋に力をいれて正解だったと思いながら、飛びついてきた少女の頭を撫でてあげた。
「オルファ、元気だったかい?」
「うん、元気だったよ。ファルス様」
 いっぱいの笑顔で答えるオルファ。
 その笑顔で、腹部へのダメージが少しは軽減されたように思いたかった。
 オルファが来た方向からは、いつもの二人とアキラィスの町で話しにでたエトランジュがいた。
 アセリアはいつもどおりだが、エスペリアはエトランジュ――――自分とたいして年齢に差が見えない人物に肩を借りていた。
 どこか、辛そうな表情をしているようなので、どこか怪我でもしているのだろう。
「オルファ、何をしているのですか! ファルス様に失礼ではないですか!」
「いいや、そんなことはないよ。エスペリアはそんなこと気にしなくていい」
「ですが、ファルス様――――かなりの重傷ではないですか!」
 ファルスは現在の自分の衣服の状態を忘れていた。
 返り血で真っ赤な衣服。
 経緯を知らない人から見れば、確かに重傷を負っているようにしか見えない。
 そこに、オルファのダイブだ。
 普通なら、倒れているか、傷が開いて大変なことになっている。
 オルファも心配そうにファルスを見上げていた。
「大丈夫、これは全部夜盗の返り血。だから、何の問題もないよ」
「………そうですか、ならばいいのですが」
 まだ不安そうなエスペリア。だが、ファルスはその隣にいる人物が気になっていた。
 高嶺 悠人は、ファルスを疑うような目で見ているのだ。
 ファルスは知らないが、悠人はファンタズゴマリアに来てから、ラキオス王や一般兵士といった周囲の人間に酷い目にあわされている。
 そのため、悠人は自分と年齢の近そうなファルスでさえ疑いの目で見ているのだ。
 加えて、ファルスは人を殺している。
 悠人はスピリットを殺すのに疑問を持つのに対して。
「エスペリアの隣にいる人って、噂のエトランジュ?」
「ん、そうだ。ユートはハイペリアから来た」
「へえ………」
 冷静を装っているが、内心ファルスは驚いていた。
 答えではなく、その答えを言ったのがアセリアだったからだ。
 ファルスがいない間になにがあったのかはわからないが、何かあったのだろう。
「そうだよ、パパはエトランジュなんだよ」
 見た目どおり小さい胸を張ってアピールするオルファ。
「パパ?」
「うん、パパ」
 ファルスは考えた。
 ――――こいつ、オルファにパパって呼ばせているのか
 説明もなく、パパという発言が出たため、ファルスも悠人に対する不信感が生まれた。
 実際は、呼ばせているのではなく、呼んでいるの間違いなのだが、初対面の印象はお互いよくなかった。
 曰く、人を簡単に殺せる男。
 曰く、少女に自分のことをパパと呼ばせている男。

「あっ」
 口数も少なく歩いている最中、オルファが何かに気づいた。
 それに反応する四人。
「どうしたんだオルファ」
「そうです、どうしたのですか?」
 悠人とエスペリアがオルファに尋ねる。
 オルファは今更ながら、
「パパにファルス様の自己紹介をしなきゃ」
 ファルスの自己紹介をすっかり、忘れていたことに気づいた四人。
 本人でさえも、その事実に気づいてなかった。
 ファルスは悠人の方に振り向き、頭を下げ、
「俺の名前はファルス・ロンド。戦時中、スピリットの補給を担当する補給部隊の隊長を務めている――――っていっても、部隊は現在俺しかいないけどね」
 スピリットに関する仕事につくことはあまり立派なこととされていない。そのため、スピリットの補給部隊に属するということは、不名誉のこととなっている。
 ファルスが入隊したとき、以前の隊長は除隊したのだ。
 唯一、名誉とされているのは訓練士ぐらいだ。
 ファルスの自己紹介に対し、悠人も自己紹介をした。
「俺の名前は高嶺 悠人。エトランジュだ」
 といっても簡潔なものだった。
 だが、この自己紹介でお互いの溝は狭まり、口数も増えて帰りの道を歩いた。
 ファルスは自分に臨時収入がはいったため、オルファたちにネネの実のパイを買ってきてあげることや、その臨時収入の紙幣には何故か端の部分が赤くなっていること。
 悠人の義妹が現在、ラキオスの王城に居ることなどを話していた。

 日が暮れてきた時、五人は王国に到着した。
 しばらく街を歩いていると、ファルスは右側を指差し、
「それじゃ、ここらへんでお別れですね」
「えー、一緒に行こうよ」
 オルファがねだる。
「いけませんオルファ、ファルス様にだってご予定があるのですから」
「でも、ファルス様もレスティーナ王女様に用があるんじゃないの?」
「そうなんだけどさ」
 ファルスは自分の衣服を指差した。
 真っ赤な返り血のある衣服。
「一回、着替えなきゃお城には入れないんだ。だから、またあとでね」
 ファルスはそういうと、走って、寄宿舎に向かった。
 エスペリアはオルファの肩に手を乗せ、
「オルファ、レスティーナ様の所へ行きましょう。今回の件をご報告しなくてはなりません」
「ん、行こう」
「そうだな」
 四人は王城へと向かった。

 その頃、寄宿舎のファルスは入浴をしていた。
「いいお湯だな。疲れがとれる」
 ここ数日、入浴ができる状態ではなかったといえ、久しぶりの風呂なのでゆっくりしていた。
 がらがら、と風呂場の戸が開かれ見知った人物が入ってきた。
「久しぶりだな、ファルス」
「ああ、セラスも久しぶりだな」
 ファルスの同期でもあり、訓練士として活躍中のセラス・セッカだ。
 どうやら、今日のスピリットの訓練が終了したようだった。
「今日は誰の訓練だったんだ?」
「今日の訓練の相手か、それはな………」
 何か考えているような顔つきをするセラス。
 ファルスはセラスがこういうとき、何か変な発言をするのがわかっていた。
「柔らかさのハリオンと張りのナナルゥのきょにゅ――――」
 セラスが言い切る前に、ファルスの拳が炸裂した。
 セラス曰く、「巨乳はすばらしいものだ」そうだ。
 その中でも、ハリオンとナナルゥはすばらしいというか、偉大なものらしい。
 ぶくぶくと泡をたてて沈んでいく親友を無視しながら、ファルスは風呂を出た。

 寄宿舎を出て、王城に来たファルスは、レスティーナ王女を捜した。
 書簡をラキオス王に渡したいのだが、現在はサルドバルドにいるらしく、代理でレスティーナに渡さなくてはいけない。もちろん、レスティーナ自身にもアズマリアから受け取った手紙を渡さなくてはならない。
 図書館にいないため、王女を捜して城内を歩いていると、知り合いの女官が豪華な料理がのったおぼんを持って部屋の前をウロウロしていた。
「どうしたんだ?」
「あ、ファルスさん。お帰りになったのですね」
 振り向き、頭を下げる女官。
 気のせいか、顔がほんのり赤くなっている。
「どうしたの、部屋の前で?」
 その部屋は王族の寝所の近くで、サルドバルドやイースペリアの王族が客人としてやってきた場合に使われている部屋だ。
 この部屋を使う機会などあまりなく、泊まるような人も来ていないはずだった。
 女官は嫌そうな顔をすると、片手を口に当て、
「この部屋には、エトランジュの片割れがいるんですよ。それで夕食を持っていこうと思ったんですけどねぇ………」
 その言葉でファルスは理解した。
 この女官はエトランジュの夕食の配膳を申し付けられた。
 だが、エトランジュという恐怖の存在が居る部屋に入りたくなく、部屋の前をウロウロしていたのだ。
 ファルスは気づかれないようため息をつくと、
「いいよ、俺が持っていく」
「えっ、いいんですか!?」
「ああ」
 女官からおぼんを受け取るファルス。
 部屋に入ろうとする時、あることを思い出した。
「そういえば、レスティーナ王女知らないか? いつもの場所にはいないみたいなんだ」
「王女様ですか。王女様でしたら――――」
 女官の目がドアの方に向く。
 ――――なるほど、レスティーナはここか。そりゃあ、見つからないなよな、この部屋には俺がラキオスに居た時にはレスティーナは来る理由がなかったから、考えてなかった。
「ちょうど良かった。王女様に用事があったんだよ」
「では、お願いしますね」
 女官は頭を下げ、この場から去っていく。
 その様子を最後まで見ずに、ファルスはドアを開けた。
 離れ離れになっている兄妹と一日に会うという偶然を楽しみながら。







 あとがき
 
 すいませんが、今回はここで終了です。レスティーナを出したかったんですが、学校の方である実習と重なりましてペースが遅くなっています。すいません。
 麻雀のほうを先に仕上げてしまったのが原因ですかね(笑) まあ、こんな感じですが最後までよろしくお願いします。
 それと、私は貧乳派なんですが、セラスの言っていたハリオンとナナルゥのネタは私の持論です。
 あの二人は巨乳なんですが、質が違うんですよ。ええ。セラスの「巨乳論」は今後も続きます。
 では、また次回。

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