作者のページに戻る

 その夜、少年は目を覚ました。
 明日の約束が楽しみで早く眠った。
 だが、緊張のあまり、こんな夜に起きてしまった。
 少年は喉が渇いていることに気づき、台所で水を飲もうと部屋を出た。
「兄さん?」
 部屋を出ると、兄が玄関から出るところだった。
「ファルスか。もしかして、起こしちゃったか?」
 少年は首を横に振った。
「今日もお仕事?」
「まあ、そんなものだな」
「本当に?」
 少年の兄は年が離れており、仕事で夜遅くに出ることも少なくはなかった。
 だが、今回は少し違う気がした。
 弟は嫌な予感を感じていたのだ。
 兄はバツが悪そうな表情をして、
「・・・・本当は、少し違うんだ。ちょっとスピリットの子が心配でね。様子を見に行くんだ」
「そうなんだ・・・・」
 弟は残念そうな表情をした。
 兄は弟の気持ちを察して、頭に手をのせた。
「大丈夫、明日の山菜取りにいく約束は絶対に守るよ」
「本当!?」
「ああ、だからさ、元気に見送ってくれないか?」
「うん、じゃあいってらっしゃい」
 兄は夜遅く、家を出て行った。


 結果だけを述べると、兄弟の約束は果たされることはなかった。
 翌日、兄の友人から兄の死が伝えられたからだ。


禍根のファルス   第一章「皮肉な話」


「また、この夢か」
 何度見たのかわからない夢を見て、彼は目覚めた。
 彼の名前はファルス・ロンド、兄を殺された弟だ。
 ファルスにとって、先ほどの夢は忘れたくても忘れられない悪夢だといってもいい。
 ファルスは部屋を見渡した。
 明らかに豪華な部屋、どこかの王国の客間のようである。
「そういえば、ここはイースペリアか」
 ファルスはスピリットの補給を担当する部隊に属している。
 補給部隊は、戦争中に近辺に町がなく補給が取れない状態に備え、必要となる食料や衣服、医療器具の補給を本体とは別行動をとって必要物品の補充を担当する部隊である。
 だが、戦争が激化していない状況では、補給を必要とすることはなく、雑用をやらされることが多い。
 今回の件もそうだ。
 イースペリアのアズマリア女王に書簡を贈る役目を言い渡されたのだ。
 トントン、と部屋がノックされた。
 「どうぞ」と声をかけると、メイド服を着たショート・ヘアの青い髪をした少女――――ブルースピリットの少女が部屋に入ってきた。
「ファルス様、アズマリア様がお呼びでございます」
「ああ、いつもありがとう、フィル」
「いえ、そんなことはありません! ・・・・ファルス様でしたらいつでもいいですよ」
 フィル・ブルースピリットが頭を下げる。
 顔も少し、赤みを帯びている。
 その赤みの理由に気づかないファルスは、「そう」と呟いて立ち上がった。
「アズマリア様に謁見してくるか」
 客間から数分、ファルスはフィルと様々な話をして玉間に向かった。
 その間、ファルスとフィルを訝しげに見る人間も少なくはないが、ファルスは無視をした。
 玉間に着くと、ファルスは膝を付き、アズマリア女王に頭を下げた。
「ファルス・ロンド、ただいま参りました」
「御苦労」
 女王は、部屋から出るように近くにいる仕官たちに目配せをした。
 士官たちは嫌な顔をしながら部屋を後にする。
 そして、部屋には女王とファルス、そしてフィルだけとなった。
「さて、頭をあげてもいいですよ。ファルス」
「どうも、女王」
 先ほどの礼儀正しい言い方とは変わり、気軽に言葉遣いになるファルス。
 他のものがいるときは、それ相応の態度をとるが、居ないときには身分やそういったものを別とする。それが三人――――正確にはここに居ない一人を含めた四人の約束だった。
「では、ファルス。これを」
 女王は書簡と手紙をファルスに渡した。
 書簡はラキオス王へ、手紙はこの場に居ないレスティーナへのものだ。
 ファルスが書簡を届ける役にあるのは、レスティーナへの手紙を届けるためでもある。
 他の人間に届けられる場合、手紙を見られる可能性がある。
 そのため、ファルスが書簡を届ける役に任命したのだ。
『補給の仕事のないときの補給部隊など、何の仕事もありません。どうせですから、書簡を届ける使者の仕事でもやらせたらどうでしょうか』
 周囲の人間を納得させるためについたものだったが、正直辛いものがあった。
「手紙を読みました。あの子の願いどおりの世界になることは、私の望みでもあるのですが・・・・」
 女王は悲しそうな顔をする。
 アズマリア女王の考えとレスティーナの考えは、似ている。
 どちらもスピリットを人と同じような扱いをしようというものだからだ。
 女王はそのような願いから、フィルを傍に置いている。
 護衛という形で傍に置いているが、本心は傍にいて自分の思いを忘れないようにしているからだ。
「そのような世界を造るには、まず、彼女が女王になるのが前提ですけどね」
 その前提は王がいなくなれば叶う。だが、それは彼女の父親が死ぬということになる。
 王はその権力の座から降りようとはしないからだ。
 正直、あの王がいなければと思ったことも少なくはない。
「ですから、私のほうでも彼女が女王になったときに備えていろいろ行動をしているのですが・・・・」
「前途多難ですか」
 それは玉間に行くまでの視線でわかった。
 スピリットに対する侮蔑の目、そして玉間から出る士官の目。
 理想の達成まで、まだまだだと感じられる。

 それから、数十分間様々なことを話した。
 現在の政治状況や周辺の状態、ファルスの友人のことまで様々なことを。
「では、そろそろラキオスに帰りますので」
「もうそんな時間ですか、仕方がありませんね」
 話が終わったのを残念がる女王。
 それに対し、フィルは顔を赤らめながら、
「ファルス様、今回もエクゥを使わないで来られたのですよね。――――で、では、途中まで私がハイロゥでお、お送りします」
 どもりながらも送っていこうという意思を伝えるフィル。
 だが、そんな気持ちに気づかないファルスは、
「いいよ。徒歩で行くのは、鍛えていることもあるし、なにより、フィルには護衛の仕事もあるだろ」
 と、拒否の意思で返した。
 その様子を見ていた女王は、「はぁ」とため息をつく。
「前々から思っていたけど、本当に鈍感ですねぇ」
「何がですか?」
 今度は女王とフィルが二人して「はぁ」とため息をついた。

「じゃあ、また今度」
「ええ、さようなら」
 城門前でフィルと別れたファルス。
 だが、彼は知らなかった。
 彼女たち――――いや、イースペリアの人たちの多くには次がなかったことを。

 長く走っていた。
 街道を通らず、道なき道を一直線で走っていった。
 いつもどおりの道筋だ。
 気づいたら、森の中で夜になっていた。
 ここから走っていくのは危険だと考え、ここで野宿することにした。
 食べるものは、先ほど採った野草と捕まえた蛇がある。
 火をおこして蛇と野草を焼いて食べた。
 これなら、あと一週間もあればラキオスに到着するだろう。
 そのためにも、明日に備えて眠る前に、やることを済ませなくてはいけない。
「そろそろ出てこいよ、寝込みを襲われるのは性分じゃないんでね」
 木々に隠れていた数名の男たちが出てきた。
 男たちはそれぞれ、剣や斧で武装している。
 男たちはこの近辺に隠れている夜盗の集団だ。
 女王との話で、最近、イースペリア付近に出没しているそうだ。
「よくわかったな坊主」
 夜盗の中でリーダー格の男が口を開いた。
 だが、ファルスは何も言わなかった。
 ファルスは答えるよりも先に近くにあった小石を近くにいる男に投げつけた。
 不意打ちだったので、男は小石を顔に当てられ、ファルスを見失った。
 気づいたとき、男は自分の首筋から赤いあたたかいものが流れていた。
 それは、血液だ。
 一瞬の隙をついて、ファルスは自分の持っていた剣――――この世界では珍しい片刃の剣で相手の頚動脈を切ったのだ。
「てめぇ!」
 仲間が殺されたのに反応して、夜盗たちが襲い掛かってくる。
 それが間違いだと気づかないで。

 数分後、夜盗は全員殺されていた。
 たった一人の人間に。
 ファルスはそれでも警戒を解かなかった。
 誰も居ないほうを睨みこんで、剣を鞘にしまった――――それは、居合いの構えだ。
 パチパチ、と拍手の音がし、足音もする。
 警戒を解かずにやってくる人物を見ていると、それは彼の知っている女性だった。
「先生!」
「流石、ファル坊だ。強くなったねぇ」
 その人物は、彼に剣の基本を教えた先生であった。
 兄が死んで辛いとき、一人で山に入ったら野犬に襲われた。
 そのときに助けてくれたのがこの先生だった。
「一人であの人数の連中を倒すとは、なかなかの実力に育ったね。先生として鼻が高いよ」
「いいえ、まだまだです。あの程度の連中――――スピリットと比べたら、足元にも及びません」
「あんた、まだ・・・・そうだね、私のとこに弟子入りしたのはそれが理由だった」
 ファルスがこの女性に弟子入りした理由、それは、この女性が誰よりも強い剣士であることがわかったからだ。
 その目的も師事したときに教えている。
 兄を殺した男――――ソーマ・ル・ソーマへの復讐。
 そのためには、彼と共に居るスピリットよりも強さを得なくてはいけない。
 だから、この女性に師事したのだ。
「ええ、それは今でも変わりません」
「そうか、なら何もいわないよ」
 それから二人はお互いが仮眠を取りながら夜を過ごした。

 翌朝、二人は別々の方向に向かうことにした。
「先生は、これから何処へ行くんですか?」
「今まではイノソヤキマに居たんだけどね、久しぶりに恋人にでも会いにいこうと思っている。確か、今はマロリガン方面にいるはずだから」
「そうですか、それじゃあ俺はラキオスなんで」
「じゃあね」
 先生はファルスの後姿がだんだん小さくなっているのを眺めていた。
 見えなくなると、先生はサーギオス帝国の方を向き、
「とうとう始まるか・・・・これは、テムオリンの狙い通りに行きそうだねぇ」
 誰にも聞かれない独り言を呟いた。









 後書き

 第一話終了です。下手な文章ながら、最後までついてきた方々に正直感謝です。
 とりあえず、ファルスの兄と先生は誰だかわかった人もいると思いますが、気にしないでください(笑)
 そりゃ、ソーマに殺されたってことでわかる人もいると思いますよ。イノソヤキマにいたってことでわかるとも思いますよ。でもいいじゃないですか、先生はテムオリンとか時深のこととか知っていたって。
 あと、ファルスの剣が片刃で珍しいというのは、西洋の剣というのは両刃の剣が多く、舞台のファンタズゴマリアが西洋風だということだからです。
 ファルスが片刃の剣を使うのは、話の中でありましたが、居合いを使うからです。
 そのため、彼は特注の片刃の剣を使っているのです。

作者のページに戻る