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しばらく後



夜明け方、台所で弁当を拵えながら、やうやう白くなりゆく山ぎはは見れず、ぼんやりと竹を見ながら弁当を作る・・・ってそんな事をするから指を怪我するんだよ。ほら、紫立ち足る雲なんて見ないで猫の手の形を模した左手を見ろよ。

と、寝ぼけながらも作り上げた弁当をちゃぶ台の真ん中に置き、弁当箱を睨みながら蝋燭の消えた部屋で座って待つ。

独坐弁当函

衆虻高飛落
蝋燭独消閑
相看両不厭
只有弁当函

五言絶句・・・というか李白のパクリ。無理をしたがちゃんと押韻だって大丈夫。

さて、時計を見れば午前7時。テレビがあれば朝っぱらから景気の良さそうな顔で天気とか株価とか、おおよそどうでもいいニュースを無差別にばら撒いている時間だ。
シリアが起きてこないのはわかっている、かぐやが起きてこないのは・・・いや、そろそろ起きてくるさ、きっと。

今回この花見を計画したのはかぐやだ。何を思ったのか突如花見にいくと言い出して、俺に弁当を押し付けたのだ。そしてかぐやは“桜の名所百選”といった感じの冊子を片手に足早と自室に引き上げていった。
その首謀者はまだ起きてこない、春眠暁をおぼえずとはよく言ったものだ、猛浩然は素晴らしい。

「ん〜・・・おはよう、ごめん遅くなって」
と眼をこすりながらあちこちはねた髪を下げてかぐやが廊下からやってくる。普段着とは大きく異なる洋服で桃色の寝巻きに、同じく桃色の帽子を頭にのせている、片手には・・・新聞。これがぬいぐるみだったりしたら可愛いのに。
「とりあえず顔洗って来い」
「は〜い」
かぐやは新聞を居間に投げ捨て、すり足で今を通り抜け洗面所のほうに消えて行った。

この家の面々は俺を除いて朝に弱い。シリアは神剣と契約してから早起きという事が6回連続でサイコロを振って123456と連番を出すほどに難しい。かぐやは只単に怠惰。
だから俺がこの家の朝の食卓を任されている。今日は弁当を優先したので必然朝ごはんは昨日の夕飯の残り。朝からハンバーグはきついかもしれないが我慢してもらう。

暫くしてかぐやがさっきよりはしゃきしゃき歩いて戻ってくる。新聞を拾い上げ、しゃきしゃきと迷わず俺の所に歩いてきて、迷わず俺の組まれた足の上に座り込んだ。
「髪梳いて、手櫛ね」
「はいはい」
円錐の頂点に円いふわふわした物がついている帽子を引っこ抜き、所々はねた髪を手で梳く。シリア曰く、俺よりも遥かにかぐやのほうが上手いらしいが、かぐやは自分で自分の髪を梳こうとはしない。

柔らかい髪は何度か手を上から下に動かすだけでまっすぐなストレートを描くようになり、跳ねた所はなくなった。
「ありがと、それじゃ着替えてくるわ。今日は一応余所行きの服を着ないとね」
かぐやが立ち上がり、また自室に戻った。

時間は7時45分ごろ、そろそろシリアを起こしに行く必要がある。

意を決し、冷たい廊下を歩く。ぎしぎしと鴬張りでもないのに音を立てる廊下は、点々とした蝋燭の灯を唯一の光源としてその不気味さを保持している。
そして伏魔殿に到着。この薄い障子の向こう側は、タルタロスが広がっている。

障子に手をかけ、左から右にスライド。するとまぁ、なんと言うことでしょう、簡単に開いてしまったではありませんか。ここで油を差してなくて動きが悪い、とか、立て付けが悪くて動かなかった、とか言い訳して帰れたらなぁ・・・という淡い夢を簡単にぶっ壊してくださいましたよ、この障子は。

さて、果てしなき深淵タルタロスの中身はと、いたって普通の畳部屋。そりゃ畳部屋だけど家具は洋風、という点を除けば普通だ、涙が出そうだ。
だけど、このタルタロスの主、というか、タルタロスそのものとも言うべき存在が、部屋の真ん中で寝ているアレ。おいおい、それはかけ布団であって抱き枕じゃないぞ、と突っ込みを入れたくなるくらい、ここ数ヶ月で寝相が悪くなったシリア。

俺の部屋から勝手に持って行ったワイシャツを着て寝ている姿は、一言で言うならエロいのだが。これからする事を考えたらそんな海綿体が萎縮する事はあっても膨張する事はまず無い。

「おい、起きろ」
「あと二時間・・・」
目覚ましに反応しないで俺の声に反応するのも不可解だが、二時間というのも釈然としない、それとせめて五分とかにしとけよ。慎ましやかにさ。
とりあえず布団をひっぺがす、シリアも必死の抵抗を見せる。と襖が全開になったことで冬の寒い空気が入り込んできたのか。
「寒い、返してぇ」
いっそう力が篭る、半分寝ぼけているシリアは普段言わないような台詞を言うから実に面白い。
「誰が返すかっ、さっさと起きろ」
かぐやに頼んで頑丈に作ってあるこの布団は振り回そうが焼こうが切ろうが壊れない。起こす側としてはかなり嬉しい仕様だ。

四苦八苦しながらも布団をある程度引き剥がした所で、
「あ」
布団に足を取られ転んだ。もちろん両手には布団を持っているのだから受身なんて取れるわけもなく。
ドサ、とシリアの上に倒れこんだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
目の前にはシリアの顔が広がっている。いや、別にシリアの顔がでかいってわけじゃなくて俺の顔がシリアの顔に急接近しているからそう見えるのであって。えっと、だから・・・
「えっと・・・その・・・」
シリアが頬を赤らめ視線をそらしつつも横目でチラチラとこちらを見てくる。
「そ、そりゃ・・・朝っぱらだけど・・・えっと、その・・・だから・・・」
「う・・・」

さて、否、絶景なんですが。なんと言うか自殺の名所見たく絶景。ここから飛び降りたら何もかも忘れられそう。

「遅いんだけど・・・」
ドスの利いた低い声、声のした後ろを向こうとしたが、布団を被っているので何も見えない。
「布団でテントを張って朝からお盛んね、私はおなかが空いたんだけど・・・」
ドンッ!とシリアに両手でど突かれ布団と一緒に後ろに倒れる。シリアは俺を部屋から蹴りだすと襖をピシャッ、と閉めた。

かぐやに見下ろされる形でぼんやりと虚空を眺める男一人。
「居間に行きましょ、本当にご飯冷めるわよ」
「あ、あぁ・・・」
かぐやの後をついて居間に向かう、正直情けない。

食卓の上に昨日の夕飯を並べる、かぐやが用意したレジャーシートなどをセットにして弁当を部屋の隅に避ける。
食器を全部並べ終わった頃にシリア登場。いつもどおりのメイド服に身を包んでいる。

「お前その格好で行くのか?」
「変?」
「「変」」
あれ?
「かぐや、お前の格好も十二単に比べたらまだましだけどそれでも変の部類に含まれるぞ」
と、変な和洋折衷の服を指差す。何だこの服装は・・・
「あら、私の精一杯のオサレを侮辱するのかしら?」
「・・・好きにしろ」

朝食も食べ終わり、お茶も飲み、後は出発するだけど相成った。
「場所は?」
「決めてるわよ、ほら、行くわよ」
と率先して荷物を持ち、道を開き俺達を促す。『太極』から聞いたところによると砂漠でのマロリガン戦が始まる辺りには花見の構想があったらしい。結構永きにわたっての希望だったようだ。まぁ、かぐやはその事を一切明かそうとしないが。




暫くしてついたのは満開の桜の木が立ち並ぶ大きな公園。他の花見客も大勢。
「以外だな、お前の事だから人の居ない穴場にでも行くのかと思ったけど」
「お祭りごとは大勢で楽しむものよ、静かにゆっくりしたいなら家出すればいいしね」
周りを見ればやたらテンションの高い、サラリーマンや。新人社員に飲酒を強制する上司など、様々な人種がはびこっている、場のやたら高いテンションがかぐやの異質な服装を隠している・・・が、シリアの格好は無理があったようで・・・

「シリア、着替えなさい」
「いやよ」

とまぁ、周りから奇異の視線を向けられる羽目になった。






夏は夜、縁側で蛍が一つ二つ飛ぶのもまた赴き深い。
団扇片手に西瓜を食いながら縁側で屋敷の庭を流れる川の蛍を見る。ポツ、ポツ、と光る蛍を見ると盛大に光っているよりもこういったものの方が幾分も良いと思わせる。

ビードロと風鈴のセッションを聞きながら、花火に月光浴に、そして幽霊。納涼は花火に幽霊らしい。どっかで聞いた事があるような無いような話だ。






夕暮れ、竹が紅く染まり。昼と夜が混じりあう時間、逢魔ヶ刻。
こんな時こそ風鈴にビードロなのだが、流石に風鈴はしまってしまった。ビードロはかぐやの部屋。取りに行く気にもなれない。鳥が竹の上を飛び、寝床に帰っていく様もまたしみじみとしている。
庭の真っ赤に染まった槭樹の葉っぱを栞に読書の秋。部屋の中から漂ってくるのは焼いた秋刀魚の匂い。明日辺りにでもかぐやが松茸を食べたいと言い出す頃だろう。

そして、日は暮れ、虫が鳴くようになればこれもまた言わずもがな。

団子をつまみながら、八月十五日の月を眺める。






早朝、雪が降り積もった庭を炬燵に入りながら眺めるのは大変日本人らしい。ほらこのみかんとかじつに和風。シリアが炭の入った五徳を持って廊下を渡ってくるのも実に冬らしい。それも昼になれば少しは暖かくなり、五徳の火も消え、白い灰になってしまってはつまらない。

天気はみぞれ、雨と雪の二相系を保った天からの賜り物が庭に落ちる。
「さくや〜、外の天気は?」
「みぞれだ」
「みぞれ、ね・・・」
かぐやが炬燵から首だけを除かせて外をぼんやり見ている、すると何かを思いついたように。
「あめゆじゆとてちてけんじゃ」
「・・・」
「あめゆじゆとてちてけんじゃ」
「宮沢賢治か・・・」
「あめゆじゆとてちてけんじゃ」
炬燵の中で足を蹴られながら言われたのではたまったものではない、やむなく台所からおわんを持ってきて姫君の要望に応えるとしよう。うん、あの松が丁度いい。
「Ora Orade Shitori egumo」
「演技でもない事を言うんじゃない」
「ふふ・・・ありがと」
縁側でぞうりを履いて庭の松からみぞれをおわんにとる。と、何気なしに視線をやった方向にかれた花が一輪。
「枯れてるわね・・・」
「あぁ、というかそこまでしてみたいなら炬燵から出ろよ」
「いやよ、寒いもの。シリアも洗い物なんてしないでここでゆっくりすればいいのに」
寒くても襖を閉めず庭を見ようとするのだから矛盾を多く孕んだ人生だ。

「うまれてくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる」
「はいはい、その時は精一杯補佐させてもらいますよ」
「あら、シリアが妬くわよ」
「あ〜、そいつは不味いな」
そして、雪は解け、春がやってくる。



next seasons…

あとがき
とりあえず作中これでもかっ というほどさまざまな文学作品をパクらせてもらったので列挙します。まず枕草子、次に李白の独坐敬亭山、その次は、宮沢賢治の永訣の朝でした。
さて、分からない人がいたであろう・・・というかほぼ全員が分からないであろう「Ora Orade Shitori egumo」の意味は「わたしはわたしでひとりであの世へ行きます」だそうです。「あめゆじゆとてちてけんじや」は「みぞれを採って来てくれい」な意味、「うまれてくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる」は「再び生まれてくるとしても、今度はこんなに自分のことばかりで苦しまないように生まれてきます」の意味。


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