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────────Yuto side
コサトの月 赤いつつの日 遺跡最深部
「あ、く・・・」
ズザ、と地面と体をこすりながら転がる。ぐるぐるとめまぐるしく回転する世界に圧倒されながらも手と足で踏ん張り回転を留め体を起こす。
「ゲホッ・・・」
横から突き飛ばされた為まだ右半身が痛い・・・痛い? おかしい俺はシュンのオーラフォトンブレイクの直撃を受けたはずなのに痛いだけで傷は何処にも無い。これは・・・ と思考に耽っていると目の前にドサ、と音を立てて青い等身大の何かが落ちてきた。
「え」
その青い何かは見るからにスピリットで、左半身が爛れていて、左腕なんて消し炭になっていた。
「お、おい、リース大丈夫かっ!!」
とっさにホーリーをかけてなけなしの回復をさせる。だが、既に虫の息、生きる為に必要な器官の殆どが焼けて無くなっている事ぐらい俺でもわかる。リースの目は光を映していない、くすんだ青黒い目をしている。熱痙攣なのかまだ見える右半身がピクピクと動いている。口は半開きで空気が出たり入ったりしている。
生きているなんて到底思えない。
こんな煙の上がっている体が助かるなんて誰がどう見て思えない。
「あ、の・・・」
なのに、目の前のこれは口をきいた。
「お、おい、大丈夫か?」
「は、や、く・・・」
言葉は途切れ途切れで、どの言葉も空気がこすれるような音でしかない、なのにはっきりと聞き取れた。彼女はこんなぼろぼろの体で俺を激励している、助けられた俺を叱咤激励しさっさとシュンを倒せと言っている。なのに俺はナンテざまだ、今のリースに「大丈夫か?」だなんて、巫山戯ている。今の俺に出来る事は気のきいた言葉でもなく、魔法による癒しでもなく、回復の機会でもない。救世のための破壊、目の前の外敵を排除することが今の俺に出来る最大の恩返し。
『聖賢』を握りなおす、グと力を込める。それに答えるように『聖賢』からは気合のこもった意思が流れてくる。
確かに、俺は皆に忘れられたかもしれない。だけど俺は皆を忘れていないし、皆俺に最大の信頼を寄せてくれている。なら俺は答えなければならない、この大陸の未来を切り開く剣で、この大陸に住む人やスピリットの希望を拓かなければならない。
立ち上がりシュンと向き合う。深紅の瞳、歪に曲がった剣、衛星のように浮いている6枚の刃。先ほどまで脅威でしかなかったそれらが今では軽く踏破できるものに見える。
「ユウト・・・」
「傷はもういいのか?」
「ん」
隣にはアセリアが居る、背中には大陸の皆の手が添えられている。今なら月も砕ける気がする。
「行くぞ、シュン!! 次で終わりだっ!!」
「来いっ!! 貴様に此の世の果てを見せてやる!!」
◆◇◆◇◆◇◆
────────Sakuya side
ザァ、と音を立てて桜の花弁が舞い散る。俺を中心に同心円を描き、切り取られた世界は草や滝、桜などが生を謳歌している。
「・・・俺の負けか」
花弁の猛攻に右の上半身をごっそりと奪われたタキオスが左手で力なく『無我』を握り膝を突く。その顔には軽い笑みが浮かんでいる。
「満足いく戦いだった、見事だ」
目を瞑り自嘲気味に話された言葉は俺とシリアに勝ちこされた事を悔しがっているように聞こえた。
「次はお互いサシで」
「そうだな、そうなる事を祈っている」
“祈る”あまりにもその巨体と不釣合いな言葉に笑いがこぼれる、タキオスも俺と同感らしく。
「らしくなかったか、まぁそれほど渇望しているということだ、時間も、無さそうだからな」
ゴホ、とタキオスは口から大量の血を吐く。
「時間は無限にあるさ、焦る必要が何処にある」
そう、俺たちにとって時間は無限、今日出来ることは明日にも出来る。なら今回出来たなら次があるのも必然。どこにも焦る必要など無い。
「ク──そうだな・・・まぁいい、俺は負けた・・・後は好きにしろ」
そういうとタキオスの周りに桜の花びらが再度舞い散り、まるで桜に攫われるようにタキオスは消滅した。
「物言えば 唇寒し 秋の風─── お互い少し饒舌すぎたな」
先ほどまでタキオスが居た場所に背を向ける。魔法によって部分的に差し替えられた世界は元に戻り、軽く突付けば今にも崩壊しそうな遺跡がその姿を晒している。
「お疲れ、見事においしい所を持って行ってくれたわね」
シリアが歩いてくる。その様子から既に腕は治っていることが分かる。それと引き換えに俺は世界を上書きするという大魔法に疲れたので遺跡を背もたれに座り込む。
「そういうなよ、お前がちゃんとレーヴァテインで決めてればよかったんだろ?」
「ま、あの技は要改良だけどね」
あれ以上何処に改良する余地があるのか甚だ疑問だが、とりあえずその話はおいておく。当面の障害を乗り切ったのだからわざわざ自分で新たな障害を作る必要は無い、触らぬ神に祟り無しだ。
「それで、リースだけど」
シリアの口調がさらに一段階真剣なものへと変わる。リースはさっき俺たちとは別にラキオス+カオスエターナルの連中について行かせたが、正直不安だ。
「迎えに行く?忘れられたとはいえ、ねぇ」
「そうだな、朝はかなりびっくりしてたみたいだし・・・」
実際朝リースが起きたときは焦った、ごっそりと記憶の修正を受けたリースはいきなり「ここは誰?私は何処?」何て言いはじめた。あの時の茫然自失といった顔は傑作だったが、そのチャンスを逃す手も無いのでほぼ催眠のようにボケーっとしているリースの脳味噌に情報を流し込んだ。
お前は大怪我をして俺とシリアに保護されてさっきまで寝ていた、とか。一晩で回復させたからとりあえず飯食って戦線に復帰しろ、とか。とりあえずあることないこと、必要なこと必要でないことを順序を無視して注ぎ込んだ。
その結果リースは「はぁ、そうなんですか・・・」とぼんやりした顔と声で答えた。
「・・・よし、行くか」
全身を使って勢いよく立ち上がり、つま先を遺跡の奥に向ける。光源の少ない遺跡は数十m行けば深淵が広がっている。
「そうね、リースを迎えに行きますか・・・」
◆◇◆◇◆◇◆
遺跡を進む。いくら進んでも風景の変わらない所を歩くというのは進んでいるのか分かりづらく歩いていて苦痛を感じる。だが、前を行っているラキオスのスピリットの面々の気配に近づいているのでとりあえず周りの遺跡に無理やりな変化をつける必要は無さそうだ。
細い道、太い道、十字路、等を抜け大広間に出る。そこには疲れきって地面に倒れこんでいるラキオスの面々とエトランジェそれとカオスエターナルの面々が居た。三人のエターナルはスピリットやエトランジェを介抱したり回復させたりしている。
と、おかしな事にリースが居ない。左右何処を見渡してもポニーテールを右に下げたスピリットは存在していない。
「高嶺、リースは?」
と、声をかけやすいのと一番近くにいたのを理由に高嶺に話しかける。高嶺は俺がいる事にようやく気付いたのか肩を一瞬震わし俺の方を向くと少しだけ視線をそらした。それだけでリースがどうなったのかは想像に難くない・・・恐らくリースは・・・
「すまない」
と高嶺の言葉が俺の想像を想像から事実に、憶測から確信に変えた。背後で息を呑む気配、シリアだというのは言うまでもない。
「俺が、俺がふがいないばかりに・・・」
高嶺は唇を噛み拳を震わしている。そこには誇り高いエターナルではなくただ無力感に打ちのめされた一人の男がいる。
ふと、俺が随分と冷静な事に気付いた。頭は氷水でもかけたかのように冷え切り、高嶺の様子を分析している。
「・・・いや、俺がリースを連れてきたからなそれも責任があるさ」
死という物は大抵の場合ゆっくりと足音を立てて迫ってくる。病気がその言い例だろう、本当に死の間際に立ったら幽霊のように枕下に死が立っているのだろう。だが、リースはそれに当てはまらない。あまりに突発的に無遠慮に刹那的に、そして理不尽にリースの命は刈り取られた。
「・・・で、リースはどういう風に死んだの?」
と、シリアが高嶺に話しかける。無理をしているのはよく分かる、コイツは腕を組むことはよくあっても腰に手を当てて話すことはあまりない。その腰に当てた手さえも震えている。
「俺の攻撃をかばって、その直撃を受けて・・・」
ク、と音が聞こえた。シリアの腰に当てられた手は腰の骨を砕きそうなぐらいきつく握られている。
「わたしはまた大切な人の死に目に・・・」
そういうとシリアの体が揺れる、後ろに倒れこんできたシリアを受け止める。シリアは一度俺の顔を見上げると「大丈夫」と言って立ち上がった。
「高嶺、俺たちはもう帰る。後は好きにしてくれればいい」
「わかっ「待ってください」───」
高嶺の言葉を遮り一人の声が広間に響く。
「あなたたちのお陰で今回は勝利を収めることが出来ました、お礼を言っておきます」
と一人の巫女が俺たちの前に歩いてきて一礼した。
「・・・そうか、じゃあな」
そういって遺跡を後にした。きっと、居てもたっても居られなかったのだ、少しでも早くこの場から去りたかった・・・
──────────────────────
数日後 アズマリアの墓
アズマリアの墓とリースの墓にワインをかける。ばしゃばしゃと音を立てて注がれるワインは大理石の白い墓石を赤い色に染め上げる。
「終わったよ。正解かどうかは置いといて兎に角終わった、終わったよ」
ギリ、と奥歯を噛み、ワインのボトルを振りかぶり近くの岩目掛けて投げた。ボトルは派手な音を立て、周囲にガラス片を撒き散らした。ボトルのぶつかった岩は赤いワインがべっとりと付着している。
その後シリアが二人の墓に花を供えた。白い花で名前を胡蝶蘭と言うらしい。なんで胡蝶蘭なのかと聞いたら「『灰滅』曰く、胡蝶は魂を表すらしいわ。二人の周りに弔われなかった人たちが集まれるようにね」と言っていた。
供えたものとは別に墓の周りには胡蝶蘭が植えられている、デリケートな花なので正直育つかは微妙だ。あと、何処から生えてきたのか彼岸花も咲いている。
ラキオスでは連日連夜宴会騒ぎらしい、やんややんやと城の中ではあのレスティーナでさえ酒を飲み豪勢な食事をマナーなど無視してむさぼっているらしい。想像できない。
一度誘われたが断った、そんな気分でもないし、元々参加する気はなかった。最後はここに来てひっそりと終わらせる予定だった。そこには最初は一人で来る予定だった、だけど色々あって三人の予定になった。
だけど、結局今ここに立っているのは二人だけ。来るはずの一人は先ほど新しく置かれた墓の下で眠っている。
シリアは遺跡を出た後一人借りた宿の部屋に篭り、結局部屋から出てきたのは次の日太陽が真上に昇る頃だった。「ごめん」と言いながらも目の周りを赤く腫らした姿を忘れることは今後未来永劫にわたってないだろう。
「二人とも辛気臭い顔してるわね」
いい加減来る頃だとは思っていた、全てが終わったこの時期を見計らってやってくることは目に見えていた。
「二人に渡したいものがあるんだけど」
とかぐやが差し出したのは二つの封筒と一つのペンダント。青い宝石の嵌ったペンダントはリースの首に下がっていたものだ、一度しか見たことが無いがすごく大切にしていたので覚えている。
「そのペンダント・・・」
とシリアが驚いている。
「わたしがあげたやつ、最近見ないから無くしたと思ってたのに・・・」
シリアがペンダントを受け取る、手の上で青い宝石を転がしている。ペンダントの宝石は太陽の光を多少反射しそれなりに吸収して青くキラキラと輝いている。
俺はかぐやから一つの封筒を受け取り、破いて中から一枚の手紙を取り出した。その手紙は“溯夜さんへ”というありきたりな出だしで。
“溯夜さんへ
この手紙はわたしが死んだ事を仮定して書いています。つまり遺書というやつですね。イースペリアのスピリットは基本的に戦線に立つ事になるとこれを書かされる決まりなのですが、今はラキオス在住のスピリットの身です、ラキオスにはこういった制度は無いみたいです。イースペリアに居た頃戦線に立つようになる頃には仲間は皆死んでしまったので遺書を書く機会がなく、今回始めて書いています。
と、話が逸れましたね。まず確認ですが、溯夜さん、今あなたがこの遺書を読んでいる時点で私は死んでいますか? もし私が生きているのにこの手紙を読んでいるのなら今すぐ封筒にしまいこんで、すぐに返してください。だって恥ずかしいじゃないですか、死んだ後なら言っておきたいこともありますけど、正直棺桶の中にまでもって行きたい秘密だってあるんですよ? 女の子なんですから。
あぁ、この行を読んでいるという事は私は死んだんですね、不思議な気分です。これを書いている時点では私は生きているのに、これを溯夜さんが読んでいる時点では私は死んでいるんですね。
私はどのように死んだのでしょう? 敵との相打ちで死んだのか、それとも味方の魔法の誤射で死んだのか、はたまた崖から滑り落ちて打ち所が悪くて死んでしまったのか。最後のはかなり間抜けですね、ちょっとやだなぁ。
と、ここで想像を打ち切ります。今書いている物は空想ではなく仮想でなくてはなりませんし、いざという時になって間抜けな文書だと示しがつきませんから。
私は正直死にたくなんてありません、世界の為とか言っていますけど私にとって世界は私とシリアさんと溯夜さんだけでした。そりゃ、ラキオスに来て新しい仲間も出来ましたけどやっぱり二人が私にとっての世界でしたし、その世界は私がいなければ成り立たないからです。だから私は二人の手助けがしたいし、三人で居たいです。
でも、死んだんですよね。考えても仕方ないですけど。けど出来れば私の最期は二人のために、そしてちょっと欲を言うなら大陸の人の未来を守れるような最期であって欲しいです。大きな事をして死んだのなら死んでも溯夜さんも私を覚えていてくれますよね?
実はこの手紙を書いている今は、二人が死亡判定を受けた翌日です、机の上にはシリアさんと溯夜さんが書いた遺書が置いてあります、読んでませんよ。私は二人が死んだなんて思ってません。えっと、でも死亡判定を突きつけられた当日はお墓の前で泣きました、起こしてもらったときはもう東の空が明るくなってました。風邪ひかなくてよかったです。
そして今は翌日であり昼間です。皆は訓練に参加しています。ですが私は今のところ訓練にも戦争にも参加していません、溯夜さんのせいですよ? いなくなったりするからです。そういえば溯夜さんは私とシリアさんにしか手紙を書いてないんですね、以外です。他のエトランジェの方々にも書いているものだと思ってました。でも書いてないって事はあの三方よりも私のほうが大切ってことですよね? それって嬉しく思って良いですか?
もう便箋もあと少しです、書ける事を書きたい事を書き遺したい事を書けるのも後少しです。
どうして私は死んでしまったんでしょう?
悩んでも仕方が無い、これは私でも分かります。シリアさんと溯夜さんの言葉遊びについていけずたまに知恵熱を起こす私でも分かります。だからこそ悩んでしまうのかもしれません。死にたくないなぁ・・・あれ? ここだと一応死にたくなかったなぁ・・・の方が良いですかね? 機会があれば聞きたいです、溯夜さんの言葉は綺麗ですから。
と最後になりましたが、この手紙を受け取って、私が死んで、一年、一年の間くらいはたまにで良いですから私の事を思い出してください。多分・・・否、確実に溯夜さんの隣にはシリアさんがいるはずです。お二人で肩を並べて例えば戦争が終わって平和な世の中を見たときとか、二人で昼下がりにのんびりお茶を飲んでいるときとかで良いですから私の事を思い出してください。
あなたたちと一緒に居たかった一人のスピリットが居たという事を最初の一年だけで良いですから忘れないでください。
一年経ってもう一度季節の花が咲く時が来たら・・・もう私の事なんて忘れて二人でどうかお幸せに。
絶対に幸せになってくださいよ?
この前城下町で買った物を同封します。できれば約束した一年の間だけでも身につけてください。
リース=ブルースピリット
すいません、書くのを忘れてました、ペンで書いたんで消せませんので名前の下になりましたけど勘弁してください。
えっと・・・先に死ぬのを許してください、本当に私だけ勝手に死んでごめんなさい。ごめんなさい。”
「ッ・・・」
便箋2枚にわたる遺書は涙でくしゃくしゃになっている、ペンのインクはにじみ、紙はふやけている。字はお世辞にも綺麗とはいえない、字は振るえ波打っている。だけど、文字の一つ一つがそれらを本気で、必死で書いている事を懇切丁寧に伝えてくれる。
リースは高嶺をかばったときどんな気持ちだったのか。ただがむしゃらに飛び出したのか、高嶺を助けることで大陸の未来のために貢献しようとか考えていたのだろうか? とてもじゃないが俺がそれについて想像を巡らすのは失礼だ、貴い彼女の死を汚すような事を俺はしたくない。同時に、本当にリースは俺たちと三人で居たいと思っていたのだと知ってしまった。本当に、どうして俺は助けられなかったのか・・・ きっと一年程度では忘れられないだろう。この果ての無い命の流れに乗っていつまでも俺の心に深く根強く残るに違いない。
封筒を逆さにする、封筒の口に手を添えて軽く振る。すると中から一つのペンダントが出てきた。鳥の羽根を模したペンダント、羽根は青い宝石で出来ている。太陽に透かしてみれば羽根を通して白い玉が見える。
と、シリアも同じ事をしている。まったく同じ宝石を同じように太陽にすかしている。
手首に巻く、こうすればいつでも見たいときに簡単に見ることが出来る。
封筒の中に丁寧に便箋をしまう、その便箋を上着のポケットに大事に入れる。
「溯夜、これ」
かぐやからリースのペンダントを受け取り、リースの墓に供える。とシリアがリースの墓にナイフで切れ込みを入れる。その切れ込みにペンダントをはめるとぴったり収まった。
「このペンダントね、私がイースペリアのペンダントを着ける時に外したものなの。リースが欲しがったからあげたんだけど・・・あんなガラス玉のペンダントまだ持ってたんだ・・・もう一年も経つのに」
と、リースの墓石にぴったりと嵌った青いガラス玉を人差し指の腹でゆっくりとなぞりながらシリアが涙声で喋る。シリア宛の手紙には何が書いてあったのか、きっと俺とは違う感情も入っていたに違いない。そう思うと最後の最後でリースからシリアを奪ったのはとてもひどいことだ、リースにとってシリアの存在がとてつもなく大きいのは分かっていたのに・・・
アズマリアとリースの墓の前で一日を過ごす。朝方から夕方太陽が西に沈むまで、二つの墓石を三人で眺めた。次ここに来る時はもっと良い顔で来れると思う。
やがて太陽が完璧に西に沈んだ。太陽の変わりに月が空に昇り、星が輝き始める。
「じゃあね、また来るから」
とシリアが立ち上がる、俺も一緒に立ち上がり声にはしないが最大の礼を二人に送る。
吹っ切ったというわけではもちろん無い。いつまでも二人の事は引きずり続けるだろう。けど心地のよい摩擦だと思う。きっと不死者となったこれからは滅多に経験できないことだろう。
「さて、私はもう帰るわ。二人の蜜月を邪魔しちゃ悪いしね、それでどうするの二人は」
「え?」「は?」前がシリアで後ろが俺。
「いや、三人だろ?」
「え?」
「いや、三人。俺とシリアとかぐやの三人、俺とシリアじゃない、二人じゃない、三人、三人なんだろ?」
かぐやは他人の事は気付いても自分のことには疎い、千年にわたって人とのかかわりを持たなかったらこんなになるんだろうか?
『まぁ、無きにしも非ずだけど・・・多分違うわね、素よ素』
「そう、それじゃあ、帰りましょうか」
笑顔で、それこそ月の様に儚く、満月のように完璧な笑顔。
──────────────────────
二週間後 ハイペリアかぐやの屋敷
────────Ciliya side
「さて・・・今日は溯夜が取ってきた筍があるし・・・」
というかこの屋敷は筍ばっかりだ、周りが竹林だというのもあるがそれにしてもやたら筍が多い。というか筍しかない、栄養が偏る・・・あとたまに兎が獲れる程度、これは流石に不味いだろ。
「あぁ、シリア、夕飯ご苦労様、期待してるわよ」
とかぐやが台所に入ってくる、服は所々煤けている。だが、見たところ。
「今日はかぐやの勝ちか」
「えぇ、私の勝ち、溯夜は今頃体の再生中ね、夕飯が出来る頃には戻ってくるわよ」
「そう」
鍋に向かう、中では筍がぐつぐつと煮立っている、そろそろあげたほうがいいか・・・
「そういえば、聞きたかったことがあるんだけど」
「なに?」
かぐやは右手で湯飲みに入った麦茶を飲んでいる、どうやればああいった動作の一つ一つに雅さが付与されるのだろうか・・・と今はこんな事を聞きたいのではない、話題を戻す。
「何でわたしをエターナルにしたの? わたしをエターナルにさせたら敵を作る事にならない?」
「あぁ、そのこと」
かぐやは湯飲みをシンクに置き、冷蔵庫に麦茶の入った瓶を戻してこちらに向く。
「私はね、シリアあなたから溯夜を奪いたいの。何ていうのかしらね、兎に角シリアに惹かれている溯夜を私に振り向かせる、こうしたいの。あぁ、私が溯夜に感じている魅力の一部はシリアなのかもね」
ケラケラとかぐやは笑っている。私には正直理解しがたい考え方だ。
「それにね、あなたが死んだら溯夜は未来永劫私には振り向かない、それこそあなたは永遠に溯夜の中で無限に美しくなりながら生き続ける。死んだあなたよりも、生きているあなたのほうが勝算があると踏んだからエターナルにしたっていうのも理由ね」
彼女は本気でそれを言っているんだろう、何を根拠にそんな事を言うのかとも思うが、わたしが逆の立場だったら多分さっきと同じような事を考えたに違いない。
「そう、でも負けないから・・・」
筍のお陰で代わり映えの無い台所事情と自堕落な毎日という二つの敵は今日を持ってかぐやが追加され三つとなった、もしかしたらかぐやは最初から敵として認識していたのかもしれない。でも今は目の前でぐつぐつと音を立てている筍を優先しなければ。
「私も負けるつもりなんて無いわ、溯夜が二人居ればねぇ・・・」
かぐやが頓珍漢な事を言う、なんだそれは・・・それじゃあ「意味が無いでしょ・・・」
「それも分かってはいるんだけどね、ま、とりあえず今でご飯が出来るまでゆっくりさせてもらうわ」
「はいはい」
肩から力が抜けるのを感じる、脱力の極みだ。
────────Kaguya side
居間に陣取る。千年経っても若々しい井草の薫りを放ち続けるこの畳は───否、千年経っても変わらないこの屋敷は私を表しているようだ。
居間のちゃぶ台の上にやや灰色っぽいものが鎮座している。と、よく見ればそれは安っぽい紙の上に細かな字で様々な情報を書き記したもの、いわば新聞だ。
こんな所に住んでいるとやっぱり人間利己的になってしまう。別に引き篭もっているからといって外界の事が分からないなどということは無い。新聞には私が知っている事物に対する客観的なことが書かれてある、つまりはそういうことだ、利己的な人間にならない為に他の人間の考えた事を知っておきたいのだ。
「どれどれ・・・」
きっと決まり文句だと私の千年の経験則で導き出した新聞を開くときの言葉をつむぎ、バサ、と新聞を広げる。
「相変わらず彼女は仕事が速いわね」
新聞の一面にはあの大陸の事が書かれてある、でかい写真の中では色とりどりの連中が手に持つ得物で切り結んでいる。
新聞には溯夜とシリアと私に関することは一切書かれていない。もちろんそういう契約なのだから当たり前なのだが、たまに自分が表舞台に出た時はやっぱり気になる。2回読み直してかぐやの三文字はどこにもないことが分かった、やや安心。
新聞は二面でも同じ話題。今度の写真の中ではカオスの新人エターナルの写真が載っている。
黒く攻撃的に尖った髪の少年と、青く流れるように伸びた髪の少女。前者ははっきり言ってバカっぽい、そして後者はアホっぽい。アホは死ななくても治る、バカは死ねば治る、治療は多分後者の方が簡単だ。死ねばいいんだから。
と、話が脱線した。ようは新聞は一部通してあのことだけを書いている。まぁ、エターナルが適当に長い時間をぼんやりと生きるだけの世の中に、ロゥとカオスのいざこざ以外に事件といえるようなものなんて起きない。大体なんで永遠に生きれるのに殺しあうのか・・・と愚問か、要は暇なのだろう。お互い大義名分を掲げているが、中身はただの人間程度の存在が殆どなのだ、そんな実体のあやふやな理想は永遠の前には儚すぎる。
では、私はどうなのだろうか。今日も溯夜と殺し合った、これは純粋にお互い暇だったからだ。暇だし、死なないし、体動かした方がご飯も美味しく食べれるし、だったら丁度いい殺し合おう。こんな流れだ、溯夜に確認は取ってないがきっと同じ事を考えたに違いない。あれ・・・なんかすごい考えなしに見える。
兎に角、永遠者にとって最大の敵は暇だ。暇で死ぬ、人間的に。そして次第にやる気とかがなくなっていく、それは仕方が無い、今日できることは明日も出来る。なら今日頑張る必要が無いし明日頑張る必要も無い、明後日頑張る必要も無い、来年頑張る必要も無い、来世紀頑張る必要も無い。だから私は無気力で引き篭もりなのだろうか?
「ふぅ・・・」
いつの間にか新聞は記事を読み終え、センスの感じられない四コマ漫画の三コマ目に突入している。そして上から4番目に予想していた通りのオチを向かえて四コマ漫画は完結した。それと同時に新聞を放り投げる。山形を描いて新聞は畳みの上に落ちた。
畳の上に寝そべる、木目の揃った綺麗な天井が広がっている。言ってしまえばそれだけだ、台所の方から規則正しい音が聞こえてくるぐらい・・・
────────Sakuya side
「・・・・・・」
死体だと思った。
それほどまでに目の前で横たわっているかぐやは完成しきっていた。
まるで人生さえも完結し、一つの崇高な作品にしてしまったかのように、目の前で両手両足を投げ出し、ただ天井を見つめ続ける少女は欠けた所が無かった。
ふと、ほぅ、と溜息が出る。特別な感情を抱いたつもりは無い、だけど溜息をついた。それはきっと安心だったのだろう、瞬きをするために動いた目蓋を見て安心した。そこまで俺はかぐやが死んだかと思っていたのだろうか?
ついさっき俺をありとあらゆる方法で殺しつくしたあの少女を死んだかと思ったのだろうか?全身を竹やりで貫かれ、焼き尽くされ、租借され、体を千切られたと言うのに・・・
と、さっきまで開かれていた眼が今度は閉じられている。慌ててだけどそうっと近づく。顔を上から覗き込んでみる、地球上に存在するあらゆる技術を盛り込んでも辿り着けないであろう美が寝息を立てている。
少し拍子抜けだ。心配してみれば寝ている、まぁ、別に心配する所なんてどこにもないんだけどそれでも心配なのは心配だ。起こさないように注意を払ってかぐやの頭を膝の上に持っていく。
結局起きる事は無かった、無事安全に姫君の頭部を膝の上に持ってくる事に成功。
なんとなく膝枕をしてみたが正直これじゃあ動けない。折角膝の上に持って来たのだからわざわざ元に戻すのは癪だし、起こすなんて・・・出来やしない。
「溯夜〜、夕飯出来たから取りに来て」
お勝手の方からシリアの呼ぶ声がする、しかし向けることが出来るのは顔と腕と拒否の言葉だけ。
「ちょっと、なんで───」
シリアが居間にやってくる、まぁ、そこには例によって例による光景が広がっているわけで。
「ぁぃっ」
「ん?」
「なんでもないわ、夕飯は・・・遅くなりそうね」
「あぁ、ま、仕方ないな」
シリアがちゃぶ台を迂回して俺の正面にやってくる、中腰になり、かぐやの顔を覗き込む。
「夕飯をどうやって保管するか・・・」
「そうね・・・今日は筍ご飯に始まる筍御膳だから・・・まぁ、多少はもつでしょ」
「そうだな、それまで待つか」
「じゃあ、虫が寄り付かないようにアレ被せてくるわ」
シリアは立ち上がりまたちゃぶ台を迂回するようにお勝手に消えた。
「・・・いつからだ?」
「シリアがあなたを呼んだ頃から」
かぐやはうっすらと眼を開ける。
「なんで寝たふりなんて・・・」
「・・・そ、そんなの勝手でしょっ!!」
少しだけ頬を紅く染めて口を尖らせる。
「ま、兎に角下りてくれ、足が痺れてきた」
「イヤ」
かぐやの頭の下に差し入れようとした手が止まる。
「もう少しだけ・・・このままがいい・・・」
その言葉に、頬を少し掻き溜息で応えた。
The tale had been finishing then.
The mansion will have been collecting the eternity on forever.
Bamboo in the moonlight, twilight bloody lotus…
…fin
あとがき
後は終章を残すのみです。終わりですよ終わりですやったね、完結っす、感動っす。私は直感で文章書くことがあったりするのであとがきなんかは特に頭悪そうに見えます。いやだなぁ・・・・・・。
さて、この話の目玉といえば・・・リースの遺書ですよねぇ。うん、気付く人は気付く、「ここまでするかと、謝れ」と。なのであえて謝りません。どうせだから貫いてやろう。
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