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黄泉平坂
意識の覚醒と同時に目を開く。まず見えたのはごつごつした岩。鼻に付くのは血の匂い。地面に手をつくと、パシャ、と音を立て手にべったりと血が付いた。
「貴様、何故斬らなかった」
「─────」
投げ出した足と左手で体を支え、右手に付いた血を眺める。その血は今までと違って金の靄となることも無い、時間の経過と共に乾燥しこびり付くだろう。
「答えろっ!!」
怒号と同時に支えていた左手がナイフで消し飛ばされる。支えを失った体は血溜りに倒れこむ。
「ぅ」
本の数瞬で再生した左腕を使って体を起こす。痛みも無ければ違和感も無い、そんな左腕だった。
相も変わらず『灰滅』は空を飛んでいる。
『しっかりしなさい』
それは分かってる。

頭を何回か左右に振ってぼんやりとした頭を覚醒させる。それだけでも足りなかったので、頬を叩く。乾いた音が洞窟内に響き、ようやく正常に戻った。
『・・・大丈夫みたいね』
腰から新たにもう一本引き抜く。漆黒の刀身は一瞬だけ青白く光ったかと思うとすぐさま白銀の刀身に生まれ変わった。
「そいつは・・・」
明らかな動揺を含んだ声、それもそうだろう、世に跋扈する永遠神剣でこの剣に恐怖しないものは居ない。それが永遠神剣そのもの、もしくはそれと直接の関係があるならそれが魔法の一部であろうと何であろうと破壊する剣。どっかの誰かが生み出した神剣に対する抑止力。

「どうした?さっさとこないか」
「ぬかせ」
大量のナイフが放たれる、波紋のように『灰滅』を中心に広がるナイフは、一定の距離を取った瞬間一斉に俺目掛けて飛翔する。
それをバックステップで距離をとり、ナイフの焦点から一歩外れる。
そして、『彼岸』を投擲。
白銀の短刀は、怒涛の勢いで疾風の如く迫るナイフを意に介さず無視するように『灰滅』めがけ突き進む。
「くっ!!」
空中で体を捻り『彼岸』を避ける。避けてもらわなければ困る、当たったらシリアは消滅してしまう。
『彼岸』はそのまま岩壁に突き刺さった。

「ちっ、厄介なものを──────」
『灰滅』が回避した瞬間を狙って気配を断つ。注視された状態で行っても無意味だが、一度注意を外せば相手に姿を見せないことなど造作も無い。
「どこに」
うろたえる『灰滅』の背後に壁を駆り上がり回り込む、そしてゆっくりと『彼岸』を岩壁から引き抜く。そのまま『彼岸』を鞘に収め。
ガシ、とワンピースの首筋を掴む、「なっ!!」そのまま体を縦に回転させ、背負い投げの要領で真下に投げる。
すぐさま天井を蹴って、『蓬莱』を突き出し、落下する『灰滅』を追走する。狙いは腕、急所はもちろん狙えない。かといって下手な所を狙ってもダメージにならなければ意味が無い。
ならば、腕。これ以外に無い。

距離が詰まり、右の二の腕目掛けて剣を突き出す。
「な、めるなぁ!!」
突き出した剣を阻むように逆手に持ち替えられたナイフが動く。剣はナイフに阻まれる、すぐさま腰から再度『彼岸』を抜き、両手に構えられているナイフを切り落とす。
視界の端には既にそこまで迫っている地面が見える。

『灰滅』の体を地面にして跳躍する、全ての運動エネルギーを『灰滅』に送り終え、ゆっくりと音も無く着地する。逆に『灰滅』は加速しそのまま、地面に激突した。
もうもうと煙が上がる、その奥にゆらりと亡霊の如く佇むその姿を発見し────

「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」

空の左手を突き出す、水のワイヤーがその影を縛り上げる。
それを勢い良く引き寄せる、距離が詰まった所でワイヤーは突如その姿を変え水の幕と変わる。
幕は球の形をとり、その中に『灰滅』を取り込む。
幕の中に閉じ込められた『灰滅』は、
「糞がッ!!」
と辺りにナイフを乱射しているが、水はそのようなもの意にも介さず式の完成を待つ。

ゴポ、と音を立て球の内側に水泡が立つ。
『灰滅』は気付いていない、この水が何処の水かを。そして、この水が何を意味するのかを。
古来川は境界と考えられた、水には境目を作る能力がある。そう、この水は俺が『蓬莱』と契約したあの場所の水であり、あの場所につながっている。
つまるところのつまり・・・

グオオオォォ─────
その球の中で龍が暴れ狂う、大陸に居た蜥蜴に羽が生えた二足歩行の龍ではない、神と崇められる真実神域の生物。
決して大きくは無い球の中で5匹の龍が縦横無尽に暴れる、その中で『灰滅』は身を裂かれ、水圧に骨を砕かれる。
水が紅に染まる、紅葉でもなければ彼岸花でもない、生命原初の血の紅。

数分の後、龍は本来の居場所にもぐり、そこには血まみれになりかろうじで立っている『灰滅』が残った。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
ほぼ前屈といっても違えないような体制で荒い息を吐いている、吐く息は少なく、体から外に出るのはもっぱら血。
頭が徐々に持ち上がりこちらを向く、髪のブラインドの合間から紅く輝く瞳が覗く。
視殺、肝っ玉の小さいちんけな生き物なら睨まれただけでも死は必至だろう。“飛ぶ鳥を落とすナイフ”は改名の必要があるかもしれない。

「どうした、さっきまでの覇気は何処へやら、だな」
「・・・貴様ッ!!」
神速のナイフが飛んでくるらしい、否“らしい”ではなく飛んでくるのだが。それが見えないのなら───
ギンッ
───予測してやればいい、腕の動きと視線を読みどのタイミングで何処に投げるか分かっていれば速度は関係ない。敵がシリアだったらこんな芸当出来やしない、あいつが視線で投げる場所を教えてやるようなへまをするわけがない。
「くっ・・・」
気付いたのだろう、もはや遠距離では詰めることの出来ない相手だ、と。
その手に二本のナイフが握られる、紅い滴るほどの密度を持ったマナがべっとりとその刀身を覆っている。

「・・・これで最後だ」
「あぁ、最後にしたいねぇ・・・」
『蓬莱』と『彼岸』を構える、白銀の刀と漆黒の短刀がその切っ先を仇敵の喉下に向ける。

「魂の傷跡(クラウ・ソナス)」
厳かに、静かに、それでいてはっきりと洞窟内に凛とした声が響き渡る。
『灰滅』は腕を交差させ限界までその深紅のナイフを後ろに持っていく、丸められたその体には紅く染まった翼がその存在を主張するように広がっている。

声は響いた、俺の耳にも届いた。だが、何も起きないな、と思った瞬間、
右手が千切れた。
次いで左足が切り裂かれる。目に映るのは紅い斬撃、冗談かと思うほどにオーラによって拡大された紅い死神の鎌が無数に襲い掛かってくる。
右足で後ろに飛び、落とした『蓬莱』を拾い上げ。

「願わくは 花の下にて───」
空中で、距離を少しでも稼ぎながら詠唱する、
「春死なむ───」
視界一杯に広がる斬撃を受けながら、それでも剣は落とさず唱え続ける、
     「その望月の───」
力を入れて飛びすぎたのか斜め上から打ち下ろす形になる
        「如月の頃────!!」
手抜きは出来ない!生ぬるいことも言えない!全身全霊で殺す気でぶつけるっ!!

紅い無数の斬撃と桜色の一条の斬撃がぶつかり合う。

彼岸花を真上から割るように桜がその根元に落ちていく。

そして────

────全身ずたぼろで所々破け煤けている布切れを纏ったシリアが数m先で転がっていた。



「俺の、負けか・・・」
『灰滅』がシリアの格好でシリアの声で喋る、やっぱり気持ち悪い。
「あぁ、俺の勝ちだ」
戦っていたのは20分にも満たないだろう、だが、昼間のメダリオとは比べ物に成らないほどに苦戦した。なんたって2回死んだし。
「何故あそこで斬らなかった」
寝転がったまま話しかけてくる、というかシリアの顔で男口調って不気味・・・
「何言ってんだ、斬れるわけ───」
「そうか・・・」
「お前こそ俺が勝ったんだから引っ込め、約束したろ?」
「あー、そんなもんしたか?」
「今した、出てけ」
「・・・その前に」
「なんだ?」


「・・・あっ・・・・さく・・・・・ごめ・・・ぅ・・・・」
「!?シリアッ・・・」


途切れ途切れだったが先程の言葉は間違いなくシリアの言葉、
「意識がそれなりに戻ってきてるな」
「貴様ッ!!、よっぽど殺されたいらしいな・・・」

『彼岸』を抜く。白銀の刀身は全てを拒絶し、その刀身に涙を流しながら男口調で喋るシリアを映している。
立ち上がり、『蓬莱』を納め。全神経を耳と手に握る『彼岸』に集中させる。

「ふ───、二年も行動を共にしておきながらこれか。まったく、パートナーの心情も汲んでやれないとわな・・・・・・」
よっ、っと体を起こしこちらに向き合う『灰滅』、その目には殺気こそ無いものの怒気は溢れんばかりに湛えられている。
「お前は楽でいいよな、一人突っ走っても追いついてもらえるし、一人留まっても隣で待ってもらえる。」
「何が言いたい・・・」

「分かりやすく言ってやる。
『今のわたしでは溯夜を追いかけることは出来ない。それどころかこんな実力では足を引っ張ってしまう。アズマリアが居なくなった今、唯一居場所を作ってくれる溯夜の側で居ることが自分の存在理由だったのに。こんな事になってしまっては居る意味が無い』
だから俺に挑んだ、不意打ちだったがな、何にしろ危険だって言うのは分かっていたはずだ。世の中が自分の都合のいいように進まないことなんて身をもって知っていたはずだ。なのに俺に挑んだ、お前の側に居ることがコイツの存在理由だからな・・・」

「なに、を・・・」

揺れる、明鏡止水を謳う心が揺れる。
波紋を立て、徐々に波が大きくなる。

まるで胎動のような、鼓動のようなそれは一度動き始めると際限なく大きく、強くなり、俺を侵食してくる。

何だこれは、あのシリアの顔した奴が変な事を言うから、妙な違和感を感じているだけだ。

「お前は彼女が居ることが当然だと思ってたんだろ?」
「それがどうし────」
はっ、っとなって口をつむぐ。だが、その言葉だけで満足したのか、『灰滅』は言葉を続ける。
「やっぱりな、お前は当然と思っている影で彼女は何時お前が自分の側から居なくなるのか不安で仕方なかったんだよ」
「・・・・・」
「まぁ、そういった経験なんて今まで無かったみたいだからどう接していいか分からなかったみたいだけどな。それがもどかしかったみたいだけど・・・」

「─────俺は、シリアがそんな事・・・」
「────ま、ものの見事にお前は気付かされなかったわけだ。ま、気付かせない辺りポーカーフェイスと従者としては随分と出来がいいな」
そこで一つ大きな溜息を吐いて。
「しかし、よくもまぁ此処まで沸き立つ・・・否、煮えたぎる感情を隠し通せたもんだ。自分の想いが成し遂げられないとしてもお前が幸せならそれでいい。それでも抑えきれない思いの具現が紅茶だったりするわけだな。」

・・・さっきからなんだ
・・・おとなしく聞いていれば、お前がシリアの何を知っている
そんなことシリアが・・・そんなこと・・・

いい矛盾だ、俺の知っているシリアはもっと物事をストレートに言う奴じゃなかったか?
こいつの言うシリアは奥ゆかしい謙虚な少女そのものだ
俺は2年も行動を共にしてその事に気付かなかったのか?

あの至高の作品とも言える紅茶や料理はすべて、俺に対する想いの具現だったと言うのか?
あの透き通る紅茶や洗練された食事の数々がともすればギリギリで保たれている自我を安定させる為の行為だったのか?

「ふん───、気付いたか。そうだな、お前に尽くすことが彼女なりの自己防衛だったんだろう。それすら出来なくなったがな・・・」
「だが、俺のことは忘れたはずだ」
「そうだな、それで何もかもすっきりしたはずだったんだよ。だが、頭の回転が速すぎる為に気付いた。自分が余計な感情を初対面の人間に持っているってな」

「そして、お前にカマをかけた。名前で呼ぶことで本当に初対面なのか探ろうとした、そして記憶を求めて俺に手を出した、その辺の説明はかぐやがしたみたいだな」
「そんな・・・危険を冒してまで取り戻そうとしたのか?何よりも合理主義なあいつが」
「事実こうなってるんだから取り戻したかったんだろ。それに感情ってのは忘れないらしい、つまりはシリアからすればお前は、初対面の癖にこちらの心理を揺さぶる奴、ってわけだ」

構えていた『彼岸』を下ろす。
汗にまみれ、満足に振るうことさえ出来ない右手を上着で拭いてその場に座り込む。

「・・・俺は負けた、元々シリアにもお前にも特別うらみは無い。『蓬莱』とも1000年ぶりに再戦できて満足だ。だからこれは少々不器用で結果的に体を借りる事になったシリアへのちょっとしたお節介だ。
しっかし、何時の時代も色恋沙汰は恐ろしいな。かぐやに熱を上げる人間が居たかと思えば、今では逆に気付かなくて相手の傷を抉る奴まで居るのか・・・」


・・・そうだ。これは『灰滅』の言葉ではない。
シリアがその心の奥に無理矢理押し込めていた
俺に傷付けられぐじゅぐじゅと膿んだ心の傷の痛みにすすり泣く声なのだ。
全くもって笑い話にもならない。
俺が、2年と言う歳月にわたってシリアと共に歩いてきた俺が、
シリアの気持ち一つ気付いてやれない、いや、あまつさえ──


「──────ッ!!」
ギリ、と奥歯が鳴る。
悲鳴のような、慟哭のようなそれはわずかに口の周りの空気を揺らし小さな音を生むだけに留まった。
「お前は─────どうなんだ?」
「そんな物、言うまでも無い」
「だとしても、言え。俺はお前の事を知らない、その苦悶の表情の裏に何が隠されているかなんて推し量れやしない、だったら、言え」
「────、好きだよ、愛している、男として、黒霧溯夜として、俺はシリアを愛している」


──この自分の想いに勝手に満足して相手の気持ちを気付こうともしないなんてッ!!

・・・ならばどうする
目をそむけることは許されない
逃げるなど言語道断
此処で適当に言い訳するのは簡単だろう
のらりくらりとかわすのも簡単だろう

だが・・・

「・・・なら俺は引っ込むとしよう、契約は成されたからな。晴れてシリアも永遠者の仲間入りだ」
そういって、地面に座っていたシリアの上半身が後ろに倒れる。同時に背中の紅い羽も消える。
背中に手を回し体を支える。俺の腕の中で安らかに目を閉じ眠っている。

抱き上げると、軽い、と純粋に感じた。
その実正直体重という無慈悲な数字を見せ付けられれば軽いなどとは口に出来ないかもしれない。
だが、軽い、指の隙間や腕からこぼれ落ちそうなほどに軽い。だから、少しだけ力を込める。こぼさないよう、しっかりと抱えていられるように。

この世で一番大切なものは決して重くなかった、風が吹けば飛んで行きそうなほどに軽かった。
いつ失うか分からない、そう思うと途端に体の奥から力が抜けていくのを感じた。
死に対して無頓着もいい所だった。
腕の中で眠る少女はこんなにも愛らしく、こんなにも綺麗で、こんなにも大切なのに、それらを押しのけ今は儚さが前に出てきていた。

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翌日 ソスラス 宿屋
窓の外がぼんやりと白くなってきた。東の方から上り始めた太陽は山々の稜線をよりいっそう濃くはっきりと描写している。
「ん・・・」
背もたれを使って伸びをする。ギシ、とイスが音を立てる。

かぐやはあの後すぐに帰った、シリアもリースも起きる事は無く、俺は眠る事無く今に至る。
シリアの髪を手で梳く。銀の髪は指に吸い付くように、だが決して抵抗する事無く指を受け入れる。シリアの胸には一個の懐中時計がぶら下がっている。蓋にイースペリアの国章のある懐中時計。
恐らく同化したのだろう、『夜光』の反応も無い、これも同じく、か。

冷えた紅茶を啜る。冷めてもそこら辺のものに比べれば美味いが、やっぱりあったかいほうが断然いい。かとって安い果実酒に再度手を出す気にもなれないし・・・

目覚めたらどんな声を掛けようか・・・

とか考えていたら髪を梳いていた指が立って少し爪を立ててしまった、不覚。
「ん〜・・・む・・・・・・」
シリアはむくり、と上体を起こし、きょろきょろ、と辺りを見渡す。その目は起きたとは言え8割7部9輪ほど夢の中に居るような目をしている。
と、シリアの寝ているベッドに腰掛けている俺を発見し、視線を固定すると。ふにゃ、と無防備に笑い、俺の頭を胸に抱くようにして寝転がる。
「なっ!!な・・・」
そして頭の上のほうから寝息・・・

ど、どうしよう・・・
というか多分顔真っ赤・・・

どうしようもないので仕方なくぼーっとしていると、段々と眠くなって・・・

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────────Yuto side
同日 キハノレ 早朝
朝焼けの町並みを行く、歩いた後には二人分の足跡がくっきりと付いている。昨日の夜遅くにキハノレに到着し、つい先ほど起きたばかり。気分転換に、最後の戦いに望む前に散歩でもしようと思い立って外に出てみれば、青い髪を腰より下に伸ばし、無表情の下に使命感を秘めた、先客が居た。
「いよいよ、か」
「ん」
そっけない返事、だがそれは上辺だけで、最大限の激励が込められている。だが、お互い緊張しているのだろう、気の聞いた会話など思いつかず、当てもなくふらふらしている。

「サクヤ、来ると思うか?」
何も話さなければ自然とそういった話題になる。『聖賢』曰く、黒霧は否に不安定な存在で出来れば関わりは持ちたくない、との事だが。
「多分来る」
正直言って俺も必要以上に関わりたくない、というのが本心だ。昨日の昼、黒霧が腰から引き抜いたあの短刀、アレは先日の少女に与えられた恐怖の比ではない。喉下に切っ先を付きつきされた、では甘い。心臓を動いている状態のまま鷲づかみにされた、それだけの恐怖と嫌悪感を押し付けられた。

「黒霧は、強い、多分俺よりも。俺には黒霧ほどの策略は立てられない」
相手の裏をかき、先の手を読んで読んで・・・、自分に勝利を近づける。そういった芸当は俺には出来ない。ただ両手で剣を持って敵に切りかかるしか出来ない。その剣でさえ技術の上では大きく差をつけられているだろう。
『ユウトよ、そう考え込むな。お前にはお前なりの強さがある、それは決して奴には存在しない。お前は常に仲間の為に、友の為に、誰かの為に剣を振るう。感情的で、殺す相手を想う。これこそユウトに有って彼奴には無い物だ』
そうかもしれない、ただそれが戦う上でどれだけ意味があるのか・・・
『ふぅ・・・何かを守るといった名目でもなければ命をとして戦うなど出来ない。なにか掛け替えのない大切なものがあるから人は戦う』
・・・黒霧も、きっと・・・

「二人とも、そろそろ戻ってきてください」
と、時深が呼びに来た。いいかげん最終ミーティングが始まるらしい。
「行こう、ユウト」
「分かった」

アセリアと肩を並べ歩き出す、朝日を浴びて赤く染まった遺跡群を背に歩き出す。一度だけ歩みを止め、背後を振り返り、最後の決戦の場をその目に焼きつけ。二人の後を追った。



仮の宿舎となっている街の宿のホールでは全員が顔をそろえていた。全員がそろって緊張の面持ちで、口と手が硬く閉じられている。
「では、最後の作戦会議を行います」
時深が席から立ちあらましを説明する。
「昨日撃破した敵エターナルは、メダリオ、ミトセマール、ントゥシトラ、の3名。この世界には今現在私たち3人を含め7つのエターナルの反応があります、一つは昨日飛び入りでメダリオを撃破したあの成年でしょう、とすると残る敵エターナルの数は3、タキオス、テムオリン、シュン、この3名です。
一晩の休憩では回復にも限界があったと思われます。ですので今後エターナルとの戦闘は私たちが引き受けます、その代わりミニオンとの戦闘は皆さんに担当してもらいます」

昨日撃破3人のエターナルの内、1人は黒霧が、1人は今日子と光陰が、1人は俺とアセリアが撃破した。俺とアセリアは上位永遠神剣の回復力に物を言わせてかなりのところまで回復している。問題はエトランジェである二人だろう。見るからに疲労は抜けきっていない。

「聞きたいが、この世界の破滅まであと余裕はどれだけあるんだ?」
光陰が肝心な所を聞いてくる
「そうですね、長く見積もっても今日一杯、恐らく日没まででしょう」
「つまり後半日ってわけか」
「そうなります」
「それともう一つ、昨日飛び入り参加して来たあいつは頭数に入ってないのか?正直言って期待してたんだが・・・」
「彼は今現在ソスラスに居ます、実力は確かでしょうが、戦力として期待できるかと言われれば期待しない方がいいでしょう。今ここに居ませんし下手に期待して結局来なければ負けを誘う事になりかねません」
「そうか、わかった」
光陰は一度だけ頷くと納得したように椅子に座り、神妙な顔をして皆の中に溶け込んだ。

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────────Sakuya side
同日 ソスラス
「ん・・・」
窓から入ってくる光に目を覚ます。ぼんやりと開かれた目には逆光を浴びてはっきりしないシルエットが浮かんでいる。
「起きた?全く、あんな体勢なんかで寝ると風邪引くわよ」
影が言う、どこか安心する声。ほうっておけばまたまどろみの中に落ちていきそうなほどに心地よい。
「悪い・・・」
「まぁいいけどね。貴重な経験だし、今は気分がいいし」
「そいつはよかった」
ふぅ、と息を吐いて目を瞑る。

「そろそろ起きて、足が痺れてきた・・・」
再度目を開ける、何故足が痺れるのか疑問に思ったが、とりあえず体を起こす。そして目を服の袖でこすり、声のした方に目を向ける。
「・・・おはよ」
「・・・あぁ、おはよう」
グ、と体を伸ばし、あくびを一つ。目にたまった涙をふき取る為再度上着の袖で目をこする。

「・・・驚かないの?」
「───何が」
ポットから紅茶を注ぐ、先ほどとはうってかわって暖かい紅茶が二つのカップに注がれる。
「だ、だから起きたら状態が変わってた事とか・・・」
「あぁ、普通なんだろ?これからは」
「う・・・」

「まぁ、悪かったな。気付いてやれなくて」
「わ、わたしだって・・・」
注がれた紅茶を飲む、何処となく味が分かりにくいのは錯覚ではあるまい。
「ね、ねぇ・・・」
「なんだ?」
「もう一度、あの時の台詞を行って欲しいんだけど・・・」
最後のほうは小さくなって良く聞こえなかった、だがそれは良く聞こえなかっただけで、シリアが何を言いたいのかははっきりと分かった。
「・・・愛している、男として、黒霧溯夜として、俺はシリアを愛している」
「────ッ!?」
顔を赤く染め上げ、顔を勢い良く背けられる、正直ショックだ・・・

「ご、ごめん・・・その期待してたんだけど・・・言って欲しかったんだけど・・・」
顔を背けたままいわれてもこっちのショックは拭えない。
「えっと、その、だから・・・」
ベッドの上でペタン、と足をつけて座り、手をまごまごさせ、しどろもどろに喋る。ここまで動揺したシリアは珍しい、度合いで言うと雄の三毛猫くらい。
こっちをチラ、と見たかと思うとまた今度は顔を下に向けてうつむく。

ついに何もいわなくなったシリアの背後に回り、後ろから抱きしめる。
俺の2本の腕に何とか収まった体は小刻みに震えている、そしてそっとシリアの胸の辺りで交差している俺の腕に手がかかる。
永遠は苦しいものだと思っていた、だから一人で行こうとした。だけど、そんな思いは、今両腕に掛かる重みよりも遥かに軽く不確かで、この温もりの方が遥かに重要で重くて、そしてはっきりと確かなものだった。

「溯夜・・・」
「何だ?」
手を解いて立ち上がる。するとシリアも向き合うように立ち上がり。
「ぇ」
俺を突き飛ばした。丁度隣のベッドに寝転がるように倒れた俺は、
「何す───」
突如やわらかいもので口を塞がれた
「!──ッ!────!?」

「────ッ」
ぷは、と口から離れていくシリアの唇。ツ、と俺とシリアの口の間に細い糸が掛かっている。
俺は未だ押し倒されたまま、シリアは俺に馬乗りに成ったままだ。
「ごめん、口で言うの恥ずかしくて─────だから、」
起き上がろうとした俺を再度突き飛ばしベッドに沈め、そして─────


To be continued

あとがき
う〜ん・・・かぐや寝取られ?というわけでもありません、このお話のヒロインはあくまでシリアです。かわいいなぁ〜、と親ばかを発揮させて了。


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