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コサトの月 赤よっつの日 深夜
「久しぶり、溯夜」

今なんていった?久しぶり?溯夜? 俺とこのシリアは今日が初対面だ、しかも名乗っても居ない。
「な、に?」
動揺は隠し切れなかった、驚きや色んなものが渦を巻いてぐちゃぐちゃになった俺の頭では碌な言葉が口から出なかった。

と 途端にシリアは表情を暗くし───
「そう、やっぱり初対面じゃないんだ」
「な」
どういうことだ?やっぱり? あぁ、つまり───

「カマかけてたのか」
「えぇ、色んな事を総合してね」
やられた、まさかこんな方法があったとは。

「トキミが聞いて来た黒霧溯夜って名前。エターナルは人に忘れられるという事実。昼間の敵が漏らした“彼”」
はぁ・・・賢いにも程がある。
「気付けば初対面とは思えないほど馴染んでいるわたしとリース」
そのまま雰囲気に流されていれば良かったのに、後になって冷静になるから

椅子に沈み込む、座ったままだったがさっきよりも深く座り込んでいるのは間違いないだろう
「は、それで初対面じゃないと分かったけどどうするんだ?」
「・・・・・・できれば話してもらいたいけど、」
そこでシリアは一呼吸置き、話を区切る
「多分話してもらっても思い出すわけじゃないから無意味ね。だから何も言わなくていいわ」
「良く分からないな、聞いておきたいものじゃないのか?」
「そんなこと無い。忘れた記憶を話されてもそれは本を読んだようなものよ。大丈夫思い出してみるから」
何が大丈夫なのだろうか、基本的に記憶は上位永遠神剣による干渉がなければ戻りはしない。
「ク────いいよ、無理しなくても。思い出せないって事は思い出すべきじゃないのさ、記憶ってのは得てしてそういうものだ。重要な事は忘れないがどうでもいい事は簡単に忘れる」
「何言ってるの?そういったのに関係なくエターナルになった存在は忘れられるんでしょ?だったら、思い出すべき重要な記憶かもしれないじゃない」
どうにか論破しようとするが無駄か、もともと俺より頭の回転は速いし俺の脳味噌自体口喧嘩に向いたつくりじゃない。

「そうか、それはありがたいけど、無理だよ。思い出せない、そういう風になってるんだ」
「エターナルになったばっかりのあなたが言っても説得力なんて無いわ」
「そうだな、説得力に欠けるな」エターナルじゃないが、という言葉は飲み込んでおく、言っても意味が無い。
「そうそう・・・」

急に黙り込む、部屋から音は消え去り、沈黙が部屋を支配する
「どうした?」
「ん────ただ、ね。あなたの記憶ってわたしの中にはどれだけ残ってるのかなぁって」
「そんなもの────一切残ってないさ」
「そんなこと無いっ!!」
「っ、なんでだ?」
「冷たいお菓子の作り方も覚えてた、中華の作り方も覚えてたっ」
「・・・あぁ、思い出は消えても知識は消えないらしいからな。そりゃ覚えてるさ」
「だったら、覚えてるじゃない」
「そうだな────」
「それに、あんたが覚えてるのにわたしが忘れてるなんて不平等よ」
なんて理屈だ・・・

「だったらどうするんだ?こればっかりはカウンセリングでも戻らないぞ」
「そうね、悔しいけど。で、溯夜はこの戦いが終わったらどうするの?」
どうする、か。流石にお前のために残る、とは言えないしな・・・
「そりゃ、ここに居てもやることないし他所に行くさ」
「そう────」
シリアが無言で二人のカップに紅茶を注ぐ、白磁のカップに赤い液体が満ちる。

「溯夜はどうしてこの戦いに参加するの?飛び入りみたいだし対価は期待してないみたいだけど」
「この戦いで勝てばそれが俺の見返りになるんだよ」
「ふ〜ん・・・この世界に思い入れでもあるの?」
「は───まさか。そんなものあるわけ」
「だったら何で?」
「先の3人と似たようなもんだ」
「・・・・・」
「なんだよ」
「いえ・・・」

「シリア、紅茶を新しいカップに淹れてくれ」
「え?」
席を立ち、新しい椅子をテーブルに添える。
「何やってるの?リースを起こすわけでも無さそうだけど」
「いいから、紅茶淹れてくれ」
二つから三つに増えたカップに紅茶が新しく注がれる。

「───う〜ん、美味美味」
当然のように現われたかぐや
「え・・・」
「何しに来たんだ?不干渉じゃなかったのか?」
「別に、勝ち逃げされるのが嫌だったからこうして宣戦布告に来たのよ」
「はぁ?」
「別に溯夜にじゃないわよ」
「だったら、わたしに用なのかしら?」
「えぇ、所で。いつかの夜に言ったけど、「答えは見つけたわよ」──あら、そう」
何の話だ?

「溯夜、ちょっと席外して」
「ん?別にいいけど」
やれやれ・・・なんだか知らんが、かぐやは場を引っ掻き回すのが好きだな・・・

席を立ち部屋を横切り退室する。ほの暗い板作りの廊下の隅でぼんやりとエーテルの灯がちらついている。
「・・・・・・」
階段を降り、ロビーを出て建物の外に出る。街は静寂に包まれ、空は晴れ渡っている。これなら明日もいい天気だろう。見上げた先の部屋ではシリアとかぐやがどんな密談を交わしているのか俺に知るすべは無い。出会って一日も実質経っていないがそれでもかぐやの人となりはある程度つかめている。まぁ、これ以上かぐやがどういった人物なのかを掴むのは難しいだろうが。
『そりゃそうよ、私だってかぐやの事いまいち分かってないんだから』
会って数時間しか経っていないのになんでだろうか、いつの間にかあの少女も、ちょこん、と俺の歪さが生んだ座に座している。
『へぇ。それ、かぐやが聞いたら喜びそうね』
かぐやは今まで独りで生きてきたんだろう、竹取物語が成立したのはおよそ1000年前。だが、竹取物語が実際に出来事として発生したのはそれからさらに300年ほど溯った奈良時代だったはずだ。それからたった独りで生きるというのはどれだけ強いことなんだろうか。
『まぁ、『太極』が居るけどね』
それでも限界があるだろう。
『ただの人間と月の王族じゃ規格が違うのよ。かぐやは1秒で円周率を1万桁以上暗算するんだから』
それは素直にすごいと認めるが、だとしてもそれが1300年とどう関係があるのか
『天才の考えは凡人に理解できないのよ、言うでしょ天才の行動は須らく発見的な物だって』
ま、どこかで聞いたことがありそうな台詞だが、それもまた関係無さそうだな

月明かりに照らされた街をブーツで踏みしめ歩く。ザッ、ザッ、と音を立て地面にその足跡を残していく。席を外せといわれたが一体何時まで席を外していればいいのか・・・・
『気になる?』
そりゃあな。
「まぁ、けど」
『先にすることが出来た、か』


────────Ciliya side
溯夜が後ろ手に戸を閉め部屋から出て行く。足音が遠くなり、次第に聞こえなくなって。
「さて、人払いまでして何のようかしら?」
「言ったでしょ、宣戦布告よ。このまま放っておいたらあなたに勝ち逃げされるからね」
「────あら。と、いうことは」
「その前に、貴方の得た答えを聞かせてもらおうかしら」
「それは言葉にはできないものよ。でも、あえて言うなら“たまには待ってよかった”って所ね」
「・・・ふ」
と、少女はケタケタと笑い始める。随分と失礼だと思うが・・・・
「あぁ、ごめんなさい。いや、ここまで素直に育ってくれるなんてね」
「どういうことかしら?」
少しばかり意味深な言葉があったように聞こえるが、恐らく空耳でも中耳炎でもないだろう。
「あぁ、それはもう少し先に進んでからのお話」
笑いを抑え、目を指でこすりながら口にする。くそ、こういったさりげない動作も優雅さを帯びている。悔しい。

「さて」
少女は紅茶を全て啜ると、おもむろに空間を縦に引き裂く。
「付いてくる?」
その裂け目に片足突っ込んだ状態で聞いてきた。
「ふ────もちろん」
その言葉に少女は、軽い笑みと「よろしいの」一言を返した。

◆◇◆◇◆◇◆

黄泉平坂
「・・・・で、ここは?」
「こっちよ」
山の麓のような所を歩く、登るわけでもなくかといって平地に行くわけでもない。麓をまっすぐ歩くだけ、実につまらない。
「ねぇ、面白くないんだけど。」
「問題、なぜ面白くないのでしょう?」
「答え、わたしとあなた以外に何も居ないから」
「はい、正解」
山を見ても、平地を見ても、紫色の雲に覆われた空を仰いでも何も居ない。かろうじで草木がぽつ、ぽつ、と群生しているぐらいだ。

「ったく、何なのよここは」
「黄泉平坂、あの世とこの世の境目ね」
なんて所だ・・・・
「もう少し歩けば終わりだから少しだけ我慢しなさい」
「やれやれ・・・」




言われたとおり少し歩いたら目の前にぽっかりと空いた洞窟。思わせぶりだ。
「ここ?」
「ここ」
少女が躊躇いも無く中に入っていく、今わたしの立っているところが境界ならそっちに言ったら死ぬのでは?「大丈夫よ、そんなへましないわ。そりゃこっち側は死者の領域だけど」行きたくない。
「来ないのならそれでもいいわ、今度こそ完璧に忘れてもらうだけだから」
「! わかったわよ」
「私としては─────微妙ね、分かってほしくないし分かって欲しい・・・もどかしいわ」
彼女も大変らしい。

洞窟を歩く、山の方に一歩踏み出してからなんというか・・・
「気が楽ね」
「そりゃそうでしょ、死者はいつでも余裕たっぷり怖いものなしよ」
イメージがわかない
「死って言う未曾有の恐怖を克服した連中なんてそれ以上に怖いものが無いんだから最強よ」
「それは分かるけど死人に口無しなんじゃないの?」
『何言ってんだ、あの世はいつも賑やかだぜ』
「・・・それにしてはあの世の住人に一度も出会わなかったけど?それに結構暗いわね」
目の前には一戸の建物。今まで見たことの無い趣の建物だ。
『会わなかったのはあんたがまだ生きてるからだな。かぐやみたいに生きてるのか死んでるのかあやふやならよかったんだが。というか、生きてるのにこっち来んな』
理不尽だ「連れて来られた身に言う言葉かしら」
『そんな身の上知ったこっちゃ無いぜ』
「まぁ、『灰滅』も抑えて。折角連れて来たんだから」
『────連れて来てもそこから先に進まないこともあるって事を知って置け』
「知ってるわ。でも、今回は先に進ませるから」
『ハ────確かに『太極』とあっちゃ俺でも抗いようが無いな。だがな、ただじゃ転ばねぇぞ』
「ただかどうかは自分で確かめるのね。前の雑魚とは違うわよ彼女は」
わたしを置いて勝手に進んでいく。しかも口をはさむ隙間が無い・・・
『あ〜、思い出させるな。確かにあいつは雑魚だったが、俺を御する人間の方が珍しいと思うがな』
「彼女は人間じゃないわ」
『ハ───大差ねぇよ』
「あるわよ」
『なら────試させてもらおうか』
「ち、ちょっ!!わたしの話も無しにっ!?」
脳に焼けた鉄が食い込んでくるかのような激痛、全身から汗を噴き、地面に倒れこむ。

内側から剣が生え出て肉を突き破るイメージ、針山に押し付けられるイメージ、体を鋸で切断されるイメージ、それら全てが頭をよぎり、その全てが激痛として具現する。
「あ゛、あ゛あぁグ、ガあ゛あぁぁ゛ぁああ゛ぁぁ!!」
激痛で意識が飛びそうになる、だが激痛が意識を留める。また一つ剣が体に突き立つ。
『さて、これじゃあどうだか分からないなっ!!』
「ギア゛アァァアアァァァ!!」
頭蓋骨に穴を開けそこにスプーンを差し込んでかき混ぜられるような感覚、肉を素手で剥ぎ取られるような感覚、腕をねじ切られるような感覚、腹を引き裂かれ腸を捻りだされるような感覚、神経を直にナイフで刺激される感覚。全てに実体が無く、全てが視覚化し、全てが痛みとなる。
イタイ、イタイ、イタイイタイイタイイタイ───────!!

見たことも無い生き物に租借される。
見たことも無い連中に嬲られる。
見たことある連中に殴打される。
エスペリアに槍で突かれる。
リースに剣で斬られる。
アズマリアに斬首に処される。

────溯夜に、首を、刎ね、ら、れ、・・・・


◆◇◆◇◆◇◆


同日 ソスラス 深夜
────────Sakuya side
「・・・・これで仕舞いか」
最後のミニオンを切り捨て、辺りを見渡す。金の靄が舞っている以外は何もおかしい所は無い普通の雪原が広がっている。
『見たいね、これでかれこれ1時間ほど経ってるけど』
「そうだな、一度戻るか」

月明かりがぼんやりと落ちる雪の街を歩き、一見の宿屋に入り、ほの暗いロビーを抜け、灯がチロチロと暗闇に挑み続けるが全く持って明るくないその廊下を通って、最上階で最も奥まった所にあり、最もお値段も高い部屋にたどり着く。
『そういえばお金ってどうしたの?』
かぐやに渡された、なんか手から紙幣が沸いてきてたぞ。
『うわ、偽札』
気にした者負けだ
『溯夜も犯罪者ね』
大丈夫、あっちもお金として受け取った。あの紙幣もちゃんと市場で流通すれば偽札でも真作と同じだけの価値がある。
『苦しいわね』

思い音を立てて戸を開ける、廊下よりも暗い値段の割にあまり高級感を感じない部屋が広がっている。
その部屋の奥にある丸テーブルの上にはカップが二つ。三つあるイスは全て空席。
「何処行った?」
『いくら考えても無駄よ、だってかぐやだもの』
「・・・・・・そうだな」だってかぐやなんだから

三つあるベッドのうち俺に割り当てられたベッドに寝転がる。奇怪な模様の天井が目の前に広がっている。
「眠くない・・・」
元々寝る必要の無い物になってしまったし、睡眠欲が消失したのも仕方の無いことだろう。今度から寝るときは薬のお世話にならなければならないかもしれない。
『膝枕してあげようか?』
膝が何処にあるこの布切れが。
『かわいげが無いわね』
「必要ないからな」
『もっとお姉さんに甘えなさいよ』
「誰がお姉さんだ、お姉さんを通り越して化石だ」
『かっこいいわね』
そんな事言う時点でお姉さんとは程遠い。

眠くならないので仕方なく天井をぽや〜っと眺めつつぽや〜っとする。と、天井に切れ目が入り。細い腕が生えてきた。その腕は俺の胸倉をグワシッ、と掴みその切れ目に連れ込む。
「なっ、ちょっ!!」
無造作に放り投げられ硬い露出した岩に尻を打ち付ける。
「いつつ・・・」
「さっさと立って、半分は溯夜の責任なんだから自分で始末をつけなさい」
声のした先には右手を突き出し膜を張っているかぐや。
「は?そっちこそいきなり拉致しやがって────」
その膜はまるで水面に水滴が落ちるように時折波紋が広がっている。だが、水滴が水面に落ちたような小奇麗な音などでは決して無く、砲弾がシェルターの隔壁に激突したかのような轟音だった。

「ちっ、まさか此処までとはね・・・どうにかして生け捕りには出来ないかしら」
視線をさらに奥に伸ばす。そこには生命の深紅を湛えた双眸、紅い羽、血のように粘つくオーラを纏った見慣れた──「お、おい、アレ・・・」──シリアの姿が。
「どういうことだよっ!!」
「不意打ちだけど彼女にもそれなりの覚悟があった上でああなったのよ」
「・・・・・・」
「そんなに睨まないでくれる?私だって好きでこんな事してるわけじゃないんだから。出来れば綺麗に終わって欲しかったわよ」
「ちっ・・・で、どういう状況なんだ?」
冷えた頭を冷やす為に一度地面に座り、肺にたまった息を吐き出す。
「いつかのようにシリアは今乗っ取られている状態ね、武装は投げナイフ。ただこのナイフが問題でねぇ・・・」
かぐやが一度言葉を切る、膜は波紋を作り直後に轟音が鳴り響いている。
「音速の3倍で飛んでるのよ、あれ。ちょっとやそっとの防御じゃ意味を成さない」
いくら目を凝らしてもナイフは見えない、膜に浮かぶ波紋と轟音でのみその飛来を知ることが出来る。

「で、どうすればいい?今回は前と違って心象世界でもなんでもないぞ」
「倒して屈服させてくれればいいわ、今回は話の出来る奴だから」
「そうか・・・で、名前は?」
「二位の『灰滅』」
「『灰滅』、ね」

「準備が出来たなら言って、外に出すから」
「いつでもいいぞ、ったく。持久戦かな」
「だったら負ける要素が無いわね」

◆◇◆◇◆◇◆


「さて、攻撃を止めるなんて酔狂だな」
膜を通り抜けるときはまるで違和感が無かった、随分と便利な防御陣だ。
「ハ────これで前の借りが返せるってわけか」
『千年前の事をネチネチと・・・それよりさっさと出て行ってくれない?』
「言ってろ、今回のは随分と優秀でな。少なくとも三桁は殺させてもらうぜ」
『三桁も殺されても────死んだことにはならないわ』
どうもコイツらは知り合いらしい。
「前から随分とおかしな事をする奴だったが・・・今回はよりいっそうだな」
『灰滅』はその両手にナイフを執り、優雅に構える。
『あぁ──────分かったわ。さっさとこの世から出て行って』
右手に『蓬莱』を執り、下段に構える。

「悪いが、コイツの記憶を見るにそいつはたいしたこと無さそうだがな」
『あら、彼だってかぐやよりましよ』
「ふん、そうとはとても思えないな」
『灰滅』は手に持ったナイフを口づけするように近づけ。
「───その無限の命を掛けろ、さすればこの身にとどくやもしれん」
『シリアが取られたのは不味かったわね、こりゃ何回かは覚悟しないと。残機は無限だけど』
じわ、と『蓬莱』を握る手に汗が滲む。
「あの世の淵で、貴様らは舞飛ぶ胡蝶の一つになる。あぁ、綺麗だな」
『その言葉、そっくりそのまま唐草模様の風呂敷に包んであんたに返してあげる』


地面を蹴る、感触から岩に足跡が付いたことが分かる。凸凹した岩の地面を疾走する。体のすぐ脇をナイフが通り抜けていく。ナイフの巻き上げる風だけでも足元をすくわれそうになる、直撃したら・・・ほんと何回かは覚悟する必要がある。
右に左にまた右に、ここでフェイントをかけ右から左に鋭角に転身する。直角に鋭角に、情と動を繰り返す。
「ちょこまかと・・・」
元から避けれる速度のナイフではない、なら最初から狙いをつけさせなければいい。そうすれば的中の確立を下げることぐらいは出来るだろう。
背後に回り、くぐるようにナイフを避け、貪欲にシリアを睨み、確実に距離を詰める、どれだけ時間が掛かってもいい、どれだけ傷ついてもいい、たどり着くことが出来ればっ!!

体を反転させナイフを誘導する、すかさず放たれる前にしゃがみこみまた一歩前に出る。鋭敏に避け、鈍重に進む。
ナイフを誘導し避け誘い避ける進み避け誘い避ける。ひたすらこれの繰り返し。
「うざったい────」
何を言われようが知ったことではない。
「戦操(プライミッツマーダー)」
カラ、と音を立て・・・
地面に落ちたナイフ、岸壁に突き立っているナイフが息を吹き返す。そのまま一点に萃まるように俺に殺到する。
「ちっ!!」
地面を蹴り上に逃げる、ほぼ円を書いて飛来するナイフは速度こそ普通だが正確さで言えば機械のそれだ。こちらが動かなければ必中は免れない。
何とか空中に難を逃れる。シリアの方に目を向け────
ボッ───!!
「あ」
剣を握る右腕が消し飛んだ・・・遠くのほうで消えた右手から落ちた『蓬莱』が転がる音が聞こえる。
次いで左足、右手、左脇腹、右足・・・達磨のような体になり血を垂れ流すその姿がひどく気に入ったのか・・・
「ハ、いい格好だな」
胸倉をつかまれ持ち上げられる。欠損した部位は既に修繕が始まっている、数秒後には何も無かったかのように五体満足な体に仕上がっているだろう。
「これで、一回目」
俺を転がる『蓬莱』の方に放り投げる、俺を追走するようにナイフが飛来し、額に突き刺さる。

一瞬意識が飛び、次の瞬間額に突き刺さったナイフを引き抜く。そのまま空中で体勢を整え着地し、剣を拾い上げる。
周囲から見れば異様な光景だが、これからは普通になる俺の体。『蓬莱』の“絶対に死ぬことが無い程度の能力”のお陰で完全な不死者となったこの体は死どころか一切の怪我さえも認められない。このまま持久力に物を言わせれば確実に押し勝てる。
『ちっ、体の差かしら。千年前とは比べ物にならないわね』
見上げた先には洞窟の天井付近で真っ赤な羽根を広げる彼の物の姿。
「弱いな、三桁どころじゃなくて四桁もいけるな」
「─────いい気になるなよ、二桁も無理だな」
「──ほぅ。なら、本当に無理かどうか試してやる」

雨よりも激しく、弾丸よりも素早くナイフが落ちてくる。岩盤を抉り、着弾の度に地形を変える。上空から降り注ぐ直線の起動に対し、地面を這うように移動する。ギアをトップに入れ、数歩進めば方向を転じる。
「へぇ、こいつは当てにくい」
上から見る奴には俺が幾つも存在しているかのように見えるだろう。音速とまでは行かないが時速数百キロと出る俺の足でこの移動法を使えば方向を転じる瞬間しか像を結ばない。
相手はこちらの姿を捕捉仕切れないのか闇雲にナイフを投げ下ろす。それだけでも十分な脅威だが、高揚しきった俺の四肢はその攻撃に当たる気配を微塵も感じさせない。

投げ下ろされるナイフは時間を重ねるごとに乱雑になる。体を操っているのが別人である以上何時までもシリアのスキルを使い続けることも出来ない。

一瞬の隙を尽き『灰滅』の真下から垂直に音も無く飛び、背後に回る。
「死ね」
地面と水平に振りかぶられた剣を振りぬく、目指すはその白磁の如き首。
「なっ!!」
こちらに振り返ろうとするが遅い、速いのはナイフだけで他は俺にとって緩慢過ぎる。
白銀の刀身が神速の勢いでもって振りぬかれ────

その白磁の首に振れる所で止まっていた。一筋の血も流れていない、皮一枚さえ切れていない。
『ち、ちょ溯夜っ!!』
どれだけ力を込めようとしても刀はそれ以上進まない、気持ちだけが空回りをして行動は伴っていない。やがて重力にしたがって体が落下を始める、背中から無造作に落ちていく。
「何のつもりだ─────」
という怒気を含んだ言葉を最後に俺の意識は閉じられた。


To be continued

あとがき
溯夜死す。


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