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コサトの月 赤よっつの日 雪原
────────Ciliya side
「寒・・・」
寒い、見渡す限り雪ばっかり。戦時中で無ければ楽しいのだろうが、はっきり言って今は寒いだけ。長袖に新調したメイド服もマフラーも軽く突破してくる冷気は否応無しにわたしの体温を奪っていく。吐く息は白く、耳はおそらく真っ赤になっているだろう。
前線を形成しているのはエターナル三人を含めスピリットの主力であるエスペリアとオルファとウルカ。後ろを任されているのがわたしとリースとセリアとナナルゥ。
「どうせ後ろからなんてこないとは思うけど・・・」
見たところミニオンとスピリットの間では若干ミニオンの方が力は上のようだ。
と、前から紅白のトキミが走ってくる。
「どうしたの？」
「敵エターナルの反応です。これからは固まって行動します」
「はぁ・・・あなた達でどうにかならないの？同じエターナルなのに」
「なりますが敵エターナルの数はこちらより上です、少しでも消耗を少なくする為にも数で押す必要があるんです」
「ま、戦力をわざわざ分散させるような愚策をとる必要も無い、か」
「ご理解いただけたようで何よりです」
◆◇◆◇◆◇◆
「・・・・・」
全軍の前進が止まる。わたし達と相対するように佇んでいるのは────
ギンッ
空手だった青年の右手には剣が握られている、何処から取り出したのか、なんて聞く気にはならないし、わたしのナイフが弾かれたという事実だけがあれば重要だ。
「血気盛んですね」
「そうね、あなたも」
わたしの前の人垣が自然に割れる
「お久しぶり、ですね。彼とは仲良くやっていますか？」
彼？「────想像に任せるわ」
「ふ───それで、どうするのですか？確かに数の上では勝っていますし戦力を数値化したら私も不利である事に間違いありませんし。」
確かに数字に直したらこっちの方が有利かもしれない、だがこの人数で攻撃したら攻撃が味方に当たる。結局は皆で皆の足を引っ張り合う事になる。
「私としては、彼女の相手をしたいのですが・・・いささか力不足ですね、彼女が」
剣の切っ先でわたしを指す、確かに迫力だけで言えばわたしはエターナルに数段見劣りするだろう。彼の前でアズマリアをあっさり死なせたのも事実。
「で、どうするの？」
横に立っている聖賢者と名乗った男に問いかける
「う・・・」
話を振られることを予想していなかったのか言葉に詰まっている、名前からして賢そうだったので聞いたのだが。
「悠人さんとアセリア、それとシリアさんでお願いします。」
参謀はやはりトキミらしい。聖賢の名が泣いている。
「わかった」
「まかせろ」
「ふぅ・・」
エターナル二人が前でわたしは後方支援。図式は簡単だがナイフを動き回る二人に当てないようにこれまた動き回る目標に当てるのは至難の業だ。
「ああ、決まったようですね。それなら始めましょうか。」
相対する青年は右手だけでなく左手にも剣を持ち、軽く腰を落として構える。その構えには一縷の隙も無く、あるものすべてを受け流す水のような落ち着きと、氷のように鋭い殺気がみなぎっている。
味方のエターナル二人も剣を正眼に構え、メダリオ目掛け飛び出す。
右から聖賢者が、左からアセリアが軽く弧を描くように迫る。
青年はさらに腰を落とし両手を地面につけ短距離走のスタートのように構える。
わたしもナイフを両手に構え──────それを投げ捨てる
「くっ！！」
ナイフを両手一本ずつに持ち替える。突如目の前に出現した青年の二刀を捌く、二人のエターナルは目前に迫った目標が消えた事に驚愕を示し、背後ですでに戦闘が行われているのに2瞬ほど遅れて気付く。
「まさか、防ぐとは」
まるで流水のように空中を凪ぐ二本の剣はギリギリまでひきつけてようやく防ぐことが出来るまでに軌跡が読めない。
目の前で剣を振るう青年には余裕すら見えるが、わたしには余裕どころか防御以外の事をする暇さえない。
右手のナイフが弾かれる、それを見計らったかのように左の剣が空いた右手を狙って鋭く迫る。
今のわたしは二本のナイフがあるからこそ防げているのであってそれが一本になったら防ぐことが出来るのは初撃だけになる。
左のナイフで何とか突き出される剣を弾き、軌道をそらす。
右の剣が迫る前に空いた右手にナイフを取りまた捌く────
「あ、くっ────」
「味方は来ませんよ、ミニオンを向かわせましたから。」
真偽を確かめる余裕はわたしには無いが数分立っても誰も助けに来ないところを見るとそうなのだろう。
16本目のナイフが弾かれる、すぐにナイフを取り出して構え直し、防ぐ。
体の様々な軌道を通って回るようにナイフを動かし防ぐ
「16本目、まだあるとは・・・」
「たかだか16本よっ」
わざと隙を作り攻撃を誘いピンポイントで防ぐ、こうすることで本来防げない攻撃を防げるレベルに落としている。
終わらない連激は青年の停止で終わりを告げる。
「どうしたの？」
「いえ、もう十分ですから
───所で、ものは相談なんですが、」
青年の殺気が膨れ上がる。刺すような、痛みさえ誘発する殺気はそのまま──
「生きるのを諦めてもらえませんか？」
──攻撃に転じ、次の瞬間
ぞぶり
と不気味な音を立ててわたしのお腹に一本の剣が突き刺さった。
「シ、シリアさん！！」
全く見えなかった、瞬間移動のように突如わたしのお腹に突き刺さった剣は白銀の刀身を真っ赤に染める。
「こふっ・・・」
口から血が吹き出る、足の力が抜けその場に膝を着く、わたしの体がへたり込むと同時に腹部に刺さっていた剣が引き抜かれる
へたり込むようにその場に座りこんだわたしに
「潔いことは認めしょう、生き汚い事はそれだけで見苦しいですから」
永遠者が発するにはいささか疑問を感じずにはいられない言葉と、無慈悲な紅刃が向けられた
────────Yuto side
「くっそ！！」
目の前のミニオンを上段から真っ二つに切り捨てる、視界の端には腹から血をながし地面に座り込むシリアさんと剣を振りかぶる一人のエターナルが写る。
日の光を反射して紅く輝く剣はまっすぐシリアさんの首に迫る
間に合わないっ！！
「くっ！！」
剣はシリアさんの首下にまで迫り───
何の抵抗も無く、シリアさんの首をすり抜けた──────かに見えた
確かに、剣は振りぬかれた。シリアさんの首の間を通ったようにも見えた、だがそう見えたと思ったらシリアさんは既にそこには居ない、血の後を残してそこから忽然と・・・
「ちっ。大丈夫か、って聞くまでもない、か」
・・・血溜りから数メートル離れた場所に移動していた、かつての戦友に抱きかかえられる形で。
────────Sakuya side
右手でシリアを抱きかかえ、左手で『彼岸』を握る。視線で二刀のエターナルを牽制しつつ手の中で眠るシリアの容態を確かめる。どくどく・・・とシリアの体からは血が流れ出ている、顔はチアノーゼを起こし真っ青。状況はかなりよろしくない。治療魔法なんて便利な物はエトランジェの頃から持っていない、大体自身の体を直す必要が無いから治療魔法が無いのも当然・・・
『あ〜、溯夜。かぐやに渡されたアレ・・・』
いや、アレを飲ませてもまずは傷を最低限塞がないと。
『そっか・・・どちらにしろダメね、八方塞』
「治療はしないのですか？」
「そんな悠長なことしてられるか、目の前に敵がいるのに」
「ふふ、では待ちましょう。その代わり」
「ん？」
「治療の後はあなたと仕合たい」
「は────」
言葉に嘘は無いだろう、シリアを寝かせ治療を始める。
『どうするの？流石にあの状況じゃ味方なんて呼べないわよ』
高嶺達はミニオンに押さえつけられている。
確かにこれだと魔法による治療は出来ない、が別に治療は魔法だけじゃない。
「傷口さえ塞げば良い、そうすれば薬が使えるからな。だったら別にこれでも」
俺の髪はそこまで長くないので、シリアのを一本抜く。その髪をシリアのメイド服のポケットの中から取り出した裁縫セットの中の縫い針に通し。シリアの傷口を縫いつける。
『わ、そんなことできるんだ』
「あ〜・・・まぁな・・・」
人体の解剖図は頭の中に入れられている、何から何までかぐやにはお見通しのことらしい。数分の治療の後、傷口はひとまず塞がった。そして今度はかぐやに渡された飲み薬を・・・
「ふぅ」
10分ほどかかって治療を終える、どうやらミニオンもあらかた片付き始めているらしい。
「さて・・・始めようか」
とりあえずシリアを近くの木の下に寝かせ、上着を被せる。
『ちょっ、上着って私の事でしょ？』
剣は別にもてるだろ？
『まぁ、独立してるし、問題ないけど・・・・寒くないの？』
別に・・・
右手で『此岸』を構える。だらり、と剣をおろす。
「では、頼みますよ。先程の彼女のようにあっさり負けないでくださいね」
「は────あいつがあそこまで怪我したってのに、見返りはお前の首だけか？」
────────Ciliya side
「ん・・・」
体が熱い、まるで中身が解けていくように・・・
体中から汗が噴出し、服は体に張り付いている。
だが、それもすぐに終わる。まるで突如落ち着きを取り戻した体は汗も引き、心地よい暖かさを提供してくれる。
・・・暖かい？わたしは雪の上に寝かされている、だったら寒い事はあっても暖かいことなんてあるわけが無いんだが。
見たところわたしは寝ている。掛け布団の代わりに上着がかけられている、どうやらこの上着に仕掛けか何かがあるのだろう。
段々と頭の方も冷静になってくる、すると今まで拒絶していた音が耳に戻ってくる。
「え」
音の方向では二人の男が殺しあっている。一人はさっきわたしのお腹を突き刺した奴。もう一人は、見たことも無い。
と、思い出したとおりわたしはお腹を刺されたはずだが、腹部に手をやっても乾ききっていない血があるだけで傷は塞がっている。誰かが治療してくれたのか・・・それももう、どうでもいい。
殺しあっている二人、その内一本の剣で立ち向かっている奴を見る。わたしには二刀を目で追うことは出来ない、動き自体も早く、何より水のように抵抗無く空を凪ぐあの剣は目で追って剣筋を予想するといった動作が出来ない。
一刀の男は刀一本で全ての攻撃を捌いている、わたしには捌いているという事実を剣が弾かれる金属音でしか認知することが出来ないというのに。あの男は一本の剣で捌くだけに留まらず反撃までしている。
一刀の男の腰には短刀がささっている、つまりあの男も二刀なのだろう。だったら、今は手を抜いている。わたしが防戦一方だった攻撃を悉く弾き、防ぎ、合間を縫って首を撥ねようと剣を巧みに操っている。
一刀の男が飛び、上空から上段に構えた剣を振り下ろす。鋭く振り下ろされた剣は二刀の内の一本に防がれる。
だが、それを予想していたかのように、交差する剣を支点に体を操り。
もう一本の剣をつま先で蹴り飛ばした。
何もかもが圧巻。幾多の首を狙う剣も、上段からの一撃もすべてはブラフ。本命はつま先での蹴りと言う、剣士としてはあるまじき攻撃。
数ある攻撃の中から一手を選び、あらゆる伏線を張り、回避不可な一撃を確実に入れる。
───なんて戦略
───なんて能力
───なんて冷酷
戦闘を楽しむわけでもなく、何かを救うための攻撃でもなく。ただ目の前の敵を無作為に無感動に無意味に殺す為の思考。
あらゆる攻撃は相手との剣舞を楽しむ為にあるのではなく、ただひたすらに殺す為にある。そこに意味を求めてはいない、そこに価値は置かれていない。ただただ相手の殺害という純粋で揺らぎようの無い結果を目指し突き進む。
彼は剣士ではない、戦士でもない。ただの暗殺者、殺すことを至上目的とした殺人鬼。
故に余計な事は考えない。故に無駄なことは一切無い。故に必ず殺される、彼に相対した敵は、必ず彼に殺される。
マナの爆発で両者の間隔が開く、二刀の男は弾かれた剣を即座に拾い、構える。が、構え迎え撃つべき相手が存在しない。注意を少だけ外したら次の瞬間一刀の男は視界から、いや、世界から消えていた。
ミニオンは全て死滅し、ラキオスの皆も目の前で起こった事に理解が追いついていない。消えた、それ以外に言いようのない完全な消失。広大な雪原から男の存在は消え、道化の如く佇む二刀の男のみが存在している。
「くっ・・・何処に！？」
二刀の男は視界を凝らし敵を捕捉しようとする。だが、そんなことは無駄だろう。わたし達が道端に転がる石に目もくれないのと同じように。どれだけ目を凝らしても、目の前に存在していてもその存在をわたし達が意識しなければそれは見えた事にならない。
気配を断ったなどというレベルではない、存在の消失。
「やれやれ、これじゃ仕合にはならないな」
見えた。二刀の男の懐で体を折りたたみ、下半身にエネルギーをためている。
「なっ！？」
「もういいよ」
鋭く、紫電の早さを持って鉄板をも貫こう、という蹴りが繰り出される。右足で地面を蹴り、左足で敵の鳩尾を抉るよう穿つように蹴りぬく。
「がはっ・・・」
いとも容易く二刀の男は蹴りで宙に舞い上がる。ほぼ垂直に打ち上げられた男は空中で力なく浮いている。
「もともとの形が悪いんだよ。手があと2本ほどあればマシな殺し合いが出来たと思うぜ」
刀が踊る、中に浮かぶ男の腕を肩から綺麗に切り落とす。
◆◇◆◇◆◇◆
────────Sakuya side
「・・・・さて」
目の前の達磨は先ほど俺が切り捨てたエターナル。永遠神剣『流転』は俺が持っている。今思えば手が4本に増えても剣が2本のままじゃどの道勝ち目は無いか。
「お前がアズマリア女王陛下を殺したんだな？」
うつむいている顔を『此岸』で無理やり起こす。その目には殺意が込められているが。達磨の殺意にひるむほどチキンではない。
「えぇ、僕が殺しました。」
「そうか」
シリアの方を見る、上半身を起こし、こちらを見ている。
「何？」
「・・・・仇は討ちたくないのか？」
「あなたが討ったんじゃないの？」
「まだコイツは生きてるぞ？」
「もう十分よ、ありがとう。」
「・・・・」
「被験者第一号はお前だ」
『彼岸』を抜く、正真正銘の意味で抜く。腕には白銀の刀身、普段は漆黒の刀身だが、こうして『彼岸』の力を押さえ込んでいる戒めを解けば。本来の、すべてを拒絶するような白銀の刀身が姿を現す。
「そ、それ、は・・・」
目の前のエターナルはガチガチ、と口で音を立て、汗を掻き。なんともいえない表情でこの剣を見ている。
「これは、返す。」
『流転』を両足に突き立ててやる。こうすることで殺しても保険を掛けている地点で復活が可能になる。
「じゃあな、次逢う時はもっとましになってろ。」
『彼岸』を目前のエターナルの額に突き刺す、すると額を中心に体は崩れ去り、灰となって消滅した。
『彼岸』を納める。すると場の空気が数段軽くなる。
「・・・寒いな」
魂を高揚させる殺人劇も終わり、感覚を麻痺させる麻薬的要素は全て失われた。すると当然のように正常な感覚が戻り、体には鋭い寒さを伝える。
いくらなんでもこれ以上寒いのは耐えられないので、上着を取りにいく。
「あ〜・・・」
どうしたものか、上着はシリアに被せている。俺は寒いのだが、シリアも上着を剥ぎ取れば寒いのは間違いない。
「何？これ、あなたのなら返すけど？」
「・・・あぁ、いいよ。もう少しだけ羽織ってろ」
“あなた”か。まぁ、当然だな。
『覚えているかも〜。なんて希望的観測してた？』
少し、な。
『あはは、かわいいわね』
む・・・
『拗ねない拗ねない』
くそっ
シリアには甘くなってしまうし『蓬莱』には言いくるめられるし散々だ。
「な、なぁ」
「あん？」
振り向けばカオス側のエターナルが三人ほど。
「黒霧、だよな？」
「あぁ、生きていて残念だったな」
「そ、そんなこと」
「なに、そう思っていても気にはしないさ。そっちの監督者も俺のことなんて気にもかけていなかったんだろ？」
「えぇ、私が見守っていたのはあくまで悠人さんと他四名です。あなたの事は微塵も気にしてはいませんでした。あわよくばロゥ側のシステムを破戒してはくれないかと思いましたが」
「は─────」
「サクヤ、エターナルなのか？」
「違うな永遠者じゃない」
「そんなはずはありません。先程のメダリオを圧倒したあの力は間違いなく上位永遠神剣のものです」
紅白が横槍を入れてくる
「悪いが俺の持つ剣は二本とも永遠神剣じゃないんでね」
『ギリギリだけどね』
「そんなことよりも。何の用だ？」
「それはこちらの台詞です。メダリオを倒してくれた事にはお礼を言いましょう。ですがあなたの目的が分からない限りこちらとしても気を許すわけには行きません」
「はぁ？別に気を許す必要なんか無いだろ。お前らはお前らの目的を果たせよ。俺は俺で勝手にやるから」
「そういうわけには行かないと言っているでしょう。あなたはイレギュラーです、先程の戦闘から見ても実力は確か。動かれれば大局が揺れる。それが良い方向なのか悪い方向なのかはわかりません」
「で？」
「あなたが今後この世界でどの様に動くかが分からなければ、最悪全力で持ってあなたを排除します」
・・・どうしたものか
『面倒だしある程度真実を含む適当なこと言っておいたら？』
そうするか・・・
「面倒は嫌いだからまぁ、当面のことだけしか決めてないけどそれでいいな」
「えぇ」
「ん〜っと、とりあえずそこの彼女とあそこの彼女を借りるな」
“そこ”でシリアを、“あそこ”でリースを指差す。
「借りる、とはどれ位？」
「さぁ？大体俺がメダリオを駆除したんだから、その見返りで貸してくれても良いだろ？」
「・・・・分かりました、もともとあの二人はあなたが居なければここには居ないスピリット達です」
「話が早くて助かる」
シリアの下に行き
「何？」
「おとなしくしてろ怪我人」
首と足に手を差し入れ抱き上げる
「ち、ちょ！？」
手足をじたばたと振って抵抗するシリアを、
「助けられたんだからおとなしくしてろ」
「む────」
こうやっておとなしくさせる。忘れられてもこういったところは変わらないのか。
『当たり前でしょ、消えるのは思い出だけなんだから』
そーなのかー。
とりあえずシリアを抱きかかえたまま、リースのところまで行き。
「どうする、ついて来るか？」
「え────」
「俺たちは一度ソスラスに戻る。皆に付いて行っても良い、俺たちに付いて来ても良い。どうする？」
「え、えぇと・・・」
リースは視線を右へ左へ上へ下へと動かし、やがて俺の視線に合わせるように止まる。
「付いて行きます、あなたに」
「よし」
◆◇◆◇◆◇◆
同日 ソスラス 宿屋
「さて、と」
一部屋とってベッドに腰掛ける。
「で、何の為にソスラスに戻ってきたの？」
「ん？そんなの決まってるだろ、ゆっくりしたいからだよ」
「え、そうなんですか？てっきりシリアさんの怪我の具合を調べるのかと」
いや、俺も一応男だから・・・
「ちょっとリース、流石にわたしは嫌よ」
「俺もちょっと、な。魅力的だが色々と怖い」
「怖いって何よ・・・」
「い、いや・・・」
「それに怪我はもう大丈夫なはずだ」
かぐやが効き目抜群愛情一本ってのたまったぐらいだ、そこそこの効き目があるだろ。
「そうね、不気味なぐらいに今は調子が良いわ」
言いつつお腹をさすっているあたり違和感はあるのだろう。
「はぁ、すごい薬ですねぇ。ぶすり、って刺さってたのに」
「世の中には科学じゃ説明のつかない出来事が山ほどあるんだよ」
「これをその一言で片付けられても・・・」
「まぁまぁ、治ってんだから良いだろ？まぁ、今日一日は安静にしてもらうけど」
「そうですよ。シリアさんちゃんと寝ててくださいね」
「分かったわよ」
半身を起こした状態で深い溜息をついたシリアは、
「一つ聞くけど、なんであんたはわたしを助けたわけ？」
「ん────、言っても理解出来んよ」
「む、引っかかるわね」
「いくら引っかかろうが言っても分からない。分かって欲しくも無いしな」
「何でですか？」
「─────多分、我慢できなくなる」今でも何とか抑えているのがやっとだって言うのに。
「ふ〜ん、何をかは知らないけど。これ以上の追求は止めとく」
「助かる」
「じゃ、俺は外に出てるから、そっちで傷口の確認は頼む」
『ねぇ、シリアを縫った髪は？』
あぁ、髪だって抜ければマナとなって霧散するだろ？
『そうなの？』
そうなの。だから、それを利用して、２時間で消滅するようにしといた。
『ふ〜ん、澄ました顔してテクニシャンね』
コイツ
◆◇◆◇◆◇◆
同日 深夜
コト・・・
グラスをテーブルの上に置く、窓際のテーブルの上には月明かりが優しく落ちている。
「ふぅ・・」
暗い部屋の窓の外には雪の積もった屋根と月光を反射する雪、そして星屑の幻想と十六夜月。
シリアの腹部には当たり前のように傷は無かった。縫合に使った髪の毛も霧散していて、傷がそこにあったという痕跡は既に記憶にしかない。
二人はベッドの上で寝ている。リースもシリアも規則的な寝息を立て寝ているが、リースの方が若干寝相が悪いようだ。掛け布団を丸め抱き枕のように抱えて幸せそうに寝ている。部屋は十分に暖かいので布団があのように乱れていても問題ないだろう。むしろこんな見ず知らずの人間が側に居るのにリラックスして寝ているのが嬉しい。
グラスに蒸留酒を注ぎ、手に取る。グラスの中で氷が傾き音を立てる。グラスの中の液体を一気に煽る。
「あまり美味くないな・・・」
宿屋のロビーに売っていた安物の蒸留酒は矢張り安っぽい味しか持って居なかった。別に酒を飲みたかったわけでもないが紅茶を飲めるはずも無いので仕方なく飲んでいる。
空になったグラスを置き、今一度窓の外を眺める。景色は何も変わらない、この景色が数日後も健在なのかそれとも世界ごと崩壊するのか。それは─────────
「寝ないの？」
「・・・・必要ないからな」
不死者となった今睡眠は必要が無い。別に眠ることも可能だが別にしなくても問題が無いのならしない方がいい。言ってしまえば食事だって必要ない、お腹はすくが食わなくても何の支障も無いのだ。だが、こっちは言い様のないイライラがつのるので食事は取る。
「一人寂しく月見酒をする若者にわたしが付き合ってあげるわ」
グラスをもう一つ取り出し、
「いや、それなら紅茶が飲みたいな」
「そう、なら淹れてあげる」
数分後テーブルの上にはカップが二つ並ぶ、いつもどおりの香りと色がある。
香りを味わったあと、紅茶を飲む。味もいつもどおり。
「ふぅ、美味いな」
「ありがと」
カップの中の紅い液体の中に月が映える。
ゆらゆらと揺らめく月はぼんやりとその存在を主張している。
「・・・溯夜、久しぶり」
か細く、耳に届く前に消え入りそうな声は、深く確実にそして電光石火の如く俺の脳に染み入った。
To be continued
あとがき
でっかいブラフを残して次へ続く、王道ですね。手段も話も今回は私の性格に似合わず王道です。危機に瀕したヒロイン、そこに颯爽と現れヒロインを救う主人公、ほら王道。王道じゃないのはヒロインがメイド服を着ているぐらい、いや、これはこれで王道か？
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