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目の前には巨大な水泡に包まれた羽衣

足元には水、しかもその中にはどう見ても龍としか言いようの無い生き物が泳いでいる。

横を見ればトカゲが歩いている、だがこのトカゲ体中が炎に覆われている。

人生でもっとも訳の分からない場所に連れて来られた。


『さて、どこから話したものかしらね』
「ん?」
脳に直接響く声、音を耳で捉えるのとは明らかに違う感覚が脳を貫く。『幽玄』と話すときに酷似している。

『溯夜、かぐやは?』
「あー、外にいると思うけど」
『呼んで』
「は、はぁ・・・」

とりあえず扉の所まで言ってかぐやを中に呼ぶ。

「何?一人じゃ不安?」
中に入ってきたかぐやはとりあえずケラケラと笑っている。
俺に向けられた言葉ではないということは分かるが・・・

『まさか。仲人みたいなものよ』
「妬けるわねぇ」
かぐやはさっきから水泡を、いやその中にある羽衣を見ながら会話をしている。

「なぁ、この羽衣って何なんだ?声は『幽玄』に似てる気がするけど・・・」
『あ、自己紹介してなかったわね』
「私以外の人間に1300年ぶりに逢ったからって緊張してるの?」
『それこそまさか、よ』

『初めまして、って言うべきかな?私は永遠神剣番外『蓬莱』、実際は永遠神剣じゃないけどそういったものだって認識してくれれば良いわ』
「そ、そうか・・・」
かような方であらせられましたか・・・

「で、かぐやが言ってたここに連れて来た理由って・・・」
『そ、私が無理言って連れてきてもらったの。『幽玄』が世話になったわね』
「む、お前と『幽玄』の関係は何なんだ?」
『? あぁ、かぐやは本当に何も言ってないのね。いいわ、『幽玄』はね私の右の袖の肘から先を切り落とすことで仮初の独立を得た神剣よ』

・・・こめかみを押さえる、えーっとつまり・・・

「中身は同じ?」
『えぇ、筐体に大きな差はあるけど、ソフトに大きな差異は無いわ。口調は変わってるけどね』
あ〜、なんかかぐやに似てる気が・・・

『それで、こんな事を聞くのも野暮だけど、何の用?』
「いや・・・俺もかぐやに連れて来られただけだからな、何をどう望めばいいのかさえ分からん」
『かぐや?』
「ごめんごめん・・・ちゃんと説明するから」
下をペロッ、と出して頭を下げるその姿は外見の年相応のあどけなさを感じる。

「んじゃ、概念の説明を口でするのは面倒だからこっち向いて」
「ん?あぁ」
口で説明しなくてどう説明するのかを聞きたかったがまぁ、止めておこう

「む・・・ちょっとかがんで、私は身長そんなに高くないんだから」
「はいはい」
方膝をついて視線を合わせる、というか俺のほうが低くなる。

「さて、と」
かぐやが人差し指をかざし、目を閉じる、すると指先に青白い火が灯る。
「んじゃ、何も余計な事を考えないで目を閉じて」
「ん」

目を閉じ、思考を停止させる。

───
─────
───────

エタ■■■■3位■上永■存■■老世■間■■き来忘■ロ■エタ■ナ■カ■ス■タ■■ル■上■■在世■永■■争再■の■マ■爆■根■■消■ロ■■ス運■■命────

「!あ、くっ・・・」
「がまんして、一番手っ取り早い方法なんだから」

■老不■無■の永■彼■絶■の破■権■■莱の■大■点■境■五■の難■月■天■密■■■■リアン■■ラゴン■■ッタ■莱■■海無■有浄■月の■は■さの■い正■者の■蓬■■形夜■の■影殺■業■神■斬────

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
全身で否な汗をかいている、気分は最悪、だが頭は新規の情報の量に比べすっきりとしている。
「どう、説明できたはずだけど?」

「確かに・・・上位永遠神剣がどういったもので、『蓬莱』がどういった物なのかも分かった。なんかノイズが多かった気がするけど・・・」

「ん、よしよし。成功ね。ノイズは私がなれてないからね」
「脳に情報をインストールってこういうことか・・・」
「えぇ、貴方はそれを無意識で行っているけどね」
全くだ

「じゃあ、私は用があるから少し外すわね」
そういってかぐやはこの空間から出て行った

『さて、貴方はすべての判断材料を得た、すでに神剣は無い』
まぁ、その神剣はほぼ無理やり奪われたものだが
『なら、このまま回れ右して元の世界で安穏とその人生を終えるか』
元の世界、ってのはハイペリアのことだろう。つまりもう一つの選択肢は
「ここであんたと契約して不死者となるか・・・」
この2択

『さぁ、あなたにここで成すべき事はあるのかしら?』
「・・・もちろん。ここでするべきことがあるからこそ俺はここに居る、かぐやの干渉があったとしても何かすべきことがあるから俺は生きている」
なんてローブ・クライブみたいな事を言ってみる

『あら、以外に前向き』
「と、言うのは建前で、柄にも無いけど守るために何かするのもいいかな」
『似合わないもんねぇ、正義の味方なんて』
結局はそう
「そ、俺にはそんなもの似合わない。危機に瀕している人を守る都合のいいヒーローではありえない。
だけど、だからといって死ぬ必要が無い人間が死ぬ理由にはならない、俺が契約しなかったら。あいつ死ぬし」
『幸せ者ねぇ。あ、もちろん幸せなのは溯夜ね』

「は─────まぁ、そういうことだよ。俺が契約しなかったらロゥかかぐやの手であの世界は消滅するんだろ?だったらさ、正義の味方とはいかなくても縁の下の力持ちぐらいならやってもいいんじゃないかな」
『でも、20年よ?』
「確かにね、俺がここでお前と契約したら、今まで会ってきたすべての人の俺と過ごした時間を無駄にさせるわけだしな。なんと言っても両親にあわせる顔が無い」

まぁ、でも
「はっきり言って俺は居ないほうがいいんじゃないかな?なんたって人殺しだ、学校でも俺に話しかける、なんて物好きは少なかったし。教員だって授業中意図して俺を指名しないこともあるしな」

「二人には迷惑をかけたよ。だから、ここで契約すれば、両親も俺という枷を外せる、俺も自分の目的を目指せる」
『ふぅ・・・勝手な想像だけど、多分あんたの両親はそんなこと望んでないよ』
「・・・・だとは思うけど、またなんで?」
『ん〜?溯夜の両親なんでしょ、だったらそんなこと考えるとは思えないし』
「む、喜んでいいのか?」
『えぇ、両手を挙げてどうぞ』


沈黙が降りる、先ほどまでの軽い雰囲気は一瞬にして消滅し、水中を行く龍も炎を纏ったトカゲも居なくなった。

『溯夜───』
音は同じ、だが質が大きく異なる声
無言で水泡の中の羽衣になおる

『───問おう、私と契約すれば世界から必要とされなくなる、その時貴方は如何するか?』
「関係ない、君は俺を必要としてくれるだろ?」
『む・・・、まさかそう返してくるなんて』

『最後に、これは個人的な質問ね。シリアにも忘れられるけどいいの?』
「いい、俺は別にファンタズマゴリアに住む人や生き物を見ているわけじゃない。ただシリアだけを見ている。シリアが生き残れば他は知らない、他がいくら死のうがシリアが生きているならそれで良い」
『歪、ね。そんな一方的なもの彼女は認めないかもよ』
「確かに。歪かもしれない、壊れているのかもしれない。それでもさ、いいよ。だって、好きなものは仕様が無い」
『仕様が無い、か。あなたがいくら此処で納得してもあなたを視界の端にも収めない彼女を見たら揺らぐんじゃないの?』
「遠くから見ているだけで十分だ。近くに入れればそれで良い」
『なんで?シリアは死ぬまで貴方を見てはくれないのに』
「は────それがどんな形であれ好きな人の近くにいたいと思うのは」
『・・・・・当たり前ね』

『分かった、じゃあ。水泡の中に入ってきて』
言われたとおり水疱の中に体を沈める
「ん?水じゃない・・・」
体は重力を忘れたかのように浮き、息苦しさもまるで無い
『あぁ、これは水じゃなくてマナだから純粋な、ね』

『じゃ、契約に移るわね。すべては溯夜次第だから』

「告げる、
汝は永劫の時を駆ける者、
我は刹那を生きる者。

誓いを此処に。
根源が果つるまで汝を手に、成劫、住劫、壊劫、空劫の降り積もる時の輪の外に在り続ける─────」

『────『蓬莱』の名に懸け誓いを受ける
我悉く 汝が盾に
我悉く 汝が剣に
溯夜、汝を我が主と認めよう』

羽衣をしたから掬い上げるように手に取る、青白く発光を始めた羽衣は、俺の手に触れた瞬間────

「くっ───────」

全身を苦痛が襲う、体を作り変えられる、生命としての規格を大きく抜け出すが故の登竜門。
否、死が無い存在となるのだからこの苦痛が俺の人“生”最後の苦痛かもしれない。

次いで何かが体中に染み渡る感覚、隙間があった場所にはすべて『蓬莱』の力がしみこんでくる。
『幽玄』の頃とは違う圧倒的な力の胎動を感じる、確かにこれほどの力を持っているのが敵ならあの大陸も消滅するだろう。

やがて全身に力がいきわたり、目の前の羽衣は俺の手の中にあり、包むように浮かんでいた水疱は消滅した。

『───、此処に契約は完了した。此れより我は汝の盾となり剣となり、あらゆる敵を切り裂こう』

◆◇◆◇◆◇◆

手には以前羽衣がある、重さを感じさせないその羽衣は一転の曇りもなく、皺もなく、俺の手におさまっている。
『さて、形を決めましょうか』
「ん?これがお前の形じゃないのか?」
『いえ、私は基本的に千変万化。その羽衣はかぐやの趣味よ』
目線を羽衣に下ろす、これが・・・

『そう、ね』
ぽぅ、と羽衣が光り始め、熱を持つ。だが、熱いというわけではなくどちらかというと、「あぁ、こんな暖かさの縁側で横になったら10秒と耐えられずに寝るだろうなぁ」ぐらいの心地よい温度、抱きしめたら寝てしまいそう。

『あ〜、声に出てるから』
「む・・・」

『さて、こんなもんかしらね』
光が集束していく、熱もそれと共に引いていく。
光が消え、熱も失せ、残ったのは。
「外套と、刀だな」
『外套と刀ね』

外套を着込み、刀を手に取る。
「そしておもむろに振ってみる、と」
軽く横なぎに振る、刀の通った跡にはマナのフレアが残る。
「お」
『いい感じね』

「終わったみたいね、それに見た感じいい按配だし」
かぐやが扉から入ってくる。
身に纏っている十二単もその黒髪も場の雰囲気さえもかぐやの為にあるといっても過言ではないのに、その右手に握られている発泡酒の缶が全てを台無しにしている。

腰に手を当て缶ビールをあおる姿はまさしく“一仕事終えてきました”という感じだが、いかんせん見かけ中学生程度では犯罪のように見えて仕方ない。

「さて、溯夜、終わったならこっちに来なさい。渡すものがあるから」
『ちょっと、かぐや、まさか・・・』
「何?貴女の契約者なのだからアレは持つべき物よ」
『そうかもしれないけど』
何の話だ?

「とりあえず、溯夜、きなさい。『蓬莱』は本来二刀なのよ」
「え、そうなのか?」
『えぇ、滅多にもう一刀は使われることが無いけど』
「へぇ・・・」

かぐやは先ほどから立っている水面に手を当てるとなにやら唱え初める。

「ぉ!?」
と、先ほどまでアスファルトのように固かった水面が突如その硬度をうしない、沈み込む。
『あ〜、落ち着いて、私を着ていればとりあえず呼吸は出来るから』
そういう問題ではない、水の中にそれ相応の準備も無しに入るという行為がですねっ───

とか思ってるうちに全身水に浸かる、確かに水中では呼吸が出来た、水の中に居るという実感こそあるが、別に水圧を感じるというわけでもない、どちらかというと浮遊しているというのが的を得ていると思う。
水中を見ても何も見えない、下を見れば見るほど冥くなっていくのは分かるが、その先に何があるのかということはさっぱり。
『あ〜、かぐやに置いてかれてるわよ。ほら、さっさと行った行った』

──────────────────────

レユエの月 緑みっつの日 アズマリアの墓
────────Ciliya side
最後の敵が姿を消す。
まるで空にある何かを掴むかのように、溺れ沈み行く体を支えるための何かを手に掴むために。天に向かって伸ばされたそれは結局何も掴むことは無く虚空に消え去った。

「ふぅ・・・」

アズマリアの墓の前に腰を下ろす
墓石を背もたれにして眠るように目を閉じる。
鼻をくすぐる草木の薫り、少し強い日光を墓の側の菩提樹が遮り木陰を作っている。


気が付けばアズマリアの墓の前に立っていた。
守護者の洞窟から何の前触れも無く、何の脈絡も無く目を開ければここに立っていた。
洞窟では死を覚悟した、どうしても助からないと思った。

だけどわたしはここに立っていた。
ラキオスに戻る気は不思議と起こらなかった、少なくとも守護者と戦う前のわたしだったら一目散に、まさしく飛んでラキオスに戻るだろうという確信があるのに、今のわたしはラキオスに戻ろうなどとは欠片も思わなかった。

多分何か失くしてしまったんだろう、それが何なのかは見上げた空も答えてはくれない。
墓守まがいの事をするようになってから自分の時間が止まっていると思うようになった、止まった理由は何か失くしたため。否、──時間が止まっていると思うようになったから何か失くしたと思ったのだ。

先日、流石に飲まず食わずでは居られないのでイースペリアに行って来た。未だ完全に復興しているとは言い難い町並みはわたしとは対極に位置しているように見えた。
町の人も町も確実に進んでいた、最近になって現れるようになった新たな敵のために街の外壁をより強固な物にしながらも、確実に未来へと進んでいた。

そんな中わたしだけが止まっていた、別に大通りの流れに逆らっているわけではない、ただわたしだけが未来に向けて進む事を諦めていた。
けど、実際は諦めたのではなく、進むことが出来なくなっていた。

今のあたしは歪だと思う
一見どこにも不備はなく完璧に見える
だが、形の上で完成していても動いていない、まるで人形のように

失くした物は鍵、二度とまかれることの無い心のネジ────────だから時計は刻まない。わたしは、動かない。





「・・・・・」
いつの間にか眠っていたらしい。
目を覚ませば太陽は西に大きく傾いていて、草原も湖も墓石もわたしさえも紅く染め上げている。

近づいてくる気配は三つ、強さは───多分雑魚だろう、近づく気配には迫力というものを感じない。
こういったことには敏感に出来ている体は既に両手にナイフを構えいつでも投擲が可能な状態に出来上がっている。

丘を3人のスピリットが登ってくる
黒青赤で構成されたグループはまっすぐこちらに向かってくる。


「やっぱり、シリアさんでしたか」
どこか安堵したような言葉と溜息を吐くのは真ん中のブルースピリット。
「・・・久しぶりね、セリア」
「えぇ、本当に久しぶりです。そして心配しましたよ」
おそらく心配の内容はわたしが死んだことだろう、保存食を買うためにイースペリアに寄ったとき踏まれくしゃくしゃになった新聞にラキオススピリット隊が始めての死者を出したと書かれてあった。

「? 泣いていたのですか?」
「え?」
言われて手を頬に添えてみればまだ乾いていない涙の後がそこにはあった。
「・・・見たいね、よっぽど酷い夢でもみたのかしら」
「夢、ですか」
「そうよ、貴女だって見るでしょ」
ポケットからハンカチを出して、涙の跡をふき取る。

「それで、何の用かしら?」
「え?」
「わざわざ首都からこんな辺境にやって来たのだからそれなりの理由があるんでしょ?」
「もちろんです、最近このあたりでミニオンを狩り倒している者の存在が確認されていたのでその確認に来ました」
「そう、なら確認は取れたでしょ、もう帰ったら?」
ナイフをしまって今度は墓石じゃなく菩提樹に立ったまま背を預ける。

「そうも行きません、その存在がシリアさんだった場合連れ戻すよう言われています」
「何でまた?」
「それは───────


セリアが頼んでも居ないのに説明を始める。
その内容は最近出現するようになった“ミニオン”と呼ばれるスピリットよりも上位の妖精。
そのミニオンを従えるロゥ・エターナルと呼ばれる組織。
そして、このまま行けば世界が滅びるということ。


───────」

「そ、興味ないわ。帰って頂戴」
「なっ!?」
明らかに狼藉した声、わたしの返答は予想の範疇に無かったのだろう。
「あなたは何をいっているのですか?世界が滅びるんですよ?」
「どうでもいいわ、そんなこと。滅びるのなら受け入れればいいじゃない。悪あがきなんて見苦しいわ」
「っ!!あなたはっ!!」
セリアが腰にしていた『熱病』を引き抜く、その目には怒りと殺意が湛えられている。

「ダメ・・・」
そのセリアの前に片手を差し出し制したスピリットは今まで沈黙を通してきたナナルゥ。
「シリアさん、戻ってきてはくれないのですか?」
「えぇ」
「そうですか、なら仕方ありませんね」
ナナルゥも『消沈』を構え体内のマナの制御を始める。

「力ずくでもつれて帰ります、これは、命令ですから」
淡々と無感動にナナルゥは言葉をつむぐ。
彼女の周りは高濃度のマナで満ちているのだろう其処だけぼやけた様に景色が霞んでいる。
「ごめんなさいシリアさん」
ヘリオンも腰の『失望』に手を添える。

「二人とも!!」
セリアが二人を抑えようとする、おそらく彼女だけがいまだに平和的解決が可能だと信じているのだろう、なまじ冷静なために今までのわたしからこの言葉が本気でないと推測しているのだろう。

「シリアさん、いいんですか?皆誰一人の例外も無く死ぬんですよ?あなたもリースも私たちが負けた瞬間に」
セリアが声を張り上げる。残念ながらわたしの台詞は本気だ、本当に何もかもどうでもよくなってしまった。
「煩いわね、さっきからグダグダと。やるならさっさとやったら?
このまま何もしないのならあなたの次の台詞と同時に殺すわ、この静かな夜にあなたの声は無粋すぎる」


To be continued

あとがき
途中に出てきた。
さて、やっぱり契約しました。シリアも出てきました。
知ってる人は知っているこの後ですが、一応伏せて起きましょう。

今回のタイトルの由来ですが。「東方紅魔郷 〜 the Embodiment of Scarlet Devil.」のステージ4道中のテーマ、「メイドと血の懐中時計」から頂きました。


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