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スリハの月 赤ふたつの日 ミエーユ
《サクヤ、聞いてるかい?》
「聞いてるよ。で、なんだ?」
年も暮れる師走のある日、いつかと同じ方法で天才から連絡が入った。
《早速だが、今週末か来週の頭にでもユート達がマナ障壁を越えてそっちに行く。》
早速というか、ようやくだな。
《そこで、サクヤ達にはミエーユで待機しろ、との命令だ。》
「ああそうかい、で他には?」
《死ぬな》
ああそうかい
「で、なんで死ぬな。なんだ?」
《一応敵地だからな、約束の時間はユート達がマナ障壁を破るまで、だろ?》
「マナ障壁が消えたら、まぁ、それまでだな。」
一応敵地だし
《つまり、マロリガンの攻撃を受けても助けはない。》
「期待してない」
この状況で期待できるのならそいつは奇特だ。
《あと詳しい話はユートから聞いてくれ》
「そうする」
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スリハの月 緑ふたつの日 ミエーユ
先程まで鳴り響いていた戦闘音も消え、街は静寂が支配する
先程ラキオス軍が怒涛の勢いで進軍しマロリガン兵を蹴散らしていた。
「溯夜さん、戦闘に参加しなくて良かったんでしょうか?」
当然3人とも部屋の中から先程の様子を眺めていただけ、わざわざ参加なんてしない。
「いいのよ、わざわざ疲れるようなことしなくても。」
「シリアの言うことも尤もだが、そろそろラキオスの方に顔出さないとな。」
街の中心部で傷を癒したり、捕虜をまとめたりしているラキオススピリット隊を発見。
実に5ヶ月ぶりの再会な訳だが、5ヶ月あればいやはや
「5ヶ月で結構変わったな」
その言葉で皆が俺達に気付く。口々にいろんな言葉を投げかけてくるが、皆疲労していてその場を立ち上がってまでこっちに来ようとはしない。
「黒霧、久しぶりだな。そっちは何も無かったようでよかった。」
「久しぶり、だな。」
そういって皆を眺め見る
「・・・そっちは結構色々あった見たいだな。」
俺の視線の先にはこんな再会をするとは思わなかった、ブラックスピリット。
「あぁ、オルファが見つけて。その後色々あって今は味方だ。」
「そうか、実に頼もしいな。」
言葉に嘘は無い、本気で言っているつもりだし。頼りになるのは間違いない。
「まぁ、ウルカは置いといて、だ。」
今度は視線をアセリアに移す。
「アセリアの黒いハイロゥはなんだ?」
視線の先のブルースピリットは5ヶ月前よりも無表情に拍車がかかり、その表情からは何も考えていないことが分かる。
「・・・今は説明してる時間が無い、あとで必ず説明する。だから今は聞かないでくれ。」
高嶺はきつく拳を握り、口を固く結ぶ。
「まぁ、何も聞かないけど。」
ヨーティアに神剣に呑まれた精神の回復法は教えて置いたはずだが、まぁ、戦時中だからマナを大量に一人のスピリットのためにつぎ込むなんて出来なかったんだろう。
「それで、いつごろ出発するんだ?」
見たところラキオスのスピリットに欠員は見られない。消耗は激しそうだがその辺は経験から言って根性論でどうにでもなりそうだ。
「さっきも時間が無い、って言ったけど。マロリガンでマナ爆発が起きるらしい、それを止めるためにも急いでマロリガンにたどり着く必要がある。」
「つまりそんなに休む時間は無い、って事か。」
「あぁ、だから消耗の無い黒霧達に無理を言うと思う。」
「あ〜、それぐらい気にするな。むしろ平和ボケして腕がなまってるかもよ?」
実際この5ヶ月実践は皆無、木刀でリースに稽古をつけたりしたが、実戦に勝るものは無い。
「そうだとしても、無理はきいてもらう。」
「おや、お前も変わったようだな。」
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同日 ミエーユ、マロリガン間の道
結局休んだのは1時間程度、戦闘を俺とシリアとリースで8割以上受け持つことで消費を限界まで下げているようだが
「まだ碧達と接触してないって話しだし、いつぶつかることか。」
『その内ぶつかりますよ、焦らなくても大丈夫です。』
焦っているつもりはないんだがねぇ。
だがこのまま行けばマロリガンについてしまう、市街戦に持ち込むつもりだろうか。
『そうでもなさそうですよ』
あ〜、らしいな。
前方にマロリガンの稲妻部隊、先頭には
「光陰──」
「よっ、悠人。久しぶりだな。」
どこまでも三文役者な碧少年。
「邪魔、なんだけど──」
シリアが敵意を隠さず碧に言い放つ
「へっ、でも邪魔しないとダメなんだよな、これが。」
「光陰、なんで俺たちが戦わないといけないんだよ!?」
高嶺の疑問もまぁ、当然だろう。俺にはどうでもいいが。
「俺にも、そして大将にも譲れないものがある。」
碧はゆっくりと、そして反論を許さない迫力を言葉にこめ、喋る。
「俺には今日子より大切なものはこの世界にも向こうの世界にもない、お前が佳織ちゃんを助けたいように、俺も今日子を護りたいんだよ。」
「高嶺、交渉決裂だ。」
『元から交渉する余地なんてあるように思えませんでしたが。』
それは、確かに。
「黒霧まってくれ!!」
「・・・待つ時間があるんなら待つけどな。」
空を見上げればどう考えてもありえない空模様、上空の空気の流れは一定しておらず所々で渦を巻いている。カメラが無いのが実に惜しい。
「待つ時間なんて無いだろ? 俺が碧の相手をする。」
「黒霧・・・頼む、光陰の相手は俺にやらせてくれ」
「それは暗に自分の手を汚さずに岬を始末してくれって言ってるのか?」
「っ!──────分かった、黒霧、ここは頼む。」
「頼まれましたっと。」
刀のサイズの『幽玄』を持って前に出る。
「やれやれ、黒霧が相手か。予想通りだけどな。」
「なら、やれやれなんて言う必要ないんじゃないのか?」
「・・・そうだな」
俺と碧の緊張は臨界まで高まっている、いつ爆発してもおかしくない。
「光陰、黒霧・・・」
いつ殺しあってもおかしくない空気に場が包まれている事に気付かないほど高嶺も鈍くはない、だが親友が死ぬかもしれないという不安が足をその場にとどめさせる。
「どうしたんだ、悠人?さっさと行けよ、俺と黒霧、生き残った方が追いつくさ」
「ちっ・・・なら、俺か。」
「・・・・二人とも悪い。」
そういうと高嶺は皆を連れて先に走っていった、残ったのは俺一人。
「さて、高嶺も行ったし心置きなくやれるな。」
「あぁ、だがな俺は負けない。悠人に追いつくのは俺だ、今日子を護るためにも俺は絶対にお前を殺して悠人に追いつく。」
その目には確固たる意思がある、何を言っても動じない岩のように固く重い意思がある。
「この護るための力で俺は────」
「・・・・想いが変われば事実も変わるとでも思っているのか? 貴様はその剣が『守る為の剣』とでも?
その重厚な剣の何処に守る要素を見る。 剣は、殺す為の物だ。 俺やお前の剣なんて特にな。」
「・・・・・」
「護るため、なんて言う奴に俺は殺せない。」
「死ぬのは貴様だ。」
緊張は、弾けた───
厚みのある双剣が刀を受け止める、返す刃で下段を狙ってもこれも受け止められる。
技量もあり、力もある、今まで戦った中で3番目くらいに強い。
一合、二合、三合・・・・
剣戟は終わりを見せない、ひたすら切り合い続ける。
片方は質量と力、そして回転で得た遠心力での一撃必殺を狙う。
もう片方は速さと技の二つで致命傷を狙う。
拮抗・・・素人目に見ればこの舞台はそう写るだろう。
だが実際は違う、長大な双剣を使う少年は戦闘スタイルから言って持久戦に向かない、その破壊力に物を言わせ防御の上から颱風の如く破壊する。
しかし、そうはいかない。颱風は悉く細身の剣に勢いを奪われる、そして細身の剣は奪った力を乗せ、さらに速く、鋭くなって双剣の少年に翻る。
素人目に見れば拮抗している戦いも見るものが見れば片方に優位な展開だと分かる。
双剣の少年は殺されないためにも一撃必殺を狙うしかない、気を緩めれば死につながる。
細身の剣を握る少年は攻撃毎に剣閃を鋭くする、相手の力を吸収しているとはいえ攻撃毎に鋭くなる剣閃を見れば少年の余力は底が見えない。
戦いは仕組まれた激化を見せる、剣戟の音は甲高くなり、剣が風を切る音は鋭くなる。
周囲に軽い風が起こる、剣と剣のぶつかり合う一点に空気が呼び込まれる。
剣が合わさるたびに二人の間は真空になる、次に剣が合わさるまでの僅かな間に周囲の空気が流れ込んでいく。
双剣の少年はこれほどまでに実力差があるなんて思っていなかった。楽に倒せる、とまで思ってはいなかったが負けるなんて思っていなかったのも事実。
だが始まってみれば拮抗どころか攻める余裕すらない、ただ延命のために攻撃し続けるしかない。
自身の限界を測られている、相手には自分の力量を推し量るだけの余裕がある。
やれやれ、実際に殴りあわないと相手の実力も分からないなんてな。野生の生き物は睨むだけで相手の力を推し量るっていうのに。
剣戟はより強く、より速く、より重くなる。攻撃を緩めれば殺される、防御に回る時間は無い。
結局どれだけ護ろうと想っていても剣は殺すためのものだった、ひたすら攻撃するしかなかった。
悔しかった。目の前で刀を振るう少年は表情を崩さない、今自分が生きているのだってサービスみたいなものだった。
生かされている、その事実に気付かないほど鈍感でもない。
「あぁぁぁあぁぁ!!」
青白く光るマナの塊が二人の間に発生した、作り出したのは双剣の少年。
状況を打開するために決死のタイミングで作り出した逆転の一撃。
だが刀を振るう少年がその隙を見逃すほど甘くは無く、結果左腕の肘から先が無くなった。
光弾が炸裂する、場は白い光に包まれる。
次いで爆音。
「やれやれ、結構お気に入りだったんだけどな。」
外套を所々焦がした刀の少年が煙の中から立ち上がる、体のほうに傷は恐らく無いだろう。
「手と引き換えにしては安すぎるな、ちょっと。」
相対する場所から双剣の少年が起き上がる。
「そろそろ、終わらせたんだけど。」
「いいぜ、こっちもこの体じゃ満足に戦えねぇ。次で決める。」
「永遠神剣第5位『因果』の主、コウインの名において命ず────」
双剣の中心に圧倒的密度を持ったマナの塊が生まれる。
「ねがわくは 花の下にて 春死なん───」
振りかぶった刀は桜色に発光し日も暮れようとしている荒野の一角が昼間の明るさを取り戻す。
「轟く奔流となりて彼の者を包み込め!!」
龍の咆哮にも似た光線が射出される、障害は全て圧砕し目標に迫る。
「そのきさらぎの 望月のころ─────」
振り下ろされた光の柱はその剣閃に従って光の波を生み、万物を蒸発させ断層を生みながら目標に迫る。
光の奔流と、光に断層は────
────────Yuto side
「!」
背後を振り返ると目の前で白熱灯が光っているのかと錯覚するほどの光。
数秒の間を置き轟音が届き、音も光も消滅した。
「今のは・・・」
「ふむ、『因果』と『幽玄』も決着がついたようだな。言葉遊びの戯れは矢張り児戯に終わった、ならこちらも決着をつけようか。」
『空虚』が戦闘開始の宣言をする、今日子は“殺して”と呟くだけで結局ダメだった。
「『求め』の主よ、一つ言わせてもらおう。」
「なんだ?」
「仮定の話として我が契約者の精神が戻ったとしよう、ならば貴様は誰に償えという?」
「え・・・」
「死んだ者を相手に償いなど出来るわけは無い、かといって生きている者に償おうとしても無意味だ。ならば貴様の先程の言葉は償えと言うだけで誰に償うかが欠落している。
何故償うか、誰に償うか、これは二つで一つの命題だ、前者だけなら誰に償うかがあいまいだ、後者だけならそもそもそれが贖罪になるのかも怪しい。」
「そ、それは・・・」
「貴様の言うことは言い訳に過ぎない。」
『契約者よ惑わされるな、『空虚』の言葉に揺らぐほど汝の決意は脆かったのか? 汝の求めがあるならば力で奪い取ればいい。無理を通して道理を引っ込めろ。』
「・・・・俺は絶対に今日子の心を取り戻す!!」
──────────────────────
────────Sakuya side
「ん〜、終わったかな?」
スピリットやエトランジェの気配がたくさんある所に来た、結局高嶺に追いついたのは俺。
「碧、口ほどにも無かったな。 根性は口ほどかもしれなかったが。」
それも今はどうでもいいことか。
『そうですよ、踏み越えた人間のことなんて考えるだけ気苦労が増えるだけです。生き物ならば生き物らしく生きている事を考えなければ、死に物の事は死者に考えてもらえばいいんですよ』
そうだな。服も焦げたしどうしたものか。
「ん〜、決着ついたか?」
一斉に皆が振り返る、人だかりの所為で一番重要なところが見えない。
「こっちはいわばハッピーエンドよ。」
シリアが俺の知りたかった事を言ってくる、受験発表で番号が無いと見る前に言われた気分。
「あ、そ。」
「黒霧っ!!」
高嶺が人垣を割って出てくる。
「黒霧、光陰は!?」
「ここには居ないぜ。」
見りゃ分かるだろうが・・・
「それじゃ、光陰は。」
高嶺が膝をつく。
「ご想像にお任せするよ」
視線の先にはマロリガンのグリーンスピリットに介抱を受ける岬の姿。
一体どうやったらハッピーエンドに持っていけたのか甚だ疑問だ。
『『空虚』に意思が感じられませんね、恐らく神剣の力は残して『空虚』という意思だけを殺したのでしょう。』
なかなか器用なことするな。
『成功すると思って成功させるとは、怖いですねぇ。』
「黒霧、光陰は?」
今度は岬が聞いてくる、さっきの話を聞いてなかったのか?
「高嶺にも言ったが。まぁ所詮児戯だったのさ、実力が伴わなければ何を言っても戯言だ。」
「あ、あんたっ!!」
手をついて起き上がろうとする、片方の手にはしっかりと『空虚』が握られている。
だが、高嶺との怪我がまだ治っていないらしく起き上がることは出来なかった。
地べたに這いつくばり親の仇を見るかのような目でこっちを睨んでくる。
とりあえず岬に背を向け、背中に殺気を感じながら高嶺のところに戻る。
「いい加減起きろ。」
膝と手を地面につき、ひざまずいている高嶺に蹴りをいれ無理に覚醒させる。
「マナ消失が起きるんだろ?こんな所で油売ってる暇は無いぞ。このままじゃイースペリアの二の舞だ。」
マナ消失という言葉に高嶺が反応し、ようやっと立ち上がった。
「分かった、今からマロリガンに行って大統領を止める。」
無理やり自我を押し殺している。だが、こっちには目を合わせない。必死なのが良く分かる。
「やれやれ、高嶺はここで岬と留守番してろ。せいぜい二人で傷を舐めあえ。」
「なっ、何言って・・・」
「今のお前に来られてもはっきり言って戦力になりそうにない。それに時間も無い、お前が冷静さを取り戻すだけの時間はな。」
「・・・・わかった、頼む。」
──────────────────────
同日 マロリガンエーテル変換施設
「溯夜、何でわざわざ焚き付けるような事を?」
「ん? さぁな、もしかしたら羨ましかったのかもな。」
「成る程ね、あんた友達いそうにないし。」
「暇にならない程度の友達ならいるさ。」
「それは友達なのかしらねぇ?」
それは、どうだろうか・・・
「・・・・・」
目の前にはヨーティアの説明によると施設の影響で強くなった、使い捨て決戦兵器3体。
「さて、どうしたものかしらね。」
シリアが面倒くさそうにナイフを取り出す、いつ見てもどこからどのように取り出しているのか分からない。
「ん〜、3体か。」
どれも個々の強さで言えばラキオスの面々を上回っている、単体で戦って勝てるのはアセリア、エスペリア、ウルカ、シリア、それと俺くらいか。
「あんたが一体受け持って、わたしも一体受け持つ。残りの一体を皆が受けもてばいいんじゃない?」
それって、聞き様によってはかなり皆を馬鹿にしてませんか?
「俺が3体受け持つ、俺を突破してきた奴を皆で撃破してくれ。ここで全体の消費を増やすよりも誰かが戦闘不能になっても全体の消費を抑えたほうがいい。」
この先何があるか分からない状態でいたずらに被害を分散させることもない、それなら一点にダメージを集中させてでも全体のダメージを軽減したほうがいい。
「で、何でそのしわ寄せを自分に行かせるかなぁ。」
シリアを筆頭に皆が同意を示す。
「確かに全体にダメージが分散するよりは効果的かもしれませんが、結果的にサクヤ様が戦えなくなれば大きな損害になることは間違いありません。」
エスペリアも珍しく噛み付いてくる。
「あの〜、わたしが言うのもなんですが溯夜さんに任せてみるのもいいんじゃないですか?」
リースが人間を初めて見たハムスターのようにおずおずとびくびくと手を上げて意見する、この場で手を上げる意味が俺には見出せない。
「危なくなれば助けに入ればいいんですし」
それじゃあ作戦の意味がないが・・・
少女会議中(Now meeting…)
結果俺がまず一人で3人を相手にして、危なくなったらシリアの援護射撃という形になった。
「当たっても知らないわよ。」
本当に援護射撃なんだろうか・・・
『まぁ、どうとでもなるんじゃないですか?』
人事か?俺が死んだらどうするんだよ・・・
『シリアに鞍替えします。』
・・・・泣きたい。
とりあえず『幽玄』を構えて刀身を刀ぐらいに伸ばす。
腕を地面と水平に上げ、消える。
比喩ではなく実際に消える、体を小刻みに左右に振り高速移動することで敵の捕捉を外す。
敵3体は当然消えた俺にうろたえるが、敵意を察知したのかブラックスピリットが刀を構える。
防がれることは分かっているがそれでも『幽玄』を神速で振りぬく。
音すらなく振りぬかれた刀はその先に待つ、十時に交差するように構えられた刀と接触し───それを叩き斬った。
ブラックスピリットの神剣は刹那の間『幽玄』の進行を留めただけでいとも簡単に切り飛ばされ、意味を無くす。
さらに一歩踏み込み返す刃で切れた刀を間抜けに持つスピリットを切り伏せる。
一足で間合いを取り、レッドスピリットの魔法を避ける。
地面が地に付くと同時に再度突進、今度はグリーンスピリットに迫る。
突き出された槍を紙一重で確実に避け、槍を握る。
そのまま槍を振り回し本来の持ち主であるグリーンスピリットを引き剥がす、そして空中を無防備に飛ぶそのスピリットの胸にお借りした槍を返す。
ものの数秒で残り一体になった。
だが、最後のスピリットは逃げるという選択肢は選ばない、もとから使い捨てで後のないスピリットだ、逃げても次はないと本能で分かっているのか。
神剣をかざし、レッドスピリットが詠唱を始める
「マナよ 渦巻く炎の柱となりて万物を焼き焦が───」
だが、詠唱は未来永劫かなえられることのない遺言となって役目を終えた。
◆◇◆◇◆◇◆
「来たか・・・」
「相変わらずだな、大統領。」
こんな時ぐらい止めたらどうなのかと思うがその口にはやっぱりタバコがあった。
「さて、いつかの質問に答えてもらおうか。」
「質問? あぁ、何でラキオスに付いたかってやつね。」
そんなこともあったな
「答えは簡単だ、アズマリアに頼まれたからだよ。友人の頼みを無碍するような人間のつもりもないんでね。」
「そう、か。矢張り貴様らの世界の人間の思考は理解できんな。」
「そうかもな」
「で、何でこんなことしたんだ?」
「ふっ、俺は運命と言う奴に嫌われているらしくな、理由はそれだけだ。」
紫煙が吐き出される、煙は薄まって消えていった。
「運命、ね。で、ちょっと逆らってみようと思ったわけだ。」
「その通りだ。」
マナはうねり、今にも爆発しそう。突付けば割れる風船のような危うさがあった。
「この大陸の命運を握るのは人間でもスピリットでもない、全ては神剣が握っている。神剣の思惑通りに生きるなど、あってはならない。」
「ま、それをどう思うかは別として、俺も死にたくないから邪魔はさせてもらうぜ。」
「それが、神剣の意思なのだ。」
「別として、って言ったろ? そんなのどうでもいいよ、とりあえず操られていなかったとしても死ぬのはごめんだ。それにその意思さえも神剣の意思かもよ?」
ポケットから『幽玄』を取り出す。スピリット隊の3分の2が施設の外で交戦(待機)している、下手に打って出て戦力を削ぐ結果になったら不味い。
「・・・で、このままだとお前も死ぬぞ?俺が殺すからな、何かやるんなら今のうちだ。」
大統領は片手に神剣、片手にマナ結晶体を握り。
「・・・・俺たちは生かされているのではない、生きているのだ!!」
返事を聞く事もなく結晶体が砕かれ、光が満ちた。
「・・・・アレが、遺産か?」
目の前にはホワイトスピリット、観測上2体目かな?
「らしいわね、敵意もすごいし。」
『禍根』を下げたホワイトスピリットは光の無い瞳で確実に俺を射抜いている。
「サクヤ様、あれは。」
「一筋縄にゃ行きそうにないな、どうしたものかねぇ。」
存在規模が今まで会ってきた連中とは違う、エトランジェと相対しても劣らない。
《サクヤ、生きてるかい?》
「死ぬなって言ったのは誰だよ。」
《おっと、そいつは失礼したね。それで、エーテルコンバーターの解除コードだが。》
「それは後にして欲しいな、今ちょっと立て込んでるんで。」
《そうは行っても後30分もない、誤差を見ないで最低20分しか時間は無いぞ?》
「不味いな。なら急いで倒すか、いや倒して急ぐのか?」
《急いで倒して欲しいね。》
「はいはい、でパスワードは?」
《あぁ、それは“ラスフォルト”だ。》
「あぁ、そう。間違いないのか?」
どうやって調べたのか分からん、天才はシュレッダーをつなぎ合わせるのも上手いのか?
《勘だよ、勘。天才を舐めるんじゃないよ。》
そうですか。
ヨーティアと交信を切り、ホワイトスピリットと向かい合う。
「わざわざ待つ事なかったんじゃないか?」
呼びかけても返事はない、こっちも期待してないけど。
ホワイトスピリットが剣をかざす、切っ先は間違いなくこっちに向いている。
「死ね」
マナが集束し形を成そうとする
「世の中に たえてさくらの なかりせば────
音速でスピリットの皆を囲むだけの線を引く
春の心は のどけからまし────」
結界を亜光速で張り終え、なんとか防御に成功。
結界の外は嵐、前に防いだのもマナ嵐、その前に防いだのも嵐っぽいもの。
「なんだかな〜」
「脱力してるんじゃないわよ、どうするの、あれ。」
シリアが指を刺す先には攻撃の手を緩めないホワイトスピリット。
「そうだな、作戦練るか。」
戦力はエスペリアとシリアとリースとネリーとヘリオンとハリオンそして俺
他は外でゆっくりしている、俺たちが突入してから20分以上立ったら死んだものとして後詰めになってもらう予定。
敵戦力は目の前のあれ、強さはぶっちゃけ未知数。
「このまま結界の中に居て相手の消耗を待つって手もあるけど、時間ないしなぁ。」
「そうね、でもここに居ても同じだしいっそのこと突撃したら?」
シリアの提案は自分が突撃組みに組まれることは無いと分かっているからこその提案、人事ってのは羨ましいね。
「じゃあ誰が突撃するかだけど、考えるまでもなく俺か・・・」
エスペリアは皆を護ってもらわなければらないし、シリアは打たれ弱すぎるからダメ。他のメンバーも防御に回ってもらわなければこの嵐は防げないかもしれない。
「じゃ溯夜で決まりね、適材適所だわ。というか、利便性の有る防御が出来ないあんたが捨て駒よ。とっとと切られてきなさい。」
話し合いも何もしてないのに“じゃ”は無いと思う。
「やれやれ。んじゃ結界は解除するから俺とシリア以外の全員で守りのオーラを展開してくれ。」
「「「はい」」」
そういうと内側から俺の結界を内側から破るかのように新しい壁が生まれる、壁の完成を見定め俺の結界を消す。
「高砂の 尾の上の桜 咲きにけり────」
外山の霞 立たずもあらなむ───。」
龍殺しの槍を構え、狙いを定める。
足に力をため、一撃の破壊力を高める。
限界まで足元に力をため、爆発による突撃力を引き上げる。
「サクヤ様、そろそろ。」
「そう、だな。もういいな、じゃ、3,2,1,で最低限前方の壁を消してくれ。俺が飛び出たらすぐに張りなおせよ」
「言われなくてもするわよ」
お前は壁を作れないだろ・・・
「いきます・・・・3」
オーラを見ると皆が緊張しているのが分かる。
「2」
カタパルトで押し出される戦闘機の気分、いや、撃鉄を今か今かと待ちかねる弾丸の気分。
「1」
オーラが揺らぐ、目の前のオーラがやや薄くなる、そして───
「さて、後は解除するだけか。」
ホワイトスピリットは俺の一撃で致命傷を負い、続けざまに放った一撃で首と体が離れ離れになって死んだ。
代わりに『禍根』が左肩を貫いてくれましたが・・・
「俺はさっぱりだからエスペリア、頼む。」
機械は苦手ではないがパネルに表示される専門的な言葉は理解できない。
「はい」
エスペリアがパスワードを入力する、後は決定キーを押すだけだが。
「・・・・・」
エスペリアの指は寸前で止まり後数ミリの距離を埋められない。
「ちょっと溯夜、エスペリアに押し付けるの?こんな大役。」
「・・・それもそうだな、ちょっと押すのが辛いなそのボタンは。」
はずれだったら爆発、しかも大陸全土を巻き込んでの爆発。押しにくいのは当たり前か。
エスペリアを脇に避けさせて、俺が正面に構える。前科がある分エスペリアには少々重荷だったのだろう。
「自称天才、頼むぜ。」
意を決し指に力を込める、ボタンはこっちの覚悟とは裏腹にとても簡単に抵抗なく沈み込んだ。
──────────────────────
同日 夜 ミエーユ、マロリガン間の道
パスワードは正解、結果世界は救われたわけだが。
高嶺と岬は沈みこんでいる、鬱って伝染したっけ?
「いつまでふさぎ込んでんだよ、皆助かったんだから喜べよ。」
二人はこっちを見ようともしない、高嶺を置いていって正解だったな。
「皆、って・・・光陰は助かってないじゃない、あんたが殺したじゃない!!」
そこそこに元気を取り戻した岬が食って掛かってくる。
「それが救世の英雄に対する仕打ちか? スタンディングオーベーションならともかく胸倉を掴まれるなんて思ってもなかったぜ。」
「ふざけないでよ!! あんたに私の、私達の何が!!」
力は右肩上がりに強くは、ならない。力をこれ以上込めるだけの余裕は無さそうだ。
「あ〜? 何、同情してほしいの?」
「違うわよっ!!」
じゃあ何が目的なんだよ、わけが分からん。
「溯夜、楽しい?」
「ん、実に楽しい。」
シリアはかなり呆れ顔だ、だが、楽しいものは楽しい。
「何が楽しいのよっ!!」
怖っ!!
「そうだな、まぁ。説明してもお前は楽しくないのは事実だな。」
説明したら楽しい事ってのも珍しいけど。
「あんたっ!!」
いよいよ喉元に『空虚』が突きつけられる、なんだよ勝手に起こるなよ、俺が何をしたよ。
「溯夜、そろそろ───「今日子、いい加減にしろ。」」
「・・・遅い」
予想よりかなり遅い、出来れば俺が戻ってくるよりは早く来て欲しかった。
「だったら、お前も手を抜けよな。」
片腕が肘までしかなく、服はぼろぼろの碧少年登場。
「何いってるんだよ、生きてるだけで盛大に手を抜いてやってるよ。」
『嘘も体外にしなさい、いっぱいいっぱいだったでしょう。』
いいじゃないか、格好つけたいんだよぅ。
「光、陰・・・?」
胸倉を掴む岬の力が一気に弱くなる、すでにこっちも向いてない。
「え・・・な、んで?」
「おいおい、俺が生きてるのに“なんで?”はないだろ。」
まったくだ
「それは、俺が手を抜いて生かしてやっただけだ。」
そういって、2時間ほど前の事を話し始めた。
「・・・・ここまで、か。」
碧は地面に座り込み、顔だけこっちを向けてくる。
「あぁ、ここまでだな。」
『幽玄』をしまい、乱れた服を直す。一部切られてしまったか。
「・・・・止めはささないのか?」
碧は全身傷だらけだがどの傷も致命傷には至らないだろう、放って置けば死ぬだろうが。
「ん? そうだな、今回はお前の顔を立ててやるよ。」
軽く笑い後ろで待機していた碧の部下を呼び、碧を任せた。
「同じエトランジェなのにここまで差があるなんてな。」
「お前も生まれがやくざの家ならこうなってたかもよ?」
月に何度か真剣で切りあいをさせられれば勝手に強くなるってもんだ。
「じゃあ、俺は高嶺を追いかけるからな。怪我は治して追いついて来い。」
「一つ質問がある。」
「ん? 別に一つじゃなくてもいいんだけどな。」
「今日子は、どう思う?」
「さぁな、案外大丈夫なんじゃないか? 高嶺は何やるかわかんないし。」
碧は溜息を一つつくと「そうだな、あいつは何をやるかわかんねぇな」なんて嬉しそうに、だがどこか釈然としないものを含めて言った。
「と、言うわけ。それに俺は一度も碧が死んだ何て言ってないぞ。」
読み直してもらってもいいが俺は一度も碧が死んだ何ていってない。
「勝手に碧を死なせたのはお前らじゃねぇか。」
高嶺と岬はかなり苦しそうに半笑い・・・
「でも、光陰が生きてて───」
高嶺が本当に嬉しそうに言うが、さっきまでの伝染しそうな鬱を視た物からすれば異常だ。
「おっと、それより先は無しだ。」
光陰が高嶺を制した。
「黒霧、悪かった・・・」
「ん? そう思うならこっちの頼みを一つ聞いてくれないかな?」
「・・・分かった、俺に出来ることなら。」
少し間があったが俺がどれだけ理不尽な頼みをすると思ったのだろうか。
「簡単だから気にするな。ただ今回マロリガンのマナ暴走を止めたのはお前って事にして欲しい、それだけ。」
「・・・・いいのか?お前が世界を救ったのに。」
「あー、俺は日陰の存在でいいんだよ。月下美人のように夜に咲く花でな。」
「分かった、それでいいんなら。」
いやぁ、実際面倒くさそうだしね。救世主
「それで、何で彼は生かしたの?」
シリアがかなり不思議そうに聞いてくる、俺は殺人鬼ですか・・・
「別に、殺さずに済みそうだったから。」
「それにしてはスピリットは毎回殺してるけど?」
「まぁ、殺さずに神剣だけ砕くってことも出来ないことはないけど。それって面倒だろ?」
「で、本音は?」
信じろよ・・・・
「殺したら夢見が悪いだろ?それじゃあ、俺のためにならない。」
「そう。それならしっくり来るわね。」
The primrose of the phantasmagoria.
The lotus of the conflict.
The marionettes are the killing doll.
The massacre is the nature.
The end is near here.
あとがき
三章完結、この話は本家にアップした中でもかなり不評な話だったと思います、だってねぇ、光陰弱すぎ・・・
まぁ、言い訳かもしれませんが、エスペリアにボタンを押させなかったのは間違いだったら世界が吹っ飛ぶボタンを押させるのは酷だろう、と言うのが理由です。
光陰が弱いのではなく、溯夜を強くしすぎたのがすべての根源だったりしないでもないきもしないでもない。まぁ、溯夜にも強さの秘密はあるんですがね。遠野志貴みたいにね。
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