作者のページに戻る
────────Sakuya side
マナが弾け、今までの進行方向とは逆に吹き飛ばされる。
「けほっ、けほっ」
背中から地面に落ちたため少しせきが出る。
手ごたえから言うと両者とも無傷らしい、俺の体の何処を見ても傷は無く。それは白い煙の向こうに対峙する碧も同じだろう。
『流石は『因果』ですね、あの攻撃を防ぎきるとは。四神剣中最も高い防御というのは伊達ではないですね。』
そんなに硬かったのか、今度は何で攻撃するかな。馬鹿みたいに正面からやりあうのは止めるか。
『それも結構ですが、乱入者ですね。』
リースが居たところに新しい気配がある、気配の規模から言うとエトランジェ、つまり岬だろう。
少し強い風が吹き、煙を吹き飛ばすと。
「ふむ、『幽玄』の主よ、これが何を意味するか分かるな?」
岬、もとい『空虚』はリースに剣を突きつけながら言い放つ。
「溯夜さん、すいません。」
「気にするな、大丈夫だから。」
俺と碧は『空虚』とリースをはさんで対峙する形となっている。
「『幽玄』の主よ、剣を捨てて投降しろ。そうするならばこの妖精は解放しよう。」
「・・・・・」
やれやれ、俺も嘗められたかな。
「どうした?『幽玄』の主よ、貴様が身を差し出さねばこの妖精の命は無いぞ。」
血液は沸き立ち沸点に秒刻みで近づく。
「溯夜さん───」
アレが人質になるなんて思わないで欲しい。
「今日子やめろっ!!」
剣がリースの喉に突きつけられ、血が流れる。
もはや温度は水で言うなら98℃、血は煮え立ち、歓喜の咆哮を上げる。
俺と『空虚』の距離はおよそ4間。
リースを人質に取ったことも腹立たしい、だが──
「ふざけろ、目の前で人質になると思うな。」
「な─に──?」
次の瞬間、不可視の速度で飛び出し。その数瞬後には───
「え?」
「馬鹿、な───」
『幽玄』をもっていない左手にはリース、目の前には片腕を跳ね飛ばされた『空虚』が転がっている。
位置関係は変化し、先程まで『空虚』とリースが居た場所には俺とリースが居て、『空虚』は俺が蹴り飛ばし、右に数メートル飛んでいる。碧は移動していない。
「今日子っ!!」
「とまれ」
「っ!!」
沸点は下がりつつあるが、煮えたぎる血とは反比例に口から出る言葉は冷たい。
『空虚』に『幽玄』を突きつけ
「『空虚』は返してやる、その代わりラキオスがマナ障壁を越えてくるまで俺たちに余計な手は出すな。」
「自陣に居る敵を放置しろ、てか?」
碧の余裕のある返事、だが顔を見れば余裕なんて何処にも無い。
「そう、この要求が呑めないなら、仕方ない。ここで『空虚』を殺し、出来るならお前も殺す。」
リースの仕返しと言わんばかりに『空虚』の喉に剣を突きつける。
「決着を先延ばしにしてやるって言ってるんだから素直に要求を呑んどけ」
「・・・そんな矛盾だらけの要求をそう簡単に呑むと思うか?」
「質問はいくらでも受け付けるぜ、それにお前は受けるしかないんだろ?」
『空虚』を『幽玄』で突付きながら事も無げに言う。
「・・・・・・なら一つ目だ、ここで俺たちを見逃すよりも、ここで俺たちをしっかりと殺しておいた方がいいんじゃないのか?」
「それは単なる高嶺に対する義理立てだ、一応親友なんだろ?」
「・・・・二つ目、お前らはマナ障壁が破られるまで何処にいるつもりだ?」
「ん〜、ここから近いとなるとミエーユかな。それより、せっかくのマナ障壁を破られることを前提にしていいのか?」
「どうせ悠人は破ってくるさ、遅いか早いか位の差しかない。」
「あ〜、そう。それで、三つ目の質問は?」
「三つ目は、ミエーユで何をする?」
「そんなの知らないね、行ってから決める。」
『幽玄』を納め、腕を組み、優位性を誇示しながら言い放つ。
「まぁ、そっちから手を出さない限りこちらから攻撃することは無い、と思う。」
「思う、ね。」
「そ、思うだけ。実際どうするかなんて知らないよ。で、どうするのさ。要求は呑むの、呑まないの?」
「けっ、大将には悪いがその要求飲ませてもらうぜ。ここで俺と今日子が死ぬわけにはいかないんでな。」
「賢明な判断だ、君子は危うきに近寄らず。だな。話は通しておいてくれよ。」
「お前達がミエーユに着く頃には連絡も付いてるさ。」
碧は岬を抱え上げ、世に言うお姫様抱っこというのをすると。
「しかし、見事に切り飛ばされたもんだな。」
「『幽玄』の主よ、この恨み忘れんぞ」
「あ〜、とっとと忘れてくれ、しつこい奴は男女問わず嫌われるぞ。」
「・・・・」
「黒霧、俺は悠人と戦うのが楽しみだって言ったよな?」
背中越しに訊いて来る。
「あぁ、言った。俺の耳がおかしくなかったらな。」
「俺はお前とも殺しあってみたい。」
「いつの話になるか分からないけど、歓迎するぜ。」
相手には見えないのに顔には笑みを、そして身振り手振りで余裕を見せ付ける。
「その時は・・・いや、また後でな。」
「じゃあな、夜道は危ないから気をつけろよ?」
「そこまで注意力散漫じゃないさ。」
そういうと二人は夜の帳の中に消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆
同日 数分後
「で、結局はミエーユに行くの?」
結局一度も手助けにこなかったシリアが聞いてくる。
「ん〜、流石にランサに帰るのは苦労するしな〜。山越えするよりは、一応不可侵の保障された敵地の方が楽でいいだろ?」
「それもそうね、なら行動は明日から?」
「ん〜、朝になると熱いし今のうちに移動しないか?」
「あの、移動するんでしたら私は・・・」
リースがおずおずと聞いてくる。
「俺が背負うよ、置いていくなんていわないって。」
「あ、ありがとうございます。」
────────Reath side
「俺が背負うよ、置いていくなんていわないって。」
予想していた言葉、ここで頬を赤らめ───
「あ、ありがとうございます。」
目に涙を湛え上目遣いで溯夜さんを見る。
さぁ、シリアさんはどう出る!?
ここで「わたしが背負うわ」なんて事を言われたら、そりゃあもう卒倒物
が、私の希望に反しシリアさんは何も言ってこない。
馬鹿な、資料集(恋愛本etc…)によればこういった場面では下手な蟲が寄り付かないようにするのが恋人と言う物なのでは?
結局私は溯夜さんの背中におさまり、砂漠の中を行くことになった。
悔しい、シナリオ道理なら今頃私はシリアさんの背中に居るはずなのに。どうしてシリアさんは私を意識しないのっ!?
だが、シリアさんを見ると本当にどうでもいいわけでも無さそうで、しょっちゅうこちらに視線を送ってくる。
もっと、私を意識してっ!!
そして、「やっぱり私がリースを背負うわ」って言ってくださいっ!!
けどそんな素敵イベントは結局存在しなかった。
────────Yuto side
コサトの月 青みっつの日 ヨーティアの研究室
「さて、これでマナ障壁の説明は終わったが、理解できたかボンクラ?」
「あぁ」
「ふむ、ボンクラにしては上出来だ。問題は向こう側に残されたサクヤ達だが。」
「どうにかならないのか?」
実際、黒霧とシリアさんはラキオスでもトップクラスの実力を誇っている。それに二人が居ないというのは現実的な戦力だけでなく士気にも関わってくる。
「ダメだな、マナ障壁をどうにかしない限り向こう側に行くのは現実的じゃあない。イースペリア付近の山脈を越えるって方法も無いことは無いが、まぁ無理だな。」
ヨーティアは手に持っていた資料を本の上に投げ下ろすと、腕を組み背伸びを始める。
「くそっ」
マナ障壁のおかげでこちらは一方的に攻撃される立場にある、そんな中、主力が二人も欠けたのでは敵に付け入る隙を与えかねない。
「マナ障壁はどうやったら無効化できる?」
「そうさねぇ、一度この目で装置を見ないことにはなんとも言えないね。」
目の前のふざけた格好をした自他共に認める常人に対し不条理な天才は、けらけらと笑いながら返事を返す。
「仲間が3人も置き去りにされてるんだぞ!!」
「だが、実際見てみないことにはなんとも言えないね。それに、私の勝手な推測かも知れないがサクヤはピンピンしてそうだがね、敵地でものらりくらりとやってるさ。拘りの無い性格だからね。」
「・・・・・」
確かに黒霧は強い、けどマロリガンにはエトランジェが二人も居る、この状況で生き残るのは。
「案外エトランジェを二人とも殺してるかもね、シリアってスピリットも観測上唯一の遠距離型永遠神剣の持ち主だからね、はっきり言って実力は随一なんだよ。」
「!!」
光陰に今日子、決着が先延ばしになったことで安心している自分が居るのは否定できないが、こうした事態のことは全く考えていなかった。
黒霧は言わずもがな、シリアさんも聞いた話しでは剣の特性上他のスピリットと隔絶した強さを誇るらしい、それに二人のコンビネーションを考えれば、乗っ取られた今日子と光陰では負ける可能性も無くは無い。
もう一人のスピリット、リースの実力はアセリアの料理の不味さを数値化するぐらい未知数なのでなんとも言えない。
「シリアの情報ははっきり言って少なかったんだ、アズマリア女王は基本的に国内で戦う。そうなると戦闘の情報は逃げ延びた敵兵しか知らないんだ。そんな中高い戦果を上げているシリアは二つ名が無い、これはシリアを戦場で見て生き残った奴が居ないってことなんだよ。」
ここで一度話を切り、手元の資料を広げ。
「サクヤもエトランジェだ、そう簡単には死なんさ。」
そういい終わるとヨーティアはタバコの火を消し、そのまま話をするのかと思ったら再度タバコに日をつけ、口に咥え、紫煙とともに口からこんな言葉をぶちまけて来た。
「ほら、さっさと帰んな、私の視察はとりあえず日を見てからだ、それまでしっかりとランサを防衛するんだね。」
「防衛はちゃんとやるさ、でもせめて3人の無事が分かったら。」
「・・・あ、それなら確かめられるぞ、ったく私としたことがこんなことを言い忘れるなんてな。」
「本当か?」
「あぁ、イオの能力に神剣同士の交信を可能とするものがある、しかも距離に囚われないときてる。」
「つまり、携帯みたいなものか」
「ケイタイ?それが何を指しているかわ知らないが、とりあえずイオとなら遠距離での会話が可能なんだ。イオ、ちょっと来てくれ。」
イオは確かみんなの訓練をしていたと思うが。
「なんでしょう」
「うわっ!!」
「どうかしましたか?」
「いえ・・・なんでもないです」
デートの待ち合わせで早めに来たとき「いや、今来たところ」ってぐらいありがちなイベントだったけど、驚くものは驚く、これは多分仕方が無い。
「来て早速だが。イオ、サクヤの神剣と交信してみてくれ。」
「はい」
するとイオは何処からとも無く出した『理想』をかざし。
「──サクヤさんですか?───はい、今は『理想』の能力で連絡を───はい、かわります。」
あぁ、本当に電話だ、切れ切れの台詞の間にどんな言葉が入るのか分かるくらい自然でナチュラルな電話だ。
「サクヤか?───そうか、それでどうするんだい?────ふんふん────ふんふん──・・・・・・──ふむ、それで────分かった。ほれ、ユート。」
ヨーティアがかなり長いこと話し込んでいたが、ようやく俺の番が回ってくる。
「もしもし」
《あ〜、高嶺か、まぁ俺が頼んだんだけど。どうせ聞くから先に言っておくけど3人とも無事だからな、リースが怪我してるけど。》
「え、何かあったのか?まさかマナ障壁に?」
なぜかもち方が電話のようになる、イオとヨーティアがただ神剣を持っているだけなのに比べるとかなり情けなく写っているだろう、だがあんな持ち方だとどうも話しにくい、と思う。
《ん、あ〜。マナ障壁越えた後すぐに碧と岬に襲われてねぇ。》
「え」
《その時はシリアがマナ障壁のおかげで不調だったんだよ、それでリースと俺とで戦ったんだけど、碧の攻撃でリースが足を折っちゃってね。》
「あ、え、っと。」
《碧も岬も生きてるって、岬の方は両腕を切り飛ばしたけどな。また生えてくるだろ、俺も生えてきたし。》
「・・・・・」
本音は今日子達も無事なことを聞いて安心したいし、よかったと言いたい。けどそんなことは、言えない。
《それで、一応お前らがマナ障壁をどうにかするまで不可侵が保障されたし、こっちも命令があってもマナ障壁がなくなるまで動くつもりは無いんだけど、って返事しろよ。》
「あ、あぁ。いや、黒霧達で今日子達を殺してないかと思って。」
《あ〜?そりゃ、リースが人質に取られたときは首でも撥ねてやろうかと思ったけどな。一応まだ殺してないよ。》
「そうか、まだ、殺してないか。」
《そ、まだ殺してない。》
まだ、か。それだけはどうにかして阻止しないと。いくら味方とは言え絶対にあの二人を殺させはしない。
「それで、俺たちがマナ障壁を破るまでどうするんだ。」
《ミエーユでゆっくりする。》
「そうか。」
《そうだ。》
「分かった、なるべく早く合流できるよう努力する。そっちは、何を言ってもマロリガンの情報は流してくれないか。」
《ん〜、別にレスティーナの頼みなら一応そこそこのことはやるぞ、その時また碧たちに邪魔されたら今度こそ殺さないとダメかもしれないが。》
「そのことは後で、今回は一応これで切る。」
《はいはい。》
黒霧の返事を聞き終わるとイオに『理想』を渡し、部屋を出るためノブに手をかけ。。
「ちょっと待ちな、ユート。サクヤになにを言われた」
「・・・・今日子達と接触して殺しあったって聞いた。」
背後の天才はあからさまな溜息をつくと。
「やれやれ、確かにユートにとってマロリガンの二人は何にも変えがたいものだろう。帝国の妹と同じかそれ以上にね。」
「しかし、その二人も今は敵である以上ラキオスで戦うのなら、親友とは殺しあわなければならない。」
ここで一度話が切れ、タバコに火をつける音がする。
「確かに、ラキオスに居なくても妹は助けられるだろうね。マロリガンに付けば、妹と親友の両方をとることが出来る。」
「そ、そんなこと」
「しないだろうねぇ、そこがユートとサクヤの違いさ。」
「え」
「ユートはいろんな物を背負い込みすぎる、本当に大切なものが親友と妹だけなら今ここでこうして私と話なんてしないだろうからねぇ。」
それは、確かに今では佳織や今日子達だけじゃなくてラキオスの皆も守りたいと思っている、だからこうして帰ってきた。
「けど、サクヤなら多分本当に大切なものがマロリガンに有るのなら、迷わずラキオスを裏切ってマロリガンに付くだろうね。ユートは神剣の強制力だけじゃなく、ラキオスのスピリットに対する思い入れが有る。だが、サクヤにはおそらく殆ど無いだろうね、ラキオスのスピリットが死んでも寝つきが悪くなる程度でしかないだろうね。」
「そして、いつかの国王に対する態度。あの時サクヤは国王に対して切り傷を負わせるといった行動に出たからね、味方に付く事を約束してはいたけど、裏切るんじゃないかと言ってた連中もいたらしい。」
確かに、国王に反発するエトランジェなどいつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えているようなもの、違うところはその爆弾が自分のためにも役に立つというところか。
「そこで一計を案じたのがレスティーナ殿さ、レスティーナ殿はサクヤを金で雇うことで国民と群臣の信頼を得た。」
そんなことが・・・
「今の時代、友情だの何だのといった目に見えないものよりも、契約書一枚のほうが遥かに強い説得力を持っているってことさ。」
・・・・・恐らく話すことは話し終えたのだろう、背後では再度タバコに火をつける音がする、その音を聞きようやくノブを回し部屋を出た。
◆◇◆◇◆◇◆
同日 第一詰所
詰所に戻ってくると、そこにはランサに居る者以外の全てのスピリットがそろっていた。
「ユート様、それで3人は。」
代表してエスペリアが聞いてくる。
「3人とも無事だ、俺たちがマナ障壁を破るまで向こうでのんびりするらしい。」
「そうですか」
エスペリアの顔にも、皆の顔にも安堵の色が浮かんでいる。皆黒霧の心配をしているのだろう。けど黒霧は皆の事を気にかけているのだろうか。
「それで、マナ障壁の方は。」
「あ、あぁ。今度ヨーティアを連れてスレギトに行くことになった。」
「そうですか。」
エスペリアの表情に陰りが出る、マナ障壁の力を思い出し、再度あの近くに行くということを考えると俺でもぞっとする。
「分かりました、それでは少しでも早くマナ障壁を解除できるよう頑張りましょう。」
「あぁ」
皆が散り散りになる、自室に戻る者も居れば訓練塔で自主錬をするものも居る。
食堂にはもう俺しかない、アセリアはランサに、オルファもランサ。
第一詰所には結局俺とエスペリアしか居ない事になる。
椅子に座って大きく息を吐いて冷静になる。
落ち着いたりする時には深呼吸するのが一番いい、ここぞと言う所で冷静になるためにも戦闘中深呼吸する回数は増えてきた。
「ユート様、また一人で抱え込んでいるのですか?」
エスペリアが横からお茶を出してくれる。
「なぁ、エスペリアは黒霧の事どう思う?」
「サクヤ様、ですか? そう、ですね、あまりにも要領得ない答えだと思いますがまっすぐだと思います。」
まっすぐ、か。
「ユート様もまっすぐですが。その、ユート様が太くしっかりとしているのに対し。サクヤ様は細く鋭い、そんな感じを受けます。」
成る程、まぁ、そんな感じか。細く鋭い、言いえて妙だな。
そして俺は太くしっかりしている、か。
──────────────────────
コサトの月 緑いつつの日 ミエーユ
────────Sakuya side
「暇────」
ミエーユに付いたのが5日前、そして今は隠し持った金で長期の宿を取ってうだうだする毎日。
「うるさいわね、その台詞は聞き飽きたわ。もっとバリエーションに飛んだリアクションを見せなさいよ。」
「まぁまぁ、シリアさん。暇なのは事実なんですし仕方ないですよ。」
この5日はっきり言って何もやってない、食べて寝るくらいしかやることが無い。
「それにどうして3人で一部屋なのかしら?」
そんなの考えるまでも無い、二部屋取るのは金がかかるし、健全な男子が主導権を握っているのにどうして美少女二人と別の部屋にしようか、いや、しない。
「シリアさん、それもこれで17回目の会話ですよ、何度聞いても理由はお金ですよ。」
もう17回も相部屋について議論を交わしていたのか、なんて不毛な争いなんだ。
「リースはこんなのと相部屋でいいの?」
人を指差すなよ。
「え〜っと・・・」
「ほら、リースも困ってるじゃない。」
頬を赤らめシリアをちらちらと見るリースは何処か不安な気もする、でも多分保守派に回ってくれるだろう。
「大体二部屋取ったら2ヶ月しか持たないんだぞ?足らない分はどうすりゃいいんだよ。」
二部屋取れば単純計算料金は倍、ラキオスがマナ障壁を突破する時期を考えても2ヶ月以内に突破してくるだなんてありえないだろう。
「そんなのここだっていずれラキオス領になるんだから今のうちに税金徴収したって問題ないわよ。」
ひでぇ。『幽玄』も日を重ねるごとに口が悪くなるが、シリアもどんどん悪くなっていく。
「それは流石に問題あるんじゃあ・・・」
リースが無理して笑いながらシリアの提案を拒否する、その笑顔はかなり引きつっている。
「年明けにはラキオスだって腹くくって来るだろ、それまで待てばいいさ。」
それまで大体半年か、だらけるな〜。
「そうですよ、それに今まで5日ありましたけど別に“18歳未満お断り”なんてことは起こってないじゃないですか。」
・・・あんたいったい
「なんだか今日はやけに突っかかってくるな、もしかして、アレの日か?」
ゾクゥッ!!
冗談半分で言ったが本人にしてみれば冗談ですまされることでもなかったらしい、気が付いてみれば目の前に一時的に空中で停止しているナイフが浮かんでいる・・・つまりいつでも俺を殺せるんだろう。
「・・・・素敵な冗談ね」
素敵な冗談だな、でも死んだら笑えないんですけど、真に。
「だ、だからっ!!シリアさんも暇だからってわざわざ溯夜さんに突っかかることも無いんじゃないですか?」
「む・・・」
いや〜、頼りになる。気が付いたらナイフも消えてるし。
「・・・そういえば、リース今日って何日だっけ?」
もう、相部屋の件はシリアの中でどうでもいい事にカテゴライズされたらしい。
「今日、ですか? えーっと緑いつつの日ですけど。」
ちょうどここに来て一週間経った計算になる。
「なんだ、今日がどうかしたのか?銀婚式か?」
「違うわよ、リース来なさい。あと溯夜、お金もらうわよ。」
「別にいいけど、せめて借りるって言って欲しいな。」
「借りる、なんていったら嘘になるじゃない。」
そういって俺から財布を引ったくり、リースの腕を引いて出て行った。
◆◇◆◇◆◇◆
二人が少し大きな荷物を抱えて戻ってきたら、いきなり部屋から追い出され町を1時間以上散策するよう言われた。
だが、そんなこと言われても身の振り方も分からない異国の町で暇をつぶせ、何てかなり困る。
なんたってここにはゲーセンも何も無いのだ、無作為に時間をつぶすいい方法なんて他にはタバコぐらいしか思いつかない。
「何をすればいいのか。」
仕方なく目に付いた飲食店に入る。
店内はバーカウンターとテーブル席4つのいたって普通の酒場、あくまでこっちの世界においての普通だ、向こうの世界で剣を下げた兵士や町民が酒を飲んでいる酒場なんてあったら数百年前にお帰り願いたい。
「注文は?」
「上から4番目に高いやつ。」
左端のカウンター席に陣取り、勝手が分からないので適当な注文をする。
『4つも品目が無かったら笑いものですね、まず私が笑ってあげます。』
『幽玄』はポケットの中で最近の出番の無さを俺に愚痴ってくる、いい迷惑だ。
数秒後目の前に少し赤みのあるグラスが置かれる。
『ワインですね。』
ワインだな。
グラスを手に取り、呷る。
悪くは無いが実家の関係で日本酒ばかり飲まされた俺には今ひとつ。
少し酔いも回ってきた頃。
「よぉ、珍しい顔だな。」
かなり酔った奴に絡まれた。
「人の顔見て珍しいだなんて失礼だな。」
「あ?」
どの世界に行ってもチンピラはチンピラか。
「すかしてんじゃねぇぞ。」
どうも珍しいことでもないらしく店内は落ち着き払っている、中にははやし立てる奴も居るが。
「聞きたいんだが。」
「ん?」
チンピラを無視してカウンターの中の店員に話しかける。
「壊れた床の代金も、ここで俺が飲み食いした代金もこいつ持ちだ。」
板張りの床を突きぬけじたばたとも動かない二本の足を指差しながら言い放つ
「見えはしないが多分了解してるだろ、死にたくは無いだろうしな」
追加注文でこの店で一番高い物を注文しただ酒を飲む。俺を囲っていた数人のチンピラは仲間の一人がやられたら木の葉を散らすようにばらばらになった。
冷たい連中だ。
◆◇◆◇◆◇◆
1時間ほど酒場で時間を潰し、酔いを醒ますために適当に散歩して部屋に戻ったら。
「遅い───」
なんて理不尽な言葉と
「まぁまぁ、シリアさんこんな日に怒ることもないんじゃあ」
ワインとワイングラス、それとケーキと皿。
「なんだ、建国記念日か?」
「何処の建国記念日よ、いい加減ボケるのも大概にしたら?」
そんなこと言われてもな、今日ってコサトの月 緑いつつの日だろ、それが何なんだ?
「溯夜さん今日は8月の15日ですよ。」
8月、15──
「あ」
それで、ケーキね。
「何、自分の誕生日すら忘れたてたの?」
いや、緑いつつの日とか言われても実感が無いだけだが。
「若年性アルツハイマーかしらね、戦闘中に味方の顔を忘れるなんてことしないでよ?」
しませんよ。
とりあえず席に着く、机の真ん中にケーキが陣取り、周囲を普段より少し豪華な食事が埋めている。
「・・・これどうしたんだ?」
とりあえず周りの料理を指差す、この部屋にキッチンなんて便利なものは当然付いてない。
そうなるとこの料理は買ったか、もしくは
「ん?下の厨房使わせてもらったの。今ここに泊まってるのって私たちだけでしょ?だから適当に言いくるめて材料と厨房を借りたの。」
用は強奪か。
「後であやまらないといけませんかねぇ」
引きつった作り笑いを浮かべ、冷や汗をかいたリースは、惨状を思い出しているのだろう。まぁ、想像に難しくない。
そんなこんなで始まった俺の誕生日会、組の皆に無茶苦茶なプレゼントを贈られる今までに比べたらささやかな物だが、今までに無いものがあった。
「そういえば、リースって誕生日いつ?」
焼いた鳥の太ももを食べながら質問する、皮がカリカリしていて実に美味しい。
「えーっと、私はチーニの月 黒よっつの日ですからもう過ぎてますね。」
「そっか、じゃあ来年が楽しみだな。」
「はい」
次にケーキに手を出す、はっきりいって苦しい。酒場で酒を飲み、ここで普通に夕飯を食べた後にケーキはちょっとご遠慮願いたい。
「ケーキは時間が無くて手作りじゃないけど、まぁ、多分不味くは無いわ。」
そういいながら円形のケーキを3分割する、こいつにはもっと細かに分けて皆で食べるという思考は出来ないのだろうか?
片付けられた机の上には3分割され、しかも若干大きい俺のケーキが取り皿の上に鎮座している。
胃袋はかなり膨れ上がっている人間そんなすぐには消化できない。
が、食わないわけにもいかないのでケーキをフォークで小さく切り口に運ぶ。
不味くはない、不味くはない。
だが量が多い。
どうにかならないだろうか、出来れば逆流は無しの方向で。
「溯夜、どうしたの?」
シリアが本当に疑問に思っているぐらい、今の俺は凄い顔をしているのか?
そりゃ食いすぎで吐きそうだが、そこまでか?
「なんか鳩に豆を食らわせた豆鉄砲みたいな顔してるけど?」
どんな顔だ・・・
そんなこんなで、楽しいけど苦しい、そして優しい誕生日は過ぎ去った。
マロリガンにもラキオスにも今のところ大きな動きは無い、ミエーユ滞在期間はやっぱりそこそこに長くなりそうだ。
To be continued
あとがき
この話で一番のお気に入りの台詞は「人の顔見て珍しいだなんて失礼だな。」です。咲夜さんかっこいいですね。
話が逸れましたが、次でマロリガン編は終わりです。二章と比べたら半分の量ですね。
作者のページに戻る