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エハの月 青ひとつの日 『夜光』心象世界
────────Sakuya side
スペルは唱えた、術も完成した。
だが、何も起こらない。

基本的に神剣魔法は詠唱の終了と同時に発動する、それはエトランジェといえど同じ。
術の詠唱が終わればすぐに魔法が発動して、味方なり敵なりに影響が及ぶ。
だが、何も起こらない。

深淵の空間には何の変化もない、闇が支配し色のあるものだけが極彩に映える。
数秒たったが何も起こらない。自分で言うのもなんだが俺の魔法の威力は折り紙付き、大抵のスピリットなら一撃で破壊する。
そのことは『夜光』も重々承知の上らしい、十分に警戒の態勢をとり、その鋭い眼光は常に俺を捕らえている。

1分経った、時間が経てば経つほど相手は焦れる。スピリットにとって正面でにらみ合うなど今までにない事態。
正々堂々と戦い、国のために散っていくのを美徳としている節もある。
だが、戦場において正々堂々など馬鹿げている。生き残ろうとする執念こそが最大の美徳、ならこうして敵が動くのをじっと待つのも戦術の一つ。
狩人は獲物を狩るために何時間もその場で動かず待つとはよく言ったものだ。

『夜光』はかなり焦っている、はっきり行って怪我が多いのは俺なんだが、結果的に双方攻めあぐねている。
つまり『夜光』としては俺に休むだけの時間を与えている事になる。
焦っているのは『夜光』だけなので現状優位に立っているのは間違いない。

ついに焦れたのか『夜光』が両手に持ったナイフを投擲してくる、瞬きをすればそれだけで目の前に詰められるだけの速度を持っている。

その豪速のナイフに対し、目の前を『幽玄』で斬る。
空間に一筋の切れ目が入り──────

──────おびただしい数の花弁が殺到した

空間の切れ目からは桜の花弁が迸る──────
花弁はナイフを飲み込みその延長線上にある『夜光』目掛けて押し迫る。
続けざまに二度目の斬撃を空間に入れる、その空間からは矢張りおびただしい数の花弁が弾け出る。

ダムの一部が決壊したかのように我先にと押し出る花弁の軍勢は、一人の軍師の指示の下目標に向けて殺到する。
疾風の速度と津波の質量、そして研ぎ澄まされた刃の鋭さを持った魚群は『夜光』を飲み込んだ。


「時間切れか───」
術の終わりを感じる、『幽玄』からは纏っていた気が蒸発する。
不意打ちを重点に置いた、無量劫はどうもナイフである程度防がれたらしい。

俺の左腕からは指先から血が滴り、『夜光』は纏ったメイド服が白い部分は赤く、濃紺の部分はより黒くなっている。
お互いに睨み合い相手を牽制する。

「さて、『幽玄』の言うとおりなら。」
案の定『夜光』に変化が現れる。
額から汗を噴き、憤怒の形相でこちらを睨む。
が、それもしばらくしたら落ち着き眉間に皺を寄せナイフを両手の指の股に挟む。

「おいおい、眉間に皺寄せてると福は逃げるし、人も逃げる、人生損するぞ?」
笑いながら走り出す。

体を左右に振り、迫るナイフと、追うナイフを全て避ける。
『幽玄』は刀のままに肉薄し。

『夜光』の目前、鼻の先で跳躍する、『夜光』は上を見上げ。
「月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ───」
一足の跳躍で自身の倍以上の高さまで飛び上がり、続けざまの詠唱。
『夜光』はナイフを投げる
  「わが身一つの 秋にはあらねど────。」
突き出した右手に輝く光の弾を射出する。すれ違いにナイフが体のあちこちに刺さる。

数瞬の間を置き足元で爆発が起こる、爆風を利用し多少離れた場所に着地する。
手ごたえは、まぁ飛び道具だしいまいち分からないが。
「外れては無いよな。」

もともと何も無いところなので舞い上がる塵なんかは無い。
ただ開放されたマナがガスとなってぼやけているだけ。
手早く刺さったナイフを抜きながら目を凝らす。

すると白い靄の中からナイフが飛び出してくる、それらを横に動くことで避ける。
「しぶといな」
靄の中から所々焦げたメイド服を纏った『夜光』が出てくる。

『幽玄』を正眼に構える。
飛来するナイフを今度は叩き落すのではなく全て斬り落とす。
そうすることで軌道変更の第二波を防ぐ。
「・・・・そろそろ決めないと不味いな。」
出血の影響が出始めてきたのか少し寒い。
腰を落とし地面を滑走する。

『夜光』を正面に捕らえ、『夜光』がこちらを補足する前に視界から外れる。
自然と『夜光』を中心に円運動をする形になる、常に正確な円を描き。
突如俺の体は円の中心の『夜光』を通り反対側に移動し、止まる事無くまた『夜光』を中心に円を描く。
直径を貫くすれ違いざまに攻撃を加える。

しばらく円を描くとまた反対側に移動し、攻撃を加える。
円の直径は崩れる事無く、『夜光』が動けば俺も動く。
円の直径を再度貫く、そして中心で攻撃。

先程までの疲労感も寒気も感じない。
感じるのは自身の内側から感じる殺意のみ。
『夜光』は反応する間もなく俺に体を切られていく。

体が俺の支配下から抜け出る、俺が動かしているのに俺にどう動かすか指示する別人格が居るかのような錯覚。

『夜光』は既に血に染まっていないところは頭ぐらいな物で、薄皮のようなマナの障壁でダメージを緩和しているだけ。

『夜光』の背中から正面に抜ける。
そして迫るナイフの気配。

何処にそんな力があるのか疑問に思うほど、素早く鋭く神域の速度を持ってナイフが追走してくる。
このナイフは避けれない、まるで背中に吸い込まれるように迫るナイフは。

次の瞬間『夜光』の右太ももに刺さっていた。
「あ、え?」
ようやく自分に体の支配権が戻ってくる。

何をしたか分からない、いや実際には分かっているが理解が追いつかない。

俺は時速400km程出ているであろうナイフを背中を向けたまま掴み間を置かずに背後に投擲した。
それだけのことなのに理解できない、いやこれで既に理解しているのか。
それとも理解できないのはそんな芸当を行った自身の体なのか。

『夜光』は太もものナイフを抜くとすぐさまナイフを投げてくる。
今度は俺の意思で3本のナイフのうち2本を弾き、ようやく回復した左手で最後の一つのナイフのベクトルを逆転させる。

脳は余計な物を考えることを許さず、すべての行動のベクトルを敵の抹殺に向ける。
冷め切った鉄のように冷静な頭でいかに殺すか考え。
殺人の悦びを噛み締めそれを原動力にする。

もともとには別の戦う理由もあったがそれすら霞んでいる。敵が居るから殺す、目的が殺す事にすり替わっている。

『夜光』が地面に倒れる、その足には俺に向かって投げられたナイフが刺さり白い肌は余すところ無く深紅に染まっている。
どうもここでは血液がマナになって気化するって事は無いようで。

「敵の認知を許さない攻撃、それだけでいいか」
視線を既に立つことも出来ず地面にうずくまる『夜光』に向ける。
「でも・・・単純なだけに難しいな。」
自分のとも敵のともつかない血でまみれた左手を顔の前に持ってくる。
「・・・・。」

指の隙間から天蓋がひび割れ光が漏れるのが見える。
雲の合間から日光が照射するように、ヒビから光が漏れ出る。
ヒビは半球状に余すところなく広がり────

──────────────────────


同日 深夜 リクディウス山脈 最北の洞窟内部
「ん・・・雨か?」
目が覚めた。 ぼんやりとした頭で洞窟の中に居るはずだから雨なんてないか・・・などと考える。

「ご苦労様、それとありがとう。」
目の前には瞳に光を取り戻したシリアの顔。

「ニューヨーク到着かな?つまりは自由の女神を拝めたわけだ。」
ドッっと疲労感が押し寄せる、体は動かしていないのによっぽど疲れたらしい。
『まぁ、あれだけの事をしましたしね。傷は魂が肉体に戻る前に治したため外傷はゼロですが疲労は残留しましたね。』

シリアの方はどうなんだよ。
『怪我をしたのはシリアではなく『夜光』ですから。』
都合のいい事で。

「自由の女神?何それ、わたしの事?」
覗き込むシリアの首が少し右に倒れる、どうも位置と後頭部の感触から言って膝枕してもらっているらしい。
「ん?あぁ、そうかもな。」
女神っぽくはないけど・・・・自由ではあるな。

「さて、あんたも起きたし。わたしも復活したし、帰りましょうか。」
シリアが立ち上がる、すると同時に頭が少し上がり落下し地面にぶつかる。
「いっだぁ。」
頭の中で花火が散る。

「あぁ、ごめん。てっきりバランスよく頑張ってくれるかと思った。」
「不意打ちでそんなの出来るかよ。」
目に涙を溜め後頭部をさする。

「まぁ、わたしの体を切り刻んだことに比べればたいしたこと無いでしょう?」
「あれはお前じゃないだろ。」
「同じよ、わたしの格好してたじゃない。」
見下ろし微笑みながら勝手なことを言う。

「はぁ、仕方ないな。お前に言ってもどうしようもないし。」
「減らず口言ってる余裕があるんならさっさと立ちなさいよ。」
シリアが差し出した手を握って起き上がる。
「やれやれ、ラキオスに戻ったら。」
「すぐにサルドバルトに行くんでしょ?『幽玄』に聞いたわ。」
『あとあと面倒なので先に説明しておきました。』
そいつはどうも。

「じゃぁ、帰るか。シリアも元に戻ったし、これでようやく俺も本調子だ。」
指を絡ませ天高く腕を伸ばし背伸びをする。
洞窟の外に出ると星の光が俺達を歓迎する。
「星が綺麗ね、天壌無窮の煌き、か。」

──────────────────────


エハの月 青いつつの日 昼 サルドバルトを少し北上した場所
────────Yuto side
「みんな大丈夫か?」
顔だけ後ろに向けて皆の無事を確認する。

「ユート様、第二第三部隊に半時ほどの遅れが出ています。ですがどの部隊も進行に支障はありません。」
エスペリアの要点だけをまとめた情報を整理して、進行の速度を考える。

「分かった、遅れている部隊には悪いがこのまま速度を落とさずに進行する。」
『求め』を前へと振り皆の指揮を上げる。
「サルドバルトはもうすぐだ、一気に城を陥落させる!!」
『求め』をサルドバルトに向けたまま皆に呼びかける。


同日 サルドバルト北のT字路
────────Selia side
「皆ユート様達に遅れていますよ。」
現在の位置は前方の主力部隊に半時ほど遅れ、丁度橋がありT字路になっている所を進行している。
前方には主力部隊が蹴散らしてくれたおかげで敵の姿はない。

「ちょっと、セリア待って。」
「どうしたのヒミカ?」
「ネリーやシアーたちがそろそろ疲れ始めてるわ、流石にバートバルトから一度も止まらない行軍で疲労も限界見たい。」

作戦はバートバルトを陥落したことで、相手がバートバルトの残存兵などでサルドバルトの部隊の再編をさせないための電撃作戦だったし確かな手ごたえを感じてはいたが、やはり経験が浅く歳も若いスピリットにつけが回ってきたようだ。

「仕方ないわね、ユート様たちには悪いけどここで半時だけ休憩を取るわ。皆に伝えて。」
「分かった、警備はどうする?」
「・・・・。せっかくの休憩なのに警備をすることで逆に疲労を溜める結果になっては意味が無いわ。
前方の部隊が敵を倒してくれているから警備は私と貴女の二人でやりましょう。」
言い終わるとヒミカが皆に30分の休憩を伝えに行く。

皆様々な反応を示している。
皆を見ているとヒミカが戻ってきた。
「私が橋のほう、貴女がサルドバルトの方角を警備しましょう。」
「分かったわ、ちゃんと疲れをとっといてよ。疲れていないように見せてもちゃんと分かるんだから。」
「年の功には敵わないわね。」

サルドバルトの方角に向けて歩き出していたヒミカが歩を止めこちらに青筋を浮かべた顔を向けてくる。
「私とそんなに歳は違わないでしょ?」
「えぇ、でも貴女のほうが年上よ、絶対的にね。ちゃんと警備してよ。」
手を振り東の方向に歩を進める。

◆◇◆◇◆◇◆


十分後
敵の姿はもちろん、野生の動物さえ橋を通ることは無い。
「やっぱり無駄骨かしらね。」

「セリアさ〜ん、お疲れですかぁ〜?」
振り返らなくても声だけで誰か分かる。
「ハリオンどうかしたの?」
「はい〜、これ食べます?」
ハリオンがそういってポケットからクッキーを取り出す。

「いいの?」
「もちろんですよぉ、こういう時のために持っていたんですから遠慮しないで食べてください。」
「ありがとう、美味しくいただくわ。」
ハリオンからクッキーを三つほど受け取り一つ一つ丁寧に食べる。

「それじゃ〜私は皆の所に戻りますね。」
「えぇ、皆に下手に騒がないでしっかり休むよう言っておいてね、特にネリーに。」
「ふふふ、分かりました。」
ハリオンは手を振りながら皆のところに戻っていった。

◆◇◆◇◆◇◆


さらに十分後
やっぱり橋にはスピリットも野生の動物も、6本足の節足動物さえ通らない。
「天気はいいのに野生の動物もいないなんて。」
やっぱりここは戦場らしい、殺し合いという日常とはかけ離れすぎた空気が生き物を寄せ付けないようだ。

「けれど、こうして休む分にはいいわね。」
ハリオンからもらった最後のクッキーを食べる。
神剣を手放し傍らに置く。

正直言って、その何も無いという異常な雰囲気に呑まれ、逆に安心しすぎていたと後で反省することになるとは夢想だにしなかった。

◆◇◆◇◆◇◆


さらに七分後
キィィィィィン!!
「!」
神剣の気配、しかもかなり接近を許している。

「安心しきって接近を許すなんて。」
右手で自身の顔に平手を入れ渇を入れる。

「皆敵が来たわ!!」
皆がすぐに神剣を手に取りこちらに来る、さっきまで休んでいたのに有事にはすぐに対応してくれる。
「頼もしいわね。」
思わず口に出てしまった。

「セリア!こっちからも!!」
ヒミカの叫び声が聞こえる。

「ハリオン、ナナルゥ、ネリー、ヘリオンはヒミカの応援に行って。
他の皆は私と一緒にこっちの敵を相手にするわ。」

「セリアさんどうして今になって攻めてきたのでしょう、ラキオスの主力部隊を全力で叩いたほうが効率的なのではないでしょうか?」
ファーレーンの質問を反芻し考えてみる。

「多分、主力部隊はサルドバルトに今押される形になっているのね、だから後発隊の私たちを叩くことでラキオスに応援を向かわせないようにした。こういう所かしら。」
「ユート様達が。」
「人の心配より目先に迫った自分の心配よ。ほら来たわ。」
橋の向こうからやってくる影、敵は3・4・・6人って所か。

「皆、ここで確実に敵を倒して先発隊の応援に行くわよ。」
「「「はい。」」」
敵の集団からハイロゥを広げたブラックスピリットが飛び出してくる。

「行きますっ!!」
ファーレーンが飛び出し空中で迎え撃つ。
火花散る剣戟を空中で披露するファーレーン、その戦闘に水を差す無粋なレッドスピリットに。

「アイスバニッシャー!!」
詠唱を中断させ神剣魔法を止める。
詠唱を止められこちらに注意を向けたレッドスピリットに。
「えぇぇぇぇいっ!!」
シアーの攻撃が側面から入る。

レッドスピリットは攻撃を何とか受けることに成功するが、力の差がありすぎたのか後ろによろめく。
「やぁっ!!」
シアーの返す刃で胴を斜めに切り裂かれ、消滅した。

「やった。」
目の前の敵が消滅したことで安心しているシアーに。
「シアー、危ない!!」
「え?」
橋の手すりを飛び越え下から出てきたブルースピリットの凶刃が迫る。
ファーレーンはまだ戦闘中、ニムントールも間に合わない。私も距離が離れすぎている。

「やあぁぁぁぁぁっ!!」
振り下ろされる刃、その軌跡は綺麗な弧を描きシアーに迫る。
「!」
シアーが振り返り『孤独』を構えようとするがどうやっても間に合わない。

時間がスローモーションになる、振り下ろされる剣も遅く、私の足も憎たらしいほどに遅い。
思考だけが普段どおりのスピードを維持している世界で。

ギンッ
金属音が響き、シアーを切り裂く予定だった剣は予定を狂わされ地面と激突する。
カラン・・・

シアーの側に4本のナイフが落ちる、ナイフはしばらくすると金の煙となって消滅した。
「気を抜かないでちゃんと周りを見ないと死ぬわよ、丁度そいつみたいにね。」
シアーに攻撃を加えたスピリットは急所という急所を全てナイフで穿たれ消滅した。
「久しぶりね、セリア。」


────────Ciliya side
「久しぶりね、セリア。」
台詞と同時に、もう一箇所にナイフを投げる。
橋の袂で奇襲を仕掛けようと待機していた二人のスピリットに当たる。
さっき、もう一人殺したからこれで3か。

同じ頃にブラックスピリット同士で戦っていた二人もヘルメットを被った多分ラキオスのスピリットの勝利で終わる。
「ありがとうございます、シリアさん。」
セリアがこっちに来て礼を言う。

「危ないところをありがとうございます。」
さっきまで殺されそうだったブルースピリットもお礼を言ってくる。
「えぇ、危なくなるまで待ってたから。ばっちりのタイミングでしょ?」
周囲を探っても神剣の気配は無い、どうやらさっきので最後だったようだ。

「シリアさん、わざと私たちが追い込まれるのを待ってたんですか?」
「えぇ、復帰第一戦なんだから格好よく決めたいじゃない。」
「何時から居たんですか?」
「ブラックスピリット同士が戦い始めてからよ。」
「随分前、ですね。」
「見てたのに助けてくれないなんて、ムカツク。」
「最後はちゃんと助けたんだからいいでしょ?あなただって何もしてなかったじゃない。」
グリーンスピリットの弾劾をさらっとかわす、見ていただけの奴にわたしをどうこう言う資格なんて取れはしない。

「そ、それよりヒミカさんたちのほうを。」
「そうね、早く行かないと。」
気の弱そうなブルースピリットの提案をセリアが受け、皆が走り出そうとする。
「行かなくても大丈夫よ、多分もう終わってるから。」


────────Sakuya side
数分前
街道を使わずに湿地帯を横断してきたため何とかラキオスの皆に追いつくことに成功したが。
「わたしは橋の方に行くから、あんたは南ね。」
「はいはい。」
追いついてみれば早速戦闘している、もう少しゆっくりしてもいいんじゃないかね。

シリアは橋の方に、俺は南の方角に分かれる。
「えーっと、あれはヒミカとネリーとハリオンとヘリオンとナナルゥか。
苦戦はしてないみたいだな。」
敵の方が数の上で勝っているたが、実力がその溝を補っている。

「さてと、どう殺したものか。」
『幽玄』を特性の鞘から抜き、刀身を伸ばす。
敵もラキオスも混戦しているので誰も俺に気付かない。

腰を少し落としスピードを上げる、目標は一番近いネリーを狙っているスピリット。
そのスピリットが剣を振り上げる。

ネリーは他のスピリットも相手にしていて反応に遅れる。
「!」
剣が振り下ろされる。
が、振り下ろした腕には手首から先がなく、無様な腕が空を切る。

手首から先と神剣は俺がちゃっかり切り落としている。
ネリーが俺に気付きすぐさま目前のスピリットに止めを刺す。
「サクヤありがとう。」
「どういたしまして。ほらお礼を言う暇があったら次の相手を探せ。」
「わかった、サクヤもちゃんと戦ってよね。」
ネリーが軽く手を振り、近場のグリーンスピリットに切りかかる、随分と余裕だな。

「さて、俺もゆっくりしてるわけには行かないか。」
『幽玄』を短くして混沌とした戦いの中に飛び込む。

突然の乱入者に驚くスピリットもいればお互いそんな余裕も無く、俺に見向きもしないスピリットもいる。
「とりあえず、皆が1対1になるようにしないとな。」
数の上で勝っているサルドバルトのスピリットは実力の低さを手数で補っている。

事実、自身よりも強い者との1対1よりも実力は勝っていても多対1のほうが苦労することは多い。
スピリットの間を縫うように、それでいて速度を落とさず走り抜ける。
ヒミカが二人のスピリットを相手に苦労しているようなのでとりあえず手助けする。

ヒミカの受け持っている二人のうちの一人が俺に気付く。
「もう少し回りに気を配らないと長生きできないぞ。」
振り向き剣を振るおうとするスピリットの額に『幽玄』を投擲する。
シリアには到底敵わないが、それでもマナで後押ししたナイフはまるでそこにあるのが当然のように額に突き生える。

まだ消滅しきらないスピリットの額から『幽玄』を引き抜き、そのまま隣の敵を一閃する。
「あせったか。」
俺の攻撃はスピリットの肩に深くは無い傷をつけるまでにとどまった。
「あ、ぐ。」
スピリットが重低音の悲鳴をあげる。

傷自体はたいしたことは無い、だが致命傷ではないその傷も致命傷を呼ぶ傷となるため致命傷といっても違いはない。
肩を切られたスピリットは満足に剣を持てなくなり、程なくヒミカに切り裂かれる。
「サクヤさんありがとうございます。」
「約束だったからね、今まで待ってもらったしお互い様だよ。」
敵は数を減らされ既にラキオスに追い詰められる形になっている。

「もう、水を差さなくてもいいかな。」
「そうですね、安心してみていられます。」
最後の敵スピリットがヘリオンに切り裂かれた。

「・・・所で、高嶺達はいないのか?」
「はい、あちらは少数精鋭ですから先行しているかと。」
「たった4人でか?」
「はい、第二詰所の皆はここにいますから。」

『無茶をしますね、第二詰所の皆を固めて動かしていたら自然と動きは鈍くなるのに自分達は自分達のペースで走っていってしまっては孤立するのも時間の問題ですよ。』
どうしたものかね、勝手に助けに行くか皆を連れて助けに行くか。
『助けに行くことは決定事項なんですね。』
まぁ、出身地が同じだしね。
『同類相哀れむと言う奴ですか?』
似たようなもんかな。

『しかし4人ですからね、助けに行くのなら早くしたほうが。』
「しかたない、か。ヒミカ、俺は先に高嶺達の所に行くから後で皆を回復させてついて来い。」
「分かりました。なるべく早く追いつきます。」
「焦って皆が回復する前に出発するなよ。」
『しかし、休憩もなしに行くのですか?流石に疲れたでしょう?』
「確かに、疲れたな。ラキオスから一度も止まってないし。」
まぁ、所々で立ち止まって休憩はしたけど。

「そうよ、もうちょっとゆっくりして行けばいいでしょ?」
やっぱりいつもどおりの台詞を吐きながらシリアがやってくる。
『そうですよ、シリアの言うとおりです。』
「でもなぁ、サルドバルトもそんなに遠くないし。下手に休憩して手遅れってのも後味悪いし。」
「それもそうね、仕方ないか。追いついたら死んでた、なんてことになったら寝付き悪くなりそうだし、化けて出られても困るわね。」

「行くかな、安眠を確保するために。」
「そうね、夜はゆっくり寝たいし。」

──────────────────────


同日 夕方 サルドバルト北門の外側
「やっと、追いついたか。」
遠目に門の外側でスピリットが交戦しているのが見える。
門の内側から神剣魔法が打ち出されているのも見える。

「かなり押されてるな。」
足は止めずに会話をする。
「門が開けばそうでも無いんでしょうけど。」
「そうなのか? 俺には開いても大差ないように感じるけど。」
「門が開けば門内部のスピリットは市街を護るために門から降りないといけないでしょ。」
「あぁ、成る程ね。ならあの門を破ればいいわけだ。」
「そうなるわね。」
大体距離は1kmって所か。

「春風の 花を散らすと 見る夢は───」
足を止め『幽玄』を右手に親指と人差し指で挟むように持ち、左手に添える。
   「覚めても胸の さわぐなりけり────。」
左手の桜は上下に伸び一つの和弓を形作る。
左手に弓、右手に刀の『幽玄』を持つ。

足を肩幅より少し大きく開き土台を作る。

弓を正面に持ってきて、『幽玄』をつがえる。

顔を目標に向ける。

弓を徐々に持ち上げ、額より少し上で引き分ける。

ゆっくりと弓を引き絞る。

会の体勢で最後の狙いをつける。

『幽玄』に桜のオーラが纏われる。

張り詰めた空気とマナが一体化したその瞬間に、矢を───放つ。

弓から矢は弾け出て、桜の尾を引き轟音を上げながら門に迫る。
残心をとり終え、弓を下ろす。

「さて、高嶺達に当たらないよな。」
「大丈夫でしょ。」
『当たったら。まぁそれはそれです。寝つきはとても悪くなりますね。』


To be continued

あとがき
シリア救出編完
何だかんだ言ってやっぱりシリアは助かりました。
溯夜も大怪我しましたがやっぱり無事です。
これってハッピーエンドですかね?

今回の溯夜の魔法「ほとけには 桜の花を 奉れ 我が後の世を 人とぶらはば」は、用は妖夢の幽鬼剣「妖童餓鬼の断食」だと思ってくださいな。
「春風の 花を散らすと 見る夢は 覚めても胸の 騒ぐなりけり」は、まぁ、魔弾、ですね。魔砲には程遠いです。でも溯夜の魔法の中では2番目の破壊力を誇ります。

誰か私にPixiaで色の塗り方を教えてくれ・・・・


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