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ルカモの月 緑ひとつの日 ランサ
「話によるとこの辺りだよな。」
数日掛けてランサに到着、そのままの足でマナ結晶体を捜索する。
「しっかし、無いな。」
『根気強く探しなさい。』
「はいはい。」
さっきから町の人間に聞いて回ったりしてるが誰も「有る」という情報しか知らないらしい。
ラキオス軍が回収しに来たっていう話しも無いみたいだからここにあるはずなんだけどねぇ。
「溯夜さん、ありましたか?」
先のイースペリアとサルドバルトの戦争の数少ない生き残りのリースが話しかけてくる。
「いや、無いな。リースももう帰っていいぞ。」
リースは何でも戦争時に訓練でアト山脈に居たので助かったとか。
「いえ、久しぶりに会えたんですし、シリアさんのためです、まだまだがんばれます。」
あぁ、なんて健気な。因みにリースは現在ランサの町の守護を生業としている。
実際攻撃を受けるということはないのだが、スピリットが居るという事実が人々に安心を与えるらしい。
「そうか、なら向こうを探してみるか。」
「はい。」
方角を指差す、すると同時に、しかも同じ方向から神剣の気配が漂ってくる。
「ん〜。その前にやることが出来たかな。」
「誰でしょうね、こんなときに。」
リースが少しおびえた声を出す。
『無理も無いでしょう、実戦経験は零なのですから。』
「大丈夫だって、大抵の奴なら適当にあしらってやるさ。」
言いながら背中を叩く。
「そう、ですね。では行きましょう。」
◆◇◆◇◆◇◆
「あ〜、お前らか。」
町の外でレスティーナとエスペリアを出迎えた。
「サクヤ、こんな所で何を。」
「それはこっちの話だ、大体そっちこそこんな所で何やってる。」
「私とエスペリアはアズマリアの墓参りの帰りに、ランサにあるマナ結晶体を回収しに来ただけです。」
『あらあら、どうしたものでしょう。』
「俺はこうして昔の知り合いに会いに来た。」
言ってリースを指差す。
「そうですか、聞きますがマナ結晶体は持っていますか?」
「いや、持ってないよ。それに」
言葉を切り、ポケットから『幽玄』を取り出す。
「見つけてたらとっくにここには居ないね。」
軽くマナを中てる。
「・・・レスティーナ様。」
エスペリアが『献身』を構える。
「エスペリア待ちなさい。」
レスティーナがエスペリアを手で制す。
「サクヤ、あなたがマナ結晶体を求める理由は。」
「必要だからだよ、シリアを起こすためにね。」
『幽玄』を逆手に持ちいつでも切り込める体制に入る。
「溯夜さん、どうするんですか。」
「相手次第だ、本来味方だが邪魔するなら仕方ない。」
エスペリアは強いが殺せないことは無い。レスティーナは、アズマリアには悪いが邪魔するなら死んでもらう。下手に生かしたら面倒な事になる、殺したあとはマロリガンのスピリットに全てを擦り付ける。
「で、どうする?俺は負ける気なんてさらさら無いけど。」
『溯夜、ここで彼女たちと争うのは。』
贅沢なんて言っていられない、確かに殺すのは不味いが今はシリアが最優先だ。
「エスペリア槍を収めなさい。」
レスティーナの意外な命令。
「ランサにマナ結晶体は既に無かった、ランサの民が自国の復興のために既に砕いた。」
「・・・分かりました。」
そしてエスペリアの同意。
「・・・悪いな。」
「なんの事ですか?もともとイースペリアの復興に充てるつもりでしたから既にそう使われたのならいいのですよ。私達は一日ランサに滞在してラキオスに帰ります。」
『はぁ、アズマリアの友達ですね。』
「そっか、道中気をつけてな。」
「そちらも怪我なんてしないでくださいよ。用事が済んだらラキオスのために働いてもらわないといけないのですから。」
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ルカモの月 緑ふたつの日 ランサ
「あ!溯夜さんありましたよ、これじゃないですか?」
リースの手には青く光る手の平よりも少し大きい程度の透明な塊。
「ん〜。お、これだこれ。」
「ふ〜、ようやく見つかりましたね。」
「あぁ、まさかこんなところにあるとは。」
因みにここはほとんどアト山脈と言ってもいいほどの場所だった。
「さて、探し物も見つかったし帰るか。」
「はい。」
◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ。」
宿屋のベッドに寝転がり、一息つく。
『これで後一つですね。』
所で、なんで一つでもどうにかなるのに三つも要るんだ?
『一つはいまだ半分ほどしか回復していない貴方に使います、残りの二つで『夜光』をシリアから引き剥がします。』
一つでも引き剥がすことは出来るんだろ?
『えぇ、出来ます。ですが一つだと失敗の可能性があります。』
失敗?
『マナの量が足りない場合ですね、その場合次の段階に進めないので失敗です。』
成る程。まぁ、二つなら確実に次の段階に進めるんだろ?
『はい、次の段階は貴方次第ですね。』
分かったよ、最後の結晶体は。
『貴方が探してください。』
はいはい。検討はつけてるよ。
『それで無かったら笑えませんね。』
大丈夫、絶対に必ずある。
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ルカモの月 黒よっつの日 ラキオス城 謁見の間
ラキオスに戻ってくるなり、また呼び出しを食らった。
「明日よりサルドバルト攻略のため進軍を始める。」
国王の宣言、沸き立つ臣下。ここで国王を冷静にさせるのが有能な臣下というものなのでは?
「サルドバルト攻略のためにまずはアキラィスを落とす。」
作戦の説明、いいのかよこんな堂々としても。障子に目あり壁に耳ありだぜ?
「それから全兵力を持って進軍、バートバルト、そしてサルドバルトを陥落する。」
さらに沸き立つ群臣、別に成功が決まったことでもないし作戦はただの突貫、どこに興奮する材料があるのか俺には甚だ疑問だ。
「おいおい、そんな適当な作戦でいいのか。貴様の頭はそのセンスのない帽子を被るためだけにあるのか?」
一言言ってやる。
「貴様は自分の力に自身が無いのか?」
勝ち誇った目、どうもこれで俺が焚き付けれると思っているらしい。
「馬鹿か、俺は自分の用事を済まさないとラキオスに協力はしないと言っただろう。用事は済んでないからな、俺は未だ貴様らに協力はしない。」
国王を睨みつける、すると周りの連中から「貴様それでもエトランジェか?」なんていう言葉が飛んでくる。
「れっきとしたエトランジェだ。それに貴様らの命なんて羽より軽い、俺に掛かればほんの一瞬で刈り取ってやる。」
俺の一言で静寂に包まれる室内。
「エトランジェやスピリットに保護されている身分でなんていい草だ。まぁそれは俺の世界の人間にも言えることか。」
今度はレスティーナを見て。
「上に立ったつもりで物を言うんじゃない。」
物音一つ立たない謁見の間。
ん〜、ちょっと言い過ぎたか。
『まぁ、これで気付いたのなら安いものでしょう。』
「ほら、今は下の立場に甘んじててやるからさっさと続きを言え。」
『矛盾していますよ、下の立場にいるつもりならへりくだった言い方をしないと。』
気にしない、気にしない。
「・・・作戦に変更はない。以上だ。」
言い終わるとすぐに立ち上がり玉座の奥に消えて行った。
「やれやれ、逃げられたか。」
肩をすくめて反転、出口に体を向ける。
「何やってんだ高嶺、帰るぞ。」
さっきから呆けている高嶺の背中を小突き正気に戻す。
「あ、あぁ。分かった。みんな帰るぞ。」
高嶺の言葉を受け皆が後に続く。
エスペリアが結局高嶺に叩かれるまで放心したままだった。
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同日 ラキオススピリット隊第二詰所 食堂
「サクヤさん、どうぞ。」
お昼も食べ終わった昼下がり、椅子に座ってウトウトしているとハリオンがお茶を淹れてくれた。
「ん、ありがとう。」
お茶を啜っているとセリアがやってきた。
同じようにハリオンからお茶をもらい俺の対角線上に座る。
「サクヤ様。」
話し始めようとするのをとりあえず遮る。
「ちょっと待て、その「様」って止めてくれないか。」
「ですが。」
「いちいち様なんて付けてたら伝えたいことも伝わらない、それに立場に差なんてないだろ。」
『ハイペリアでは“若”なんて呼ばれることもあるのにねぇ』
・・・・・
「・・・分かりましたそれではサクヤさんと。」
「溯夜って発音も違うんだが、まぁ今はいいか。で何だ?話があるんだろ。」
セリアがお茶を少し飲みこちらを向く。
「・・・・人間よりも私達のほうが上の立場にあるのですか?」
あぁ、成る程。そりゃ疑問に思うよな。
「違うのか?スピリットは人間を守っている、人間はスピリットに守られている。
この時点で人間はスピリットと同等か以下だろ。ましてやスピリットより立場が上な分けがない。」
「ですが、スピリットは人間のためにあるのだと教えられてきました。」
セリアの言葉に対して一拍間をおき。
「何を以って人間はスピリットよりも上の存在だって教えられたんだ?」
言い終わるとお茶を飲む。
「それは・・・」
「無いんだろ?何も。
この世界の人間は自分よりスピリットが優れているって本能的に知ってる、けどそれじゃぁ自分達の存在基盤が危うい、だから中身のない踏み台を作ってスピリットよりも自分達の方が上なんだと自分を騙してスピリットを騙す。そうすることで自分達を守ってるんだよ。君も賢いんだから常識を捨てて考えれば分かるだろ。」
「それは。」
セリアが言葉に詰まる。
「だからって人間を見下していい分けでもないんだろうけどね。」
『貴方の世界の人間は保護してもらっている対象をあからさまに上から見ていますが。』
まぁ、それはそれだ。世界が違う以上ここで話しても仕方ない。
「明日出陣なのに士気の下がることを言ったかな。」
今思えばあんなことを言ってスピリットに迷いを持たせるほうが不味かったかもしれない。
「いえ、そんなことは。」
「こうしてセリアが迷ってるのにそんな事いっても説得力無いぞ。」
言い終わると一気にお茶を飲み干す。
「明日はがんばってくれ。俺も用事が済んだら応援に行くから。」
「はい。」
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エハの月 青ひとつの日 リクディウス山脈最北の洞窟
「ここに最後の一つがあるはずだ。」
今回はシリアも連れてきている。後ろでマリオネットのようについてきている。
『成る程、リクディウスの魔龍ですか。確かにここならあるでしょうね。』
シリアを出口付近で待たせ結晶体を探す。
「ランサと違ってそんな広くないからすぐに見つかると思うんだが。」
首を忙しなく動かし周囲を組まなく見る。
「あった。」
予想通りすぐに結晶体は見つかった。
「これで三つ。」
鞄から結晶体を二つ取り出し並べる。
『溯夜そんな無防備なことは。』
「・・・そうだな、『夜光』に砕かれるかもな。」
『まず一つ目を私を使って砕いてください。』
『幽玄』を振りかぶり柄でレーズの結晶体を砕く。
「・・・・これで。」
『えぇ、やっと完全復帰です。』
どこか虚ろだった中身にマナが張り詰める。
『シリアを連れてきてください。』
『幽玄』に言われたとおりにシリアを呼ぶ。
『意識は失ってもらったほうがいいのですが。』
「どうやって意識を刈り取るんだよ。」
『人間と同じで中枢神経に過度の衝撃が掛かると意識を失います。』
あれか、よくドラマとかアニメとか漫画でおなじみの首に手刀を食らわすことで気を失わせるあれか。
『そうです。』
「そんなのできねぇよ。」
『数うちゃ当たるですよ。』
「多分この状態のシリアでも殴るくらいはするぞ。」
さっきから瞬きくらいしか動きのないシリア。
『仕方ないですね、強引にマナを流し込んで意識を飛ばします、麻薬みたいなものですね軽くぶっ飛べます。』
「・・・。」
それしかないのか?それしか俺に手は無いのか?
『大丈夫です依存性はありませんしアップでもダウンでもありませんただ意識を飛ばすだけです。』
いやいや、麻薬って単語だけでアウトですよ。
『なら首元に手刀を。』
・・・・シリア、すまん。
『大丈夫ですよ。』
結晶体を二個器用に左手に持ち、右手の『幽玄』の柄にマナを込め、振りかぶる。
『タイタニックに乗るくらいの気持ちでいてくれればいいですよ。ジャックは駄目でもローズは助かります。』
ちょっとまて!!
だがもう遅い脳内では振り下ろされる右腕をどうにか止めようと化学物質がビンビンに放出されるが全てが遅い、遅すぎた。
俺の意思を無視して右腕は顔の横を通過しシリアの首元に迫る。
『女神の女王を拝むことは出来るのでしょうか。』
キャラが違う。・・・いつからこんなことに。
『幽玄』はシリアの首元に到達し、俺の意識は途切れた。
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たぶん同日 ???
「う。」
生きてる、どうやら女神の女王は拝めそうだ。
『いやいや、これからですよ。』
こいつ。
『先程は随分と楽しませてもらいました。タイタニック号は氷山にぶつかって沈むのですよね?
そして沈み行く船内でドラマがあるわけですよ。』
「それで、ここはどこだ。」
『そして、ですね。ジャックとローズが。』
「おい。」
『わざとですよ。』
「・・・・。」
『ここはシリア、いえ『夜光』の中ですね。』
「全然分からん。」
周囲を見渡せば深淵、足場も不安定で何も光源はない、なのに自分の体はこれでもかって位に良く見える。
『ここに光はありません、あるのは色だけです。
この足場も不安定なもので貴方と『夜光』のお互いの認識の下にここが足場になっているだけです。』
「つまり色がついた物はくっきりと見えるわけだ。でこの足場も両方の合意の下に出来た仮想。
つまり『夜光』もすでにここに居るわけだ。」
『えぇ、そろそろ来ますよ。
最後の説明ですが、恐らくシリアも自分が乗っ取られていると気付けばどうにかしようとするでしょう。
シリアに気付かせるのは私の役目です。』
「そして俺の役目はシリアを押さえ込んでいる『夜光』を叩く。」
『シリアは押さえ込まれている状況にありますから気付けばもっと大きく抵抗するでしょう。
そうなれば『夜光』は内面、つまりシリアに対して力を使わなければなりません。
そうさせないために貴方が『夜光』と戦い、内面に力を向けさせないようにする必要がある。もしくは『夜光』を負かす必要があります。』
「他に方法はなかったのか?」
『もっと多くのマナがあればわざわざ内面世界で『夜光』と戦う必要もなかったのですが。
ちょっと今回は足りないですね。』
「今回きりにしてほしいな。」
『では、私は行きますよ。別に私からの力が失われるわけではないので安心してください。』
「はいはい。」
言い終わると『幽玄』からの応答はなくなり、代わりに。
『・・・・。』
シリアの格好をした『夜光』が現れる。
「・・・・。」
意思の無い『幽玄』を構え、刀にする。
「行くぞ、あいつの名前に恥じない戦いをしろ。」
引き絞った弓から矢が放たれるように飛び出す、『夜光』からのナイフを刀で弾き、避け、肉薄する。
『幽玄』を構え『夜光』を睨み、背後から飛来するナイフを弾く。
「ちっ!!」
体を捻って不可視の足場を蹴り間合いを取る。
先程まで俺がいた場所にはナイフが4本刺さっていた。
休むまもなくナイフが迫る、緩急をつけ迫るナイフはさながら弾幕のよう。
ナイフを体に当たるものだけを弾き、残りの全てを避ける。
『夜光』は両手にナイフを呼び投げ続ける。
俺はナイフを弾き避けるだけで一歩も前に進めない。
軸足を右から左に、左から右にと変え最小限の動きで弾いて出来た弾幕の隙間にもぐりこむ。
さっきからナイフの個数が回を重ねるごとに増えていく。
見れば『夜光』の能力で一度空中停止したナイフが間を置き飛来してくる。
そうすることで手数を増やしている。
「このまま行けばいずれ負けるか。」
ナイフを弾く『幽玄』の速度を上げる。
今までよりも倍の速度を持ってナイフを弾く『幽玄』が作った隙間に潜り込み、『夜光』に肉薄する。
だがまたしてもナイフに道を阻まれ失敗する。
「運命の紅い鎖(フェイタルフェイク)」
呟きと同時に天に向けて無数のナイフが細い腕から射出される。
霞む事無くくっきりと見えるそのナイフはどこまでも昇っていき、ナイフとナイフの間に2撃目のナイフが追いつくことで隙間を埋めていく。
ナイフの量は息を呑むほどであるのは間違いない、ナイフとナイフの間の僅かな隙間に潜り込ませるだけの技量も人外。
だがナイフの軌跡はどこまでも上を向いている、一度限りの方向転換も出来るがあそこまで上昇したなら落下までにかかる時間も短くない。
罠の可能性もあるし恐らく罠だろう、これだけの隙を見せておきながら一切の牽制をしない時点でおかしい。
だが、好機であるのも間違いない。罠を食い破れるか、罠に食い破られるか。
「・・・・踏み砕く。」
一歩で3mつめ、二歩でさらに2m・・・・。
ようやく俺に対して牽制が始まる、どのナイフも当たれば必殺だが、弾けない事も、避けられないこともない。
窮鼠猫を咬む、なら追い詰められている事に気付く前に叩く必要がある。
攻撃が段々激化する、だが確実に前には進めている。
銀の弾丸を銀のワイパーが弾き落とす、点の軌跡に対し線で確実に対応する。
残り3mまで詰めた所でナイフを一つ弾いたら視界が暗転、それがナイフではないと気付く、それが布であると気付く、それがハンカチだと気付いた頃には、何もかもが手遅れだった。
もはや壁のようになった軍団は落下しハンカチを払い落とした俺の目の前にある、牽制で放たれたナイフが左腕に深々と刺さっている。
どうにかして避けようとするが雨のように降り注ぐ弾幕を避けるなんて人間業じゃないし、ゲームでもそんなルール違反をするキャラは居ない。
結果、防御用に魔法を唱える間もなく、一本でも多くのナイフを弾くしかなくなる。
「あ、ぐ。」
肩に刺さったナイフを引き抜く、これでようやく体中に刺さっていたナイフは全て抜け落ちた事になる。
サボテンのように上半身ありとあらゆる所に刺さっていたナイフが綺麗に急所だけを外していたのは俺の技量か唯の天運か。
無傷なのは頭と右腕と両足、左腕ははっきり言って重いだけの邪魔なものに成り下がっている。
傷もふさがりつつあるが、動かせるようになるのは少し先のようだ。
足と利き腕が無事なので戦えないこともない、むしろあの攻撃で両足が無事だったのは奇跡だろう。
ナイフの群れを避けながら引き抜いていたのでかなり時間を食った。
『夜光』には乱れた服を直すだけの余裕もあったようで、乱れていたリボンタイが綺麗に中心に戻っている。
このままだと負ける、このままだとあいつを起こせない。
「ほとけには 桜の花を たてまつれ────」
それに、このままおめおめと逃げ帰るだなんてごめんだ。
「我が後の世を 人とぶらはば───」
────────Ciliya side
「ぁ・・・」
頬に当たる水の感触。
目を開けるとあいつの『幽玄』が目に入る。
「ここは。」
『ようやく起きましたか。』
『幽玄』の言葉が頭に響く。
「わたしは?」
『覚えているでしょう、ちゃんと思い出しなさい。』
わたしは、溯夜とイースペリアの街の中央で別れてアズマリアの部屋に行って、そこで。
「アズマリアが殺された。」
『実際にはあの時は死んでいませんでしたよ、貴女がアズマリアの出血で勝手に死んだと決め付けてしまったのでしょう。酷いものです・・・』
「じ、じゃあアズマリアは!」
『残念ですがあの後お亡くなりになられました。スリハの月 黒いつつの日 午後3時43分37秒死亡確認です。』
「う・・ぁ・・あ・・・」
『そんなことよりも───』
「そんなこと?アズマリアが死んだことがそんなこと?」
『えぇ、そんなことですよ。死んだ人間は戻りません、どれだけ故人を偲ぼうがそんなものただの自己欺瞞です。』
ギリッ
『幽玄』に怒りを覚える。
この剣は何も知らないくせに。勝手なことを勝手な想像で勝手に片付けてくれて。
『死んだ人間はそれ以上どうにかなることはありません、後回しにしても、忘れ去っても死んだ人間は死んだ人間です。』
怒りでどうにかなってしまいそう、感情だけで髪の毛が逆立ってしまいそうなほどに。
『死んだ人間は永遠ですが、今を生きている人間はそうは行きません。』
「え?」
『幽玄』の突然の言葉に高速回転する脳にためらいがでる。
『その双眸を持って自身を見つめ状況を整理してみなさい。』
「わたしは。」
状況は真っ暗な空間、ただ色を持ってわたしと『幽玄』がそこにあるだけ。
「ここは」
段々と思考がクリアになる、どこか遠くから剣戟が聞こえる。
『がんばってくれているようですね。段々と音が戻ってきました。』
「これって。」
『溯夜も良くやってくれます、はっきり言って勝てるかどうかは五分五分でしたからね。あなたが無駄に強くなければ安心できたんですが。』
「!あいつはどうなっ・・・」
起き上がろうとすると強烈な重圧がかかり立ち上がれない。
『溯夜のことよりもまず自分のことです、貴女は現在『夜光』に乗っ取られています。』
「わたしが?」
『えぇ、よほどアズマリアの死がショックだったのでしょう。それにエターナルからの言われも無い弾劾。』
思い出せばアズマリアが切られてからは「あの主も護れない従者の所為で。」って言葉だけが頭に残って無限に響いていた。
響くたびに何かが崩れていくのを感じた。
「それで今こんな情けない状況なわけ?」
『えぇ、背中の羽を真っ黒に染めてね。
貴女を助けようとする溯夜を無視して毎日食べて寝るだけのいい身分でしたよ。』
「・・・。わたしの状況は分かったわ、それであいつは?」
さっきから重圧は増すばかり。
『その内見えてきますよ。ほら。』
深淵の天蓋に光が灯り、向こう側が見える。
「あ」
深淵を切るように視界は広がり、向こう側もまた同じく深淵であること、無数の見慣れたナイフが飛んでいること、馴染みのナイフが見慣れた奴に向かって飛んでいることが分かる。
『怪我、していますね。あれは酷い、油断しましたね。』
「あのナイフって」
『一目見れば分かるでしょう、『夜光』ですよ。』
「わたしと溯夜が殺しあってるの?」
『少し違います、貴女がここに居る以上溯夜を相手に戦う事は出来ないですから。
あれは『夜光』ですね、溯夜に負ければせっかく乗っ取った体を元の主に返す羽目になりますから、必死になって殺そうとしていますよ。もちろんあなたにも力を向けないと内面から乗っ取り返されるのでこちら側にも必死でしょう。』
『幽玄』の説明なんか無くてもナイフの一つ一つが溯夜を殺そうとしている事位分かる。
『さて、貴女はここで眺めているだけですか?』
「まさか、こんな暗くて陰湿なところごめんだわ。」
腕に力を込め立ち上がろうとする、天の裂け目にはさっきと変わって春の霧が立ち込めている。
『ほんと溯夜はがんばりましたよ、実際溯夜が負けてもあなたはわたしがどうにかして見せます。
ですがそこには溯夜の姿はありません、あなたに溯夜の意思を継いでもらいましょうかね。』
この剣は溯夜が死ねば変わりにわたしを叩き起こして鞍替えするつもりらしい。
「そんなの、ごめんよ。そこでしっかりと見てなさい。」
『そう言うと思いました。』
To be continued
あとがき
起承転結で言うと転です。
準備万端さぁシリアを起こそうと思ったらちょっとした壁が出てきた、ってところですね。
あとリース再登場、唯一のイースペリアスピリット隊生き残りです。(溯夜とシリアは別働隊所属でしたので。
さて、『幽玄』が最後にもしダメだったらシリアに鞍替えする、なんて言ってますが、本気です。
『幽玄』にとって一番の問題は契約者の不在であって、溯夜の死亡ではありませんから、目の前に契約者候補が居るのなら死んでもいいかなぁ〜。なんて考える鬼畜さんです。
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