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「……地球と似た世界?」

 石造りのカフェテリア。
 その一角に腰掛けている男と女がいた。

「ええ、そこからの増援要請です。行けば確実にロウ・エターナルと一戦交える事になります」
「そうか…… まあ、アセリアは躊躇しないかも知れないけど……」

 男と呼ぶにはまだ早い、若々しい声。事実、彼は青年と呼ぶべき外見をしている。

「どうします? 悠人さん。貴方達には――」

 女――こちらも女と呼ぶには姿も声も若い。その身に纏っている赤と白のコントラストを持つ巫女服が何ともこの場には似合わなかったが、本人はそれを気にしている様子はないようだ。
 彼女は横目で、遠くの席を盗み見る。その視線の先には、ある母親と子供の姿があった。楽しそうにする無垢な子供に、その母親も楽しそうだ。相変わらず、口数は少ないけれど……

「あの子がいます。拒否する事も出来ますよ。私がここに来たのは、貴方達が一番近い位置に居て、かつ強いからです。カオス・エターナルも徐々に勢力を増していますが、それはロウ・エターナルも同じ。おまけにこちらは対処療法しか出来ない訳ですから……」
「分かった。引き受けるよ」

 悠人と呼ばれた青年は彼女の話を遮るように、しかし快く受け入れた。が、その話を持ち掛けた当人は急に気色ばむ。

「引き受けるって…… 強制ではありませんよ?」
「分かってる。でも、すぐに駆け付けられるのは俺と、アセリアだけなんだろ?」

 巫女服の彼女は悠人の瞳を睨むように見つめる。やがて、はあ、と溜息のような息を吐いた。

「――分かりました。出発は二日後…… 引き受けると言った以上、遅れないようにお願いします」
「ああ」

 返事を確認し、彼女は席を立った。その後ろ姿を見送って、悠人は紙コップの中身を飲み干し、後ろ手に放り投げる。
 空になったコップが音を立てずにゴミ箱に入った。

   ***

「……増援要請?」
「はい」

 何とも形容し難い空間の中――外見だけを見るならば小柄で未成熟な少女といった感じの彼女の前に、小柄な男が膝を着いていた。
 精悍な顔つきをした男の表情は硬い。頭を垂れ、じっと目の前の少女の言葉を待っている。

「――変な話ですわね。つい先日、向こう側の監視も兼ねて複数人送ったはずですが」
「それが、その、何者かに全員排除された模様です……」

 少女は男のその言葉に僅かに眉を顰めた。しかしすぐに元の表情に戻る。

「やはり、その、危険ではないでしょうか。罠の可能性も――」
「そんな事は貴方如きに言われずとも分かっていますわ。 ――そうですわね。要望通りにして差し上げなさい」
「しかし、それでは……」
「――お黙りなさい」

 少女の一喝で男は口を閉じた。黙れと言われた以上、男のすべき事は――微動だにせず、少女の次の言葉を待つ事。それだけだった。

「要望通りの人数を適当に選び、送り込みなさい。後はこちらで処理します…… タキオス」
「はっ」

 少女の隣――そこにずっと立っていた、柱を思わせる体格の男がゆらりと動いた。

「行きますわよ。いい機会ですわ」
「分かりました」

 タキオスと呼んだ男の返事を確認し、少女はその手に自らの身長ほどもある錫杖を手に取った。
 そして小さく嗤う。タキオスはそんな少女の背中にゆっくりと追従した。

   ***

 ――今日は厄日だな。こりゃ。

 リノリウム造りの廊下を忙しなく歩く、草臥れた茶色のコートを着た青年は心からそう思った。
 一昨日は街の中で突然起こった爆発の現場。昨日は突然横倒しになったビルの現場。そして今日は街の外れで起きた、刃物による殺傷事件の現場。この調子で行けば、明日も明後日も何か起きるに違いない。
 そして、こう引きずり回されては休む暇もない。

 エレベーターの呼び出しボタンを押す。程なく扉が開き、大量の人が出てくる。それと入れ替わりに青年はエレベーターの中に滑り込んだ。

「お、ヒヤマ探偵。今日も仕事ですか?」

 中に一人だけ残っていたスーツ姿の青年と目が合う。ヒヤマ――陽山と呼ばれたコートの青年は、ああ、と心底疲れ果てた様子で答えた。

「大変ですね…… ここんとこ連日ですか。一体何が起きてるんだか……」
「全くだ。お陰でお上も人手不足。こうして休む間もなく狩り出される」

 陽山は肩を竦め、グランドフロアに着いたエレベーターから降りる。青年と軽い挨拶をして別れ、真っ直ぐに出口を目指した。
 外に一歩でも出れば、そこはいつもの賑やかな街だ。もう明日になろうかという時刻だというのに、大通りにおける人の流れは途絶える事を知らない。
 ――この活気溢れる街を見ていると思う。本当にあれらの事件は現実に起こったモノなのだろうか、と。

 一昨日は街のど真ん中でいきなり大きな爆発が起きた。幸い多数の怪我人だけで済んだものの、現場にはまだ巨大なクレーターが残っている。

 昨日はこの近くに立っていた、それなりの大きさのビルがいきなり根っこから横倒しになった。倒れたビルそのものは無人で、真夜中だった事もあり周囲に人が居なかったから、巻き添えを食った周囲のビルのオーナーが嘆くぐらいで済んだ。

 そして今日は街の郊外にある森の中で、近くの孤児院に住んでいた子供が皆殺されていた。彼にとって三つの中で一番胸糞悪い事件だろう。凶器は馬鹿みたいに大きい刃物だろうと警察は言っていた。現場を見れば分かった。いくら子供とは言え、胴から真っ二つにしたり、首を刎ねるなんていう芸当が普通の刃物に出来る訳が無い。

 明日は一体何が起きるやら。勿論何も起きない方がいいのだが、ここまで続けばそれは単なる希望的観測に過ぎない。

 陽山は大通りを自分の家に向けて歩く。夕食を作っている暇はないし、第一彼は作れない。近くのコンビニで買って――

「……ん?」

 そこで陽山は自分の視界の遥か向こう、自分の家がある路地に入る道端に誰かが倒れているのを見つけた。またホームレスだろうか。それとも何かの事件か。どちらにしても、厄介なものである事には変わりあるまい。

 しかしそれでも彼がその行き倒れを助けたのは―― その行き倒れが綺麗な少女だったからだ。

(一体どうなってやがる?)

 場所は変わって陽山の家。といっても単なるマンションの一室だ。

 陽山は担いできた少女を唯一のベッドに寝かせると、うーん、と唸りつつ、その少女をまじまじと見た。
 少女の身体をしっかりと覆う、見た事もない服装。染めたとは思えない、完全な若草色の髪。何の装飾も施されてはいないが、高価な物に見えなくも無い銀色の腕輪。
 服装はしっかりしているし、綺麗なきめ細かい肌をしている。家出の可能性はあるかも知れないが、家無き子の可能性は低い。

「どうしたもんかな……」

 ぬう、と唸る。まあしかし、この少女が目覚めない事にはどうしようもない。陽山は少女に布団をそっと掛けると、財布を取って夕食を買いに外へ出た。この時間帯でもコンビニは開いているに違いない。真に頼れる二十四時間営業。

   ***

『――おい、起きろ。こら』

 眠い。

『起きろって言ってるだろうが。斬るぞコラ』

 眠いものは眠い。お腹も空いてるし。動かない方がいい。

『グダグダ抜かすな! さっさと起きろこの****!』

 ――なんか既視感。いや既聞感。
 私はゆっくりと上体を起こした。左手を挙げると、手首にしっかりと嵌まった銀色の腕輪――先程の声の主「虚無」が姿を現す。

『やっと起きたか。全く、道端で力尽きる奴が何処にいる』
「ここ」
『屁理屈こねるんじゃねえ』

 私は周囲をぐるりと見回す。見知らぬ場所。私が身を起こしているベッドの近く、カーテンが開いている小窓からは黒一色の空が見えている。

「ここ…… 何処?」
『見知らぬ優しげな青年の家っぽいな。お前さんを煮て食う積もりでなかったら、後で礼ぐらい言っとけ』

 何だか皮肉げな「虚無」の台詞から、どうもその青年とやらが倒れていた私をわざわざご自宅のベッドに運んでくれたらしい事は理解出来た。だけれど、こんな夜遅くに殿方のベッドにお世話になっている趣味は私にない。ベッドから降り立ち、出口を探す次第。

『礼儀知らずな奴だな、お前さんも』
「貴方もね」

 口の悪い奴にそこまで言われたくないと返し、寝室から客間に抜ける。なかなか小綺麗な客間だ。何やらよく分からない物が色々と置いてあるけれど……

『で、礼すら言わずに出て行くのはいいが、そのさっきから切なく鳴り続けてる腹の虫はどーすんだ?』
「……」

 しばし立ち尽くして、ふとお腹を見る。いつもより少しだけラインが下がっているような気がした。嬉しいやら、悲しいやら。

『あいつがお前さんを食う積もりなら今ここですぐに逃げ出した方がいいだろうが、そうでもなさそうだし、大人しく待ってた方がいいと思うけどな? んで繰り返すが、礼ぐらいは言っとけや。どうせこの世界の勝手も分からないんだ。それなのに目的も無しに歩き続けていくようなお馬鹿さんじゃあるまい?』

 ……目的が、ない、か。
 私は寝室と思しき場所に戻り、ゆっくりとベッドに腰掛けた。

「ふう…… 『虚無』?」
『なんだ?』
「……私は、生きてるのかな?」

 しばしの沈黙。ややあって「虚無」の声が私の中に響く。

『お前さんが自分で自分を生きてると思えばお前さんは生きてるだろう。その逆も然りって奴だ。俺は所詮『虚無』だ。その質問に返すべき明確な答えを俺が持つ資格はなかろーよ』
「貴方は色々と詰まっているように見えるけど?」

『ん? それはだな、アイツと一緒だ。詰まってるように見えて、中身は全然詰まってねえ。存在そのものが詐欺みたいなもんだ。 ……いや、今のアイツは詰まっているのかも知れん。でもアイツは自らの内に詰まっているそれが激しく、だがやがて虚しいモノだと知っていやがる』

 何故か「虚無」は感慨深く言う。その声には怒りのような、哀れみのような、どちらとも言えるけど、どちらとも違う何かがあった。

『詐欺師は自分が売りつけようとする商品が空っぽである事を知っているだろ? それと似たようなもんだ』
「分かりにくい」

『だああああっ! 要約すると、アイツの心は詰まっているが詰まってない。そこに詰まっているものに満足しているが、やがて虚しくなる事を知っている。でも、それでいい。それでもいい――そうやって無理やりに納得して「虚無」を乗り越えるのではなく、受け入れるのでもなく、ただ決断を避けやがったんだ。とんでもねえ糞野郎だよ、アイツは』

 吐き捨てるようにそう言う「虚無」――しかし、私には何故か彼が「アイツ」を認めているような気がした。

『まあ俺自身の話に戻るが―― 俺は永遠神剣として生きている。だが目的はないんだ。何をするでもなく、ただ漂っている。お前さんのような、心が虚ろになってしまった奴に付きまとってるのは、同類への憐憫と嘲笑――それで僅かながら自分を満足させているだけだよ』

 言って「虚無」は沈黙した。

「……私は、何の為に戦っていたのだろう?」

 一人呟く。小窓から覗く星々は輝かず、瞬かず、黒い背景に穿たれた点であるかのように、ただそこにあった。


 This is tale of a certain spirit.
 Her fights an ostensible reason was “Because of a duty”.
 Time flowed; she lost sight of a good reason of fight.
 She falls to an abyss, she thought of herself then.
「For what purpose did I fight……?」

 [Aselia of the eternal ~Spirit of eternity sword~] another person story [Aim obscure]
 Chapter.02 心の叫び ~Void~

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