空気を切る音も無く細剣が振るわれる。
音速を超える速さのその剣閃を、その永遠なる者――エターナルの少女は辛うじて受け止めた。
青年の翻る外套と共に細剣は弧を描き旋回。少女の反撃を悠々と受け止め、容易く弾き返した。
「この……っ!」
剣戟の音が半瞬遅れて耳に響く。青年の操る細剣は、力と重量では勝っている少女の長剣を軽く往なしていた。
外から状況を見る限り、この闘いは細剣を操る青年の圧倒的有利に見える。だが闘いを始めて数分、少女から青年へは勿論、青年から少女へも致命的な一撃は入っていなかった。
細剣が引き、直後に光のような鋭い牙突。避けきれぬと判断したか、長剣がその動きを止め、肉厚の刃でそれを受け流した。無効とした瞬間、また音も無く細剣が弧を描き旋回。同時に少女の鍛えられた動体視力は、青年の翻る外套の内から小さな何かが複数、自分の正中線を基本とした急所へ向けて飛び出すのを辛うじて捉えた。
「――っ!」
長剣そのものの判断によるオーラフォトンの防壁展開と同時に防御へ動く。四本の小さく精巧なナイフ。その三本が空中で見えない力場に捕らえられて弾かれ、最後の一本は素早く反応したお陰で無事に叩き落とした。だが、そこへ青年の細剣が襲い来る――!
踊るような青年の動きと正確無比な細剣の機動。それは反比例する動きのはずなのに、見事な調和を保ち、一体となって少女に襲い来る。
少女が必死で距離を離す。青年は容易くそれに追随し、さらなる猛撃を加える。魔法の詠唱を許さない徹底的な近接戦闘。
そして闘いにおいて、防戦一方というのは基本的に敗北への一方通行だ。それは今回も変わらないようであった。
「――魔法だ!」
「――っ!?」
突然の長剣の警告に少女は慌てて離脱を行い、それを見た。 ――自分の腹部を刺し貫く無数の蔦を。
鋭利な蔦の先端が文字通り四方八方から少女を串刺しにしていた。彼女は苦悶の表情を浮かべ、血液の塊を吐き―― 次の瞬間、跡形もなく消滅した。
青年は一方的だったとはいえ、勝ったというのに寂しげな表情を浮かべていた。しかしその視界にある人物を認めると、途端に穏やかな微笑に変わる。
「お帰り、アステリア。到着は……まあまあ早かったね。お疲れ様」
アステリアと呼ばれた少女は、その手に自身の身の丈ほどもある錫杖を持ったまま、左右色違いのオッドアイで小さく微笑んだ。言葉はない。肩よりも少し長い銀髪と、その酷く華奢な身にしっかりと着けているドレスのような戦闘装束の裾を風に揺らしながら、青年の瞳をその嬉しそうな表情でじっと見つめている。
『――ロリコン』
不意に、青年の頭の中に何処からか響いた、女性の愚痴るような声に、それでも彼はその微笑を絶やさずに訊いた。
「それは皮肉なのかな? それとも『星河』、君には酷く珍しい事だが、嫉妬なのかな?」
『両方ですっ! それに私だって嫉妬ぐらいします。貴方は滅多に私を使わずに『光輝』や『原罪』を使うじゃないですか。大体、今日だって――』
「――君が散々ごねたから、使ってあげたんじゃないか」
『――』
それきり青年の細剣――永遠神剣第三位『星河』は沈黙してしまった。怒ったのか拗ねたのかは定かではないが、どちらでも構わない。そう思い、青年は小さく笑った。
「そう言えば、アステリア。彼女は?」
彼女――青年のもう一人の相棒の事を聞かれると、途端にアステリアは無表情になって即座に首を横に振った。青年はアステリアの相変わらずの態度を見て「もう少しだけ仲良くしてくれれば問題ないのだけどね」と呟き、不意に傍の樹を見上げた。
「――いるのかい? シエラ」
青年がそう呟いた瞬間、音もなく、その樹の根元に大柄な女性が着地した。端正な顔に嵌まった、強い意志が感じられる黒曜石の瞳が青年をじっと見つめている。
「――この世界から敵性エターナルは消失した。増援が来る前に指令を遂行しよう」
「そう慌てなくてもいいじゃないか。こういうのは遅くても確実に終わらせていけばいいんだからね。それに、彼女の命令を聞くのは嫌なんじゃ無かったのかい?」
シエラと呼ばれた女性は、一纏めにした艶のある漆黒の髪と、ラバーのような質感を持った、胸部から首までを覆う黒い肌着に包まれた豊満な胸と、それを更に上から覆う、切り詰めた暗褐色のジャケットを不機嫌そうに揺らして呟いた。
「――確かに奴の事は嫌いだ。ああ、大嫌いだ。性格も、格好も、趣味も、奴の全てが私の気に触る。というか存在そのものが気に食わん。大体、こんな辺境世界での命令だって、奴がお前を嫌っているからだ。だが、命令――任務であり、私達の目的を達成する為に必要であるという事には変わりない。甚だ不本意だが、従うしかないだろう」
「なんであれ、組織に属する者の回答としては、前半はともかく、後半は二重丸だね。まあ私としては前半の回答も嫌いじゃないよ」
「――っ、そんな事はどうでもいい! どうするんだ!」
「まあ―― 彼女の心遣いを無にするのも気が引ける。もう少し、敵の注意を引いてみよう。『堕落』の設置も済んでいる事だし」
「私達だけで奴らを迎え撃つ気か? もう既に連絡は行っているだろう。早くしないと押し寄せてくるぞ」
「まさか。ちゃんと応援要請はするさ。中堅クラスを二、三人、呼び寄せよう」
青年は楽観的に言い、手に持っていた『星河』を外套の中に収めた。
***
『――おい、起きろ、こら』
何処からか声がする。空耳だろうか。私の意識はまだ闇に沈んでいる。それはそうだ。私は死んだ。だから闇に包まれている。声など聞こえるはずが無い。それとも、私は御伽噺に聞くハイペリアに昇ったのだろうか。
『んなワケねーだろうがよ。起きろ。俺がやっとこさ起きたっていうのに、アンタが寝てたら意味ねーだろうが』
やかましい空耳だ。最後ぐらい静かに眠らせて欲しい。まさか、ハイペリアまで通行料が要るとか、そんなオチじゃなかろうか。残念ながら私には持ち合わせはない。だから諦めて欲しい。
『いい加減に起きろ。ほんとーに死ぬぞ? それとも俺が一思いにヤってやろうか?』
あまりにもやかましい。しつこい。さっきからお腹が切なく鳴っているんだから、さっさと眠らせて――
『起きろってんだろうが! この****!』
その放送禁止の暴言で私は覚醒した。声の主を探して暗闇を凝視する。だが、やはり誰もいない。
『やっと起きたか。ここだよ、ここ』
そう言われて、私は声の方を見た。そこには何故か淡く光っている私の永遠神剣がある。剣と言っても槍だけれど、そこは気にしてはならないらしい。
『よう、お早うさん。俺は永遠神剣第三位『虚無』だ。以後よろしく』
「……『虚無』? 三位?」
確か、私の槍はそんな名前じゃないし、大体、位は六位だったはずだけれど。
『あー、それは偽装してたからだ。俺は寝てたしな。お前さんを見るのは初めてだよ』
偽装? 寝てた?
『そこんところは気にしなくていい。とにかく、俺の名前は『虚無』で、位は第三位だ。アンタの精神状態が俺に近くなったんで、こうして目覚めた』
……『虚無』と私の精神状態が近い?
『ああ。『虚無』ってどういう意味だか知ってるか? 虚ろなる無。そのまま言えば――なんにもない。空っぽって意味だ。ああ、別に性格は関係ないぞ? 誰でも経験するもんだ。特に、戦いや争いの中に身を置く奴はな。受け入れるか、克服するかはともかくな。これから先、アンタは俺と共に歩んでいく事になる』
……私は、私は。
『悩むな。こういうのはいずれ理解するもんだ。さて、ここが何処だか知らないが―― 若い娘が身体を冷やすもんじゃない。何処か、寒くない所に行こうぜ。話はそれからだ』
私は取り敢えず『虚無』を手にした。途端『虚無』の姿は消えて、銀色の腕輪になって私の左腕に嵌まる。
上を見上げれば、丸く白い天体が暗闇に映えて見えた。時間は夜。
身を起こし、建物の隙間のような細い路地をあてもなく行く。やがて開けた場所に出た私を、無数の光が包んだ。
「綺麗…… それに、高い……」
『まるで宝石箱だな。きれーなもんだ』
私のいた世界では考えられないほど高い建物が乱立し、無数の明かりが辺りを照らしている。 ――確かに、まるで散らばった宝石のよう。
『何処だろうな、ここは…… 文明レベルがあの世界とはだいぶ違うようだ。それにマナの量も少ないみてーだ』
少ない?
『ああ、そうだ。あの、元いた世界よりだいぶ少ない。どうもマナに頼らない文明のようだが…… 気を付けろよ。元々スピリットのお前さんはしばらくの間、少なからず影響を受けるだろうよ。例えば、体力の激しい減退とか―― おい? おい! 言ってる傍から! こんな所で――』
それきり『虚無』の声は聞こえなくなって、私の意識は再び闇に包まれていった。最後に私が思ったこと。それは――
「お腹空いた……」
This is tale of a certain spirit.
Her fights an ostensible reason was “Because of a duty”.
Time flowed; she lost sight of a good reason of fight.
She falls to an abyss, she thought of herself then.
「For what purpose did I fight……?」
[Aselia of the eternal ~Spirit of eternity sword~] another person story [Aim obscure]
Chapter.01 流転連鎖 ~Chain Reaction~