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     第二章 〜敗北〜


「コツ…コツ…コツ…。」
音が近づいてくる。
いつものことだと思い、特に気にせずにいたスピリット。
だがさすがに気付いたらしい。
(いつもより…数が少ない?)
だが、気付いたからといって何が変わるわけでもない。
その足音は既に洞窟の入り口まで来ている。
そのスピリットにとっても特に関係はない。
数が少なかろうと、いつものようにすればいいだけである。

程なくして…足音の正体が分かるところまで近づいてくる。
その距離5メートルほど。

「噂には聞いてましたけど…」
そこで歩を進めるのをやめ、スピリットに向かい話し掛ける。
「スピリットにしては中々の気迫ですわね。」
口調は確かに感心した様子。
しかしそこからは明らかな余裕が伺える。
相手は所詮スピリット…そんな余裕である。

スピリット。
そのスピリットにとっては初めて聞く単語。
最初は不思議に思ったが…すぐに自分を指すと理解できたらしい。
そのスピリットの顔に浮かんだ疑問の表情は、すぐに消える。

「黄色のスピリット…予定外ですわ。
なぜこんな物が生まれたのか不思議ですわね。」
胡散臭そうな顔をしながらそう言う。
「…まぁ、考えられる理由は一つしかありませんわね。
それしか説明がつきませんもの。」
何かやれやれといった顔だ。
「でも、こんな色になるとは予想できませんでしたわ。
…まぁどうでもいいことですけど。」
本当にどうでもよさそうな表情。

このスピリットの気迫に動じるどころか余裕をみせるこの人物。
一体何者なのか?

見た目の年齢は多めにみつもっても十四。
それほどまでに幼い様子だ。
顔つきはとても可愛らしく、これを美少女と呼ぶのだろう。

しかし彼女から発せられる雰囲気。
それはとても十四年しか生きていない女の子のものではない。
いや、数十年たってもこんな雰囲気は発せられないだろう。
数えるのがめんどくさくなるほどの死線をくぐり抜けてきた。
それも何百年、いや何千年にもわたって。
そういう者が発せられる雰囲気だ。
実際にそんな者が存在するのかどうかは不明だが、少なくても目の前の少女はそうなのである。

「死んでもらうのが一番なのですが…。
なんだかもったいない気もしますわね。」
何か悩んでいる様子。

「そうですわね。
スピリットに所詮価値などありませんけど、私から特別にプレゼントいたしますわ。」
その少女はスピリットのほうに顔を上げて
「私はテムオリンと申します。
あなた達ごときに教える名ではないのですけど、まぁ特別にってことですわ。」
その少女はテムオリンと名乗る。
「あなたの名前を教えて下さるかしら?」

(私の名前…。)
「名前」という概念をこのスピリットは知らない。
しかし、このスピリットは生まれた瞬間に二つのものをもっていた。
一つは今も右手にもっている剣。
そしてもう一つは幾つかの言葉。
その言葉のなかに一つ不思議なものがあった。
その言葉以外は自分以外を指すものであるのに対し、それは自分を指す。
きっとそれが「名前」なのだろう。
そう直感で感じたスピリットはこう答えた。
「私の名前は…ミリア。」

「そう。ミリアですか。」
自分で聞いておきながらどうでもよさそうな口調。
「ではまずあなたが一体何なのかを説明いたしますわ。」
面倒くさそうにそう言う。
「あなたはちょっと例外のスピリットなのですわ。
おそらく体の構成が全て不活性マナなのでしょうね。」
そこで溜息をつきながら…
「例外など必要ないということですので、あなたを消しに来たのですけど…」

消しにきた…。
その言葉にミリアは反応する。
「消す」
その言葉をミリアは知っている。

物を見えなくすること。
目の前から存在をなくしてしまうこと。

そして…自分を消すということは…
私の存在をなくしてしまう…
私の前で金色になって消えていく者のように、私もなくなってしまう。

そして自分が金色になってなくなってしまう前には…
必ず…あの感覚が襲ってくる。
二度と感じたくない…あの感覚が…。



ミリアは地面を蹴った。
向かう先は前方の敵。
消されたくない。消えたくない。
その恐怖で塗りつぶされたミリアの頭が考えることは、前方の敵を消すことのみ!

ミリアが地面を蹴ったことを認識できる前に、既にテムオリンはミリアの射程内に入っている。
スピリットではありえないスピード。

ミリアは戦闘に関して今まで自分から動いたことはなかった。
よってミリア自身のスピードを見た者はいない。
全員、見る前にマナへと化すのだから。

初めて他人にみせるミリアのスピード。
それは相手に防御の体勢を構えさせる暇を与えない。
ミリア自身からしかける本気の攻撃。
それは防御不能、認識不能の一撃必殺なのである。
そして相手は斬られたことも分からないまま、マナへと化していくのだ。
それに例外はない。

地面を蹴ってから今まで一瞬。
テムオリンを射程に入れた位置。
ミリアはそこで地面を強く踏む。
地面を踏むことで慣性を殺しながら、同時進行で剣を構える。
体の慣性が完全に消えた瞬間。
そのまま左から剣を薙ぎ払う。

無駄のない動き。
とても美しい一連の動作だ。
だが、とても認識できるようなものではない。

つい一瞬前のこと。
自分がミリアの射程に入ったとき。
テムオリンはその剣を止める動作に入った。
普通ならば自分が斬られたことさえも分からないような速さ。
反応することができたテムオリンの反応速度、動体視力は半端なものではない。

だが遅すぎた。

薙ぎ払われたその剣は、止まることなく一瞬でテムオリンの体を両断する。




…はずだった。
だが…。

キィィィン

薙ぎ払われた必殺の一閃は…
あっさりと止められていた。
テムオリンのもつ杖、永遠神剣「秩序」によって。

「いきなり斬りかかるのは失礼というものですわ。」

テムオリンは微笑みながら

「でも驚きましたわ。」
今度は本当に驚いているような表情。
「普通のスピリットより戦闘能力が高いとは分かっていましたが、
まさかここまでとは思いませんでしたわ。」

止められる。
予想外の出来事だったが、ミリアは動揺しない。

ミリアは剣を杖と接触させたまま、それを利用して時計回りに敵の後ろへ回り込む。
剣の回転に乗ることでスムーズに背後に回れるのだ。
だが、完全に回り込む少し前に剣を杖から離す。
テムオリンから見ると自分の右後ろ。
そのままテムオリンの背後まで移動。
やはり同時進行で剣を構える。
今度は突きの構え。
構え終わるのと背後を完全にとるのは同時。
あとは、そのまま敵の背を剣で貫くのみ。
狙うは心臓。
この間でのまばたきの回数は一回。
とても防げるようなものではない。

やはりテムオリンは反応した。
瞬間で言うとミリアがテムオリンの右後ろに移動している時。
つまり、剣と「秩序」とが離れたとき。
その時にテムオリンはミリアの動きに気付き、後ろへ振り返ろうとする。

だが、今度こそ本当に遅すぎる。

もしもミリアとテムオリンの動きの速さが同じだとしても、
ミリアは残り45度の角度でテムオリンの背後へ回ることが出来る。
しかしテムオリンは振り向くには180度。
4倍の差など埋め様がない。



貫いた。
ミリアがそう認識したと同時に。

「でも所詮は…。」
心臓を貫かれて絶命したはずの者の声が聞こえる。

自分の真横から…。

理由は単純明快。
横に避けただけである。

「所詮はスピリットですけど。」

今ミリアの体は洞窟の内部への方向、テムオリンの体は洞窟の入り口の方向。互いに横に並んでいる状態。
だがミリアは焦ってはいられない。
ミリアが考えることは、一番効率のよい攻撃方法。

このまま背後に回り込む。
今の状態からはそれが最も短時間で効率的だろう。
だが、今の突きを避けられた。
それがテムオリンにとってもぎりぎりだったのならミリアも迷わず背後をとることを選ぶだろう。
しかし相手はただ横に避けただけではない…。
まず自分の体を180度回転させる。
そして、ミリアの最終到着地点を予想する。
最後にその真横の位置まで移動する。
ミリアが45度移動する間に、それだけのことをやってのけたのだ。
つまり、ミリアよりそれだけの時間の余裕があったのである。
ならばまた同じ結果を繰り返すだけであろう。

ミリアは横へ飛ぶことを選んだ。
飛びながら真横の敵に対して一閃。

この方法だと相手に斬り込む刃も後退してしまうことになる。
ミリア自身のスピードを考えると一撃で仕留めるとまではいかないだろう。
だが、まともに当たったら相当な深手を負う。
そうすれば相手に勝ち目はない。

ミリアは地面を横に強く蹴る。
足が地面を離れるまでに、体を90度回転。
同時に剣を体の回転にのせる。
90度回転し終えるのと同時に足が地面を離れた。
体の回転による慣性で未だに回転を続ける剣。
さらに剣にスピードを加える。

一閃を繰り出しながら、ミリアは3メートルほど横へ跳躍。

そして着地。

今の一閃を避けられるとは考えにくい。
今度こそ…。


だがミリアの顔には疑問の表情。
まるで手応えがなかったのだ。
剣の回転が遅すぎたのか?跳躍のスピードが速すぎたのか?
そう思いながら、ミリアはテムオリンの方へ顔を向ける。

…そこにはテムオリンはいなかった。

しかし、直後ミリアにはテムオリンの居場所が分かった。
背中に何かが当たったのだ。
そこに岩などなかったはず…。
ならば、その何かとは一つしかないだろう。

後ろを振り向くミリア。
そこには予想通りの姿があった。
冷ややかな目でこっちを見ている。

すると、視界の端に入るものがあった。
テムオリンの杖である。
杖の先の存在場所はミリアの首の真横の空間。

ミリアは急いで後ろに跳躍し、テムオリンとの間合いをとる。
まさか杖で首は刎ねれないだろうが、なんとなく危険を感じたのだ。

「もうやめておきなさいな。」
テムオリンが溜息交じりで言う。
「あなたでは私には勝てませんわ。
あなたは私より弱者。
そんなことの証明はすぐに終わりますのよ?」
さっきまで微笑んでいた顔が、実につまらなそうな表情。
だがミリアには相手の言葉を聞いている余裕はない。

今はテムオリンとミリアが向かい合っている状態。
ミリアが最初に攻撃をしかけた時と同じ状態だ。
ただその時よりもお互いの距離は短い。
3メートルほどであろうか?

(次こそ消さなきゃ…さもなくば…)
「消される。」そう思い、ミリアは地面を蹴る。
だが蹴った瞬間、頭上に何かを感じた。
それがマナの気配だということをミリアは知らない。
ミリアは「マナ」という言葉を知らないのだ。

その感じた何か。
それは数本の剣であった。

真っ黒な剣。
数は5本ほどであろうか。
1本1本が自分よりはるかに大きい。

そう認識した瞬間、自分に向かって剣が降りかかってくる。
前へ避けるか、後ろへ避けるか。
どちらでもよかったのだが…
ただなんとなく、ミリアには前へ避けるのが危険に感じた。
今、この瞬間、テムオリンに近づけば消される。
そう思ったのである。

後ろへの跳躍には、踏み込みが必要。
だが、体は前へ飛び出そうとしている。

ミリアは無理やり50センチほど先に着地。
そこから一気に地面を蹴って後ろへ跳躍しようとする。
だが着地から踏み込みという時間のうちに剣はかなり接近していた。
間に合うか。間に合わないか。
そんな瀬戸際の中で、ミリアにできることは一つ。
ただ後ろへと飛ぶことのみ…。

剣が地面に突き刺さる。
剣は突き刺さった瞬間に消えてなくなった。
だが地面には、はっきりと何かが刺さった痕が形成されている。




ハァハァ。
息を切らしながら腰を崩している一つの人影。
ミリアである。
どうやら避けることは間に合ったらしい。
だが、その焦りの表情はかなりぎりぎりだったことを意味している。
普段は無表情なミリア。
戦う時でさえも無表情。
それは相手との圧倒的な戦力差による余裕からくるものなのだが…。
今回ばかりはそうはいかない様子だ。

よく見ると焦りの表情の中に、苦痛の表情が混じっている。
無理な着地から、強烈な踏み込み。
どうやらこれらがミリアの足に負担をかけたらしい。
これでは剣による一閃は繰り出せないだろう。

ミリアはその場で立ち上がる。
「…」
何かを呟くミリア。
つぎの瞬間、地面に剣を突き刺す。
そして、洞窟全体に広がる金色の光。
それが光ったことを認識できる者自体少ないのだが…。
以前、この光は十匹のスピリットを一度にマナへと返した。

効果範囲は洞窟全体。所要時間は一瞬。
非常に精神力を必要とするこの魔法は、ミリアといえども何回もは使えない。
よってミリアは絶対に相手が消えてしまうと判断した時にしかこの魔法を使用しない。
だが今回は…。「絶対」という自信がない…。
つまり、賭けの大技だったのだ。

隠れる場所。
防ぐ方法。
そんなものは何も、どこにもない。
ただ、ミリアを除いたその場にいるもの全てをマナへ返す。
ミリアが『死』と呼ばれる所以の技。



だが…。
ミリアは愕然とした。
いや、予想はしていたのだが…。

衣服も髪も乱れていない。
ただ、つまらなそうな顔をして、

ミリアの目の前。そこにテムオリンは立っていた。

「やめておきなさいと言っているでしょう。」
いらいらしているような口調。
「既にあなたの存在自体が私に勝てない証拠なのです。
あなたは私には勝てない存在。
それは定義なのですわ。」

(駄目だ…。私じゃ…消せない…。)
ミリアは終にそう結論付けた。
(私…消されるの?消されちゃうの!?)
いままで忘れていたツケのように、一気に恐怖がミリアを襲う。
(いやだ!あんなのはいやだ!!あの感覚はいやなの!!いやだ!いやだ!いやだ!)

ミリアの表情。
人形のように整ったそれは、やはり美しかった。
だがそれは、
人の悲しみの表情を描いた絵画。それの美しさであった。

「おね…が…い…。た…すけ…て…。」
恐怖でうまく話せない。

ミリアの前で恐怖するスピリット達のように、ミリアもテムオリンの前で恐怖する。
やはりスピリットが戦闘種族だといえど、圧倒的な存在の前では恐怖をするのだろうか。


そんな様子を、テムオリンは相変わらずつまらなそうに見つめていた。
いや、見下していた。

「先ほど感心したのが馬鹿みたいですわ。」
今度は吐き捨てるように言う。
「安心なさい。別に殺しやしませんわ。
まぁ、最初はそのつもりできたのですけど。
途中から気が変わったものですから。」
それに…と前置きして
「私が直接殺してさしあげようと考えたのもあなたの噂を聞いたから。
あなたが、私が手をかけるほどの価値があると聞いたからですわ。
でも命乞いをするようでは、そんな価値とうていありえませんし。
殺して下さいと言われても願い下げですわ。」
呆れた声でそう言うテムオリン。

「ますますあなたには何の価値もありませんわね。」

続けざまに、けなすようにそう言う。

「でもまぁいいですわ。」
また溜息交じり。
「さっきも言いましたが、あなたにプレゼントを差し上げましょう。
あなたに『役割』を差し上げますわ。
まぁ何の役割かは教えませんけど。」

テムオリンは洞窟の入り口のほうに向きなおる。

「とりあえずあなたにはここに居座り続けてもらいますわ。
そうすれば自然と役割を果たしてくださるでしょう。」

「無事成功することをお祈りいたしておりますわ。」

そう言ってテムオリンは洞窟から姿を消した。



助かったミリア。
まだ恐怖の余韻が残っている様だが、表情は少しほっとしたものになっている。

「誰…なんだろ?」

今のが誰なのか分からない。
ただ強かった。まったく歯がたたなかった。

(私の前で消えていく…すぴりっと?…達も、私みたいに感じているのかな…?)

少し嬉しく思えるミリア。
どうやら、他のスピリットとの共通点をもつことに喜びを感じるらしい。
それは安心するという意味合いの方が強いのだろうが。
そう思えるだけ、ミリアには余裕が戻ってきたのだろう。

テムオリンは自分のことを知っていた。
一体何者かなのかは気になるところ。
気にはなるがもう一度会いたいとは思わない。

初めての敗北。初めての恐怖。
『死』の存在であるはずのミリアは、今はまるでそんな影はない。

(ここにいればいいって言ってたよね…。)

今は、ただのイエロースピリット。ミリアである。

(ここに…いよう。)

今日の訪問者によって、この場所はただの洞窟になる可能性もあったのだが…。
どうやらまだしばらく
「死」の場所であり続けるようだ…

そう…もうしばらく…。




…あとがき…
はい。2章かかせてもらいました。RITです。
今回は…なんかアクションしちゃってますね〜。
なるべく状況を分かりやすくしようと思ったのですが…。
逆に分かりにくくなっているような…。
でも気にしたら負けですよね!
あと、「慣性」とか「一瞬」とかいう言葉に頼りすぎかも…。
ついでに、着地音や剣を振るう音の「ビュン」とかは敢えて使っていません。
いや、剣を振るっている時間が短いので聞こえないのと同じなのです。
着地もとてもスムーズなのです。
つまりミリアの強さを強調するためなのですが…。
なんかつけた方がよかった感もありますよね。
ミリアの名前なんですが、
セリアのセをミに変えてみたところ可愛かったから…
そんな理由です。
もうちょっとこう…遠回りに名前を出したかったのですが、
ものすごく直接言っちゃってますね。
あと、この2章なんですが。まぁテムオリンvsミリアってことになっていて…
本当は2章の半分で済ませるはずだったのですが…
ものすごく長くなってしまった…。しかも半端なく…。
えっと、ここまで読んでくださった皆様!本当にありがとうございます。
なんとも中途半端な出来なSSでございますが…
3章、続きます。
どうか、次も読んで頂けますようお願い致します。
ではこの辺で…

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