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サルドバルトという国はダーツィの国に次いで国内の貧民度は高い。
ラキオスは国土としては大陸内で最少面積しかないのだが、リュケイレムの森やリクディウス山脈などのマナが豊富な大地を有している。
単純計算だけでもラキオスの有する豊かさでサルドバルトを今よりも賄える計算結果だ出てきてしまう程だ。
しかしサルドバルトの現実では不可能であり、イースペリアも含めた両国からの食料流通によって難を逃れている。

その援助による対価は貿易として成り立っているために可能としている。
その対価は国の西側全てに面している絶壁と見間違えてしまう程の急勾配と高度を有しているミスル山脈。
ほぼ垂直な山肌ばかりなために人がこれを踏破しようとする者は皆無。そして他にもその山の向こうにあるモノの為に登ろうとしない。
中立自治区ソーン・リーム。大陸全ての国共通の認識である神聖な領域とされているので正規の道以外はタブー。
そしてそんな山脈こそがサルドバルトという国を支えている生命線なのだった――。


Before Act - Aselia The Eternal -
三章 サルドバルト  第四話 - 黒い揺り籠 -

注意:話の中に性的かつ暴虐的な表現が含まれておりますので、苦手な方はご注意下さい。


国内では唯一つしかないミスル山道は主に国最北で沿岸沿いのバートバルトから行く事となる。
次点で首都が近い城下町ではあるが、帰りにバートバルトに一旦立ち寄る結果となるである。
首都からでは山脈脇を延々と通り、高低差のある道なために山脈を登るだけで相当な浪費となる。
その点バートバルトからは海沿いという事で潮風以外には対した苦難はないので必然的にバートバルトに一時的に寄るのがこの国の習慣となった。

山道へは海から入るようにミスル山脈の最北に近い地点から南下するように登る。
サモドア山道のように崖と隣り合わせ、ではなくて自然の山道を人の手によって開拓していた。
道は山脈中腹辺りで行き止まり、広場が大きく広がっていた。そこでは大勢の人が、“少女たち”が働いている。

鉱山夫の怒声で他の男達が大荷物を背負って山肌に掘られた穴から出入りをしている。
それとすれ違うように少女達が大きな荷車を引いたり押したりしていた。
女の子と言っても差しつかえのない年端のいかない子も少なくは無く、逆に熟れた肉体となった女性も居る。
そんな彼女たちは揃いも揃って簡素な服を着て身体全体を薄黒く汚している。
汗を多量に流し、肌を伝って落ちるために身体の汚れに模様を描いてより一層汚さを印象付けていた。

その様子からはこの山脈中腹に居る誰よりも汚れ、肉体労働をしているのは一目瞭然。
彼女達の様子を見てしまえば男達はただ遊戯をして楽しんで汗をかいている様にしか見えない。
しかし、それを誰もが当然として受け止めた様子で気にかける男は皆無。彼女たちも何も不満も抱いていない様だ。
唯一の例外とすれば、先ほどから男達が幾度も場違いの姿恰好をしている一組の男女である。

「………いつ来てもこの場所はいけ好かないわ」

不満を隠そうともせず、シルスは荷車を懸命に押し続けている少女達に注がれていた。
髪は大層汚れているがその下からでも確認できる青や赤、緑などの色が見えている。
彼女たちはスピリットである。背に自身の神剣を背負い、神剣の力を行使しているを感知出来ているのだから間違いない。
そして力を駆使しても人が歩く速度でしか荷車を押せていないという事は、その荷車の中の重さは信じがたい程の重量なのだ。

「スピリットほど此処の人材に適した存在は他には居ない。ならばそれを有効活用するのは人の性。
例えそれば自身と同じ様な種族と酷似していたとしても、だ。これは以前に話したが…」

シルスの隣りで自身の前しか見ずにシルスに言葉を投げかけている男はレイヴン。
彼は男達が動き回る広場を縫うようにして歩き、シルスも視線を他所に向けたまま器用に後を着いて行っている。

「覚えてるわよ。というよりも此処に来れば嫌でもそれは思い出して仕様がないのよ。
スピリットは人間には忠実であり、道具としか見られない。そして今のあたしを見るこいつ等は奇異の眼差しという事も、ね」

視線をレイヴンの背中へと向き直る。
先ほどから感じ、視界の隅でどうしても見えてしまう侮蔑に嘲笑、嫌悪に欲情の眼差し。
だからよりレイヴンとの距離を縮めてなるべく視界の幅を減らそうとしている。
知っている。慣れている。判っている。だがそれでもシルスはその量の多さに辟易としてしまう。

「同行する必要はなかった。それを解っての事だろう?」

「…分かっている」

「『自分が同行しなければ彼女たちのどちらかが一緒に行こうとしてこの視線に晒させないために自分が』、だからか」

「……恥かしい記憶を此処で思い出させるなっ!」

ついには歩くレイヴンの背中に頭をぶつけ、外套を掴んで顔を隠す。
覗く耳は真っ赤に火照り、照れ隠しをしているが十分に見て取れる。
そしてその行動はレイヴンへと向けられる様々な視線を一心に浴びる事となるが、馬に念仏の様に何処吹く風。
レイヴンはシルスがその態勢のままに山肌にある、人が出入りしている穴へと入って行った。

その中の構造は洞窟にしてはチグハグな壁面。人為的に作られた事を如実に物語っている。
この辺りには壁が発光するだけマナが含まれていないようで、灯火が一定間隔ごとに左右の壁に設置されていた。
奥に進むにつれて日の光が薄くなり、灯火だけの明暗の視界は人に不快さを如実に表す。
すれ違う人が皆、不気味な影を有しているようでこちらを一瞥するのを見ただけでも見えない含みを錯覚させる。
特にスピリットたちが荷車を蓄積した疲労の中を押して外へ向かう光景はまるで自身が夢の中で映し鏡で見ている様で心苦しい。

足元は適当に均されているのだが、人の手ということもあってあまり安定しない。
足取りのとり辛さに暗闇と相まってストレスが溜まり易く、この中での悪性労働環境は大陸内において上位に位置するであろう。
最も、それを行うのが専らスピリットであるために一概に換算したモノである。

鉱山。ミスル山脈には豊富な鉱物埋蔵量に純正度の非常に高い鉱山が多くある。
硬貨は当然として様々な文化へと昇華できるので、非常に重宝される物なのだ。
故に鉱山を開拓したのは必然としてこれがサルドバルト唯一の特産であり、生面線であった。

「この場で待機してこの先への行動を共にする必要は無いはずだが?」

もう既に太陽光は届くはずもない洞窟の中でレイヴンは立ち止まって後ろを見やる。
あと数歩進めば一際明るい空間へと出られる所まで来ていたのだが、何故かこの場で止まっていた。

「問題ないわ。さっさと行きましょ」

言葉の意図を知っているためにシルスはレイヴンの前に踊り出る。
その返答にレイヴンはそれ以上何も言わず、足を再び進め出して二人は細い坑道より広場へと出た。
広い空間であるので灯火の数も多かったのがこの空間が一際明るい要素であった。
この空間には奥行きがあり、左右の壁には複数のドアが規則正しく並べられているので居住区である事を現している。
鉱山内でこのような部屋という機能を持たせるのは事務室かそれに準じる用途の部屋しかない。
そして規則的に並べられているとすれば倉庫か居住区。前者は皆無という判断をするのはこの空間までの道が細いので不便だからである。

人気を感じさせない静けさ。だがレイヴンとシルスは幾人もの人の気配を既に感知している。
だが感じられるそれはあまりにも殺伐とし、喉を詰まらせるような甘美なるモノであった。
奥へと足を進めると空間を区切るように出っ張っている壁の横を通り過ぎると、音が聞こえて来る。
それは数多の甘い声の重奏によって発せられ、最奥の開け放たれている部屋から漏れ出している。
そしてその部屋の中では――

――肉欲の宴が淫靡に催されていた。

鉱山で働いているであろう屈強な肉体の男達がまるで捌け口として使用しているように少女たちに群がり蠢いている。
捌け口とされているのはスピリット。その容姿や年齢は千差万別。幼い者も居れば熟れた者も居る。
そのスピリットを弄るのが一人に対して単数であったり複数、または大勢という表現が適応していた人数だったりもしていた。

この部屋だけが無秩序に拡張された灯火のみで、鉱山の壁が剥き出しとなっている。
その壁にスピリットを壁面に強引に押し付けて喘がせている者も居れば、小道具で貼り付けにして裸体を遊んでいる者も居る。
スピリットたちの肌は白濁とした粘液が彼女達の身体に媚びり付けている者が大半で、繊細で美しい色合いを持つ髪は粘液が乾いて張り付いた為に変形して固形化していた。
彼女達はそれを気にした風もなく腰を動かし続け、ある者は口を男の股間に埋めている。

スピリットたちはその殆どが嬌声を発し、男の荒々しい呼吸音とともに部屋中に響く。外に漏れていたのはこの声だ。
一体どれだけの時間をこの状態で過ごしているのか見当がつかないほどに部屋が熱気と頭を突くようで甘ったるい香りで充満している。
男たちの体は外気と自身の発熱で真っ赤に染まり、スピリットたちはウットリとした表情と体を桜色に染めていた。

彼女たちの肌は日の光を浴びていないためか、透き通る様な色合いをしている。
その肌を桜色に染め、汗で非常に艶やかに映えて男たちの情欲をより一層拍車をかける。
誰もがこの空気に酔いしれ、頭の働きを肉欲で完全に溺れていた。

それは初めての者であれば即座に気分を害して嘔吐してしまうだろう。
しかし、慣れてしまえば逆に自身の肉欲を掻き立てる何よりの媚薬。
だが、その部屋に例外なる男、レイヴンは眉一つ動かすことなく静かな呼吸で歩いて進む。
腰を振る事に夢中で目の前を直ぐ横をレイヴンが通過しても気が付かない。それほどまでに腰を振る相手に溺れ、空気に侵されていた。

行為の合い間に休憩した者は彼の存在に気が付き、異質な空間に全く異なる空気を有している男を睨む。
晴れ渡る空の下に道を歩き、草木が風に吹かれて葉が奏でる音を耳にする当たり前に見向きもしない様に。実質、それは明らかに異質であった。
レイヴンは横穴が開いて板で封鎖されている一角である部屋最奥へと辿り着き、複数のスピリットに囲まれた男を目の前に立ち止まる。

「アルヘスト・サイロン。商売の話がある」

「…何だよ。今は鉱山っていう女っ気のない生活で唯一の女遊びの場に茶々入れんなよ旦那」

熟れたスピリットの身体を弄って喘がせながらアルヘストという男は答えた。
手の空いている他のスピリットたちはアルヘストの身体に縋り付き、快楽を求めて嘗め回している。

「どうだい旦那も。いつも連れてる妖精に飽きてんじゃないのかい? どれか一つ賞味してみんのはどうだい」

「必要ない。俺は貴様に話をしに来ている」

アルヘストの言葉で快楽を味わせてくれる男として空いていたスピリットたちの数人がレイヴンの身体に縋り付く。
レイヴンはその殆どを成すがままにしていたが、服を脱がそうとする者や話の邪魔になる者は問答無用で引き剥がしていた。

「へいへい。相変わらずの商人(あきんど)な御人だよ、旦那は。それで、今回は何がご所望で?」

「いつものヤツを倍だ。その他に宝石類もいつもより一割増しで。無論、払いに箔を付ける」

その言葉に眉を寄せたアルへストは大げさに肩を竦めさせた。

「おいおいおい。いくらとびっきりの上客な旦那でも流石にんな品数を現地で売り捌いたとなっちゃあ目を付けられちまうぜ」

レイヴンは自分が製作する貴金属類の品を市場や現地より調達をしているのは市場での様々な業者を経由するために現地の直売より値が張り、異なる価格の為であった。
時折そういう商売現状に目を付けた輩が時折出没するのだが、場所が街と山脈を結ぶは一本道のみという環境。
しかも距離があるために直ぐにお縄となる。そしてそれに目を付けたさらに上の商売をしているのがレイヴンの目の前の男、アルヘスト。

彼は自らの懐に高価な鉱石類を密かに内包し、懐にある鉱石の価値が高まった時に売り捌いて私腹を肥やすしている。
一つの鉱山の最高責任者という立場のアルヘストだからこそ可能にし、レイヴンもそれを見越して接触をしている。

初めの接触の時には一蹴されたレイヴンだが、用意してきた貴金属の彫刻を土産を差し出して打算をアルヘストに生じさせた。
宝石や煌く貴金属類は基本的にどれも貴重で高価であり、王族に貴族、そして名の知れた商人相手にしか商売にならない。
しかしそれ故に価値は高くなり、それを美しく形作ればその価値は国宝級にも成り得る。
主だった購入品は煌びやかに自らを彩る飾り。ネックレスやティアラなどの装飾品として使用されるのが専ら。
それは宝石類で、その他の鉱石の貴金属は部屋を彩り、高貴さを醸し出すための芸術品。

故にレイヴンも持ってきた彫刻は銀色の光沢を全身より輝かしている甲冑の騎士。
今にでも動き出しそうなほどの精巧さにアルヘストは損得を即座に計算。傍目で見てもその価値の高さは言うまでもない。
そしてその後の交渉で不定期だが、無償で貴金属の作品を上納する代わりに商売の伝手を確約した。
以後はアルヘストの想像以上にレイヴンは彼の上客となり、今では上納品抜きでも商売を受けてもいいとまで考える程となっている。

しかし、レイヴンが今言った今回の量は明らかに隠して商売できるほど少なくない。
採掘量は常に管理され、毎日採掘される鉱石をほんの一粒頂いて行われているのでアルへストは商売している。
アルヘストは馬鹿げた量でも計算はしており、それでも管理領域に抵触しているので渋る。
一度露見してしまえばアルヘストは全てを失い、その上死罪の先に首を跳ねられてしまうかのしれないのだ。

「しかし何で今回はそんなに必要なんだ? 常に大量に仕入れている旦那だが、今回は少し可笑しいぜ」

「最近、穴を掘り進めている最中に崩落が頻繁に発生しているらしいな」

アルヘストのニヤけた顔が強張り、直ぐにレイヴンの全てを見透かさんと睨みつけてくる。

「何のことだ? 俺はそんな野暮な掘り方をさせちゃあいないぜ」

「睨みながらシラを切る必要はない。自らの失態を隠匿するのはそちらの自由だ。
だが、こちらの都合の阻害となれば交渉の場を設けさせるのは責任者の勤めだろう?」

「――ちっ…!」

縋り付くスピリットを乱暴に剥ぎ飛ばし、苛々を如実に表す。

「ああそうだよ。最近は確かに多いが問題は無い。鉱山が丸々無くなる訳でもないからな。
多少の損害で鉱山を閉鎖するわけにゃないから安心な、旦那」

近年、アルヘストの管轄の鉱山で崩落が今までの頻度に比べると非常に多く、既に幾つかの坑道が完全に閉鎖となっていた。
だからといってその程度で閉鉱すればあまりにも大きな損害をこの国は被る事となり、他国との貿易に支障が出る。
アルヘスト自身への金づるが途絶えるのと同意義なので伏せている閉鎖個所は多い。

「それだけならばこうして話す必要もない。だが、貴様が言った鉱山が丸々なくなるのは事実だ」

「…その冗談は流石に笑えないぜ、旦那」

冗談を真実を受け取ったのを笑って返す。しかし、レイヴンはそれを流さなかった。

「冗談ではない。その証拠に水脈が此処にはあるだろう?」

「あん?――ああ、確かにそんな話は聞いているが?」

鉱山内での作業は精神磨耗が激しい。それはスピリットも同様であらゆる鉱山内での細やかな把握は欠かせない。
なので坑道の壁から山水が流れ出てきたり、地下水を見つけたというのを報告を受ける立場なので当然知っていた。

「閉鎖の合図は既に切って落とされている。本当ならば閉鉱している必要があるぞ、この鉱山は」

「旦那。もうその話は終わりにしないか? 流石の俺もそんな話に付き合ってられないんでね」

もう話すことはないとばかりにアルへストはこの話を閉じようとする。

「構わん。話しておく事に違いはなかったのでな。では、数はいつも通りで」

「毎度あり」

険難な雰囲気になる前に話を終わらせ、身体に縋り付いているスピリットたちを丁重に剥がしてレイヴンは出口へと向かう。
アルヘストに背を向けた際、」簡易に封鎖されている横穴に目をやる。
充満する異臭と熱気がやんわりと消していく要素を感じるが、それは嬌声が響く中では判別できる者は他にはいない。
歩いているために直ぐに視界から消えてしまうが、彼のその行動に何の意味があるかは分からない。

レイヴンの視線は既に前方を向き、情事への関心は皆無のまま。だが一瞬、一人のスピリットへと目を投げ掛けただけであったが…。
見える出入り口ではこの部屋で占められている声とは異なる声が出ている。
数人の上半身裸の男達が壁に寄りかかって瞳を閉じているシルスに対して話を、というよりも誘っていた。

「おいおい。なかなか良い体してだから味見させろっていってんだよ〜」

「あんただけ仲間はずれにすんのは勿体無いしな。新入りだろ? いい身体してんだから早く相手しろって」

「―――」

お誘いを沈黙で拒絶して微動だにしない。
シルスは全てをシャットアウトしているわけではなく、部屋中に響く甘い声や自身を囲んでいる男達の声も聞こえている。
全てを目を閉じて視界以外の感覚で把握し、その上で頑なに沈黙しているのだった。

男達はなおも食い下がり、身体を触ってくる。
喉や頬は当たり前に腰や太腿にも幾人かの男が撫で、胸はシルス自身が腕を組んでいるので触れない。
そんな事をされているシルスはそれでも何の反応を示さず、変化を見せないその態度に男たちは徐々にイラつきだす。

「ちっ、可愛がりのない奴だな…」

「このままやっちまわねぇ?」

「早くしろよ。こっちは直ぐにでもぶちまけたいんだからよ」

シルスを相手したくて興奮して荒い息を吐いている男が催促する。
今のシルスの服装は膝上までの紺色のスカートに淡い藍染の半袖。白の上着は組んでいる腕に抱かれている。
男たちは顔を撫でる際に灯火で映える艶やかな黒髪とスカートをたくし上げて見える質感のある太腿に完全に発情していたのだ。

「わかってるって。そんじゃどんな味をしてるのかな〜♪」

「―――…」

太腿より上へと一人の男の弄る手が登っていくのに呼応するようにシルスの目が封印から解放される様に開いていく。
開かれていく瞳は白い灯火の光を青く反射して男達の瞳に届ける。
洗練された目つきとスッキリした顔立ちに弄っていた男も含めたシルスを見ていた全ての男が喉を鳴らす。

この部屋で相手をしてきたどのスピリットにもない色合い。
快楽を貪ろうとする快楽に染まった瞳。痛めつけの怯えやそれに伴う快楽に歪む瞳。性処理人形のように快楽すら麻痺した様な陶酔した瞳。
そのどれでもない、彼らの知らないスピリットであるシルスの瞳。
キツさはあるがそれを踏まえても触れられない美を男達に感じさせ、次にしようとした行為を躊躇わせる。
瞳を開いてた姿は何処までも透き通り、穢れすら浄化してしまうような印象を植え付ける。

だが逆に、そんな彼女を快楽で歪ませればどんなに極上の快楽を得られるかを考えるのが人間でもあった。
手に出来ないモノに逆らって手にしたがる。愚かな人間はそれをしたがる。

「こいつぁ上物だぜ。想像以上に楽しめるな」

「…おう。ますます食いたくなったぜ、へへへっ」

我先にとシルスへと手を伸ばしていく男達。だがその全ての手が空を切って壁へと手をつき、壁のその冷たさを感じる。
シルスに触り続けていた男たちも突然触れない空間を触ろうとして驚く。
困惑する男達だが、直ぐ横に居るのを見つけて全員が硬直。何が起きたのか、判断が全く出来ない。
そんな男たちとは無関係に、彼女の直ぐ横を一人の男が通り過ぎようとする瞬間に彼女はその男の腕に抱きついて部屋から出て行く。
あまりの一瞬の出来事に男たち全員が全く反応できず、シルスが出て行った部屋口を呆然と眺めていた。

「――っておい! 持ち逃げされたってか!?」

「うぉ?! ちくしょ、誰だあの野郎はよ!!?」

事態を把握し出した男達は獲物を取られたと憤り、直ぐにでも追いかけようと自分たちも部屋から出ようとした。
だが、直ぐ傍で事態をニヤニヤ笑いながら静観していた男が声をかけて止めた。

「やめとけやめとけ。お前ら新入りだろ? あのスピリットはうちらの上客の持ち物だよ。
下手に手を出してみろ。アルヘストの兄貴にどやされるだけじゃ済まないぜ?」

「ええ!?」

「以前、手を出そうと躍起になった奴がいたがよ、そいつはさっきの男に片方の玉を潰されたよ」

絶句するしかなかった。完全に手を出す寸前であった事を思い出し、玉をやられるかもしれなかった恐怖に青ざめる。

「運が良かったな、お前ら。他にも連れている奴がいるからそん時は気をつけな」

予想通りの反応に話している男は高笑い、妖精を味わおうと部屋の奥へと歩いていく――。



「――っ」

黒の短髪をした一人のスピリットが白濁した液体を浴びて反射的に瞳を閉じる。
繊細な顔がどろどろに塗れ、目に入らないように拭う。口の中の液体は飲み干し、熱気の篭った空気を吸って息の整える。
そして再び開いた視界の先にはギラついた瞳で光悦した表情をする男。
自身が相手をし、絶頂を迎えてそれに浸っている数秒の内に顔を伝って垂れる白濁液を全て拭い切る。

感情の窺えない瞳と表情は周囲を見渡し、いつもと変わらない光景を眺める。
自身もそのうちの一人。違いは他とは違って顔に色を伺う事が出来ない。
そんな彼女は少し違う今までを目に留めた。周囲の様子に一瞥せずに出て行こうとする男。
時折現れているのを彼女は知っている。この鉱山の男ではないようで、何かをするわけでもない。
ここの男達と全く異なる様子の人間がいるので興味でも沸いているかは心が読めない顔からは判別できない。

その男が彼女の視線に気が付いたのか、逆に彼女の瞳を一瞥。
視線が交差するが、両者共に無表情。視線は直ぐに外され、男が出口へと向かう後姿を見詰める。
そして出口付近で絡まれていたスピリットが男達の隙間を縫って離脱してさっきの男の腕に抱きついて出て行った。
一部始終を見ていた彼女は出口を見詰め続ける。だがそれも自分を寝かす男によって中断された。

「さぁ〜て、今度はこっちで奉仕してくれよ、エリシアちゃん」

「――はい」

荒い鼻息を吐いている男のモノが自分の中に入っていくのを感じながら返事をする。
返事をする声色も、瞳と同じく無色であった。





――エリシア・ブラックスピリット。

それが彼女の名であり、アルヘストが管理する鉱山で運用されているスピリットの一人に過ぎない。
サルドバルトはラキオスとイースペリアに囲まれたこの大陸内で最も安全な国である。
その二国とは同盟を結んでおり、大きな軍事力を確保できなくとも安全は確約されているも同然であった。
故に兵力としてだけでなく、この国はスピリットの運用に鉱山での採掘作業が追加されているという特殊性を持っている。

スピリットの能力は人間のそれを軽く凌駕しているのは周知の事実。
戦いがないのであればそれを有効に使う最良の方法の一つが取られているに過ぎないのだ。
しかし、国の財産であり所有物でもあるスピリットが私的な目的で使われているのは事実であるが、使用不能にしなければ問題はなかった。
鉱山作業という苛酷な肉体労働に加え、男たちの男たちによる男たちための男ばかりという環境は精神的にも性欲的にも負担となる。
そこに忌み嫌う妖精であったとしても、美しく魅惑的な柔らかな雌が居れば手を出したくなる。
鉱山の国より派遣される査察官もこの事実を半ば黙認。人によっては自らも関与している場合もあった。

「―――」

エリシア・ブラックスピリットは先ほど何時間にも渡る情事で汚れた体と服を洗浄している。
レイヴンが最後に一瞥した横穴の先には地下水であろう水が流れているので、これは日課となっていた。
彼女の他の部屋に居た者の大半は終えた後は此処で清めるために川の下流では水は殆ど白く濁ってしまっている。
誰もが何も喋らずに黙々と清めているが、静かというよりも水で洗う音以外には水が流れる音以外には何一つない。

スピリットたちは機械的に作業しているに過ぎず、瞳には自我の色は少ない。
数時間前まではあれほどよがり狂っていたであろう者も、今のその顔には色がない。
彼女達にとって人間の雄の相手とは単なる義務であり、当たり前なのである。
悦ばせなければいけない。自分も悦んで相手の優越感を与えなければいけない。それだけだった。

彼女達の日常は基本的には鉱山内での採掘に新たな坑道の開拓、そして鉱山の外への鉱石の運搬。
それが国より与えられた妖精たちの義務。それをこなすのが戦争の道具としてではない彼女達の生きる意味。
そしてその他にあるのが周囲の男達の下世話。これは鉱山生活で繰り返していた事による認識。
常に遊ばれていれば、それは国のスピリット教育でスピリットの在り方と教えるのと同じ効果があるのだから自然とそうなる。

ここで少し矛盾が乗じてきている事がある。それは鉱山のスピリットが採鉱作業よりも情事が義務化している点。
男達の情事は基本的に作業が終わった後である夜なのだが、一部で朝抜けや昼飯時などでも行なわれているのだ。
時間で見てみるとスピリットが採鉱作業と情事が五分五分となってしまっていた。
しかも採鉱作業は肉体労働。腰を使うのだからスピリットとて負担が大きい。無茶をしては元も子もない。
男達は扱う相手の予定を組み、採鉱作業よりも緻密な計画を立てているのだから、スピリットの義務意識は情事に傾いているのだ。

無論、スピリットたちがそれを疑問視する事もなく、与えられた仕事をこなしているのだから国から文句はない。
今、彼女たちが洗浄を終えればそのままや夕食を取って就寝する。数人は誰とも知らない男達に連れられて夜を明かすであろうが…。
服を洗い終え、髪も拭き終わって部屋に戻り出す者が出始めると、エリシアは自身の分を終えても帰ろうとはせずに他人を手伝う。
手を貸されたスピリットはエリシアを一瞥するも、再び手元に視線を落として何も言わない。エリシア自身も何も語らない。

「所為が出るな」

「―――…?」

静寂に響く異なる声にエリシアは顔を上げれば、そこには人の雄が居た。
鉱山内で彼女達が相手をしている屈強の身体の男と比べれば痩せ細っている様に見える黒い男である。
エリシア自身は自分を食い物にする男達の事を全員知っているが、傍に立っている男は知らない。
唯一該当するのが情事で満たされている部屋を見向きもしない時折現れる男、レイヴン。
彼女は服を洗っている手を止めて見上げて視線を固定し、彼の顔を黙って見つめ続ける。

「――何か?」

彼女が知りうる表情で、一つも該当しない顔をしているの為に反応が出来ないでいた。
相手を懇意する男は皆、下品に笑うし興奮もしている。人によっては痛めつけようと冷酷な目を向けてくる。
だが、レイヴンの目と表情からは分からなかった。冷たいわけでもなく、温かいわけもない。
エリシアはそこにある表情に不思議な思いを抱かせるが、その程度であった。

「先ほど鉱山夫による崩落した穴の開通作業が行われると聞いてな。退避勧告を促しに来た。
何分こういった事に関するスピリットへの関心度の低さが裏目に出るのでな。こうして部外者が伝えに来ている」

「退避する理由とは何?」

相手の意図が分からないので、率直に聞き返す。
人がスピリットを気にかけてわざわざそのため“だけ”に声をかけるはずもないのだ。

「理由を話すだけの時間の猶予は無いと私的に感じている。
少なくとも各部屋の通路まで避難してから説明を聞くなりとなんなりするがいい」

「ならば命令をすれば簡単」

「俺は部外者だ。此処の国有財産に手を出せるだけの影響力は有していない。
俺に出来るのは事実説明と警告か注意だけだ。俺の話を聞けて実行できるのはお前だけなのでな」

「…何故?」

エリシアの表情と声色は全く変化を見せない。だがそれでも不思議に思っているようであった。

「貴様は認識しているかどうかは知らんが、自身がスピリットたちの長(おさ)的な立場のはずだ。
貴様が此処に居る者全員に声をかければ確実にその言葉に従う。違うか?」

「―――」

「先ほども言ったが、時間はない。やるかやらないかはお前が決めればいい」

レイヴンはこの空間から出ようとエリシアに背を向ける。
エリシアはそんな男の背を見るが、直ぐに周囲を見回すために視線を巡らせた。
未だに情事の時に居たスピリットの大半が洗浄を行っている。
ここで初めて表情に変化を表して眉を寄せた。

――空間が揺れたのだ。

「――ふむ。どうやら間に合わないらしいな。これで俺も出られない、か」

横穴から出かかったレイヴンは即座に跳躍してエリシアの傍に着地。
腰を落として揺れに耐えているが、次第に大きくなる空間の揺れは地面を、穴全体を揺るがす激震となっていく。
何が起こっているのか判らず、スピリットの面々は呆然と周りを見ている。
唯一、エリシアが少し目を見開いて口を開き――


「―――――!!」
――――!!…!!!!――――――!!!!!


何かを大声で発している様ではあったが、天井部分である壁が崩落する音と激震に掻き消された。


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