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ダーツィ大公国が魔龍シージスを討伐し、大陸中央部で大飢餓『呪いの大飢餓』が発生。
バーンライト王国とラキオス王国とでは大規模な戦闘が勃発し、両陣営に壊滅的な被害を及ぼして早幾年。
それ以降、龍の大地では目立った情勢変動もなく、サーギオス帝国に対して各国が警戒しているだけの小康状態、いわゆる平和な時期である。

唯一の変化といえば、ラキオスで第一王女が生誕したのみである。
しかし女の子ということもあり、周囲の反応は期待はずれという声が圧倒的であった。
イースペリアで生誕したアズマリア王女は国の統治者が女性という伝統の為に受け入れられ、期待されているのだ。
そんなイースペリアは今現在、治まりつつある飢餓の対応を中心に国政は動いており、物資の確保・貯蓄の安定を主眼においている。
飢餓によって国の家庭内飲食水準は酷く低下しており、食料の貯蓄も各地で最低限しかない。

王族階級の食事ですら質素な物となっており、その代償に国民へと配給していた。
原因が掴めたとしても、それを打開するためには多くの人の、スピリットの命が奪う必要がある。
『呪いの大飢餓』により既に多くに命が落とされ、マナもほぼシージス討伐前へと戻ってはいた。
それでもその惨状は酷く、イースペリアでは国民の一割半、悪くて三割が減少している。
隣国のダーツィではさらに酷いというらしいが、どの国に対しても頑なに国内の様子を悟らせようとはしなかった。
これは噂ではあるが、首都では上流階級の者達は今までと全く変わらない贅沢な食生活をしていたという話である。
それでも世界は――時間は過ぎ去り、全体的な影響は落ち着くのであった。


Before Act - Aselia The Eternal -
三章 サルドバルト  第一話 - 日常 -


水が大地の上を流れていく。見ればそれは一面の水の草原。
湖ならば見据えた先に対岸が必ずあるが、ここにはそれは存在しない。
それは『海』と呼ばれ、龍の爪痕よりも珍しい場所である。
海に面している国はマロリガン共和国とサルドバルト王国のみであるためだ。
だが、海という領域で人は殆どなす術がなく、それほど漁業関係は発達していない。
海水浴などという娯楽関係もあるはずもないために閑散としているのが常であった。
しかし近年、ここサルドバルトの海に最も近い町では異なる状態である。

「暑いわねぇ…」

長い黒髪を柔らかく垂らしている女性が眩しく降り注ぐ日光を片手で遮り、藍色の瞳の片方を瞑って太陽を見上げる。
海と陸地の境界線上にある砂浜は白く、無情にも日光を下からもその女性へと反射させて照らす。

「本当ですね。今日もまた一段と日の光が強いです」

隣で同意するのは同じく長い蒼い髪の女性。こちらは海より吹いてくる海風でなびく髪を抑えている。
こちらはやや硬めな印象の髪であり、黒髪の女性のように髪の先端を結っていないために大きく揺れている。
突き刺さるような日光はその蒼い髪の毛の一本一本で反射しているために煌いて絢爛としていた。
人が欲して止まない永遠の色、不死の象徴でもある金である瞳と眩く反射している砂浜と相まって神々しい。

「どうですか、そちらの調子は? 私の方では最近新しい訓練方法を取り入れたんですけど」

「そうね…。目新しい者はまだ最近見つけてはいなから溜まってる資料の分析で忙しいからないわね。
あの子たちに教える事も今でも多いし、次の段階にいくのは当分先だと思う」

黒髪の女性は少し先の波打ち際へと目を向ける。
そこでは様々な髪の色の少女達が各々の獲物を携えて素振りをしていた。

「あれがそうなの? 以前と違う所といえばハイロゥを展開していないだけみたいだけど」

「そうです。ハイロゥの展開をせずに体内エーテルのみを活性化させて海水が目まぐるしく蠢く地点での素振りは効果的です。
元々砂浜での素振りは不安定でしたし、波というさらに高い横ベクトルの圧力を加えて足腰の強化を今狙ってます」

「…ああ、それね。初めてあたしたちがやった時はホントにキツかったわね」

「私なんて沖に流されかけてましてたね」

蒼い髪の女性はくすくすと笑う。つられて黒髪の女性もその時に様子を思い出して失笑。
透明色の女性と並んでいるためか、黒髪である女性の色合いも確かな美しさを際立たせる。
その逆もまた然りであり、お互いに色が正反対な美しさに相乗効果を生み出していた。

「―――♪」

そんな彼女たちの背後から忍び寄る影が一つ。ふりふりと一本の触手のようなものを躍らせている。
砂浜という全視界が開けているにもかかわらず、その影は二人の死角を的確に見極めていた。

「訓練の成果は今のところどの程度まで順調なの? 前回までのデータを見てる限りじゃ芳しくないという見方しか出来ないけど」

「同じですね。色々と試してはいるんですけど、何処かに風穴でも空いているような気がしてならないです。
マナを神剣に供給させても私たちのようには効率は良くありませんし、どうしても能力を保てません」

「エーテル循環効率も今までの平均値でボーダーラインを引いて比較するとある一定以上の数値になると極端に低迷するのよね。
しかもそれを大きく超えようとすると逆効果で構成マナそのものが抜け落ちる。ホントにおかしいのよねぇ…」

黒髪の女性が腰に手を当てて軽く溜め息をつく。
そしてそれを好機と見た影はその背中へと飛びつき――

「うひゃ!?」

抱きついて胸を揉んだ。

「え、ひゃ、ちょ!? ――リアナ!!」

「はーい。リアナで〜す♪」

背中に抱きつかれたまま振り返り、背中に見える垂らされている細い三つ編みの尻尾のような緑髪で誰かを思い至る。
そうでなくとも、こんな事をするような人物は彼女には一人しか知らない。
案の定、脇の下から見上げる悪戯っこい顔とその琥珀色の瞳の女性で間違いなかった。

「また気配を消して抱きつくんじゃ…ん! こら、放しなさいって!」

「ん〜。まだ成長してないみたいだね。感度はいつも通り良好良好♪」

「大きなお世話よ!!」

身動ぎをするも離れず、しかも胸の位置で手を動かされているために顔を朱に染めて反攻に出る。
元々暑い環境の為に薄手でいるため、簡単に束縛から脱出して逆に背後へと回り込んでお返しをする。

「さっきからあたしの背中にあたるこの大きなモノが憎たらしい〜!」

「あ〜れ〜、たーべーらーれーちゃーうー♪」

二人のを比較するまでなくその存在がはっきりと確認できる胸は黒髪の女性の手によって縦横無尽にその形を変幻させる。

「ああでも、シルスにだったら今直ぐにでも――」

「…全く。もう少し普通に登場しなさいよ。いつもあんな風にされたんじゃ堪んないわよ」

「くすくすくす」

これもいつも通りの日常であるために直ぐに二人の戯れは終わり、その様子を始終眺めていた蒼い髪の女性は静かに笑っていた。
黒髪の女性は既に話に登場した通り、シルスティーナ・ブラックスピリット。
そしてわざとらしく楽しんでいる緑髪の女性はリアナ・グリーンスピリットである。
二人ともスピリットの中でも独自の美しさを有しつつ成長を遂げていた。

「はい。差し入れを持ってきたよ」

両手に透明なグラスを掲げ、中身は青空のように透き通る色をした飲み物である事を示す。
先ほどその両腕でシルスの両胸を揉みしだいてのだが、その変の疑問は暗黙の了解である。

「ありがと」

「フィリスのには少し酸味を強くしといたから、一口目には少し気をつけてね。
今日の訓練を初めてから水分を補給してなかったら、なお注意っ」

「ありがとうございます」

「お安い御用♪」

そして自分の分を何処からとも無く取り出してグラスを傾けて軽く喉を鳴らす。
シルスは少し酸味を警戒して舌に味を馴染ませ、少しずつ飲む量を増やしていく。
そして蒼い髪の女性、フィリスティア・ブルースピリットも胃を驚かせないよう馴染ませるように飲んでいく。

「そうそう。さっき二人が話してた内容に私個人に意見もあるんだけど、聞く?」

「ん。やっぱりそっちも調子は悪い?」

三人とも喉を潤い終えたのと同時に切り出された話に率直にシルスは聞いてリアナは頷いた。

「基礎知識に関してなら皆それほど苦も無く思えるけど、ちょっとでも常識の域をはみ出ようとすると途端に覚えが悪くなってるの。
料理や日常生活の範疇内だったらスレスレOK. 山とか森での戦闘を前提とした歩き方を混ぜてサバイバル術を教えてもすこぶる覚えが悪いよ」

「私の方でも似たような現象は度々確認できてますよ。シルスの方では如何です?」

「無いわね。あたしの専門は直接戦闘に関わるものばかりだからだろうし」

「今専門的にやってるのって包囲網戦? 海の魚を一網打尽にするあの」

「そうだけど、でも駄目ね。上手く連携を取れないのよ、あの子たち。
それぞれの属性でそれぞれに突飛したものがないから意外と上手くいくかもと考えたけど駄目だった。
特徴が無いから逆に分担した役割を与えてもそれほど機能しないから全員が全員で足を引っ張る。
流石にあたしもこれ以上これを続けるのも無駄だって感づいたわ」

お互いに近況報告をする中で、シルスは憮然とした表情で飲み物を飲み干す。

「訓練を専門に教えてるフィリスから見て、訓練でどれだけ個性が出てると思う?」

「そうですね…」

フィリスは飲み終えたグラスを頬に当て、まだ冷たいその感触を楽しむ。

「訓練でも基礎でしたら問題はありませんよ。即在の訓練方式に則っていれば手段は問わずに成果は見せています。
ですが個性となれば極端に伸び悩みます。リアナと同じく、私個人としての訓練方式となるとやはり――」

「駄目か…」

「はい」

今話しているのはスピリット教育に関するもので、彼女たちはこの国のスピリットたちへの講師をしている。
サルドバルトへと渡ってからというものの、彼女たちスピリットへの対応はバーンライトと大差が無かった。
それを打開するためにフィリスたちがサルドバルトのスピリットたちを鍛える事で締結。
フィリスは訓練士を、シルスは戦闘における戦術や技術の指導に地形の利用術などの専門知識の指導。
リアナはシルスの担当以外である算数や識字、一般教養などの雑学を指導している。
あくまでもお互いに主眼とする役割を割り当てているだけなので、時折共同で作業にあたる事も少なくは無い。

「ねぇフィリス。そろそろあの子たちを休ませないと倒れちゃうかもよ」

リアナが既に波に自身の身体が流されないように踏ん張っているスピリットたちを見て指摘する。
太陽を見上げ、フィリスは少し思案して頷いた。

「ああ、そうでしたね。そろそろ一時間経つようですし、休憩にさせましょう」

「それじゃあ私が言っとくね。

おおーい、休憩だよ〜!」

声を上げて片手を振ると、声に気が付いた幾人かが皆に知らせる。
そしてお互いに神剣を持つ手を棒のようにぶら下げて安堵すると、一際大きな波を被って攫われた。

「ありゃりゃ。気が抜けて身体ごと海の藻屑のように流されちゃってる」

悲鳴が木霊す波際の惨状にリアナは感心して眺める。
フィリスは少し溜め息をつき、シルスに至っては諦めで空を仰いでいる始末。

「申し訳ないですけど、助力をお願いします」

「OK. 全く、あのくらいで流されてるんじゃホントに先が思いやられるわ」

「今のは私の所為でもあるし、任せて」

各々ウイングハイロゥを展開し、即座に波打ち際へ。
フィリスはその流線的で柔らかな翼で一番沖合いに流されている子の下へ向かって海面より引き上げる。
シルスは燕のような鋭敏な翼で蝶のように舞い、手近な子たちを砂浜に引き上げる。
そしてリアナは腰の二対の小さな魔方陣より真っ直ぐ伸びる淡く光るその“黄金色の翼”で海面スレスレに滞空し、辺りを窺っている。

「えーっと。あそことあそこ…それにあっちもか」

フィリスとシルスが救援している範囲から外れて点在している子たちの姿を確認し、小型のシールドハイロゥを二枚展開。
右手の中指と人差し指だけを立てて眉間に寄せ、瞳を閉じて呟く。

「光の加護より出でし生霊(せいれい)よ。汝の力を妾の命の下に集いたまえ」

そして再び目をあけて狙いを確認して縦に大きく振り下ろす。

「フォトニック・エンタングル」

最外円が幾重もの紐状に分離し、お互いに絡み合って数本の光の紐へと形を変えてリアナが狙った子達たちへと一直線に伸びて行く。
光の紐は目的の子たちに各々何重にも巻きついて海面より引上げ、砂浜へと運んで行った。

「うむ。完璧っ」

得意満面な表情にリアナはざっと見で他にいないのを確認する。

「フィリスー。こっちは終わったよ」

「あたしも終わったわよ。全員砂浜にいる?」

「大丈夫です。全員います」

海面上に残るは三人のみと確認し合い、三人も砂浜へと戻る。
砂浜では幾人かは海水を下手に飲み込んで咳き込んではいるが、大した被害は無いようだった。

「駄目ですよ、気を抜いては。貴方たちが良くとも、周囲の状況確認を怠ると命にかかわります。
幸いな事に今日は風と波が穏やかでしたから良かったですけど、場合によっては死人が出かねませんよ」

「ゴメンなさいです〜お姉さま方〜」

「すみません…でもシルスお姉さまもフィリスお姉さまも綺麗だったなー」

フィリスの少し声色を落とした話に気をする面々だったが、今の言葉に数人が瞳を輝かせる。
初め付近ではそれぞれ「ゴメン」や「すみません」と言ってはいたのだが、直ぐに話題が三人の救援活動の雄姿について語り出した。

「うんうんっ! でもでも、リアナお姉様の魔法も凄かったよね。神剣もなしに!」

「それをいうならフィリスお姉様やシルスお姉様もそうだよ。ウイングハイロゥを神剣なしで使ってるんだもん」

「えー。リアナお姉ちゃんだって綺麗な金色の翼だって持ってるよ?」

「そりゃあ、三人のお姉様方全員素敵だけど、わたしとしてはフィリスお姉様が一番だな〜」

ぱんっ

「はい。そこまでっ」

軽く両の手の平を叩いて場を静まらせ、フィリスは腰に手を当てて言う。

「お話はいいですけど、場合をちゃんと考えましょう。今は反省会ですよ」

『『はい…』』

「よろしい。具体的なお話は施設に戻ってからにしますが、くれぐれも水洗いを怠らないように。
海特有の潮風と海水で体中が塩塗れなので怠ると後で身体に焼けたような痛みの後遺症が起こりますから」

「はい! 私もフィリスお姉様みたいに素敵なスピリットに、神剣無しでもハイロゥを出してみせます!」

「うふふ。期待してますよ。それでは一時解散。昼食後の講義室に集まって下さい」

元気のいい一人の言葉にフィリスが微笑んで答え、直ぐに全体的な話そのものを締め括った。
各々太陽の下で乾き出した髪に付着する砂と塩を雑談を交えて払いながら戻っていく。

「あたしたちみたいな素敵なスピリットになりたい…か」

「どうしたの? 随分と殊勝な表情だよ。あ、もしかして人の女性特有のアノ日!?」

「違うわよ!!」

辛気臭かったシルスにリアナはちゃちゃを入れる。

「え、じゃあシルスはもう懐妊してる?! わぁ、オメデトウ!! きっとあの人の元気な子供が――」

「――それ以上言うと本気で怒るわよ…?」

「冗談冗談♪ そんな怖い顔しないで」

リアナの茶目っ気にシルスは嘆息をする。
いつもの事とはいえ、毎度の事に少し頭が痛い。

「全くもう…。あたしたちスピリットは出産能力がないのは知ってるでしょうに。

…ただ、あたしたちみたいになるにはあいつの訓練をやり遂げるって意味になるなぁって思ってただけ」

「確かに、そうですね。波際の素振りもこんな穏やかな日と正反対な吹き荒れる暴風と高く襲い掛かる大波でしたね…」

過去の経験を思い出してしみじみとするフィリス。
彼の者の訓練によってフィリスたちは常識ではありえない術を三人は技や技術を習得。
その例の一つが彼女たちのハイロゥである。

通常は神剣とのリンクによる肉体活性化に伴う補助機能なのだが、彼女たちはその神剣なしで発現出来ている。
今日は自身が直接手合わせをする日ではなかったため、神剣は今現在身を寄せている母屋に置いて来ていた。
普通では到底持ち得ない技能を容易く行い、知識や体術にも長けているために彼女たちの訓練や授業を受ける子達の憧れの的であった。
それ故に最近では三人はよく『お姉様』と呼ばれている。

「そういえばあいつは今何してるんだっけ? 剣術指南は最近はなしで戻ってきてたけど…」

「ああそれなら。今日は海底鉱石を発掘で沖合いに出てるって言ってたよ」

リアナからの返答にシルスは「ああ…」と思い至って頷く。

「そういえば今年もそろそろそんな時期だったっけ」

「そうですね。…そろそろ私たちも行きません? お昼は私が用意しますよ」

「あ、じゃあご馳走になるね」

「あたしも頼むは」

「はいっ。任せてください」

三人は砂浜から防風林の茂みを越えて去っていく。
彼女たちの視力を持ってしても見えない遥か地平線の先に立ち上る大きな水飛沫を背にして――。




バートバルト海は沿岸漁をするには塩分濃度が高く、それ故に魚が寄り付かないために発達をしていない。
建国当初よりの難題であった食料不足を国土の西にある鉱山より採掘できる純度の高い鉱石とによる外国との取引によって賄っていた。
湾岸沿いや浅い海底ではテミ(蛸に近似した海洋生物)が主な漁にしかならない。

それだけの理由だけではないがその海の現在の空は快晴、雲も雄大なモノが点在しているが日差しを遮る箇所は少ない。
風も穏やかで波も1mを越えない恐ろしく静穏な海が満遍なく世界に広がっていた。
あまりの静けさは無論、嵐の前の静けさといっても過言ではないのだ。

海の中より突如として水飛沫が盛大に上がり、蒼穹の下に姿を現したのは漆黒の男。
服装そのものが身体に張り付いている黒の上下。それらは瞳と髪に合わせている様相である。

そんな男の背より映えるニ対の翼。色合いは透き通る様な蒼い翼を上段に、下段の今にも脈動しそうな真紅の翼であった。
海面へと飛び出た男は海面スレスレを飛行し、水飛沫の尾を引いて出現した場所から退避。
直後には黒く大きな波紋を描き、海の一点が大きく盛り上がって爆発。
先ほどの男よりも比較にならないほどの水が空を舞い、出現した存在は黄金色の瞳を有した鋭い眼光で男を見据えた。

その大きな身体は深海の紺碧。吸い込まれるように鮮やかな藍の背に有する雄大な翼を羽ばたかせて舞い上がる。
大量に吹き上がった水が滝雨となって降っていたが、その一回の羽ばたきの暴風により爆発の衝撃を肉眼で見せ付けるかのように吹き飛ばされる。
滴り落ちる硬質の肌表面の水も飛行移動で置き去りにした。

「飛ぶ姿は初めてだな、リヴィアソン。その背中の翼が飾りに成り下がらずに良かったな」

『――戯言を』

背面を飛行方向に向け、男は追ってくる巨体に身体を向けたまま皮肉を言う。
巨体はバーンライト領モジノセラ大湿地帯『龍痕の裂け口』に存在する黒龍クロウズシオンと容姿が瓜二つであった。
色合いのみが違うものの、こちらは日の光を満遍なく受けているために鮮やかな藍が海面にすら映し出されている。
リヴィアソンと呼ばれたこの龍は身体全体で聞き届けられる声で忌々しげに返した口から霜が吐き出されていた。

男は真紅の片翼を着水させ、その方向へと水圧を利用して急旋回。
リヴィアソンが吐き出した絢爛とした輝きが海面に突き刺さり、盛大に海水を吹き上げさせる。
高く昇った水柱は海水面へと帰ることなく、舞い上がった形のままに彫刻の如く凍ってしまった。
それも一点ではなく吐き出された輝きは男を少し追っていたために氷の壁が突如出現した事になる。
しかし凍った壁は自重に耐えられなくなった海水面上の氷の支えを砕き、氷山となって漂い始めた。

『相も変わらずチョコマカと。今日こそ墜としてくれよう…』

「幾度も挑み、敗れた者の台詞では無いぞ」

『黙れ、小童』

返事とばかりに連続で放たれる光。
身体の捻りと水圧・空気抵抗の両圧力を翼で利用して難無く避けて行き、静穏の海に氷柱が次々と出来上がっていく。
連続で光を放っていたお陰で回避行動をし続けていた男を肉薄し、霜が剥がれ落ちていく牙で噛み付いていく。
男は海面に背中全体で着水して頭上でやり過ごし、銃剣をリヴィアソンの腹に突きつけて光弾を刀身より加速させて射出。
即座に腹に命中して弾け、圧力でリヴィアソンの身体が浮き、バランスを崩して海水に連続して跳ねる。

『小癪な真似を…。我が領域でこれ以上好きにはさせんぞ』

しかし少しばかり体表が削り取られた程度のため、実質有効判定には至っていなかった。

「今までは海中戦闘のみだったからな。久々の大空はどうだ? 久し振りすぎて干乾びたりはしなかろうな?」

『互いの言葉はこれが始めてだな。だがそんな事はどうでも良い。貴様は直ぐに消える』

「口だけではない事を見せてみろ、リヴィアソン」

追いつ追われつ。海面上で細かく跳ね飛ぶ男とそれを大きく盛大な動きで追い回し、光を放つ。
軽やかに避けられ、海には既に幾重もの氷山が漂い、穏やかな海がために流されずにいる。

「忠告をしてやろう」

男は股下で光をやり過ごし、空へと舞い上がる。
逃がさんとばかりにリヴィアソンも飛翔し、男に覆い被さるように追いつく。
口は大きく開き、目の前の男を撃ち落すべく光源が吐き出される。
直撃前に男は後退したが、海面に近づいただけで根本的な回避にはなっていなかった。
次瞬には海面に激突するかのような水飛沫と共に新たな氷柱が海に出現する。
海中10m弱は容易に凍らせるその光は先のタイミングでは避けようはない。

『我に忠告だと? 戯言の極みだ。既に時は遅いが、我はレーズ。
門番のレーズだ。高貴な存在の名を汚すでない』


止めとして大きく羽ばたいてその場で一回転をし、極太の尾で目の前の氷柱を粉砕。
太陽光を破片が融解しつつ受け止めて輝いていた。
その尾は海中にすら届いて氷の中の物体は完全に飛び散っている事だろう。
滞空制御をして再び海中に戻ろうと足先より着水――

――ズドォン!!

海中より吹き上げた光弾によりそれは叶わず、逆に空へと押し上げられてしまった。

『ぬぅ!!?』

自身をレーズと名乗るリヴィアソンは海中を見やる。だが次瞬には目を閉じる事となり、光弾が頭を貫いていく。
幸い表面がちりちりと焼け、包み込むような圧力で背後へと軽く吹き飛ばされてしまう。

「貴様のその大きな身体で、この俺と同じ動きをして優位に立とうなどと考えない事だ」

『貴様ぁああ!!』

激昂するレーズを銃剣より射出される光弾で牽制。レーズも対抗して光を放つも、被弾するのはレーズのみ。
男は高度を上げており、それを追ってレーズも飛翔しているために純粋な飛行戦闘は小回りの効く男の方が断然有利であった。
一歩的な被弾にレーズは苛立ち、補足し切れない人間に業を煮やす。

「その巨体では飛行は辛かろう。だが、それも終わりだ」

『ほざけ!!』

既に眼下は陸地。それもこの大地の半分を覆っているラジード山脈が直ぐそこにあった。
地上と雲海の丁度ど真ん中の空で光を交差し続けている。
レーズは一撃で相手を葬れる威力を有するも掠りもせず、男は既に何十発も直撃をさせるもダメージが見込めない。
このまま消耗戦が続くであろう事をレーズは激昂する中でもその高度な知能で理解していた。
被弾しても支障は無いと判断し、動きを緩めた瞬間にそれは失策である事を思い知らさせる。

「その身をもって――」

レーズの視界から男が消え、次に姿を見つけたときには太陽の光を背に銃剣とともに二対の翼ごとレーズに向けていた。

「愚考を呪え!!」

二対の翼より放たれる蒼と真紅の四つの光が一際突き出されている銃剣の刀身へと照射される。
そしてそれらは幾重もの色合いを波紋の様に描き、小麦色の光線となってレーズの巨体へと突き刺さる。
その大きな光の奔流を一身に受け止め、先ほどとは全く異なる膨大な圧力と共に身体が蒸発していくのをレーズは感じた。

『ぬおおおおお!?』

焼ける痛みと内臓へとかかる圧力に羽ばたく事を許されずに光を受け止め続けて落ちていく。
光が途切れた時には既に地表まであと僅か。大きく断続して羽ばたくが、止まりきれない。

『この程度で…!!』

「くだらんな」

『!!!』

顔を軽く横を向かせれば、そこには先ほどと同じ構えをした男が――。
そして再び光の奔流を受けてしまったレーズは減速できずに山肌に唯一存在していた穴倉へと吹き飛ばされた。
それはまるで狙ったかのような所業であるが、それを判断する者は存在しない。
落下速度に加えて水平方向へと進む速度も加わり、穴の中でその速度エネルギーを自身の身体のダメージへと吸収していく。
その巨体ゆえに穴の周囲の大地に激震が走り、穴の中で大規模な落石が発生している音を男は耳にする。

「その肉体損傷ではしばらくは動けないだろう。頭を冷やすがいい…水龍レーズ」

上空よりレーズが消えていった穴倉を見据え、再び海へと飛翔する。
数え切れないほどの氷柱が海を煌かせ、地上では激震で驚いた鳥たちが忙しなく飛びまわっていた。
白色の鳥がこの場所では比較的多いのか、上空からでは海と鳥、そして雲が太陽の光を浴びで神々しい輝きを放っているのだった…。




「ただいまー」

シルスは一軒の家の玄関扉を開けて言った。
今日のスピリット訓練行事を終えたのは、ミスル山脈に隠れようとする夕方。
特に午前中に戦闘訓練をしていたために午後は軽めの座学関係で閉めたのである。

「たっだいまー」

「ただ今戻りました」

リアナとフィリスも家の中へと入り、扉を閉めて食堂へ。
ここはサルドバルトへ着て以来身を寄せている住宅。彼女達にとって最早帰る家となっている。

「あれ? お爺ちゃんはお出かけ中かな?」

「居ませんね。ですけど、家の鍵は開いたままでしたよね?」

「そうよ。取っ手を回しただけで入れたもの。また家の何処かでしょ」

食堂に少し入った手前で居るはずの人物のついて少し話し込んでいる彼女達の背後にそれは静かに忍び寄っていた。
それは最も近くに位置しているシルスへと残像を残して接近し、そのまま引き締まったヒップへと――

「それよりも今日の夕ご飯はあたしだけど、何かリクエストはある?」

軽く腰を捻り、二人の近づいたためにそれは通り過ぎる。
だが新たな目標としてフィリスを定め、美しい流線を描くウエストへと――

「私はお魚のソテーがいいですね。海でずっと訓練してましたから少し喉に優しいモノが欲しいです」

「了解。じゃあ、それをメインにしましょう」

両手を目の前に合わせてお願いをするフィリスは前に一歩出たために寸でで背中を通過。
それは舌打ちをして最後の目標にリアナの張りがあり、そして薄着を大きく盛り上げるバストへと――

「あ、私はエヒグゥの睾丸が食べたい気分だなー。あれを丸ごとグチャリッ!っと潰すのが絶妙なんだよね〜」

それは一気に失速し、へなへなと三人が居る丁度真ん中でへ垂れこんでしまう。

「あ、お爺さん。床に寝転がって何をしてるのかな?」

「ほっほっほっほ。いやなによの、少しばかり腰が痛くなってしまって動けなかったんじゃ」

それは中腰で瞳が窺えないほどの細い目をした老人。
杖は使っていないものの、そろそろ必要となるであろう猫背をしている。
リアナが笑顔で尋ねてきたので即座に起き上がってにこやかに返した。

「その割には今股間を抑えてぴくぴくしたのは何だったのかしら、クレス爺さん」

「うむ、少しばかり股関節の矯正じゃよ、矯正。最近のわしの中で流行しておるのじゃ」

「シルスー。やっぱりさっきの注文なしでもいいよ。最後に甘いデザートがあれば何でもオッケイ!」

「ほっほっほっ…うむうむ、おっけえじゃぞ」

「…まったく。手話の意味では確かにそうなるだろうけど、常識を考えなさいよね…」

親指を立てて答えるリアナとクレス老人ことクレス・ロード。
シルスはこめかみを抑えて少し顔を赤くしていた。
クレス老人はリアナに便乗しているだけだが、その手の形が本来意味する事に少し思案させられる。

「お爺様。腰がまだ痛むようでしたら私がお手伝いしましょうか?」

「ほっほっほっ。ありがとや、フィリスや。さっきのでもう直ってしまったぞい、ほれっ」

屈伸をして元気を表現するクレス老人。フィリスは「そうですか」と納得し、背後のオーラを引っ込めた。
悟らせないように背中に多量の冷や汗を流していたこのクレス老人がこの家の持ち主であり、ウィリアム・バトリが紹介した人物であった。
この人物は自身のところにフィリスたちスピリットを連れてきた男に少し驚いたものの、笑顔で迎えてくれのだ。
以降、この場所を基点にこの大地の時を過ごしてきたのである。

「あやつはまだ帰って来んのかい?」

「今日は別行動でしたから、一緒ではないんです。そろそろ帰ってくるとは思いますが――あ…」

老人に答えていたフィリスは玄関の扉が開いた音に気が付き、小走り玄関へと向かった。
そして彼女の読み通り、その人物は扉を閉めて中に入った所である。
黒の上下の服に大きな布包みを持った男。昼間にレーズと戦闘を繰り広げ、撃退した男がそこには居た。
フィリスはその男を胸に飛び込み、抱き締める。かなりの勢いであったが男は難無く受けとめてその頭を撫でる。

「お帰りなさい、レイヴン」

「ただいま、フィリス。髪に塩の匂いがするな。夕飯前に一旦汗を軽く流せ」

「はい、わかりましたっ」

フィリスはぱさつく蒼い髪を撫でられ、嬉しそうに目を細める。
そして男――レイヴンを見上げて笑顔で返事を返したのであった…。


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