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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
終 章 「 新たなる出立 」



「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん…」


シルスは悩みに悩んでいた。
一応は結論を出してはいるものの、やはり現在進行形で悩んでいた。
静寂なる天坑の最下層でのそのうめきはこの空間一帯に響き渡らせている。

「やっぱりあれしかないのよね…でも、だけど、それでも〜…」

焚き火の前でうんうん唸って頭を軽く抱える。
ゆえに気が付かない。背後から迫ってくる人影に。

「――シルス」

ただでさえ涼しいこの場所で唯一暖の取れるのが目の前の焚き火なので、火の光を浴びていない冷たい背中からの声は背筋が凍る。
掛けられた声が底抜けで明るかったのならば盛大に驚くだけで済むが、静かな声となると驚きを通り越して怖くなってしまう。
シルスも例に外さずに背筋から冷たいものが上り、飛び上がる。

「うわひゃ!?」

その上、考え事中となれば身体全体で飛び退ってしまっている。
そのまま焚き火の中へと飛び込まなかったのは一重に身体がそれを反射的に防いだのが幸いしていた。

「り、リアナ…起きたんだ」

「ええ」

声を掛けてきたのはリアナであった。
あの人間が持っていた薬がどれだけの効果持続時間を持っていたのか定かではなかったが、どうやら効果が切れて起きた様だ。
リアナが寝ていた場所を見れば、未だに眠るフィリスの掛け布団の衣が二重に被せられている。

「何か飲む物はないですか?」

「ああ、だったらこれを…」

先ほどから座っていた地面の傍らに置いてある皮製の水筒を手渡す。
シルス自身がどれから眠っていたのか定かでは無いが、やはり起き抜けは水分補給は必要である。
リアナは「ありがとう」と言って受け取り、ゆっくりと一口一口味わうように飲んでいった。

その後、非常食をお互いに横に座って食べ、シルスはこの場所について掻い摘んで話す。
とは言うものの、具体的な場所についてはシルス自身も知らず、自身の起きぬけに聞いた話をそのままするだけである。
そして話を進める内にこうなった原点へと進んでいって…。

「それではやはりレイヴンの腕は――」

「まぁ、夢じゃないわね。こうしてあたしたちの服が血塗れじゃあ…」

そう言って自身の身体を見回す。それなりに白かった服は血塗れで黒に近い赤がかなり目立っていた。
それはリアナとて同じであり、むしろ真下に居た分だけリアナの方が真っ赤に染まっている。
リアナの髪は緑であるので色濃く血の赤が髪を染めており、シルス自身も黒髪で見え難いが触ればバリバリしている。

血が硬化した証拠でもある。そしてそれらはスピリットの血では決して無い。
スピリットの全てはマナに還るのだから。では、この血は一体誰のなのか?
答えは夢ではない現実の事象。レイヴンの腕から流れた血の他には在り得ない。

「当の本人は応急処置を済ませて用があるからってしばらく前に外に行ってたから大丈夫でしょ。
後であたしたちに治療の手伝いをさせるとか言ってたわ」

「……そう、ですね」

自身の三つ編みの髪をを前に回してこびり付いている血を眺めて小さな声でリアナは答える。
シルスが表情を窺うと、落ち込んでいるというよりも怖がっていた。
手にした髪の毛を掌だけで抱き締めている様子から、悲しみを堪えている様である。

――失いそうになった事を、恐怖している。再び。

確かに腕を失って放置すれば出血多量や細菌感染などで死ぬ恐れもあるが、あの人間がそんなヘマはしない。
現にシルスはいつも通りな姿を見ているし、リアナも生きている事を聞いていた。
それでもあの時感じた強烈な思いの前にはその言葉だけでは意味を成すことは無い。

「リアナ…」

「ごめんなさい……生きてるってわかってても、なかなか納得しない私がいるみたいで」

頭で分かってはいても、身体と心はそれで納得してはくれない。
体感した思いは、心は――自身の中で確固たる存在を植え付けるのだから。

「だめですね、私ったら。レイナの死んじゃった事とレイヴンが死ぬところがごちゃになってしまって。
どうしようもないですね。ほんと、私――」

そう言って自分で自分の身体を抱き締めて前屈になる。
リアナは身体が震えそうになるのを、涙が出そうになるのを必至に耐えている。
それを悲しげに見詰め、シルスは動き出す。

「リアナ。あたし、考えたんだ。気が付いてたろうけど、どうすればリアナの役に立てるかを」

リアナは返事をしない。涙を堪えるので、声を発する事が出来ないでいる。
それがわかっているからシルスはそのまま話を続ける。

「レイナのことをリアナからどんな風にすればいいのか、正直わからなかった。
考え始めた時は忘れさせればいいのかな?ってなことも考えたんだけど、それは無理っぽかったな。
心に残る思い出はそうそう消えるものじゃないし、ましてや大切な思い出ならなおさらだろうしね」

焚き火の炎が一瞬だけ一際燃え盛った。
まるで話を聞いているリアナの変わりに反応してくれたかの様に。

「他にも笑って暮らせる様にしてあげようとか、戦いをさせないであげようとか色々。
でもどれも無理だった。だってあたしたちはスピリット。スピリットに安住の地なんて存在しない。
どんなに戦いを望まなくてもいつかどこかで、あたしたちは戦いをする場面は必ず起こるんだから」

何時の間にか、リアナの震えが止まっていた。
それでも体勢を変えずにシルスの話に耳を傾けている。

「それでね。結局はリアナの中に存在するレイナって子をあたしがどうこうするべきじゃないんじゃないかって行き着いたの。
リアナにはリアナのレイナの思いがあって、あたしがどうこうすべき気持ちじゃない。レイナとの喜びも悲しみもみんな、リアナの大切な気持ち」

パッとシルスは立ち上がって焚き火へと近づいていく。
リアナはそんなシルスの見詰める。

「だからあたし、決めたの。リアナの過去について何かを言ってあげる事は出来ないから、これからの事でしてあげよう、って」

焚き火に燃やされた焚き木はただそのまま炭となり、灰となるだけじゃない。
そんな焚き木の中にでも新たな命の息吹は幾らでも存在している。
例え存在しなかったとしても、何か残される物があるのならば、そこから生命が育む事は出来る。

シルスは振り返ってリアナへと向き直す。
その表情には確固たる決意と、不適な笑みでありながらも暖和であった。


「あたしは――
リアナのお姉ちゃんになってあげる!!」


新たに萌える生命の息吹を共に育もう。
例えそれが出来なくても、芽がしっかりと芽吹くまで見守ろう。
そんな決意の元、シルスはリアナに宣言した。

リアナは少し驚いた表情で固まり、シルスも小さな胸(この場合は『幼い』という意味ですよ、お客さん)を張っている。

「……」

「……」

「………」

「………」

「…………」

「…………――悪いんだけど、リアナ。何か言ってくれないと話が進まないんだけど…?」

沈黙が続いてシルスは音を上げてリアナのお願いした。
当のリアナは少し驚いた表情のままシルスを見詰めている状態で今も無言で座っている。
シルスはやはり自分が言った事は駄目だったのだろうかと早くも後悔し始めてしまう。

「――ぷっ…」

が。リアナの口から小さく漏れた声にそれは杞憂だった事を証明し出す。

「ふふふっ…――
あはははははははははっ!!」

リアナ、大爆笑。今度は逆にシルスが驚き顔で硬直させる。
何故、突然リアナが笑い出したのか分からずに呆然としているのが正しいだろう。

「あっははは…ゴメン、なさい。何かとても凄いことを、言うんじゃないかって、思って、たら、私のお姉ちゃんに、なるっ、て言うものだから」

悲しみではなく、笑い過ぎて涙を流しているリアナ。
肩を盛大に震えさせる程にリアナは笑っている。シルスはようやく、リアナが笑っている理由に気が付いて頬を膨らませる。

「なによなによ! あたしは真剣だったんだから!! そんなに笑うことないじゃない!?」

「だって、シルスが大笑いさせるものだから―
―あははははは…!!」

「(ぶーーーーー!!!)」

頬を真ん丸に膨らませてシルスは拗ねて身体ごとそっぽを向いてしゃがみ込む。
一世一代とも言えるシルスの歴史に刻む決意の発表ランキング五指に入る決意だったのが、見事に玉砕したランキングにランクインしてしまった。
背中からは未だに大笑いを続けているリアナの声に恥かしさが込み上げてきて顔を真っ赤に染めていく。

「そんなに拗ねないで、シルス――ふふふふっ」

「笑って言われても説得力なんて無いわよ!」

完全に拗ねてしまっているシルスに笑い声が含まれているリアナの慰めは逆効果であった。

「…シルス」

「(いじいじいじいじいじいじいじ…)――!」

リアナはシルスを背中から抱き締める。
その声色には先ほどまでの軽さは無く、透き通る真剣身に帯びていた。
横を見やれば、瞳を閉じてシルスの肩に顔を乗せているリアナの顔。

「本当にありがとう。私にはレイナだけじゃない。今ここにいる大切な人にもちゃんと目を向けなくてはね」

「リアナ…」

開かれた瞳からは今にでもその透明な輝きを放つ錯覚に陥りそうな琥珀の瞳が温かくシルスへと向けられる。
シルス自身は、自分がした事が決して無駄ではない事を知った。
そしてリアナは今までの優しさと大人の微笑みに無邪気さを乗せて笑う。

「これからよろしくお願いしますね、シルスお姉ちゃん♪」

「ぶっ!?」

「ほらほら、そんな驚かなくてもいいんじゃないですか? お姉ちゃん♪」

「リアナ! あんた、あたしをさっそくからかってるでしょう!?」

シルスの首に擦り寄るようにじゃれているリアナに声を裏返して文句を言う。
リアナは確信的な笑みを浮かべて離れる。

「そんな事は無いですよ、お姉ちゃん?」

「ぜっっっったいにワザとじゃない!」

「さぁ? どうでしょうね?」

リアナの楽しそうな笑み。少なくとも、リアナの中からただ過去を見るだけではなくてこれからの事を見るようになった。
シルスもそれが分かってからかわれつつも、自分が笑っている事を自覚している。
それでもこうしてからかわれるのには慣れていないシルスは今のリアナに翻弄されてしまう。


――彼女たちの新たな一歩は今、歩み出す。


…ケリはついたか、黒き妖精よ

「盗み聞きとはいい趣味してるわね、龍様」

この空間において聞こえぬ声など在りはしない。貴様らの話は離れいずれど届いていた

クロウズシオンは再びシルスたちの眼前へと姿を現し、シルスと言葉を交わす。
それに対してリアナの反応はシルスの時と似通って顔を上げて少し呆けている。

「リアナ。コレに事を簡単にすると見たまんまの龍。こんな薄暗い所に閉じ篭ってるあの人間の下僕よ」

「私は彼の者との親睦を有しただけの存在だ。言の葉とするならば、黒き妖精こそが彼の者の僕とな」

目を細めてシルスを見据える龍と不適な笑みを浮かべて見上げるシルス。
その交差させている視線からは今にでも火花が飛び出してきそうな程に険悪な雰囲気な見詰め合いである。
リアナはそんな龍とシルスを交互に見比べ、少し考えた後に龍へと身体を向けた。

「どうもお騒がせしています。もうしばらく滞在させて頂く事となるでしょうが、宜しくお願い致します」

うむ、しばし療養してゆくが良い。大地の妖精は黒き妖精とは異なり分を弁えているな

満足気に頷くクロウズシオン。対するシルスは隣でお願いしているリアナに呆れる。

「リアナ! こんな奴にお願いする事なんてないのよ!?」

「でも、此処ってこの龍の住処でしょう? でしたら住んでいる方に挨拶をするべきなんじゃないかって…」

「全くもって必要なし!!」

やはり教養が足りぬ様だな、黒き妖精よ

やれやれとばかりにクロウズシオンが溜め息を吐く。

「あんたはいちいち口出すなーーー!!」

「ふみゅっ!?」


シルスの大きな声に寝ていたフィリスが飛び起きる。
今までの空間の静けさが無くなり、人とは似て非なる者と人とは異なり異形の姿なる者との言葉のやり取り。
言葉を介する者同士の意思疎通が行われて賑やかとなっている――。

……………

現在、バーンライトでは山道封鎖の原因の調査や停戦によるごたごたに一段落がついていた。
山道における原因不明の大きな爆発の余波は首都サモドアまで届き、建物を小刻みに揺らして山の隙間から発光現象も確認された。
街中では小規模な混乱が生じたものの、その後には何も起こらなかったために街人たちは冷静さを取り戻して日常へと帰った。

山道へと侵攻を行ったスピリットたちは誰一人とて帰還せず、山道へと向かわずに駐留していたスピリットたちだけが残る結果となっている。
道なりに山道を進めば、途中で多くの山道が崩落してきた岩で封鎖ギリギリまで迫っており、行き着く先は崖であった。
どの様な結果によって生じたものかは誰もが知りえず、ただあの時の大地の振動と光が原因だという事は容易に想像がつく。

そしてそれは“スピリットによる壮絶な戦闘の末に発生した結果”であり、復旧の目途は立たない事には変わりは無い。
この戦闘でバーンライトが失った戦力は50%を優に超し、ラキオスの方も唯でさえ消耗した戦力がさらに消失させてしまったのだ。

「これでラキオスへの侵攻は息を潜める結果となった。犠牲と損害は大きいが、これで良かったのだろう」

メラニスからの報告書を読み終えたジェイムズは少しやつれた表情で背もたれに寄りかかって呟いた。
彼は山道調査に街の混乱の鎮圧化、そしてメノシアスに関する報告でてんてこ舞いとなっている。
そんな彼は引き出しを開け、その中から一束の書類を出してパラパラと捲り眺める。

「奴がラキオスのスピリットと交戦して死ぬなどとは、有り得ん。だがならば何故、帰っては来ぬのか…」

その書類にはサモドア山道の復旧方法に新たなる山道の開通可能経路など、山道に関する資料である。
メノシアスがジェイムズへと残した唯一の物。その他の彼に関する物は一切残されてはいない。
まるで初めからジェイムズの元には存在していなかったかの様に、である。

「この様な物を残すとは――メノシアスは初めからこうするつもりだったのだろうか…?」

「それは違うかと思われます」

傍らに控えているメラニスが答え、続ける。

「メノシアス様と最後に話をした者はおそらく私だけでしょう。あの方は初めからご自身がお戻りになる事が出来ないと予測しておいでの様でした。
ジェイムズ様にこうして書置きのみを残されて行かれたのは自身の存在が足手纏いとなる事を危惧しての事だとしか思えません」

「――確かに。メノシアスがそうそうくたばる事も、ましてや全てを見通しているかの様な存在は簡単に消えるはずもない。
奴は今頃、連れて行ったスピリット共々再び流浪の旅へといっているかもしれんのぅ」

椅子に背を預けた事によって椅子が小さな音を成して軋ませながら窓の外の蒼穹を見据え、メラニスもそれに習う。

「まるで初めから存在していなかったかの様なお方でした」

「しかし、我々の心には刻まれている。確かなるモノとして」

青い空は果てしなく続き、誰の者の手にする事の出来ない色である。
まるでそんな空の加護を受けたかの様な青く白い輝きを放つ鳥が大空を舞っていた。
その鳥は徐々に降下してゆき、遂にはジェイムズの居る部屋の窓枠に止まったではないか。

「ジェイムズ様。何か手紙のような物を咥えている様ですが…」

「――うむ。どうやら私宛の様だが……メラニス宛てもあるの」

その鳥のくちばしに咥えていた二通の封書。
その表面には差出人の名前は表記されておらず、それぞれがジェイムズとメラニス宛だけしか書かれていない。
そして手紙を渡し終えるや否や、鳥はジェイムズたちに背を向けて落ちる様にして飛び去っていく。

ジェイムズが軽く見下ろせばその鳥は再び羽ばたいて昇り出し、あっという間に大空へと溶け込んでいってしまった。
どうやらジェイムズたちにこの手紙を届けに来たのには間違いは無い様である。
二人は軽く封をされていた所を剥がし、中に仕舞われている手紙を取り出して読み出す。

「ぶっ!!?」

全く予期せぬ内容に吹き出したのはジェイムズである。
彼宛に届けられた手紙の内容は――婚約者候補として名前が羅列されていた。
それだけではなく、その人物の詳細なプロフィールが名前の下に記載されており、どの程度箱入りか、または○○が得意か等。

――少なくとも、羅列されている女性は少なからずジェイムズに気がある者ばかりであるのは……羨ましい限りである。

「一体誰がこんな物を寄越し――いや、言わんでもよかろう。あの男は元気らしいな」

「その様ですね。こちらにはメノシアス様直々の署名が書かれています」

ピラッと手紙を開いてメラニス宛の手紙をジェイムズに見せる。その顔は満面の笑みである。
そしてそれを見たジェイムズは、今度は前のめりにズっこけた。

メぇ〜ノぉ〜シぃ〜アぁ〜スぅ〜めぇ〜…!

「良いではありませんか。後は相手の方に了承を頂ければ万事解決です」

清々しいまでの笑みを浮かべているメラニスと恨めしげに虚空を睨みつけているジェイムズ。
彼女宛に届いた手紙は
結婚宣誓書。そしてそれには既にジェイムズの署名がされており、後身人にはメノシアスの署名がされていたのであった。
後は残り一つの空欄に婚姻相手の女性の名義を署名して出すべき場所に提出すればジェイムズは晴れて独身の身からGood-bye!である。

「さては忙しい時にさりげなくその一枚を混ぜ込んだな。その署名の仕方は流し書きであるからのぅ…」

――すかっ

「駄目ですよ、ジェイムズ様。これは私宛の手紙で御座いますので」

「…ぬっ」

その宣誓書に手を伸ばしたジェイムズに対して手紙を持った手を軽やかに引いて切り札の奪取を阻止したメラニス。
上からニコニコと笑い見下ろすメラニスと冷や汗をかいてこけたまま這い蹲る格好のジェイムズ。
上司と部下の関係が逆転してしまった状態とはこういう事をいうのだろう。

「失礼しますよ、ジェイムズ顧問!」

扉を激しくノックする音にジェイムズが反応する前に扉が大きく開け放たれると、そこには憤怒したシグルがいた。
ジェイムズは辛うじて立ち上がっており、面子を保つ事には成功して肝を冷やす。

「何かあったのかね?」

「どうもこうもありません! そちらの消息を絶った部下がトンでもない事を仕出かしてくれたのですよ!!」

顔を見合わせるジェイムズとメラニス。
どうやら彼は手紙だけには飽きたらず、他にも何か大きな事を仕出かしたらしい。

「ただでは死なぬ奴だ」

「そうですね」

ジェイムズは溜め息を吐いてメラニスは苦笑するも、二人の表情には笑みがあった。
彼が生きている事を確信し、これからは彼とは別の道を歩んでいく事となるのを知る。

彼の埋め合わせは大変であり、しばらくの間は急務となるだろう。
そう自覚して別の置き見上げを処理しに二人は歩き出す――。

「それでこの結婚宣誓書には私の名前を書き込んでも宜しいでしょうか?」

「「――え゛っ」」

――ジェイムズの受難の日々はまだまだ続くのだった…。

……………
…………………

「『連環』なんか持って何をするの、リアナ?」

しばらくの間談笑していたシルスたち(+龍)は一段落し、唐突にリアナが『連環』を貸して欲しいと言って来た。
言われた通りに『連環』を渡したシルスだが、何に使うのは分からず疑問をそのまま投げ掛けている。

「私のケジメというか、区切りをつけようかと思って――」

鞘から抜いた『連環』の刀身は炎の光を受けて鈍い輝きを放っている。
契約者ではないリアナが手にしても神剣として使えないものの、それでも太刀としての持ち前の鋭さを有している。
それを逆手に持ち、三つ編みの後ろ髪を持ち上げて首筋に添えた。刀身の刃は首ではなく外側に向けて。

それを見てシルスはリアナがやろうとしている事を悟って言葉を発するよりも先にリアナが動いた。
『連環』を後ろ髪に添え、空いている手でその後ろ髪を刀身へと押し付ける。
柄を引いて『連環』を動かし、刀身が撫でるように髪を撫でていく。

それが刃の刀身で行われているためにリアナの緑髪は切り裂かれていき、そのまま一気に髪を切断。
長い後ろ髪を失った残った髪の毛は結えていた形を崩して顔の前へと垂れていく。
顔に掛かる髪を顔を振って退かし、ある程度開放された髪を慣らした。

ウェーブの掛かったセミロングよりも少し短めとなったリアナの髪型。
長い髪で隠されていたうなじが露わとなって幼い繊細さを見せる。
ボリュームもあったために一層軽やかになった印象を与えてくれていた。

「ありがとう、シルス」

軽く微笑んでリアナは『連環』を返してくる。
あっさりばっさりと髪を切ったリアナを呆けて見ながらシルスは受け取った。

「どうして髪をいきなり…?」

「――この髪型って、レイナと同じなの。あまりうまく出来なかったかもしれないけど」

自身の短くなった髪を弄りながら手元に残った後ろ髪の束を見詰める。
三つ編みに結っていたためにほとんど散らばる事もなくそこにはあった。

「形だけでも、レイナの分もこれから生きていこう」

その髪の束を焚き火の中へと投げ落とす。
元々リアナから切り離された髪からは金色の粒子が立ち上っており、火の中に入った髪は一瞬でマナに還った。
その上っていく粒子を眺め、言葉を綴る。

「今までも同じ様な言葉となる思いでいたけど、今はその意味は違う」

振り返り、シルスを見て微笑む。シルスはまだ少し呆けている。

「ただ過去のレイナの分も生きるんじゃなくて、これからのレイナの想いを抱いた私が生きる」

言葉の一つ一つを噛み締める様に胸の真ん中で手を組み、抱き締める。
そして大きく両手を広げ、上から降り注ぐ一筋の光を仰ぎ見て目を細めて微笑んだ。

「どこまで出来るかは、これからの私が決めていく。歩みを止めずに、ね」

それを見て聞いていたシルスは感心し、同時に自身がした事について反芻してしまう。

「…あたしが何かしなくても、リアナ一人で十分だった?」

「そんな事はないだろうな」

背後からの声に飛び退いたシルス。最近自分が驚いてばかりである。
そんな事はどうでも良い(良くないわよ!)(バキッ!)(あべし!?)が、シルスの背後には何時の間にか戻ってきていたレイヴンが居た。

「いつもいつも何で突然出てくんのよ、あんたは!」

「それで、もう済んだのか?」

「無視するな!?」

声を上げるシルスを何処吹く風にレイヴンは髪を切ったリアナへと視線を向けている。
リアナはその一言で意味を理解し、宥和に微笑んで頷いた。

「はい。取り乱してごめんなさい…」

「問題ない。それよりも髪型がそのままでは視界の邪魔になるな」

謝罪の言葉を受け止め、レイヴンはリアナの髪を弄る。
元々長かった髪を中途半端に切ると癖のある場合は変な髪型となってしまう。
リアナはそれに属し、横髪が顔を覆おうとしている。

髪を弄っていた手を一旦離し、腰のポシェットの中を弄る。
少しもぞもぞさせるも直ぐに目的の物を見つけて取り出した。
それを見たリアナは少し目を見開く。

「これを使う機会が来たという訳だ」

差し出されたそれを受け取ったリアナはそれを凝視する。
忘れるはずもない。それは知らずの内に消えていた物。

白のカーシェ――それはレイナの忘れ形見。

シージスとの戦闘の折に損傷し、大部分が黒焦げに染まっていたのが今は純白に改修されていた。
改修されていたのはそれだけではなく、カーシェの頂点には透き通る様な緑の小さな球体を囲う様に嵌め込めれている赤い結晶。
リアナがレイヴンの顔を見上げれば、左耳についていたイヤリングが無かった。

再び目を下ろして確かめるが間違いない。この結晶はマナである。
それもリアナがよく知っている波長をこのマナ結晶体は発している。

「――ありがとう…ござい、ます」

カーシェを抱き締める。それに込められた思いはレイナとの確かな、最後の証。
レイヴンは知っていたのだ。リアナが後ろを見ながらではなく、前を見ながら歩む時を待っていた。
そして遂にその時が来たからこそ、こうしてこのカーシェをレイヴンはリアナへと渡した。

「礼を言う必要はない。髪を整えるために渡しただけなのだからな」

「――はい…!」

リアナはこくこく頷く。渡してきたのは確かにそのためだけだろう。
しかし、それすらもこの人には全てを見通されての結果に思えてしまうのは過剰意識だろうか?
それでもリアナにとってそんな瑣末な考えは問題ではない。

今この時に渡してくれた。レイナとの最後の会話の時に言ってくれた事は間違いではない。
もちろんシルスのお陰でもあるが、そんなシルスもレイヴンという人間が居なければこうして共に居る事は無かった。
自分が生きている。スピリットとしてでもあり、この世界に生きている思いを抱いている者としても――。

「まずは血のこびり付いた髪を洗って来い。服は新しいのがあるからついでに身体を洗ってくる様に」

レイヴンは虚空の先を指差す。その先は暗くて見えないが、きっとその先には何か水浴び場になる所があるのだろう。

「その後に俺の腕の治癒を兼ねた訓練を行う」

「自分を実験台にした訓練なのね…」

自身の身体ですら訓練に組み込む頭の使い方にシルスが呆れる。
それをリアナがくすくす笑う。

「それじゃあ、行きましょうか? フィリスも!」

「は〜〜〜いっ!」

少し離れた上方からの返事。見やれば少し離れた所で寝そべってるクロウズシオンの頭でフィリスが手を振っていた。
暇を持て余していたフィリスは龍という珍しい存在で遊んでいたのである。クロウズシオン自身は特に気にしていない様子。
ウイングハイロィを展開して飛んで戻ってきたフィリスはリアナへとそのまま抱き付いてすり添った。

直感的にリアナが元気になった事をフィリスは気がついたのだろう。その表情は楽しそうである。
リアナもそんな素直なフィリスにつられて笑顔。カーシェをつけて顔に掛かる横髪を左右に分け、活発さをある表情を見せる。
そしてレイヴンに渡された替えの服を受け取って三人は離れていくのであった――。


――して、どの様に術を行使するつもりか…?

「直接の作用は無理だが、間接的に神剣魔法関係を利用して治癒の促進を促す。

ブラックスピリットは神剣魔法は気圧関連であるため、シルスには気温を調節してもらう。
ブルースピリットのフィリスには真水の氷を精製してもらい傷の手当てに使用。
グリーンスピリットのリアナには軽く治癒魔法を長時間使用してもらう。

いくら治癒関係の神剣魔法が人には効かないとはいえ、マナやエーテルで傷口を覆っていれば自己治癒の促進には繋がる」

離れていったリアナたちに入れ替わるように近づいて聞いて来るクロウズシオンに説明をする。
クロウズシオンはその説明を聞きながら目を細め、その博識さに感嘆の念を抱く。

私は何を担当する事になる?

「荒廃し行く大地の遅延」

クロウズシオンは閉口して眼下の人間を見据える。
意味を理解し、そして尚その理由を求めて視線を送っている。
レイヴンもその視線を受けとめて言葉を進める。

「シージスが消滅し、人が愚考を実行した事で大地が荒廃しているのは知っているだろう?
砂漠化していく大地を押し留めて欲しい。無論、そのためのマナの用意も出来ている」

掲げた手から拳大ほどのマナ結晶体が幾つも握られていた。
その量だけでもスピリット数十体分を優に超すだけのマナが凝縮されている。

それ程のマナを何処より?

「保険として拝借していた物だったが今となっては良い物持ちだ。
他にも小粒なものもあるが、それはフィリスたち用のマナだ」

「貴様の属していた国からか――だが良いのか?」

「問題は無い。まぁ、向こうでは騒ぎにはなってるだろうがな。こんな風に――」

………

「し、師匠ぉ〜〜! 大変です!! 研究所とマナ保管庫から大量のマナ結晶体が消えてこんな置き手紙が〜!?」

「おうっ、こっちにもあったぞ!」


  
[ 保険としてマナ結晶体を借りていきます。 メノシアス・レーヴェン ]

  [ もしもの時の対価として拝借しました。 メノシアス・レーヴェン ]



「うわぁーーー! どうするんですか!? これじゃあ、研究に支障が出ちゃいますよ!!?」

「うわっはっはっはっはっ!! やっぱアイツ只者じゃなかったわな!

まぁ、アイツの貢献を考えればこの程度のマナ結晶体は屁でもねぇか。
ブワッハッハッハッ!!」

「笑い事じゃないですよぉ〜、師匠!


メノシアス様ぁ〜〜…
かむばーーっく!!!」

………
……………

「では、後の事は頼む」

御意に。私も久方に力を行使しよう。しかし、良いのか? 砂漠化を防ぐのみで

あれからクロウズシオンはレイヴンの頼みを受けて砂漠化の遅延に力を使うようになった。
しかしその中にイースペリアやダーツィの現状を打開させるものでは決して無い。
ただ単にシージスの担当をクロウズシオンが引き継ぐだけであり、人の飢餓などの支援は皆無。

クロウズシオンはそれも行う事を視野に入れたのだとばかりと考えていたが、本人からするなと厳命された。
これにはさしもの龍も理解が及ばないでいる。

「構わん。人の手によって巻き起こされた代償は人の身で払わせるだけだ。
命の代価は命で払わせる。それ以上の物をこの世界の人が払えるはずも無いだろうが?」

――末恐ろしいとはこの事を示すものか…

「ぬかせ」

感慨深げに言葉にするクロウズシオンにレイヴンは不適な笑みで返した。

「…それで? もうここから出るんでしょう?」

シルスが傍らから声をかけて来た。彼女の服はバーンライの物ではなくなっている。
身体を覆うような黒のインナーにストッキング。そしてその上に真っ白なベストとミニスカート。
その上に羽織るは流線的な長袖の上着。それらに各々の属性の色合いを模した色のラインが刺繍されているのはご愛嬌。

「ああ。…ではまた何時か、巡り合える時に――」

マナの加護が在らん事を願うぞ

あれから数日の時を天坑の底で過ごしてレイヴンの腕の治癒に当り、完治したと共に立ち去る時を迎えていた。
水は地下水の川から得られるが食糧やその他の必要物資は有限であり、居座り続ける事は出来ない。

クロウズシオンとの別れの言葉もそこそこにレイヴンは三人へと顔を向ける。
龍と人間の出会いと別れは一期一会。巡り会って別れ、そしてまた巡り会うまで。

「これからシルスはどうする? 望むのならばサモドアへと送るぞ」

「冗談はよしてよ? あたしも一緒に着いて行くわよ」

リアナのお姉ちゃんになると決めたのだ。
ならばリアナとと共に行かずして何がお姉ちゃんであろうか?
そうでなくともシルスは戻るつもりは毛頭無いのであった。

「私たちは一緒ですものね、お姉ちゃん♪」

「……出来ればもっと素直に言ってくれない? その『お姉ちゃん』を…」

背中からリアナが抱きついて来る。
あの時の宣言以来、リアナは少し所か結構活発になり始めた。
それ自体は悪くは無いのだが、如何せんテンションがついていけない。

「良いんじゃないか、お姉ちゃん?」

「あんたが言うなぁ!!」

くっくっと笑いながらレイヴンが言ってシルスが顔を真っ赤にして抗議。
そしてレイヴンはシルスの身体をひょいっと抱き上げ、シルスを困惑させる。

「まぁ、何はともあれ…頑張る事だ」

「…ふんっ」

シルスはそっぽを向いて抱き上げられた恥かしさを誤魔化す。

「…まぁ、その、一応……よろしく頼むとするわ――レイヴン」

初めてこの人間の名前を呼んだシルス。
リアナがそれに微笑んでレイヴンに抱き付き、フィリスも倣って元気にダイブ。
レイヴンの背中に青白い一対の翼が伸び、そのままフワリと浮かび上がる。

「それでどこに向かうつもりなの?」

「南は食料難やその他で現状で向かうのは芳しくは無い。このまま北西に向かう」

そして一気に飛翔し、あっさりと立っていた大地とクロウズシオンの姿は見えなくなった。

「うきゃぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――…!!?」

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーー――…♪」


「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜――…い♪」



各々の喜声と悲鳴を上げながら去っていく人と妖精を見送る龍。
その光景がこの大地に縛られた人と妖精たちの希望の小さき望みの光へと羽ばたいていく様に思えた。
それはあまりにも長い眠りについていたためか、それとも自身の期待をあの者たちに寄せていたためなのか…。

『汝らにマナの加護は不要なのかも知れぬな。自身で切り開き、そしてその先にこの大地の未来を――』

何故か確信してしまいそうである。それ程までに彼の者だけでなく、彼の者と共に居る妖精にも。
まだ時ではない。しかし、彼の者たちならば時が来たとしても希望と成り得るだろう。

――この想いはやはり無粋なものなのだろう、と龍は想った。





Now, END Of PHASE Barnlait.
Naxt is Intermission, Before Go To Next PHASE.

The Intermission is 24 Hours Of ――

『 Lakios 』




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