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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
最終話 「 赤光 」



シルスは岩壁に寄りかかって座り、その視線の先は虚空で何も見ていない。
傍らではあの人間が用意したであろう焚き火がこの場での唯一の灯火である。
周囲の壁自体が発光をしてはいるが、やはり視覚的には物足りないのだ。

実際、今のシルスには焚き火の光より薄暗い淡い光の方を望みたいのだが、逆にそれを否定する思いもあった。
心が乱れ、どうすればいいのかわからない今、目の前で煌々と輝く灯りは気持ちを紛らわせるのには有り難かったのである。

「『リアナを支えられるのは俺ではなく、お前だ。

これに関して本当に何も出来ないのは、駄目なのは――俺なのだからな』……か」

膝を抱え、身体を一際小さくする。スピリットの中でも華奢な部類に入るシルスだとさらに小さく見える。
今の彼女はあの人間に言われた事を反芻し、何度も呟くという行為を繰り返していた。

何故、駄目だと断言したのか?

どうしてあたしなら出来ると言えるのか?

「――あたしには、そんな事は出来ないのに…」

焚き木を追加していない火は弱まり、今のシルスの感情に呼応するかのように周囲も暗くなっていく。
火が発生して熱を発しているためにその熱波のお陰でこの地下部でも温かかった。
それが弱まっているので当然の事ながらシルスの体感温度も徐々に下がってきている。

「ぅにぃ〜…」

――もぞもぞもぞもぞもぞ…

あの人間が出したのだろう毛布に包まっているフィリスは周囲の温度が下がったために毛布の中へとより深く潜り込んで温まろうとしている。
その傍らで未だに眠っているリアナは薬の影響で身動ぎ一つもせず、吐く小さな息が白く染まっていた。
それを見てこのままでは凍死しかねないと少し慌てて毛布を掛け直すシルス。

呼吸が大丈夫なように毛布を被せながら慎重に掛け、焚き木の予備はないかと周囲を見渡す。
しかし、近くには見当たらず、火が弱っているために視界も徐々に暗くなっているので見辛い。
シルス自身も肌寒さを感じるようになってきたために少し危機感を抱く。

――ごとごとっ
――バチパチッ!

くぐもった落下音とともに火が一際大きな火花を散らす。
シルスが見やれば焚き火には新たな焚き木が幾つも追加されており、その中の幾つかが比較的太めであった。
小さく細かい物は即座に火の勢いを取り戻すためにあり、火の勢いを持続させるために火が付き難いが長持ちをする太い木へと移るのである。

それらのお陰で再び焚き火は火の勢いを取り戻し出し、その周囲の温度も再び暖かいものへと戻っていく。
シルスは焚き火が続く事に安堵するのと同時に一体誰が焚き木を追加したのか疑問に思った。
追加された焚き木を良く見れば、まるで落ちて来たかのような形で火が燃え移っている。

マナを欲するままに、その本質を理解せずに使う愚かな人間と共にあった身ではこの程度の事も出来ぬか、黒き妖精よ

頭上からの身体の全身へと響き渡るような声。突然のその声で少し聴覚に支障が出たが、その耳を両手で抑えて見上げた。
そこには黒き巨体の首が焚き火の光に反射して艶やかに映え、フィリスと同等なほどの金の瞳がシルスを見据えている。

黒き妖精は彼の者が用意し、人としても本来在るべき文明の利器を扱えぬか?

「違うわよ。ちょっとばかし考えごとをしてたら忘れてただけよ」

この深遠なる大地の底に住まう龍、クロウズシオンにシルスは反論する。
クロウズシオンは静かにうめき、シルスたちの近くで腰を据えた。
シルスたちにはまるで興味がないかのような振る舞いに、シルスもまた焚き火の傍で腰を下ろして再び火を見詰める。

周囲にはクロウズシオンの呼吸音によって身体が震える以外には時折発する火花の音以外はひどく静かであった。
先ほどまではリアナの事で色々と思案していたが、興が殺がれて今はただ火を眺めているだけ。
それでも胸の奥のもやもやは決して消える事は無い。それをわかっていつつも、やはり頭は動かない。

龍が何か言ったから、ではない。何も考えたくない、のでもない。
何も行き着かないだけ。どうすればいいのか何一つ浮かんで来ようともしないのだ。
考え疲れた、というにもまだ頭の中はそれほど疲れてはいないのだが――

…こうして眺める燃え盛る小さき火とは誠しやかに不可思議な業を見せ付ける

今度の静かに轟くような龍の声にシルスは驚かずに目を向ける。
クロウズシオンは今も焚き火を注視し、金の瞳が赤く煌々と輝き光を断続的に放っていた。
まるで独白をするかのように言葉をさらに綴る。

この瞬間の為とし、火は妖精に光を与え、温もりすらも授け賜う。

人が手にし火はマナの恩恵そのもの。しかし、彼の者が成し得たこの火は自然のそれなる


人はエーテル技術をそのまま軍事利用するだけでけなく、その様々な分野への有能性から市民層までの幅広い技術応用が成された。
その中でも最も初期に誰もがその発明に歓喜した技術、それが灯火である。
闇に対して人に限らず夜行性ではない生き物は暗い闇は恐怖であった。

そんな中を光が照らし、太陽の滴とやゆされる事すらあるのが灯火。
エーテル技術によるその火は見た目だけであり、温かみなど一切ない。
調理場などに設置されている火起し機器はまた使用方法が異なっている。

しかし彼が、レイヴンが作り上げたと言わんばかりの火は木を燃やし、炎を上げて煙を発している。
それには光があり、温かみがある。当たり前の事である。だが何故、灯火を用いないのか?
彼ならばそれぐらい持参しているだろうがこの寒い天坑内部では気温は低いため、光と共に温かさを両立させる焚き火を選んだ。

――黒き妖精よ

ここで初めてクロウズシオンはシルスへと目を向けた。
爬虫類特有の瞼下にある薄皮による横瞬きにシルスは少し寒気が走る。
自身では在り得ないその動作に不快感を抱いたのであった。

『貴様にとって火とは、何と心得る?』

「どういう意味よ…?」

火とは光をもたらすものか? それとも温もりを。または心の拠り所か?

――いや、愚問か。己が身を焼き尽くす紅蓮の業火、であろうな


シルスの眉が不機嫌そうに吊り上り、反論しようとしたが結局は口は開かない。
今こうして自分達がいるのはあのレッドスピリットたちによる神剣魔法によって生じた結果なのだから。
あの時、山道から跳び下ろされる際に見たあの赤々とした光。あれも火である事には変わりない。

あれはまさしく業火というに相応しい破壊となりし奔流の炎。
レッドスピリットが駆使する神剣魔法は火のそれなのだから、シルスたちが最も良く知る火はそれとなる。

火はあらゆる物を焼き尽くし、地へと喪する。

喪した命は大地を育み、やがて新たなる生命へと回帰するものなり


火に焼かれた物は全てを潰えた灰となってその命を潰える。
だが、その灰は大地へと堆積して大地となって新たに芽生える緑の下地となる。
やがてそれは生きる動物の糧となり、命の循環の中で生命を絢爛する事となるのだが――。

では。この大地に命成し、どの人なる種族よりも数多なる死に直面する妖精は?

「………」

『その身を全て焼かれしも引き裂かれしも、その全ての帰結を消滅という末路を辿れしは如何に』

しかし、スピリットは違う。スピリットが死ねばマナとなり、大地を育まない。
殺した相手の糧となり、また新たなスピリットを殺すための糧となる。
他の末路があるとしてもそれはやはりこの世界へと、『再生の剣』へと還るだけである。

スピリットのその身が世界に直接育む要素とは決して成り得ない。
それ以外に辿る末路は決してない。死んでしまえばそれまで。
どんなに相手を想おうとも、死んでしまえばその身は消滅してしまう。

――この燃え盛りし火の光も妖精とまた同じ。それは私とて例外と成り得ない

クロウズシオンは目を細め、燃え盛る焚き火を見詰め続ける。
シルスもまた、炎を見据えて龍の独白と化した話に耳を傾けている。

光を成して暖を有す。されど終えればそれ自体に決して残すもの無し。

残るは燃え盛り、煽りを受けし燃え滓のみ。それは残されし者の如し


「――レイナ…」

今もリアナの心に傷と化して存在し続けるスピリットの少女。
彼女の存在そのものはかけがえのない思い出であろうが、失ってしまった今のそれは重責となっていた。
数多のスピリットを屠る者は炎の如く、何時かは自身が屠られ、鎮火する。

レイナもその身を鎮火し、残された燃え滓はリアナとなって残された。
余熱を帯びて今も燻る燃え滓。いつかその身も燃え盛って消滅してしまう。

…されど。残滓は大地を育む糧となる事が出来る

「………!」

こんがらがって止まっていた頭の回転が再び動き始める。
顔を上げれば、クロウズシオンがシルスならば容易にその手に収まる大きな手を焚き火の中へと浸入。
直ぐにその手は引かれたが、焚き火の中から一本の炭と化した焚き木を有していた。

その木を自身の目の前へと掲げ、そしてシルスの目の前に置き、真っ二つに斬るように言ってきた。
少しその木を観察し、余熱で大気を歪ませている状態のまま言われた通りに『連環』で斬る。
木は完全に中まで炭となっており、もはや原型の形をした炭である。

――ただ一つを除いては。

「…何、これ?」

彼の者は言っていた。大地に突き立つ木々の中には残滓そのものとなってこそ育む新たなる生命が存在する、と

真っ二つにした木の中に、丸々とした木の実のような球体が存在していた。
そしてそれは中身がはみ出しており、はみ出しているそれは緑。植物の芽である。

業火によって残されし物が必ずしも消滅のみではない。新たに育まれるものも存在する、ということであろう

溜め息を吐くクロウズシオン。数多の歳月を生きながらも、今こうして新たな事象を知り得た事への感嘆。
門を守るためにはそれ相応の能力を有し、あらゆる事象に対して不動たる存在なのが龍であった。
しかし、この大地を存在し続け肯定し続けるも、知らぬ事象の細々と見逃していってしまっている。

私はあまりにも長く眠りにつき過ぎていた様だ。世界は唯一ではない

長い首を上へと向け、一筋の差し込む小さな光の先を見据える。
客観する視点から得られる物を多いが、その瞳で捉える光は心細く感じられる。
以前は無かったものが、ふとしたきっかけでその目に止まるかの様に。

難儀なものである

クロウズシオンは視線を下ろし、シルスを一弁する。
シルスは未だに新たに萌える生命の息吹に視線を下ろしていた。
まるでその芽の成長を見届けるかのように真剣に見詰めている。

向けていた金の瞳を閉じ、身体を翻して奥へと立ち去っていく。
歩く度に地面が振動するが、シルスはそれでも視線を動かす事無かった。

「――あたしに、出来る事…」

……………
…………………

サモドア山道の一角より大空へと立ち上る黒煙。それは未だに鮮明のまま存在している。
発生当時に比べてはその規模を大幅に減衰してもうもうと立ち上っているが、それでも遠くから煙を確認出来る。
立ち上る煙は今、単一ではなく複数となって新たに発生している。スピリットによる戦闘である。

宣戦布告とともにラセリオへと進軍をし出したバーンライト。対してラキオスは迎撃体勢をあまり取らせて貰えぬ状態での迎撃。
ラセリオでは即座に首都へと増援要請を出し、今現在ラセリオで有する戦力を山道へと向かわせた。
今、戦いの最前線となっている崩壊している山道の一角はサモドアとラセリオの中間地点より遥かにラセリオ側にある。

つまり、増援が来るまでに前線を持ち堪える事が出来なかったのであった。
それでも一気に街の眼前まで侵攻されなかったのは運が良かったのだろう。
この戦いにおいて両国は以前よりも変わらない戦いの中で、バーンライトが力のあるスピリットを投入していた。

前回の戦いで戦力を大幅に失ったラキオスがただでさえバーンライトを凌ぎ切る事が困難となっている中で、強力な駒を出されては本来成す術もないのだ。
一方的に蹂躙されしなかったのは一重にあまりに力を有していたために力を意図的に制限させられていた事にある。
例えばレッドスピリットによる神剣魔法でラキオスのスピリットを一斉掃討すれば早いのだが、それでは山道の道そのものへの被害が甚大となってしまう。

サモドア山道という山脈を経由した道を利用する事によって初めてラセリオへの道が開かれている。
この山道があってこそ初めてこの戦いの意味を成している為、その山道への大きな被害は深刻である。
過去の人々がどれほどの時間を掛けて開通したのかは今となっては知る術は無いが、それでもかなりの時間を掛けただろう事は容易に想像がつく。

ゆえに戦闘能力を抑えられる結果となったスピリットはラキオスに抑えられる要素を与え、今も山道内で抑えられている。
最も、抑えられているのというのは比喩であり、実際には前線に投入される機会が激減しているだけであった。
敵の前に出せば自身が消滅するまで戦い続けるというただの特攻。力を保持している捨て駒はその程度でしかない。

紡がれる言葉。放たれる炎と漆黒の旋風。交差する火花は己が命の灯火が如し。
戦いはバーンライトが優勢で進められているが、やはり狭い山道上ではラキオススピリットの方が少し分があり、徐々に押されているだけである。
逆に戦闘境界線の変動が微々たるものになればなるほど、戦闘の激しさは増していく。

どちらにも傾かなければ、撤退もせずに後方からの増援によって補給される戦力で両者がジリ貧となっている。
それを如実に現しているかの様に戦闘密度は濃い。両国が衝突してから既にかなりの時間が経過しているにも関わらず、激戦が未だに続けられている。
バーンライトの切り札的捨て駒をこの中に出しても、焼け石に水の状態であった――。



  
-  いはけなき子は――  -


炸裂音と衝突音で埋め尽くされた前線の空間に響き渡る声ともつかぬ音。
戦いに神経を集中させていたスピリット全ての耳に届いた凛とした涼しげな音。
それはソーマの訓練を受けたスピリットとて同じ事であった。

戦いを忘れ、誰もがその場に凍りつくように静止する。
ある者は本当に凍ってしまったのではないかと見紛う程に静まり、ある者は声の発信源を求めて周囲を見回す。
しかし、聞こえてきた声からはまるで自身の頭の中で鈴の音が鳴り響いたかの様に響いたために特定が出来ない。

  
-  光が如し…  -

されど、その発信源は唐突に現れ、天空より舞い降りたかの様にふわりと柔らかく着地をしている。
裾の長い白き衣に青紫の袴を身に纏い、太陽の光さえもその流れる長き髪に見入って光沢を放つ事のない黒。
髪に呼応するかの様にその両の瞳も黒く染まり、まだ少女のその容姿はどんな大人な人よりも大人であった。

戦いの最前線であるこの場が戦闘開始してからの初めての静寂の中に、その少女は佇む。
誰もがその少女を見詰め、捨て駒に投入された感情の欠落をしているスピリットでさえ見惚れていた。

全てのスピリットの注目を集めている少女はゆっくりと両手を天へと掲げ、その手に持っている鉄の棒を構える。
その過程で鉄の棒の中が空洞になっているための現象でヒュン…と高音を奏でていた。
数瞬の間その姿勢で固定され、スピリットたちからは完全に音が途絶えている。

  
-  捧げや 捧げや 言の勾玉や  -

  -  癒せや 癒せや 呪(かし)り永久に真に  -


そして踊り出す。決して速くなく、一つ一つの動作を噛み締めるかのように軽やかに踊る。
滑るように。小さく波を打つ様に。風のようにスピリットたちを観客にさせて。
その過程で発生する偶発かそれとも必然か。舞う度に鉄の棒から音が発せられ、それが詩となって響いていく。

  
-  捧げや 捧げや 言の勾玉や  -

  -  癒せや 癒せや 呪り永久に真に  -


スピリットたちは少女の踊りと発せられる音というには限りなく声に近い詩に動けないでいる。
まるで全員が少女によって何かが自身にとり憑いたかの様に、である――。

……………

戦闘が凍結した山道のスピリットたちが小さくを通り越して点となってしか見えない程に離れた場所。
そこはサモドア山脈内においても特に切り立った山脈が連なり、人は愚かスピリットですら近づく事は困難である。

しかし今、ほぼ垂直の山肌に寄り添うように存在している一人の女性。
しなやかなで流線な身体つきが全身を覆う黒の服の上から覗かせ、長い蒼銀の髪が山風によって繊維と見紛うかの様にきめ細かに流されている。
スピリットの美しさですらこの女性の前では影に身を潜め、そのオレンジが深い赤を有した瞳――緋色は世界すら吸い込みかねない。

全身に纏う黒き服はこの女性の美しさにはあまりにもそぐわないモノであろうが、何故かその静かに彼方を見据える瞳の前では不思議と違和感を感じさせない。
ましてや背負うかの様に展開している蒼く透明な翼で宙に留まってる姿は神々しさすら感じさせる錯覚を生む。

  
-  いはけなき子は しなに罪なし  -

  -  現(うち)の限りは 託されし遺産(わざ)  -


風の流れが絶えず奔流をし続ける山風に乗って流れてくる詩を聞き、静かに緋色の瞳を閉じて耳を澄ます。
周囲から聞こえる風を切る音が消え、少女から発せられる詩だけに絞り込まれていく。
だがそれは直ぐにノイズが走り、周囲から急速に声の質が変質してしまう。

「――やはり来たか…」

閉じた瞳を開き、遥か上空へと向ける。何処までも澄み渡るかの様な蒼穹が広がり、雲も白く雄大に漂っている。
元々標高の高い山脈から見てしても高いと言わしめる空に浮かぶ雲のある一点では大きく歪曲して穴が開いていた。
雲は大気中に上昇した水蒸気が集まって形を成している。それに穴が空くのには幾つもの理由は挙げられる。

現在の現象は超高熱原体が雲に接触したために雲の構成が分散してしまっているのだ。
蒼き髪の女性の瞳には、その原因たる存在がしっかりと捉えられている。
遥か上空で出現した物体を一言で言えば目。片目がまるで出来損ないの深紅の鳥へと変貌した様な様相。

この世界にはその様な存在は文献には存在せず、人間の姿をした人以上の存在は龍以外には無いはずである。
しかもその物体の身体からはこの空間に存在している事すら危険なほどの高熱源の存在。
身に纏うオーラフォトンと頭にちょこんと乗せたかの様な王冠によって制御されているようだが、一度開放されればこの地域一帯は即座に焦土化してしまう。

『………シュルァッ、グァシィァ』

縦に見開く瞳は直下の存在するラキオスとバーンライトの最前線を見下ろす。
声とも鳴き声ともつかぬ一体何処から発生しているのか不明な声を女性は聞き取る。

「…ムスペルヘイムの住民スルト――ユミルの片目を取り込んだか」

  
-  かこつは運命 すまふ術なし  -

  -  孤独にねんじ かく歩む道  -


女性がスルトと呼ぶ超高熱原体の抑え切れずに漏れ出している熱の奔流に大気環境が著しく乱れ、山道で響いている詩が聞き取り辛くなっている。
山道で少女の詩を聞き続けているスピリットたちには影響の出る範囲の現象ではないために、気が付いている者は居ない。

『………グルァ』

スルトの瞳から赤く濁った液体が数滴、滴り落ちていく。
その滴には堅固オーラフォトンが纏っており、身体から離れた程度で空間爆発には至ってはいない。
しかし、地面へと到達した際には――

  
-  捧げや 捧げや 言の勾玉や  -
 
「  さらぬ厄とて 童(わらべ)の前に  」

少女と女性の重なる言葉の言霊。
女性は右手に持つ青白い刀身を持つガンブレードの切っ先を少女の居る山道へと向ける。
刀身へとまるで惹き付けられるかの様に、発光する小さな光が纏わり付いていく。

  
-  癒せや 癒せや 呪り永久に真に  -
 
「  斬るが如くに 因果を解かれ  」

繋がる言霊。女性は刀身を微細に動かし、言霊を完全に重ねさせる。
その間にスルトの滴に纏っているオーラフォトンが減衰していき、滴からは白い煙を纏って落下を続ける。

  
-  捧げや 捧げや 言の勾玉や  -
 
「  真の光 我が身を照らし  」

少女と女性の瞳が重なり、黒の漆黒と赤の緋色は距離の概念を物ともしていない。
少女の手に持つ鉄の棒は始めと同じく高々と掲げられる。

「彼女らを葬り去るのは――」

その先端へと吸い込まれる様にして命中するスルトの滴。
オーラフォトンの殻から完全に開放された滴は保持している熱量を存分に放出し、冷却に入る。
熱量を分散させるために自身の形態も変化し、気化する。これは逆に引火性のガスへと変化。

結果、この空間には過度の熱を浴びて二重発火。爆発がさらなる爆発を呼び、周囲が煉獄と化していく。
逃げる時間など、元より存在していない。山を薙ぎ払うのではなく昇華していく。
爆発の一番外側に発生し、一番早く周囲に影響を及ぼす衝撃波は最早暴風の津波。

山脈の山肌をこぞって剥ぎ取っていき、次瞬に迫り来る熱の暴力に昇華されてしまう。
しかしそれは少女の頭上での出来事。少女が掲げる鉄の棒より下の空間では山道は健在している。
他のスピリットたちは爆発の光で失明をし、もはや何が起きているのかわからずに何も出来ずに居た。

――女性と少女の瞳は交差している。

 
「  放つ詩声――
  
-  癒せや 癒せや――

女性は鋭くガンブレードを構える。刀身に纏わり付く数多の小さな光は刀身の形に沿って還流している。
それは即座に消失し、刀身の切っ先の先で少女の居る山道と刀身の間で一瞬にして光は往復する。
不可視のそれは確かなエネルギーを有し、増大させていった。

 「この俺だ!!」
 
――天足らしたり!  」
 
――呪り永久に真に!  -

重なる三つの声。往復していた光は陰陽と相対的に分離し、そして移相する。
その過程で中間空間に溜め込まれたエネルギーは指向性をもってして瞬間的に移動をしていく。
その指向性は女性の方ではなく、少女の居る山道へと。

エネルギーは少女の直ぐ傍に健在している山肌へと衝突する。
行き場を失った力は衝突の抵抗と拡散をしようとする前に後方から迫る力の圧力で集束。
山にその力を保有する機能など当然備わっておらず、集束した力は暴走するのみ。

――パァアアアアァァァァァン……

風船が割れる様な音を伴って力は熱と電気性質を帯びさせる空間物質へと還元する。
蒼く透き通る様な色合いが紅蓮の下を覆い尽くしていく。青と赤の共演は、美しくも残虐であった。
始めに少女がその蒼い光に包まれ、周囲のスピリット全てを巻き込んで山道を電気的に蒸発させていく。

紅蓮に比べればかなりの小規模であるが、赤き炎を押し返しているかの様な光景には紅蓮を上回る威力を保持している事を示していた。
女性の居る場所からは紅蓮の下から生える様な蒼く小さな輝き。上空にいるスルトには赤しか映っていない。
やがて立ち上っていくきのこ雲を確認するのと同時に、スルトのその姿は白き光に包まれて消失する。

「領域シフトをしたか。追跡は…するまでもない、か」

女性は左手を上空へと掲げる。するとそのさらなる上空から太陽の光を浴びて弧を描いて落下してくる物体を掴み取る。
先ほどまで山道で少女が持っていた金属の棒のそれである。焦げ目など一切存在せず、爆発に巻き込まれる前の状態そのまま。
しかしそれに注目する前に空の下に露わになった左腕には右と違って白い包帯でしっかりと包まれている。

白の中には赤い斑模様が小さく混じっているが、それは今ではなく少し古い時に染み込んだもの。
乾いた匂いが女性の鼻をくすぐるも、気にも止めていない。

[ 左腕裂傷の同化再生75.168%完了。筋肉繊維の縫合完了。神経繊維ネットワークの再構成はPHASE-4 ]

腕で滑らすかのように手にした棒を左手で操り、滑らかに左腕の空間内で踊る。
指の一本一本まで包帯が巻かれている指からは包帯に包まれているのが不思議なほど軽やかに棒を踊らす。
しばし左手だけで遊んでいた女性だが、視線だけは巨大な黒煙を上げている山道へと注がれている。

「――俺は、誰かを支える事が出来る存在では無い…」

少女を介して感じた消滅の悲鳴。構成が崩壊していく山の叫び。
大気を燃焼させる炎を奔流の一方的な蹂躙の蠢き。――そして消滅していくスピリットたちの断末魔。
この女性が手を下さずとも、彼女達は消し去られていた。それはスルトの登場が証明している。

しかしそれを女性は拒み、自身の手で葬り去る事を選んだ。
全ては報復の為。他の誰でもない、自身の手で実行する事に意味を見出していた。
緋色の瞳には哀しみも喜びも、ましてや快楽など一切含まれていない。

殺すという事は相手の未来を奪う行為。それが例え、暗闇だけの未来だったとしても。
誰かを支えるという事は、その誰かの未来のために守るという事である。
二つの相反する行為。それは両立させるという事は一体どういう事になるのだろうか…?

「後は…」

女性の背中に背負うような蒼い翼は大きく羽ばたこうとするかの様に開いていく。
この大気中に滞空してからずっと下へと放ち続けている青白い光は変わらず下へと放たれている。

変化があると言えば、少し高度が上昇した事しかない。
それでも女性の流れる様な蒼銀の髪が波打つには十分な動作。
光を透き通らせているのでは、と目で疑いたくなる様な洗練された長髪がそれだけで舞っている。

「後始末か」

羽ばたこうとしていた翼はピンッと真後ろへと移動し、一瞬輝かせると光の粒子が吐き出される。
微かに女性の身体がぶれ、次瞬には小さな旋風をその場に残して遥か彼方へと加速していってしまった。

巨大な黒煙をもうもうと立ち上らせる山道は数瞬後には吹き飛ばされて掻き消え、黒煙を上げる熱の源が鎮火する。
そして小さな轟音と共に周囲に残っている山々が小さな閃光とともに一部崩落していく。
巨大なクレーターと化している元山道は、巨大な岩石が積み重なって山の崩落地帯へとその姿を変化させた。


今回のバーンライトのラキオスへの攻撃はサモドア山道の崩壊に伴って停戦。
長年戦い続けてきたサモドア山道を舞台にした戦いは今回をもってして終わりを告げる。
具体的な調査などは戦いの歴史で傷付いた山道の安全を確保してからでは一体何年かかるか…。

これでバーンライトが攻める術は北へと赴き、ラキオス首都を直接陥落させる以外にはなくなってしまった。
当然ラキオスもそれがわかって首都へと向かう道中に存在する町に部隊を配備するだろう。

それでもやはり一気に衰退した戦力の両国にはしばらくの間、大人しくしている事となるのは必然であった――。




PS2用ゲームソフト『アルトネリコ 世界の終わりで詩い続ける少女』
Ar tonelico Hymmnos concert 『 EXEC_RIG=VEDA/. 』
 Lyric & Music & Arrange:中河健
 Vocal:みとせのりこ
 Erh hu:野沢香苗


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