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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
第十一話 「 黒き来襲者 」



「使者のやることって簡単なのね」

「ただの宣戦布告通知の伝達だからな。予告しに来た人間にかまっていられる程向こうに余裕はないなら尚の事」

レイヴンがラセリオ――ラキオス領へと入国した際、当初は当然の如く拘束されたが入国概要を説明及び通達をすると即座に街の役所へと通された。
後の事はトントン拍子に彼の目的の通達は即座に首都へと伝達される事となり、時間を喰ったのが入国の時ぐらいである。
太陽が最頂点から少し降り始めた時には山道で待機させていたフィリスたちと合流し、今現在サモドアへの帰路へとついている。

実質数刻もせずに済んだので、シルスの言うように呆気ないと言っても過言ではない。
だが、レイヴンに課せられた事自体は最高機密に属する仕事であるため、極めて重大な責務を負っていたのは事実。
機密文章を扱わせるのも当然信頼のある者を使者とし、失敗は許されないのであったのも事実である。

「この後はどうするの?」

「目的は既に果たしている。サモドアに帰還して後の事は今の所は何も無い」

「…また訓練と勉強なわけ?」

「そうなるな」

溜め息をつくシルス。再び戦争になってスピリットたちが戦いに赴くというのに自分達はのん気にしている。
既に諦めの域に達し始めているシルスだが、まだレイヴンの行動――現在の自身の立場を受け入れられないでいた。
今の彼女の頭にはリアナの事もあって今一上手く頭が働かないために少し気を重くしている。

頭痛の種となりそうだと感じていると、先頭に歩いていた彼の足が止まった。
顔を見上げると人間は山道の先を見据えている。その視線の先を自分もむけようとすると――

「まぁ――帰れれば、の話だがな」

その次瞬には人間の身体がぶれて彼の身体はシルスたちの脇を通り抜けて後方へと吹き飛んでいく。
突然の事でシルスたちは反応できなかったが、その高い動体視力にはレイヴンに突っ込んできた黒い何かは捉えていた。
しかし、それが何かまでかは判断する事は出来なかった。

――ドゴォッ!!

「「「!!?」」」


シルスたちがようやく反応した時には後方における激突音が発生し、山道の山壁に煙が立ち昇っていた。
山道に吹き下りる山風で煙は直ぐに消え去り、その先の光景が彼女たちの視界に収まる。

「スピリット!?」

シルスが信じられないと言わんばかりの声を上げた。
視線の先には山肌に背中をめり込ませているレイヴン。その手には『凶悪』の両端を掴んで掲げている。
そしてその掲げた中央に斜め上から押し込んでいるモノ――ブラックスピリットの永遠神剣であった。

彼は突撃してきたブラックスピリットの斬撃を咄嗟に取り出した『凶悪』で受け止め、殺せなかった勢いで押し飛ばされて山肌へと追いやられたのである。
ブラックスピリット特有の流し斬るという勢いのみであった事が幸いし、重みがそれほど無いのは幸運であった。
攻撃していたのが重みの残撃をするブルースピリットであったのならば彼の背にはクレーターが発生していたか、山肌が崩落していた事だろう。

「何で人間に攻撃なんか…それも味方から!?」

そう叫びつつ、シルスはウイングハイロゥを展開して『連環』の柄に手をかけて肉薄していく。
彼女の加速していく脇をリアナが投擲した『彼方』が追い抜き、レイヴンに覆い被さるような体勢のスピリットの背中へと迫る。
それを察知したスピリットはウイングハイロゥを羽ばたかせて横へと回避する。

「はぁあ!」

そこに弧を描くようにスピリットの退路方向からフィリスが『雪影』を振るうというリアナとのコンビプレーを行う。
攻撃方法が単純な為に上へと退避する事によってフィリスの一撃をやり過ごす。
反撃をさせないためにシルスがフィリスの後釜をフォローするように迫って相手を遠ざけた。

「――リアナ。助けるのはいいが、もう少し狙う場所をズラせ」

「ごめんなさい…」

身体を山にめり込ませているレイヴンは顔を傾けた状態で目の前に走って来たリアナに言った。
彼の元の顔の位置には『彼方』の刃がしっかりとめり込んでおり、今やっとリアナの手によって引き抜かれる。

レイヴンに襲い掛かってきたスピリットの背中を狙っていた『彼方』の矛先は相手が避けた事によって彼の顔へと目標が変更されていた。
……これは憶測だが、例えスピリットの背中に命中したとしても少しでも背中から貫通していれば彼の顔には刺さっていたかもしれない。

「何なのよ、あの子は…?」

攻撃してきたブラックスピリットが一旦距離を離し、こちらを見据えた段階でシルスとフィリスがレイヴンの傍へとやってくる。
レイヴンは山肌から脱出し、身体に異常はないか軽く身体の確認をしながら見据えてきている相手を見ていた。

先ほどシルスが叫んでいたように、攻撃を仕掛けてきたブラックスピリットの服装はバーンライトのそれ。
あのスピリットは同じ服を身に纏っているシルスたちを攻撃してきたのである。その上…

――彼女は人間を攻撃してきたのである。

味方への攻撃以上に衝撃的な事実。スピリットは人間に対して絶対服従な存在とされてきている。
当然、スピリットが人間に対して神剣のその刃を向けることなどあるはずがない。
それをあのスピリットは覆し、なおかつスピリットに対する攻撃と同等の事をレイヴンに仕掛けた。

「サモドア方面から来たのだからサモドアのスピリットだろう。ラキオスが行動始めるにはまだ早すぎるのだからそう考えるのが妥当だな」

攻撃を受けた当の本人は至って冷静であり、事実を照らし合わせている。

「それはそうだろうけど……それにあの子のあの翼は――」

ブラックスピリットの背中に展開しているウイングハイロゥ。
それは黒く染まり、それに同調するかの如く彼女の瞳にも光が無く暗い。

「例の試験運用しているスピリットだな」

「それが何で一人であんたを狙うわけよ…?」

「違うな。俺を狙ったのはこの中で最も弱いと判断したからであり、ましてや単身ではないぞ」

その言葉を待っていたかのように、サモドア方面から複数の神剣反応をシルスたちは感知する。
それらはどれも高速で接近してきており、視界に収める全てのスピリットは背中に漆黒の翼を有していた。
シルスたちは各々の神剣を構え、迎撃体勢を整える。

「一応現実を無視して聞くけど…彼女たちってラセリオを攻めるためにこっちに向かっているだけよね?」

「それにしては宣戦布告通知を出してから部隊を展開するまでの時間が早すぎるな。
俺がラセリオからこうして戻っているのもかなり早いのだからな」

「じゃあ、ラキオスのスピリットがいきなり攻めてこないように哨戒をしているだけ――」

「俺を攻撃してきた時点でそれ既に除外すべきだな」

顔を引きつらせるシルス。無論、彼女自身ももう既にわかっていたが、理解したくない気持ちが聞かずにはいられなかった。

「じゃあ何であたしたちを狙うのかな?」

『凶悪』で肩を軽く叩きつつ、「ふむ」とレイヴンは思案する。

「元々俺が使者となった事自体がおかしかった。ならばそれが決まった時点で既にこうする事が決まっていたのかもな?」

「聞き返さないで…」

「こうして試験運用のスピリットを起用している所を見ればそれ関係の誰かとなるから見当はつくが…」

迫り来るスピリット部隊。さきのブラックスピリットはその場から一歩も動いておらず、こちらを逃がさんと見張っている。
彼女は足止めとして先行していたのだろう。帰還するレイヴンたちを息を潜めて隠れ待ち、そして喉元を食い千切ろうと襲い掛かる。
後は貪り尽くすかの如く蹂躙するまで。単純でありつつしっかりとした罠である。

「そんな事を考えている暇はなさそうだな」

「どうするの?」

シルスは先ほどのブラックスピリットが再び斬りかかって来たのを牽制しつつ聞く。
フィリスもリアナもレイヴンの言葉を待ってこちらに耳を傾けている。

「やらなければ死ぬだけだからな…」

仮にも攻撃してきているのは味方であるはずのスピリット。決して刃を向け合う関係ではない。
しかし、相手は無感動に攻撃を仕掛け、増援も直ぐそこまで来ている。

「致し方ない。撃破するぞ」

「――仲間を殺すの、ね」

「お前らは死にたいか?」

「…誰でも死にたくは無いわよ」

シルスは『連環』を握る力をさらに強めて顔を少し暗くして答える。

「――私も…こんな所で死にたくないです」

リアナはそう言って最後に小さく「――レイナの分だって…」と呟く。
シルスが少し悲しげにするも、レイヴンは視線をフィリスに向ける。
フィリスは小首を傾げて頭上に『?』マークを浮かべて見上げてくる。

まだそこまでの意識を育んでいないために返事はしないが、『雪影』を握る手がしっかりとしているため、問題は無い。
視線を前方に向けるとブラックスピリットが神剣魔法の詠唱にかかっている。『凶悪』を一回転させて片手でしっかりと掴み、前屈姿勢を取った。
それに反応してフィリスたちもオーラフォトンを展開し、次動作の準備を整える。

「ならば戦って生き残るのみ!」

「「「はいっ!」」」

レイヴンがブラックスピリット目掛けて加速したのを期に、シルスたちも一旦四方に散開する。
目標が四散する動きを取った為、詠唱目標を突撃してきているレイヴンに定めて発動。
漆黒の暴風雨がレイヴンを包み込み、四肢を切り裂こうと奔流する。

カオスインパクト。文献にはそう載っており、相手の動きを著しく奪い去る神剣魔法。
だが、実際に身体のほとんどをエーテル以外の物質で構成されている人間にスピリットの1%も効果は無い。
それでも効果は絶大なのだが、漆黒の闇の中に包み込んだ人間にはどれだけ有効だったのだろうか?

――ドンッ!

闇の光を尾に引いてレイヴンは全身を外套で包んだまま突破する。
外套の包まりが取れるとそこには相手に対して背中を向けているレイヴン。
だがそれは『凶悪』の振りの勢いを付けていただけであり、即座に前面に向き直って振り下ろす。

――バチィイイ!!

しかし、その攻撃はブラックスピリットのオーラフォトンに阻まれて滞空する。
なんの変哲の無い打撃攻撃にブラックスピリットは自身の神剣を振ろうとしたがその直前に、身体が驚愕に一瞬硬直させた。

オーラフォトンとの衝突に紫電していた障壁が先ほどまで視認出来ていたのが、それが無くなっていた。
まるでオーラフォトンを突き破るかの様に。性格には中和して通過したかの如く再び振るわれている『凶悪』。
『凶悪』がスピリットの眼前へと迫り、衝突。頭蓋骨が砕ける音と共に頭部から大量の血が出血。

「――っ! ぅぁ……!!?」

打撃の直撃で起こった脳震盪とともに失血によって脳機能の低下によろめきうめく。
出血が続く頭を空いた手で抑えながら攻撃した相手を見据え、再度攻撃しようと神剣を構える。
この時点で重体であるにも関わらず、既に自己治癒によって行動可能な状態を維持していた。

しかし、人の形をしているがゆえに脳への直撃は致命傷であり、マナへと還るのは時間の問題である。
それでもレイヴンを殺そうと神剣を構え続ける。その瞳には苦悶の色は薄い。

「生きる屍に近いものがあるな」

レイヴンはそう呟いて、空いている左手を空を切って引く。
次瞬。ブラックスピリットの神剣を持つ腕が幾つにも分割されて千切れ飛んだ。
一瞬何が起きたのか機能障害が起きている頭では直ぐに理解出来ないでいる。

「――――!!!?」

それでも直ぐに刺さる痛覚を感知して声にならない悲鳴を上げる。
それによって限界ギリギリで保っていた意識が途切れ、事切れてマナへと還って行く。
その煌きに反射してレイヴンの空いている指から金色の光る五本の糸が見えた。

彼がサモドアに居る間に開発した戦闘用の糸。エーテルを建築資材に組み込むのを応用し、衣服の繊維に組み込んだ物。
エーテルを繊維の一本一本に付加させるという非効率的であるために、その糸は試作品であった。
それでも一本一本付加させて何重にも編み込んで一本の糸へとなったその強度は並外れて強固である。

実際に試験する前にこの事態となってしまったために、実戦が試験運用となってしまった。
軽く手を振って糸を動かし、黒い手袋に直結している意図は伸びて垂れていた糸全てをその手中へと戻す。
体中に大量に被って付着した相手の血は金色の粒子へと還り、顔を拭った手の血も還っていく。

「まずは一人…」

既に還って立ち上る金色の粒子を視野の外にし、再び動きを再開する。
その漆黒の瞳は、自身が殺した相手に対して何の感情も抱いてはいなかった――。


一方、分散してフィリスたちは各々複数のスピリットたち相手に立ち回り、逃げている。
こちらにレッドスピリットが居ないのが致命的となり、頼みの攻撃魔法を現在唯一保有しているブラックスピリットのシルスは四人に追われてそれ所ではない。

「しつっこいわねぇ! フィリスとリアナに合流出来ないじゃないの!?」

そう言って山肌の駆ける足で宙へと跳ね上げる。直後には先ほどまで居た場所に複数の熱線が走り、連続して爆発した。
相手には当然レッドスピリットが居り、背後から迫るスピリットの他にレッドスピリットの動向も頭に入れる必要がある。
ウイングハイロゥを軽く羽ばたかせて宙返りを一回して山道に着地。直ぐに移動して追撃してきていたブルースピリットの斬撃を回避。

大きなクレーターを発生させ、崖側まで一気に亀裂を走らせて一部が崩落する。
バーンライトはおろか、ラキオスのスピリットでもここまでの威力のある斬撃をするスピリットは居なかった。
これが神剣との精神同調のみを主体とした特別訓練を受けたスピリット。シルスは視界の端でそれを見て眉を寄せる。

「山道をぶった切るなんてほんとでたらめね…」

「それほどの力を求め、その結果がそこにあるだけだ」

追撃をしてきた四人の内の二人の首が跳ね飛んだ。
頭を失ったスピリットの首からは血の噴水が吹き上がり、頭が山道に墜落してマナへと還っていく。
残された体からは小規模な範囲で小雨が降っているような血の雨が山道上に降り注がせている。

シルスはおろか、追撃をして来ている生き残っているスピリットとレッドスピリットも硬直。
数瞬、金色の草が山道に生え、そして幻想となって掻き消えた。

「……随分とバッサリとやったわね」

「今ほどの印象を与えなければ奴らはああして一旦引きはしない」

あたしも思いっきり引いたけどね、とは口に出さないシルス。
既に何人ものスピリットを斬り殺してきたシルスも、先ほどの惨状には吐き気が込み上げて来ていた。
相手に関しては突然血の雨を降らせて死んだ狩り仲間に警戒して引いているだけ。

今も無表情に、こちらに喰らいつくタイミングを見計らっている。
隣にいる人物に目を向けずともシルスはそれをするまでもない。
隣の奴はスピリットであるシルスに勝てずとも負けたことがない人間なのだから。

「来るぞ」

前衛と後衛の二列になっている内の後衛のレッドスピリットが詠唱に入る。
それに合わせて前衛のスピリット二人が漆黒の翼を広げて迫り来るコンビネーション。
以前の山道戦よりも格段に運用態勢を整えられていた。

「迎撃?」

「突破だ」

レイヴンは先行して迫り来る二人のスピリットを肉薄する。
相手はシルスへの攻撃ついでのように神剣を薙ぎ払うように振るう。
それを地面に『凶悪』を突き立ててそれを基点に宙返りしてやり過ごす。

スピリットをより強化したスピリット二人による薙ぎ払いは地面に突き刺さっている『凶悪』を跳ね払った。
『凶悪』を手放さなかったレイヴンは宙返りの勢いと相まってさらに大きく宙で回転。
大きく広がっている外套が身体の勢いによって線の様に細くなびく。

「あら、いい足場」

そしてその中からは隠れ潜んでいたシルスがレイヴンの横腹を蹴って下方に居るスピリット一人をマナへ還し、もう一人までには至らずに離脱される。
一方の蹴られ飛ばされたレイヴンはレッドスピリットへと急接近するも、相手の詠唱は既に発動していた。
上空から多数の火炎弾をレイヴンとシルスはおろか、仲間のスピリットを巻き添えにせんばかりに降り注がせる。

――ガッ!

レイヴンは『凶悪』を地面に突き立たせる。
先ほど発生した山道の亀裂の近くでの行為なために亀裂が連鎖していく。

――どんっ!

そのまま着地代わりに亀裂の端に蹴り込み、地面が大きく隆起する。
レイヴンに覆い被さるかのように隆起した岩盤があれば、蹴りの反動で軽く跳ね上がった物あった。

「ダークインパクト!」

レイヴンの少し後方に居るシルスは、その浮き上がっている岩盤に対して即席の神剣魔法を放つ。
衝撃が浮き上がって落ちようとしていた岩盤を襲い、強度と厚みのある物だけが破砕し切らずに上空の四方に吹き飛ばされた。
そしてさらに浮き上がった無数の岩盤に降り注ぐ火炎弾。

数が半数以下に減ったそれをシルスが回避するには容易となり、レイヴンは分厚く隆起した岩盤を楯に退避。
シルスの後方にいたスピリットは岩盤防御の範囲外に居た為に成す術なく吹き飛んだ。
残り少しの所で楯にしていた岩盤が限界を迎え、レイヴンが離脱したのと同時に一発の火炎弾によってクレーターと化した。

マナ操作を完全に終了させるインターフェイスを丁度終えたレッドスピリットに対してレイヴンの『凶悪』が迫る。
即座に双剣の神剣を楯に振って防御。勢いの乗っていたレイヴンは押し返される事なく拮抗し、足払いをして離脱。
彼の後方から翼で滑走してくるシルスがレイヴンを追い越して相手に向かっていく。

「しくじるなよ」

「偉そうよ」

シルスの初撃を避けたレッドスピリットは少し距離を離して神剣を振るえる自身の間合いを確保しようと後退。
しかし、シルスはそれを許さずに懐に入ったままになるように即座に移動。
間合いを確保できないレッドスピリットは回し蹴りをシルスに放つ。

「…遅いわよ?」

その足をシルスは軽く身を引く事で避け、そして『連環』でその片足を斬り飛ばす。
位置的にシルスが分離した足は脛半ばとなって大量の血がシャワーの如く流れ出るが大腿部ほどではなかった。
片足立ちとなった相手にシルスは『連環』を至近距離で連撃を放つ。

始めの数撃は双剣で捌かれて防がれたが足場を見た目上、半分を失ったために長くは続かず、マナへと還された。
連撃後初めての呼吸で軽く息を吸い、立ち上がる。軽く汗をかいて顔の振って顔面の汗を飛ばす。
幼い容姿にも関わらずにその動作に連動してはためく黒髪には、スピリットの美しさにひときわ際立つ美しさがあった。

「まだまだだな」

「日々精進――でしょ?」

「人を足場にするのは考えたものだな」

「丁度いい場所にあったから使わせもらったまでのことよ。さっさとフィリスたちの所に行くわよ!」

シルスが先に走り出し、レイヴンが追走する。
この場での単独行動は危険であるために、シルスは移動速度をレイヴンに合わせていた。

……………

レイヴンとシルスに合流できなかったものの、フィリスとリアナの二人は無事に合流していた。
しかし状況は一向に悪く、無事というには余談が許されない。フィリスの飛行移動で細かく撹乱し、リアナは持ち前の立ち回りで動き回っている。

攻撃をしてくる相手は五人。そのうちレッドスピリットが二人居り、神剣魔法による攻撃が厄介である。
フィリスがキャンセルしようと静止し、それを援護するためにリアナは一人で奮起せざる負えない。
しかも相手は高威力神剣魔法保持者なためにフィリスの詠唱時間は長くなければキャンセル出来ず、しかもそれを二人分である。

そのためにフィリスのアイスバニッシャーはこの場での使用は一時凍結し、回避運動そのものに委ねている。
そして今、フィリスは自身へと振るわれる斬撃を翼を羽ばたかせる事で後退して回避。今度は後方へと羽ばたかせる事で前進し、反撃で『雪影』を振り下ろす。
斬撃を受け止められ、そのまま身体ごとフィリスは吹き飛ばされるという基本的身体能力の差が如実に現わされた。

「んにゃ!」

宙返りを一回して両足で飛ばされた勢いを半分以上殺すと、逆に止めようとしていた勢いに身を乗せた。
止まっていればそこにいたであろう場所に赤くも黄色い熱線がフィリスの前方の山道に突き刺さる。
熱線を重ねた熱量の収束照射によって相手を貫き溶かす神剣魔法――ライトニングファイア。

一気に溶解した地面が膨張して液状に隆起し、保熱限界を即座に迎えて爆発。
液状化した大地が細かく辺りに吹き飛ぶも、スピリットのオーラフォトンがそれを阻害して各々の身体への被害はなし。
それでも爆発の余波を受けるのは無謀であり、それがフィリスに後退する時間を稼がせてくれた。

「『彼方』の主が命ずる」

そしてフィリスの後方へと移動したリアナがシールドハイロゥを前面に出して詠唱を始める。
その詠唱は通常の詠唱とは微細な所が異なり、詠唱者が詠唱のために完全に静止していない。

「素を構成せしりものよ――」

シールドハイロゥの紋章円とその外円の円盤がそれぞれ相対的に回転を始める。
それに合わせて円盤に魔方陣が展開し、三重の円盤になるかの様にシールドハイロゥをさらに大きく見せる。

「我が命に従いて集え」

シールドハイロゥ周辺の空間が僅かに歪み、空間がハイロゥの中心へと収束していく。
まるで真ん丸に広がる水面を時間を遡って行くかのような光景である。

「与えし衝撃の前
に――」

収束したシールドハイロゥは黄緑色に発光し、空間の歪みがなくなった。
一言一言噛み締めるように詠唱するリアナに対して攻撃を仕掛けようとするスピリットたちをフィリスが阻む。
爆発して四散する溶解液を冷却し、過度の相対温度差に蒸発した水分が水蒸気爆発を起こして山道そのものを空間的に封鎖。

リアナは山道を揺るがす振動を無視するように『彼方』を真上へと掲げ、その刀身にオーラフォトンを纏わせて白く発光させる。
シールドハイロゥの周囲に展開していた魔方陣が収束していき、円盤の模様が小さな三重になったかのようになるまで縮んだ。

「己が姿へと孵りたまへ」

ひゅん、と『彼方』を一回転させてオーラフォトンの残滓の光沢を自身の周囲に軽く舞わせ、一気に突きを放つ構えを取った。
『彼方』の柄の端と刀身の先、そして全面で発光しつつ滞空しているシールドハイロゥの中心が一直線で結ばれる。
そしてその直線状には水蒸気爆発で立ち込めた霧の先に居る攻めてくるスピリットの後方――神剣魔法を詠唱しているレッドスピリットの一人が居る。

「パルティクル――」

グリーンスピリット特有の高い瞬発力で残像を残す突きが放たれた。
それは真っ直ぐ円盤の中央を突き、刀身が少し貫通した所で静止。

「…ブラスト!!」

二つの刃の間から小さな線の光が突きの代わりの様に伸び、そして次瞬。大きな光が切っ先から放たれた。
その光は息をつく暇も無く肉薄してくるスピリットたちへと襲い掛かっていく。
完全に出遅れた者はオーラフォトンを防御に回して耐えようとしたが、重い衝撃と共に障壁は消滅して光が身体を薙ぎ払われる。

光に軽く触れた者はオーラフォトンが大きく削れていくのを感じ、何故か自身を包み込むような爆発に見舞われた。
即座に動いた者はそれを完全に避けるも、自身の周囲から纏っているオーラフォトンの還流が減衰していくのを感じる。
そして光の先の目標――詠唱をしているレッドスピリットへと突き刺さり、光が孵化して産声を上げた。


――ドゴォオオォォォ……

光が爆せて辺りが大きな光の球体を形成して広がって吹き飛ばしていく。
その光の球に触れるもの全てを消滅せんばかりの勢いと威力である。
光が消えたその先にはレッドスピリットの火力攻撃ですらそうそう出来ない大きく綺麗なクレーターが山道から山肌にかけて描かれていた。

“パルティクルブラスト”

シージスのブレスを原形ににレイヴンが考案した神剣魔法。
マナによる物質の構成を司っているグリーンスピリットであるリアナの現在専用の攻撃神剣魔法である。
単純には空間をシールドハイロゥに収束させ、指向性を持たせて放つだけのモノ。

圧縮された空間によって発生したエネルギーがそのまま解放されるために純粋なるエネルギーはオーラフォトンすら突き破る。
現に攻撃を真近で余波を受けたスピリットは例外なくオーラフォトンの展開に支障をきたしていた。


「……実戦だからの初めての最大出力はすさまじいわね」

山道隅で敵を迂回するように移動しながらシルスはリアナが放った攻撃魔法の惨状に呆れる。
シールドハイロゥを用いらずの『彼方』の刀身のみの限定訓練でもその威力はなかなかのものだった。
そして実際に全ての手順を介して放たれたのは彼女の予想を大幅に超えた領域の代物と化している。

山道上の敵スピリット全てが一時的に戦闘不能へと追いやられ、威力の凄まじさを物語っていた。
それでも近づけば攻撃されかねないので、念のために迂回をしている。

「まだ無駄が多いな。詠唱プロセスもまだまだ未熟。最大出力の64%もいい所だ」

「………(つっこまないわよ。ぜっっっったいにつっこまないわよ!)」

あれを見ておいて鼻を鳴らして嘲笑うかのような物言いにしか聞こえない発言に硬く口を閉ざすシルス。
あの神剣魔法そのもの自体がおかしすぎる上、あれでも満足せずに隣で並走している人間に頭痛が走る。
そのまま直ぐにシルスたちはフィリスとリアナの元へとたどり着く。

「60点だ」

「そうですか…」

合流直後に発せられて最初のレイヴンのリアナへの一言がこれであり、それを聞いたリアナがしょげる。
シルスはこめかみを人差し指でトントン叩いて納得いかない頭を整理させようとする。

「もっと他に言うことはないの?」

「戦闘行動中は必要最小限に留めるまでだ」

「――はいはい…」

リアナが傍らでくすくす笑っている。釈然とはしないが、まだ相手が攻撃してこないとも限らないので意識を臨戦態勢にした。
傍らのリアナとフィリスの気配を感じ、周囲でダウンしていたスピリットたちが立ち上がって再び攻撃をしようと迫ってきている。
即座に『連環』を相手方向に向けて構え、迎撃体勢に移った――。

【5時16分方向+56.3°山頂より複数の熱照射】

「何か山の上にいるっ!」

レイヴンの『月奏』が直接脳への伝達してから後を追うようにしてフィリスが叫ぶ。
即座に視線をそちらに向ける前に周囲に幾つもの熱線が通過するのを肌で感じた。
直接の作用は無かったものの、凝縮されたエーテル反応と高熱を感知。

フィリスたちは自身で感じた気配へと視線を向けており、そこには複数のレッドスピリットが詠唱していた。
完全なる戦闘領域外からの超遠距離砲撃。まとめて吹き飛ばすのには最適な手段である。

【第二熱照射開始――マスター!】

『月奏』がそう伝えるのと、レイヴンが動くのとはどちらが早かっただろうか。
それは次瞬に膨大な熱量の熱線と化した熱照射が山道を薙ぎ払う爆発と轟音の中に掻き消されてしまった。

あまりにも大きな複数の熱光線は山道を抉り、山道の一角を完全に崩壊させる。
山道であった地面の岩盤は熱光線によって粉々に吹き飛び、爆発で発生した超高温ガスと衝撃波によって近場の空間では二次爆発が起きている。
味方であろうレイヴンたちを攻撃していた全てのスピリットたちをも巻き込んだ超広範囲。

全てを薙ぎ払い、業火の炎の渦へと全てを飲み込む――アポカリプス

その源流に位置する業火の熱柱による薙ぎ払い――
アークフレア

アークフレアが今使われた神剣魔法である。
最も、詠唱以外の者を全て吹き飛ばされた今となっては不要な説明であろうが――


……………


「…ふ〜む。これを使うことになるとは、流石と言うべきでしょうか」

山頂より神剣魔法を放ったレッドスピリットたちの傍らで、人間の男が呟いた。

「何にせよ、人に歯向かうスピリットなど存在してはならないのですからねぇ。
実に惜しかったですが、致し方ありませんね」

きのこ雲が立ち上らんとばかりに盛大な黒煙を上げている山道を一角。
それを見て男は――ソーマはニタリと笑う。

「私は正しく、あなたが間違っていた。だからこうなってしまったのですよ」

スピリットは人間の道具にすぎない。それ以外の存在などあるはずもない。
それに相反するものなどこの世界には必要も、存在意義すらも無いのだから。

「さて、これからちゃんと報告しなければいけませんねぇ…」

二人のレッドスピリットが感情の無い瞳をしつつ、漆黒の翼を展開させる。
ソーマはその二人に抱えられ、山を下っていく。その間にも彼は笑いを堪えられないでいた。

「勝手にラキオスと戦闘をしただのと、バーンライト国王は激怒ものでしょう」

全てはこの男のシナリオ通り。彼の理に外れたメノシアスとそのスピリットたちは看過出来ない存在。
矛盾した存在など、ソーマにとっても不要なのだから――。




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