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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
第七話 「 サモドア山道防衛線 」



サモドア山道の運用は元々、山脈越えのために存在していた。
ラキオスとバーンライトという国に分割される以前はかなり頻繁に利用されていたのである。
山道が開通する前はどうやっても山脈を避けて通らなければラキオス〜サモドア間の道のりはとても長いものであった。

ましてやラキオス首都南部に広がる広大なリュケイエムの森がさらに迂回せざるえない状況を作り出している。
ラキオスからラセリオへの直通の道は開通しており、直線距離ではラセリオからが近いのだが山脈がそびえ立っているために逆に時間を浪費してしまう。
そこで当時の人々はラセリオからサモドアへの山道の開通に乗り出した。しかし、それは容易ではいのは明白である。

サモドア山脈は章始めにも記述したが、大陸深部の地盤である複数のプレートが衝突・隆起して切り立った険しく高い山々で形成されている。
高低差が非常に激しく、山道を切り開くのには山肌を削って人為的になだらかな道を作っていくしか方法はなかった。
高度の低い場所を開通していくというなるべく簡単な開通作業の方法も思案されたらしいが通る際に高低差の激しい道となることがわかり、貿易に使えないとして否決された。

山道を開通されるためにスピリットを使用したかどうかは、正確な工事履歴の資料が残されていないために不明である。
もしもスピリットが使われていなかったのならばかなりの年月を要し、多くの人間が犠牲になったであろう。
プレートの変動が起こらない今、サモドア山道には活火山は存在しないのでその山肌はプレートの岩肌であり、風化も進んで脆い部分が多い。

落石は当然幾度も起こり、工事の際に人が山から落ちるなどの被害が続出していた事は残された資料からはおざなりに確認され――いや、隠匿されているだろう。
そしてこの開通工事の最大の難所がその道なりの構成であった。山々の高度は様々であり、その山の数も半端ではない。
ある山の中腹から飛び降りれば直ぐ下の小さな山の頂にザックリ串刺し♪――なんて事も満更ありえない話でもないのだ。

先遣隊をサモドア山脈に派遣し、なるべく高低差のない道作りのために幾度も山々の調査をしてその度に道の構成を幾度も行なっていた。
そしてやっと高低差の少ない道を構成出来た時、構成に携わっていた者たちは喜びと共に落胆していたであろう。
その理由は、山道を抜ける道なりが非常に蛇行してしまうためである。

大陸全土を見渡す現代の地図からサモドア山道を見れば、その道は少しくねっているもののほど直線である様に見える。
だがしかし、ラセリオかサモドアの街で専門の山道地図を見ればそれが絶対的に間違っている事が即座に理解する事が出来る。
山という山を蛇行し、あらぬ方向に道が進むと思えば直ぐに道を戻るような道なりとなっているのだ。

何でこんな面倒な道を作ったのかと問いたくなるが、これでも山脈を避けて移動するどの道よりも早くサモドアへと続く道となっている。
開通当時はその道なりに多くの貿易商やサモドアへ行く人々は疑問視していたが、実際に通ってみて早い事がわかると多くの人々が利用するようになった。
ミネア〜サモドア間も開通しようともしたが、これも以前にも記述したが天坑の発生によって断念し、ミネア方面からはラセリオからの通行が常となる。


そして現代、そんな歴史のあるサモドア山道はラキオス王国とバーンライト王国との戦場の場へとなっていた。
両国が対立して貿易が行なわれなくなり、その蛇行した山道が両者を膠着させる戦闘区域へと変貌したのは必然であったのだろうか。
バーンライトの北部にあるリーザリオの街の直ぐ近くにはラキオス首都に最も近いエルスサーオの街が存在するが、辺境に位置するためにラキオスからの侵攻はラセリオからがもっぱらである。

今発令されているラキオスのバーンライト首都サモドアへの侵攻の阻止もサモドア山道からのである。
ラキオスが何故今、大部隊でサモドアに侵攻してきているのかはスピリットを始め、多くの者はマナが目的であると考えるだろう。
しかし、レイヴンを含めて上層部のごく僅かな者たちにはその真意を知っている。建設中の新たなエーテル変換施設の破壊である。

現在のラキオスとバーンライトの戦況が均衡しているのは戦力が互角なためである。
ラキオスには保有しているマナ量が少なく、そのためにスピリットの熟練度の向上に趣を置いている実力重視。
対するバーンライトは多くのスピリットを保持し、それらに割り当てられる多くのマナによって多人数戦闘。

互いに対極的な戦闘手段であり、総合的に戦力は互角になっているそんな現状の中、バーンライトがマナ供給量の強化に乗り出した。
バーンライトはマナを得るための技術が他国に比べて未熟であるため、必然的に戦力に割り当てるマナ総量があまり多く割り当てられない。
そのお陰でラキオスが踏み止まるだけの事が出来る戦力差しかバーンライトには今までは無かったのだ。

しかし、バーンライトのマナ供給の強化が成功してしまえば、戦況はラキオスが不利となってしまう。
ゆえにラキオスは今このタイミングでの施設破壊に乗り出したのであった。
新たなエーテル変換施設が完成し、稼動する寸前である時が最も時間と費用捻出の浪費とさせて再建を断念させられるのである――。

……………

サモドア山道では今、多くの黒煙が立ち昇っている。
山脈の山々に反響した大きな爆発音も相まって、今の山道では戦闘が繰り広げられている事がわかる。
通行人が落下しないように山道の幅はかなり広い通路をしているが、人が築いたその道は今や大きな傷を作っていた。

無数に存在するクレーターは大きな人間でもアッサリ飲み込むほどの。
どれほどの重さをもってすればこうなるかという小さな陥没や隆起するが存在する箇所はクレーター以上の数に。
その他にも崖側の道が欠落していたり、落石によって大きな岩が山道内に点在している。

この世界では爆破するための技術はあまり発達しておらず、細々した爆破など出来るはずも無い。
ましてや人間がその身体能力をもってしても絶対に不可能な結果である。
ゆえに戦争の駒であり、人間が迫害し、道具として扱う妖精――スピリットだからこその芸当であった。

バーンライトのレッドスピリット勢が詠唱を始め、ラキオスのブルースピリット勢がアイスバニッシャ―を即行で詠唱・発動する。
半数以上のレッドスピットが詠唱をキャンセルされるも、残っていた者は火炎弾を発現させて射出させた。
ある者はファイアボルトを、ある者はフレイムシャワーを唱えたため、多くの火炎弾が前線にいるラキオスのスピリット勢へと降り注ぐ。

真正面と斜め上からの正面とはいえニ方向からの攻撃を防御するには範囲を重視したオーラフォトンの展開防御が必要である。
もっとも防御に優れないレッドスピリットとブラックスピリットは神剣を盾にするも、火炎弾の爆発による衝撃波や熱量などの攻撃余波を防げずに身体を焼かれていく。
炎を鎮火できるブルースピリットはオーラフォトンの展開が上手ければ防げるも、殆どの者はレッドスピリットと同じ末路を辿る。

グリーンスピリットは防御に優れているために直撃そのものの被害は少ないが、火炎弾の本当の威力は直撃そのものではない。
火炎弾の保有する熱量の放出と爆発による衝撃波、大気中の構成物質を燃焼する事による間接二次ダメージが本当の威力なのだ。
例えオーラフォトンの強度が出せるグリーンスピリットであっても、衝撃波の防御は火炎弾の爆発による衝撃波に相殺され、膨大な熱量の前に肉体を晒してしまう。

とは言うものの、ファイアボルトはレッドスピリットの神剣魔法中で最低威力の火炎魔法なため、相手を一撃でマナの霧に還す事は珍しい。
フレイムシャワーもファイアボルト並みの威力かそれ以下の数による集中砲火なために当たり外れがある。
そのため神剣魔法を発動し終えた今でもマナの霧へと還ったスピリットは殆ど居らず、重症や身体の一部欠損が目立つだけに留まる。

新たなクレーターと黒煙を発生している中で、ラキオスのグリーンスピリット勢は味方への治癒・回復魔法を詠唱し、発動させる。
詠唱中にバーンライトの前線にいるスピリットたちは大きく動きを制限されたラキオスのスピリット勢に襲い掛かる。
山道なだけあって道幅が限られているため、攻撃出来る人数も必然的に限られて相手に突き射る時間を与えてしまう。

ゆえに詠唱のキャンセルをされなかったグリーンスピリットたちは単体治癒魔法と個別認識(味方全体)回復魔法を展開して味方の治癒・回復が次々とされてしまう。
肉体的破損の無いスピリットたちは神剣を握って再び前線へと繰り出し、破損していたスピリットたちは肉体の再構築に時間をかけるものの、少しすると破損修復を終えて前線へ。
数そのものが変化しただけで、戦闘そのものは再びレッドスピリットによる神剣魔法――と立場がラキオスかバーンライトかのだけの攻守が逆転しかしていない。

スピリットの肉体保有しているエーテルによる肉体の驚異的な再生能力とグリーンスピリットの治癒・回復魔法があれば事実上スピリットは不死である。
だが、回復の度に肉体は再生できるものの体力や精神力は消耗していくため、どうしても長期戦になり易い。
しかし、今回はバーンライトのスピリット勢は不利であった。ラキオスが投入しているスピリットの数が多いのである。

今回の戦闘に投入されたラキオスのスピリットは国の保有するスピリットが殆ど投入されている。
熟練度そのものがバーンライトを上回るラキオスであり、山道という範囲の狭い混戦による個別戦闘はラキオスに完全とは言わないものの有利に働いていた。
両者の戦闘境界線がラセリオ〜サモドア間のほぼ中腹の北側から徐々に南東へと境界線が下がっていくという、バーンライトが押されている事が示されている。

山道の道なりが蛇行しているために地図上での戦闘境界線はそれほど意味を成さないものの、バーンライトが押されているのは事実であった。
道なりに山道を進まず、ウイングハイロゥを持ったスピリットたちが先行する手段も考えられそうだが、その実は危険な行為である。
理由の一つが山間を吹き抜ける風である。山の風は気まぐれであり、いつ突風に煽られてあらぬ崖下へと墜落しかねない。

もう一つの理由――というよりも、最大の理由が高度の維持がそれほど高く維持できないのだ。
この物語でフィリスが飛んでいる表記がされているが、それはあくまでも低高度かレイヴンの補助があってこそ可能になっただけである。
高低差のあるサモドア山脈で墜落するおそれのある行為をさせるより、道なりに沿って進軍する方を指揮する人間は取っていた。

スピリットの隊長を務めている人間は両国とも山脈の麓で指揮をしている。
スピリットは駒であり、戦闘における大雑把な指示――ラキオスは正面突破して施設の破壊、バーンライトは山道内で確実に防衛――をした後はふんぞり返っているのみ。
後は戦場においてある程度リーダー格のスピリットを少数決め、そのスピリットの指揮の下に先頭を行なっていく。
以前、ミライド山脈でレイヴンの首に神剣を突きつけた幼いブルースピリットが良い例であろう。

両国のスピリットが戦闘を始めてから既に半日が経過し、空が赤く帯び出した頃には戦況は大きくラキオスへと傾いていた。
戦闘空間の限られた山道は熟練度で上回るラキオスのスピリット勢に有利に働き、少数のレッドスピリットがインフェルノやライトニングファイアなどの単体への高威力魔法で確実に潰しにきている。
数の多いバーンライトのブルースピリット勢がそれを防ごうにも、キャンセル出来るだけの冷却能力と連続詠唱が追いつけないのだ。

ラキオスと戦うのはもっぱらこの山道内となるのは以前から周知の事実であったが、狭い山道内では熟練度の差が大きく戦況を左右する事を数の暴力で失念していたのだ。
ゆえにバーンライトのスピリット勢は時間を追う毎に確実にその数を減らされていき、前線に出ていた熟練度が比較的あるスピリットたちは殆どマナの霧と化していた。
ラキオスとバーンライトの戦闘境界線が徐々にサモドアへと近づいていくだけでなく、境界線が移動するごとにスピリットの戦力差も開きが生じていっている。

そして今も、ラキオスのレッドスピリット勢が神剣魔法の詠唱に入り、キャンセルをするブルースピリット勢が圧倒的に不足する前線に叩き込もうとしていた。
バーンライトのブラックスピリットがその持ち前の速さで切り込もうとするもラキオスのブラックスピリットに阻まれ、グリーンスピリットの槍の立ち回りで押し戻されてしまっている。
頼みの綱のブルースピリットがアイスバニッシャーの詠唱をして発動に持き、キャンセル出来たのは極一部。数で押すバーンライトが逆に数で押されてしまっていた。

――ザンッ!

ラキオスのレッドスピリット勢の中の一人が上下の身体が離れる。
レッドスピリット勢の何人かと彼女たちの後方で待機していたスピリットたちはその瞬間を見ていた。
山へと沈もうとしている太陽の赤い光の中から飛来してくる黒い点。

それはラキオスのレッドスピリット勢を上空と真っ直ぐ突っ込んでくる物の二つに分離し、突っ込んできたモノが一人を薙ぎ払っていた。
薙ぎ払ったモノはマナの霧となるレッドスピリットの傍らで着地の態勢で屈み、その手の槍のような形の斧が金色に光るマナの粒子を吸収している。
軽く金色の粒子によるモヤのかかった中のそれは緑色の三つ編みの長い髪を赤い夕日の光を浴びて赤身の帯び、立ち上がるとともにその琥珀色の瞳で周囲のラキオススピリット勢を見ていた。

突然ど真ん中に現れたそのスピリットにラキオスのレッドスピリット勢の数名は慄いて詠唱を中断し、詠唱を止めなかった者の中でも動揺が走っている。
中には攻撃目標をそのスピリットへと変え、その魔法陣が展開している掌をかざす者もいた。つまり事態に戦慄しない者が熟練者。
掌をかざした彼女たちこそが単体攻撃を行なうバーンライトが苦戦する神剣魔法の持ち主である事を示していた――。

「「はあああああ!!」」

再び上空からの飛来物体。今度は単体ではなく二つであり、それらは最初に出現したスピリットに手をかざしているスピリットの二人を縦に切り裂く。
二つの飛来物体は金色の粒子が立ち昇る中で純白の翼を真っ赤に染め、蒼と黒の長い髪が赤く光を反射して煌めかせて着地をする。
今度の飛来には全てのレッドスピリットたちは驚愕し、発動直前の詠唱は精神の乱れに発動時間の延長を余儀なくさせた。

「アイスバニッシャー!!」
「ダークインパクト!!」


その空いた隙に蒼髪と黒髪の少女は神剣魔法を紡いで発動させた。
キャンセルされて身体の一部分を凍結させたスピリットたちと黒い衝撃波で吹き飛ばされて詠唱行動そのものを止めさせられたスピリットたちの二範囲の及んだ。
通常、両者の発動した神剣魔法は単体に対するモノであるが、対象が間近である事と出鼻を挫くためのエーテル消費過多で行なった事で範囲攻撃を可能にした。

詠唱していたレッドスピリット勢の殆どが突然現れた三人の少女――スピリットのよって阻まれ、キャンセルされずに残っていたスピリットは緑髪のスピリットに斬られていた。
獲物が届かない範囲を神剣魔法で一掃し、届く範囲をその長い槍で薙ぎ払い殲滅する。ゆえに詠唱を成功させたレッドスピリットは皆無となっている。
緑髪のスピリット周辺のレッドスピリットは蒼髪と黒髪のスピリットの攻撃範囲から外された担当区域を分担した効率の良いものだったと気がついたラキオスのスピリット勢は誰もない。

乱入者三人のスピリットに対してラキオスのスピリット勢は敵と認識し、彼女たちを取り囲んで反撃しようと行動に移る。
だがそれ以上の迅速な動きをした三人のスピリットたちは崖へと走り、蒼髪と黒髪のスピリットが緑髪のスピリットの両腕を掴んで飛び降りた。
矛先をかわされたラキオスのスピリット勢は崖下を覗き込むと、彼女たちは翼を持たない緑髪のスピリットを抱えて滑空している。

ラキオスのレッドスピリット勢が火炎弾を発動させようと詠唱にかかる。
単体攻撃魔法などの座標固定の精密制御が難しい空中では命中確率はほぼ皆無であり、射出型の火炎弾ならばある程度当たり易いためであった。
だがこれも逃げた三人のスピリットの誘いの一つであったのだろうか。例え違うとしても、その印象の強さにラキオス勢は気を逸らしてしまっている。

ラキオスのスピリット勢に襲い掛かる轟音を伴う衝撃波と熱波。
前線である事を忘れ、注意が三人のスピリットたちに向いていたためにバーンライトのスピリット勢に付け入る隙を作ったのである。
為す術が無かったラキオスの前線にいたスピリットたちは瞬間的に壊滅的な被害を被り、戦闘境界線を押し戻される結果なった。

元から戦闘能力の高いスピリットたちの戦いは人間が剣と大砲を持って戦うのと対して変わらない。
ゆえにそれを指揮する人物の力量が問われ、さきほどのように奇襲のようなものを仕掛けて成功すれば戦況の打開は可能である。
しかし、この世界ではスピリットはただの駒であり捨て変えが効く物という認識がその可能性を否定する。

スピリットの中でも戦況を見て戦い方に可変を持たせる者もいるかもしれないが、それでも前線におけるものでしかない。
直接戦闘にかかわらず、もっと視野の広い場所からの指示がなければ大きな戦況の打開は見込めないのだ。
スピリットは国王の資産という事で指揮する人間は頑張ってはいるものの、その思考の基本にはスピリットに対する嫌悪があるために戦略にムラが生じている。

椅子にふんぞり返らずに立ち上がり、前線を見据える人間など誰もいない。
ゆえに近年におけるスピリットの戦いは単一化し、ほんど必ず長期戦を期して両者が疲弊して戦闘が終わる事しかならないでいる。
だが今回のラキオスの投入しているスピリットの数は単一化している近代戦闘の中で唯一打開する戦いになるこの戦闘はなるかもしれない――。

……………

両国のスピリットたちが戦いを繰り広げられている山道から少し離れた小高い一つの山。
その山の頂には漆黒の黒服に身を包んだ一人の男が寝そべって二つ並んでついた煙筒――望遠鏡を山道に向けて覗き込んでいる。
その男の背後には夕陽が沈んでいき、食性(日差しによる見え難さ)が薄いために見やすく、逆に山道側からは彼の姿は夕陽によって隠されていため見つかる可能性は極めて低い。

男の耳に複数の人が近づいてきている足音が入る。望遠鏡からから目を離し、近づいてきている人の姿を確認した。
長髪の蒼髪と黒髪の少女に三つ編みにした緑髪の少女の三人。先ほどラキオスのレッドスピリット勢に奇襲した少女たちである。

「初任務の第一段階は成功だ。次は夕陽が完全に沈む直前にもう一度行ってもらう」

黒髪の男、レイヴンはそう言って再び望遠鏡を覗いて山道へと視線を戻した。
少女たち三人――フィリスにリアナ、そしてシルスは各々にその辺りの岩場に腰を下ろす。

「ああ〜…なんてことさせんのよ、まったく。スピリットに空を飛ばさせるなんてホント信じらんない」

「お前たちの飛行能力などたかが知れている。させたのはあくまでも滑空だ」

「どっちも同じよ。こんな高い場所から敵の真っ只中に突っ込んだ時は死ぬかと思ったわよ、ホントに」

手足を伸ばして身体を解しながらレイヴンに文句をつけるシルス。
先ほどの奇襲はレイヴンがシルスたちに指示した作戦――彼女たちはこの場所――山道からかなり高い標高からの特攻を指示されたのである。

ウイングハイロゥを持つスピリットの飛行能力はレイヴンが言った通りそれほど高く飛べない。だが、風や空気抵抗による揚力(翼の上下に分離した気圧の差によって浮く力)で滑空する事は可能である。
さすがに上昇するのは山脈内で吹く不安定な風のお陰で難しく、滑空による斜め上からの突入が出来る位であった。
リアナには翼はなく、フィリスとシルスの二人でリアナを支える事で三人での突入を可能にし、フィリスの風読みで目標までの滑空が出来たのである。

フィリスは以前、超高空からの滑空を何度も体験し、山脈間の風に乗っての滑空はそれほど難しくは無い。
フィリスの管制の下、山と山道を高度を下げて行き来したのみ。しかし、だからと言って特攻に成功しても、着地の先は複数の敵部隊がいる真ん中である。
三人だけというのは自殺行為に他ならない事だ。その自殺行為を自殺行為にならなかった要因が時間と地形であった。

突入の際に夕陽を背にしていたためにラキオスのスピリットたちには完全に視認させなかった事。
すぐ横が崖であり、目標達成後は崖から飛び降りて再び滑空して逃げられる地形だった事。

この二つの要因の下に立てられた作戦であった事はシルスもわかってはいる。帰りの山登りは面倒だったが。
わかってはいるが、やはり敵のど真ん中で立ち振る舞った際にはビクビクしてしまっていた。
シルス自身の本格的な実戦は今回が始めてで、それも大群の中に突っ込んだ事は死にそうに感じていても致し方はない。

「死にはしない。そのために立てた奇襲だからな。お前たちのお陰でバーンライトの前線は三ブロック前進できている」

「……その三ブロックって何?」

「一山を一ブロック。お前たちの奇襲で被ったラキオスの前線の乱れで三つの山を横切る事が出来たという事だ」

「それって喜んでいい数字なわけ?」

「少なくともバーンライトの前線を建て直すだけの貢献はしたな」

だったら最初っからそう言えばいいのにと思うシルスだが、レイヴンはこちらを見ていないので出掛かった言葉を飲み込んだ。
伸ばした手足を戻し、背中の岩場に背を預ける。空を見上げれば日の入り特有の赤と黒のあやふやな境界線を引いているのが見えた。
耳には戦場から直接響いてくる轟音と、山肌に反射して聞こえてくるくぐもった低重音が自分の耳に嫌でも入ってくる。

視線を下ろせばしゃがんで前線の山道を変な筒を覗いているレイヴン。
その近場では滑空の際に乱れたフィリスのストレートな蒼髪をリアナが櫛で梳いている。
戦いに出ているのに、他の皆が前線で戦っているのに、この場所のこの休む時間は一体なんなんだろうか?

たった一回だけ無謀とも見える奇襲を仕掛け、それだけを成功させたらハイ休憩。
そんな時間があるなら前線の友軍を援護に直ぐ向かうべきではないのか? そしてそもそも――

「この場所に来る段階でおかしいわよ。何でいちいちイースペリアの侵犯してまで山間を縫って南から来る必要があるのよ…」

シルスはぼやく。この山までくるのに北西の山道は使わず、そのまま西の山脈内へと飛んで入ったのだ。
そしてそのまま西の湿原――モジノセラ大湿地帯の辺境にへと出てしまったのである。
この湿原はイースペリア領に属し、侵犯した事が公になればただでは済まない事だ。

「山脈がイースペリアとの国境ではない。それに俺たちはスピリット隊とは完全に独立した存在だ。
まともにかち合ったら今後の立場に影響が出る。それにこの作戦では相手に気付かれないの重要だったのでな」

そのぼやきにレイヴンは反応し、正解を答える。実際、モジノセラ大湿地帯の東側半分はバーンライト領に属しており、正確には侵犯をしていない。
何故山脈の向こうなのにバーンライト領が広がっているのか? 学者のおおよその見解は微妙に開けている山脈の隙間が丁度モジノセラ大湿地帯であったためだと言ってはいる。
レイヴンはその点を突いてこの山間を通過し、北へと移動した。他の誰にも見られず、完全に独立した行動をするにはうってつけだったのだ。

「――そうね。あんたの翼よりかは遥かに現実的だったからすんなり納得出来るわ」

考えるには少し面倒な話の内容だが、現実味に帯びているため理解そのものがシルスには簡単であった。
視線をレイヴンに向けたシルスは、その人間の腰をジッと見る。そこには黒の上着しかない。
だが、ここまで来るのに“飛んで”来たのだ。フィリスとシルスはリアナを抱えて飛行していたので、レイヴンを持ち上げる人員は皆無だった。

――この人間は真紅の翼を腰から生やして飛行していた。

フィリスとリアナは見慣れているために何ら疑問は無いが何も知らないシルスは別である。
人間が自身で翼を生やして飛ぶなど非常識にも程があり、それもかなり手馴れた感じであたしたちに先行して飛んでいた。

「……ねぇ、あんたが飛んでいた「時間だ」――え…?」

レイヴンに質問しようしたシルスの声に割って入ったレイヴンの声。
少し驚いて夕陽を見れば、まだまだ地平線に沈み切るのには時間はまだあった。

「山道を見ろ。向こうではもう夕陽が沈みかけている」

言われて山道を見れば、山の陰でほとんどの山道が日陰になりかけていた。
山の麓での夕陽が沈む時間は短い。これは高い山という遮蔽物によって早い段階で日陰を発生させるためである。
レイヴンが言っていた夕陽が完全に沈む直前とは、山道においてのものだった事をこの時点でシルスはやっと気がついた。

「そういうことはもっと早く言ってよね」

「すまんな…それで今度はラキオスの前線を分断させる。丁度日暮れで戦闘が途切れる頃合だ。そこを一回叩く」

バーンライトとラキオスのサモドア山道での小競り合いは以前より数多に行なわれてきている。
そんな歴史の中で、お互いに暗黙の了解をするように夜中における戦闘は無しとなっていた。
これは山道という地形に由来するもので、真っ暗闇という環境では崖から転落するという自体が山道戦当初に多発したのだ。

スピリットと言えども崖から落ちればただでは済まず、例え無傷であったとしても無事に仲間の下へと帰れる事は容易ではない。
標高の高い位置に山道を引いているので、戦うのみしか教えられていないスピリットが帰る手立てなど知る由も無いのだ。
こういった経緯があったため、両国ともに夕陽が沈むと共に一時撤退をして次の日の早朝から再び戦闘が再会されている。

そしてそこにレイヴンは目をつけた。
撤退をもうするかまだしないかの瀬戸際――逢魔が刻という状態に挟撃、退路を一時的に封鎖をさせるのだ。

「今度の降下地点は最前線の直ぐ真後ろだ。最前線を完全に叩き、戦力とともに戦意を奪う」

「はいっ! 戦意って何ですか〜?」

挙手をして質問をするフィリス。彼女にはまだ言葉の意味を理解出来ない単語が存在している。
任務に支障をきたさない為にもちゃんとした認識を持たせる必要は重要である。

「要するに戦おうとする気分の事。今の場合はラキオスのスピリットたちをとっとと撤退させるという意味だ」

「んんー…わかった!」

あまりわかってはいないようだが、とりあえず概要は理解してはいるのだろう。

「既にラキオスのレッドスピリットたちが単体魔法から範囲攻撃に切り替えてこれ以上の進軍は既に諦め、前線にいるバーンライトのスピリットに殲滅に専念し出している。
つまり、今のバーンライトは撤退するのが苦しいのが現状だ。その救援を今回は兼ねている。前線にいる足止め役を叩き、バーンライトの戦力をこれ以上削ぐのを防ぐ。
攻撃対象は前線のブルースピリットとブラックスピリットを優先し、次点でレッドスピリット。そして――」

「要するにこっちの味方を攻撃しているラキオスのスピリットたちを狙えば言い訳ね?」

説明している最中に内容を略してシルスが答え、口を挟まれたがレイヴンは全く気にせずに肯定する。

「そうだ。前後からの挟撃をお前たちも受ける事になるため――リアナ、そしてシルスの立ち回りが重要になる」

「はいっ」

「あたしも?」

首肯するリアナと自分を指差して目を丸くするシルス。

「相手は退路を絶たれるのだからな。挟撃されれば流石に撤退しようとして強行突破を図る。ほとんど迎撃にまわり、お前の実力が試される。
リアナに関しては迎撃は大丈夫だろうが、フィリスに関してはそうはいかない。お前はフィリスの援護も兼ねているからな」

「あたしが実力を出せなかったら?」

「マナに還るだけだ」

もしも、の時について質問するも即答で返される。それも断言である。
シルスはその言葉に顔を顰めるが、同時に何故だか面白く感じる自分がいるのを感じた。

「――言ってくれるわね……やってやろうじゃないの! これが成功したら何か見返りはあるんでしょうね!?」

人間に対して見返りを求める。スピリットにあるまじき発言ではあるが、シルスは生き生きとしている。
レイヴンはそれを見て、不敵の笑みを浮かべた。

「それは出来てから言ってみろ。質問は無いな?――では作戦開始だ」




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