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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
第六話 「 開幕 」



――ドンッ!!

――キキキィン!!!

目標から外れて建物の一部を破損させ、剣同士が断続的に衝突する音が訓練棟内に響く。
シルスが鋭さのある純白なウイングハイロゥで空気を切り裂く音が絶え間ない。
レイヴンは自身の周囲を高速で回り続けるシルスを迎撃するためこちらも絶え間なく動いている。

ブルースピリットの重みのある一撃ではない滑るようにして相手を切り裂くブラックスピリット。
ウイングハイロゥはその特性に合わせ、瞬間加速及び高機動型となっている。
そのため、レイヴンが視界にシルスの姿を捉える時には即座にロストするか、目の前に斬撃が迫っていた。

レイヴンは足のステップを動かし続け、四肢の各所で捻りや反動を使って即座に攻撃に反応する。
シルスは見た目の細さの相まって、神剣の加護を受けてもレイヴンと切り結べば少し押されてしまう。
迎撃をすり抜けたり、剣が間に合わなかった時はレイヴンは身体をずらされて目先で避ける。

それは身体が小さく幼いシルスの身体的特徴を把握した、引けば当たらない強みがレイヴンに働いていた。
逆にレイヴンは、ちょこまかと動き回るシルスへの攻撃回数自体かなり少ないでいる。
それでもシルスが隙を作れば容赦無く剣を振るって隙を突く。そして流れがこちらに傾けば連続して叩き込み、流れを引き寄せる。

「人間がスピリットのあたしと殺り合うなんてホントどうかしてるわ!」

「口答えはいいが、隙があるぞ」

「っ!」

レイヴンの背後へと移動したシルスだが、少し引いていた足を軸に振り被るようにして振り下ろされる『月奏』を『連環』で受け止めた。
重みのあるその一撃を受け流せずに受け止めたシルスはうめきつつ耐える。
シルスが生み出した隙は、背後の回った瞬間にハイロゥも用いての停止。大振りの攻撃すらも許してしまっていたのだ。

だがそれは一秒にも満たないシルスの溜めであり、レイヴンからは全くの死角での出来事である。
それはつまり、彼は見えない所で生じた隙を指摘と共に即座に攻撃へと転じるという事であった。
シルスもまさかこの時に反撃をされるとは予想外であり、『月奏』を弾くと共に距離を取る。

ブラックスピリットの高速機動による神剣を鞘へと納めて抜刀する一撃離脱の構え――居合である。
居合は鞘の中で太刀を滑らせて、本来の振り以上の速度で相手を切り滑らせる技。
鞘から抜く段階の振りの速度と鞘から抜き放たれた速度との差によって相手の予測を上回る攻撃を叩き込むのが本流であった。

剣のみで振る時、前と横のベクトル方向に振る力を常時使っているが、鞘に収める事で横方向への振る力を制限してしまう。
それによって鞘からの抜刀の際に相手には遅く振り出されると感じる。
そして鞘を滑らせる事で相手を流し裂く動作に自然と身体が働いて抜刀した際に滑らかで滑る、高速の剣を振るう事が出来るのである。

「ブラックスピリットのこれは避けられないわよ……降参すればやらないであげるけど、どう?」

「当てられるのか?――やってみればいい」

シルスの親切な降服勧告をレイヴンは受けない。
瞬間加速に優れ、ハイロゥと阿吽の合ったブラックスピリットの連動加速は、人間の反応速度を優に上回っている。
それはレイヴンとて、簡単には避けられないであろう接近速度。シルスはレイヴンを哀れむ前に、止まった動きを再開した。

――神速。

人間にとって、シルスのその加速はまさにその領域であった。
軽く前傾姿勢になり、足が踏ん張ったと同時にシルスの身体が空間に吸い込まれるかのような残像を残す加速でレイヴンを肉薄。
レイヴンはシルスの攻撃を避け続けただけの事はあり、シルスが動く同時にシルスの左へと回避動作を行っていた。
だがそれにシルスは加速段階で視認しており、その誤差も修正済みである。

ブラックスピリットのその速さゆえに加速段階で振り始められており、最早レイヴンは斬られる以外の道は存在しない。
『連環』の刃は完全にレイヴンの腹を捉えられている。鞘から離れた刀身は解放され、さらなる加速でレイヴンの腹へと迫る。

――トンッ…

「――!!」

「外れたな」

レイヴンは跳んだ。横へと回避行動していた身体を、足首の力で軽く跳んだ。
それだけであった。しかしそれだけでシルスの『連環』はレイヴンの身体はおろか、服にも触れる事がなかった。
次瞬。加速と抜刀による余韻でレイヴンに見せていたシルスの背中に鈍い衝撃が入る。

「くぁっ!?」

仰け反る身体を頭だけで背中を除き見る。そこには『月奏』の大きな鞘が背中に叩きつけられている。
視界の端ではレイヴンが鞘を投げ飛ばした振りの腕がこちらを向いていた。
衝突そのものの威力はオーラフォトンで防いだものの、シルスの身体は背中を押されたように吹き飛ばされる。

シルスは流れに逆らわずに身体を捻り、背中で押している鞘をハイロゥで弾いて旋回。
その前方には歩きながらこちらへと向かってくるレイヴンの姿が見える。
もう一度の居合を誘っての動き。シルスは嘗められたその行動に怒りを露わにさせて立ち止まる。

「『連環』の主が命じる。神剣よ。彼の者を闇で貫き、全ての動きを奪い去れ――」

紡がれる言葉。流れる様なその言霊は、神剣魔法の詠唱。
シルスの掌へとマナが集束していき、その余波で光すら集束していくために掌の先が黒ずんで見える。
掲げられるマナの集まったシルスの掌。そのを前にしてレイヴンは歩みを止めた。

「人間に対してやった事無いから、どうなっても知らないわよ?」

最後の勧告をするシルス。ブラックスピリットの神剣魔法の全般は、相手を弱体化させるものに特化している。
強靭なスピリットで極度の弱体化をするのならば、貧弱な人間では即死の可能性も有り得るのだ。
今にでも発動できるシルスにレイヴンは特に動揺も無く、状況的に優位にあるシルスを見据える。

「好きにしろ」

「そう、どうなっても知らないわ――アイアンメイデン!!」

シルスが声を張り上げてそう宣言するとともに彼女の掌の黒ずみがより一層黒く染まった。
それと同時にレイヴンの周囲の空間が軽く歪み、黒い霧のような靄がかかる。次瞬――

――ドドシュッ!!

複数の黒い光の線のようなモノが彼の身体へと生えていた。
地面から生えているモノが多く、何も無い空間からも黒い霞の中で発生している。
レイヴンの服を貫通し、彼の身体をも突き抜けて生えている印象を色濃く与える。

「………」

レイヴンは言葉を発さず、無言のまま目を細めてシルスを眺めている。
だが、その瞳からは苦悶の色が見え隠れしているのをシルスには見えていた。
掲げていた掌から黒ずみが霧散し、レイヴンの周囲の靄と生えていた線も霧散していく。

アイアンメイデンは対象スピリットをその黒い線のような刃で突き刺して攻撃するとともに、活性化しているスピリットの体内エーテルそのものを抑制する。
人間はその身体にはマナを有していないとされているも、それでもその黒い刃を受ければただでは済まない。
その証拠に、喰らったレイヴンはよろめき、血は出ていないものの前屈姿勢になってシルスの方へと近づいてきている。

シルスは『連環』を鞘へと戻し、腰を落として居合の構えを取る。
彼女にはもはや目の前の人間に対するこの世界の理の対象外である。
神剣魔法で完全に動きを封じたとは言え、今もこうして立てるだけの力を残しているのだから。


この人間に初めて会った時はスピリットを連れた変な人間。
その次に会ったのが詰め所のフィリスたちを監視していた部屋。

部屋に入ってきた人間はフィリスたちを連れて行き、あたしをこの部屋に残る様に言われた。
フィリスたちが処刑されそうになったと後から聞いた時は、助けるためにあの時訪れたのだと考えた。

そして三度目に会った時には、あたしはこの人間の物となっていた。
生活そのものは変わらないものの、訓練はこの人間が指揮している。
全てが突拍子もなく、あたしの知らない所で進められた出来事。

この人間を斬れば元の日常へと戻るのだろうか?
それとも人間を殺したから処刑されるのだろうか?

もう、どうでもいい事なのだろう――身体は、もう動き出しているのだから。

「はぁああ!」

『連環』を抜刀し、一瞬で駆け抜ける。レイヴンを切り裂いた『連環』の刀身には血が付着――していなかった。
強烈な違和感を感じ、考える間もなく直ぐにその理由に気がつく。
切り裂いた感触が、手応えが全くと言っていいほどの無かったのである。

シルスは振り返ると、そこには平然と立っているレイヴンの姿がそこにはあった。
先ほどまでのよろめきなど、何も無かったかのように自然体でいる。
だが、彼の服が穴だらけになっているという事は、神剣魔法を喰らった純然たる事実である事を裏付けていた。

「――なんで…?」

シルスの搾り出すようなか細い声。有り得ない結果に彼女は混乱していた。

「ブラックスピリットが操る神剣魔法がマナそのものというのはあながち間違いではないようだな」

レイヴンは間合いを詰め、襲い掛ける斬撃。シルスは『連環』で受け止めて膠着させる。

「何でなんともないのよ…あんたは!?」

「何とも無かったわけではない。あれを喰らった直後は確かに生命活動に著しい乱れが生じていた。
並みの人間が喰らえば確実にショック死させるだけの効果はあったぞ」

「攻撃魔法なんだから串刺しで死んでるでしょ!」

――ギィイン!

シルスのウイングハイロゥが一瞬強く輝くと同時にシルスの押しが強まり、レイヴンは『連環』に弾き飛ばされる。
彼女の怒気により一瞬、スピリットとしての身体能力が活性化したのだ。
レイヴンは特に驚きもせず、足を地につけたまま距離を幾分か離された所で停止する。

「確かに俺の皮膚表面には軽い裂傷は存在している。だがこれ自体は大した傷ではない」

服が破けたわけではなく穴が開いているだけなので見えないが、その服に下には確かに突かれた様な傷が存在している。
だがそれはあくまでも何かの痕跡なような跡でしかなく、肉体異常は起こっていなかった。

「ブラックスピリットの神剣魔法の本質はこの世界の人間はあまり解読が進んでいない。
そしてそれを操る妖精であるシルス――ブラックスピリットであるお前もその本質を理解していないようだな」

「…わるかったわね」

人間にも通じると思っていた神剣魔法が今一な効きであったため、シルスは怒り切れない。
今度は居合が通じない事がわかったためにシルスはウイングハイロゥで飛翔し、通常の攻撃でレイヴンに迫る。
迎撃に振り下ろされる『月奏』を体勢を低くしたまま避け、シルスは真横からステップを踏んで斬りかかった。

――ズルッ

「ひゃんっ?!」

――ズベシャァ…

が、その前にコけた。それも顔面から地面にまともな受身を取れずに、である。
ちなみこれに対してレイヴンは何一つ動いてはいない。
強いて言えば、シルスはステップを踏むはずだった足が何かを踏んで滑らせたのだ。

「――あれは……そう、これもあんたの狙いの一つだったわけね」

自分が踏んだ物を視認したシルスは相手の用意周到さに怒りを越えて笑みを浮かべていた。

「今のはお前が勝手に踏んだのだろう。自分が弾いた物の場所ぐらい忘れるな」

シルスが踏んだ物――それはレイヴンが投げ、シルスが弾いた『月奏』の“鞘”であった。
その鞘を弾いた後直ぐに襲い掛かり、お互いの配置を対称にし、そしてそのままレイヴンを後ろへ吹き飛ばしたのだから落ちている鞘の場所へと着いていても可笑しくは無い。
レイヴンは鞘が落ちている場所は把握していたので踏む事は無く、見ていなかったシルスは見事に自爆しただけであった。

鼻を抑えてレイヴンを睨み上げるシルス。薄っすらと涙を滲ませ、顔面から突っ込んだ顔は真っ赤になっている。
その額に『月奏』の剣先を突きつけていたレイヴンはその顔を少し眺めると、『月奏』を降ろした。
その行動にシルスは顔を顰め、レイヴンは落ちている鞘を回収して『月奏』を納めて腰へと戻す。

「何のつもり?」

「あまりにもお粗末な戦い方なのでな――興醒めした」

「――そう……どうせあたしは使えないスピリット。だからこうしてあんたに譲られたんでしょ」

人間と戦っても勝てないスピリット。
ブラックスピリットなのに居合を避けられる速さしかないスピリット。
こうして足を滑らせ、無様に倒れているスピリット。

あたしは全く役に立たないスピリット。


――ムニ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「いひゃ(訳:痛っ)!?いひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!?」

しゃがみ込んだレイヴンは即座にシルスの両頬を引っ張り、縦横無尽に幼いつるつる柔肌を弄る。
シルスはそのレイヴンの行動に驚く暇もなく痛みが走った事で暴れ出す。
『連環』を放した両手でレイヴンの腕を叩いて痛みを訴え、背中の翼はバサバサと激しく羽ばたく。

ようやく放されるとシルスは手を両頬に当ててさする。
「あう〜」と言いつつ上目使いにシルスは恨めし気に睨むも、それは平然と受け流された。

「それはあくまでもシルスのブラックスピリットしての特性が規格外だっただけの話だ。
もっとも、最近研究が少し進展しただけの情報からブラックスピリットの訓練方法が確立されたとは甚だ言えんがな」

「なにそれ…?」

「お前の居合が俺に避けられた理由は二つある。一つはまだ幼く小さなその身体だ。
その体格では接近した際の間合いが小さすぎるため、斬撃の際に軽く跳べば先程みたいに避けられてしまう」

「それって伸びなきゃ話にならないってことでしょ」

「これに関しては仕様が無い。これからの伸びる身長に任せるしかない。
だがもう一つの理由。これがお前の最たる原因だ…それは――」


……………
…………………


バーンライト首都サモドアに存在するエーテル変換施設。
ここはバーンライト国内に存在している変換施設全ての総本山である。
民間用のエーテル変換施設はあくまでもその地域でのエーテル関連企業の賃貸に用いられる国有施設なだけである。

エーテル変換施設は全て本体であるサモドアのエーテルコアへと繋がっており、連結させる事で広範囲の大地のマナを変換可能としていた。
本体そのものは施設の増設によるエーテル変換能力は連結や変換範囲の管理などで不可能であるも、地域の変換施設ならば問題はなかった。
それはつまり本体は、設置させた以上はもはや管理以外に為すべき事は何も無いのだ。

つまり当時も今も、バーンライトの低いエーテル技術力によって作られた国のエーテル変換施設の本体の機能は低い水準で稼動し続けている。
マナそのものはあるものの、それを有効に使う施設そのものの機能が低いために持て余している。
ゆえにバーンライトはラキオスの持つイースペリアから得たエーテル技術を現在水面下で狙っていた。

イースペリアという国そのものを狙うのは地理的にも難しく、軍事力も高いために無謀なのである。
スピリットを強化しようにも得られるエーテルのやり繰りの難しさに難航し、お陰で小国であるラキオスを攻めあぐねていたのが現状だった。
しかし、レイヴンがラセリオで極秘に入手した情報によって国を挙げての大規模な計画が実行されている。

サモドアにあるエーテル変換施設の新建設計画である。
言葉だけを汲み取れば施設をただ新しくするだけであるが、それを実行するのは国自体が極めて危険に陥かねないのだ。
実行する上での問題となっている理由が三つある。

最たる理由の一つが全てのエーテル変換施設の停止。
本体であるサモドアのエーテル変換施設が停止するとなれば、連結されていた他地域のエーテル変換施設が停止してしまう恐れがあるのだ。
エーテルは文化の基盤であり、電気のように止まってしまえば国内が混乱が生じてしまうのである。
これを実行する上で一時的に独立した運用を可能とする施設を組み込ませてはいるも、どこまで通用するかわからない。

そして二つ目が国土の消失。
この世界では国土はエーテル変換施設によるマナ供給範囲で定められている。
エーテル変換施設本体と地域の連結によってその範囲は大きく保て、本体が停止すれば一つ目の問題解決策で各々が独立した運用になってしまう。
そうなれば、連結していたことによって保たれていたマナ供給範囲が縮小してしまい、他国に供給範囲――つまり国土を譲ってしまう事になる。

これに関しては、国境付近に高位神剣を持つスピリットたちを配置し、一時的に空間上のマナを摂取させる事となっている。
神剣がスピリットから直接マナを得る以外に人間が呼吸をするかのように空間上からもマナを摂取している事は知られている。
あまり効率的な手法ではないが、ほんの短時間ならばスピリットたちの精神力で空間上のマナを摂取――国土の縮小を阻止出来る。

そして三つ目は、あくまでもレイヴン推測であるイースペリアとダーツィの環境異変の侵食。
二つ目の理由の対処法であっても、マナ環境までの維持が可能かどうかまでは確証が全く無いのである。
エーテル技術が実験による結果を元にした自然科学であり、スピリットによるマナ供給範囲の維持は初の試みであった。

サモドア山脈によって範囲の侵食はし難いかもしれないが、それはやはり推測でしかない。
イースペリアとダーツィの環境の変化は深刻化し始め、各地で異常が発露している。
国土が縮小してしまえば、必ずこの国で“あった”どこかがイースペリアとダーツィと同じ状況になってしまう。
下手をすればラキオスにマナ供給範囲を与えてしまう恐れもあった。

これらの理由から、エーテル変換施設の移行は多大なリスクを要している。
だがその見返りも大きく、施設の移行に成功すれば以前とは段違いの変換効率を有し、今後の軍事強化にも応用が利くのであった。
新たな施設の建設と並行して国内の各地域への万全な協力体制を敷き、来る日のために準備は着々と進められている…。


「施設そのものの建設はほぼ完全に終了しています。後は細部の微調整を行い、エーテルコア本体を移動させれて再稼動させれるだけです」

「後どれくらいでその調整は終わる?」

「そうですね……今週中には終わらす事が出来る予定です。
ですがそれはあくまで何の問題もなかった場合でして、こればかりは試験運用を行って見なければ――」

「んな説明はいらねぇっての。素直に『明後日にはもう完璧だっ!』って言えばいいんだよ!」

「師匠! それはあまりにも早すぎですよ!? みんな寝る間も削って建設に尽力してるんですから!」

「俺だってここ最近は一日4時間しか寝てねぇぞ」

「師匠は寝すぎです!! ご自身の仕事はちゃんとやってますから文句は無いのですが皆の気持ちも考えてくださいよ、ホントに!!」

サモドアの新エーテル変換施設の中枢で繰り広げられているラジャオンとセムディアンによる漫才。
この師弟のいつもの事なのでレイヴンは傍らで見守っている。
終わるか、折り合いを見て声をかければ直ぐに元に話へと修正できるのは最早経験からわかっていた。

施設そのものの建設が完了間近の中枢にレイヴンが居るのは、あくまでも情報提供者としての補助をするためであった。
とは言うものの、実際に彼がやれる事は機材の運搬などに限定される程にやる事がない。
それは、元々エーテル技術に研究に熱心なセムディアンとラジャオンと他の技術者たちは情報からちゃんと技術を汲んでいる証拠でもある。

「――つまり、来週中にはある程度の実行の目処はつきそうなのだな」

「そ、そうです! 師匠の言う事はいつも無茶なスケジュールですので、気を付けて下さい」

それ言ったラジャオンは直後の首をセムディアンの太い腕でがっちりと絞められて苦しんでいる。

「おうおうおう! 誰が無茶をするって?」

「じ、じじょう。ぐるじいでず(訳:し、師匠。苦しいです)」

「オメェはもっと身体を鍛えろや。頭ばっかじゃ女にモテねぇぞ」

「ぷはっ! し、師匠にはか、関係ないじゃないですかぁ!?」

何とか拘束から逃れたラジャオンが首を絞められた影響か、顔を真っ赤にして猛抗議。
国にとって極秘たる施設内でも全くの変わらない応対に微笑ましいというのかやれやれというべきか…。

「要件は聞いた。二人の漫才も健在だという事も確認したので、俺はこれで失礼する」

「漫才じゃありませんよ〜メノシアス様ぁ〜」

涙ぐんだ小さな声で抗議するラジャオン。あれを漫才と言わずに何と言うのだ。
レイヴンは少し苦笑するも弁解はしなかった。

「おう、また来いや。これから仕事かい?」

セムディアンの何気ない別れ言葉。ただ単に軽い気持ちで言っただけの、である。
レイヴンはそれに対して首を横に振り、小さく笑って答えた。

「いや、潜り込んだネズミを捕まえようかと」

その言葉に首を捻る二人だが、レイヴンはきびを返して中枢を後にする。
中枢を出ると、中枢を覆うように幾層にもなっている空間を移動する事となる。
これは層を作ることによってエーテル変換密度を向上させるのと、各地のエーテル変換施設との連結を層ごとに細分化して効率よく連結させられるようにするためであった。

層ごとによって設置されている装置もそれに合わせた設備が整えられている。
外側に行くほどにその設備は簡易なもので済む為、警備をそれ相応に変化する事となる。
実行日が迫る今、警備も厳重にはなっているものの、機密ゆえに警備する人間も限られてくるのだ。

「見回りをせずに何をしてるのかな?」

「っ!?」

警備する人間を限定化する事で、顔見知りのものたちしか居る筈が無いという認識を元に部外者を特定する手段となる。
それでも急遽手配されたものとなればそれも難しく、穴が生じてしまう。
例えば警備する兵士に紛れて誰もいない無人の部屋の設備の陰に忍び込み、破壊工作や情報収集に当たる、などである。

「見回りの兵は常時ペアで行動するように言われているはずだが…もう一人はどうした?」

「ああ、連れは便所に行きたいとかで今いないんですよ。全く何をやってんでしょうかね、アイツ。ハハハハッ」

「そうか。だがそこに居れば怪しまれる。今すぐにここから出ろ」

ここの兵士が単独でする程手薄な警備体制は如何なものだろう。
部屋にいた兵士はスタコラとレイヴンの方へと小走りに近づき、部屋を出ようとする。

「とりあえず確認する。名前は何だ?」

「デジル・ヒルシクです。それでは――」

敬礼をしつつ、質問に答えて名乗る兵士。名乗り終えたと同時に去ろうとしたが、顔面をレイヴンの片手で掴まれて叶わなかった。
逆に部屋へと戻され、レイヴンの中へと入って部屋の扉を閉めて二人だけの空間を作る。
兵士は顔面を掴まれたまま宙に浮かされ、足をバタバタさせて両手で掴んでいる手を剥がそうとするがびくともしない。

「な、なにをするんですか!?」

「名前と顔が全く一致していない。デジル・ヒルシクは実在するが、奴は俺に気安く声を出せるほど胆は据わってはいない」

レイヴンは一通り警備をする兵士たちと必ず顔を合わせている。
彼らは皆、レイヴンの存在を畏怖しており、警備をするにおいて手抜きなどする輩は誰一人とて居ない。
つまり、単独で施設にいたこの兵士は警備をする兵士では絶対にないのだ。

「質問に答えれば助けないわけでもないぞ、ラキオス王国潜入偵察部所属のキレラ=パイソン」

「――なっ!?」

兵士の男がレイヴンの言葉に驚愕する。レイヴンは元から彼の存在を認知し、泳がせていたのである。
彼からある事を聞き出すために、であった。

「ラキオスは何時攻めてくる?」

「――――」

「では最後に情報を流したのは何時だ?」

「――――」

「…無言で通るとでも思っているのか?」

部屋の壁に男の身体を叩きつけ、顔面を掴む力を更に込める。
男が背中への衝撃に苦悶の声を上げて顔にかかる圧力に悲鳴を上げた。

「ああああーー!! 最後に情報を送ったのが3日前だ! もうすぐエーテル変換施設が完成するとな!!!」

その痛みに耐えかねて男は白状し、レイヴンは手の握力を弱めて男の顔面に圧力を無くす。

「ラセリオに集まっているスピリットの数は?」

「はぁはぁ…――っ、首都防衛に最小限の兵力を残して全てをラセリオに回している」

「この機会に施設の停止を狙って、か。ラセリオのエーテル変換施設の状況は?」

「それは――わかったわかった!! ラセリオのエーテル変換施設はイースペリアのマナ変化で機能の大部分が麻痺している。
街の中での混乱も少なからず起こっていてバーンライトを攻める口実で沈静化を計ってるんだ!」

口篭もりそうになった男の顔面に先ほど異常の圧力をかけようとして、男の口を開かせた。
聞いた情報からはレイヴンの知っている事以上の情報は得られず、あまり使えないでいる。
だが、最後の報告を行った時間が知れた事は幸いであり、3日前だとすれば即行で動けばもうそろそろこちらの警戒網に引っ掛かり――

――カンカンカンカンカンッ!!

外から鳴り響く甲高い鐘の音。レイヴンはこの音をこの規模で聞くのは初めてであるが、現状はわかっている。
敵がサモドアに向かって侵攻しているのだ。正確には、スピリットが完成間近のこの施設を破壊しに来たのだ。
空いている方の手で男の鳩尾に拳と叩きつけ、気絶させて部屋を出る。周囲は騒然となり、兵士が慌しく走り回っている。

「メノシアス様! その兵が何か…!?」

近くを通りがかった兵士がレイヴンがここの兵士の服装をした男の顔面を掴んで引きずっているのに驚く。
無理も無い話である。彼の噂は黒いモノが絶えず、引きずられている兵が何か不祥事を起こしたものと怯えている。

「ラキオスのネズミだ。牢屋に入れておけ。後で情報を引き出す」

「わ、わかりました!」

男から引き出せる情報はあまりなさそうだが、何か突拍子の無い情報が聞き出せるかもしれない。まぁ、その他もあるが。
その兵士に男を預け、レイヴンは小走りに走ってスピリットの詰め所へと向かう。

……………

「……突然現れて何であたしがあんたに首根っこ引っ掴まれているわけ?」

「お前が戦いに出ようとしていたからだ」

「あたしはスピリットなんだから戦場に向かって何がおかしいのよ!?」

両手両足をばたつかせて抗議をアピールするシルス。
彼女はレイヴンに首筋を掴まれて猫を持ち上げるようにぶら下げて歩いているため、ただの駄々をこねている子供そのものである。

周囲は戦いという事で慌しくあるも、戦うのはスピリットであるために慌てる者とそうでない者に分割されている。
軍関係者や兵士はバタバタとしており、そうでない者は走る者たちの通行の邪魔にならない様に通路の端を歩いていた。
そんな中で、レイヴンの傍らにはフィリスとリアナもいる彼らは後者であり、城の通路端を歩いている。

「お前は既にスピリット管轄部署を離れた別の部署、俺が居る所へ移動した。警報がなったらこれから行く場所に集合する事になる」

「聞いてないわよ、そんなの! いつ決まったのよ!?」

既に鐘は鳴り止んでいるが、あの鐘は軍関係者への非常事態警報であるとともにスピリットへの戦闘体勢を取らせるためにある。
シルスもスピリットであるのだから、当然他のスピリットたちと同じく直ぐに戦闘出来る様に準備行動に移っていた。
そこにレイヴンが突然訪れ、まだ準備しなくていいとか言ったから抗議したら現状のようにぶら下げて運ばれている。

「譲渡されたその時からだ。その瞬間からシルス、お前は他のスピリットたちと別の配属となっている」

「聞いてないわよ!」

「言わなかったからな。訓練に区切りがついてから話す予定だったが、その予定はこの実践となった」

話しながら歩いていると、レイヴンと連れているスピリットを見て怪訝な表情を見せる者や目を逸らしてソソクサと通り過ぎる者たちばかりであった。
その中には無知とも無謀とも言える人間は――

「そこにスピリット! 何故貴様らがこの城の中に――ヒイイッ!? しし失礼しましたーー!!!」

スピリットに嫌悪する人間がこの場からフィリスたちを排除しようとするも、レイヴンの姿を視界に納めると逃げるように去っていっている。
彼の存在は城内では色々と噂になっており、特に彼の機嫌を損ねれば骨を抜き取られるという真実と虚偽が混ざったモノが専らの要因。
お陰で余計な手間がなくジェイムズがいる戦術会議室へとスピリットを連れて入る事が出来た。
最も、部屋に入った瞬間からスピリットを嫌悪する視線が向けられていたのは仕様がないことであったが…。

「ジェイムズ」

「――ん? メノシアスか、丁度良い。現在サモドア山道からラキオスのスピリット部隊が侵犯している」

大きなテーブルにラセリオとサモドアを繋ぐサモドア山道の詳細な地図が大きく広げられている。
ラキオスとの戦闘となればラセリオとサモドア間の単機決戦か北からの長期戦しかないため、地図の利用範囲は限られるためにその地図範囲は狭い。
そしてその地図には大きく何重にも×がラセリオに書き込まれていた。

「この印からすると――かなりの数の部隊が来ているようだな」

「ああ、情報部でもその正確な数は把握しきれなかったらしい」

「首都の最小限の兵力を残してその他のスピリットがラセリオに集結させているらしい。全力で掛からなければエーテル変換施設は潰されるぞ」

驚きの表情をするジェイムズだったが、直ぐに冷静のなる。
この男が他の者が知りえない情報を持っていても可笑しくはない事を既に知らされているからだ。
しかし、そうではない者が聞けばそれは驚愕なモノでしかない。

「どこからその情報を得たのですか!?」

「ネズミが一匹潜んでいたのでな。少し捻って聞き出した」

レイヴンに食いついてきたのはシグルであった。
自身と関係のある情報部すら把握し切れていなかった情報をこの男が持っていたのが信じられなかったのである。
以前レイヴンに情報の事で精神的にズタボロにされたのを既に過去のモノとしていたのであった。

「ネズミ? 何ですかそれは!?」

「そんな事よりもジェイムズ。これから俺はスピリットを連れて出る。
メラニスに現状報告をさせてこちらで得た情報とこれからの動きを伝えておく」

「わかった。メラニス、頼めるか?」

「はい、わかりました……では、今入っている情報から――」

「ちょっちょっとぉ!?」

レイヴンは喚くシグルを無視してメラニスとともに部屋を後にする。
彼らを追おうとしたシグルだが、彼らの後をスピリットたちが続いていたために阻まれてしまった。
怒気に顔を真っ赤に染めるシグルだが、今しなければならない事もあって諦めて視線を扉から部屋の中へと移したのだった――。


「――俺たちも迎撃に出る。戦闘するスピリットたちの邪魔はしないと伝えておいてくれ」

「わかりました。マナの導きがありますように――では」

歩きながらのメラニスの現状報告とレイヴンの情報報告とこれからの行動の旨を伝え合った。
それを終えるとメラニスは短い黒髪を揺らして頭を下げてジェイムズの下へと引き返していく。

「……ねぇ、そろそろ降ろしてくんない?」

「そうだな」

詰め所から強制連行され、今の今までずっと宙吊りにされていたシルスが怒気の含んだ声でやっと降ろされた。

「今ので現状は理解したな? これから俺たちも戦場に出る――シルス」

「わかってるわ。訓練の成果を試すんでしょ?」

「そうだ。うまくいけばお前の戦闘スタイルがどんなものかハッキリする。では行くぞ」

「「「はいっ!」」」




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